とあるプラズマ団員の日記   作:IronWorks

5 / 17
夏の月 忍者に出逢うまで

夏の月 一日

 

 

 

 今日の出来事:拉致られた。

 こう書くと冗談のようにも思えるが、真実だ。

 

 

 

 事の始まりは、カミツレに許可を貰って電気石の洞窟に訪れた事だった。夏の始まりは既に温かく、ひんやりとした洞窟はちょうど良い避暑になりそうだと期待したものだ。けれど、一歩入った瞬間に目の前が真っ暗になった。

 

 気が付けば、場所を移して洞窟の奥にトウヤと二人で移動させられていた。未来有望なトウヤ少年だけではなく私みたいな平々凡々な成人女性を捕まえて何がしたいのかと、年甲斐もなく呆然としてしまったのは、大人の女性として恥じ入るべき所だと思う。だって、トウヤは私よりも早く混乱から復帰し、モンスターボールを構えていたのだから。私も、彼の勇敢さを見習わなければならないことだろう。

 

 

 それはさておき。

 

 

 私が呆然としたのは、何も拉致られたからだけではない。もうひとつ、大きな要因があった。それが、私を浚った相手――“ニンジャー”である。カントー地方では忍者が当たり前のようにジムリーダーや四天王をやっていると聞くが、ここはイッシュ。ニンジャーなどブラウン管越しの存在でしかなかった。幼心にちょっとだけ憧れたニンジャーに拉致される。この奇妙な展開に突っ込まずにはいられなかった。

 

 で、思わず出た言葉が「あなたたち、出て来て良かったの?」だ。もちろん、ブラウン管の向こうから、という意味なのだが、当然伝わらない。しかも、心なしかうわずっている。

 

 私も社長に毒されてきてしまったというのだろうか。思わず出た言葉があまりにも意味不明だったせいで、ニンジャーのひとりに「どういう意味だ」と言われてしまった。どういう意味かって、言えるはずがないので、もうここまで来たら仕方がないと腹をくくって、社長直伝の遠回しかつ解りづらい言い方で「おかしなことを言ってごめんなさい」と言っておいた。もちろん、仕事の邪魔をされて機嫌が悪い彼(彼女かもしれない。見た目で判別しづらい格好なのだ)に、アイコンタクトと愛想笑いも忘れずに。

 

 

 これは後にわかった事だが、彼らもプラズマ団の一員らしい。なら私の、純真なトウヤに聞かせたくなくて遠回しに言った言葉の真意を汲んでくれたことだろう。やけにあっさり退いてくれたし。

 

 

 

 その後、再びN少年と対峙することになった。

 そこで私は、ニンジャーへのショックから立ち直る前に、さらにショックなことを聞かされてしまった。

 

 なんと、Nはわかっていなかったのだ。社長の言葉は遠回しなだけで、別段深い意味がある訳ではないということを。

 Nは社長に言われるがまま、“英雄”になろうとしていた。伝説のポケモンをゲット出来るくらいの立派な大人になれと、社長は親心からそう遠回しに言ったのだろう。それを、Nは真に受けたまま成長してしまったというのだ。不憫過ぎる。

 Nに真実を告げるべきか迷っているうちに、トウヤがさくさく勝利してしまった。イシュタルも活躍していたようだが、正直、私は何も指示していない。役に立たないトレーナーでごめんね、イシュタル。

 

 

 

 いずれ、彼も真実を知るときが来るだろう。

 それまで、このことはお姉さんの胸の裡にそっと納めておいてあげよう。

 

 

 

 

 

 

 追記。

 夜、トウヤに抱き枕にされながら「遠くに行かないで欲しい」と頼まれた。彼もホームシックなのだろう。頷いて、背中を撫でてやると、トウヤは直ぐ眠りについた。懐かれるのは嬉しいけれど、将来恋人ができる時に私の存在が邪魔になりそうだ――なんて言うのは、自惚れだろうか。

 

 

 

 

 

 

 追記二。

 社長への定時連絡の最中、社長に彼ら――社長はダークなんたらと言っていたが思い出せない――の処遇について聞いて来たので、褒めちぎっておいた。

 これで許してね、ニンジャー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏の月 砕けぬ過去

 

 

 

 ――地獄。

 

 その日々を一言で表せと言うのならば、それしか言いようがない。

 兄弟達と同じように性別や個性を隠し、ただひたすら恩人の為に奔走する日々の中、ダークトリニティの一人、唯一の女性たる“彼女”は、今回のターゲットの写真を睨み付けながらそう、回想する。

 

「気になるか?」

「ああ」

 

 兄弟の一人にそう言われて、頷く。“ターゲット”とともに浚うように指定を受けた少女。彼女が何者かは知らされていない。だが“彼女”は写真の少女のその煉獄が如き深紅の髪に、ただならぬ因縁を感じていた。

 地獄。そう、あの幾人もの名も知らぬ兄弟達を失ってきた、地獄を、少女は忘れたことがない。その忘れようとしても忘れられない記憶の中に、確かにあの“真紅”はあった。

 

「“継承者”の可能性がある、か?」

「ああ――気にせずにいるのが一番なのは、わかるが、な」

「任務に支障を来さなければ、多少調べても良いのではないか?」

「ゲーチス様の邪魔にならない程度であれば、な」

 

 兄弟達に言われ、“彼女”は珍しく表情を変えた。表情など捨て去って幾年経たことかわからない。だというのに、“彼女”の脳裏から決して消えること無い煉獄が、不気味な感情を呼び起こす。

 この任務で、何が起るかなどわからない。けれど、と、“彼女”はターゲットの少女が写された写真を握りつぶす。

 

「もし、貴様が“No-name-project”の“継承者”だというのならば、その時は――」

 

 暗闇が鳴動し、闇に墜ちた三人の“影”がその瞳をギラギラと輝かせる。だが任務開始の鐘が鳴ると同時に冷静さを取り戻すと、三人は影の中へ身を翻し、消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――†――

 

 

 

 ――ターゲット、接近。

 

 その報せを聞いた瞬間から、ダークトリニティは動き出した。目の前にいる敵が例え因縁の相手かもしれなくとも、彼らには関係ない。彼らの行動指針はただ一つ。それは自身の抱える“闇”を復讐などと言う方法で吐露したり、誰かに恨み辛みを零して巻き込むことなどではない。

 彼らの理念は、ただ一つ。それは、ゲーチスの恩義に報いるということだけなのだ。

 

「しくじるなよ」

『応』

 

 一番上の兄の言葉に、“彼女”たちは素早く答える。そして、電気石の洞窟に入ってきた少年と少女の二人に、ダークトリニティは己の持つ異能の力を解放させた。

 影と影、闇と闇を渡り歩く瞬間移動能力。それが、今回使った“彼女”たちの能力の一環であった。

 

「捕まえた――」

 

 ポケモンも人間も、幾人もこうして誘拐してきた。この程度の事、“彼女”たちには雑作もないことだ。せいぜい、急な暗闇に怯えるが良い、と、“彼女”はらしくもなく封印したはずの“感情”――“歓喜”の色を滲ませる。

 

 狼狽するか? ――悲鳴を上げ、己の正体をなくせばいい。

 恐怖するか? ――豚のように泣きわめき、跪けばいい。

 後悔するか? ――犯した罪の多さに嘆き苦しめばいい。

 

 この幼い少女が、いったいどんな言葉で己を愉しませてくれるのか、“彼女”はマスクの下で暗い愉悦を零す。

 

 だが――安易に復讐にすら走らず、ただ恩義を返そうと己を律する彼らに、運命という名の神はどこまでも残酷だった。

 

「“貴女”たち――出て来て良かったの?」

「――え?」

 

 きょとん、と、「何故空が青いのか?」と無邪気に質問する幼子のように、ターゲットの少女――“イル”はただそう一言、言い放った。

 

「どういう、意味、だ」

 

 もう一人のターゲットが、自分を見て呆然としているのがわかる。わかるのに、“彼女”は声を震わせてそう問うことしかできなかった。

 

「意味? 硝子の向こう側。半透明な世界に生きてきたはずの存在が、何故ここにいるの? と、私はそう聞いたの」

 

 硝子の向こう側――自分たちが“飼われて”いた巨大な試験管。外の世界に憧れた同胞が、一人二人と減っていく世界。その向こう側でいつも自分たちを見ていた、赤い影。

 脳裏にフラッシュバックする光景に、彼女は己の肩を抱き締めて、ふらりと下がる。けれど、それでも、イルは口を閉ざしてはくれなかった。

 

「ああ、ごめんなさい。貴女たちには、意味のない言葉だったわね」

 

 意味のない言葉。その一言が、どうしようもなく胸に突き刺さる。

 “彼女”は、ゲーチスに助けられるまで人形のような人生を過ごしてきた。人形には、何を言っても意味はない。何を問うても意味はない。自由な意思を持つことなど許されず、ただ、使い潰されるだけの“道具”なのだ。

 ならば、なるほど。まさしく“彼女たち”には意味のない言葉だったと言えるだろう。

 

「私の言葉に意味はない。忘れて」

「意味を、意味を持たせようとしなかったのは、貴様――」

「ッ待て!任務を忘れるな!」

「――くっ」

 

 兄弟に止められてなお、“彼女”はイルを睨み付けることを止めない。常人ならば、それだけでへたり込んでしまいそうな程の殺気。現に、直接向けられている訳でもないのに、イルの隣に立つトウヤは顔を青くさせていた。

 今、“彼女”の心を占めるのは三つ。ゲーチスへの忠誠心と、憎悪と、「もう思いどおりにはなってやらない」という反骨心。その三つで立つ“彼女”を、イルはどう思うのか。

 思いどおりに生きなかったことを、悔しがればいい。ゲーチスへの忠誠心から、ただそれだけを考える“彼女”は、けれど、そんな淡い抵抗すらも打ち砕かれる。

 

「――ぁ」

 

 強い感情を向けられたイルのその表情が、淡く変化する。その表情は――

 

「よかった」

 

 ――笑顔だった。

 離れて行った我が子を慈しむような。

 石を割って芽生えた花を愉しむような。

 赤子の生誕を心の底から祝福するような。

 

「ちっ……退くぞ」

 

 兄弟の一人が、そう零す。どの道、これで任務は達成。兄弟は崩れ落ちそうな“彼女”を支えると、再び、闇の中へ消える。

 その最中で、一人イルとゲーチスの関係を知るリーダーたる“兄”は、最後に見たイルの表情を思いだして、身震いした。

 

「“紅蓮の断罪者”? はっ、あれがそんな生易しい存在なはずがない」

 

 ただ言葉だけで、屈強な工作員たる自分たちの心を折った存在。いや、イルは心を折ろうとは考えては居なかったのだろう。あの幼い少女は、愛でていたのだ。自分たちの手から離れて、自分たちの喉元に噛みつこうとする矮小な存在を、憐憫の感情で愛でていたに過ぎないのだ。

 そう、おそらく、イルにとって他人など――等しく、己の玩具に過ぎないのだ。

 

「いずれ、決着をつけよう――“箱庭の邪神”よ」

 

 声だけが、闇の中に木霊する。

 その声を聞き届ける事が出来た者は、ただの一人も居なかった。

 

 そう――今は、まだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――†――

 

 

 

 鳴り響く電話を前に、ゲーチスは薄く嗤う。ゲーチスの前に跪くのは、ただ一人。ダークトリニティのリーダーたる“兄”だけだ。

 

「さてさて、どう来ると思いますか?」

「――処罰は、なんなりと」

 

 どんな状況であれ、任務内容を越えてしまったことに変わりはない。ならば、如何にダークトリニティといえど、“査察官”からある程度の罰を受ける必要性があるだろう。

 それが如何なる罰なのか。ゲーチスは、信頼する部下を“喪う”かもしれない状況にありながら、心の何処かでイルの“裁定”を心待ちにしていた。

 

「遅れてすいませんねぇ」

『いえ。社長もお忙しいのは承知しておりますので』

「くくくっ、そう言っていただけると、助かります」

 

 ゲーチスは、魅せられていた。この鈴を転がすような鈴と美しい声から、どれほど残酷で美しい旋律が紡ぎ出されるのか。それを考えるだけで、ゲーチスの身体が歓喜に震える。

 

「さて、今日の本題なのですが――ワタクシ直属のダークトリニティが、貴女になにやらご迷惑をおかけしてしまったようですねぇ?」

『ダーク……ああ、彼らですか』

「ええ。査察官はアナタ、粗相をしたのはカレら。さて、アナタは如何様な裁定を下しますか?」

『裁定?』

「ええ、ええ。私直属と言うことで気にされているのですね。くくくっ、気にする必要はありません。好きなように、思うがままに、その指を鳴らし処刑台の刃を落としなさい。その刃を間引くも研ぐも、全てお任せします」

 

 ゲーチスが言い切ると、電話向こうからの声が途切れる。

 どんな言葉が返ってくるのか、どんな残酷な答えが来るのか。優秀な手駒を無くしてしまったとしても、ゲーチスはその答えを傾聴しようと言葉を待ちその期待を――

 

『おっしゃっている意味が、わかりません。何故、彼らに“裁定”が必要なのですか?』

 

 ――ゲーチスの“期待”を越える形で、裏切られた。

 

「ふむ、と、いうと?」

『彼らに処罰は必要在りません』

「何故? アナタに歯向かったのですよ、彼らは」

『ええ、ですから』

「……ふむ?」

 

 イルがなにを言おうとしているのか。ゲーチスは初めて渡されたパズルを解くような感覚で頭を巡らせる。それが如何なる意味を持つのか。如何なる状況になるのか。ゲーチスは、楽しくて仕方がなかった。

 

『箱の中から出て、己の本能に基づいて己を律する。彼らは決して絵空事では語り知れぬ、私たちの描いた想像を超えた存在だったのです』

「――ふむ」

『で、あるならば、その存在を祝福しその存在に歓喜こそすれ――処罰など、与えるべきではありません』

 

 ――なんと、無垢な。

 ゲーチスは己が扱おうとしていた少女の器に、戦慄を覚える。

 

 イルの経歴は調べてある。ただ己の欲望の為に己すらも道具として扱う魔都『ブラックシティ』の出身というだけで、最早他とは一線を画している存在。あの街は、移り住むことはあっても根城にしようなどとは誰も考えない。

 また、既に死去しているという両親。両親というには高齢な彼らは、おそらく養父母なのだろう。出産記録など金で買えるブラックシティのことだ。大方、養父母ということを――本当の両親を隠したかったのだろう。

 彼女が本当はどんな経歴を持つのか、ゲーチスは未だ調べ切れていない。その詳細もわからぬ謎に包まれた少女、イル。いったいどのような過去を持てば、このような“化け物”が誕生するというのだろうか。

 

「わかりました。では、アナタからは何も?」

『いえ、そうですね、できれば褒賞を与えたいと思います』

「くくくっ、ええ、ええ、承りました。では、次の連絡もお待ちしておりますよ」

『はい。ただ、理念の為に』

「ええ。理念の為に」

 

 途切れた電話を置くと、ゲーチスは肩を震わせる。ただ、ただ、悦びから笑顔を形作る。

 

「なんと無垢で、なんと残酷なのでしょう。そしてなんと純粋で、なんと平等なのでしょう」

 

 知りたい。

 世界を征服し己のモノとする以外に、初めて、ゲーチスが抱いた欲求。それが、あの幼い少女のことを知りたいと願う気持ちだった。

 

「彼女のことを知らしめましょう。そうすれば、過去を知る者が炙り出されるかも知れません」

「はっ」

「くくくっ、良い返事です。ああそうだ、褒賞は何が欲しいですか?」

「如何様にも」

「いいでしょう、くくっ、考えておきます」

「有り難き幸せ」

 

 ゲーチスは、愉悦から表情を歪ませ、己の欲求にただ付き従う。

 

「紅蓮の断罪者、それから、アナタは彼女をなんと呼びました?」

「――箱庭の邪神、と」

「くくっ、良いでしょう。では彼女の通称を、少しずつ、世界に浸透させなさい。そうですねぇ、前者二つに付け加えて、そう――“無垢なる咎人”と、ね」

「はっ。ただ、ゲーチス様の崇高なる目的の為に」

「ええ、行きなさい」

「御意」

 

 闇の中へかき消える己の忠心を見送ると、ゲーチスはただ一つ出て来たイルの養父母の経歴を見る。そのイルの両親を名乗る癖に、妙に平凡な経歴の中、ただ一つ異様な経歴が書かれていた。

 

「『ナナシ・アル。男。製薬会社“No-name”に勤務。開発班に組み込まれる。実績――一切不明』か……くくくっ」

 

 失敗ならば、成功ならば、平凡ならば、それはそれで経歴には残る。それが“特筆すべき点は無し”と言う言葉だったのならば、ゲーチスはここまで注目しなかったことだろう。

 イルの父親を名乗る男。謎に包まれた経歴。その全てに、ゲーチスは釘付けになっていた。

 

「必ず暴き出してみましょう――そう、ワタクシがアナタという“深淵”に、覗き込まれたとしても、ね。くくくくくっ、ふくっ、ハハハハハハハハハッ!!」

 

 ゲーチスの歓喜の声が、ただ、モニターばかりが映る部屋に木霊する。

 いつまでも――そう、ただ、いつまでも。

 

 

 

 

 

 

 




Q:イルのお父さんって何者?
A:勘違いは血筋。


2013/02/10
プロット再構成時にキャラクタプロフィールにミスがあったので修正しました。
具体的にはイルの瞳の色。真紅から翡翠に戻しました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。