とあるプラズマ団員の日記   作:IronWorks

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長らくお待たせしました。


夏の月 強さを考えるまで

 

 

 

 

 夏の月 五日

 

 

 

 

 

 流石に疲れも溜まっていたので、二日間ほど、フキヨセでのんびりと過ごした。

 

 

 

 そろそろ気温も上がり今までの服では暑くなってきたので、服装を変えることにした。ポケモンセンターのPCから自分の部屋のPCに接続し、道具預かりセンターを呼び出す。そこから、私が夏の就活を乗り切った際に使用したクールビズな一張羅を取り出した。

 足を見せる服はあまり好きではないので、黒のロングスカートはただ生地を薄くしただけのモノ。ワイシャツは半袖にして、生地も薄いモノに。あとは黒のブレザーを袖無しの黒いベストに替えれば完成だ。我ながら、地味な服装である。

 

 

 

 さて、それはともかく。

 

 

 

 飛行機に乗ってくる観光客を眺めたり、少年の宝探しに協力したりと中々に有意義な日々だったが、そろそろお別れだと思うと感慨深くもあった。

 最初にこの街に来てからたった三日であったが、心地よく過ごせたと思う。

 

 

 フキヨセを出た私たちは、ネジ山という山を抜けることとなった。今に始まったことではないが、子供に旅に出て良いと許可が下りる割りに、この地方の旅路は険しすぎる気がする。他の地方もこんなものだとしたら、死者が出ていないのが不思議なくらいだ。

 

 

 ネジ山に向かった私たちを迎えたのは、チェレンだった。

 なんでも彼は、互いにどれほど強くなったのか試しに来たらしいのだが、それが本当の理由ではないだろう。彼はあれで中々友達思いだ。きっと、トウヤのことが心配になって様子を見に来たのだろう。微笑ましい限りだ。

 

 トウヤとチェレンの勝負は、トウヤの勝利に終わった。ここ最近のトウヤは鍛錬によりいっそう精を出すようになり、めきめきと強くなっている。きっと、私なんかでは到底敵わないに違いない。いや、私は見てるだけで、戦ってるのはイシュタルだけど。

 

 

 

 さて、チェレンに勝ったは良いモノの、彼は一緒に旅をしてはくれないようだ。また、一人で修行をするのだという。だんだんストイックになってきた気がする。彼もまた、将来が楽しみな少年だ。強いってなんだ?と悩む姿は、どこか格好良くさえ見えて、ちょっとだけ心を許してくれるようになった彼と軽く話をする余裕さえあった。頑張れ、少年。

 

 

 

 チェレンと別れてさぁネジ山攻略だと乗り出すが、私たちはまた、呼び止められることになった。この渋い声は間違えることはない。アデクさんだ。

 

 アデクさんはトウヤを見て私を見て、またトウヤを見て「道は険しいぞ」と言っていた。トウヤはそれに「わかってる。それでも決めた」とだけ答え、アデクさんを納得させていた。男同士にだけわかるアイコンタクトというやつだろうか。大方、内容はこれから攻略するネジ山の道が険しいと言うことなのだろうが、こういう風に以心伝心ができるのは羨ましい。私にもそんな相手が欲しいものだ。

 海外留学中だって、友達なんかほとんどできなかったし。元気かな、アカギ。留学後から一度も連絡無いけど。まぁ、数少ない友達なのだし、今度メールの一本でも送っておこう。

 

 

 

 肝心のネジ山だが、事前準備に時間が掛かったわりに、道は険しくはなかった。道中ヤーコンさんに出会ったが、とくに仕事を任されるでもなく、「子供は旅を楽しめ」と豪快に笑って送り出してくれた。

 その言葉は、私も同感だ。トウヤには旅を楽しみながら、沢山のモノを学んで欲しい。私はヤーコンさんやアデクさんと違ってトウヤの側にいるのだから、少しでもその手助けが出来れば、幸いだ。

 

 

 

 ネジ山から出て行くとき、また、チェレンとプラズマ団を見かけた。

 とくに争っている様子ではないので、また“査察官”として動かなければいけない訳ではないようで、少し安心する。この調子で真っ当な社員ばかりになってくれれば、言うことはないのだが。

 まぁ、私を見て逃げ出されたのはショックだったが。何故だろう、本当に。

 

 

 

 なんにせよ、私たちは無事、ネジ山を抜けた。

 その頃には既に日も暮れ、セッカシティを観光することもなく宿に入り、今、日記を書いている。明日も良い日になれるように、頑張ろう。

 

 

 

 

 

 追記。

 トウヤに、「今度こそ別々のベッドで寝よう」と提案された。けれど、こうしてトウヤも大人になっていくのかと寂しいような楽しみなような気持ちで感慨に耽っていると、トウヤはたっぷり三十秒も間を置いて、「やっぱり、一緒に寝よう」と言ってきた。

 トウヤが何故良心にダメージを受けたかのような顔をしているかわからないが、私としてはどちらでも構わないので、一緒に寝てあげよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏の月 陽光の誓いと一つの決意

 

 

 

 

 

 ピピッと、ライブキャスターから通信が入る。ポケモンと一緒に、元気にしているか? ポケモンを大事にしなければ、旅は続けられない。そんな風にアドバイスをしたあと、トウヤの母はにかっと笑った。

 

『旅は険しく道は長い。楽しいことが半分あれば、辛いことも半分ある。それでも、挫けずに頑張れば成功する。でもね、だからといって、大切なモノを見逃しちゃダメ。ポケモンと、友達。周りに居る人達のことも、ちゃんと考えなさい。――以上、先輩トレーナーのママからのアドバイスよ!』

 

 少しだけ照れたように通信を終える母の姿に、トウヤは恥ずかしそうに頬を掻く。それから、ぐっと背伸びをして、太陽に手をかざしながら空を仰いだ。

 ポケモンセンターに寄って買い物をしているイルを待つこと、十五分程度。彼は今、七番道路に立って、イルとともにネジ山を目指していた。

 

「おまたせ」

「イル……買い物は、もう大丈夫?」

「ええ、大丈夫。これから行くのは山だから、軽い準備」

「そっか……って、あ」

 

 振り返り、“おいしいみず”片手に告げるイルを見て、トウヤはぴしりと固まった。ポケモンセンターにあるパソコンからは、自身の家にあるパソコンの転送スペースに保存された道具を取り出すことが出来る。イルはその機能で、“服”を転送し引き出して、着替えてきたのだろう。

 ロングスカートは黒。シャツは半袖になっていて、白磁の肌が見えている。ブレザーは黒のベストになっていて、ネクタイもよく見れば真紅から緋色になっていた。どんな服を着ていても、可愛らしい。そんな感想をぐっと呑み込むと、たっぷり間を開けてイルを見た。ここ最近、トウヤの理性は“てっぺき”なのだ。

 

「よく、似合ってるよ」

「そう? ありがとう」

 

 肌を出すのは、あまり好きではないのだけれど。そんな風に呟くイルの曝された両腕を見て、トウヤは今度こそ視線を逸らすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――†――

 

 

 

 ネジ山に向かったトウヤたちを待ち受けていたのは、同じくフウロを退けジェットバッジを手に入れたチェレンだった。チェレンはイルを一瞥すると「フンッ」と鼻を鳴らして、トウヤを見る。

 

「同じくジェットバッジを持つ者同士、どちらが強いか勝負だ! トウヤ!」

「ははっ……うん、いいよ、やろう! チェレン!」

 

 チェレンは真っ直ぐだ。

 行動は度々捻くれていたりするけれど、彼自身の性根や心意気はとても真っ直ぐで、トウヤはそんな彼の想いに応えるのが、心地よかった。

 ジャノビーとフタチマル。相性で言えば、トウヤの方が悪い。けれどイルと並んで培った経験が彼を後押しして、僅差ではあるが、トウヤはチェレンを退けた。

 けれど、チェレンの瞳から強い意思は消えていない。チェレンは鳥が雲間を抜けようと足掻くように、なにかを求めて必死な表情を浮かべると、ポケモンたちをまたたく間に回復させた。

 

「まだいけるか? ジャノビー」

『キュウッ!』

 

 チェレンは、ジャノビーを従えて、今度はイルに向き直る。

 

「今度は君の番だ! 来い! イル!」

「……ええ」

 

 少し前までは、話しかけられるのも拒んでいたように見えたのに、今はこうして自分から挑んでいる。そのことに、トウヤは少なからず驚きを覚えた。チェレンが――イルのことを、理解しようとしてくれているのだ。

 

「行け! ジャノビー!」

「イシュタル」

 

 対照的な二人。けれど、イルの鮮やかな翡翠の瞳は、真摯にチェレンを映しているように見える。トウヤは想い人と親友が手を取り合う姿を想像して、嬉しくも、寂しくも思うのであった。

 

 

 

 

 

 チェレンの猛攻を、イルは易々と潜り抜けた。その余裕さえみえる動きに、トウヤもまた、向上心を刺激されてしまう。

 彼女のようになりたい。それは、トウヤが描く理想の一つだ。

 

「負けないことが強さなのか? 勝つことが強さなのか? ポケモン勝負は楽しい。だけど、だけど……強いって、なんだよ――?」

 

 迷子のような、表情だった。

 トウヤは、そんなチェレンにかける言葉がわからない。トウヤにとって“強い”ということは、イルを――大切な人を守れる、ということだ。外敵や脅威だけでなく、心の傷や自分自身から、彼女を守ることが強さだと思っている。そして同時に、イルの強さが揺るがないこと、真摯であるということだとも、わかっている。

 だがそれはトウヤの答えで、イルの答えだ。それを告げたことで、チェレンの答えになるわけではない。それがわかっているからこそ、トウヤはどうしていいかわからなかった。

 そんなトウヤに、チェレンに手を差し伸べるのは、イルだった。また、彼女に助けられている。そう気が付いても、トウヤは動くことが出来ず、ただ見守る。

 

「君は強い」

「負けたのに?」

「ええ。勝ち負けじゃない。善悪でもない。強さとは、曲げないこと。曲げない想いが、あなたにもある。違う?」

「曲げない、こと? わからない」

「わからないなら、それで良い。探せば、想いは深くなる。探れば、心は強くなる。探しなさい、チェレン」

 

 蒼天の霹靂。そう、言うべきか。トウヤは、イルの言葉に衝撃を受ける。この幼い姿で、どれほどの経験を積んできたのだろう。確かに、トウヤもイルも想いを曲げていない。曲げていない想いそのものが、強さになっている。

 

「探す――わかっ、た。僕にどこまで出来るか解らない、けれど……君の言葉を、信じてみるよ」

 

 どこか晴れたような顔持ちになったチェレンが、顔を朱に染めてそっぽを向く。そしてそのままくるりと踵を返すと、背を向けたまま呟いた。

 

「借りにしとく。答えは探しておくよ――イル」

 

 走り去っていくチェレンの背中を見て、それから、トウヤはイルを見る。するとどうしてだか可笑しくなり、二人で少しだけ、笑い合った。

 

 

 

 

 

「――良い勝負。それに、良い言葉だった」

 

 そんな二人に、笑顔で近づいてくる姿があった。赤い髪に僧侶のような出で立ち。豪快に笑いながら、アデクが近づいてくる。

 

「強さとは、強くなってなにを得たいのか。そう考えたときに自ずと答えは見えてくる。導くのは大人の役目だと思っていたが、どうやら先を越されてしまったようだな」

 

 そう、豪快に笑うアデク。本当は彼がチェレンの導き手になろうと考えていたのだろう。だが、それを軽々と越えてしまったトウヤとイルに、笑うしかなかった様子だった。

 アデクはそうしてひとしきり笑うと、ふと、トウヤを見た。

 

「?」

 

 それから、イルを見て、また、トウヤを見る。それだけでなにを意図しているのか気が付いたトウヤは、頬をほんのりと朱に染めながらも、真っ直ぐとアデクに視線を返す。

 

「道は険しいぞ、少年」

「わかってます。でも、決めました!」

「そうか……揺るぐなとは言わない。迷うなとは言えない。だが、折れるなよ? 少年」

「はい!」

 

 アデクの言葉に、トウヤは心の底から返事をする。折れるつもりは――諦めるつもりはない。そう、その幼さの残る瞳が雄弁に語っていた。

 

「カカッ! そうか! なら、これをやる! これで更に高みを目指せ、少年よ!」

「おっと……これは?」

「それは“なみのり”だ! 海山越えてさらなる地へ踏み込むが良い、夢を追いし少年よ!!」

「っ、はい!」

「では、わしは彼を追いかけて、これをあげてこなければならんのでな。では、さらばだ!!」

 

 まるで、嵐のようだった。

 トウヤは、そんな感想を抱きながら、鞄の中に秘伝マシンをしまい込む。なんだか妙に時間が掛かってしまったが、まだまだこれから。山に踏み込んですらいないのに、少しだけ疲れてしまった。トウヤはそんな風に考えながらも、イルの手を引いてネジ山へと足を踏み込むのであった。

 

 

 

 

 

 早く大人になりたい。

 早く強くなりたい。

 そんな想いが、ないとは言えない。けれどトウヤは、同時に、今こうして彼女と、イルと手を繋いで過ごす日々を少しでも長く覚えていきたいと、そうも考えていた。

 ひとまず、彼女に自分を“男”として見て貰う。そのために、そろそろ別々のベッドで寝よう。それから、もっと頼られる男になろう。トウヤは朱くなっていく頬をイルに感づかれないように、力強く、歩き出すのであった。

 

 

 

 

 

 ――もっとも。

 別々のベッドで寝ようという提案は、イルの“寂しさを堪えながらも無理矢理笑顔を作ってトウヤを気遣う”姿に、粉々に打ち砕かれるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――†――

 

 

 

 ――逃げる。

 彼は、プラズマ団員としては古参で、けれどまだ年若く主だったる立場に立つことは出来ずとも重要な任務に参加させて貰える程度には信用されている。そんなポジションを長く続けていた。

 けれど、その立場に甘んじていたのが悪かったのか。血気盛んな少年に打ち負け、あげく、プラズマ団の査察官にして“裁定者”たる少女に、見つかってしまう。

 同僚の制止を振り切って、命を脅かされるという最大級の恐怖から逃げ、けれど立ち止まって。大きな木にもたれかかった。

 

「逃げなければ――死んでいた」

 

 “無垢なる咎人”その名を知らぬ彼ではない。彼女は誰よりも平等なのだ。大人も子供も男も女も、蝶も花も虫さえも、全て同じ基準で手折る。その有り様は、いっそ機械的と言っても良いかもしれない。その強さは、その姿勢は、長く見つめていると引き込まれそうになる。そうやって、真の主とは、真にこの世界を手中に収めるべきはゲーチスではなく彼女なのではないか。そんな風に心酔した同僚を見るのは、一度や二度ではない。

 

「ここで、終わるのか――? ……っ」

 

 頭を抱えた瞬間。本部より、メッセージが送られてくる。そこに書かれた言葉を見て、彼は凍り付いた。

 

『他に認められずとも、私が認めよう。この組織に於いて、貴殿は必要な存在である』

 

 ナナシ・イル。文末に書かれた言葉。誰も――若いというだけで、誰も認めてくれなかった彼を救う、囁き。

 

「は、はは、ははははははっ!」

 

 そうして、彼は立ち上がる。

 その瞳には、先程までの怯えはない。立場に甘んじる必要は、もうなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 加速する。

 辿るはずだった道程に、存在しないはずの亀裂が産まれると、それは徐々に、徐々に、広がっていくのであった――。

 

 

 

 




 本人不干渉どころか知りもしない下克上フラグなう。




 ということで、ながらくお待たせしました。
 次回、やっと、イルに手持ちが増えます。たぶん。

ちなみに、最後のメッセージの意味は、「真面目に頑張っているのは見てるよ。査察官なんかに怯えなくても大丈夫だから、頑張って!」というのを、査察官という立場に親しみをもたれないように固めの口調で言った……程度だと本人は考えています。
なのでこのメッセージ、普通にゲーチス経由で彼に届いていますw

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