やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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明けましておめでとうございます。
久しぶりに名作フリーゲームの「きのこたけのこ戦争」をやっていたら
あっという間に今年ももう一週間が過ぎてしまいました。
またぼちぼち書き始めますので、今年もよろしくお願いします。

あと学習室に入ってからの文章加筆修正しました。


今日を忘れないように

俺は思わず仰け反ってしまった気恥ずかしさを誤魔化そうと

ごほんとちょっとわざとらしい咳払いをし口を開く。

 

「えーっとな。どうやれば覚えやすいか? というやり方を話すぞ」

 

言うと、一色は表情を引き締めこくりと頷くので、頷きを返し説明を始める。

 

「人間は五感で外部の情報を刺激として感じ取っているのはわかるよな? 

まず見る、視覚だな。でだ、なるべく見るだけじゃなく口に出して聴覚も刺激する。

さらに話すということは脳を非常に使うから、暗記力をさらに高める事が出来る」

 

俺の言葉に、一色はおずおずと手をあげる。

目線で促すと、一色は居住まいを正し少し困ったような表情を浮かべ

申し訳なさそうな声を出す。

 

「でもですね、私、単語帳って電車の中で見てるんですけど、車内でぶつぶつ呟いてたらなんか不審者っぽく見られませんかね?」

 

確かに…。俺も電車でぶつぶついってる人を見たらきっとビビるだろう。

なら暗記をするのに良い時間帯を教えようか、と口を開きかけた俺の顔を

一色が急に覗き込んできたので、慌ててまた仰け反ってしまった

そんな俺を見て、一色はにやっと嫌な笑みを浮かべると茶化すような声でいう。

 

「私がそばに寄ったときの、いまの先輩みたいに」

 

「お、おう」

 

ほーん、この小娘……。なかなか無礼なことをいう。

まあ一色の言うこともあながち間違いではない。だって一色って距離感近いんだもの。

すすいっと距離を詰めてくるそれは、一歩スタイルといっても良いかも知れん。

それかあれだな。人の家に窓から入ってくるタイプ。

 

そしてどうやら、俺は一色の中で不審者扱いのようだ。

まあいい。小学生の頃、俺はヒキガエルと呼ばれ両棲類扱いだったのだ。

不審者とはいえ人間カテゴリに入れてもらえてるだけ有難いと思おう。

でもちょっと酷くないですかね? この子……

そんな気持ちを込めてじっと粘っこい視線を向ける。

だが、一色は俺の視線をモノともせずけろりとした顔で続きを促してくるので

メンタルつえーなこいつ、と思いつつ話を続けることにした。

 

「それと書く。これは触覚だな」

 

「書き取りですよね? 漢字とかの」

 

一色の言葉に俺はうむっと頷きながら、ふと思い出したことを口にする。

 

「そうだ、絵を書くのもいいらしいぞ」

 

俺の口にした言葉に、一色はきょとんとした表情で首を傾げると「えっ?」と呟く。

なに、ダジャレ? と思っていると、一色が疑いを含んだ半眼でじとっーと見つめてくるので

慌てて続きを口にする。

 

「い、いや、これは雪ノ下に聞いたんだ」

 

「雪ノ下先輩が……。なら、本当なんでしょうね」

 

一色は腕を組んで納得した様子で、うんうんっと頷く。おいおい、えらい違いだな。

ヒキペディアはダメなの? まあユキペディアのほうが信頼度は上か。

 

「あいつは小さい頃から絵を書くのが好きだったらしいんだ。それで、知り合いの画家に

あれこれ学んだらしくてな。デッサンを学ぶと写真のような記憶力がつくんだと」

 

言うと、一色は目を丸くして「ほへえ~」っと感嘆の声をあげる。

俺も由比ヶ浜も雪ノ下にこの話を聞いたとき、まず知り合いに画家がいるってことに

えらく驚いたものだ。だって画家だよ? 絵師じゃないよ。

まあ俺は高尚な画家さんの絵より、「曙さんとクソ提督」のシノさんの絵のほうが

大好きだけどな! 新刊もとっても良かったですー! と思いつつ話を続ける。

 

「それでな。前に奉仕部のメンバーで勉強会をしたとき、俺が出した問題に雪ノ下が、

待って……教科書の右上の方に書いてあった。とか言い出してすげえビビったんだ」

 

「すごいですね……雪ノ下先輩」

 

「こえーよな。下手に恨まれるようなことしたら、ずーと忘れてもらえなそうだし。

俺はそれを知ってから、雪ノ下に対しての言動はちょっと注意してる。怖いしな」

 

「ひどいですよ~、先輩。なんで怖いを二回もいうんですか! 

雪ノ下先輩が可哀想ですよ?」

 

笑みを含んだ声で俺を窘めてくる一色。

さっきお前に不審者扱いされた俺は可哀想じゃないのかよ……

 

「大事なことだから二回いったまでだ。ていうか一色。お前は大丈夫か? 

なんかしでかしてない? 雪ノ下に」

 

俺の言葉に、一色の顔からさぁーっと血の気が引いた。

そして青ざめた顔で、ゴクリっと喉を鳴らす。

 

「た、たぶん、大丈夫だと思います」

 

一色は緊張した面持ちで言ったものの、どうやら不安を感じたらしい。

押し黙って少しの間、真剣な表情であれこれ記憶を探っていたようだが、

思い当たる節は無かったのかほっと安堵めいた吐息を吐いた。

まあ、雪ノ下は一色には甘いから、大概のことは許してくれるだろう。

俺には厳しけど……。だからそんな心配することはないと思うけどな。

つーか、まずお前は、目の前にいる俺に失礼の無いようにしなさいよ。

 

「一応言っておくが、一色が雪ノ下と同じことをして同じように覚える事が出来るかは

正直わからん。ただ、やり方の一つとして頭に入れておくのは良いかもな」

 

「私が雪ノ下先輩の真似をしても、同じように覚えられないと思いますけど……」

 

「まあ雪ノ下は規格外だしな。でもな、頭の良い奴の真似をするってのは、

結果に違いがあっても効率は良いと思うぞ」

 

「そういうもんですかねえ」

 

「一色、学ぶっていう字は元々は“真似る”からきてるんだ。

飛行機や船も、最初は鳥や魚の身体の作りを真似して作ったんだぞ。

とりあえず、出来そうなものから手をつけてみるといいかもしれん。

上手くいくかどうかはわからんが」

 

言うと、一色はぷくっと頬を膨らませて不満げに口を尖らせる。

 

「上手くいくかわからないって、それってどうなんですかね~」

 

「しゃーねえだろ。実際やってみないとわからん事だし。人間向き不向きがあるしな。

それにな、成功は運が絡むから成功の秘訣、みたいなものは参考にならん。

参考にできる例というのは失敗例だ。なので余裕があるうちにあれこれ試してみて、

自分に合ったやり方を見つけるのがいいと思うぞ」

 

俺の言葉に、一色は納得したように、こくりと、頷いてお礼の言葉を口にする。

ふむ。こいつはきちんとお礼をいえる奴なんだよな。礼儀はまぁ正しいんだろう。

残念ながらほとんどいつも、その礼儀が俺の方を向いてないだけで。

 

それ全然ダメだよな……、と思いつつも、ちょっと気分を良くした俺はもう少し

色々教えてやろうと説明を続けることにした。俺の話にじっと耳を澄ます一色。

善きかな善きかなと思いつつ話続けていると、俺はある事に気が付く。

 

なんか近くない? これ。二人が並んで座るだけで、近すぎて少し息苦しい。

一色がもう少し気を利かせて椅子をずらしてくれれば多少は楽になるのだが、

こいつは膝が触れるほど近いというのに、気にする素振りすら見せない。

説明を続けながら、なぜ前回の勉強会でこの距離の近さが気にならなかったのか

少し考えてみる。

 

思うに、ミスする事が許されないテストをしていたという事。

そして教わる側は教えてくれている相手より自分が解いている問題に集中している。

それで、それほど気にならなかったのかも知れない。どうだろう。

 

だが、これが教える側に立ってみると随分と勝手が違う。

なぜなら相手が自分の説明をちゃんと理解しているか、その表情や仕草を見て

確認しながら話を進めるので、より全体に意識を向ける事になるからだ。

 

すると、視線は一色のちょっぴり着崩した制服の首筋から胸元に向かってしまい

慌てて視線を上げると、俺に真剣な眼差しを向けるその瞳と目が合ってしまう。

人と目を合わせる。そういうのに慣れていない俺は、さらに慌てて視線を下に向けると

今度は短めのスカートからすらっと伸びる太ももに目がいってしまう。

ちょっとというか凄く目のやり場に困るな……。いや困らないけど困る。

 

……やべえ、変な汗かいてきた。

焦りつつ視線をきょどきょど泳がせている俺は、誰がどう見ても不審者だろう。

俺は自ら、一色の俺への評価の裏付けをしてしまったようだ。

小さく息をつく。あまり気にしないようにしよう。

窮屈な思いをしているのは俺だけではなく一色もなのだから。思いつつ、

俺は少しへどもどしながら暗記のコツを話続けるのだった。

 

× × ×

 

「そういえば先輩。どうしてはるさん先輩と天才の話になったんですか?」

 

暗記の話を終えて二時間後。また二人してそれぞれの問題集を解いていると、お茶を

片手に一息ついていた一色が興味ありげに尋ねてきた。

そういや何でそんな話になったんだっけ。頭を掻きつつ、ざっと記憶をさらってみる。

 

「確か、陽乃さんに俺の進路を聞かれたんだ。それで志望大学の話になって、

そこがそれなりに偏差値が高いところだったから、頭良いんだねって言われて」

 

「でもよ。褒められて嬉しくないわけじゃないけど、俺よりずっと頭が良い陽乃さんに

そんな事いわれてもって思うだろ? 妹は妹で、一年の頃からずっと成績トップだしな」

 

言うと、一色はほーと感心混じりの声を出した。そして思い出したように口を開く。

 

「そういえば先輩。城廻先輩に聞いたんですけど、はるさん先輩も高校生だった頃、

三年間ず~っと成績トップだったらしいですよ。姉妹揃って凄いですよね」

 

やっぱすげえな、あの姉妹。ニュータイプとかそういうのなの?

雪ノ下の母親の名前は知らんが、もしかして雪ノ下ララァとかかも知れん。

それか父親が雪ノ下アムロとか。なんかカッコイイぞ。

「……見える、見えるぞ!」とか言い出しそう。あっ、それは赤い人か。

 

「それで俺なんかより、なんでも高いレベルでそつなくこなせる雪ノ下さん姉妹や

葉山の方がすごいですよって言ったら、そこから天才の話になったんだよ」

 

言いつつ、思い出す。そうだ。あの時陽乃さんが口にした天才の条件は二つ。

自分が出来るようになるための集中力。そしてもう一つに、

他人にやる気を起こさせ頑張らせる事が出来る、人的魅力をあげていた。

そして後者のほうが前者よりずっと希少で価値があり、それを持っているめぐり先輩を、

俺はもちろん葉山や妹の雪ノ下よりもずっと高く評価していると言っていたのだ。

 

確かに、めぐり先輩は生徒会役員たちにえらく心酔され慕われてたと思う。

だが悪い意味ではなく、先輩は出来る人って感じはあまりしねーな、と思っていると、

陽乃さんは「めぐりには“他人を正当に評価する”才能がある」と口にした。

 

穏やかで柔らかな印象のめぐり先輩。

そんな彼女の人柄を、才能という言葉で表現する事に違和感を感じた。

俺のこわばった顔を見た陽乃さんは薄く微笑むと、咳払いを一つして話を続けた。

 

「周囲の評価や自分の感情に左右されず、他人の行動を“結果だけ”ではなく

経過も含めて判断できる。殆どの人間には不可能なことだよ。だから才能」

 

言われて、はっと気づく。俺には思い当たることが多々あったのだ。

 

体育祭の時。文化祭に引き続き、体育祭でもトラブルの元になっていた相模南。

現場班から疎まれていたそんな相模を誰も積極的に引き留めようとしない中で

めぐり先輩だけが相模の変化を誠実に評価し、先を託そうとした。

 

そして文化祭。スローガン決めのときや相模を屋上から連れ戻すとき。

俺は俺のやり方を通した。そうしたら周囲からどう思われるか分かっていたのに。

そんな俺をめぐり先輩は、やり方は認められない。けど感謝はしてくれた。

実際のところあのやり方を認めるのは、どこかズレてる、あるいは欠けている、

集団から外れている奴らだけだと俺自身が思っている。

 

そう思えば。あの時俺の意図を理解した雪ノ下姉妹はもとより、皆の中心と呼べる葉山も

ある意味集団から外れているのだろう。それか平塚先生のように、人生経験が豊富な大人

(褒め言葉)が気がついて、気遣ってくれることがあるかも知れないが。

 

そんな中で、集団から外れてもいない。ズレても欠けたりもしていない。人生経験も

俺より一つ上なだけのめぐり先輩が、きちんと誠実に評価してくれた。

そしてめぐり先輩のように面と向かって批判してくれる存在は大事だと思う。

結果に対する感謝とやり方に対する批判両方あってさすが生徒会長と感じたものだ。

 

「どうかしましたか? 先輩」

 

話の途中で俯いて黙ってしまった俺を見て、一色が戸惑ったように声をかけてきた。

我に返り、なんとか声を押し出す。

 

「すまん。いや、なに、ちょっと思い出せなくてな」

 

言うと、一色が楽しげな表情で茶化してくる。

 

「ふふっ、記憶のお話をしていた先輩が思い出せないのは困りますね。

日記とか付けてないんですか? 私には書いてみろっていったのに」

 

「一応は書いてるぞ。メモ書きみたいなちょっとしたもんだけどな。

そういや一色は、日記を書き始めたのか?」

 

尋ねると、一色はえっへんと胸を張ってにこやかに答える。

 

「書いてますよー。言いつけはちゃんと守ってます! 偉いですよね。褒めてもいいですよ? 

まあ、もともと私もメモ書き程度のはちょこっと書いてたんですよね。

でも、先輩に言われてちゃんと書こうと思って始めたら、意外に一杯書いちゃいました」

 

「そうか、偉いぞ」

 

幼い頃。俺の言いつけを守った小町に言った様に、優しい口調でそう伝えると

一色はかーっと耳まで赤くして恥ずかしげに俯く。いや、そんな照れんでも……

褒めろというから褒めたのに。まあ言われなくても褒めたけど。

それにそんな真っ赤になられたら、言った俺まで赤くなちゃうからやめてよ、マジで。

と思っていると、一色は顔を上げて、はにかみ笑いを浮かべた。

 

「その、えっとですね。今日を忘れないようにしたいなって思いまして……」

 

一色がぽしょっと呟いたその言葉に、なんとなく胸が打たれたような気持ちになる。

自分の言葉に気恥ずかしさを覚えたのか、一色は照れたようにこそっと顔を逸らしたので

俺はその横顔に微笑み混じりで「だな」と答えた。

 

 




作中に出てきた「曙さんとクソ提督」はpixivで無料で読めます。
艦コレ漫画ですがほのぼのしてていい感じです。曙さんが可愛いので
よかったら是非。

それとアニメのようにタイトル予告始めようと思います。
次回は「夜更しの理由」です。

それでは次回で。

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