とあるプラズマ団員の日記   作:IronWorks

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お待たせしました。


夏の月 旅を終えるまで

 

 

夏の月 十四日

 

 

 

 今日は本当に色々なことがあった。

 自分でも混乱している部分があるから、時系列を丁寧に並べて、どうして“こんなことになった”のか、原因解明のためにも整理して書いていきたい。

 

 

 

 

 

 一日ゆっくりと疲労をとった私たちは、約束の時間に間に合うように余裕を持ってリュウラセンの塔に向かった。トウヤも気合いは十分なのか、その横顔はりりしい。将来はさぞ女泣かせな青年になることだろう。私はこのときはまだそんなしようのないことを考えていたように思う。

 

 

 

 なんと飛行形態に変形というロボットじみたことができることが判明したセクトル(ゲノセクトの愛称だ。名前を縮めて“セクトん”にしようとしたら、また噛んだ)の背に乗ってリュウラセンの塔に入ると、塔の内部にはたくさんのプラズマ団員が待ち構えていた。

 

 誰も彼も、なぜか私と目が合うと挙動不審になることだけが気になったが、おおむねいつものとおりトウヤに突っかかり、敗北していく。きっと彼らは素直になれない社長がツンデレ的な何かでNのために配置したのだろう。社長のほほえましい我が儘に付き合わされた彼らを査察官として処分する気なんか勿論ないというのに、彼らは一様に私を避けて逃げていく。私だってまだまだ女盛りだ。その反応は地味に傷つく。

 

 仕方がないから、せめて彼らが後で怒られないようにするため、彼らと目を合わせないように俯いていたら、トウヤに気を遣われてしまった。ごめん、トウヤ。

 

 

 

 リュウラセンの塔の屋上にたどり着くと。そこには既にNがいた。どうやら自分から友達を遊びに誘ったことで緊張しているようだ。顔がこわばっている。

 そんなNが後ろに侍らせているのは、やけに黒くて大きなポケモンだった。ドラゴンタイプだろうか。昔、父に見せてもらったカイリュークラスの大きさだ。あの子をゲットしたから見せびらかしたいとか、そういった話だろうか。さすがのトウヤもドラゴンポケモンを前に驚いている。

 

 Nは英雄がなんたらといつものように遠回りな長口上でトウヤを誘う。要約すると、「ポケモンリーグに一緒に挑もうぜ! でもチャンピオンの座は譲らないからな!」だろうか。青春だ。あの社長の息子なのにちゃんと青春できていると思うと、心の底から応援したくなる。

 

 

 

 ここまでは、よかったのだ。

 

 

 

 けれどNとトウヤの会話が終わった瞬間。はかったようなタイミングでNの背後の壁がぶち破られた。

 こうして落ち着いて書いてみるとよくわかる。社長はきっと出待ちしていたのだろ。社長の給与を減らせないものだろうか。過剰演出のため予算削減とかで。

 

 重要文化財の粉砕という暴挙に頭痛を覚えていると、粉砕された壁の向こうから巨大な船が顔をのぞかせた。後から聞いた話によると“プラズマフリゲート”とかいうらしい。社長は趣味にお金をかけすぎだと思う。

 Nに誘われるままにプラズマフリゲートに乗り込むと、トウヤは非常に悲しそうな顔で私の名前を呼ぶ。私はその声に、ただ謝ることしかできなかった。だってそうだろう。誰が予想できるというのか。まさか重要文化財を破壊しながら出向命令とか冗談にならない事態だ。

 

 

 

 このときは混乱のあまり命令に従ってしまったが、よくよく考えれば、ここで逃げておいた方がよかったのかもしれない。ひょっとしなくてもこれでは共犯だ。

 

 

 

 どうしてこんなことになったのだろう。

 考えれば考えるほど“就職先を間違えた”という言葉が脳裏を過ぎるが、最早後の祭りだ。

 今日はもう寝て、明日改めてこの事態をどうするのか考えよう。現実逃避くらいさせて欲しい。切実に。

 

 

 

 

 

 

 追記。

 社長から「明日にはもっとすごいことになるよ!」みたいなメッセージが長ったらしく遠回しに入っていた。トウヤたちには圏外で連絡できないのに社長のメッセージだけ届くとか意味がわからない。

 無視して寝ることにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そこは、ただ暗闇だった。

 見渡す限りの漆黒。闇に彩られた光景の中、トウヤは目を覚ます。右を向いても左を向いても黒一色。その光景に、トウヤは光を探そうと歩き回る。

 

『だれか! 誰か居ないのか!』

 

 焦燥ばかりが先に立ち、トウヤは苛立ちの声を上げた。なぜこんなにも胸騒ぎがするのか。なぜこんなにも不安に駆られるのか。理解できないままに、トウヤは一人さまよい歩く。

 

『いったい、ここは……』

 

 どれほど歩いた頃だろうか。トウヤは時間の感覚も曖昧なまま、歩き続けていた。だがそれも、ついには終わりが来る。

 

『あれは……イル?』

 

 ともに旅をする仲間。密かに想い慕う、守りたい人。その幼い背中を見つけて、トウヤは安堵の息を吐く。

 

『イル……よかった』

 

 イルはトウヤの声に気がついていないのか、振り向かない。そんなイルにトウヤは、小走りで近づいた。

 

『イル!』

 

 だが、不思議と、どんなに走ってもイルに近づくことはできない。走って、声を上げ、名前を呼んでもイルの背は遠くなるばかりだ。

 

『イル! っ、どうして!』

 

 トウヤの声は届かない。ただ光の先へ遠ざかっていくイルの背中を、見送ることしかできない。

 

 ――そして。

 

 

 

『ごめんね』

 

 

 

 イルの姿が、闇の中へと――

 

 

 

 

 

 

「イル!!」

 

 飛び起きて名を叫んだトウヤの視界に映り込んだのは、まだ登り切っていない太陽と、薄暗い宿の内装だった。混乱から冷めぬまま隣を見ると、そこには、いつものように柔らかな寝息を立てるイルの姿があって、トウヤは思わず脱力する。

 

「夢、か」

 

 そう、夢だ。だがトウヤにとってその夢は、悪夢と言っても差し支えがない。どうしようもなく胸騒ぎを覚える夢を見た影響で、トウヤの心臓は未だ早鐘を打っていた。

 改めて、イルの姿を見る。幼い横顔はとても静かで、彼女から匂わせる過酷な人生の片鱗も、今だけは感じさせない。ただ心穏やかに眠っている。

 

「イル……君は、俺が守るから」

 

 だから、どこにも行かないで欲しい。

 そう伝えることだけはできず、トウヤはただ祈るように頭を垂れることしか、できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏の月 宿命の焔

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、トウヤは二度寝することもできずに、イルが起きるのをじっと待つことしかできなかった。

 起き出したイルと挨拶を交わし、着替えを済ませて朝食を食べる。普段と何も変わらないはずの行動だが、トウヤは普段のような態度でいられているか自信がない。

 

「行こうか、イル」

「ええ、そうね」

 

 イルの視線が、自身の横顔に突き刺さっていることにトウヤは気がついていた。けれどいつものように振る舞える自信がなくて、トウヤはイルの視線に顔を向けることができない。

 ちらつくのだ。悲しそうな声で自分に謝る、夢の中のイルの姿が、イルの声を聞き、顔を見るたびに揺り起こされる。

 

「イル、Nとのことが終わったら、俺と……」

「? ……ごめん、トウヤ、良く聞こえなかった。どうしたの?」

「ええっと、が、頑張ろう! って言ったんだよ。あ、あははは」

「……ん。そうね。頑張ろう、トウヤ」

 

 自分の名前を呼ぶ柔らかい声に、トウヤは知らず安堵の息をつく。

 

(危なかった……俺は、何を口走ろうと……)

 

 恋人になって欲しい? それとも、結婚してくれ? いずれにせよ、自分の気持ちに整理も付いていないのに言える言葉ではないし、そもそも雰囲気もなにもあったものではない。トウヤは自分が思いの外追い詰められていたことに気がつくと、今度こそイルに気がつかれないようにため息をつく。

 どんなに悩んで迷っても、状況は何も変わらないし時間だって止まってくれない。だったらトウヤにできることは、不安を押し殺してでも全力を尽くすことだけだ。

 

 トウヤはそう、心の内側でざわめく何かに蓋をすると、イルを伴ってリュウラセンの塔へと踏み込んでゆくのだった。

 

 

 

 そこに何が待ち受けるのかなど、知る由もなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――†――

 

 

 

 リュウラセンの塔は、喧噪に満ちていた。常ならば荘厳な空気に圧倒されるだろうその空間も、プラズマ団の侵入によりその空気が壊されてしまっている。トウヤはそのことがかえって緊張を和らげてくれているような気がして、小さく息をつくことができた。

 

「突破しよう、イル!」

「ええ。イシュタル、セクトル、行くよ」

 

 イルは、飛行形態に変形した黒いゲノセクトの背に横座りになると、ふわりと浮かんでイシュタルとともにトウヤに追従する。

 その姿にプラズマ団員たちはあからさまな動揺を見せると、決死の表情で襲いかかってきた。

 

「蹴散らせ! ダイケンキ! 【アクアテール】!」

「イシュタル、お願い」

 

 プラズマ団員たちを歯牙にもかけず、トウヤとイルは邁進する。快進撃、といっても過言ではない。だというのにイルの表情は優れなかった。

 

「イル? 大丈夫?」

「ええ……心配をかけてごめんなさい。私は、大丈夫。それよりも」

「っ」

 

 進むのに支障はないとはいえ、敵の数は多く、休む暇もない。

 結局トウヤはイルにきちんと声をかける暇もなく、ついに最上階へとたどり着いてしまった。

 

 

 

 最上階は、これまでの階層に比べて遙かに静かで、張り詰めていた。その理由は、ただ玉座にたたずむNの強ばった表情だけが理由ではない。

 問題はそのNの背後。青い電光を迸らせながら佇む漆黒の龍の存在が、リュウラセンの塔の空気を凍らせていた。

 

「ドラゴン、ポケモン」

 

 トウヤの口から、思わずそんな言葉が零れる。

 ドラゴン、と名が付くポケモンは、太古の時代から驚異という言葉で彩られてきた。他者を寄せ付けない耐性。強力な技の数々。なによりも、一つ一つの個体に秘められた力。 かつては神という呼び名で崇め奉られてきた存在のオーラに、トウヤは思わず生唾を飲み込む。

 

「――世界を導く英雄にその姿を顕し、共に歩む者」

 

 静かに、Nが語り出す。トウヤはそれにただ耳を傾けることしかできなかった。

 

「世界を変えるための数式。“ゼロ”から導き出された絶対の回答。それは誰にも覆すことができるものではない。何故なら、英雄を導くポケモン、ゼクロムに認められたボクは、誰にも覆すことのできない英雄となるのだから」

 

 Nの気持ちに答えるように、ドラゴンポケモン――ゼクロムが小さくうなり声を上げる。その声に、トウヤは小さく歯がみした。

 勝てない――そう想わせるだけの壁が、二人の間にあるのだから。

 

「君もまた英雄となりたいのなら、レシラムを探せ。ゼクロムと対になるレシラムならば、ボクと対等になることもできる。それに、ポケモンに信頼されている君ならば、必ずレシラムに認められるはずだ。ボクを、決められた運命の数式を覆したいのであれば、ポケモンリーグの頂上まで、ボクを追いかけてこい。けれど――」

 

 Nはそう言葉を句切ると、躊躇うように口を閉ざす。けれど、幾分かの春秋の後、ゆっくりと顔を上げてトウヤと、イルを、見た。

 

「――逃げたいのであれば、逃げてもいい。ボクの作る理想郷は、決して君を苦しめたりはしない。だが逃げた先に、トウヤの求める幸福は最早得られないだろう。本当は、こんな形で奪い取るつもりはなかった。けれどこれもまた運命であるというのなら、ボクは王者の隣を空けよう」

「……N?」

 

 Nは強い意志と覚悟を秘めた瞳で、トウヤを見る。その気迫に僅かに気圧され、トウヤは思わず後退した。

 

「さぁ、行こう。ボクとゼクロムが導く新世界へ!」

 

 Nがトウヤの……イルの方へ手を差し出した瞬間――ドンッという轟音とともに塔の壁面が崩れ落ちる。その向こう側から見えるのは、宙を浮く巨大な帆船だった。

 

「船? いや、飛行機?!」

 

 帆船は空中で停滞したまま横壁を見せ、側面が開いて階段が延びる。Nはその一段目に

片足をかけると、もう一度手を伸ばす。

 

「行こう――君の、本当の居場所へ」

「本当の居場所? N、君は何を……ッ!?」

 

 首をかしげるトウヤの横で、気配が動く。

 Nと遭遇して今まで一言も喋ることがなかったイルが、ゆっくりとトウヤの横を過ぎてゆく。トウヤはとっさに手を伸ばすが、僅かに届かない。揺らめく焔のように紅い髪が、指間を抜けて通り過ぎる。追いかけようにも、未だ放たれるゼクロムからのプレッシャーに縛られ、足は重く、地面に縫い付けられたように動かなかった。

 

「くっ……待ってくれッ! イル!!」

 

 それは、さながら悪夢の焼き回しのようだった。追いかけることもできず、ただ過ぎゆく焔の残滓を見送ることしかできない。そして。

 

 

 

「ごめんね」

 

 

 

 告げられた言葉が、トウヤの胸に突き刺さる。

 

「イル、待ってくれ! イル、イルッ!!」

 

 イルはもう、振り返らない。トウヤはただ、イルとNの乗った船と、その船に付きそうゼクロムを見送ることしかできなかった。

 

「あ、ああ、あああああああああああああああああッッッ!!!!!」

 

 イルたちが去った塔に、トウヤの慟哭が響く。

 追いかけてきたチェレンとベルは、そんなトウヤに声をかけることも近づくこともできずに、痛みをはらんだ叫び声を浴びながら、佇むことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――†――

 

 

 

 ――暗い闇の中、ただ一つの影が蠢く。

 

「賽は投げられました」

 

 かつん、と高い音が響く。敷き詰められた石畳を歩く音だった。

 

「最早、流転する運命は止まりません」

 

 影は嗤う。けれどふと、その足が止まった。

 

「けれど、けれどそう、運命とは本当に絶対なものなのでしょうか」

 

 影は笑う。けれどその笑みは、これまでとは少しだけ違ったものだった。

 

「ワタシは期待しているのです。この色褪せた世界に何をもたらしてくれるのか――なんて、ね」

 

 影はわらう。その笑みに乗せられたものは、闇に溶けて消えていった。

 

 




お読みいただき、ありがとうございました。
番外編を予定しておりましたが、本編となりました。

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