やはり俺の数学教師が一色というのは間違っている   作:町歩き

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戸部論

困り顔で窓の外に目をやる一色を見て、言葉が足りなかったように思う。

ので、その横顔に話しかける。

 

「えっとな、一色。さっきは受験の役に立たんと言ったが、あまりであって全くではないぞ」

 

ほんの少し表情を明るくし、一色がこちらを見る。ほっとしつつ、言葉を続ける。

 

「例えば小論文試験なんかは、きちんとした文章が書けるというのが重要な事だしな」

 

言った瞬間、一色は表情を暗くし肩をガクッと落とす。

なぜか戸塚も戸部も同じように肩を落としている。

そして三人が三人とも「論文苦手」「そもそも文章が苦手」「感想文も苦手だった」などと

口々に愚痴り出す。

 

「まあ一色も本を読めるようになってきたし、感想文書いて文章に慣れていきゃいいだろ」

 

言ってはみたものの、一色の表情は暗いままだった。

 

「まあそうなんですけど……。でもなにを書いたらいいかわからないんですよね」

 

一色は言うと、ちろっと上目遣いで俺を見てくる。

ふむ。これはアドバイスを求められているな。

仕方がない。俺はお前にもらえなかったが、俺は与えてやろうじゃないか。

 

「いいか、一色。喜怒哀楽は誰にでもある。感想もそこにある。

ただ一色の場合、自分の思ったことを文章にすることに慣れてないだけだと思う。

だから取り敢えず、思ったまま感じたまま書けばいいんじゃねーか」

 

さらに言ってみたものもその表情は晴れず、むしろ困り顔になる。

 

「でもお、変なこと書いたら笑われないかなって…」

 

一色は言うと、また俺をちろっと見てくる。

これ以上のアドバイスは料金が発生してもおかしくない。

が、俺は優しいので無料で教えてあげる。

 

「感想は意見じゃなく主観だから、別に変な物であってもいいんだよ。

そもそも物事への感じ方は個人個人で違う訳だし。変だっていう方が変な話だ。

まあそうは言っても、何か凄い映像を見て「ヤバイ、ヤバイ、ちょーヤバイ」って言う奴と

同レベルの感想は、ちと困るな」

 

俺の言葉に、皆が一斉に戸部を見る。

皆の視線を受けた戸部はなぜか頬を染め「ヤバくね!」と口にする。ヤバイね。

戸部はどうでもいいので何事もなかったように話を続けることにした。

 

「それでな、思ったこと感じたことを文章化するのにはセンスがいるんだよ。

センスのある奴は何もしなくても書けるけど、無い奴はそれを補うメソッドを覚える必要がある。

一色がさっき口にした読書感想文の問題は、センスが無い奴への十分な仕込みをしないまま

家で書いてこいよーって宿題にして丸投げしてること」

 

「これで書けない。文章を書くの苦手。苦手だから書くのを避けてますます感情を文章化する

メソッドが身につかない。そんな負のスパイラルがスタートしちまう」

 

「先輩はその、どうでした?」

 

「俺か? 俺もまあ子供の頃から本はよく読んでいるが、感想文というのは苦手だったぞ。

なんつーか食事と同じで、読んでる最中は何も考えず夢中で味わってるだけなんだよな。

だから感想なんて求められてもせいぜい「面白かった」としか答えようがないんだよ。

何か料理を食わされてその感想を求められても、「おいしい」としか答えられないのと同じで」

 

「なんで最初のうちは、アマゾンでもなんでもいいから他人のレビューを読んでみる。

文章が上手い人もいれば下手な人もいるから、そのどちらとも参考にして、自分でも書いてみる。

そうやって書いていけば、徐々に読める文章から読ませる文章が書けるようになる。と思う」

 

そこまで言うと、烏龍茶に口をつける。

喉を潤していると、戸部が目を丸くしてこっちを見てることに気付く。

なんだよ?と視線で問うと、戸部はニッと笑って応えた。

 

「つーか、ヒキタ二君。普通に喋れるじゃん!」

 

いや、喋れるぞ? こいつ俺をなんだと思ってたんだ。

 

「まあ結局は慣れだよね」

 

葉山が上手く〆ると、俺に向かってにっこり微笑む。

 

「順序立ててやってるんだな」

 

「急に論文だと難易度高いからな。少しずつちょっとずつ、やってる」

 

「そうか」

 

葉山はいうと、なんか優しい目で俺を見てくる。

なんだよ……とジト目で対抗していると、戸部が不貞腐れた顔で口を開く。

 

「そもそもさー、小論文なんかいらなくね?」

 

戸部は言うと、「なっ」「なっ」と皆に同意を求めだす。

俺らが全くだ!と同意しても無くならんと思うがと呆れていると、戸部の心の友、葉山が

優しく諭すように言う。

 

「えっとな、戸部。小論文試験には大学で学ぶために必要な能力があるのかどうか

見極める目的があるらしいよ」

 

葉山の言葉に、戸部は理解出来てないのがまるわかりのきょとんとした表情を浮かべる。

女の子がきょとんとすると可愛いのに男がすると殴りたくなるのはなぜだろう? と

そんな事を考えていると、葉山が頑張って説明を始める。大変だな!

 

「言い換えると、応募する大学の学部・学科で学ぶために必要な知識、理解力、

分析力、構想力、表現力があるのかどうかの判定資料ということ。

だから俺たちは「自分こそがこの大学・学部・学科に入るべき受験生である」と

アピールする必要があるんだと思う」

 

葉山の説明を聞いた戸部は、「それな!」と「どれだよ」と突っ込みたくなることを言う。

必要性は認めたようだが、それでやる気が湧くかは別物。

その証拠に「でもめんどくせ~」とブツブツ呟く。

 

まあ自分の選択した人生で文句を言う先は自分だし、好きにすればいいと思う。

努力しないというのも、一つの選択肢ではある訳で。

何かの幸運でそんな奴を拾っていい目を見せてくれる可能性もゼロではない。

それを待つより努力して自分から望むものに手を伸ばした方が簡単で早いと思うが、

無理かもしれないし無駄かもしれないのでそうしろとはいえない。

 

思いつつも困り顔の葉山を目にすると、少しは助けてやるかという気持ちになる。

これがめぐりん効果かなどと考えながら、戸部に話しかける。

 

「まあ戸部もどんな手を使ったか知らんが、ウチの高校には入れた訳だ。

そんな、奇跡も魔法もあることを体現したお前なら、やればできんじゃねーか?」

 

「ヒキタ二くん、そう思うん?」

 

なぜか嬉しそうなキラキラした顔で戸部が聞いてくる。

割と酷いことを言ったつもりだったのだが、戸部は気づかなかったようだ。

 

「まあうん。わかんねーけど」

 

適当に返事を返すと、これまたなぜか戸部のやる気に火を点けたようだ。

「ありがとな、ヒキタ二くん」とお礼を言われ、二カっといい笑顔を見せてくる。

こう見ると、やっぱ素直な奴なんだなとは思う。

思うのだが、取り敢えずお前は俺の名前をちゃんと覚えてくれ。

じゃないと礼を言われても素直に喜べん。

 

まあ、個性は欠点からしか生まれない。という言葉もある。

戸部のこのうっとおしさも煩さも、戸部を形作る大切な要素のひとつひとつと考えれば

許せなくもない。

実際、無口で静かな戸部とか、戸部であって戸部ではないだろう。

 

そんなどうでもいい戸部論を考えつつ席を立つと、「そろそろ帰るわ」と皆に告げた。

 

 

 


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