やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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やっとこ暇になったのでまた投稿を再開したいと思います。




それが曇ることがないように

ダメな方向に高性能なカーナビのおかげで道に迷うわ渋滞に巻き込まれるわと

散々な目に会いながらも到着した上野動物園。

園の傍にある駐車場に車を止めると、俺とめぐり先輩は入場口へと向かう。

 

動物園は夏休みに入っているせいか、平日の昼間だというのに大盛況の様子。

年端もいかないちびっ子たちが、俺ライオン見るー! だの、私パンダさん見るー! と

はしゃぎながら園内に吸い込まれていくのが見える。

 

慣れない運転で疲れた様子だっためぐり先輩もそんな小さなアニマルたちの姿を見て

ちょっと元気が出たようだ。

その事にほっとしてカウンターでチケットを購入すると、園内へと移動する。

 

正規の入口門は現在整備中の為、臨時門から園内に入ると、そこは鳥ゾーンらしく

鷲や鷹、フクロウの姿が見える。

 

かっこいい……。ゲージの中、止まり木で羽を休める鷹の勇壮な姿。

それを口を開けて見惚れる俺の隣で、先輩も同じように口をぽかーんと開けていた。

 

「比企谷くん。かっこいいね!」

 

「ですよね! かっこいいっすよね!」

 

おお! めぐりんわかるのか、あのかっこよさが!

以前、東京わんにゃんショーで鷹を見た時、一緒に見ていた雪ノ下と小町には

いまいち理解されなかった鷹のかっこよさを、先輩はわかってくれるようだ。

それでちょっと嬉しい気持ちでいると、先輩の弾んだ声が聞こえた。

 

「フォルムっていうのかな? すっとしてて綺麗だなって思う。

でもちょっと、目つきが悪いよね。なんか比企……」

 

そこまで言って先輩は口篭る。

おい、めぐりん! 今なんて言いかけた。

じとっとした視線で先輩を見ると、先輩は気まずそうにこそっと顔を逸らす。

そして誤魔化すように「あっ、フクロウもいる~」などと言って、

とててっとそちらの方へ足を運ぶ。

 

くう~逃がしたか、と思いつつ、その背を追いかけるよう俺もフクロウのいるゲージへ向かう。

そして先輩が見上げているフクロウを同じように見上げてみる。

見上げた先、フクロウは少し首を傾げ、じっと俺たちを見つめていた。

 

「フクロウってね。森の賢者って呼ばれてるんだって」

 

なにその厨二病っぽい肩書き。と思ったが、俺たちを見下ろすその目には

なにやら賢そうなそんな知性の煌きを感じる。

 

「そういやフクロウって、なんでフクロウっていうんですかね?」

 

尋ねると、先輩は記憶を探るよう顎に手をやり、考える姿勢を取る。

 

「前に読んだ本にね、毛が膨れた鳥だからって書いてあったよ」

 

「ほー」

 

「それでね。異名が一杯あるの」

 

「異名ですか?」

 

なにそれかっこいい。二つ名とか真名とか通り名みたいなもんなのかしら。

 

「えっとね……」

 

先輩はぽわっとした顔でフクロウを見上げ、指を一本、二本と順繰りに立てる。

 

「猫鳥、ごろすけ、ほろすけ、ほーほー鳥とかだったかな。

後、梟は母鳥を食べて成長するって考えられていたから、不孝鳥って呼ばれたり」

 

「……最初の方はともかく最後のは、異名っていうか悪名ですよね、それ」

 

「確かに」

 

俺も愛称に見せかけた悪名、ヒッキーなどと呼ばれる身。

似たような境遇のフクロウに、なにやら親近感が湧いてくる。

 

「他にはね。フクロウの名前が福篭(福がこもる)や不苦労に通じるから

幸福と安心を呼び込む縁起の良い鳥として扱われることもあるみたい」

 

「へえ……。めぐり先輩、やけに詳しいですね」

 

感心したように言うと、先輩はむふふと得意げに胸を張る。

 

「昔ね。親戚のおじさんちで飼ってるフクロウに子供が生まれて、良かったら譲るよって

言われた事があったんだ。そんときにね、ちょっと調べたから」

 

「農家とかでは飼うとこあるみたいですね。

害獣駆除でしたっけ? ねずみとか取ってくれるって聞いた覚えが」

 

「うんうん。それで見せてもらったらすごく可愛かったから飼いたかったんだけどね。

その……なんというか、餌がね」

 

「フクロウってなに食べるんですか?」

 

「えっとね、ピンクマウスっていう皮をはいだ丸ごとのネズミやひよことかなんだけど……

内臓をキッチンハサミとかで取りだして、食べやすい大きさにしないといけないのね」

 

「な、生々しいですね……」

 

「うん……。それでちょっと無理かなあって……」

 

そんな会話を交わしつつフクロウを見ていると、俺たちを見ることに飽きたのか

フクロウはその大きな目を閉じてしまう。

 

「フクロウさん、寝ちゃったのかな?」

 

「そうかもですね」

 

「立ったまま寝るんだね」

 

「そういや俺、鳥の寝てるとこって、ちゃんと見たの初めてです」

 

「うんうん、わたしも。寝にくくないのかな?」

 

「うーん。どうなんでしょうねえ」

 

立ったまま寝る。直立睡眠とでも呼べばいいのだろうか?

考えてみればすごく器用な寝方だよなあ、と感心していると

先輩が俺の腕をぽんぽんと叩く。

 

「比企谷くん。あれ!」

 

先輩の指差す方向に視線を向けると、番なのだろうか? フクロウがもう一羽

コンクリートの床にうつ伏せで横たわっていた。

 

「潰れた饅頭みたいですね……」

 

「うん……。なんかぐてっとしてるよね」

 

野性味の欠片もない気の抜けた様子のフクロウを見て思い思いの感想を口にすると

俺たちは鳥ゾーンを抜けて、次のゾーンへと足を運んだのだった。

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

ゆっくり歩を進めながら檻に入った動物たちを眺め、あれやこれや話していると

先輩が俺の袖をちまっと掴みおずおずとした様子で話し掛けてきた。

 

「比企谷くん。今日はさ、動物園に来たけど、その……、退屈してない?」

 

「えっ? 退屈じゃないですよ。むしろ楽しいです。

なんかえらい久しぶりに来たなーとは思いますけど」

 

「そうなの?」

 

「はい。小学校の遠足以来ですね、動物園来るの。

自分じゃなかなか来ようとは思わないんで、誘ってもらえて良かったです」

 

先輩に応えながら当時の事を思い出す。

遠足か……。楽しそうに笑うクラスメートを後ろから眺めるだけの時間だったな。

 

「比企谷くんに、良かったっていって貰えて良かった。これからも色んなとこ、いこうね?」

 

「はい、喜んで」

 

いやホント。ぼっちだと決まったとこしか行かないんだよね。

本屋にゲーセン。あとは電気屋さんくらいか。趣味が偏ってるというのもあるが

自分の興味があるもの以外に興味を持つキッカケが持てないというのが大きいと思う。

なのでこうやって連れ出してもらえるのは嬉しかったりする。

 

その事を伝えると、先輩はほっと息を吐き嬉しそうにはにかんでくれた。

その笑顔に微笑みを返しながら、次は俺から先輩をデートに誘う約束をしたことを思い出す。

 

うーん、めぐり先輩。どこへ連れて行ったら喜んでくれるんだろう。

出来れば今の俺のように、来て良かったなと思ってもらえる場所に連れて行きたいのだが。

そう思い首を捻って考えるが、良い行き先が思い浮かばず困ってしまう。

お猿さんを見ている先輩の横顔にちろっと視線を送ると、それに気付いた先輩が

首を傾げてこちらを見てくる。

 

めぐり先輩は微笑む。その笑顔を見て、それが曇ることがないようにしなくてはと思い

直接本人に聞いてみることにした。

 

「あのう、めぐり先輩」

 

「なーに?」

 

「えっとですね。次、俺から先輩をデートに誘うって約束したじゃないですか?」

 

「う、うん」

 

「それでなんですけど、どこへ行ったら先輩が喜んでくれるかちょっとわからなくて。

なんでリクエストとかあったら言ってもらえると助かるんですけど……」

 

なんとも情けない話だが、誰かと一緒に遊びに行くという行為に慣れていない俺には

先輩に喜んで貰えそうな場所はディスティニーランドくらいしか思い浮かばないのだ。

なのでサプライズに欠けるがこうやってきちんと本人の希望を聞いた方が

少なくとも間違いはないだろうと考える。

 

「う~ん。行きたいとこか~」

 

俺の問いかけに、先輩はうんうんと唸る。

その悩ましげな横顔をちらちら伺っていると、先輩は「あっ」と声をあげ、ぱしっと手を叩く。

 

「あのね。すごく綺麗な場所に建ってる駅があってね、そこに行ってみたい!」

 

先輩は言うとスマホを取り出し、ポチポチといじりだす。

そうして出てきた画像を、俺の前に差し出してきた。

差し出されたスマホをどれどれと覗き込む。

 

「おおー、なんかすごいですね。えっと……これって湖の浮島に駅があるんですか?」

 

「うんうん。奥大井湖上駅って言うんだけど、静岡にあってね」

 

「えっ、静岡ですか?」

 

思っていたよりずっと遠かったので、思わず甲高い声を出してしまう。

 

「ちょっとその、遠いんだけど……」

 

多分、俺が嫌がってるように聞こえたのだろう。

先輩は困った表情を浮かべると、しどもどして答える。

その先輩の姿を見て、慌てて口を開く。

 

「やっ、行くのは全然良いんですよ。景色も良さげですし俺も行ってみたいんで。

ただ少し遠いんで、日帰りは厳しいかなって思いまして」

 

「すぐそばにね、温泉があるみたいなんだ。だからそこにお泊りするとか……」

 

「えっ!? 泊りがけですか?」

 

やべ、がぶり寄ってしまった。

 

「う、うん。一度調べたことがあったんだけど、そんなに高くなかったし」

 

驚いた表情でじりっと後ずさりながら先輩は答えると、またスマホをいじって

温泉宿のホームページにアクセスする。

ドキドキしながら覗き込んでみると、大正レトロな内装の趣ある宿屋の画像が目に映り

その横にはそこそこなお値段の宿泊料金が記載されていた。

 

この前した短期バイトの金が手つかずであるし、いけるな、これ。

 

「めぐり先輩。ここに是非行きましょう。

むしろあれですね。ここ以外は行かないとかそんなレベルです」

 

鼻息荒くそう言うと、めぐり先輩はちょっと戸惑ったような表情を浮かべたが

それでも嬉しそうに微笑んでくれた。

そうして先輩は、カップルプランならもう少し安くなってこんな特典が付くみたいと

懇切丁寧に説明してくれる。

俺には縁が無いと思っていたカップルプランという単語に若干戸惑いを覚えつつ

先輩の言葉に相槌を打つこと暫し。

ずっと気になっていたことを尋ねてみる事にした。

 

「あの、めぐり先輩。これって同じ部屋で寝泊りするんですよね?」

 

声が上擦らないよう気を付けながら口にした俺の言葉に、先輩はきょとんとした表情を浮かべる。

 

「一緒はその……。嫌なの?」

 

「いやいやいやいや、嫌じゃないですよ! むしろ一緒じゃないと嫌というか。

でも、でもですよ? 年頃の男女が同じ部屋で寝泊りするのは、こう、あれかなーって」

 

へどもどしつつ答えると、先輩もその意味を理解したようだ。

頬を薄く染めて恥ずかしそうにもじもじしだす。

 

「でもね、比企谷くんはそういう事しないって聞いたんだけど……」

 

えっ!? それどこ情報? するよ俺、多分ていうか、絶対。

 

「えーっと、めぐり先輩。それ誰に聞いたんですか?」

 

「うんと、はるさんに。比企谷くんは理性の化物だから安全だって」

 

やっぱりあの人か……。勘弁してよ、マジで。

つーか、人にそんな仇名を付ける陽乃さんは厨二病の素質があると思う。

 

「やっ、その、ダメって言われたら我慢しますけどね」

 

俺が顔を上げると、先輩は真正面から俺の瞳を覗き込んでくる。

あまりに真っ直ぐな視線なので慌てて目を逸らしてしまう。

 

「ダメって言わなかったら?」

 

その言葉に驚いて目線を戻すと、頬に先輩の柔らかな手が触れた。

 

 




作中にでてくる奥大井湖上駅はこんな感じです。↓

http://by-s.me/article/96133916903375338

GWに小旅行で行ってきましたがとても綺麗なところでした。

それでは次回で。

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