やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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更新を楽しみにしてる作品の作家さんが活動報告にて、
次の話は二万文字くらいと書いていました。
すごいなーと思います。正気とは思えません。
そんなに書いて、学者にでもなるつもりでしょうか。


天使の降臨

俺と一色は顔を見合わせ、二人揃って扉を見る。

また小さくノックされ気のせいでないと分かり、それで少し驚いてしまう。

秘密基地みたいなこの場所に誰かが訪ねて来るとは思ってなかったからだ。

二人してなんとはなしに口をつぐみ息を潜める。俺の108の特技の一つ、居留守の見せ所。

俺は普段からこの手で、回覧板を届けに来る隣の池田さんや電波ヤクザの手下どもを

追い払っているのだ。

しばらくそうしていると扉の向こうから「あ、あの~」とためらいがちな声が聞こえた。

この鈴の音のような澄んだ声、聞き覚えがある。この声はもしや!

急いで鍵を外し扉を開ける。

するとそこには、にゃんこ(猫ではない)もかくやの可愛らしい小動物の姿が!

 

「と、戸塚!?」

 

急に開いた扉に戸塚は驚いた顔をしたが、俺と目が合うとぱあっと顔を輝かせる。

その愛らしい笑顔によって、悪魔(一色)との不毛なやり取りでズタボロだった俺のハートも

瞬時に癒される。戸塚がキター! 天使降臨。そこの黒い奴、浄化してくれ!

 

「ごめん、八幡。もしかしてお邪魔だったかな?」

 

不安げな戸塚を安心させるよう微笑むと、一色を指差し俺が言う。

 

「邪魔なのはむしろこいつの方だから気にしなくていいぞ」

 

あはっと笑う戸塚。一色はその手をぴしりと叩く。痛い。

 

「なんか用か? てか、なんでここがわかったんだ?」

 

もしや知らぬ間に俺と戸塚は赤い糸で結ばれておりそれを辿ってきたのかと期待しつつ尋ねると、戸塚ははにかんだ笑顔で応えてくれる。可愛い。

 

「本牧くんから聞いて来たんだよ」

 

どうやら違ったようだ。残念。

 

「本牧?」

 

「うん。今日はね、部長会があったんだ」

 

「部長会?」

 

聞き慣れぬ単語に首を傾げた俺を見て、戸塚より先に一色が答える。お前には聞いてない。

 

「グラウンド使用の話し合いですよね?」

 

「そうそう。ほら、うちの学校、グラウンド狭いでしょ? 

それで運動部の部長が集まって、どの部活が何時グラウンドを使うか話し合うんだよ」

 

「そんなのあったのか?」

 

「うん。今年から」

 

「今年から?」

 

「えっと前はね、サッカー部と野球部とバスケ部が先に決めて、残った時間を他の部が使うって

感じだったんだけど……」

 

あれか。俺様ルールで仕切りたがるリア充どもの横暴ってやつか!

なんというわがまま気ままな三馬鹿部活。

なろう作品で酷い目に合わされる部活トップスリーのことだけはある。

最近読んだクラス転生ものでもバスケ部員全滅してたしなあ……。

いやマジでどんだけリア充体育会系に恨みがあるんだ、なろう作家。

 

「でもそれは良くないって生徒会から言ってくれて、それで一応、話し合う形になったんだよね」

 

一色を見やって戸塚が言うと、一色がうんうんと頷く。

 

「元々要望があったんですよね。一部の人たちだけで勝手に決めないで欲しいって」

 

一色は言うと、顔をきゅっと顰める。それを見て、思った事を口にする。

 

「そういうのって普通、顧問同士で決めるんじゃねーのか?」

 

「えっとですね。その三つの部って大会で準優勝したりして結構いい成績だしてるんですよ。

それでそれを理由に顧問の先生が自分の部の都合のいいようにしてたというか。

その……去年私の担任だった、バスケ部顧問の西崎先生なんかが」

 

「あー、話聞かない系の……」

 

「ですです。でもですね、それっておかしいじゃないですか?」

 

一色は握りこぶしをつくり、それをふりふりしながら熱弁をふるう。

身振り手振りを混じえつつ力強く訴えるその姿は妙に凛々しく感じる。

なんか「逆転裁判シリーズ 戦ういろはちゃん 覚醒編」ぽい絵面だ。

 

「例えば私がマネジャーしてるサッカー部ですけど、真面目に練習してるし成績も残してます。

けどだから優遇されて当然っていうのは、ちょっと違うと思うんですよ」

 

確かに、と思う。真剣にやってるから成績を残してるから偉い。というのはわかる。

部員を間近で見てる顧問がえこ贔屓したくなる気持ちもわかる。

わかるが、そうじゃないなら我慢しろというのは随分身勝手な話だろう。

そもそも学校の部活はスポーツの楽しみ方を教えるのが主題であったはず。

勝ち負けも確かに大事だが自分らで立てた建前くらい自分らも守れよって話だわな。

 

にしても意外といえば意外だな。一色がその手の事に首を突っ込むというのも。

なんつーかキャラじゃないというか、なあなあで終わらすタイプと見てたんだが。

そんな気持ちがつい顔に出てたのかもしれない。

一色は俺の表情を見て、気恥ずかしそうに頬を掻く。

 

「私も去年、似たような事されましたし……。それでこう、自分とだぶりまして」

 

一色の言葉にピンとくる。ああ、生徒会選挙のことか。

他人の勝手な都合を、まあ一色の場合悪意だったが、押し付けられた経験のある一人として

見過ごせなかったという訳か。そうした動機はどうあれこれは一色が正しいだろう。

結果として、他の部の助けになったことだし。

案外ちゃんとやってんだなーっと感心しつつ、気になった事を聞いてみる。

 

「つーか、生徒会主導なら、お前いなくて良かったのか?」

 

一色ははてっとばかりに首を傾げる。

 

「だって、勉強会ありましたし」

 

「いや、そっちのほうが大事だろ?」

 

「そんな事ないですよ。どっちも大事です。それにほら、先輩に数学教えないとですし」

 

ええ……。俺を茶化してばっかで、教えてねーだろ、お前……

 

「そうですあれです。他の役員の子達にも活躍の場を与える感じです! 

トップはこう、どっしり構えてないと!」

 

どうです?偉いでしょ?褒めてもいいですよ?とばかりのドヤ顔で胸をはる一色。

感心したのも束の間、その姿についつい呆れた声が出てしまう。

 

「お前のそれ、丸投げとか下請けいじめと同じだと思うんだが……」

 

「そんな事ないですよ! ね? 戸塚先輩」

 

急に話をふられた戸塚が困った顔で身を捩る。

 

「う、うん……。そうだね」

 

戸塚は言うと、たははと力なく笑う。

そんな事ありそうな戸塚の反応。それを見て俺は更に問うてみる。

 

「どうなんだ? 戸塚。ホントのところは」

 

戸塚は一色をちらちら窺いながら、こそっと耳打ちしてくれる。

大丈夫だ、戸塚。お前は俺が守る!

 

「う、うーん…。本牧くん、各部の間に立ってスゴく大変そうだったけど……」

 

ほらやっぱり。本牧は犠牲になったのだ……一色の流儀……その犠牲にな……

胸に手を当て星になった本牧を悼んでいる俺と気まずそうに顔を逸らした一色を見て

戸塚が慌ててフォローに入る。

 

「や、でもね、ほんと助かったんだ。僕んとこみたいな弱い部が何を言っても

聞いてもらえなかったからさ。ありがとね、一色さん」

 

戸塚は言うと、ぺこりと頭を下げる。さすが俺の戸塚。礼儀正しい。

一色も慌ててぺこぺこ頭を下げ、「顔上げてくださいよ~」と困ったような声を出す。

そして二人揃って顔を上げると、見つめ合いにっこりと微笑み合う。

青春映画のワンシーンのような、心温まる光景。

でもなんだろう、この疎外感。胸がモヤモヤする。

置いてきぼりとは違う感じだが……。はっ、そうか! これがネトラレって奴か!

このままじゃマズイ! と危機感を覚えた俺は二人の間に割って入ることにした。

 

「そういや戸塚。なんか用事があったんじゃねーのか? まあ無くても全然いいんだが」

 

いやホント、用事が無くても毎日会いたい。むしろ俺が会いにいく!

 

俺の問いかけに、戸塚はぱちんと両手を合わせる。

 

「そーそー、あのね、映画見にいかない?」

 

「映画?」

 

「うん。学校に来る途中、ビルに貼られた広告みてさ。えっと、『君の名は』って映画」

 

あー、そういやそろそろ公開時期だったか。最近あれこれあってすっかり忘れてたわ。

 

「前にさ、八幡言ってたじゃない? 新海監督の作品好きって」

 

覚えててくれたのか……。日常のほんの些細なやり取りで口にした俺の言葉を。

なんだろう、すごく嬉しい。

 

「八幡がさ、何か好きっていうの殆どないから、珍しいなって思ってたんだ」

 

あー、なるほど。確かに俺が口にするのは愚痴やら不満ばっかだしな。でもちょっとショック。

 

「いいぞ。俺も観たいと思ってた映画だし」

 

「ホント! よかったあ。きっと楽しいよ!」

 

戸塚に嬉しそうな顔をされると、俺の顔もついほころんでしまう。

 

「ああ、だな!」

 

まあ戸塚と一緒なら例えマンホールの蓋を眺めても楽しめるに違いない。

丸いね!とか硬そうだな!とか語り合う、そんな感じで。

しっかし戸塚と映画かー。去年の夏以来だな。あの時も楽しかった。

とはいえ映画の内容は全く覚えていない訳だが、などと思い出に耽っていると、

戸塚が不吉な事を口にする。

 

「もちろん、一色さんも一緒に!」

 

「いいですね! 私も観たかったんですよ!」

 

なに!? それは困る。俺は戸塚と二人で、二人きりで映画を観たいのだ。

正確に言うと、映画を観る戸塚を見ていたい。

なので一色には、フィールドアウトしてもらうことにした。

 

「いや、一色は帰るぞ」

 

「帰りませんよ! なに言ってるんですか!」

 

俺の言葉にぷんすかと怒り出す一色。一色はどうやらカルシウム不足のようだ。

仕方がない。ここはひとつ……

「ちょっとすまん」と戸塚に一声かけ、一色を部屋の隅に連れて行く。

そして、説得にかかる。

 

「いいか? 一色。よーく聞け。戸塚と一緒に映画とか、AKB48全メンバー引き連れて

渋谷の街を闊歩するのと同じくらいのビックイベントだ。

お前にはまだ早い。わかるか? わかるだろ? わかれよ!」

 

誠心誠意心をこめて言ってみる。

が、一色には上手く伝わらなかったようだ。不貞腐れた表情でじとっと俺を睨んでくる。

 

「なんですかそれ、知りませんよそんなの」

 

一色は言うと、ぷいっとそっぽを向いてしまう。

 

なにー? 一色、お前まさか、AKB48知らないの? マジかよ。結構有名だと思うんだけど?

えっとね、小太りでバンダナ巻いてリックサック背負ってる人達と握手するお仕事をしてる

女の子のグループだよ。

たまーに歌ったり踊ったりするけど、メインは握手。後、選挙。などと事細かに説明したのだが、

一色は納得してくれなかった。

困ったな、どうしようと悩みつつ、違う方向からアプローチしようと試みる。

 

「つーか三人だと、毎回俺、仲間外れになるんだよ」

 

遠い目をして口にした俺の言葉に、一色ははっとした表情を浮かべる。

察しが良くて結構。でもなにを察した。

 

「ほんといつの間にか、二人組+一人になるんだよなあ」

 

ほんとなんでだろ。最初は並んで歩いていたはずなのに、俺だけ段々後ろを歩く事になるし。

それで会話にも入りづらくなり、話す言葉も「なるほど」「確かに」「だな」の三つのワードで

事足りるようになってしまう。

しかもそうやって口にした言葉も、実は誰も聞いてなかったりする。

どうしよう、言ってて悲しくなってきた。

一色は一色で、なんか俺を可哀想な目で見てくるし。いやマジやめろよ、その目。

俺の話を聞いた一色はこれまで見たこともないくらいすごーく優しい表情を顔に浮かべる。

そして、その表情と同じような優しい声で言う。

 

「大丈夫ですよ、先輩。私は先輩ともちゃんと話してあげますから。だから大丈夫です」

 

全然大丈夫じゃねーよ。むしろ大ダメージだよ。

 

その後も俺は一生懸命ごねてみたのだが、結局、戸塚を味方につけた一色に押し切られてしまう。

そうして俺たちは映画を観に、千葉へと向かった。

 

 

 


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