やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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小学生の恋愛は禁止しよう。そんな二人が初登場です





ソウルネームを持つ少女

既に日は傾き、薄墨を流した藍の空に白い月が浮かぶ頃。

到着した駅の改札口。俺とめぐり先輩は、一色とさよならの挨拶を交わす。

 

「一色。気をつけて帰れよ。それと、明日からよろしくな」

 

「一色さん。生徒会も色々大変だと思うけど頑張ってね! 

なにかあったらメールしてくれれば、わかる範囲で答えるからね」

 

生徒会で大変なのは一色ではなく副会長なのだが……

一色は自分に都合が悪いことを、めぐり先輩に話していないようだ。

知らぬが仏。そんな言葉が似合う光景に俺の胸は少し痛む。

先輩の言葉に、一色はにぱっと笑顔になると自信ありげに胸を張る。

 

「城廻先輩。生徒会は私に任せてください! 

でも何かあったときは、メールの方送らせていただきます!」

 

任せとけと言いつつも、困った時には助けてねと保険を掛けることを忘れない。

しっかりものというよりやはりちゃっかりものといいたくなる科白だが

言われた先輩は口元を綻ばせる。

 

あざといを絵に書いたような後輩の言葉でも、やはり嬉しいのだろう。

めぐり先輩は、すすいっと一歩前に出て、きゅっと一色の手を取った。

そして激励の言葉とともに、つないだ一色の手をぶんぶん前後に振り始める。

一色は気恥ずかしそうに身を捩りつつも、それに笑顔で答える。

 

唐突に始まったゆるゆり二期な光景に俺がもんもんと疎外感を募らせていると

そこへ電車の到着を知らせる構内放送が流れた。

それを耳にした一色は丁寧に先輩の手を解くと、別れの言葉を口にする。

 

「では、城廻先輩。今度またメールをさせて頂きますね。

それと先輩。今日はお邪魔しました。また明日です」

 

「おう、明日な」

 

「うん。またね、一色さん」

 

俺たちの返しに、一色はにぱっと微笑む。そしてぺこりと一礼すると歩き出し

人ごみに紛れてだんだん見えなくなっていく。

その後ろ姿を見送っていると、先輩の小さなため息が聞こえた。

 

視線を横に先輩の顔を見ると、先輩は少し寂しそうな表情を浮かべていた。

どうしたんだろうと先輩の横顔を見つめていると、俺の視線に気がついた先輩は

気恥ずかしげに顔を赤らめ、ぽしょっと呟く。

 

「やっ、なんかさ、二人は明日も学校で会えるけど、私は会えないんだなと思うと

なんかその、ちょっと寂しくなちゃって」

 

いうと、こそっと視線を逸らし恥ずかしさを誤魔化すように頬を掻く。

先輩の言葉に、俺は何もいえず固まってしまう。

学年は違えど同じ学校に通う一色とは違い先輩とまた会うことは、図書館で出会えたような

偶然でも起こらない限り、この先はもう無いのだ。

それに気づくと胸が苦しくなってくる。

それで黙ってしまった俺を見て、先輩は慌てたようにぱたぱたと手を動かす。

 

「や、まあ仕方ないんだけどね。私、卒業しちゃったし……

で、でもさ、また何かあればこう、連絡取り合えれば、その、えっと……」

 

「そうですね。また何かあれば……」

 

「うん……」

 

胸の奥から滲む寂寥感でこぼれそうになるため息を飲み込んでいると、

先輩は困ったような笑顔で「そろそろ帰ろうか……」と小さくいう。

それに頷くと二人で駅を出る。そして先輩の家へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでさ、比企谷くんと一色さんって、その、付き合ってるの?」

 

なんの前触れもなく突然投げられた言葉に、俺は驚いて先輩の顔をまじまじと見てしまう。

そんな俺を見て先輩は戸惑ったような顔で、慌てたようにおさげ髪をいじりだす。

 

「えっと、違ったのかな? なんかそんな感じに見えたから……」

 

先輩は口早に言うと、こそっと窺うような視線を送ってくる。

その探るような視線に耐えかね、俺は顔を逸らしてしまう。

場所は駅からの帰り道。二人で他愛もない会話をしながら歩いていると、

先輩が「あっ」と小さく声をあげ口にしたのが今の言葉である。

誤解は解けない。もう解は出てるんだからそこで問題は終わってる。

そんな事を口にした俺も、今は昔。さすがにこの誤解は解かなければ。

 

「えっとですね。先輩、なんか誤解していると思うんですよ。

俺と一色はそういう関係じゃないですよ」

 

「でも前にね。一色さんが比企谷くんと千葉に遊びにいったんですって

楽しそうにお話をしてたから、なんかそうなのかなって思ったんだけど……」

 

一色、また余計な事を……

 

「やっ、遊びにはいったんですけど……」

 

そこで言葉が詰まる。ただ遊びにいっただけ。それだけのことでしかない。

だが「じゃあ何で二人で行ったのか」の説明から始めると長くなる上、

下手すれば行った理由も口にしなければならない。

そうすると、先輩に一色の好きな相手をバラしてしまう事になりかねず、

そうしていいのか判断が付かないのだ。

あれこれ考え口篭ってしまった俺を見て、先輩は可笑しそうに笑う。

 

「ん~、でもお似合いだと思うよ? 比企谷くんと一色さんって!」

 

からかうようにいうと、俺の顔を下から覗き込んできた。

お互いの顔が近いのに、先輩はそんなことが気にならない様子で変わらず

ほんわかした笑顔を向けてくる。

おかげで、俺のほうが顔を逸らしてしまう。

 

「い、いや、ほんとに、そんな関係じゃないですし……」

 

と、外した視線の先で、見覚えのある顔が驚いたような表情を浮かべて立っていた。

長く艶やかな黒髪に、どこか冷めた雰囲気を持つ少女。鶴見留美。

去年の冬。クリスマス合同イベントから七ヶ月ぶりに会った彼女は、背も伸びて以前より

少し大人びていた。その留美が目を丸くして俺を見ている。

 

ちょっと声だけかけておくか。一応、顔見知りではある訳だし。

それに先輩もいる状況なら誰かに見られても事案扱いされることもあるまい。

身の安全を確かめると先輩の手前親近感を出すよう、俺が彼女に授けたソウルネームを口にする。

 

「ルミルミ、久しぶりじゃないか」

 

「ルミルミって呼ぶの、やめてって言ったよね?」

 

留美は冷めた声でそう言うと、むすっとした顔で俺を睨んできた。

ルミルミと呼ばれるのそんな嫌なのか。なんかアイドルぽくって良くない?

CDに握手券付けてうはうはできるかも知れないぞ! と思いつつ、怖いので言い直す。

 

「お、おう、留美。久しぶりだな」

 

「久しぶり、八幡」

 

留美はちょっとだけ表情を柔らかくしていうと、先輩にちらっと視線を向ける。

目が合った先輩はやや腰を落とし、留美と目線を合わせるとにぱっと微笑む。

 

「こんばんは。えっと留美ちゃんで良いのかな? 私は城廻めぐりです。よろしくね!」

 

「こ、こんばんは。鶴見、留美です」

 

後ずさりながら困ったように笑って返事をかえす留美を見た先輩は、更に顔を綻ばし

留美の頭を優しく撫でる。

突然の行動に留美は戸惑った表情を浮かべるが、先輩は気にせず撫で続ける。

 

「ねーねー比企谷くん。留美ちゃんは、比企谷くんのお友達?」

 

「違います」

 

俺が答えるより早く、留美が即座に切って返す。

いや、確かに違うけど、そんな断言しなくてもいいじゃない? お兄さんちょっとショックだよ。

めぐり先輩も可笑しそうにくすくす笑っているしさ。

それで心の中でよよよっと泣き崩れのの字を書いていると、

留美の後ろの暗がりに二つの小さな影が見えた。

 

「留美。後ろの二人、お前の友達か?」

 

いうと、先輩のなでなで攻撃にあわあわしていた留美が街灯の明かりの外、

暗がりにいた二人を手招きする。

 

恐る恐るといった感じで街灯の明かりの下に姿を現したのは

留美より頭ひとつ分小さい男の子と女の子。

留美をさらに幼くした感じの美少女と、どこか見覚えのある亜麻色の髪を持つ

なかなか目鼻立ちの整った少年だった。

留美に促され、二人は元気に自己紹介をしだす。

 

「こんばんは。鶴見友美です!」

 

「こんばんは。一色ひいろです!」

 

これが俺に、人生初の顔面パンチを食らわす一色の弟との初めての邂逅とは

この時は知るすべもなかった。

 

 

 

 




それでは次回で。

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