春の月 二十四日
ベルとチェレンの二人とは、別々に旅をするようだ。
挑むジムが同じなら一緒に旅をすればいいと思うのだが、そうもいかないようだ。チェレンは照れ屋なのか、どうにも心を開いて貰えなかったためもう少し話しておきたいとも思ったのだが。
まぁ、競争は成長の助け。子供らしくのびのびと成長するに越したことはない。
今日訪れたのは、あの芸術の街といわれるシッポウシティだった。
私の故郷はブラックシティという、高層ビルがあるわりに何故か娯楽施設が極端に少ない街だった。だからこそ、旅先で見つける博物館や展示会、ミュージカルは否応なしに私の心を擽る。
なので、楽しみにしていた私はトウヤの腕を引っ張り博物館に向かったのだが、入る前にキャップを被った少年に声をかけられた。
トウヤの友人のようだったのだが、その、なんというか私が親だったら「友達は選べ」と言いたくなる感じの子だった。あまり他人様の交友関係に口出したくはないが、モンスターボールに入れるのは可哀相だからおまえのポケモンぼこぼこにして勝負!(意訳)という熱血電波系は流石にいかがなものかと。せっかく、顔は良いのにもったいない。
とにかく、私とトウヤはNと名乗るその少年とポケモンバトル。結果、Nはイシュタルレベル二十七の前に敗れ去った。トウヤのように複数のポケモンを同時育成する甲斐性はないから、と一匹集中かつ朝練を欠かさなかったら、もう一匹で十分な力になってきたのだ。ビバ、レベル格差社会。
で、勝ったはいいのだが、Nになんとも電波な言葉を残された。
「そんな、まさか君は――――ポケモン、だっていうのか?」
私は人間だ。
呆れてものも言えなかったのだが、彼は何故かそれに満足して帰っていった。トウヤの私を見る憐憫の目が忘れられない。忘れたいけど。
疲労感に包まれながら、さくさくジム攻略。その後直ぐにプラズマ団の下っ端がまたもや暴走していたので、追いかけているとアーティと名乗る青年に合流。一緒に追いかけてプラズマ団をさくさく撃退。謹慎処分が妥当だろう。
色々大変だったが、まぁ、博物館は楽しかったので満足した。終わりよければ全て良し、だ。
追記。
宿で寝るとき、隣で寝ていたトウヤ(どうしても一緒の部屋が良いと毎回押し切られる。親元を離れて寂しいのだろう)が切なげに私の手を握ってきた。電波少年と友達になれるくらい心優しい子だ。戦うことになって思うところがあるのだろう。
この子がもっと大きくなって、大切な誰かとこうして居たいと思うようになるまで、お姉さんが付き合ってあげようかな、なんて思った。
春の月 二十五日
ブラックシティから出たのは、海外留学の為のたった一度きり。
そのため、スカイアローブリッジは私の心を躍らせるのに十分だった。
広大な景観に胸を躍らせながら、何故かポケモンの能力を強化させる羽を拾う。色々種類があるようだったが、何故か攻撃強化オンリーしか拾わなかったのには不満があるが。脳筋にしろと?
スカイアローブリッジを抜けると、ヒウンシティに到着した。ヒウンシティは忙しないながらも華やかで、同じビル街でも、私が生まれ育ったブラックシティとは大違いだ。
故郷にこう言うのもアレだが、あそこは子供が住むには不便すぎると思う。ネット販売で健康器具まで揃えさせるくらいだったら、ジムの一つでも作ればいいのに。私がいつまで経っても背が伸びないのはあの街のせいだ。断言してやる。決して、両親とも背が小さかった事なんて関係ない。ないったらない。
それはともかく。
トウヤと合流場所を決めて、各々で街を回ってみることになり、私は噂のヒウンアイスを求めて散歩をしていた。まぁ、残念ながらアイスは買えなかったが。今日の分は売り切れとのことだ。今度からは、朝早く起きて行けるようにしよう。
合流場所へ戻る道すがら、ベルにポケモンを盗まれたと聞いてプラズマ団探しに。社長はいったい何をやっているんだろう? いくらなんでも抑えが利かなすぎる。クビになりたくないから余り強い意見は言えないけど、見つけたら社長の得意な遠回しな言い方でちょっと嫌みの一つでも言ってやろう。
そんな風に思っていたら、とぼとぼ歩く社長を発見。捕まえて一言二言告げてみると、またもや解りづらい返答が帰ってきた。今回は私も遠回しに言ったので人のことは言えないが。
社長の話を要約すると「必要な事だから、引き続き頼んだ」とのことだった。つまり社長は、反感を持つ社員のあぶり出しをしているということだろう。後の禍根を断つ為だというのならば、致し方ない。期待に応えられるように頑張ろう。
その後、アーティさんのジムもさくさく攻略。私のイシュタルは虫の癖に炎が使えるので、またもや瞬殺だった。これでジムバッジも三つ目。最初はあまりノリ気じゃなかったのだけれど、こうして徐々にバッジが集まってくると楽しくも思える。不思議なものだ。
春の月 二十六日
今回、久々に心の底から自分が恥ずかしいと思った。
あんな不憫な少年を電波系だと思っていたなんて、過去の私を張り倒したい気分だ。
というのも、今日の出来事に関連している。
こう書くのは何度目になるかわからないが、私の故郷は娯楽に乏しい。そのため、次は娯楽のメッカと呼ばれるライモンシティに行くとなり、楽しみにしていた。
けれど、遊園地前にたむろするプラズマ団の姿をトウヤが見つけてしまったことで、今日一日遊び倒すという脳内計画が瓦解してしまう。
とくに悪いことをしているようにも見えなかったからおそらく一般社員だと思うのだが、あぶり出された反感を持つ社員しか見てなかったトウヤは当然のように勘違いして、団員を追いかけた。
けれど何故か立ちふさがったNと観覧車に乗ることに。もうこの時点で、私の理解は追いつけなくなっていた。まさしく、「どうしてこうなった」である。
更に、よくわからない状況は加速する。Nは、何故かプラズマ団の王様と名乗ったのだ。だが続いて言われた言葉で、唐突に私の中にあった沢山の疑問が氷解した。
なんと彼は、「ゲーチスに請われて」と言ったのだ。
なんとなく、疑問に思っていた。この遠回しで解りづらい言い方は、誰かに似ていると。だがまさか関係者だとは思えず、また社長の私事だしと考えないようにしていたのだが、“そう”考えれば全てが繋がる。
そう、つまり――Nとゲーチス社長は親子だったのだ。
遠回しな言い方しかしない社長に育てられたせいで、言葉が足らなく電波系のように思われてしまうようになったN。彼は、反抗期から父を呼び捨てにしながらも、父の気が惹きたかったのだろう。だから査察官である私から、子供心に無実だとわかっている社員を逃そうと身を挺して戦った。
なんとも心温まる話じゃないか。なのに、私は純粋で父親思いな彼を電波扱い。これを恥じずになにを恥じれば良いというのだ。
そう考えると、トウヤはすごい。
なにせ、あの個性豊かな社長を知らずに、Nの心を理解し友達になっていたのだから。子供ってすごい。私も、見習わないと。
ちなみに、ライモンシティのジムは久々に普通の戦いだった気がする。得意でもなく苦手でもない相手と善戦したと言えば聞こえは良いが、結局レベル差で押し切ったような……いや、それも実力だろう。たぶん。まぁいいか。
その後、ミュージックホールの前でベルの決意を聞き、またもや子供の強さに気が付かされた。今日はなんだか、気が付かされてばかりだ。私もまだ二十代前半の小娘。学ぶことは沢山あるのだと、色々と気持ちを切り替えた方がよさそうだ。
追記。
その日の晩、素直にトウヤに「すごい」と褒めてみたら、「そんな顔しないで」と慰められた。自分を恥じていたのが顔に出てしまったのかも知れないが、トウヤ、それは追い打ちだ。子供に慰められるとは、逆に情けない。
まぁでも気持ちはよく伝わったので、少しからかったあと、素直に礼を言っておいた。きっと彼は、将来人の心をよく掴む、立派な青年になることだろう。今は、まだまだかもしれないが。
春の月 痛みを知る者
―― 一度目の邂逅は、痛みを孕んだものだった。
森の中、少年と青年の中間、まだあどけなさを顔に残す男性がポケモンとともに空を見上げていた。彼――Nは、街のある方角に目を向けるとそっと呟く。
「ポケモンが、嬉しそうにしている。……あの子、か」
モンスターボールに閉じ込められているのに、誰よりも嬉しそうにしていたポケモンたち。それを持つ一人の少年の姿を思いだして、Nは頭を振る。まだ、理解出来ないことが多すぎた。
「行こう」
そうポケモンに告げると、Nは立ち上がり歩き出す。すると戯れていたポケモンのうち三匹がNに寄り添うようについて歩き出した。
「来てくれるの? ありがとう。直ぐに逃がしてあげるから、少しの間だけ我慢して」
ポケモンが頷くと、Nは彼らをモンスターボールの中に入れる。窮屈だろう、屈辱だろう。モンスターボールに拘束されるポケモンたちを痛ましげに眺めると、Nは道を急いだ。
少しでも早く疑問を解き、自身の理想を証明し。ポケモンたちを自由にするために。
――†――
シッポウシティに到着したNは、ポケモンに導かれるままに一人の少年の前に立った。ポケモンをモンスターボールに閉じ込めているのに、その可能性を誰よりも感じさせる少年。突然現れたNに驚く少年に、Nは語りかける。
「ボクは、ダレにも見えないものが見たいんだ。ボールの中のポケモンたちの理想、トレーナーという在り方の真実、そしてポケモンが完全となった未来……。キミも見たいだろう?」
まくし立てると、少年は――トウヤは、真剣な顔つきになる。
Nは自身が“特別”であることを知っている。そのため、他人から遠ざけられることも。それなのになお自分の言葉に真剣に耳を傾けるトウヤの在り方に、Nはポケモンに好かれる彼の“特別”の一端を見た気がした。
「トウヤ、彼は?」
そうして、トウヤを見極めようとしていたとき、彼の背に庇われていた少女が小さく、けれどよくとおる声で訪ねる。
「ボクはN。キミはナニ?」
Nにして見れば、唐突に水を差されたような物だ。不機嫌さを隠そうともせずに訪ねると、少女が一歩前に出た。
「私は、イル」
容姿は目を惹くものがある。けれど、彼女からは特別なものを感じない。トウヤのように未知を内包した優しさも、彼の親であるゲーチスのように、危険な香りを孕んだ苛烈さもない。
ただ、そこに“居る”少女。その名前の響きにだけ、何故だか囚われる。
「ふぅん。まぁ、いいよ。早速始めよう。ボクに未来を見せてくれ! トウヤ!」
「N……。ああ、わかった。そうしないと進めないのなら、俺は君と戦う!」
トウヤがミジュマルを繰り出すのを見て、それからその後ろで表情を変えずに佇むイルを見る。そうしてただじっと見られていることに、Nは苛立ちにも似た感情を覚えた。
「見ているだけかい、イル。キミもキミの孕む可能性を見せてみろ!」
Nは一度に三匹のポケモンを出す。ついて来てくれたポケモンたち。マメパト、オタマロ、ドッコラーによるトリプルバトル。それに対してトウヤが繰り出す二匹は、ミジュマルとモグリュー。イルが出すのはNがチャンピオンの情報を調べたときに知ったポケモン、メラルバ。
「ミジュマルは【きあいだめ】を。モグリュー、【メタルクロー】で牽制だ!」
「イシュタル。行って」
トウヤの指示と、イルの指示。その違いにNは形の良い眉を顰める。イルの指示はどちらかというと“お願い”だ。それも、ポケモンと言葉が通じるNがするような。
オタマロがモグリューに【みずでっぽう】を放とうとするも、メラルバの【いとをはく】によって止められる。その隙にモグリューの【メタルクロー】がドッコラーの急所に入り倒れた。
マメパトが【かぜおこし】を撃とうとした瞬間、力を溜めたミジュマルの【たいあたり】が急所に入り、倒れる。慌ててオタマロを逃がそうとするも、メラルバの【きゅうけつ】とモグリューの【メタルクロー】の挟み撃ちを受けて倒れていた。
「なぜだ」
Nは、小さくそう零す。勝てなかったことに疑問はない。ただ、未来が不確定だっただけのことだ。けれどそんなことよりも、Nはメラルバの声を聞いて、驚愕していた。
『例え何者であろうと関係ない。妾の“母”を傷つけることは、許さない』
メラルバから響く声。ポケモンが“母”と認めるということは、その意味は――Nと同じ“モノ”であるということ。
「そんな、まさか君は――――ポケモン、だっていうのか?」
Nが震える声でそう呟くと、イルはほんの僅かに顔を伏せ、それから何も言わず、瞳に感情すら乗せることなく透明な目でNを見た。その様子に、トウヤは驚いている。おそらく、普段はこんな“痛ましげな”表情を見せたりする少女ではないのだろう。
「……未来は不確定だ。そしてトウヤ、キミだけではなく彼女という要素も組み込まれた。その行く末を見るには、まだボクは足りない。だからボクは見つけ出す。伝説のポケモン、ゼクロムを!」
Nは傷ついたポケモンたちをモンスターボールに一端しまい、走り去る。彼の胸中には、メラルバの声が染みついて離れなかった。
――†――
――二度目の発見は影から、疑問を携えて。
自分の父であるゲーチスに、Nは聞きたい事があった。メラルバが残した疑問を解消する為にも、メラルバというポケモンのことが知りたかった。
そうしてプラズマ団員にゲーチスの居場所を尋ね、向かった先。ヒウンシティの裏路地に彼の姿を見つけ――Nは、慌てて近くのゴミ箱の裏に隠れた。
「あれは、イル?」
トウヤとプラズマ団が敵対していることは知っている。なのに、トウヤの友達であるはずの彼女が何故ゲーチスの側に居るのか、わからなかった。
胸中を覆う疑問の数々。それを振り払う為にも、Nは二人の会話に耳を傾ける。
「――数多の暴力に、ただ等価の力を揮うだけでは理想には近づけない」
「ええ、ええ、そうでしょう。彼らは弱すぎる」
「脆弱だと知るのなら、裁きを下すのはあなたたちの役目では?」
「もちろん、動いていない訳ではありません。ですが、全てを把握するのは難しい。何故なら、弱き者たちはダレより狡賢いからです」
「賢い? アレの在り様で賢者を名乗らせる、と?」
「――っ。七賢人のことまで把握済みでしたか。確かに全員の質が良いとは言えませんが、それも貴女と比べたらの話ですよ」
ゲーチスが、どこか焦りを覚えている。その姿にNは疑問符を浮かべる。何故、年端もいかぬ少女に圧されているのだろう、と。
「貴女には引き続き剪定をお願いしたい。その道中に賢者の影があり、それすらも足らないと思われましたら――」
「私が、処分を」
「――ええ、お願いします」
言葉の意味はわからない。彼女がゲーチスとなにをしていたのかわからない。けれどNは、ただ一つだけ思ったことがある。
「イル、キミは、違う道を歩いているのか?」
呟いた言葉に返事はない。けれどNは、疑問を零さずにはいられなかった。
――†――
――三度目の邂逅は、苛烈な炎を心に灯して。
疑問を孕んだまま、トウヤたちと対峙する。理想の為にプラズマ団を逃がし、負ける未来が見えていながらそれでもなお、立ち向かう。
Nはそうまでしてでも知りたかった。イルという少女が、いったい何を考えているのかということを。
「ボクはプラズマ団の王様だ。ゲーチスに請われて、動いている」
Nがそう告げると、イルが目を見開いた。何に驚いているのかわからないが、二度目に見たときの会話が、関係しているのだろう。けれどそんなことは、早々に頭から振り払う。
「未来は不確定だ。それでもなお、キミは、キミたちは未知なんだ」
「N……君は俺たちに、なにを伝えようとしているんだ? ポケモンを解放したいっていう気持ちは、理解出来た。でも俺は、ポケモンを捕まえることは、傷つけることと一緒じゃないって思ってる」
「確かに君の友達、君のポケモンはそれでもダレより幸福だろう。でも、万人がそうして無垢な訳ではないんだ!」
Nは何かに導かれるように、モンスターボールを手にする。自分に力を貸してくれるポケモンたちを手に、プラズマ団を逃がす為に立ちはだかった。
「さぁ、見せてみろ、キミたちの心の全てを!」
メグロコ、ダルマッカ、ズルッグ、シンボラー。二体ずつを出しダブルバトルの準備をすると、トウヤとイルは顔を見合わせて頷き合っていた。
「行こう、イル!」
「ええ、行きましょう。私も――いいえ、今は、集中しないと」
メグロコがフタチマルの【シェルブレード】に敗れ、シンボラーが【きゅうけつ】を受けて弱り、フタチマルの援護で敗れる。
次いで、ズルッグも【きゅうけつ】と【いとをはく】で足止めされている内にダルマッカが【シェルブレード】に敗れて、ズルッグもメラルバの【ニトロチャージ】によって打ち倒された。
そうして戦っている間、Nはメラルバと言葉を交わしていた。少しでも、疑問が消えるように、と。
『キミは何故そうも、彼女に寄り添う? それは彼女がキミの母だからか?』
『妾の母? 妾は太陽の子。故に妾の母は太陽であり、全ての命の源だ』
『太陽――まさかキミの母は、イルは、全てのポケモンの母なのか?!』
『やっと気が付いたか。ポケモンと歩む者よ。貴様が敵対しているのは、貴様と対をなすべき者だ』
『メラルバ、キミは――』
『今はイシュタルだ。母が、そう名付けてくれたのだよ』
小さく、「イシュタル」と呟く。ポケモンたちは負けて、けれどNが見えていたほとんど相打ちのような結末はそこにはなかった。Nの未来予知を飛び越えて結果を出したのは、“絆”の力か。
けれど、その形を認めることは出来ない。だがNは思った。もしも全てのトレーナーが、彼らのようであったのならば、と。
しかし、現実は違う。今も、どこかで泣いているポケモンがいるのだから。
「ボクには変えるべき未来がある! そのためにボクはチャンピオンを超え、唯一無二の存在になるんだ! そうすれば、トレーナーに全てのポケモンを解放させられる!」
そしてその時こそ――イシュタルが告げたように、イルと対を成す存在として認められることだろう。
Nは、決意を胸に踵を返す。そしてただ一度だけ振り返り、また、歩き出した。
Q:なんでイシュタルはこんな勘違いしてるの?
A:インプリンティング(刷り込み)