やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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私信です。

達吉さんへ。あなたの心にデットボールを食らわせる気持ちで書いてみました。


彼女と後輩

「あれ~。城廻先輩と副会長じゃないですか~」

 

一色さんは微笑んでいうと手をぱたぱたしながらこちらへやってくる。

彼女の後について比企谷くんもこちらへ来るのだが、その顔には困ったような表情を

浮かべていた。それで少し、大分かなりムッとしてしまう。

 

私に会って、なんでそんな顔するの……。

 

ただでさえ、君が一色さんに本をプレゼントするのを見て気持ちがざわついているのに。

まあ私が勝手に覗いてたんだけど……。なんて思っていたら、二人はもう目の前に。

 

うぅ、どうしよう。なんでここにいるのか聞かれたら……。

 

そんな後ろめたい気持ちでじりっと後ずさりながらも逃げ出すわけにもいかず固まっていると、

一色さんが私の顔を覗き込んできた。

 

「お二人で遊んでたんですか?」

 

声は明るいのにどこか責めるような口調で一色さんはいうと、じっと私を見つめてくる。

 

「へ? やっ、ち、違うよ」

 

予想外の問いかけにへどもどしながら応えたものの、その視線に耐え切れず

思わず目を逸らしまう。

そんな私に代わって、本牧くんが苦笑しながら答えてくれた。

 

「違うよ、会長。城廻先輩とは今たまたま会ったんだよ。僕は藤沢さんと待ち合わせ中」

 

「もう、副会長。書記ちゃんと遊んでばかりいないで、仕事、ちゃんとしてくださいね?」

 

「いや、ちょっと待って。それ、会長がいう?」

 

本牧くんはいうと、一色さんの隣に立つ比企谷くんに目をやる。

 

「わたしと先輩は別に遊んでた訳じゃないですよ。ね、せんぱい」

 

「ああ。本を買うのを、一色に付き合ってもらっただけだ」

 

「そういや勉強会? してるって会長いってたね」

 

「そうですそうです。学生の本分はお勉強。その為の本探し。

なんで副会長と書記ちゃんみたいに、不純な交遊をしていたんじゃないんです」

 

「い、いや。僕と藤沢さんは、そういう関係じゃ……」

 

「どーだか」「違うのか? 本牧」

 

「え、えーっと……」

 

焦る本牧くんと、その彼を問い詰める比企谷くんと一色さん。

そんな三人のやり取りを見やりながら、はっと気づく。

そうだ、私と本牧くんが二人で遊んでいたと、比企谷くんに勘違いされる可能性もあったんだ。

今更ながらそこに思い至り、慌ててこそっと比企谷くんを窺ってみる。

視線の先で比企谷くんは、安心したような表情を浮かべていた。

 

よかったあ……。勘違いされなかったみたい。本牧くんが上手く答えてくれたおかげだ。

とほっとしたのも束の間、一色さんが私の方へずずいっと一歩踏み込んできた。

 

「でわ城廻先輩は、何用でこちらに?」

 

うっ、まずぃ……。

これが一色さんと本牧くんだけなら「本を買いに来たんだよ」と応えれば誤魔化せると思う。

けど比企谷くんには私が今日のことを知ってることと凄く焼きもち焼きなのバレてるし。

それで彼が浮気しないか気になって探偵みたいなことしてたのをバレないにようにするのには

いったいなんて答えればいいんだろう……。

 

そう考えて上手い返しが見つからず困っている私の手首を、大きな手が優しく包み込む。

驚いてその手の持ち主へ目をやると、持ち主くんは顔を真っ赤っかに染めているのが見えた。

そんな持ち主くんと私を、一色さんと本牧くんは目を丸くして見つめていた。

 

「えっとな、一色。俺が城廻先輩にここで待ち合わせしましょうって言っておいたんだ。

先輩と少し、話があってな。目当ての本も買えたし、今日はホントに助かったよ。ありがとな。

それで勝手で悪いんだが、ここでお開きでいいか?」

 

「……そうですか。まあいいですよ、もう用事も済みましたし」

 

比企谷くんの言葉に、一色さんは口を尖らせ拗ねたようにいうと、ぷいっと顔を逸らす。

その横顔に比企谷くんは「わりいな」と申し訳なさそうに謝ると、本牧くんのほうへと向き直る。

 

「本牧、そういう訳なんで一色を駅まで送ってくれ」

 

「はっ? いや僕は藤沢さんと待ち合わせ中で……」

 

言い募る本牧くんに「頼む」と比企谷くんはいうと、俯いている一色さんにもう一度

「わりいな」と告げる。

 

そうして私は比企谷くんに手を引かれながら、足早にその場を離れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分が嫌になる。

めぐり先輩と本牧が一緒にいるのを見て、自分も一色と二人きりでいたことを棚に上げ

先輩を疑ったことを。そして、それが杞憂だと知って心底ほっとした自分を。

 

自嘲しつつ俺ってこんなに嫉妬深かったっけ? と思い記憶を探る。

すると似たような感情に苛まされていた時があったことを思い出す。

 

中学の頃、好きだった折本かおりが他の男子と仲良さげに話しているのを見た時だ。

そして今、あの時とは比べものにならないくらいどす黒い感情で心が塗り潰されているのを

感じながら、俺はめぐり先輩の手を引いて建物の出口へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駅近くの公園、そのベンチに腰を下ろした私は夜空を見上げる。

背の高いビルに囲まれたここでは、夜空は小さく切り取られてしまう。

そんな夜空と同じように、私も小さく身を縮めていた。

 

「それで、めぐり先輩。なにか良い本は見つかりましたか?」

 

「比企谷くん。それ、意地悪でいってるでしょ?」

 

ワザと拗ねた感じでいうと、比企谷くんは困ったように頭をがしがしする。

そして考えるよう間をあけてから遠慮がちな声で尋ねてきた。

 

「えっと、もしかしてですけど、俺と一色を待ち伏せしてました?」

 

もしかじゃなくもちろんなのだけど、その通りと応えるのもなんか癪な気がする。

なので更に拗ねた声で応えることにした。

 

「ち、違うもん! その……、探偵ごっこだもん!」

 

「探偵ごっこですか?」

 

「う、うん」

 

答えると、比企谷くんは顎に手をやり、考える姿勢を取る。

そして何かを思い出したように、うんと頷く。

 

「探偵の仕事って確か九割が、浮気調査なんですよね」

 

そうなんだ。てことは私のしてた事と大体合ってるね。

思わず納得してしまい返す言葉に困ってあわあわしていると、

比企谷くんが可笑しそうに小さく笑う。

 

むむー、なにが楽しいの? こっちは今日のことを聞いた日から気が気じゃなかったのに……

 

「すいません、めぐり先輩。そりゃ嫌ですよね。

付き合ったばかりなのに、他の女の子と二人で会ってたら」

 

比企谷くんは申し訳なさそうにいうと、ぺこりと頭を下げてきた。

 

付き合ったばかりじゃなくても嫌ですけどー? と心の中でぼやきながらも

その彼の姿に毒気を抜かれた私は戸惑ってしまう。

そしてしばらく彼のつむじを眺めていたが、はっと我に返ると慌てて声をだす。

 

「うん、その、ごめんね。どうしても気になちゃって……」

 

素直に謝り正直な気持ちを打ち明けたのだが、頭を上げた比企谷くんに

そっと目を逸らされてしまう。

怒ってるのかな? と思いその横顔をおそるおそる見つめていると

比企谷くんは言いづらそうに小さく呟く。

 

「いや、俺もその……。

めぐり先輩が本牧と一緒のとこを見て、なんか凄くこう、嫌な気分になったんで……」

 

お、お、おう。ひ、比企谷くん、それは卑怯だよー! 可愛すぎる。

 

我慢できずに比企谷くんの顔を覗き込むと、彼が暗がりでもわかるくらい

その頬を赤くしているのが見えた。

聞かせてくれた言葉の嬉しさも含め、私はにんまりとしてしまう。

 

好きな男の子に焼きもち焼いてもらえるのが、こんなに嬉しいなんて知らなかったなあ……。

 

そんな気持ちでにまにましていると、にまっている私を見た比企谷くんが恨めしげな声をだす。

 

「なんでそんなに、嬉しそうなんですか……」

 

問われた私はそれには答えず、彼の胸元へと自分の身体をそっと寄せる。

すると比企谷くんは困ったように手を虚空に彷徨わせていたが、私がその身体に抱きついて

「同じくして」と囁くと言ったとおりにしてくれた。

緩くその手で抱きしめられ彼の心臓の鼓動に耳を澄ましていると、ここは私の場所

そんな風に感じることが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心配そうな顔をした副会長に「平気ですよ」といって、わたしは家路に着く。

俯いてとぼとぼと夜道を歩いていると、ポタポタと涙が零れ落ちる。

 

あの人とって城廻先輩は彼女でわたしはただの後輩。

そんな事は充分理解していたのに、わかっているようで全然わかっていなかったな。

 

憂鬱な気持ちのまま止まってしまう足をなんとか前に出し、ようやくたどり着いた我が家。

玄関を開けると、早速ママの小言が飛んできた。

うわの空でそれに答えながら、自分の部屋へと逃げ込む。

ベットに倒れ込み枕に頬を寄せていると、瞼が重くなってくる。

先輩がプレゼントしてくれた本を手元に引き寄せ、胸に抱きしめながら目を瞑る。

 

長い一日だった。

今日は、ほんとうに疲れた。

 

 

 

 




二章に続き三章の〆も一色さんにはつらいお話になってしまいました。
いろはすファンの皆さんごめんなさいです。
あと先に言っておきますが、四章の〆はめぐりんファンの皆さんごめんなさいになります。

ではでは次章で。


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