とあるプラズマ団員の日記   作:IronWorks

2 / 17
春の月 新しい役職が増えるまで

 春の月 二十二日

 

 

 

 旅は道連れ世は情け。

 今日の出来事を簡単に言うのならば、そんな所だろう。

 

 

 

 レベルの低いジムから攻略するのは、ポケモントレーナーの基本らしい。『これで君もチャンピオン!』という如何にもな本の受け売りだが、とくに間違ってもいないことだろう。

 なにせ、私が持つのはレベル五のポケモン一匹(蛾の幼虫みたいな虫ポケモン。道端で拾って、ペットにしていた)だけ。これもそれもレンタルすると諸々の費用がこちら持ちだと聞いて諸費をけちった私の自業自得なのだが。

 

 

 

 とにかく、そんな訳で手持ちのポケモンを鍛えるところから始めなくてはならなくなった。今時、草むらでミネズミ狩りして地道に経験値稼ぎをする大人など、私くらいなものだろう。

 二十四(大学時代に海外留学したいが為に留年した。悔いはない)にもなって何をやっているんだろうと目頭が熱くなりもしたが、仕事だからと割り切る。

 そうやって草むらでミネズミ狩りを地道に、本当に地道に繰り返し、漸くペットのイシュタル(ニックネーム。イッシュ地方で拾ったからイシュたんと名付けようとして、噛んだ。ちなみに♀だ)がレベル十になったとき、近くを通りかかった少年に声をかけられた。ミネズミを火で炙って出て来たところを刺すという人には言えないレベルアップ方法をしていたところだったので、地味に焦ったが。気にしなかったようなので良かったけど。

 

 トウヤと名乗った彼も、私と同じく旅をしているのだという。将来の夢はポケモンチャンピオンという、なんとも初々しい少年だ。彼に一緒に旅をしようと提案され、私はそれに二つ返事で頷いた。

 ひっそり宣伝するのは良いが、やはり子供相手の方がやりやすい。大人になると色々しがらみも増えるし、こういった話は子供に、子供がその友人や親にしていく方がずっと浸透しやすいのだ。

 

 

 

 そんなこんなで、私はトウヤと旅をすることになった。十歳も年下の少年と旅をするというのも気恥ずかしいが、女性相手に精一杯背伸びをする“男の子”をからかいつつ旅をするのも、そんなに悪くないことだろう。

 

 

 

 追記。

 ジムリーダーはそんなに強くなかった。虫ポケモンの癖に『ひのこ』が使えるイシュタルが緑色のお猿さんを焼いて、瞬殺だった。それで良いのかジムリーダー。

 

 

 

 

 

 

 

 春の月 二十三日

 

 

 

 少年と旅を始めて、二日目。

 トウヤの私用に付き合い、私は廃墟探検に向かった。そこで新しく二人の“友人”が出来たのだが、今日の重要な出来事はそこではない。

 

 

 

 彼のおつかいの内容は深く訪ねなかったが、廃墟に行くと聞いて最初は止めようかとも思った。建物が崩れでもしたら危険だし、第一そういった場所は街が管理しているから易々とは入れない。

 けれどどう説得しようか悩んでいる内に、気が付けば廃墟に向かって出発していた。考え出すと周囲が見えなくなる癖があるせいなのだろうが、そろそろ直した方が良いだろう。

 

 

 それはともかく。

 夢の跡というなんとも侘びしい名前の廃墟に突入した私たちは、そこでプラズマ団と名乗る男女がポケモンを虐待している場面を見つけてしまう。

 そう、私の勤め先のプラズマ団だ。ポケモンを虐待からの解放と謳いながら、いったい何をしているのか。事情を聞き出すにしても、まずは止めなくてはならないだろう。

 

 ということでトウヤと、その時に新しく知り合ったベルという女の子と三人でプラズマ団もどきと対峙。虐待されていたポケモンの奪還をした。その際、ムシャーナというポケモンがプラズマ団もどきたちに社長の幻影を見せて脅したのだが……やはり、どこの会社も上司には弱いと言うことか。世知辛い。

 

 会社のことを気にしながら、街中のポケモンを奪って逃走していたプラズマ団を、トウヤとベルの友達だという、チェレンという名の真面目そうな少年の力を借りて撃退。とくに苦労することもなく、ポケモンを奪還することに成功した。

 

 その後、夢の煙がどうたらこうたらという話をトウヤの知人の知人だとかいう女性から聞いたが、会社のことが気になって内容なんか覚えていない。この日記を書き終わったら、直ぐに連絡を入れてみようと思う。

 

 

 

 追記。

 社長と話をしてみてまたもや遠回しでわかりづらい言葉を噛み砕いてみたところ、末端の社員の暴走だということが判明した。

 それだけなら良いのだが、何故か査察官の兼任を頼まれた。ただその仕事は幅広く、査察と人事と懲罰の権限をまとめて貰ったようなものだった。

 正直、私には分不相応な気もするけど、期待された以上、やれるだけやってみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 春の月 運命の炎

 

 

 

「最初の一歩、みんなで一緒に踏み出そうよ!」

 

 緑色の帽子を被った少女、ベルが勢いよく声を上げた。それに従うように、眼鏡を掛けた真面目そうな少年、チェレンが薄く笑いながら頷く。その光景に、青いパーカーにキャップを被った癖毛の少年、トウヤは朗らかに笑った。

 

「ここが始まり。最初の一歩、か」

「うん。そうだ。ここが僕たちのスタートラインだ」

 

 嬉しそうに呟くトウヤに、チェレンもまた興奮を隠しきれない声で頷く。

 十四歳になり、ポケモンを手に旅をすることになった。興奮も不安も喜びも、全部抱え込んで行くことになる。

 そうやって未知の世界へ踏み込んでいけることが、トウヤは嬉しかった。

 

「それじゃあ、私は行くね!」

「僕も行動しよう。トウヤ、君も早く来い」

「あ、うん!」

 

 スタートラインは同じ。けれど、歩幅はばらばらに。トウヤは二人の背中を見送ると、自分も前を見据えて歩き出した。

 

 

 

 

 

 そうして、順調に一番道路を抜けて次の街に辿り着き、トウヤはそこで一人の少年と出会う。緑色の長い髪を束ね、帽子を目深に被った――Nと名乗った少年の言葉が、トウヤの耳から離れなかった。

 

『ポケモン図鑑ね……そのために、幾多のポケモンをモンスターボールに閉じ込めているんだ』

 

 疑問に思ったことなど、無かった。ポケモンと一緒に居ることは、当たり前のこと。アララギ博士に貰ったミジュマルも、自分に懐いてくれている。だから気に留めようとはしなかったのだ。

 自分たちが、モンスターボールに“友達”を閉じ込めているということに。

 

「俺は……どうしたいんだろう」

 

 夜のサンヨウシティ。イッシュ地方の習わしに従い旅をする未成年トレーナーは、無償で宿が提供される。けれどトウヤは、宿に戻る気にもなれずトレーナースクールの前に座って考え込んでいた。

 ふと、モンスターボールを投げると、ミジュマルが出てくる。彼はトウヤに向かって首を傾げると、小走りで寄って来て抱きついてきた。

 

「ミジュマル……」

 

 ポケモンと、自分。否応なしに考えさせられる課題。トウヤは脳裏にちらつくNの言葉を振り払うように、歩き出す。

 到着したその時は輝いて見えたサンヨウシティの町並みも、気落ちしているせいか侘びしげに見える。ぽつぽつと灯るネオンにいたたまれなくなって背を向けると、気持ちを切り替えたくなり、一番道路に向かった。

 ベル、チェレン、そしてトウヤ自身が最初の一歩を踏み出した道路。ここに、何かヒントが無いものかと進んでいく。

 

 

 

 そうして――

 

 

「こんな時間に……子供?」

 

 

 ――トウヤは、運命の出逢いに邂逅した。

 

 

 

 ミネズミの群れだろうか。数匹のミネズミが、徒党を組んで子供に襲いかかる。トウヤはその光景に危機感を覚えて慌てて助けに入ろうとして――足を、止めた。

 

「イシュタル」

 

 子供から零れた声は、透明だった。決して小さくはないのに、胸の内側に染み込んでいくような声。その美しい音色に反応したのは、どこか気高い雰囲気を持つ白いポケモンだった。咄嗟にポケモン図鑑を開いてセンサーを向けると、ポケモンの名前だけが表示される。

 

「メラルバ……か。聞いたこと無い名前だ。あっ、いや、それよりも!」

 

 慌てて視線を戻して、子供の安否を確認する。だが、その時には既に、終わっていた。

 

「え……?」

 

 メラルバから放たれた【ひのこ】が、草むらに放たれて燃え上がる。ミネズミたちはそれに驚くと、散り散りになって逃げていった。火の勢いが大したことがないせいか、草むらは燃え広がることなく鎮火する。

 

 だが、子供の行動はそれでは終わらない。

 

「次」

 

 また、あの声だ。耳朶を震わせる、透きとおった声。

 

『ヂュウッ』

 

 刹那、メラルバが虚空に向かって触覚を突き出す。すると、散り散りになったはずのミネズミの中の一匹が、子供に襲いかかる寸前でメラルバによって止められた。

 メラルバの攻撃は、【きゅうけつ】だ。相手にダメージを与えた上で自身を回復させる技。ミネズミが【きゅうけつ】によって倒れると、メラルバの体力は完全に回復しているようだった。

 

「あの子……強い」

 

 声をかけよう。そう決心して一歩踏み込む。すると、月明かりに照らされて、子供の――少女の全容が見えた。

 闇に溶ける黒いブレザーと、同色のネクタイ。下も同じく真っ黒なロングスカート。背中に流された滑らかな髪は、炎のような鮮やかな真紅。月明かりに浮かび上がる整った横顔に見える瞳は、透きとおった翡翠の色をしていた。

 年の頃は十歳前後だろうか。トウヤはその少女から――目が、離せなかった。

 

 やがて、少女が踵を返して立ち去ろうとする。トウヤはそこで漸く我に返ると、慌てて少女に声をかけた。

 

「君!」

 

 ――が、かけたはいいが、何を言って良いのかわからない。声に反応してトウヤに顔を向けた少女は人形のように無表情で、何を考えているのかもわからなかった。

 

「なにか?」

 

 けれど、その声が自分に向けられていると思っただけで、トウヤは喜びを感じてしまう。

 

「俺はトウヤ。えっと、君は?」

「……イル」

 

 イル。不思議な響きだ、とトウヤは思う。“居る”と、ただ側に居ると、そう告げられた気がして――そこまで考えて、トウヤは頭を振った。出逢ったばかりの少女に向かって、何を考えているんだ、と。

 

「イルは、ここで何を?」

「イシュタルを、鍛えてた」

「イシュタル……その、メラルバだね?」

「? イシュタルはイシュタル、だよ」

 

 種族の名前で呼ぶのは、失礼だったか。そう、トウヤは慌てて話題を切り替えた。

 

「その子、モンスターボールには入れないの?」

「必要ないから」

「え? 必要、ない?」

「この子はずっと一緒だったから、必要ない。必要なら入れれば良い。それだけ」

 

 それで話は、終わり。少女が言外にそう告げたような気がして、トウヤは焦る。

 どんな言葉を選んで良いのかわからない。わからないけど、どうにかして引き止めたい。ここで終わってしまいたくない。

 そうして焦って、混乱して、トウヤはつい普段では、初対面の相手には絶対言わないようなことを口走ってしまった。

 

「イル――俺と一緒に、旅をしよう」

 

 これではまるで、口説いているみたいじゃないか。トウヤは一瞬で顔に熱が集まるのを自覚すると、言い訳がましく言葉を並べる。

 

「あ、そのちがくて! 旅をしたいのは嘘じゃないんだけど、ポケモン図鑑もあるし、いずれチャンピオンになりたいなって思ってるから協力して欲しいとか、えと、その!」

 

 上手く言えず、しどろもどろになってしまう。このままでは怪しく思われて遠ざけられてしまうのではないか。そう思考が悪い方向に動いてしまい、トウヤはますます何も言えなくなってしまう。

 そんなトウヤの耳に、また、美しい旋律が届いた。

 

「ぁ」

 

 クスクスと、少女が笑っている。声を上げる笑い方ではない。堪えきれずに笑ってしまったというところだろうか。人形のようだとさえ思っていたのに、ただ笑っただけで、途端に生気に溢れて見えた。

 その笑顔の美しさに、トウヤは囚われる。

 

「良いわ。一緒に旅、しましょう。トウヤ」

「うん――うんっ、よろしく、イル!」

「ええ、こちらこそ」

 

 イルと握手を交して、トウヤは朗らかに笑った。彼女の手は、まるで彼女の髪色のように熱くて、それが心を安らかにさせる。

 

 

 

 

 この日のことを、トウヤは生涯忘れない。何度すれ違おうと、最後まで道を交じらせてきた少女、イルとの出逢いを――忘れることは、無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――†――

 

 

 

 翌日、トウヤはイルと一緒にジムを攻略した。

 トウヤの後ろについてイルも同時攻略。ジムのトレーナーは連戦できるよう十分な回復道具を持っていて、イルと一緒に、ということが可能だった。

 もっとも、後日“最初のジム”だから特別、ということで、次からは一人ずつ攻略に挑むように言われてしまったが。

 

 

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 

 

 草タイプのジムリーダー、デントが繰り出したヤナップにトウヤのミジュマルは苦戦するも、なんとか勝利。連戦して、そのままイルも勝利となった。

 

「虫タイプのポケモンだから炎は使わないと思ってたんだけど……炎と虫。相反する属性のポケモンだったんだね」

 

 デントはそう、楽しげに笑うと、トウヤとイルにジムバッジをくれた。

 

「これが、バッジ」

「八つ集められれば、夢も直ぐそこね」

「あはは、そう簡単にはいかないよ。でも、うん、そうだね」

 

 八つのバッジを集めて、四天王に打ち克ち、チャンピオンを退けその座に立つ。その光景にイルが居てくれたら、と、トウヤはそう考えずには居られなかった。

 

 

 

 

 

 ジムを出て、マコモに【いあいぎり】を貰ったトウヤたちは、頼まれた“おつかい”のために夢の跡に向かうことになった。

 そこにいるムンナというポケモンに夢の煙を出して貰う、というおつかいだ。トウヤは何も言わずに着いてきてくれるイルに心温まる気持ちを覚えながら、二人で郊外の廃墟に向かうことになった。

 

 そうして廃墟の直ぐ側まで来たとき。トウヤは見知った顔を見つけて声を上げる。

 

「あれは……ベル!」

 

 声をかけられた少女、ベルはトウヤの姿を見ると、嬉しそうな笑みを浮かべて駆け寄ってきた。

 

「トウヤ! ひさしぶり……でもないかな? えへへ」

「うん、そうだね。確かに“久しぶり”……でもないや。あははっ」

 

 ポケモン解放、チャンピオン、ここ最近考えることが多くなった。けれどこうして旧知の友人に再会出来たことで、僅かではあるが不安も和らいでいく。そして、僅かに和らいでしまえば、立ち直れる自信がトウヤにはあった。なにせ今は、隣にイルがいるのだから。

 

「あれ? その子は、新しいお友達?」

「うん、そうだよ、ベル。一緒に旅をすることにしたんだ」

「へーっ、そうなんだ! なんだか旅で出逢って一緒に……って、ステキだね!」

 

 ベルは目を輝かせながらそう言うと、イルに向かって頭を下げる。

 

「私はベル! あなたは?」

「イル。よろしく」

「イルちゃんだね! よろしくねっ!」

 

 イルに初めてあったとき、トウヤは困惑しっぱなしだった。なのにベルは物怖じすることなくイルに近づいて、手を握っている。その奔放さが、トウヤには少しだけ羨ましかった。

 

 

 

 

 

 ベルとイル、そしてトウヤの三人で夢の跡にやってきた。そこは、僅かな日が差し、寂しげながら静かで優しい雰囲気の場所だった。

 

「ゆめのけむりって、どんなんなんだろうね! イルちゃん!」

「さぁ? 法に抵触するものではない、とは思うけど」

「えええっ、危ない物じゃないよぅ、もうっ」

「うん、そうだと良いけれど」

「イルちゃんって、変わってるねー。あははっ」

「そう? 普通よ」

 

 普通ではないと思う。

 トウヤはかしましい二人の会話にツッコミを入れようとした自分を、ぐっと抑え込む。ベルは昔から人のペースを狂わせるところがあったが、イルと一緒だとそれが顕著になるようだ。

 

「あっ、あれ、ムンナじゃ――」

 

 ムンナを見つけて、ベルは目を輝かせる。だが、次いで飛び込んできた光景に――その表情を、曇らせた。

 

「あ、あなたたち、なにをやってるの!」

 

 駆けだしたベルに並ぶように、トウヤとイルが立つ。

 その先には、痛々しい叫び声を上げるムンナに暴力を振るう、男女の姿があった。

 

「なんだ、おまえら?」

「私たちはムンナに夢の煙を出させなきゃいけないの。子供は帰れ!」

「夢の煙でポケモンを手放すよう暗示を掛けて、逃げたポケモンを手に入れるんだ!」

 

 そう言って、ポケモンを傷つけることを止めない二人。その姿に、トウヤはNの言葉を思い出した。彼らのような人間がいるから、ポケモンの解放を謳っているのではないか、と。

 

「やめて! それ以上、その子を傷つけないで!」

 

 ベルが叫ぶと、男はムンナを傷つける手を止めて歪んだ笑みを浮かべる。それが我欲に塗れた人間の笑みなのだと、トウヤは漠然と感じ取った。怒りを覚えてモンスターボールを手に取るトウヤ、涙を浮かべながら立ち向かうベル、そんな二人をフォローに回ろうとする大人びた少女、イル。

 トウヤはイルを庇うように立ち男たちに挑もうとして――

 

「はんっ! 俺たち“プラズマ団”に敵対して、タダで済むと思うなよ!」

 

 ――ぴたりと、足を止めた。

 

「……プラズマ、団?」

「イ、イル?」

 

 トウヤの背後から響く、声。普段の透明な音はなりを潜め、その声色は苛烈な色に満ちていた。

 

「あなたたち、今、プラズマ団と言った?」

「な、なんだ、おまえ」

「質問に答えなさい」

「ぐっ、だったら何だって言うんだ!!」

 

 後ずさりする男に、イルは一歩踏み出した。するとそれに付き従うように、イシュタルがふわりと浮き上がる。男たちはそれに危機感を覚えたのだろう。震える手で、モンスターボールを取り出した。

 

「な、なんなんだよ、おまえはッ!」

「や、やらなきゃ、やられる!?」

 

 二人がモンスターボールを投げるのと、同時。我に返ったトウヤは牽制するようにモンスターボールを投げて、ミジュマルを出した。

 

「ベルはムンナを! 俺たちは――こいつらを、倒す!」

「う、うん、わかった!」

「ええ、そうね。まずは倒さないと」

 

 怯え惑いながら向かって来るプラズマ団の二人に、駆け出す。だがいざ戦おうとした瞬間、トウヤたちの目の前にぼんやりとした煙があつまり、やがてそれは人の形を作った。

 

「ゲ、ゲーチスさま?!」

「ひ、ひぃっ」

『おまえたち、こんなことをしてただで済むとでも思ったか!』

「お、お許しをーっ!!」

「ご、ごめんなさいーっ」

 

 そう言って逃げ去っていくプラズマ団員たちを、トウヤたちはぽかんと見送ってしまう。次いで、ゲーチスに対して警戒心を露わにしようとしたとき――不意に、その姿がゆらめいた。

 

「ムシャーナだ! ムンナを助ける為に、夢を見せたんだよ……」

 

 ムンナを大きくして、どことなく美しくした姿のポケモン、ムシャーナ。ムシャーナはトウヤたちの姿を見て、そしてムンナの無事を見ると、煙のように消えていった。

 

「ポケモンが、ポケモンを思う力……か」

「トウヤ?」

「っなんでもない。さ、行こう。イル、ベル」

 

 イルの声で我に返り、夢の廃墟を出る。とりあえず、おつかいは終了だ。だというのに、トウヤの心は晴れなかった。

 

 

 

 

 

 ポケモンセンターでポケモンを回復したトウヤたちはベルと別れ、その足で三番道路に向かった。気持ちは晴れないままだが、それでも次の街へ行かなければ前には進めない。

 それに、道中、トウヤはイルに聞きたい事があった。ずっと気がかりだった、Nの言葉。ポケモンを解放するということに対して彼女がどう思っているのか、それが知りたかったのだ。

 

「イル、あのさ――」

「どけ、邪魔だ!」

「――ッ」

 

 邪魔なのはどっちだ、と、叫ぼうとしたトウヤの横をプラズマ団が走り抜けていく。それを追いかけてきたのは、つい先日別れた友達の一人、チェレンだった。

 

「トウヤ! あの子のポケモンが、プラズマ団に奪われたんだ!」

「なんだって?!」

 

 チェレンの後ろから走ってきたのは、ベルと、それに小さな女の子だった。人のポケモンを奪い、それを傷つけるプラズマ団。その行為に、トウヤは怒りを覚える。

 

「行こう、トウヤ」

「イル――ああ、そうだね。行こう!」

「うん? おいトウヤ、その子は――って、おい!」

 

 チェレンをその場に置いて、走り出す。悪への怒りを抱いて止まらなくなっていたトウヤの腕をイルがそっと掴むと、自然と、心が安らぐような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――†――

 

 

 

 イルとタッグを組んでプラズマ団を撃退し、ポケモンを取り返した。女の子にポケモンを返し不満げなチェレンにイルを紹介し、シッポウシティに到着した頃にはすっかり日が落ちていた。

 

「ふぅ、疲れたー」

 

 トウヤはそう、大きく息を吐いて寝台に腰掛ける。その隣では、イルが苦笑しながらトウヤを見ていた。その視線に、トウヤは少しだけ以後心地が悪くなる。

 イルのような幼い少女を別の部屋に置いておく気にもなれず、トウヤはイルと同じ部屋に泊まることにしていた。

 

「あのさ、イル」

「なに?」

「イルは、ポケモンの解放について、どう思う?」

 

 聞きそびれた話をする。トウヤは彼女がどう思っているのか、どうしても知りたかった。

 

「――ポケモンに、暴力を振るう人がいる」

「……イル?」

「ポケモンに優しい人がいる。ポケモンを傷つける人がいる。ポケモンを家族だと想う人がいる。ポケモンを、道具だと思う人がいる」

 

 イルが語り出すと、トウヤはそれに耳を傾けることにした。

 

「ポケモンに対して、優しい人はいる。でも、それだけじゃない。ポケモンを傷つける人だって、たくさんいる」

 

 “いる”という、その響き。トウヤはイルの語る言葉から、耳を離せない。

 

「だから、ポケモンを傷つける人たちからは、ポケモンを解放しなくてはならない。ポケモンを傷つける人から護り、助けなくてはならない。それが……私の思う、ポケモンの解放」

 

 普段、口数少ないイルから饒舌に語られた言葉に、トウヤは聞き入っていた。ポケモンを解放することは、一方的に良いことでも悪いことでもない。ただ、悪い人たちからは助けてあげれば、それで良い。

 それはトウヤにとって、一つの“答え”だった。

 

「ありがとう、イル。俺、イルと出逢えて良かった」

「いいえ。私も、トウヤと旅をするのは楽しいから」

 

 イルの微笑みに、胸が跳ねる。けれどその感情を理解する前に、トウヤの意識は眠気の中に落ちていった。

 

「おやすみ、トウヤ」

 

 最後にそんな、心地よい声を聞きながら、トウヤは眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――/――

 

 

 

 各地に、計画の邪魔が入っている。そうなることは想定済みだ、と、暗闇の中でゲーチスは嗤う。誰がどれだけ足掻こうと、もはや計画は止められないのだから。

 計画が着々と進行していく様に満足感を覚えていたゲーチスは、ふと、特別な用途のときに使う回線に反応があることに気が付いた。どこかで、七賢者がなにか見つけたのか。いずれにせよ、この回線に連絡が来るということは、特別な報告に相違ない。

 

「誰ですかね?」

『――お聞きしたいことが、あります』

「ッ」

 

 ゲーチスは、思わず乾いた唇を舐め取り身を乗り出す。回線から聞こえる声は、間違いない、導かれるままに雇い入れた少女、イルのものだ。

 

「なにか?」

『ポケモンを虐待するプラズマ団を見つけました』

「ほう? どうやら、先んじて行動しているようですねぇ」

 

 まさか。ポケモンが傷つくのが許さないとは言わないだろう。だからこそ、ゲーチスはイルの真意を汲み取ろうと考える。

 

『先んじて? ああ、暴走ですか』

「ええ、若気の至りでしょう。ワタクシの本意ではないのですが、ね」

 

 そうして暴れるプラズマ団の行動を、ゲーチスは止める気はない。だが、大勢に見られて不穏分子を増やすのは、本意ではなかった。

 

「彼らをどうされました?」

『撃退しました』

「ふむ、そうですか」

『逃げようとしたので』

「ッ! なるほど、そうですか」

 

 ここに来て、ゲーチスは漸くイルの真意を汲み取る。つまりイルは、無様に逃げる彼らが許せなかったのだ。世界の破壊と再生という目標の為に、軟弱な輩は不要。だから、ゲーチスの指示を待つまでもない、と打ち倒した。

 

「くくくっ、なるほど、なるほど」

『どう、処分を?』

 

 処罰ではなく、処分。つまり、消しても良いかとイルは言っているのだ。その言葉に、ゲーチスは楽しげに嗤う。

 

「お任せします。ついでに、各地の団員を見極め、選抜していただきたい。もし貴女の目に敵わぬようでしたら――くくっ、その時は、お任せしますよ。まぁ、厄介なのに目は付けられない程度に、とだけは言っておきますがねぇ」

 

 流石に、本当に消しでもしたら厄介なことになる。たくさんのポケモンに暴力を振るうよりも人を一人消す方が大事になってしまうのだ。この段階で、そこまで大事にしたくはなかった。

 

『畏まりました。ただ、理念の為に』

「ええ、理念の為に」

 

 会話が終了すると、ゲーチスは途切れた回線をただじっと見つめていた。その落ちくぼんだ昏い目で、ずっと――。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。