やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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勉強会(本番)

結局、その夜俺はめぐり先輩に借りた本を読み終えたと、メールを送ることが出来なかった。

俺が勧めたモノを思っていた以上に楽しんでくれた先輩。

それが嬉しかったから、その先輩が勧めてくれた本を楽しめたと早く知らせたかったのだが。

 

その代わりといってはなんだが、妹も八幡にお礼をいってるよ、とメールをしてきた留美と

それからしばらくメールのやり取りをする事にした。

よもやまの話をしながら、留美も姉ならもしやと思い尋ねてみる。

 

『留美。お前、妹に勉強教えたりするか?』

 

『するよ』

 

ふむ、簡潔な答え。俺とどこか通じるものがある。

なるほど。これは愛想がないと、由比ヶ浜に言われても仕方ないかも知れないな。

業務連絡みたいだし。思いながら、ポチポチとメールを書いて送る。

 

『どんな風に教えてるか教えてもらえるか? 出来れば国語の教え方がいいんだが』

 

『国語? なんで?』

 

『ひいろの姉ちゃんに夏休みの間、国語を教えるんだ。

でも人にモノを教えたことがないから、どう教えたらいいのかわからなくてな』

 

『ふーん。あのさ、なんでひいろくんのお姉さんに八幡が勉強を教えるの?

それと、お姉さんとはひいろくんを駅に迎えに行ったとき会ったんだけど、

あの人さクリスマスの時、八幡と一緒にいた人だよね? どういう関係?』

 

俺が留美にした質問の答えは返ってこない。なのに留美から俺に三つ質問がきた。

まあ教えを乞う立場なのだ。仕方がない答えようじゃないか。

 

『学校でな、生徒同士で教えて教わるグループ学習をやってるんだ。それでペアを組んでてな。

それとクリスマスのとき一緒に居たけど、ただの先輩後輩だぞ』

 

『そうなんだ。ところでさ、総武高って夏休みいつから? 夏休み、空いてる日ある?

それと今日はどんな映画みたの? あと、城廻さんは八幡のなんなの?』

 

ところでさ、から始まった話の流れと全く関係ない気がする質問の数々。

しかも俺がした質問に答える気がないのか忘れているのかわからんが、未だに返事をもらえない。

 

まあいい。返事がもらえるまで頑張るぞ、と思い頑張ってみる。

すると、俺の誕生日や血液型で始まって身長と体重。趣味や特技。苦手なこと。食べ物

の好き嫌いから休日の過ごし方。好みの女性のタイプ。彼女もしくは結婚する女性との

年齢差はいくつまで許容範囲か。結婚式は和風と洋風どちらが好みか。入婿についてど

う思っているか。大学はどこに行くのか、その大学で何を学ぶのか。将来就きたい職業

とその理由。持ち家派か賃貸派か。子供は好きか。結婚したら子供は何人欲しいか。

貯蓄にたいしての考え方など事細かく質問され、俺はその都度きちんと答える。

 

なんか婚活みたいだな、と思いながらも、そのうち俺の質問に答えてもらえるだろうと期待して

メールのやり取りを交わすこと一時間。

 

しかし結局、俺の質問の回答は無しのまま、留美から『もう寝るね。おやすみ』の

メールが来た後はこちらがメールを送っても返事がかえってこなかった。

 

どうやら留美は寝てしまったようだ。寝る子は育つ。そんな成長期真っ盛りの彼女の

睡眠を邪魔するのもあれなので、書きかけだったメールを削除してベットに横になる。

 

静かになった携帯を片手に俺は少し悲しい気持ちになってしまう。

一色を筆頭に年下女子の俺の扱いの軽さはもはや法的に危ないレベル。

どんよりした気分をなんとか切り替え、明日からの勉強会について考える。

 

とりあえず、最初は一色の質問にその都度答える形で勉強を教えていこう。

それで様子を見て勧められる勉強方法を提示すればいいだろう。

そう方針を固めると、俺は布団に潜り込み瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

日が変わって月曜日、その放課後。

俺は学習室の壁に寄りかかり、一色が来るのを待つ。

一色は生徒会の仕事があるらしく少し遅れるとの事。

 

蝉の鳴く声に耳を傾けながら窓の外を眺めていると、一色が廊下の向こうから

ぱたぱた足音を響かせ走ってきた。

 

「すいません、先輩。遅くなりました」

 

「いや、かまわん。今来たところだ」

 

いうと、一色は驚いたように目を丸くする。そしてにやにやしながら茶化してきた。

 

「おや、先輩。女の子との待ち合わせの仕方がわかってきたみたいですね?」

 

一色はいうと下から覗き込んでくるので、上体を逸らしながら答える。

 

「生徒会で仕事があったんだろ、もういいのか?」

 

「はい。文化祭の資料確認と、軽い打ち合わせくらいですから」

 

「もう文化祭の打ち合わせやってんのか?」

 

「ですです。夏休み明け二週間後には文化祭ですからね。先にある程度ですけど

方針とかそういうの決めておかないと困りますし」

 

なるほど、そういうもんか。頷きながら考えてしまう。

去年、めぐり先輩も生徒会のメンバーとそうしていたのだろう。

上手くいくように、楽しくなるようにと。

 

「どうかしましたか? 先輩」

 

俯いて黙ってしまった俺を見て、一色が訝しげに言う。

 

「……いや、なんでもない」

 

誤魔化すよう薄く微笑みノブに手を掛けると、背中越しに一色の声が聞こえた。

 

「そういえば城廻先輩が、去年の文化祭のとき、先輩方に手伝ってもらえて

すごく助かったんだって言ってましたよ」

 

「そうか」

 

「はい。なので先輩、今年もよろしくお願いしますね?」

 

「まず、自分たちでどうにかしなさいよ。生徒会、結構上手くやってるんだろ?」

 

「それはまあ、そうですけど~」

 

不満げな声を背中に受けながら、ほっとため息をつく。そして扉を開けると中に入る。

室内にいた生徒に挨拶をすると、個室へ移動し席に着く。

勉強道具を並べながら、考えていたことを口にする。

 

「一色。悪いんだが、どう国語を教えればいいのか思い浮かばなかったんだ」

 

「それで少しの間、わからない事があったらなんでも質問してくれ。

それに答えながら、一色に向いてそうな勉強方法を考えていく。それでいいか?」

 

「はい。それで問題ないですよ。急な話でしたし、仕方ないです。

それにわからない時に質問出来る人が隣にいるだけで十分ですし」

 

一色はいうと、にこっと微笑む。

蝉の声も扉を二枚挟んでいるせいか、ここでは聞こえない。部屋はとても静かだ。

 

「それでは先輩、勉強会を始めますか」

 

一色の声に、俺はうむっと頷く。

そうして、勉強会(本番)が始まった。

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

ここへ来て、一時間くらい経った頃、二人で黙々とそれぞれの問題集を解いていると

一色が話しかけてきた。

 

「あのですね。先輩って数学以外は成績良いんですよね?」

 

「まあな。理科は数学よりマシ程度だが、他は大体八十点は取れてるぞ」

 

自慢げにいうと、一色はほーと感心したような声を出す。

 

「なんかコツとかあるんですかね? 

私も自分なりに頑張ってるんですけど、なかなか成績あがらないんですよね」

 

一色は気難しげな顔でいうと、短くため息をつく。

 

「んー、効率の良い学習法か」

 

「ですです。なんかないですかね?」

 

「まあ、進学校だしなあ。普通の方法なんて、周りもみんなやってるだろうし」

 

「そうなんですよね……」

 

一色は不満げに口を尖らせる。

 

一色を見ながら、俺は考えてしまう。

そういやここって、進学校なんだよな……。その事実をつい忘れがちになる。

理由の一つに、この学校に由比ヶ浜がいる。というのが大きいと思う。

本当になんであいつ、うちの学校に入れたんだろう。謎すぎる。巨乳枠とかあるの?

思っていると、その枠には入れない、入れる未来が想像出来ない一色が首を傾げる。

 

「簡単で効率が良くてすぐさまテストの点数があがる勉強法ってないですかね?」

 

近所のスーパーにいつも貼ってあった、明るく健康で活発な人大歓迎とか書いてある

アルバイトの募集チラシみたいなこと言い出しましたね。

要求多すぎでしょう……。もうちょっと謙虚じゃないと。

そんな素敵な方法があるのならまず俺がやってるよと思いつつも、

いってることは概ね間違ってはいない。

早く確実に楽にを目指して物事というのは進めるべきだ。

まあ一番いいのはやらなくていいことを増やすことなんだけどな。

 

「そういや、一色。昨日メールで伝えていたモノ、持ってきてるか?」

 

「はい、一応は持ってきたんですけど……。先輩、笑わないでくださいね?」

 

「笑わないし笑えねーよ。あれだ、参考までに目を通しておきたい。それだけだ」

 

いうと、一色は渋々した様子で鞄から今までの定期試験のテスト用紙を取り出す。

受け取ると、用紙の解答欄をさっと流して見ていく。完全に理系だな、一色は。

思いながら目を通すと、いくつか気になる点に気づく。

 

「一色はあれだな。まず暗記教科を重点的にやる。そのほうがいいかも知れん」

 

「暗記ですか。苦手なんですよね……」

 

頷きを返しつつ、一番成績が芳しくない国語の解答用紙をじっと見てみる。

これまでの点数を見ると、今回の試験で一色が本当に頑張ったのがよくわかる。

五十点くらいが平均だった国語が七十五点まであがっているのだ。十分凄い。

ただ得意な俺から見ると、何でここをこれを間違うのか? と思う点がちらほら見える。

やはり文章に慣れていないのが原因なのだろう。

 

「他はまあ、国語だな。一応、国語をやるメリットを話すぞ」

 

「メリットですか? いいですね! 先輩、ばんばんお願いします!」

 

一色は前のめりになりながら、目をきらきら輝かせる。

ばんばんっていわれてもなあと思いながら、話を続ける。

 

「えっとな、国語の勉強は大きく分ければ三つの分野がある。漢字と文法と読解の三つだ。

数学や社会も文章題が多いだろ? 読解力、思考力がつけば、どんな教科書もより深く

理解できるようになる。そう考えれば、国語は総合科目といってもいいだろう。

実力をつければ全科目が伸びる可能性が出てくる」

 

「それでな、国語は本文中に書かれていることをどう答えるか? という教科だと考えればいい。

でだ。国語が苦手な人は、目で文章を追ってるが意味までは読みとれてない状態で読んでいる。

つまり、何となく読んでいるんだ」

 

「これが国語という一教科ならまあいいんだが、他の教科も問題文は日本語、そう国語で

書かれているからな。何となくで読んでると、何となくで答えるハメになってしまう」

 

俺の言葉に、ふむふむと頷く一色。

実際、何を問われているか? がより明確に理解出来れば勘違いからのミスも減るだろう。

そう考え、さらに話を続ける。

 

「他にも英語や数学のような積み上げ科目は、前の単元や学年でつまずいていると

次が分からない科目なんだ。数学で俺がそうだったようにな」

 

「例えば英語は、過去形を理解しないと以降の過去分詞を理解できないだろ?

それは数学も同じで、一次方程式ができる人しか二次方程式はできない」

 

「数学は一色の得意分野だから良いとして、英語はな。文法とかその手のものは

まず母国語の国語を理解してから始めたほうが良いかも知れないな」

 

いうと、一色はぷくっと頬を膨らませ不満げな声を出す。

 

「古文とかが苦手なんですよね。なんか読みづらくないですか?」

 

こんな状況でもあざとさを忘れない一色に違う意味で感心しながら、少し考えてしまう。

 

読みづらいか。まあ現代文も読み慣れてない一色には確かにきついかも知れないな。

ならば……と思いつつも、今回の一色の目標はテストの点数を上げる事。

これは勉強ではなく、どちらかというと……

 

「まあ受験は知識をつける学ぶというより、“対策”だからな。

合格ラインをいかにクリアーするかっていうのが主目的になる」

 

「なんでもそうだが何かのために事をなすには、その結果が出る事をしなくちゃいけない。

つまり目的と状況と手段と結果に主題を置く事が大切だ」

 

「一色の場合は、目的は苦手な科目の成績向上。状況は文系の成績が芳しくない。

手段は色々あるがまずは暗記で覚えられる限り覚える。結果は志望大学に入る」

 

神妙な顔で、こくこくと頷く一色。

そんな一色を見ながら、“読む”のは苦手でも“聴く”ことは苦手ではなさそうだと思う。

それで少しだけ、一色への教え方が見えた気がした。

もうちょっと様子を見ようか? と思案しながらさらに話を続ける。

 

「一色。以前やった進路相談会で陽乃さんが来ていたのは覚えているよな?」

 

「はい、先輩。覚えてますよ」

 

その声に頷き、相談会の帰り道で陽乃さんから聞いた話を思い出す。

 

「相談会が終わった後な、陽乃さんと偶然帰りが一緒になったんだ。

それで天才とはどういうものか? って話になったんだが、その時の話をするぞ」

 

「……先輩。私、天才じゃないですよ」

 

「俺も天才じゃないし。大丈夫だ」

 

「それって大丈夫って言うんですかね……」

 

「まあ、聞け。陽乃さんがいう天才の条件の一つは人並み外れた記憶力らしいんだが、

理由を聞いて納得した。本当は集中力の高さが一番大事」

 

「でも集中力の高さを比べる術はないだろ? 記憶力は集中の度合いが左右するから

記憶力が良ければ集中力が高いということになる」

 

「それで昔、南方熊楠という学者さんがいたんだが、この人は本屋で立読みして覚えて帰り、

それを書き写したらしい。まあこの人の真似をしろって訳じゃないぞ?

ただそうやって、覚えて再現するを繰り返していけば記憶力の訓練になるって話だ」

 

「実際のところ、教科書を丸暗記してしまえば殆どの教科で七十点は取れると思う。

それだけ記憶力というのは重要な能力なんだよな」

 

だが、こういうやり方をやれ、といって実際にやったとしても

なかなか結果が出せないだろう。

そして結果が見えなければ、やる気が湧かないもの、俺がそうだし。

そこでまず結果が出やすい方法を伝授しようと考える。

 

「でな。一色は、エビングハウスって知ってるか?」

 

俺の言葉に、一色は腕を組んでうーんっと唸りだす。

 

 




それでは次回で。

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