やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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私信。

せんまんさんへ。
あなた様の悲しみに満ちた慟哭が、いろはすさんの復帰を一話ほど早めました。
それで次回は本屋さんデートの話とお伝えしたのですが余りにもいろはすさんの
出番が少ないので、深夜のお散歩デートを次回書いてみようと思います。

まあ深夜、コンビニに甘いものを買いに行くだけなんですけどね (゜д゜υ)


ウルトラマンのように帰ってくれ

空に浮かぶ入道雲が茜色に染まる頃、涼しい風が吹き始める。

めぐり先輩を家まで送りとどけた俺は、火照った身体を冷ますのにちょうどいいと感じ

夕涼みがてら歩いて帰ることした。

 

家へと向かって足を進めながら、つい先ほど自分の胸元に柔く寄り添ってくれていた

めぐり先輩の暖かな温もりを思い出す。

すると顔がだらしなく緩んでしまい、すれ違いざまそんな俺を見たサラリーマンやOLさんたちは

ぎょっとした様子で俺から距離を取る。

 

ま、まあ仕方がない。

薄暗い道で前から歩いてくる男がニヤニヤしながら自分の方へ向かってきたら

誰だって似たような行動を取るだろう。疲れてるのに怖がらせてごめんね。

心の中で謝罪しつつ表情を取り繕おうと頑張る。

しかしその後も、俺はめぐり先輩とのやり取りを思い出すたびに、

「ぐふふ」と気持ち悪い声を漏らしてしまうのだった。

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

「ズルする子は嫌い?」

 

めぐり先輩は俺の胸をそのつるっとしたおでこでこすりこすりしながらいうと、

下からずいっと見上げてくる。なんていうかもう、その仕草自体がズルい。

 

「やっ、嫌いじゃないです……」

 

なんとか答えると、俺はふうとため息をつく。

俺の答えにめぐり先輩はにひひっと意地悪そうな笑顔を見せるが、

そんな表情も先輩がするとたまらなく眩しい。

その笑顔に引き込まれそうになって、はっと途中で冷静になる。

 

あ、あぶねえ……。ついうっかり、頬ずりしそうになっちまったぜ……って、おおおおいぃ!

 

俺が無意識で先輩に頬ずりするのを我慢出来たことにほっとしている間に、

めぐり先輩当人が俺の胸を頬ずりしているではないか!

 

ちょ、ちょ、先輩……。そ、そこ。そこは、だめ……

 

口から変な喘ぎ声が漏れそうになるのを抑えながら、めぐり先輩の暴挙をなんとか

やめさせなければと思い、夏の暑さとは違う熱でぼんやりとした頭を動かし必死に考える。

が、俺のそんな涙ぐましい努力を知らないめぐり先輩は俺が頭を捻っている間にも、

右手で俺の脇腹をつんつんつついたり、左手で俺の背中からお尻を撫でたりするので

なにかを考えるどころではなくなってしまう。

 

このままでは俺のリトルロケットが、射出体勢に!

 

そんな危機的状況に慄く俺の耳に、めぐり先輩の眠そうな蕩けた声が届く。

 

「こうしてるとさ、なんだかほっとして眠くなちゃうね」

 

え、まじで? 俺のリトルボーイは半分起きかけてるんだけど!?

 

そして、ぐったりとした様子で俺に寄りかかるめぐり先輩は足元が覚束無い。

 

「そんなにフラフラしていると転んじゃいますよ?」

 

言うと、めぐり先輩は俺の胸に頬を当てたまま、上目遣いで見つめてくる。

 

「なら転ばないように、比企谷くんがちゃんと抱きしめてよ」

 

お、おう……。まあ一応彼氏だし、そのくらいはしてもいいのかな?

 

それで俺は言われた通り、めぐり先輩の身体を緩く抱きしめる。

すると、めぐり先輩は俺の胸元で満足気な吐息を漏らす。

 

人の体って、ほんとあったかいんだなあ……

 

そんなありきたりな事を感じていると、めぐり先輩がふふっと笑った。

 

「比企谷くんの心臓、すごくドキドキしてる」

 

「……そりゃしますよ。こんな状況じゃ。めぐり先輩はしてないんですか?」

 

「んっ、してるよ? 手、当ててみて」

 

えっ? いいの? 胸の谷間に手を当てることになるけど? 

まあ谷と呼べるほどではなさそうですが……

 

「背中からでもその場所に、手を当てたら聞こえるでしょ?」

 

あぁ……背中ね。まあそりゃそうか。

少し残念に思いながら、先輩の許可を得たのでその背中にそっと手を当ててみる。

 

あーやっぱり、先輩華奢だなぁ。腕も腰も脚も細く、肌はぬけるように白い。

胸がまあ、由比ヶ浜や陽乃さんに比べたらちょっと大分、慎まし過ぎる気もするが

それもそれでこの人の人柄に合ってる気がしないでもない。

もっと傲慢になってもいいんだぜー? と思いつつ、不思議な気分になる。

ほんともうね、俺と同じタンパク質で出来てるとはとても信じられない。

なんかモンハンにあるようなレア素材で、このひと形成されてるんじゃねえの?

 

そんな感想を抱きつつ、先輩の心音を確かめるよう手のひらをその背に押し当てるが

自分の心臓の音がうるさすぎていまいちよくわからない。

 

「聞こえる?」

 

「う、う~ん。自分のがうるさすぎて、なんかちょっとよくわからないです」

 

答えると、先輩は俺の胸から顔を外し、周囲をきょろきょろとしだす。

そしてすぐ傍にあった石段を一段登ると、おいでとばかりに手招きで俺を招き寄せる。

段の上に立った先輩は俺より頭一つ分高い位置におり、すると先輩の慎ましやかな胸が

俺の目の前にくることになる。

 

それで少し目のやり場に困っていると、先輩は「えいっ」と可愛らしい掛け声とともに

俺の頭を自分の懐に引き寄せるので、俺は倒れ込む形で先輩の胸元に飛び込んでしまう。

 

「どーお? これで聞こえる?」

 

「……すいません、もっと聞こえなくなりました」

 

頬に感じる柔らかさにうろたえながら情けない声でそう答えると、

めぐり先輩は楽しそうに「えへへ」と笑った。

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

そんな事を思い出しながら歩いているとどうしても顔がニヤついてしまう。

それで人気のない道を選び遠回りで帰ってきたおかげで、

家に着いた頃にはもうすっかりと日も落ちていた。

 

ようやく着いた我が家の玄関を開けると、見覚えのない革靴が目に映る。

そして二階からは楽しげなはしゃぐ声が聞こえてきた。

 

はて、小町が珍しく友達でも連れてきたのかな?

 

そんな事を思いながら、靴を脱ぎ、階段を上がる。

そして俺のような兄がいることが知られたら、小町も困るだろうと思い

そのまま自分の部屋へと足を進めていると、背後で扉が開かれる。

 

「あっ、お兄ちゃん。おかえり~」

 

「おう、ただいま」

 

「あっ、せんぱ~い。おかえりなさいです」

 

「おう、ただいまって……。なんでお前がうちにいるんだよ……」

 

リビングからぴょこっと顔を覗かせている一色を見て俺は尋ねるが、一色はそれには答えず

俺の手を取ると、リビングに引きずり込もうとする。

 

「せんぱい、早く早く。ご飯冷めちゃいますよ~」

 

「あっ、おい。ちょっと」

 

「とっ、そうだ先輩。座る前に手を洗ってくださいね」

 

「お、おう……」

 

言われるがままに手を洗い、洗い終えると食卓に着く。

目の前には普段より豪勢な晩飯が、ところ狭しと並べられていた。

 

「これお前らが作ったのか?」

 

尋ねると、小町が元気に答える。

 

「いろは先輩がほとんど作ったんだよ!」

 

ほーん。一色がねえ……

 

照れくさそうに頬を掻いている一色を見て、俺は先ほどと同じ質問をしてみる。

 

「で、なんでお前、こんな時間にうちにいるんだよ?」

 

「私今日、小町ちゃんの家にお泊りするんです」

 

おいおい、こいつ。しれっととんでもないことを言い出したぞ。

 

「ここ、俺んちでもあるんだけど?」

 

「そうなんですか?」

 

いや、そんな不思議そうな顔でそうなんですかって言われても……

 

「そうだよな? 小町」

 

俺が言うと、一色も似たようなことを口にする。

 

「そうなの? 小町ちゃん」

 

それに答えた小町の一言。

 

「さあ?」

 

ご丁寧に首まで傾げていやがる。

 

「い、いや……。さあってなくない? ねえ、小町ちゃん」

 

俺は悲しみに満ちた声で言い募るが、それを遮るように一色がぱんっと手を叩く。

 

「せんぱ~い。そんな事より、早くご飯食べちゃいましょう!」

 

そんな事とはなんだ、大事なことだよお! と言いかけたが、二人ともささっと箸を取り

食事を始めるので、俺も仕方なく自分の箸に手をのばす。

 

そうして二人は楽しげにお喋りしながら、俺は黙々と食事をとること暫し。

壁に掛けられた時計に目をやりながら、一色に尋ねてみる。

 

「なあ一色。お前何時に帰るんだ? 二十時(はちじ)?」

 

一色は顔をこちらに向けたあと、俺と同じ方向へ視線を向ける。

 

「ちょと、せんぱい! 二十時(はちじ)って、もうあと三分しかないじゃないですか!」

 

「急いで食えば間に合うから大丈夫だ。なんだったら残しても平気。ダイエットにもなるしな

それでウルトラマンのように帰ってくれ」

 

「うわー。最低ですね、せんぱい」

 

「そうだよ、お兄ちゃん。女の子にそういうこといっちゃダメだよ?」

 

いや小町、お前そういうけどさ。俺をつい今しがた、赤の他人扱いしたじゃない?

そっちのほうがお兄ちゃんは、ひどいんじゃないかなーって思うんですけど。

 

「せんぱいの家、今日はご両親が留守だって小町ちゃんから聞いたんですよ。

それでこれから、小町ちゃんも混じえて勉強会でもしようかなって思いまして。

ほらいつも同じ場所じゃ、飽きるじゃないですか?」

 

一色の言葉に、小町もうんうんと頷く。

そうして二人は「今日は徹夜で頑張るぞ!」などとやる気をみなぎらせるので

話には入れない俺はそっと窓の外へと視線をやった。

 

 

 




それでは次回で。

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