やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

2 / 93
ボッチの宿命

「なら先輩。私の勉強に付き合ってもらえますよね?」

 

どうですか? いいですよね? 付き合いますよね? 付き合わないとか意味わかないですよね? 

とばかりにぐいぐい俺に迫ってくる一色は取り敢えず横に置いといて、平塚先生に向き直る。

そして先ほどの会話で気になっていた事を尋ねてみることにした。

 

「平塚先生。これって奉仕部への依頼なんですか?」

 

普段の平塚先生なら何か依頼がある時は必ず自分も依頼者も部室に足を運ばせて

事のあらましを奉仕部の面々、俺や雪ノ下や由比ヶ浜に伝えるからだ。

今回のようにあの二人を抜きにして話を進めるのは珍しい。

そう思って尋ねた俺の言葉に、平塚先生はゆっくりと首を振る。

 

「比企谷。これは奉仕部への依頼というよりも比企谷個人への提案なんだが、

もし良ければ一色に、グループ学習室のように国語を教えて見ないか?」

 

そう伝えてきた平塚先生の顔を俺は驚いて見返してしまう。

すると伊藤先生が、俺を安心させるよう柔らかく微笑む。

 

「グループ学習室の評判がとても良いから、いま学校の授業として取り入れてる

グループ学習との違いを学校側でもきちんと検証してみようって話なの。

それに比企谷くん、今回の国語のテストで学年一位だったんでしょ?」

 

伊藤先生は俺の疑問に答える形でその理由を話してくれ、

それと合わせて俺の輝かしい栄光の記録を口にしてくれた。

一色にも自慢しようと思っていた俺は、そのことを耳にした一色も

俺を頭脳明晰で立派な先輩として少しくらい尊敬するだろうと考える。

その事を確認するために隣に座る一色を横目で伺うと、一色は自分の解答用紙を

難しい顔で見直しており、全く耳に入っていなかったご様子。

 

「それで比企谷くんが一色さんの苦手な国語を教えて、比企谷くんの少し苦手な数学を

一色さんが比企谷くんに教えるってどうかな?もちろん私たちもサポートするし」

 

伊藤先生の言葉に、0点を取った俺に対して少し苦手と表現してくれるその菩薩のような

心に感動していると、平塚先生がプリントを取り出し俺に見るよう促してくる。

出されたプリント受け取って見てみると、それぞれタイトルが付いており

「独学七割・グループ学習三割について」「グループ学習の具体的な内容」

「グループ学習のメリット・デメリット」「グループ学習の個別サンプル表」

と記されていた。

 

プリントを一枚一枚めくっていくと、書かれている内容は概ね納得出来るもの。

最後に目を通したサンプル表には、サンプルを取る方法と期間、

他に結果を見るための試験日が記されている。

そして最後に、今回の件に参加する事を希望する二人一組で登録したメンバーの

名前が記されていた。

名前横の学年欄を見ると、全て同級生同士での参加のようだ。

まあそうだろう。同じレベルで高め合えなければ一緒にやる意味がない。

独りの方がマシである。

 

思いつつ見ていくと、サンプル表の一番下の部分に、互いの得意分野が文系と理系で

正反対の場合と書かれた欄があり、その欄だけ名前の記入が無いのが見てとれた。

成程このサンプルが取りたいのかと思い、平塚先生に尋ねてみる。

 

「うむ。なかなか同級生同士で噛み合う参加者がいなくてな。

居ても一緒に参加した友達とじゃないと嫌だと言われるし、少し困っていたのだよ」

 

「それで比企谷くんと一色さんなら面識もあって仲も良いらしいし、

丁度、お互いの得意分野も正反対だから、どうかなって思って」

 

俺の問いに答えながら、平塚先生と伊藤先生は本当に困った表情をしており

ここまでの話の流れから断りづらい雰囲気になっている。

そして余り物同士で組まさせるのはボッチの宿命とも言える。

 

ただそれらを抜きにしても困っている二人を見て、普段から二人にはお世話になり

面倒を掛けている自覚がある俺はお礼も兼ねて手助けしたい気持ちは勿論あるのだ。

しかし一つ気になる点がある。

 

俺と一色が仲が良い? 俺こいつに今まで一度も苗字も名前も呼ばれてないんだけど?

思いつつ、一色の方へ視線を向けると、一色は姿勢そのまま顔だけを明後日の方角に向けていた。

そんなことありませーんってことですか? それ

 

「一色。お前はいいのかよ?」 

 

むっとしつつ、その後頭部に尋ねると、一色はこちらに向き直るが

暑いのか顔を真っ赤にしていた。

そして俺と視線を合わせないよう目をきょどきょど泳がせながら

「……先輩は、その、どうなんですか?」と質問に質問で返してきた。

 

その言葉に、俺の脳裏には奉仕部に入る前、二年生に上がった頃の記憶が蘇る。

平塚先生の熊のような危険性を知らなかった当時の俺は愚かにも、先生の質問に

今の一色と同じように返し、人の質問に答えてから人に質問を返せと叱られたのだ。

 

そしてスクライドよろしく。先生に腹パンされ床に転がり悶絶したのである。

その時の記憶で俺の背筋に冷たい汗が流れる。お腹もなんか痛くなってきた。

 

人は経験から学ぶ生き物だと云われる。

なのでここは一つ、俺も伝統を受け継ぐとかいって先生の真似してみようと考えたが

さすがに女子生徒に腹パンをすれば俺が学校からBANされてしまう。

 

それに一色のことだ。

まず絶対確実に奉仕部の部室に駆け込んで雪ノ下と由比ヶ浜の二人に、傷物のされたと

あることないこと混じりに訴えて、俺を社会的に抹殺するだろう。

なので人目に付き易い物理ではなく、精神、そう心にパンチしようと思い口を開く。

 

「プリントに記載された期間と時間帯なら俺も暇だし別にかまわん。

まあ俺の素晴らしい頭脳に、一色、お前がついてこれるならな!」

 

格好良くキリッとした表情で答えた俺を見て、一色はへっと小馬鹿にしたような顔をする。

そしてとてつもなく嫌な事を、俺の質問にまたもや答えを返さず尋ねてきた。

 

「先輩って、数学苦手なんですか?」

 

もちろん会話の切り返しならプロレベルの俺である(脳内)

この時も一色の質問を華麗にぱこーんと打ち返す。

 

「苦手じゃねーよ! ただ、なに、ちょっと得意じゃないだけで……」

 

「先輩。それを苦手っていうんですよ……」

 

俺の返しに一色は哀れみの表情を浮かべため息を吐く。このガキ……

そして視界の隅で、平塚先生と伊藤先生が顔を見合わせて口元を手で隠しつつ

「ちょっとだって」「ちょっとじゃないよなぁ」などと囁きを交わしながら

可笑しそうに笑っている姿が目に映り、少し気分が落ちてくる。

手助けやめようかしら……。そう思っていると

 

「比企谷くん。一色さんにはもう了承を得ているから大丈夫よ。

その一色さんの強い希望で、こうして比企谷くんに声をかけさせてもらったの。

頼りがいのある先輩として、すごく信頼されてるのね」

 

伊藤先生が人柄に合った優しい口調でそう伝えてくれた。まあ後半のセリフは

 

「頼りがいのある先輩として、すごく信頼されてるのね」ではなく

「使い勝手のよい男子として、すごく利用されてるのね」なんだけど。

 

とはいえ、今まで散々お世話になった先生方に恩返しもせずにいるのも気が引ける。

それでお礼がてら参加する事を伝えると、四人で細かな打ち合わせをすることにした。

そして期間中は俺が一色の国語教師になり、一色が俺の数学教師になる事が決まり、

ほっとした様子の先生たちに帰りの挨拶をすると、俺と一色は職員室を後にする。

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

そうして、これから生徒会室へ向かうという一色と部室に顔を出そうと思っていた俺は

それぞれの苦手なところを話しながら廊下を並んで歩く。

国語のあれとこれが苦手です、と語る一色の声に耳を傾けていると、話を終えた一色が

「先輩は、数学のどの部分が苦手なんですか?」と尋ねてきた。

 

その問いに、何処もかしこも何もかもとはさすがに言えず困ってしまう。

なんと答えようかと頭を捻っていると、隣を歩いていた一色の姿が見えなくなる。

不思議に思い廊下を振り返ると、床に落ちたプリントを拾おうとしている一色の姿が目に映る。

まさか……と思い慌てて懐に手を入れると自分が解答用紙を落とした事に気付き

それで何とか一色を止めようとするが時既に遅し。

 

一色はプリントの中身を確認すると、にやっと嫌な笑い方をし

「これは……教えがいがありますね!」と声を弾ませたのだった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。