とあるプラズマ団員の日記   作:IronWorks

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秋の月 覚悟を決めて閃いた日

 秋の月 六日

 

 

 

 色々落ち込んでしまったけれど、くよくよしていても仕方がない。

 気持ちを切り替えるためにも、日記を再開しようと思う。

 

 

 

 この五日間、私は雲の上でひたすら浮かんでいた。というのもギラティナはどうも久々に動いた影響で疲れ果ててしまったらしく、超高度の誰かに干渉されにくい高さまで上昇すると、そのままプラズマフリゲートの中で休眠状態に入ってしまったのだ。

 先日、落ち込みに落ち込んだ私は膝を抱えて子供のように泣きわめいてしまったが、そうしていても事態は進行するだけで何も好転しないということに気がついたのだ。そこで私は、一念発起して事態をどうにか好転できないか、考えてみることにした。

 

 

 

 

 

 前回の日記にも書いたことだが、私はおそらく“謎のポエマー”という電波系幹部だと思われているはずだ。それも誠に遺憾なことに、下っ端どころか同じ幹部にすら恐れられる中二病DQN系ポケモントレーナーでもある。泣きたい。

 これまで組織のために身を粉にしてきたわけだが、ここに至って自らの手持ちポケモンすら手放し裏切り。組織もさぞ困惑していることだろう。これを、どうにか利用できないかと考えてみる。箇条書きで、とりあえず書き連ねていこう。

 

 

 

・イルちゃんは正義の味方。みんなの為にテロリストにスパイ☆

・イルちゃんは何も知らなかった。だから悪くないよ!

・イルちゃんは人質を取られて仕方なく組織のために働いていたのだ♪

・イルちゃんは哀れ悪逆非道のゲーチスに操られていたっ!

 

 

 

 我ながらテンションがおかしい。見返したときに悶えることになるのはわかりきっているが、今は現実逃避させて欲しい。切実に。

 

 

 で、まずは一つ目。スパイ大作戦。

 もしこの場でギラティナを制御できるのであれば、この作戦で大丈夫だろう。だが現実的に私はギラティナを制御できず、この有様だ。スパイも何も主犯だろう。

 

 

 次に二つ目。巻き込まれ系女子。

 何も知らなかったと言い逃れはできないことに気がついた。なんといっても私は、自主的に会社の状況をポエム調で報告していたのだ。よくよく思い出してみれば、ポエムの解釈によっては言い逃れできない。詰んだ。

 

 

 では三つ目。人質被害者スタイル。

 そもそも私は天涯孤独。唯一のズッ友も、ギラティナの時の様子を見るに極悪人臭がでている。なぜ留学中に本国で起きた事件を調べなかったんだ、私は。辛い。

 

 

 ならば四つ目。ゲーチス黒幕説。

 ゲーチスがうまいこと逃げてくれればこれでどうにかなりそうなものだが、あの人はアレで中々アレなひとだ。逃げ切れはしないだろう。というか、ゲーチスの最終兵器を私がこうして悲惨なことにしてしまったのだ。ゲーチスが捕まった時点で人生終了。連座でさようなら、だ。ころせ。

 

 

 では、どうしたらいいか。

 と、ここまで書いていて思いついたのだが、もしかしたらこれらを多少複合してアレンジすれば、何とかなるかもしれない。

 

 

 操られていた。誰に?

 たとえば、言葉を喋れず、現在進行形ではっちゃけてしまっている存在に。そう、船を乗っ取り、都合よく私だけを取り込んだ、正体不明の伝説ポケモン、とか。

 

 いつから操られていた?

 私は就活難民になるすこし前、両親の墓参りに赴いている。本人の希望で名も無い島に埋葬しているし、レンタルポケモンに乗って行ったから渡航記録もあってないようなものだ。その時に、どこかでなにかあってもおかしくはない。

 

 操られていたという証明は?

 誰というわけでも無く、誰もが証言してくれるはずだ。私のことを“謎めいた言動を繰り返す女”だと。

 

 

 これならば、何とかなるかもしれない。

 いつもの、所謂“遠回しな言い方”で、私が操られている旨とポケモンが、こう、世界を滅ぼそうとしているとでも言って捕まえて貰う。言うことは聞かなくても主人に危害は与えないからという理由で使わなかった、ポケモンを“逃がす”という手段も、誰かがギラティナにモンスターボールを投げる直前にでも行使すれば良い。

 私はその間、ポエム調を意識しながらこのほとんど動かない顔面筋を、更に意識してぴくりともしないようにすれば万全だ。

 

 

 

 最早、ここまで来たら全てが全てギャンブルだ。

 覚悟を決めよう。どのみち私は、後戻りなんかできないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 追記。

 どこからどんな手を使ったのか、トウヤとNから映像通信が入ったので、二人の前で早速実践してみた。

 だが、今までどうしていたのか、意識してポエムというのはかなり難しかった。うまくできていたかまったくわからない。どうしよう。先行き不安だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――0――

 

 

 

 ――そこは、美しい緑に満ちた場所だった。

 

 たくさんのポケモンたちが、二つの影を囲っている。

 一人は少年。まだ、はっきりと喋ることもできない子供だ。

 一人は女性。身体に痛々しい火傷の痕が走り、衰弱している。

 

『どうか、この子を』

 

 小さなポケモンが頷いた。

 

『まま? いたいの?』

『この子を、お願いします。わたしの、たからもの』

『……まま?』

 

 大きなポケモンが、差し出された少年を受け取る。

 宝ものに触れるように、恭しく。

 

『だいじょうぶよ。あなたなら、きっと』

『まま? やだ、やだよ、まま! いかないで!!』

 

 ポケモンたちに守られる少年を見て、女性は微笑む。

 死に瀕しているとは思えない、穏やかな笑みだった。その笑みが、少年には辛いモノだとしても。

 

『大丈夫、よ。あなたは――ハルモニアの、名前を継ぐ、男の子なんですから』

『いやだ、まま! ままー!!』

 

 静かに目をつむる女性から、少年が引き離される。

 あとには、ただ嗚咽だけが響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秋の月 切り拓く力

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――1――

 

 

 

 地の底から、音が響く。

 悲鳴のように。

 怨嗟のように。

 懇願のように。

 暗く、昏く、深く響く音。

 

 ――ジャイアントホール。

 季節違いの雪原に囲まれたその場所に、トウヤはNと連れ立っていた。

 

「寒い……」

「間違いない。キュレムだ」

 

 ゲーチスに気がつかれると、逃げられるかも知れない。そう告げたNの言葉に納得して、トウヤはイシュタルとセクトを連れ、ジャイアントホールまで足を運んだ。

 

「ここからは、より慎重にいくよ、トウヤ」

「ああ、N。イシュタルとセクトも、よろしく」

 

 イシュタルとセクトは、他のポケモンよりもはるかに意思疎通ができた。たったこれだけの言葉を理解して、しっかりと頷いてくれる。イルのポケモンたちが、応えてくれている。そのことが、今は何よりも心強かった。

 

 ジャイアントホールに踏み込むと、寒さは一段と強くなる。

 トウヤとNはイシュタルに暖めて貰っているからなんとかなっているが、そうでなければ判断力すら危うくなってしまいそうな、そんな凍てつく寒さだ。

 時折肌をさすりながらも、Nの感じる“気配”に導かれるまま、迷うことなく進んでいく。そうして進めば、レシラムに認められたトウヤもまた、だんだんと色濃くなっていくキュレムの“気配”に、気がつき始めた。その気配は、一言でいえば“空虚”。もしくは“欠落”であろうか。どこか、心の隙間を突かれるような恐怖が、そこにあった。

 

「トウヤ」

 

 あと一歩。

 自然とそう感じていたとき、トウヤは不意にNに呼び止められる。

 

「イルが危ないときに、ごめん。だが、少しだけ、父さんと話がしたい」

 

 帽子で目元を隠したNの表情は、真横から見るトウヤの視線から遮られている。だが強ばった、緊張した一言であることは容易に窺えた。

 だから、トウヤは苦笑する。苦笑して、強めにその背を叩いた。

 

「……イルを助けるのに必要なのは、総力戦だ。迷いや不安は全部解消してからじゃなきゃ、助けられるモノも助けられないよ」

「トウヤ……キミは」

「ただし!」

 

 指を立てて、なるべく気楽に笑う。

 それが、トウヤがNに“できること”だと、信じて疑わないかのように。

 

「ひとりで抱え込むな。乗り越えるときは“一緒に”だ。いいな、好敵手(N)

「ああ――ああ、約束だ、好敵手(トウヤ)

 

 もう、Nは帽子を下げない。

 ただ先を見据える瞳は、強く輝いているように見えた。

 

 

 

――2――

 

 

 

 階段を降り、進む。

 色濃くなった気配。

 重圧すら感じる存在感。

 

「――いた」

 

 どちらからともなく、声が漏れた。

 

 Nは、不意に隣を見る。

 同じ少女を好きになって、最初は敵同士で、互いに認め合った仲になった。自分が誰よりも信頼を置く少女が、誰よりも気にかける存在。その理由(みりょく)を、Nは納得しつつある。

 だからこそ、誰よりも負けられない。

 だからこそ、誰よりも背中を任せられる。

 

 今日、この日、この場でNは父と、運命と対峙する。それは不安で仕方の無いことであるはずなのに、トウヤが隣にいるだけで、どうになかなってしまうような気がしてならなかった。

 

「いこう」

「ああ」

 

 Nの呼びかけに、トウヤは頷く。その足取りには迷いも恐怖も、なかった。

 足を進めると、Nの視界に見慣れた緑色の髪が見えた。地面に機械杖を突き立てて、蹲る大きなモノに語りかけている。

 

「きたか」

 

 声が響いた。

 重い声。媚びる声でも、叱責をする声でもない。Nの知らない声だ。

 

「ハルモニアの名を継ぐべきモノが、ククッ、まさか女に惑わされてその役目を忘れるとは……。まぁ、彼女のすることですから、しようのないことかもしれませんが、ねぇ」

 

 ゲーチスは、Nたちに向かってゆっくりと振り返る。

 その顔に焦りや憎しみはない。ただ淡々と受け入れ、あるいは喜んでいるようにさえ見えた。

 

「とはいえ、前にも懇切丁寧にご説明いたしましたとおり、アナタは所詮、ワタクシが森で拾った子にすぎません。ハルモニアの血を継ぐ資格がないのであれば――」

「本当に、そう見えるのか? 父さん」

 

 前の彼ならば、否定されることに、拒絶されることに震え上がっていたことだろう。

 だが今は違う。父を思う気持ちに、気がつくことができた。誰かを信頼するということを、知ることができた。ひとを愛するという気持ちに、心を委ねることができた。

 

 だからNは、踏み出す。

 もう彼を押し殺す枷は、どこにもないのだから。

 

「父さん、あなたはボクを森で拾ったと言ったね」

「否定しても、無駄ですよ。事実は覆らない」

「そうだ。“事実は覆らない”んだよ、父さん。ボクは森で拾われた。それはいいんだ。“思い出した”から。でも、そうじゃないんだ。事実はもう一つあるんだ!」

 

 トウヤは、一歩引いてくれている。

 信頼を向ける友がいる。ポケモンも、人も、みんなが背中を押してくれる。ならば、Nに躊躇う理由はない。

 

「ポケモンに治療を受け、ボクを二年間も守ってくれた“母さん”の存在を、あなたは知っていますか?」

「ほう、親の記憶がありましたか。どこの誰かなどワタクシは――」

「聞いてくれ、父さん!」

 

 ゲーチスは、絶え間なく杖についたコンソールを動かしている。時間稼ぎの一環なのは、Nとて理解していた。それでも、Nには言わなければならないことがある。

 トウヤと邂逅し、己を見つめ直して、それから解き放たれたように見た夢。その夢には、幼い自分に手を伸ばす、優しげな顔の母がいた。

 

『いい、あなたのお父さんは――』

 

 その声を、忘れたままにしておけるはずがない。

 

「っ……父さん。ボクの母さんの名前を、知っているか?」

「アナタもしつこいお方だ。ですからワタクシは――」

「――“ナズナ”」

 

 Nの言葉に、コンソールを動かしていたゲーチスの手が止まる。

 狂気に染まりきっていたはずのゲーチスの時が、止まってしまったかのようにも見えた。

 

「母さんは、よく話していたよ」

「――さい」

「ナズナ、という名前には“七”という言葉が隠れている。父の名前は七文字だから、お揃いだ、と」

「――り、なさい」

「『だから、子供できたら、“七”に関わる名前を付けたい』」

 

 Nは静かに暗唱する。

 思い出して、それから片時も忘れることのない会話の数々を諳んじていく。

 

「『あの人は、いつも頑張りすぎてしまうから、子供ができたら振り返ってみて欲しいの。だからね、あなたにこう、名付けたのよ』」

「だま、り、なさい」

「『“Ghetsis”の七文字。一番最初の“G”から七つ振り向いて、私の“ナズナ”と合わせた名前。なんにでもなれる。それこそ、王様にだってなれちゃうような無限の可能性を持つ子供。だから貴方の名前は、“Name”から、“a me(私)”を抜いて、N』」

「黙れ、黙りなさい、黙れ黙れ黙れ黙れッ」

「『ふふ、お父さんによく似た、キザっぽくて格好良い名前でしょう?』」

「だまれぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 ゲーチスの慇懃無礼な仮面が剥がれ落ち、憤怒の表情が浮かび上がる。

 その憎しみに満ちた顔こそが、ゲーチスの本来の思いに満ちた、顔なのだろう。

 

「今更、今更だ! なにがあろうと最早振り返ることなどできはしない! 死んだ彼女に報いる術は懺悔などではない! この歪みきった世界への報復だ!!」

 

 Nは、真正面からゲーチスの言葉を受け止めて、初めて思い知る。

 ゲーチスの本当の目的は、ゲーチスの本当の願いは、世界征服なんかではなかったということを。

 

「あなたが、父さんが世界に報復するというのなら、ボクは父さんを止めるよ。それが、この世界を、貴方を愛していた母さんに、報いる術だから!」

「“私”を父と呼ぶなッ!! ナズナが愛した世界は、他ならぬナズナ自身に牙を剥いた! その怨嗟を、その悔しさを忘れたというのなら、貴様に刻みつけてくれようぞ!!」

「っ、父さん!!」

 

 ついに、キュレムがその身を起こす。

 ゲーチスとある程度同調しているのだろう。その瞳は怒りによって染まりきっていた。

 

「父さん、貴方はボクが、いや――ボク“たち”が止める!」

 

 Nの言葉に、トウヤはひとつだけ頷くと、モンスターボールからレシラムを呼び起こす。同時に、上空に控えていて暮れたゼクロムもまた、ジャイアントホールのぽっかり抜けている天井から降りた。

 イシュタルもセクトも、援護をするように構えている。Nはその頼もしさに、緩む頬を引き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機械によって増幅されたキュレムの力は、すさまじいものだった。

 斜めになぎ払われた冷凍ビームは、篤い岩盤をも切り裂き凍らせる。生身であったらと想像するだけで、Nは寒気を覚えてしまう。

 

「N、当たったら終わりなら、当たらなければ良い!」

「トウヤ、言うは易し、だよ!」

 

 ゼクロムとレシラムは自前でガードができるし、イシュタルとセクトルは上手に避けている。だが、そうはいかないのがトレーナーだ。

 キュレムの猛攻を避けながら、キュレムを落ち着けさせようとするが、中々上手くことは運ばなかった。

 

「キュレム! 【こごえるせかい】!」

 

 キュレムが全身から冷気を噴出する。するとキュレムを中心に霜が降り、Nたちはあっという間に動きのほとんどを封じられてしまった。

 

『力を貸そう、主の友よ』

「セクトル! ああ、頼む!」

 

 そんなときだった。

 援護に徹していたセクトルが、飛行形態に変形してNをその背に乗せる。見れば、トウヤの方にはイシュタルが付き、火の粉を散らして体温の低下から守っているようだった。

 

「ゼクロム!」

 

 指示は必要ない。

 あるのはただ、友への願いだけ。

 

「レシラム!」

 

 指示は聞こえない。

 あるのはただ、(ライバル)への想いだけ。

 

 だから。

 

「信頼など、愛など、なんの役にも立ちはしない! 愛する人間を失うだけの世界に、価値などない!」

「母さんが愛した世界だ!」

「その母を殺したのもまた、世間(世界)だ!」

「だから憎むのか? それでいいのか? 父さんは、母さんの想いを“なかったこと”にして、本当にそれでいいのか!」

「……私が間違っているというのなら、わからせてみせろォォォォッ! キュレムッ! 貴様の嘆きをッ、貴様の怒りをッ、貴様の憎しみの叫びを響かせよ!! 【ハイパーボイス】!」

 

 強力な音波攻撃。ポケモンならほとんどのものが覚える“なきごえ”の発展系にして、最終形。単純故に命中率は非常に高く、威力も高い。

 怨嗟の声に乗せられたそれを打たれれば、ポケモンたちがダメージを負うだけで無く、Nたちにも計り知れないダメージが与えられることだろう。だからこそ、狙うは相殺。そして、そのための準備はできている。

 

「N! 露払いは任せてくれ!」

「ああ、トウヤ!」

 

 躍り出たレシラムが、尾に宿る機関を高速回転させる。

 溢れ出る力に宿るのは、守護の想いか。レシラムが翼を広げながら咆吼すると、×字の炎が迸る。

 “クロスフレイム”。レシラムだけが持つ炎の波動砲が、ハイパーボイスをたたき割る。

 

「なに?! だが、まだ――」

「おおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 そして、続くのはN。

 セクトルに乗り、ゼクロムの真後ろに張り付く。ゼクロムはそんなNの姿を確認するまでもなく、尾の機関を高速稼働させ、その翼に高圧電流を纏わせた。

 これは、この二体にだけ許された技。片方が放った直後、空間に残留する“ドラゴン”の力をブースターにすることにより、後に続く仲間の攻撃の威力を増幅させる技。

 

「うちぬけッ! ゼクロム!!」

「ばかな、キュレムの、私の憎しみが、こんな――!」

 

 稲妻が走る。

 落雷が大地を砕くような激しい音が響き、キュレムを切り裂く。キュレムはその攻撃に耐えられるはずもなく、大きくはじき飛ばされて、洞窟の壁に激突した。

 

「憎しみに勝るモノを、ボクは知ってるよ」

 

 ポケモンたちの心。

 トウヤ()が差し伸べた手。

 イルの慈しむような優しい瞳。

 母が、命を賭けて繋いでくれた、愛。

 

「父さん。あなたも本当は、知っているはずだ」

 

 地面から機械杖が抜け、膝を突くゲーチスの足下に転がっている。俯くゲーチスの表情は、見えない。

 

 

「――『もし、あの人が、道に迷っていたら教えてあげて』」

 

 

 Nがそう諳んじる。

 すると不意に、ゲーチスの肩が揺れた。

 

「『私とあの人の最初の言葉。きっと、それを忘れてしまっているだけだから。それさえ思い出せば、あの人は迷わない。だって、私が愛した人だから』」

 

 もうほとんど掠れてしまったはずの、幼い頃の記憶。

 思い出したのは偶然か、それとも――。

 

「『誰もが対等に――」

「――笑うことが許される、優しい世界を作ろう」

「父、さん」

 

 淀みなく出てきた言葉に、Nは目を見開く。

 

「ナズナめ……。余計なことまで……。貴様の信頼は、いつだって重い」

 

 ゲーチスは、機械杖をよりどころに、ふらりと立ち上がる。

 その瞳にこれまでの狂気はなかった。

 

「ワタクシはこれより敗者です。煮るなり焼くなり――親子ごっこをさせるなり、ご随意に」

「親子づきあいは、あなたが自分からしたいって言うまで母さんの思い出語りをするから大丈夫。それよりも、今は」

 

 Nが視線を向けると、トウヤは強く頷いてNの隣に立つ。

 

「今は、イルのことが先だよ、父さん」

「ふん……イル、か。ならば己の瞳で確認すればよろしい」

「え?」

 

 ゲーチスは杖を再び地面に突き立てると、コンソールパネルになにかを入力していく。

 

「外部の電波も通信機も、ギラティナに取り込まれていれば使用不可でしょう。だが、この杖ならば、事情は変わります。この杖は特別製で、キュレムを手中に納めたときのように、ポケモンの発する音波や電波を機械に乗せることができますゆえ……このように」

 

 Nとトウヤの眼前に、ホログラフ画面が浮かび上がる。最初は強いノイズが走り、やがてだんだんと画質が鮮明になっていく。

 そこに現れたのは、涙の後を色濃く残し、眠るギラティナに祈りを捧げるイルの姿だった。

 

「「イル!!」」

 

 二人の呼び声に、イルは応えない。

 ただ延々と、祈りを捧げる。

 

『願いに従い、我は請う。願いに従い、我は祈る。汝は怨嗟、汝は憎悪、汝は憤怒の裁定者なり』

「イル!」

「なるほど、浸蝕ですね」

「浸蝕?」

 

 ゲーチスの言葉に、トウヤは首を傾げる。

 

「おそらくワタクシに出会ったときには既に、ギラティナからの干渉を受けていたのでしょう。もとより、彼女の経歴には欠落が多すぎます。最初の内は予言めいた言動はあっても、彼女自身から発せられた言葉でした。ですが、今は……」

 

 画面の中のイルは、祈りの言葉を捧げ続けている。

 その姿には強く違和感を覚え、Nは想わず眉をひそめる。

 

「言わされている。そうだね、父さん」

「……そうでしょうな」

 

 直後、ノイズが強くなり映像が途切れる。

 

「それで、どうするのですか?」

「キュレムと、ゼクロムとレシラムがいれば、ギラティナにだって打ち勝てる」

「ふむ、では持って行くがよろしいでしょう」

「ああ。連れて行くよ、父さん」

 

 Nはそう、不敵な笑みを浮かべる。

 その見せたことがない悪戯っぽい表情は、隣に立つトウヤが思わずぽかんと口を開けて固まってしまうほど、ゲーチスに似ていた。

 

「キュレムの指導者が必要だ。で、敗者はご随意に、だったよね? 父さん」

「ちっ……いいでしょう。ですが今回だけですよ、N」

「十分」

 

 差し出された手を、Nは取る。

 にらみ合うようにあわされた視線が、Nにはなぜだか心地よい。

 

「じゃ、三人でイル救出隊結成! だな、N、ゲーチス!」

「ああ!」

「ふん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――こうして、本来交わるはずのない三人が手を取り合う。

 ――目指すはただ一つ。空に根ざすプラズマフリゲート。

 ――そこでただ祈りを捧げる、幼い少女のために……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――了――





ゲーチスの設定は捏造です。
ポケモンの全ての登場人物を把握し切れていないので、お母さんの名前が被ったら申し訳ありません。

2016/01/07
元ネタを教えてくれた方、ありがとうございます。
2016/01/08
誤字修正しました。
ご報告、ありがとうございます。

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