やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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録画していた深夜アニメを見まくっていたら前回の投稿からはや一週間。
早く次書かなくちゃーと思いつつ鉄血のオルフェンズを見てました。

Zガンダムと逆襲のシャアしか見ていなかったので、なかなか楽しいです。
美少女とボコボコと殴り合い罵り合う主人公。胸が震えます。





今こうしていることも

秒速を見終わった俺たちは、両親と小町に見送られ家を出る。

そして先に、電車で来ている一色を送るため駅へと向かう。

 

駅まで向かう道すがら、前を歩く二人の秒速を見た感想に耳を傾けていると、

一色がこちらに振り向き声を掛けてきた。

 

「そういえば先輩。貴樹くんも明里ちゃんも、それぞれ手紙を渡せずじまいでしたけど

なんて書いてあったんですか?」

 

「そういや映画だとその描写はなかったよな。小説にはあるんだが」

 

一色の疑問に答える形で、小説に書かれていたそれぞれの手紙の文章をゆっくり口にする。

それを聞いた二人は沈んだ表情で、ふっと短くため息をつく。

 

「お別れにいった貴樹くんの方が、結局、ちゃんとお別れできなかったんだね……」

 

「もし貴樹くんが明里ちゃんの手紙を受け取っていたら、

もっとこう、違う未来もあったかも知れませんね」

 

二人の言葉に、本当にそうだと思う。言葉だけなく手紙をきちんと渡せていればと。

あえて渡さなかった明里の気持ちも充分理解することは出来るのだが……

 

「手紙を渡“せな”かったと、渡“さな”かった。

貴樹はどこか心を置いてきたようで、明里は自分の意志でしまった。

それでそれぞれの思いの置き方が違ったんだろうと俺は感じたけどな」

 

理不尽に明里から引き離され一人に戻された貴樹は、理不尽に負けない強さを欲し

同じように貴樹から引き離された明里は、自分一人でも生きていける強さを求めた。

強さを求めるのは同じなのだがその方向性が、その後の二人の生き方をわけてしまったのは

仕方ないのかも知れない。

 

「それとあれだ。付き合い続ければ、お互い嫌な面が見えてきて“徐々にがっかり”する事も

できたんだろうけど、一番良い時に別れたのが後に引いたんだと思うぞ」

 

いうと、一色がむーっと唸る。

 

「がっかりって……。ちょっと言い方酷くないですかね?」

 

一色はご不満そうに口を尖らせ、俺をじとっと睨んできた。

ふむ、お気に召しませんか。まあ恋する乙女には納得しかねるのか知れんな。

 

「そうか? 誰かに期待する。それはどっちにとってもきついことだと思うぞ。

期待する方は答えてくれない相手に必要以上に失望するし、期待された方は何とか

答えようと頑張れば頑張るほど相手の要求が上がって、結局答えられずに失望される。

なんでもそうだけどほどほどがいいんだよ。お互いにな」

 

だから一色。俺を共犯者にしようとするなよ? と心の中で付け足す。

いやマジで勘弁してくださいね? 

一色の期待に答えれば答えるほど、俺の社会的地位が危うくなりそうで怖いし。

いってみたものの、一色は納得しかねてる様子。

まあ理解と納得は別もんだしな、と思っていると、そこへめぐり先輩がこほんと

ちょっとわざとらしい咳払いをする。

 

「一色さん。ほらえっと、生徒会をやっているとわかるかなと思うんだけど……

先生の中にはさ「去年はこうだったあーだった、なのに今年は……」みたいな事、

言う人もいるじゃない? あれって言われる方は結構きついんだよね。

比企谷くんが言ってるのは、多分そういうことだと思うよ」

 

そして「だよね?」といった感じの視線でこちらを見てくるので、それに頷く。

 

「それは確かにありますね……。なんか城廻先輩とすっごく比べられるんです、私。

城廻先輩のときはこうだったあーだったって」

 

一色は拗ねたようにいうと、ぷくっと頬を膨らませる。

そんな一色に、めぐり先輩は困ったような顔で「ごめんねぇ」と謝りつつ

その頭を優しく撫でて慰める。

二人の姿を見てほっこりした気分になりながら、俺は考えてしまう。

 

一色。めぐり先輩の言うことはちゃんと聞くんだな……

俺の言うことは聞く耳すら持ってない感じなのに。

 

まあ俺のイニシャルはHが二つでH2だから、水素みたいに軽い扱いでも仕方ないかも知れん。

でもだからって、こうも露骨に態度を変えるのはどーかなーと思うわけですよ、俺は。

などと思っていると、一色は頬を薄く染め先輩に拗ねた事を謝り、お礼の言葉を口にする。

もちろん俺には何もない。おい、一色。ほら、俺! 俺には! ……俺には?

 

だが、俺の事など知ったこちゃない感じで、二人は微笑み合っている。

くぅー、なんという疎外感。ゆるゆりするなら他でやれよ! それかテレビで放送しよう。

毎週見るぞ。録画だってしちゃう。

そんな思いに馳せていると、一色がぽつりと呟きをもらす。

 

「その、映画だと明里ちゃん。貴樹くんを思い出に出来たように描写されていますけど

違うんじゃないかなって思います。えっとですね、上手く言えないんですけど……」

 

彼女の中で思うところがあるらしく、言葉を探すようにぽつぽつと話し始める。

 

「なんて言うか、あの頃には二度と戻れないと理解していても、それは苦しく切ない

気持ちとして心に残ってる事って誰にでもあると思います。

まあそれを乗り越えるのが、乗り越えられるのが大人なんでしょうけど」

 

「あたしは……きっと乗り越えられないです。それでも学校に行くし生活しています。

だからその、気持ちと行動は必ずしも同じってわけじゃないと思うんです」

 

一色はやはり感受性が高いと思う。

問題があるとすれば、俺の気持ちだけを何故か全く受信してくれないとこくらいだろうか。

なら問題ないともいえる。

 

「まあ、上手くさよならして思い出にする。それが一番なんだけどな。

でも忘れるっていうのも、そんなに悪いことじゃないと思うぞ。

嫌なことや悲しいこと、それに時間が積み重なって見えなくしてくれるし」

 

過去に嫌なことが多すぎる俺にはこの忘却システムは都合が良いまである。

無駄に良すぎる記憶力のせいで事あるごとにトラウマが湧いて出てくるからだ。

湧いて出るのが温泉や石油、金とかダイヤならウエルカムなのだが。

 

「でもさ、比企谷くん。それと同じくらい嬉しかったことや楽しかったことも

埋めて見えなくさせちゃうよね?」

 

「それは……まあ、そうですね」

 

三人とも黙ってしまい、それから皆、無言で歩く。

しばらくして一色が歩調を緩め俺の隣を来ると、並んで歩き出す。

 

「……先輩もいつか、私のこと忘れちゃいますか?」

 

「むしろ俺のほうが、お前に忘れられそうだぞ」

 

クラスの連中にも覚えられてるか自信がない俺だ。

殆どの人間に忘れられる以前に覚えられているか微妙なところだろう。

ていうか、一色? お前、俺の苗字でも名前でもいいけど覚えてる?

 

「大丈夫ですよ。きっと忘れません。

それにその、ずっと一緒にいれば忘れようがないじゃないですか?」

 

いうと、一色は少し照れくさかったのか、はにかみ笑いを浮かべた。

 

まあ確かにな。だが、ずっと一緒に居ることなど互いにそう思わない限りあり得ない。

そんな気持ちが言葉になって、ぽろっと口から零れてしまう。

 

「まあ、ずっと一緒に居れるならな」

 

「うわぁ……嫌なこと言いますね……」

 

ものっそい勢いで一色がドン引きしていた。

あまりの引きっぷりに、でも本当のことだろうと口に出すのが憚れる。

俺の返しがお気に召さなかったようで、一色はぷくっと頬を膨らます。

その頬は朱に染まっており、傾いてきた夕日は街全体を赤々と照らしていた。

 

「まあ、一緒に居たいとお互いが思えば、自然と一緒に居れるだろう」

 

「……そうですね」

 

俺の言葉に一色は頷きながら答えると、足を速めてめぐり先輩の隣に並ぶ。

そして最近の生徒会の様子を先輩にあれこれと話し出す。

それを見て、俺も二人から遅れないように足を進める。

やがて、今こうして話していることも思い出に変わる。

そして記憶の底に沈んでいくのだろうと思いながら。

 

 




渡せなかった手紙の内容です。

貴樹の手紙。

大人になるということが具体的にはどういうことなのか、
僕にはまだよくわかりません。

でも、いつかずっと先にどこかで偶然に明里に会ったとしても、
恥ずかしくないような人間になっていたいと僕は思います。

そのことを僕は明里に約束したいです。

明里のことが、ずっと好きでした。

どうか どうか元気で。

さようなら。

明里の手紙。

「貴樹くんへ
お元気ですか?
今日がこんな大雪になるなんて、約束した時には思ってもみませんでしたね。
電車が遅れているようです。
だから私は、貴樹くんを待ってる間にこれを書くことにします。

目の前にストーブがあるので、ここは暖かいです。
そして私のカバンの中にはいつもびんせんが入っているんです。
いつでも手紙が書けるように。
この手紙をあとで貴樹くんに渡そうと思っています。
だからあんまり早く着いちゃったら困るな。
どうか急がないで、ゆっくり来てくださいね。

今日会うのはとても久しぶりですよね。なんと十一ヶ月ぶりです。
だから私は実は、すこし緊張してます。
会ってもお互いに気づかなかったらどうしょう、なんて思っています。
でもここは東京に比べればとても小さな駅だから、
分からないなんてことはありえないんだけど。
でも、学生服を着た貴樹くんもサッカー部に入った貴樹くんも、
どんなにがんばって想像してもそれは知らない人みたいに思えます。

ええと、何を書けばいいいんだろう。
うん、そうだ、まずお礼から。
今までちゃんと伝えられなかった気持ちを書きます。

私が小学四年生で東京に転校していったときに、
貴樹くんがいてくれて本当に良かったと思っています。
友達になれて嬉しかったです。
貴樹くんがいなければ、私にとって学校はもっとずっと
辛い場所になっていたいと思います。

だから私は、貴樹くんと離れて転校なんて、本当に全然したくなかったのです。
貴樹くんと同じ中学校に行って、一緒に大人になりたかったのです。
それは私がずっと願っていたことでした。
今はここの中学にもなんとか慣れましたが(だからあまり心配しないでください)
それでも「貴樹くんがいてくれたらどんなに良かっただろう」と
思うことが、一日に何度もあるんです。

そしてもうすぐ、
貴樹くんはもっとずっと遠くに引っ越してしまうことも、私はとても悲しいです。
今までは東京と栃木に離れてはいても
「でも私にはいざとなれば貴樹くんがいるんだから」ってずっと思っていました。
電車に乗っていけばすぐに会えるんだから、と。
でも今度は九州の向こうだなんて、ちょっと遠すぎます。

私はこれからは、一人でもちゃんとやっていけるようにしなくてはいけません。
そんなことが本当に出来るのか、私にはちょっと自信がないんですけど。
でも、そうしなければならないんです。
私も貴樹くんも。そうですよね?

それから、これだけは言っておかなければなりません。
私が今日言葉で伝えたいと思っていることですが
でも言えなかったときのために、手紙に書いてしまいます。

私は貴樹くんのことが好きです。

いつ好きになったのか、もう覚えていません。
とても自然に、いつの間にか、好きになっていました。
初めて会ったときから、貴樹くんは強くて優しい男の子でした。
私のことを、貴樹くんはいつも守ってくれました。

貴樹くん、あなたはきっと大丈夫。
どんなことがあっても、貴樹くんは絶対に立派で優しい大人になると思います。
貴樹くんがこの先どんなに遠くに行ってしまっても、
私はずっと絶対に好きです。
どうか どうか、それを覚えていてください」

少なくとも明里の手紙を貴樹が受け取っていれば、
貴樹も生き急ぐことはなかったように私は思いました。

それでは次回で。




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