とあるプラズマ団員の日記   作:IronWorks

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夏の月 若さに微笑ましくなるまで

 

 

夏の月 二日

 

 

 

 電気石の洞窟を抜けた私たちは、まず、久しぶりのジム攻略に乗り出した。けれど、残念ながらジムリーダーは不在。私は待っていれば良いと思ったのだが、やる気溢れるトウヤに手を引かれてタワーオブヘブンに行くことになった。

 

 道中、手を握り返すと、耳まで赤くなったトウヤの姿が見られたのは幸運だった。なんだかんだで昨日のことが気恥ずかしかったのだろう。可愛いところもあるものだ。少しからかってみるとこちらを見てくれなくなったので、ほどほどにしておいた。あんまりいじめるのも可哀相だ。

 

 

 

 タワーオブヘブンとは、ようは、ポケモンの墓場らしい。

 

 墓場でも勝負を挑んでくる不謹慎なトレーナーたちを撃退しながら頂上に行くと、そこに、フライトスーツに身を包んだ女性が居た。彼女が、フキヨセのジムリーダーらしい。フライト中に怪我をしたポケモンを見つけて救助しに来たという、心優しい女性だ。

 

 

 

 私とトウヤは鎮魂の為に鐘を鳴らすと、早速、フキヨセに戻ってジムに挑むことにした。

 

 だが、そこで待っていたのは、なんと“人間大砲されながら進む”というとんでもないジムだった。下手をしたら大けがしそうなものだが、安全面の考慮はされているらしい。本当なのだろうか。

 

 とにかく攻略せねばらない。私はトウヤに先を譲ってのんびり攻略にかかろうと思ったのだが、トウヤが何故かジムの受付員の方に頼み込み、一緒に行くことに。人間大砲で空を飛んでいる間、抱き締められ続けた。まだ子供なのに、女性を護ろうということだろう。

 

 爆音でまったく聞こえないが、おそらく私が無事か一生懸命声をかけているのであろう、トウヤのそんなほほえましいさまに思わず笑いかけると、トウヤはそっぽを向いてしまった。初々しいなぁ。私もあと四年……いや、五年……七年若ければなぁ。

 

 無事、フウロに勝つとジムバッジを貰うことが出来た。

 思えば、このバッジで半分を超えたことになる。私がトウヤくらいの年頃の時は仕事で忙しい両親に構って貰えず、仕方なく通販で買いあさっていた健康器具でスリムアップばかりしていたような気がする。その頃は、まさか、私がジム攻略をするなんて想像もしてなかった。

 そう考えると、この年で旅をしているトウヤはすごい。まだまだ、トウヤに見習うことはあるだろう。年上の女性として彼を見守るのも良いが、たまには、彼の視点で世界を眺めてみるのも面白いかも知れない。

 

 

 

 

 

 追記。

 今日、初めてトウヤに「部屋を分けた方が良いか」と聞かれたので、思わず笑ってしまった。思春期到来だろうかとそんな風に考えていたら、「やっぱり同じ部屋が良い」と心なしか悔しそうに言われた。

 やっぱり、思春期なのだろう。年上の女性に気恥ずかしくなるなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏の月 自覚し始めた篝火

 

 

 

 ――もう、貴方と旅をすることは出来ない。

 

 暗い場所。

 気が付けば、トウヤは闇の中に立っていた。上も下もわからない、不可思議な空間。その空間の中で、聞き慣れた声が響いてくる。

 

 ――私と貴方では、何もかも違いすぎるから。

 

 なんで。たった一言が、出ない。トウヤは声を出すことが出来ないことに気が付いて、愕然とする。

 待って。どうして。そんな言葉だけが、喉の奥で消えていった。

 

 ――だから私は、もう、貴方と“居る”ことはできない。

 ――ごめんなさい。それと、今までありがとう。楽しかったよ。

 

 そんなことを言わないで。一緒に居よう。守るから。

 どれだけ頭で反芻しようと、何時まで経っても声に成ってくれない。もどかしさに、トウヤは苛立ちを覚えて唇を噛んだ。

 

 ――だから、さようなら、トウヤ。

 

 手を伸ばして。

 足を動かして。

 目を見開いて。

 ひたすら、求めて。

 

 ――さようなら。

 

 そしてついに声は届かず、ただ、イルの言葉が闇の中に溶けていき――……

 

 

 

 

 

「だ、めだ、待って、待ってくれ、イル!!」

 

 

 

 がばり、と、手を伸ばしてトウヤは起き上がった。

 白いベッドの上。もがいて身体から落ちたシーツ。朝の陽気に遊ぶように響く、小鳥の鳴き声。

 いつもと変わらぬ朝の光景に、トウヤは漸く、先程までの光景がただの“夢”だと気が付いた。

 

「夢、夢っていうか、悪夢、かな」

 

 荒くなった息を整えて、ふぅ、と息を吐く。なによりも恐れていた光景――イルとの決別。夢の中で聞いたイルの声が頭から離れず。思わず、いつも隣にある重みを感じようと、トウヤは神経を尖らせた。だが、それが裏目に出ることになる。

 

「んっ……ぁ」

 

 どこか、耳朶を擽るような甘い声。慌てて左隣に顔を向けて、トウヤは硬直する。

 

「すぅ……すぅ……ん」

 

 己の左手に巻き付く、白くて華奢な腕。イルは、トウヤの左手にがっしりと抱きついていた。すると当然、イルの柔らかな四肢が、トウヤと密着することになる。

 その柔らかさと甘い匂いを意識すればするほど頭に血が上り、トウヤはふらりと倒れ込んだ。

 

 二度寝は出来ない。

 意識をなくすことも出来ない。

 イルを起こすのも、気が引ける。

 

「い、生き地獄だ……」

 

 嬉しいような、後ろめたいような、そんな感情をない交ぜにしながら、トウヤはイルが起きてくるのをじっと待たなければいけなくなる。

 夏の月も今日で二日目。前途多難を思わせるスタートに、トウヤは深く、深く息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――†――

 

 

 

 イルが寝ぼけ眼を擦りながら起きたのは、トウヤが飛び起きて耐え始めたちょうど一時間後のことだった。柔らかな笑顔で「おはよう」と挨拶されたのにもかかわらず、返すトウヤの声は小さく元気がない。今の今まで耐えてきてその笑顔は反則だ、と、トウヤは無邪気に首を傾げるイルから目を逸らしつつ、考えていた。

 

「トウヤ?」

「っ……なんでもないよ! さ、朝食を食べに行こう!」

「ええ、そうね。わかったわ」

 

 トウヤは、未だ覚醒しきっていないイルを置いて宿屋の脱衣所に飛び込むと、寝間着から旅着に着替える。そして、扉越しに聞こえてくる衣擦れの音に悶々としながら、イルが声をかけてくれるのをじっと待っていた。

 

「どうしちゃったんだろう、俺」

 

 守りたい。

 共にいたい。

 ただ、並んで歩きたい。

 

 そう思っていたはずなのに、心の中では『それだけでいいのか?』と不満そうな声が反響している。

 トウヤは今年で、十四歳になった。もうあと四年もすれば、世間的にも自立したと認められ、結婚も出来るようになる。それに対して、イルはまだ十歳程度だろうとトウヤはまともに年齢を聞いたこともない年下の少女を思い浮かべた。

 四歳の壁。それは果たして、本当に壁なのだろうか。トウヤはそこまで考えて、頭を抱えてうずくまる。

 

「何考えてるんだ、俺。これじゃあまるで、イルと結婚したいと思って――」

「トウヤ? どうかしたの?」

「――ないようなあるようなないようなあああああるうううう?!」

 

 そして、真っ赤な顔で独白している最中に扉越しに声をかけられ、飛び上がった。

 

「いいいいまいまの、聞いて?」

「“ああああある?”なら、聞こえたけれど……大丈夫?」

「全然大丈夫だよ! うん!」

「? そう、なら良いけれど……無理はしないでね?」

「もちろんさ! 心配してくれてありがとう、イル」

「どういたしまして、トウヤ」

 

 扉から離れて行く気配がすると、トウヤは思い切り息を吐きながらその場にへたれ込む。そしてばくばくと鳴る心臓と血が上って熱くなった額に手を当てると、どこか熱に浮かされたような表情で、ぽつりと呟いた。

 

「自覚、しちゃったかも」

 

 最早、自分の気持ちは疑いようがない。トウヤはそう小さく苦笑すると、決意を込めた目で立ち上がる。そして、随分昔に親友のチェレンに言われた言葉を、不意に、思いだした。

 

『おまえはどうして、決めたらそんなに割り切れるんだ』

 

 決断力がある。リーダーシップを取れる。そんな風に言われても、今よりももっと幼かったトウヤはよく理解出来なかった。

 けれどこうして自覚して、イルと共に在りたいと覚悟を決めて、漸く言われてきたことをほんの少しだけ理解する。理解して、また、苦笑する。

 

「そんな立派なモノじゃないよ、俺は。ただ――」

 

 ただ、どう繋げようと思ったのか、それはトウヤ自身にも解らない。けれどそれでも、トウヤの中でその答えは固まっていた。

 

 脱衣所を抜けて、待っていてくれたイルに笑いかける。

 もう、無様に照れたりなんかしない。トウヤはそう――数分で打ち砕かれそうな決意を胸に、イルの手を取った。

 

 

 

 

 

 ジムに向かう道中、イルが何を思ったのか手を所謂“恋人繋ぎ”にしてきたことに動揺させられる、数分前のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――†――

 

 

 

 フキヨセジムのジムリーダーは、残念ながら不在だった。

 待っていれば来るのかも知れないが、トウヤにはそんな余裕はなかった。一刻も早く、この悶々としてしまった気持ちを晴らしてしまいたいという一心で。

 そうしてフキヨセのジムリーダー、フウロがタワーオブヘブンに居ると知ったトウヤは、早速、イルを連れてフキヨセシティから北へ向かった。

 道中、前よりも強力になったポケモンたちをイルと一緒に退け、トウヤたちはさほど時間を掛けることもなく、目的の場所に到着する。

 

「ここが――」

「タワーオブヘブン、ね」

 

 どこからともなく鳴り響く音楽。そのオルゴールのような柔らかな音色に、トウヤは思わず立ち尽くす。

タワーオブヘブン。命つきたポケモンたちの眠る墓。命あるものは必ず辿り着く最後の場所は、どこまでも静かで寂しく、色のない優しさに満ちていた。

ふと、トウヤは不安を覚えて隣を見る。誰よりも深い瞳を持つ彼女は、この光景に何を思うのか、と。

 

「イル?」

 

名を呼んでみても、返事はない。

ただ彼女は、両目を閉じて手を合わせていた。

その仕草に、トウヤは慌てて追随する。今、トウヤたちがいるのは墓場。死んでいったポケモンたちを供養し、尊び、慈しむところだ。それなのにただこの光景に飲み込まれているだけでぼうっと立っていた自分が恥ずかしくなり、トウヤは手を合わせながらこの地に眠るポケモンたちに謝っていた。

 

(ごめんなさいっ!)

 

そうして目を開けると、イルはとうに祈りをやめて階段の上に続く道を見ていた。

 

「さ、行きましょう」

「う、うん……そうだね、行こう」

 

歩き出したイルについて、トウヤも動き出す。トウヤはそんなイルの背中がどこか物寂しげなような気がして、イルに共感するように心を痛めた。

 

 イルは、いつにも増して口数が少なかった。ポケモンの最後の供養のため、己のポケモンの墓の前でバトルを挑むトレーナーたちを退けながら、淡々と、イルは進んでいく。そんなイルの様子に、トウヤは今朝方見た夢を思いだして――直ぐに、頭を振った。

 

(イルも、大切なだれかを喪ったんだろうか)

 

 ――思えば、トウヤはイルのことをほとんど知らない。旅の中、両親がいないことや一人で暮らしてきたことは聞いていた。だが、それだけだ。何故旅をしていたのか。何故、一緒に居てくれるのか。

 微笑むことはあっても満面の笑みは見ない。ほとんど、表情を表に出さない小さな少女。彼女がどのようにしてこの地に来たのか、トウヤはなにも、知らなかった。

 

 考え事をしていたせいだろうか。

 ポケモンを助けにタワーオブヘブンを登ったというフウロに出逢い、話を聞いて鐘を鳴らしても、トウヤはどこか他人事のように相槌を打つことしかできなかった。

 

 鐘の音が、タワーオブヘブンに響く。

 フキヨセまで届くその慈愛の音色は、イルが鳴らしたせいか、どこか寂しさが宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――†――

 

 

 

 フキヨセジムに到着したトウヤは、その大胆なシステムに驚く。

 人間大砲で吹き飛ばされながら、ジムリーダーの下へ移動していく。ライモンのジェットコースターにも驚かされたが、これはそれ以上だ。

 

「私は後からで良いかな」

 

 イルが小声でそう呟くのを聞くと、トウヤは、それ以上イルがしゃべり出す前に動き出す。どうせ、イルのことだ。人間大砲が怖かろうがなんだろうが、いつもの無表情の下に隠してしまうに決まっている。

 イルに背を向けると、トウヤは真っ直ぐとポケモンジムエントリー用の受付に向かい、“二人で攻略”の許可を貰った。そして、それをイルに告げて、直ぐにでも攻略に乗り出す。

 

「私は、大丈夫よ?」

「心配、だから――来て」

 

 トウヤはイルに、勇気を振り絞って両手を広げる。動揺はある。気恥ずかしさもある。けれどそれ以上に、彼女を守りたいという気持ちが強くあった。

 トウヤはイルを強く抱き締めて、人間大砲に乗り込む。そして爆音が鳴り響く中、聞こえはしないだろうけれど、と、トウヤは小さく呟いた。

 

「俺はイルを守る。だから早くイルよりも強くなって、イルに信頼される男になる」

 

 着地して、バトルをこなし、次の大砲へ移動。

 

「だから、イル。ほんの少しだけ待っていて。直ぐに強くなるから」

 

 そうして移動する中、見下ろしてみると、イルはどこか嬉しそうに微笑んでいた。どうやら、聞かれていたようだ。トウヤは告白じみた己の台詞を反芻すると、ただ、気まずげに顔を逸らす。

 けれど、トウヤは逸らした先で、嬉しそうに笑う。守りたい。そんな願いをイルが微笑みで受け入れてくれたという事実に、ただ、嬉しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 本当に守れるかだなんて、わからない。

 けれどトウヤは諦めるつもりはなかった。イルが、未熟な自分を受け入れてくれたという事実が、トウヤの心を強くしていく。

 そうしてフウロの前に降り立ったトウヤの瞳は、これまでのどんな時よりも輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その夜。

 部屋を分けようと提案したトウヤは、イルに“微笑ましそうに”笑われて、思わず自分で「やっぱり同じ部屋にしよう」と言ってしまい、後悔することになる。

 そうして昨晩と同じように柔らかさと甘い匂いに葛藤しながら、トウヤは前途多難な道に頭を抱えてしまうのであった。

 

 

 

 




 この作品で不憫な人ベスト3

 3:N
 2:ゲーチス
 1:トウヤ

 果たして、トウヤの初恋は実るのか(棒)


 遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
 今回は、トウヤの受難のスタート的なお話をお送りしました。
 お楽しみいただけましたら、幸いです。

 それではまた次回、お会いしましょう!

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