やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

40 / 93
上がったところを下りていく、そんなお話です。


二人で大人に

「ひ、比企谷くーん……つらいよぉ」

 

「先輩、我慢してください。もうちょっとですから」

 

「でも……」

 

「そもそもこうなったのも、元はといえば先輩がですね……」

 

「そーだけどさ~」

 

「そう思うなら我慢です。辛いでしょうけど、あと半分ですから」

 

「比企谷くんは男の子だからいいけどさ、私は女の子なんだよ?」

 

「それはまあ、分かりますけどね。

でも、仕方ないじゃないですか。俺だってこんなの、その、初めてなんですから」

 

「それに……、ちょっと痛いし……」

 

「やっ、すいません。力入れすぎましたね。でもさっき先輩が、もっと強くって」

 

「いったっけ?」

 

「言いましたよ。もう忘れちゃったんですか?」

 

「記憶にないな~」

 

「どこの政治家ですか。そういうならもうしませんよ?」

 

「比企谷くんは、やっぱり意地悪だ」

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。先輩が俺にこうさせてるんですよ?」

 

「む~」

 

「む~じゃありません」

 

「ぶ~」

 

「それは可愛いから、ありかもです」

 

「そっかな、えへへ」

 

 

× × ×

 

 

聞く人の心の有り様でどうとでも取れそうな、そんな会話を交わしながら

俺は先輩の手を引いてゆっくりと御宮の石段を下りる。

月明かりも届かない闇夜の中、階段を降りることなど初めての俺は

足元を確かめながら慎重によちよちと歩を進める。

 

最初は、ここから見れる日の出はすごく綺麗だからそれを見てから帰ろうね。

そう先輩がいうので、今日は終業式だけだからこのまま寝なくてもいいやと思い

俺もそうするつもりでいたのだ。

 

だがしかし、今夜は寝かさないぞ! などと吠えていたワイルドめぐりんは何処へやら

食事を済ませ五分も経たないうちに先輩は眠気でうとうとしだす。

 

「だ、大丈夫。大丈夫だから!」

 

そんな事を全然大丈夫じゃないフラフラした様子で言い張る先輩に帰りましょうと言うが

先輩はやだやだとごねるのでどうしようかと困ってしまう。

 

すると、困っている俺を見て先輩はこそっと顔を背けつつ自分の手をこちらに差し出すと

「……じゃあ、手を繋いでくれるなら帰る」と拗ねたような声でいう。

そんな先輩を見て微笑ましさを感じつつ、仕方なさそうに、でも本当は嬉しい気持ちで

その手を取ると、笑顔になった先輩と二人、家路へと着く。

 

そんなこんなで石段を半分近くまで下りてくると、先輩が少し疲れたというので

休憩がてらに二人で石段に腰を下ろすことにした。

狭い石段では体を精一杯縮こませても互の体がどうしても触れ合ってしまう。

触れ合うたび伝わってくるそのぬくもりに心臓の鼓動が速くなるのを感じていると

先輩がそわそわした様子で口を開く。

 

「あの、あのね。比企谷くんはさ、

私のその、どういうところがこう、良かったのかな?」

 

問われて考える。

ふむ、一杯あるな。あまりにもありすぎて短時間で言い表すことなど不可能と思われる。

 

「先輩。ちょっと多いんで、きちんと説明するとですね

多分五時間くらい掛かりますけど、いいですか?」

 

「そんなに!」

 

「むしろ五時間で説明できるか不安になるレベルです。

まあ今日は先輩も眠そうなんで、また今度時間があるときにじっくり話しますよ。

でもそうですね……一つだけ言えば、先輩が嬉しそうだと俺も嬉しいから、ですかね」

 

「そ、そうなんだ。えっと、ありがとう、比企谷くん。その、嬉しいです」

 

「嬉しいっていってもらえて嬉しいです」

 

微笑み混じりで口にした俺の言葉に、先輩は照れくさそうにもじもじとしだす。

そんな先輩を見ていると胸の奥がぽかぽかしてくる。

そして俺は今の会話で気になることができたので尋ねてみることにした。

 

「その、あのですね。先輩はなんというか、俺のどこが良かったんでしょうかね?」

 

へどもどして尋ねると、先輩は俺にずずっとがぶり寄ってきた。

 

「ふふふん、知りたい?」

 

「やっ、まあ、はい」

 

「一杯あるよ! えーっとね、まず優しいでしょ!」

 

おっ、分かってるね、めぐりん! 

俺のことはこれから、バファリンくんとか呼んでもいいんだぜ?

などと思ったのも束の間。先輩は小難しい表情を浮かべるとぽしょっと呟く。

 

「あっ、でも同じくらい、意地が悪いよね……」

 

「…………」

 

またかよ! と思って微妙な表情になった俺を見て、先輩が慌てたような口早で言葉を続ける。

 

「や、ご、ごめんね。えー、えっと、ほら、頭も良いし! あ、でも、使い方が……

はっ、ち、ちがくって、えっ、えーと、顔だって良いし! あ、でも、目付きが……」

 

「……先輩、もういいですよ」

 

この人さ、まったくなんでこうも俺の心をベキベキ折ってくるのかね。

他の誰に同じこといわれても気にも止めないけど、先輩にいわれると心に響くんだよなぁ。

普通、心に響くって良い事な感じで使われるはずだと思うんだよね、八幡的には。

だからね、こういう響き方はノーサンキューなんだよお。

ぽかぽかがどっかいっちまったじゃねーか!

 

そんな気持ちで少々不貞腐れた俺を見て、先輩は両の手をこねこねしながら

申し訳なさそうに謝ってくる。

そうも素直に謝られるといつまでも拗ねてる訳にもいかず、気にしてないですよ、と

答えざるえない。まあホントのことだしね。

そう思っていると、先輩はほわっとした笑みを浮かべて俺の顔を覗き込んでくる。

 

「あのね。私、比企谷くんのそういうところも、その、良いと思うの」

 

「いや、あんまり良くないと思いますけど……。

まあ自分でそう思うなら直せよって話なんですけどね」

 

「そんなことないよ。私だって、その、ダメなとこ多いし」

 

一言多いとこですね? わかります。まあ俺は、みっつもよっつも多いけど。

くくく、俺の勝ちだな、めぐりん! などと謎の勝利感に酔っていると

俺の知らない俺情報を先輩が口にする。

 

「だからその、私がね、比企谷くんの彼女でよいのかなって」

 

彼女? 先輩が? 俺の?

 

もし先輩が俺の彼女になってくれるのなら嬉しい限りではもちろんある。

ただ気持ちは互いに伝え合いはしたが、それでじゃあ付き合おうか、などという話は

俺の記憶にある限りまったく無かったように思う。

なので先輩の言葉は嬉しい反面、戸惑いを覚えてしまう。

わかりやすく例えれば、家に帰って自分の部屋に入ったらバックが置いてあり

開けてみたら一億円入っていた。そんな感じだろうか。

なのできちんと確認しようと思った俺は、恐る恐る先輩に声をかける。

 

「あの、先輩。あのですね。俺たち付き合ってるんですか?」

 

「えっ、違うの!?」

 

「魔王が蘇った」。そんなことを村長に告げられた村人のように

驚きの表情を浮かべた先輩を見て、俺の方まで驚いてしまう。

先輩はそのまま固まってしまったので、慌てて話しを続ける。

 

「や、あの、確かにお互い気持ちは伝えあったんですけど、それでじゃあ付き合おうとか

その手の話はなかったような……」

 

言うと、オデコをぺちんっと叩かれた。

またまたまたかよ! と思った俺は、先輩に苦情を言うことにした。

 

「ちょっと、めぐり先輩。

太鼓じゃないんですからそんな気軽に俺のオデコをペシペシ叩かないでくださいよお」

 

足ならOK、むしろ歓迎。そんな言葉を飲み込んで切なげに言うと、先輩は御宮の軒下で

そうしたように、こてっと俺の肩にオデコを当てぐりぐりしながら声を出す。

 

「叩きたいんじゃなくて、触りたいんだもん。こんなこと、好きでもない人にするわけないよ。

だから、そんな意地悪いわないで……」

 

先輩の言葉に胸が詰まる。

いつまでもどこまでも足踏みしている俺の方へ、先輩の方から踏み込んできてくれているのだ。

なのにこのまま何もせず何もいわないのは、男が廃る。

 

そう思った俺はゆっくりと先輩の背中に手を回し、その細い体をそっと引き寄せ抱きしめる。

俺の手の中で先輩は緊張しているのか体を固くしてほんの少し震えていた。

そんな先輩に胸が苦しくなるほどの愛おしさを感じながら、ゆっくりと声を出す。

 

「めぐりさん。ずっと大事にしますんで、俺と付き合ってもらえませんか?」

 

言って暫く時が経つ。

先輩が何も言わないので、まさかこの流れでも振られてしまうのか、俺。と不安になりかけた頃。

先輩はおずおずとした様子で俺の首に手を回しそっと頬を寄せてきた。

自分の頬に触れた先輩の頬はとても柔らかく、その感触に鼓動が跳ねる。

 

「八幡くん。一緒に……、大人になっていこうね」

 

耳元で囁かれた先輩の言葉に頷くと、先輩を抱く自分の手に少しだけ力を込めた。

 




それでは次回で。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。