ポイ。金魚掬いで使用される和紙を貼った枠。モナカの場合もあり。
自分のとこはモナカばっかで、みんなモナカって呼んでたので念のため。
「じゃあ、めぐりさん。明日、学校からそのままめぐりさんの家に、向かえばいいんですよね?」
『うんうん』
「でも、夏祭り行くんですよね? じゃあ、着替えもっていきますね」
『あっ、いいよー、制服で。うーんと、その……。うん、大丈夫!そのままで平気だよ』
えっ、いいの? お祭りでせっかくなのと前に褒めてくれたのもあったから、
この前とは柄違いの甚平、もっていこうと思ってたんだが……
まあ、俺の格好なんか誰も気にしないだろうし、いいのか。でもちょっと悲しい。
「分かりました。じゃあ―――」
× × ×
一色を送った帰り道、その途中、めぐり先輩から電話が掛かってきた。
スマホ片手に話をしながら、家路に着く。会話の大半は、明日二人で行く夏祭りのこと。
「金魚掬いが好き!」というめぐり先輩。たが先輩は、これまで一度も掬えたことはないらしい。
『ポイがさ、もろすぎるんだよね! もっとこう頑丈なのにしないとだよ』
「いや……。それじゃ全部掬われちゃって、商売にならないからじゃ」
『そうだけどさー』
めぐり先輩が不満げな声を出す。
その声を聞くと、ぷくっと頬を膨らませていた先輩の顔が思い出され、頬が緩む。
顔見たいなぁ…なんて、思ってしまう。
「でも掬えなかった場合でも、一匹金魚、もらえるじゃないですか?参加賞みたいな感じで」
『うんうん。でもそれって、かわいそうでしょ? 今までたくさんのお友達といたのに、一人ぼっちになちゃうし』
一人ぼっちはかわいそうか……。
これまでの自分を振り返り、そういう目で見られてたのかと、そんな卑屈なことを考えてしまう。
『だからね、寂しくないように、二匹は掬ってあげたいの』
その言葉に、嬉しくなる。笑みがこぼれる。。
俺は、一人が好きだし一人でも平気だ。それでもやはり、一人のままは寂しいと思う。
だから、一人の俺に手を伸ばし掬いあげてくれた先輩に感謝してる。
なので少しでもそのお返しをと考え、声を出す。
「そんときは俺も掬いますよ。そうすれば二匹になって、番になりますし」
いうと、めぐり先輩は嬉しそうに笑ってくれた。
ちゃんとお返しできたこと。それでまた嬉しくなる。
会話も弾み、話題も尽きない。ああ、楽しいなあ……。
そうやって夏祭りの話をしていると、懐かしい思い出が蘇る。
そう、夏祭りといえば中学時代、近所のお祭りに行ったら同級生の女子とすれ違った。
特に挨拶も会話もなく単純にすれ違っただけなのだが、なぜか夏休み明けに
「あいつ私のストーカーしてる!」と言い触らされひどい目にあったことがある。
うん。これは懐かしい思い出つーか忌まわしい記憶だな。
まっ、そんな嫌な記憶なんぞ、明日のめぐりんとのデートで消し去ってやるぜ!
などと思っていると、我が家に到着。
玄関で話しながら靴を脱いでいると、小町が二階から降りてきた。
「お兄ちゃん、おかえり~」
「おう、ただいま」
「電話中?」
「あー、うん。なんか用か?」
振りかえり小町に尋ねる。と、受話器の向こうからめぐり先輩の声が聞こえた。
『八幡くん。家に着いたなら、電話切ろうか?』
「えっその、まだ俺、全然話し足りないんですけど……」
『~~~~っっっ!!』
「お兄ちゃんがやり手になってる……」
いやいや、何言ってるの小町ちゃん。お兄ちゃんはまだまだピチピチのチェリーよ?
『八幡くん待ってるから、小町ちゃんのお話、聞いてあげて』
「あっ、はい。すいません」
『はーい、ごゆっくり~』
めぐり先輩の許しを得たので、小町に視線で話を促す。
小町はなにやら恥ずかしげな様子で、もじもじしながら声を出す。
「んとね、お兄ちゃん。明日の夏祭り、一緒にいかない?」
おいおいどうするよ?妹からのデートのお誘いだぜー!
高校に入学してからこっち、そろそろお兄ちゃんには妹離れしてもらわないと、とか言って、
俺に冷たかったのに。
ははん、小町はきっと、八幡不足に陥ってしまったんだな。
気持ちは分かる。俺もここ最近、小町不足を感じていたし。
云うならば、お薬頂戴状態な訳だ。
とまあそれならここで兄の大切さを再認識させ―――と、ちょっと待て?
さすがに妹同伴でデートとか、不味くないか? いくらここが千葉とはいえ。
つーか、どう考えても不味いよな。
仕方ない。ここは涙を飲んで小町とのデートは断るか。くぅ~辛い、辛いよお。
「わりい、小町。明日はめぐりさんと行くんだわ」
「そかぁ……」
俺の言葉に、小町は肩を落とし、がっがりした声をだす。
これはいかん! 比企谷家の太陽に翳りが!
ちょっとめぐり先輩に聞いてみようかしら。
まるでラノベから飛び出したような、そんな優しいめぐり先輩なら、案外OKかもしれんし。
というわけで、めぐり先輩に聞いてみることした。
「めぐりさん、ちょっといいですか?」
『なーに?』
「明日の夏祭り、妹も一緒でいいですかね?」
『………』
返事がない。やっぱ不味いのか。
どうしよう……と困っていると、めぐり先輩の声が聞こえた。
『ご、ごめんね。あの………。嫌とかじゃないんだけど』
「や、なんかこう、すいません」
『違うの!そうじゃなくってね。その………明日はね、二人がいいの、二人きりがいいというか、
二人じゃないとダメなの』
なんかスゴく、嬉しいこと言われてる。
「そ、そうですか」
『うん…。その、小町さんと代わってくれる?』
言われたので、小町に代わる。
「小町です。城廻先輩、こんばんはー。え? あー、はい、それがですね、えーと………」
小町は喋りながら、どんどん俺から離れていく。
仕方なく、話し終えたらスマホを部屋まで持ってくるよう小町に伝えると、二階へと上がった。
× × ×
いろは先輩からの依頼、夏祭りに兄を連れ出すというその依頼を達成するために、
小町は頑張ろうとしたのだ。したのだが。
この前ウチに来たとき初めて見た城廻さんの印象は、ぽわっとした優しそうな人。
その印象に違わず、小町にもフレンドリーに接してくれた。
そして今もそうしてくれているのだが……。
『だってね、酷いんだよ。八幡くん、なんにもしてくれないの。私、まってるのに』
いやちょっと、フレンドリー過ぎません?
女の子同士とはいえ、あけすけというか、開けっ広げというか。
「そ、そうなんですか?」
『うん。まあ付き合ってね、そんなに経ってないけどさ。
それでもね、結構会ってるんだし、なにかあってもいいと思うでしょ?』
「ええ、まあ……」
『こっちからはさ、なんかこう、して欲しいって言いにくいし』
「ですよねえ。はい、気持ちはわかります」
『だからね、明日は頑張ってみようと思うの。誘惑?っていうのかな?そういうのをしてみようかなって』
「ゆ、誘惑ですか……」
『うんうん。それでね、今勉強中なの』
べっ、勉強?? どんな??
聞きたいし聞いたら答えてくれそうだけど、聞くの怖いなぁ。
それにしても城廻先輩って、真面目にやる気満々というか、真面目だからやる気があるというか。
なんて言えばいいんだろう、こういうの。
ていうか、お兄ちゃんもお兄ちゃんだよ!女の子を待たすなんて!
まあヘタレだし、仕方ないかなぁ……って、ほんとうに全くなかったのかな?
中学の頃はお兄ちゃんって告白魔って影で呼ばれるくらい、いろんな子に告白してたのに。
それにまあ年頃なんだし、全然ってこともないような。
そう考えると気になってしまう。なので聞いてみることにした。
「兄からはその~、なにかしていいですか?っていうのも、なかったんでしょうか?」
『ん? あったよ』
あったんだ!? えっ、あったの? で、どんなの?
気になったのでさらに聞いてみる。
「えっと、差し支えなければなんですけど……。兄はどんな感じのことを、その……、しようとしたんですかね?」
『んとね、付き合ってすぐに、キスされそうになって』
早い! 早いなー、お兄ちゃん。早すぎだよ。
『でね、そんときはまだダメ!ってして、今度ねっていったのね』
あー、それでブレーキ、かかちゃったのかな?
「そうですよね、はやいですよね」
『うん、ちょっとね。別に嫌だった訳じゃないんだけど、こう、ね』
「はい」
『でもね、そしたら今度は、その今度がないの』
「なるほど」
なんか分かる。
準備万全じゃないから今は断ったのに、準備万全にしたら今度はこない。
そういう感じかな。
『あとね。他にもあってね』
おお、まだあるんだ。お兄ちゃん結構攻めて行くタイプなんだなあ……。
『抱っこするから膝に乗っておにぎり食べて欲しいって、お願いされたの。
こう向かい合ってね、食べてって』
え? おにぎり? 抱っこで? 向かい合って? んんん???
頭を疑問符で満たしながら、結局それからしばらく、小町はお兄ちゃんと城廻先輩のノロケ話?を聞くことになる。
城廻先輩の声に耳を傾けながら、いろは先輩になんて言えばいいのだろうと、天井を見上げた。