やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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活動報告の方に、私が原作とアニメを読んで感じた、八幡と一色についてというのを
書かせていただきました。
もしお暇でしたら、一読していただけると幸いです。


勉強会(練習)

「先輩、そろそろ時間ですけど調子はどうですか? 大丈夫なら採点しますけど」

 

「一色、ちょっと待ってくれ。ミスがないか、見直すから」

 

いうと、隣で問題集を解いていた一色が、ちろっとこちらを見てくる。

そして楽しげな笑みを含んだ声で茶化すようにいう。

 

「一問でも外れたら、アレですもんね」

 

「あぁ、たしかにアレだ。このレベルの問題でミスったらさすがに恥ずかしいしな」

 

「ふふっ、頑張ってくださいね」

 

その声に被さるよう試験終了を知らせる携帯のアラーム音が鳴る。

それで俺はテスト用紙を一色に手渡す。

受け取ったテストの採点を始める一色を見やりながら、思ったことを口にする。

 

「なんかその、悪いな。俺の方こそ一色に、国語を教えなきゃならんのに」

 

「いえいえ。普段から先輩にはお世話になってましたし、気にしないでください。

それと採点が終わったら、ちょうどお腹も減ったし、お昼ご飯にしましょう」

 

採点を続けながら一色はいうと、少し難しい顔をする。

それが気になって、一色の手元を不安な気持ちで見つめてしまう。

すると俺の視線に気が付いた一色は手を止め顔をあげると、励ますようにいう。

 

「さっきは私もおふざけで言いましたけど、ミスがあっても問題ないですよ?

次から気をつければ良いだけですから」

 

その言葉に薄い吐息で答えると、テーブルの隅に積まれているこれまでに解いた

五枚のテスト用紙を眺める。

その全てには百点の文字が花丸と”よくできました”の文字とともに記されているが

俺は無邪気に喜ぶことが出来ずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

今から二時間前。

一色はおしおき部屋の鍵を閉めると、戸惑っている俺を椅子に座らせる。

そして自分も座ると、勉強を始める前に二人で少しお話をしましょうと提案してきた。

意味がよく分からず取り敢えず頷くと、一色は生真面目な顔で口を開く。

 

「先輩は、いつくらいから数学が……、算数でも良いですけど、苦手でしたか?」

 

頭をがしがし掻きながら、ざっと記憶をさらってみる。

 

「んー、小学校の高学年に上がった頃かな……」

 

俺の言葉に、一色は顎に手を添えて何やら考える仕草をする。

 

「一昨日の話なんですけど、先輩、図書館で中学の問題集を使って

勉強してたじゃないですか? やってみてどうでしたか?」

 

「そんなとこも見てたのか……」

 

「言ったじゃないですか。最初から見てましたよって」

 

「そうだったな。えっと、中三の二学期に習うくらいのなら出来ると思う……」

 

いうと、一色はうんうんと頷きながら俺の言葉をノートの端に書き込んでいく。

なんか病院の問診みたいな雰囲気だなと思いつつ、その意図を聞いてみることにした。

 

「なあ、一色。この質問ってなんか意味があるのか?」

 

尋ねると、一色は顔をあげ、にっこり微笑む。

 

「ありますよ。人にモノを教えるのにその相手が何がわからないのかわからないと、

教えようがないじゃありませんか」

 

確かにごもっとも。納得し話の続きを促すと、それに応えて一色は話を続ける。

 

「それで、苦手というのはわからないからだと思うんです。

なのでいつ苦手と感じたか質問して、次に本人はどのくらい出来ていると思っているか聞いて、

最後に本当に本人が出来ると考えているところまで出来るのか確認しようと思うんです」

 

「勉強って結局は習ったことの積み重ねじゃないですか。

小学校で習ったことの応用を中学校で習って、さらにその応用を高校で習うみたいな」

 

その言葉に頷きながら、いつもは自分や雪ノ下たちに頼ってくる後輩の意外な一面を

見ている気がして、神妙な顔になってしまう。

俺の素晴らしい国語力を見せつけ尊敬させようと企んでいたのに、このままでは俺が

尊敬して一色さんとか敬称で呼んでしまいそうだ。

そんな俺の内面を知ってか知らずか、一色は人差し指をぴっと立てる。

そして立てた指をふりふりしながら話を続ける。

 

「例えばの話ですけど、かけ算や割り算がわからないまま

塩分濃度や時間と距離の問題に進むことはできないですよね?」

 

「数学が苦手な人はどこかのタイミングで、その後の問題を解くのに重要な部分を

わからないことがあるまま進んでしまう。そんな感じだと思うんです」

 

なんだかちゃんとしている一色に俺は戸惑いを覚えてしまう。

こういうのを狐に化かされるというのだろうか……と思いつつ、感心した声が出てしまう。

 

「お前なんか、ちゃんと先生って感じだな……」

 

俺の言葉に、一色はあわあわしながら顔の前で両手をぱたぱたとさせる。

そして「弟によく勉強を教えているので、こういうの慣れてるんです」というと

照れくさそうに頬を染める。

 

俺も小町に勉強を教えたことは多いが、殆ど「暗記だ」としか言っていなかったことを思い出す。

俺のお兄ちゃんスキルは一色のお姉ちゃんスキルに負けているんだろうか……

そんな思いに耽っていると、一色がこほんと咳払いする。

ちゃんと聞けってことですね? すいません。

姿勢を正すと、それを見た一色はうむっと頷く。くう……、悔しい!

 

「それでですね。簡単なテストをちょっと作ってきたんですけど、やってみませんか?」

 

一色はいうと、じっとこちらを見つめてくる。

俺が頷くと、一色は少し気まずそうな表情でもじもじしだす。

 

「あの……。馬鹿にしてるとかじゃないので、気を悪くしないでくださいね」

 

一色が言って鞄から取り出したのは、小学一年生の足し算や引き算から、六年生で習う

分数の足し算・引き算などの問題が記されたテスト用紙だった。

そこまでアホだと思われていたことにショックを受けつつも、手渡された用紙に目を通してみる。

 

それには学校で行うテストと同じように、簡単な計算問題で始まり、次に複雑にした計算問題

最後には図形の面積を求める問題などが記されていた。

足し算や引き算問題は、一桁ではなく四桁やそれ以上の問題だったので

俺のプライドもかろうじて保たれた気がした。

 

まあいい。俺の頭脳をスパークさせて用意された全てのテストで満点を取れば

一色も俺を尊敬するだろう。しないか? しないな。

それに逆に考えれば、余裕で満点が取れる(と思う)テストをさくっとこなし、

次に進めば良いのだ。

そう思って一色に不敵な笑みを見せると、一色はそれまでの申し訳なさそうな表情を一転、

にやっと嫌な笑いを浮かべた。

 

「先輩、一問五点計算の二十問です。でもですね? 一問でも間違えたら……

言ってる意味、分かりますよね?」

 

一色が楽しげに口にした、「一撃必殺」を絵に書いたような言葉に

俺は電流を浴びたような衝撃を覚える。

 

そうだ……俺は今、小学生ではなく高校、しかも三年なのだ。

小学生の問題を出来て当然。もし出来なかったら、穴を掘ってでも入りたいレベルの恥ずかしさ。

 

ミスが一つも出来ないと思うと背中に冷たい汗が流れる。

いや、さすがに小学生の問題なら大丈夫だろう。大丈夫かな? 大丈夫だよな?

やべえ……なんかすごく緊張してきたぞ。手に汗握るってこういう事を言うんだな。

 

などと考えていると、一色から「始めますよ?」と声をかけられ、

俺は硬くなった表情でそれに頷く。

 

そうして一色の「よーい、始めです!」の気の抜けた掛け声とともに、俺は数学から飛び降りて

というより落下して、算数のテストに取り掛かるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

極度の緊張でぐったりと、椅子の座る俺の袖を一色が引いてくる。

視線を向けると、一色は音を立てないように小さく拍手をしていた。

 

「先輩、お疲れ様です。全問正解で満点でしたよ♪」

 

一色に自分のことのように嬉しそうにいう。それでなんだか照れくさくなってしまう。

 

減らず口の一つでも叩こうかと口を開きかけた俺の目に、落ちた表情の一色が映り

慌てて口を閉ざす。

 

「私が中学の頃の話なんですけど、クラスの子に数学を教えて欲しいって頼まれたんですよね」

 

「それで教えてて気づいたんですけど、その子、小学校で習った基本が全く出来てなかったんです」

 

「なので教えて欲しいっていわれた数学も、頑張って教えたんですけど、

全然理解してもらえなくって……」

 

「なら一旦小学校の問題に戻ってやってみようっていったら、

馬鹿にしてるのかって怒鳴られて、凄く怒らせちゃって……」

 

訥々と語る一色の声に、俺は黙って耳を澄ませる。

そして話し終えた一色は俺を上目遣いで窺うと、囁くような声を出す。

 

「それで先輩も、その子のように怒ったら嫌だなって思ったんですけど……

それでもそのなんと言うか、せっかく今までの恩返しが出来るのに

中途半端なことはしたくないなって思いまして……」

 

「でも先輩がテストをしている時に、誰かが入ってきたら嫌かなって思ったんです。

だからその、鍵を……」

 

その言葉に、俺は口をぽかーんと開けてしまった。

何か言わなくてはと思うのだが言葉が見つからず、仕方なくありふれた言葉を返してしまう。

 

「その、悪いな。そのうち礼はするから」

 

「……別にそういうのはいらないです」

 

俺としては珍しく本気でいったのだが、一色はふいっと顔を背けてしまった。

 

 

 




それでは次回で。

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