やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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駅の待合室で

雨が上がり駅まで向かう帰り道。

強く吹き荒れていた風も静まり、暑くもなく寒くもない過ごしやすい夜の道。

 

「一色。後ろ向きに歩いてると、転んで怪我しちゃうぞ」

 

俺の少し前を、こちらを向いてぴょこぴょこ歩く一色に注意する。

そのふらふら歩く姿を見てると俺のお兄ちゃんスキルがオートで発動し

手を差し伸べたくなるくらい危ういのだ。

そんな風に歩く彼女の姿は、小学生の頃の小町を思い出させる。

 

あれは確か俺が小学三年生で小町が一年生だった頃、栃木のじいちゃんの家に遊びに

行ったときのことだ。

家の傍の田んぼ道で小町が後ろ歩きでぴょこぴょこと歩き、注意したすぐ後で

盛大に転んでしまった。

俺が慌てて駆け寄ると、小町は手足をバタバタさせギャン泣きしながら

「お兄ちゃんが、ちゃんと見ててくれないから転んだ~」と

無茶苦茶な理由で責めてくるので、えらく困ったことを思い出す。

 

そしておもいっきり尻餅をついた小町がお尻が痛くて歩けないとごねるので

仕方なくおんぶして家まで帰ったなと、当時の記憶が蘇り苦笑してしまう。

あの小町がもう高校生なのかと不思議な気持ちでいると、一色の茶化すような声が聞こえた。

 

「ふふっ、先輩ってなんか、お兄ちゃんみたいですね」

 

なんかもなにもお兄ちゃんなんです。と思っていると

一色はにぱっと笑い意外な事を口にする。

 

「私も弟はいるんですけど上はいないから、お兄ちゃんって欲しかったんですよね」

 

あまりにも意外だったので、一色をまじまじと見てしまう。

 

「えっ、お前ってお姉さんなの? ホントに? 嘘だよね?」

 

そんな不信感全開のセリフが、一色のお気に召さなかったようだ。

ぷくっと頬を膨らませ、じろっと睨んでくる。

 

一色がお姉ちゃん? それって小町が俺の姉くらい違和感半端ないんだけど……

そんな事を思っていると、一色はふふんっと得意げに笑う。

 

「ほら私、すごいしっかりものじゃないですか!」

 

「お前のはしっかりものじゃなく、ちゃっかりものっていうんだよ」

 

「先輩ってほんとわたしのことなんだと思っているんですかね……」

 

一色は言うと、薄目でじーっと見つめてくるのでこそっと視線を逸らす。

すると、俺をむっとした顔で睨んでいた一色が路上駐車の車にぶつかりそうになったので

慌てて注意する。

はっ、と、よっと言いながら、一色はふらふら危なっかしく車を避けると朗らかに笑った。

 

「せんぱいっ。私が転ばないようにちゃんと見ていてくださいね!」

 

あの時の小町と同じようなことを同じような表情で言ってくる。

なので俺も小町にそうしたように、なるべく優しい声で応える。

 

「もう少しで大きい通りにでるから、そしたらちゃんと前を向いて歩くんだぞ」

 

俺の言葉に、一色は元気よく返事をかえすと小さく敬礼する。

うーん、あざとい……。これは小町にはないところだな。

 

一色の受け答えは大変よろしいのだが、それなら最初のお小言も聞いて欲しいもんだと思いつつ、

彼女に合わせゆっくりとした歩調で歩く。

そうして一色が話す彼女の弟のことに耳を傾けながら、駅へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

駅に到着するとちょうど電車が出たばかりのようだ。

次の電車が来るまで大分時間があるので、駅の待合室のベンチに座り二人で待つことにした。

 

ここへ来る途中、雨に濡れ身体が冷えていた俺は自動販売機で温かい焙じ茶を買うと

ベンチに座る一色になにが良いのか尋ねてみる。

俺の言葉に、一色はベンチから立ち上がりとててと駆け寄ってくると、鞄から財布を

取り出すのでそれを片手で止め販売機に硬貨を入れる。

そして奢るから好きなの選べというと、ぽかーんとした顔で俺を見入る一色。

彼女も寒いだろうと気を使ったのに、ほんとなんなのこの子……

 

「なんだよ……」

 

「あ、いえ……、ありがとうございます」

 

一色は口元を綻ばせ、細い声でたどたどしくお礼の言葉を口にする。

 

そして俺が手にしてる焙じ茶を見て同じのが良いと言うので、ボタンを押し

取り出し口に落ちてきたそれを神妙な顔で待っている一色に手渡す。

ボトルを大事そうに両手で受け取った一色にまたお礼を言われ、それに答えるように頷くと

ベンチに戻って並んで座り、キャプを外し口をつける。

温かく香ばしいお茶は冷えた身体と渇いた喉に心地いい。

隣に座る一色も満足気な吐息を漏らし「おいしいです」と呟く。

そして俺の顔を見て嬉しそうに微笑む。

喜んでもらえてなにより。思いながら駅の構内を行き交う人たちをぼーっと眺めていると

一色がマックスコーヒーじゃないのは珍しいですねと尋ねてきた。

 

「秒速でな、両想いの中学生が駅のベンチで焙じ茶を飲むシーンがあるんだ。

それをちょっと思い出してな」

 

俺の言葉に、小さく相槌をうっていた一色が袖を引いてくるので目をやると

目が合った一色は照れくさそうに呟く。

 

「……両想いですか?」

 

いうと頬を染めて俯いてしまうので、そんな彼女に「映画の中の話しだぞ?」というのも

無粋なような気がして口篭ってしまう。

なんとなく気恥ずかしくなり視線を泳がせると時計が見え、それが夜の九時を指していた。

年頃の女の子が外にいるのは遅い時間だなと思い、一色に声をかける。

 

「大分遅くなったけど親に叱られないか?」

 

「図書館を出るとき、メールで遅くなるって伝えてあるから大丈夫ですよ。

家も駅から近いですし。駅についたら電話してお父さんに迎えに来てもらいます」

 

「なら安心だな」

 

応えると、一色は自分の靴先を見つめながら口を開く。

 

「それに今日はですね。先輩と普段より色々なお話ができて楽しかったですし」

 

などと、なかなか可愛げのあることを言ってくる。

らしくない一色のセリフに、明日は観測史上最大の大雨かもしれんな。

そんなことを思いつつ、声を出す。

 

「まあお前が大抵ろくでもない案件ばかり持って来るからなぁ」

 

一色からの依頼の数々を思い出し、あの時は大変だった……。と

しみじみとした気持ちで答えてしまう。

すると一色は、ぷくっと頬を膨らませ拗ねたような声をいう。

 

「仕方ないじゃないですか~。そうでもしないと、あの部屋、行きづらいですし」

 

「そうか?」

 

「そうですよ……」

 

一色は言うと、つーんと顔を背けてしまう。

年も下だしそういうもんなのかと思い口を開く。

 

「雪ノ下も由比ヶ浜も一色のことは可愛い後輩だと思っているぞ。

だから何もなくても遊びにくればいいんじゃねーか?

むしろ何もトラブルを持ってこねー方が歓迎されると思うけどな」

 

トラブルを持ってくるなと釘を刺しつつ、部室で一色と接している雪ノ下達を見て

当たらずとも遠からずだと感じていることいってみる。

それに一色は嬉しそうに顔を綻ばせると、俺の袖を引き困ったように笑う。

 

「先輩も、ですか?」

 

やはり一色は風邪を引いたようだ。

これは大変と思い、お薬がわりになるべく優しく声をかける

 

「おう、だからいつでも顔を出せば良いと思うぞ。

雪ノ下もなんだかんだで嬉しく思って、一色の分の紅茶を淹れてくれるだろうし。

由比ヶ浜も……、由比ヶ浜は、美味しそうに一色の分までお菓子を食べてくれるぞ」

 

言うと、一色は口元を抑えて声を出さずに可笑しそうに笑う。

そして目の隅に溜まった涙を拭いながら口を開く。

 

「結衣先輩に失礼ですよ、先輩」

 

一色はいうと、はにかんだ笑顔を見せる。八幡ポーションは効果抜群のようだ。

そこへ電車がくるアナウンスが流れ、ベンチから立ち上がった一色は俺とさよならの

挨拶を交わすと改札を抜ける。

その背中を見送っていると、不意にくるりと振り返った一色が手招きしてきた。

なにかしら? と思って改札に近づいた俺の袖を一色は掴むと、顔を俯かせ低く呟く。

 

「私がなんで先輩としか呼んでないかの答え、まだもらってないんですけど」

 

そういやまだ応えてなかったかと思い、声に感情を込めないように答える。

 

「最初からそう呼んでたから、呼び慣れてるってことだろ」

 

勘違いも思い違いも思い込みももうしない。変に意識してギクシャクするくらいなら

なんとなくそう呼んでる程度に思っていた方が痛い思いをしなくてすむ。

そう思っていると、一色は顔をあげて澄んだ瞳で見つめてくる。

それに自分の心の内を見透かされそうな気分になり、逃げるよう顔を背けてしまう。

そんな俺の耳元に、一色は顔を近づけると悪戯っぽく囁く。

 

「先輩、逃げるの上手ですね。でも、次は逃がしませんよ?」

 

一色はいうと、小悪魔めいた笑顔で微笑んだ。

 

 




それでは次回で。

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