やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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そうしておけば

図書館の休憩所で、俺とめぐり先輩に声をかけてきた一色は

にこやかな笑顔を浮かべ手を振ってくる。

その姿を見て一色も図書館に来てたのかと思い、視線を顔にやると

俺を見る目が異様に冷たいことに気づき、思わず身構えてしまう。

 

そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、一色は俺と先輩の傍に流れるような足捌きで

あっという間に近づくと、俺たちの間に割り込むよう背の低いソファーに座る俺の

真ん前に立ちふさがる。

その事で俺の視界は短めのスカートからスラリと伸びる一色の白く柔らかそうな裏太ももに

覆い尽くされてしまった。

目の前に突如現れたきっと夢の国でお馴染みのネズミの国でも用意することが不可能と

思われる素晴らしい光景に、思わず見入ってしまう。

 

そんな三分で千円は取れそうな映像に見とれながらも、そこは冷静さで人後に落ちない俺である。

この時も冷静にアニメならそろそろ大量に湧き上がる湯気が仕事して隠すか、どこからともなく

黒い〇が現れてその白く柔らかそうな裏太ももを隠しても可笑しくない状態だと考える。

ただ放送時間によってはもう少しいけそうだと思いつつも、さすがに目のやり場に困り

ソファーの上、座ったまま一色を避けるよう横に滑りながら移動することにした。

 

しかしそんな俺を嘲笑うよう、一色はめぐり先輩とにこやかに挨拶を交わしながらも

俺の動きに合わせ身体をこまめにスライドさせ、右に左に逃げようとする俺の行く手を

左に右に遮るのだ。

そして焦る俺の目の前で、一色の動きに合わせてスカートがひらとはためくと

視線は思いもよらず誘導され、おかげで動きが鈍ってしまう。

 

すると一色は、それまでの横の動きにさらに前後の動きを取り入れるというテクニカルな

要素を加え、鞄でお尻を隠しつつも少しずつ後ろに下がってきて、俺が身動きすること

すら完全にふさいでしまう。

 

このままではこのお話もR-18指定していないため、放送倫理・番組向上機構(BPO)に

通報され、放送時間が変更になった「妹ちょ。」のようになってしまう……

そう考え戸惑う俺の目の前で一色はこちらにくるっとターンする。

 

「先輩は数学のお勉強ですかー?」

 

頭上から降ってくる一色のふわっとした声。

そしてここからが本番! といわんばかりに目の前に広がる一色の白い太もも。

今度は一分で五千円は余裕で取れる素晴らしい映像である。

しかし、あまりにピンクな光景に目のやり場に更に困った俺は、視線を上、

一色の顔に向けてみることにした。

 

すると視界に映ったその顔は明るい笑顔なのに目だけは異常に迫力があり

「お前、数学で0点取ってること忘れて、女の子と遊んでるとかいい身分だな!」

と訴えられたような気持ちになってしまう。

視線をどの方向へ向けても迫力ある映像が俺を捉えて離さず、いうならば

「いろはTHE MOVIE」状態である。

 

そんなドラクエでいえばメダパニ状態の俺に

「比企谷くん、さっきまで一生懸命勉強してたよ! 今はね、二人で休憩してるの」

と、先輩の優しいフォローが入り、そのおかげで「メダパニも解除されほっとする。

 

すると一色は、その目の迫力を抑えめぐり先輩の方へ向き直ると

なんの話をしていたのか先輩に尋ねだす。

 

「比企谷くんにね、すごく良いお話を教えてもらって読んでみたの。

それで、それを読んだ感想を比企谷くんに聞いてもらってたんだよ!」

 

それに応えた先輩の声に、一色はなるほどなるほどと頷くと、俺の方へ姿勢をかえたのだが

こちらを向いたその表情は暗く、なにやらもの言いたげな目をしていた。

 

「せんぱい。どんなお話なんですか?」

 

その目に浮かんだ色に驚きながら、求められた説明に俺も悩む。

何故なら漫画版を読まず、映画の「秒速五センチメートル」だけをトータルで見ると、

「初恋の女の子を忘れられず、ずーとウジウジしている男の半生」という身も蓋もない

感想しか思い浮かばないからだ。

それのどこが良いのか聞かれても言葉に詰まってしまう。

 

なので視点を変え自分が他に他人にお勧めできそうな物の良いところから、秒速の新たな

切り口を探し出し勧めるポイントを探すために、「秒速」と同じく円盤を買った作品である

「魔法少女まどか☆マギカ」を思い浮かべてみる。

 

こちらも大変よく出来てる作品なのだ。

だが、よくよく見直してみるとその内容には首を傾げるところも多い。

 

魔法少女まどか☆マギカ。

それは魔法少女取り扱いマニュアルを敏腕営業マン「キュゥべえ」から、重大事項や

デメリットなどリスクについての詳細を全く聞かずに、その場の勢いで契約を結んだ

中学生の女の子たちのお話。

 

だが少女たちは思っていたような仕様ではない、商品名「魔法少女スタート・キット」に

不満を覚え、宇宙規模の販売ネットワークを誇る魔法少女総合サービス会社

「There is no emotion」にクーリングオフを訴える。

しかしそれは、あえなく却下されてしまう。

 

少女たちはその怒りから、手に入れた魔法少女の力と手に持った様々な武器を駆使し

キュゥべえを蜂の巣にしたりボコボコにして鬱憤を晴らしつつ「There is no emotion」

の企業努力を水の泡にさせ、倒産に追い込もうとする。

 

そういうお話なのである。

 

きちんと説明しようとすればするほど、その魅力から遠ざかっていく事に気が付き

ウンウン唸って悩んでいると

 

「遠距離恋愛中の男の子が、電車に乗って彼女に会いにいくお話だよ」

 

と、またしてもめぐり先輩の優しいフォローが入り、一色はふむふむと頷く。

 

「でもね私が読んだのはまだ半分なんだ。それでその後どうなるのか

いま比企谷くんに聞いてたんだよ、一色さん」

 

楽しそうに語るめぐり先輩を見て、「先輩。私も読んでみたいです」と

一色は言うと、俺の袖をきゅっと指先で掴みだす。

そして妙に切羽詰ったような目でじっと見つめてくる。

 

「わかった。明日学校に漫画の上下巻もってくから……」

 

「じゃあ明日のお昼に、先輩がご飯食べてるベンチに顔を出しますね」

 

どうしたの、この子……と思いつつ答えると、一色はそういってにぱっと笑う。

それで俺はなんとはなしにほっとする。

 

取り繕うよう咳払いをして、俺たちのやり取りを微笑んで眺めていためぐり先輩に声をかける。

 

「アニメなんですけどDVDとBlu-rayがあるんで、よかったら貸しましょうか?」

 

あれだけ楽しんでくれた先輩なら、きっと映画の方も気に入ってもらえると思ったからだ。

 

「なら今度の日曜日、私の家にみんなで集まって一緒に見ない?」

 

先輩は両手をぽんっと叩き、良いこと思いついたー! な笑みを浮かべ

俺と一色へ交互に視線を向けてくる。

 

先輩からの素敵すぎる提案。

年上のほんわかお姉さんの家にお邪魔する気恥ずかしさはあるのだが、

それでもそのお誘いに胸が躍るのを感じてしまう。

 

いや、なんか恥ずかしい気も……。でも、先輩の部屋とか見てみたいかも……。

そんな胸がキュンキュンしている俺の隣で、一色は俺がめぐり先輩の家に行く事の危険性を

身振り手振りを交えながら先輩に切実に訴えていた。こいつは……

 

その物凄い勢いに困惑しているめぐり先輩を助けるためと、俺の安全性の証明のため

一色に声をかける。

 

「じゃあどうすんだよ?」

 

口元をひくひく引きつらせ、声に刺を含ませて問いかけると

一色はうむーと腕を組んで考えだす。

 

待つことしばし。

一色は難しい顔をしていたが、なにやら思いついたように俺の肩をぽんと叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩の家に、みんなで集合しましょう!」

 

俺の肩に手を置きそう提案した一色が浮かべている表情は「謎は全て解けた!」と

格好良くポーズをとって告げる金田一少年のように良い笑顔である。

もしくは、「真実はいつもひとつ!」とちびっこな仲間たちに告げてニヤリとする

名探偵コナンくんのような良い笑顔でもある。

 

そんな一色を見て「何も解けてねーよ!」と反対しかけたが、もし反対する理由を

聞かれたら、なんと答えれば良いのか困ってしまう事に気づく。

まさか女の子が家に来るのは恥ずかしいとか自意識過剰丸出しだしな……と悩み

その提案について、うーんと唸って考えてみる。

 

しかし悩み苦しむ俺の脳裏にはコナンくんってよくよく考えてみれば黒服の奴らに

変なお薬打たれる前は、確か高校生だったことが思い浮かぶ。

なので実は俺と同じ高校生が自分の半分くらいしか生きてない小学生キッズたちに、

己の知性を自慢げにひけらかせてるんだよなという、しょーもない考えに囚われてしまう。

 

囚われついでにもう少し思案を進めると、事件の真相に気付き犯人が誰だかわかった

コナンくんは周囲にいる大人たちに麻酔針をぶち込み強制的に眠らせると、腹話術の

人形のように扱い事件の真相を自分の代わりに語らせていたことに思い至る。

真相を解いたお手柄を他人に譲る謙虚な性格ともいえなくもないが、どんな理由が

あったとしても、薬物中毒にされる大人たちからしたらたまったもんじゃないと思う。

 

さらに言えば、コナンくんは警視庁の配布する「薬物防止キャンペーンポスター」に

マスコットキャラクターとして採用され活躍しているのだ。

しかしちょっと待って欲しい。

周囲にいる大人たちを自分の都合で薬物中毒にしている彼をマスコットキャラクターとして

扱うのは、いくらなんでも社会常識や一般良識に欠ける判断だと思わないか?

コナンくんみたいにするな、なるな、とでも伝えたいのだろうか。

 

考えれば考えるほどあらぬ方向に飛んでいってしまう自分の思考に、これはいかんと

頭を振り気を取り直すと、一色の提案に集中することにした。

すると、めぐり先輩の提案そのままにアウェイ感満載の先輩の家に俺が行くよりは

ホームそのままの俺の家に二人が来てくれた方がまだ動揺し挙動不審にならずに

済むかも知れない。そう考えると一色の提案は意外に名案に思えてくる。

 

思ったが、それだとめぐり先輩の提案を断る形になるのでそれも失礼かと思い

先輩に俺の家でも良いのか確認してみることにした。

 

「めぐり先輩。ウチでもいいですか?」

 

「う、うん。いいよー」

 

俺が言葉に、先輩は一色のマシンガントークで撃ち抜かれ穴だらけにされ

フラフラしながらであったが、にっこり微笑み了承してくれた。

そうして話し合った結果、今度の日曜に近所の駅で待ち合わせをして

そこから三人で俺の家に向かうということで話が決まった。

 

話が決まると、一色は満面の笑みで俺の肩をポンポンと軽く叩きながら

「比企谷くん。やっとわかってくれて僕は本当に嬉しいよ」みたいな感じで

俺をまるで物分りが悪い部下のように優しい瞳で見つめてくる。

 

そんな一色を、お前は俺の上司かよ……と思いながら、じとっとした目で見ていると

一色とめぐり先輩は楽しげに話し出す。

 

「先輩のご両親にも会えるから、今から楽しみです!」

 

「あ、そうだね。私も比企谷くんのご両親、見てみたいかも!」

 

二人の言葉に俺は思わず動揺してしまう。

そうか、誰かが家に来るなんて滅多にないので気がつかなかったが、自分の家族を

知り合いに見られるのはなんだかすごく恥ずかしい気もする。

母親や小町ならまだしも、親父がなぁ……と思っていると

 

「妹さんには、奉仕部の部室で何度かお会いしたことはあるんですよー!」

 

「比企谷くんって妹さんいるんだ?」

 

「いますいます。先輩と違って愛想も良くってすごく可愛い子ですよ!」

 

などと、なぜか一色が胸を張って自慢げにめぐり先輩にいう。

一色、なぜお前が誇らしげなんだ……思いつつも、可愛い小町が褒められ

嬉しい気持ちも湧いてくる。

でも、俺と違ってとか言う必要ないよね? と思っていると

 

「あーでも、比企谷くん。頼りになるし、お兄ちゃんっぽいよね!」

 

めぐり先輩は微笑みながら、うんうんと頷いてくれた。

年上のお姉さんに頼りになると言われ、俺がほんわかしていると

 

「まあ小町さんの方が先輩より、ずっーと、しっかりしてるんですけどねー」

 

などと、小町を褒めながら俺を貶してくる一色。なんなのこの子……

恨みをこめてじっととした視線を一色に送るが、一色は俺のことはお構いなしに

めぐり先輩と生徒会のことについてあれこれ話し出す。

ごく自然に会話から弾き出された俺は、ドラクエでいうところのはぐれメタルな気分で

最近あった生徒会の出来事で楽しげに話す二人をぼんやり眺めていた。

 

そこに閉館一時間前を告げる館内放送が流れたので、電車通学の一色のことを考慮し

帰りが遅くならないよう、俺たちはそれぞれが使っていた席に戻って帰りの支度を

済ませると建物の外へとでる。

 

外に出ると日も落ちてもう大分薄暗く、風で運ばれてきた雨雲が広がる空の下。

図書館の駐車場を三人で連れ立って歩きながら、日曜日の約束の確認をすると、

俺は連絡先を互いに知らない先輩と携帯のアドレスを交換することにした。

そうしてアドレスの交換を終えると、先輩は嬉しそうに携帯を眺めながらぽしょっと呟く。

 

「お父さんとか生徒会のメンバーみたいな関係じゃない男の子と

アドレスの交換したの初めてだよ」

 

その言葉に、なにやら照れくささを感じ口篭っていると

先輩は上目遣いで俺を見上げてくる。

そして悪戯っぽい表情を浮かべると、携帯の画面を俺の目の前にひょいと突き出し

明るく弾んだ声でいう。

 

「比企谷くんのアドレス、げっとー!」

 

にんまりと笑いながら、可愛すぎる仕草でなんかもの凄い爆弾を投げてきた。

先輩のそれに、俺はハリウッドのSF映画並みに脳内で大爆発を起こし

はいとかですねとかこちらこそとへどもどしながら返事を返す。

そんな俺たちをしらっとした目で見ていた一色が、げんなりした感じで声を出す。

 

「せーんぱい~。もう暗いから早く帰りますよー」

 

それに頷きを返し、家がすぐ近所だという先輩とさよならの挨拶を交わすと

駅までの道を一色と二人で歩き出す。

 

図書館から駅まで向かう道は住宅街で人気もなく、夜に近づくにつれ風が出てきたのか

外を歩いていても湿気や熱気をあまり感じない。

狭い歩道を一色に譲って、自転車を押しながら車道の隅を歩いていると

一色がとても平坦な声を出す。

 

「先輩。今日はすごい楽しそうでしたよね」

 

その感情の色が抜け落ちたような声に俺はぎょっとしてしまう。

ちろっと視線を向けると一色は前を向いたままなので、なんでもないフリをして答える。

 

「そーか?」

 

「えぇ、先輩のあんなに楽しそうな笑顔。初めて見ました。

先輩って普段、口元だけで笑うじゃないですか」

 

「そ、そうか?」

 

上ずった声で返しながら、自分の笑顔を鏡とかで確認したことがなかった俺は

そのことについて考えてしまう。

 

「ええ、ニヤッとかニヤリみたいな、いやらしい感じで」

 

一色は横目でちろっとこちらを見て、口元に笑みを浮かべながら言ってくる。

 

「お、おう」と返すが、俺は自分がそんな目で見られていたことに少しショックを受けていた。

俺、そんないやらしい笑い方してるのか、ニヒルだと思ってたんだが……と思っていると

一色は視線を前に戻し、ぽしょっと呟く。

 

「なのに今日は、目元まで綻ばせて顔いっぱいで笑ってましたよ」

 

「てかお前、いつから見てたんだよ……」

 

気になって尋ねてみる。一色は道路に視線を落とし、乾いた声をだす。

 

「先輩が図書館に入ってきた時からですよ。生徒会いま暇で自由参加なんです。

なのでちょっと調べ物をしに、学校終わってすぐに図書館に来てたんですけど

普段使わない棚の場所を確認するのに案内を見てたんです」

 

「そしたら図書館に入ってくる先輩を見かけたんで声をかけようかなって思ったら、

先輩、入口でモジモジしてるから不思議に思って見てたんです」

 

その言葉に俺の背中に冷たい汗が流れる。

あ、あぶねえ……。

戸塚のときはベンチに座っていたから、座っているのに立っているマイ・ロケットを

上誤魔化すことが出来たけど、立っているのに立っている状態だと、人目を避けるのは

至難の業だもんな……

 

「そしたら私が声をかける前に城廻先輩が先に声をかけたんで、タイミング逃しちゃって……」

 

一色は言うと、薄く溜息をつく。

 

「それで仲良さそうに二人で話しているから、もしかして待ち合わせでもしてたのかなって

思って見てたら、手を繋いで歩き出したから余計に声かけづらくなちゃって……

それで二人の様子を遠くから、ずっと観察してたんです」

 

そんなところから見られていた事に恥ずかしくなってしまう。

ならどうしてあんな中途半端なところで話しかけてきたのか気になって、上ずった声を押し出す。

 

「なんだよ、俺もめぐり先輩も一色とは知り合いなんだから、声かければいいだろう」

 

「そうですね。そうしておけば良かったなって、今は思ってます」

 

街灯の明かりで大きく伸びた自分の影を見つめながら一色は呟く。

その声にはなにやら悔やむようなそんな色が見え、それで俺は一色を見やってしまう。

一色はそれに気付くと、薄い微笑みを浮かべる。

 

「“そうしておけば” は “そうしておけば” ですよ、先輩」

 

暗くなった町並みをその瞳に映しながら、一色は沈んだ口調で呟いた。

 

 

 

 

 

 


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