とあるプラズマ団員の日記   作:IronWorks

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お待たせしました。


春の月 就職した日

(きっと)春の月

 

 

 

 このシンオウ地方(仮)に落ちてきて、ウォロという青年に出会って、今日で一週間が経つ。それまでどうにも忙しく日記をつけることができなかったので、この怒濤の一週間を纏めていこうと思う。

 

 ウォロは気さくで話し上手なだけでなく、かなり気が利く青年だった。というのも、手荷物以外の着替え諸々を先にホテルに送っていた私は、衣類のようなかさばる物を持っていなかった。いつもの黒ジャケットに黒スカートというマイベストリクルートフォームをなんとか維持しようとしていたのだけれど、ウォロはそんな私の貧乏性をズバリと見抜き、イチョウ商会の制服を手配してくれたのだ。

 イチョウ商会のメンバーに紹介して貰い、制服を受け取ると、私もすっかりイチョウ商会の臨時商会員に様変わりした。青と黄色を基調としたもこもこの服。そこはかとなく厳ついポケモンを連想させる、格好良い紋章。私の赤い髪と緑色の目には微妙に合わない配色だけれど、衣装は良いと思うんだ。

 このとき、衣装珍しさにくるりと回って転んでしまったことは、記憶の彼方に放り込みたい。というかそのことに限らず、与えられる全ての物が原始的というか、科学文明をあんまり感じさせない物なせいで、現代科学バッチリのブラックシティ出身の私としてはまぁまぁ珍しく、火おこし一つ上手にできず、ウォロの手を煩わせてしまっている。不甲斐ない。

 

 そう、今後失敗を繰り返さないためにも、ここで今日までの失敗を振り返っておこう。

 

 

 

 

 

 ひとつ、食事。

 これはなんてことはない。春のつもりでいたのに山間部が寒すぎて手がかじかみ、思うように箸が持てなかった。おまけにイモモチ(はじめて食べた。おいしい)が主流だそうで、これがまぁ掴みにくい。おまけで狐のように目を半目にしたウォロに箸の扱い方を教わる始末。

 もちろん手が温まったら使えるので、はじめから使えるアピールをしたが……信じてくれただろうか。

 

 

 

 ひとつ、衣類。

 制服を受け取って着替える際、勝手がわからず手間取ってしまったのがひとつ。着替え自体は、年下かつ思春期の少年だったトウヤと旅をした経験で、早着替えができる。あんまり待たせるのも悪かったからね。ただいざ着替えてみたら、上着が前後逆だったり、留め紐がよくわからなかったりで、女性の商会員に手伝って貰ってしまった。ツイリという方なのだが、たいへん親切にしていただき、頭が上がらない。

 そしてこの制服。受け取ってくるりと回ったら、滑って転んでしまった訳なのだが……これがまた恥ずかしかった。二十六歳にもなって回ってしまったことも恥ずかしければ、転んでしまったことも恥ずかしく、情けない。抱き留めてくれたウォロの、あの半目が忘れられない。

 

 

 

 ひとつ、睡眠。

 もちろん旅をしていた経験があるのだから、キャンプで外で眠る、なんてこともあった。でも、そのときは常に側にマイポケモンがいたから、彼女と寝る癖がついていたのだ。そう、ついつい癖で、イシュタル(ウルガモス・もふもふ)がいるつもりで、抱きしめるように丸くなって寝てしまった。

 おかげで翌朝は身体がバキバキに固くなってしまい、半目の表情のウォロにストレッチを手伝って貰うハメに。もう若くないんだから、という言葉が脳裏を過って落ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、ここ一週間はここでの生活に慣れるのにいっぱいいっぱいだった。

 もちろん、情報収集は忘れていない。ここ――ヒスイ地方、と呼ばれるこの地は、あまり人の手が入ってはいないようだ。

 遺跡のあった山を下りると岩石地帯。そのまま降っても原生林。こんなに一面未開拓、なんて普通はないから、私が元いた場所とは時代が違ったりするのだろうか、と当たりをつけている。

 また、慣れ親しんだポエム口調になって妙な誤解を生まないようにする、というのもかなり意識している。おかげで口数少なくぶっきらぼうになってしまっている気もするが、私なりの処世術、なのだ。許して欲しい。できれば。

 

 

 

 願わくば、年下の少年にお世話になっているくせに行方不明、という状況から早く脱したいものだが、いつになることやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 追記。

 手荷物の中にヒントが無いかと探していたら、プレートを見つけた。相棒その二、ゲノセクトのセクトルが属性の違う技を用いるときにプレートを使うのだけれど、なんの変化も起こらなかったからパチモンかな、などと思っていたのだが……なにか関係があったりするのだろうか。

 遺跡調査中に見つけたものではあるし、念のため、肌身離さず持っておこう。でもこの、レジェンドプレート? とは、ほんとにいったいなんなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――†――

 

 

 

 

 

春の月 ウォロの受難(1)

 

 

 

 アルセウス。

 その名は古代シンオウ人に伝わる創造神の名だ。ウォロは、創造神たるアルセウスに会うことを目的としている。ゆえに、アルセウスの使者かも知れない少女、イルとの出会いは、ウォロにとって転機となるものだった。

 

 

 ものだったのだが。

 

 

 イルと出会って一週間、ウォロはたき火の前で丸太に腰掛けて、大きくため息を吐く。夜も更けた頃。簡易テントの中に眠るのは、おそらくアルセウスに関わりがあるであろう少女、イルそのひとだ。

 ウォロはここ一週間、彼女と出会った高揚と期待、興奮に塗れていた最初の一日と、それ以降の苦労を思い出す。ウォロの胸中にあるのは、ある一つの言葉だった。

 

(アルセウスの使者……人間のフリが下手すぎます……ッ!!)

 

 おそらく今も“人間の寝方”を忘れてポケモンのように丸まって眠っているであろうイルのことを考えると、ウォロはほんの少しだけ、頭痛と胃痛を併発するような気持ちになった。

 

(そもそも、どうして違和感を覚えたのか……ああ、そう、そうです、アレです)

 

 ウォロはうんうんと唸りながら、今日に至るポイントを思い出す。色々、色々なことがあったのだ、と。

 

 

 

 

 一つ目、食事。

 

 それは、心ばかりの食事としてヒスイ地方名物のイモモチをイルに提供したときのことだった。イルにお皿と箸を与えて差し出すと、イルは形の良い目を少し開いて、首を傾げた。

 

「ウォロ、これは?」

「イモモチです。ヒスイ名物なのですよ」

「そう、なんだ」

 

 イルは不思議そうに箸を掴み、取り落としそうになって持ち直す。それを見てウォロは思わず手を出した。手を出してから、思ったのだ。見たところ十を数えて間もないくらいであろう少女が、箸を扱えないなんて不自然ではないか、と。

 

「こうです。こうやって使うんですよ。あ、あはは」

「大丈夫。わかるよ。知ってた」

「そ、そうでしたか(知ってる手つきじゃないんですよねぇ!?)」

 

 イルはウォロの手つきを一瞥しただけで、箸を器用に使ってイモモチを食べ始める。あまり動かない表情が目に見えて明るくなると、ウォロはほっと息を吐いた。

 おそらくこれが人間として初めて食べる食事なのだろう。あれほど人間としての感情表現を身につけていなかった鉄面皮が、僅かながらでも動いたのだから。

 

(でも、でもですよ、アルセウスよ)

 

 人間は、一目見ただけでは技術を身につけられない。初見の動きから急に箸が持てるようになったイルの姿に、ウォロは思わず幸先の不安を感じた。

 

 

 

 

 二つ目、衣装。

 

 イルは変わった衣装を身につけていた。それは洋装、とでも言うべきなのだろうが、どう見ても山間部に相応しい姿ではない。この地に降り立つのであれば、もう少し不自然ではない衣装が必要だろう。

 着の身着のままでも気にした様子がないイルの姿に、先に折れたのはやはりウォロだった。自分が世話をしている子供、という体でイチョウ商会に紹介し、ギンナンたちとの顔合わせを行った。

 イチョウ商会は移動型商店だ。その日も、平原でテントを張っていて、複数の商会員が荷物の交換や点検を行っていた。ウォロから見ても人の良い彼らは、作業の手を止めて快くイルを歓迎してくれ、商会の衣装を貸して貰えることになった。問題は、その後だ。

 

「ウォロ、これはどうやって身につければいい?」

「ああ、そうですね、今ジブンが教えますよ」

「お願い」

 

 ……そう言って、イルは商会の衣装を持ち上げた。その瞬間、ウォロは神がかった直感で察知したのだ。“人間の常識を知らないイルのことだ。男の前で平気で着替えるのではないか?”と。

 もちろん、イルは口頭で着方を聞こうとしただけだ。けれど、ウォロはこれまでのイルへの(ある意味での)信用のなさから、そんなつもりだとは思わなかった。

 

「っそちらの物陰で、まずは着て見ましょう! 着方は――」

 

 ささっと説明し、空きテントにイルを押し込む。口頭で説明しながら押し込むと、イルは素直に頷いて、中に入っていった。

 ほっと一息吐くウォロの前に影が伸びる。影に釣られて振り向くと、どこか楽しげな雰囲気の商会員、ツイリが立っていた。ツイリは黄色のボブヘアを揺らしながら、内緒話をするようにウォロに声をかける。

 

「ずいぶんカワイイ子だね。ウォロ、あの子、どこで拾ってきたのさ」

「ははは、趣味の遺跡巡りで出会いまして。捜し物があるというので道中を共にしているのですよ」

「将来有望そうな女の子だもんねー。んふふ」

「もう、からかわないでくださいよ、ははは」

 

 ツイリのからかう言葉に、ウォロは力なく返す。これまでの苦労を思えば、そしてこれからの苦労を思えば、仕方のないことだった。そんなウォロの疲弊した様子にツイリが気が付く……よりも少し早く、テントの中から声が響く。

 

「ウォロ、着替えたよ」

「あ、ああ、そうですか、ではこちらへ」

「うん」

 

 そうして、やけに早く出てきたイルは……なんというか、ちぐはぐだった。どこで留めてどこからどう着たのかよくわからない、ぐちゃぐちゃの格好だった。

 

「どこかおかしい気がする」

「そ、そうですねぇ。あの、ツイリさん、お願いしてもよろしいですか?」

「あ、あはは、いいよ、任せて」

 

 ツイリは僅かに浮かべた動揺を笑顔の下に押し隠すと、イルの手を取ってテントにとんぼ返りをする。そのテントの前で、ウォロはまた、ため息を吐いた。

 

(人間は、とくに人間の婦女はそんな速度で着替えられないのですが、どう教えたものか)

 

 またまたうんうんと唸るウォロの前に、着替え終わったイルが出てくる。神秘的な美貌を持つイルがイチョウ商会の衣装を纏うと、どうしても衣装が負けて見えてしまう。それはまぁ、しょうがないだろう。

 

「これが、服」

 

 だが、その場でくるりと回転して、スッ転ぶとなると話は別だ。ウォロはとっさにイルの腰に手を回して抱き留めると、ほっと息を吐いた。

 

「おお、ウォロ、やっるぅ!」

「わふ。ウォロ、ありがとう」

「い、いえ、はは、気をつけて下さいね、はは」

 

 イルの腰は細く、身体は軽かった。ウォロは脳裏でアルセウスに“ちゃんと内臓も造れ”と文句を浮かべた。

 おそらくイルは、初期装備とともに出現したのだろう。その衣類を剥がして新しい物を身につけさせれば、たしかに、慣れない姿で転びもするだろう。そもそも伝承に残るアルセウスは四つ足だ。アルセウスに関わりがあるであろう彼女もまた、二本足という状況は珍しかったのだろう。

 容易に思い至れた点を想定できなかった、という面では、なるほどウォロが悪い。だがもしウォロと出会ってなければ、おそらくこの少女は早々に森に帰って四つ足でポケモン生活を謳歌していたことだろう。

 

(せめて、二本足で生きる想定付きで送り出すべきではないのですかねぇ!?)

 

 ウォロは、ツイリや商会員たちと交流を図り始めるイルを見て、そっと、まだ見ぬアルセウスに苛立ちを募らせた。

 

 

 

 

 そうして、三つ目だ。

 

 今もテントの中で四つ足であったことを忘れられず、丸くなって眠って居るであろうイル。最初は慣れない環境で身体が固まってしまったのかと思っていたが、何度寝方を教えても、結局、まるで習性としてインプットされたであろう形で眠るイルを見ていると思うところがあった。

 ウォロは、時空の狭間から現れたポケモン――ギラティナと協力関係にある。共犯、と言い換えても良い。ウォロは神話の、物語の生物でしか無かったアルセウスと出会う方法を知り、ギラティナは、ウォロを利用してアルセウスに復讐を遂げようとしている。

 ウォロとしても、ていよくギラティナを利用して、創造神との謁見を果たし、そして、ある願いを叶えるつもりであった。

 

(イルの目的――アルセウスがなんのために彼女を遣わせたのかは、わからない)

 

 イルは、ウォロとはなんの関係もない存在であることは、ウォロとてわかっている。最初の問答が、ウォロの予想を舗装してくれる。

 だが、ウォロはイルと出会うことができた。なら、ギラティナの思惑とは別のアプローチで、アルセウスに出会うことができるかもしれない。

 

(イルは、ギラティナが裏切ったときのための保険……そのためには、ギラティナにイルの存在を嗅ぎつけられる訳にはいかない。手元に置いて行動をコントロールしつつ、イルとアルセウスを繋げる……!)

 

 そのためには、人間としての常識を覚えさせなければならないのだが……。

 

 

(ワタシにやれるのでしょうか、それ)

 

 

 ウォロは不安でならなかった。

 あの予測不能の推定ポケモンを軌道修正することが、本当にジブンに可能なのか、と。

 たき火の側、ポケモン用の餌を食べ終わったトゲピーが、そっとウォロに寄り添う。ウォロはそんなトゲピーを一撫ですると、また、大きな大きなため息を夜空に吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これがウォロが振り回され続ける受難の一歩になることなど、夢にも思わず。

 




次回はなるはやで書きます。
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