1時間縛りなのでいろいろ雑。
博麗霊夢は巫女である。
巫女というからにはその属する神社がある。名を博麗神社という。
博麗霊夢は巫女である。
巫女というからにはその属する神社を守るのも仕事である。
神社があるからにはその立つ土地がある。そこを人々が訪れると訪れないとに関わらず、ただそこにあるのだ。
博麗神社には巫女一人しかおらぬ。ということはつまり、その掃除も仕事である。
神社があるからには賽銭箱がある。その中身が埋まる埋まらないに関わらず、賽銭箱はそこにある。
この寂れた感の強く、祭神も判然としない神社において、別段新しいわけでもないのに他のどこと比べても綺麗に磨き上げられたそれは、ややもすれば若干浮いた雰囲気を醸し出していた。
ところで、博麗霊夢は巫女である。それも博麗神社におけるものに留まらず、この幻想郷という土地そのものの巫女である。
裁定者たれ、天秤たれと"造られた"彼女は、生物に"真っ当な"感情を抱くことはない。
生物には。
*
博麗霊夢は上機嫌であった。求めていたものが人里から届いたからである。
柿渋。亜麻仁油。そして大量の古布。全てが霊夢の求めていた通りに届いた。
「――揃っているか?」
「ええ、きっちりとね。ありがとう、これで手入れに掛かれるわ」
霊夢は礼もそこそこに、湯の用意にかかった。
慧音は軽く息を吐く。巫女の奇行には慣れているが、これにはいつまでたっても慣れそうにない。
「では、体に気をつけてな」
「もちろんよ」
対物性愛というものは、歴史家を自認する慧音とてなかなか理解の難しいものであった。
大鍋に湯が沸く。古布がその中で踊り、汚れを吐き出してゆく。霊夢はそこへ無患子を投じた。たちまちに泡が立ち、吐き出された汚れが絡め取られる。
布が綺麗になれば、霊夢は湯を変え、今度は酒と霊力を注いで清めた。布は再び沈められ、引き上げられ、霊的な穢れすらもはじき出される。
これを丸一日乾かして切り刻むと、霊夢の求めた「うえす」なる布が完成する。
要するにある程度綺麗で、手のひらの三倍ほどの大きさに切りそろえられた古布たちであった。彼女はそれを神木から削りだした棒に巻くと、賽銭箱の元へ向かう。
「……おまたせ、今綺麗にするからね?」
賽銭箱のそばには、臨時に小さな石かまどが作られていた。
霊夢は湯の沸き立つ小鍋に棒を突っ込むと、賽銭箱の表面を真剣な表情で擦り始める。
砂埃を吸い込んだ油が削ぎ落とされる。
布を七枚、湯を三度換えたころ、賽銭箱はすっかり油と砂埃を削ぎ落とされ、随分と白くなっていた。
霊夢はほぅ、と息をつくと、今度は柿渋を取り出す。
今度は黒々と染まった棒に布を巻き、これに柿渋を垂らすと、賽銭箱へと擦り込む。
明らかに素人の手つきではなかった。玄人か、さもなくば、よほど経験のある素人だ。ごくごく薄く、むらなく綺麗に擦り込まれていく柿渋は、木目をより美しく浮き立たせた。
自らの手が汚れることなどまるで気にしない。棒を使うのはあくまで力が足りないからだ。
「……ふふ」
ずりずり、と柿渋を擦り込む。あたりには奇妙な雰囲気と、そして匂いが立ち込めた。汗でも柿渋でもない、別の液体の匂い。
仕上げに新しい布を取り出して擦り上げれば、柿渋の工程は終わった。
そして、亜麻仁油である。
霊夢は布を油に浸すと、待ちきれないといった様子で、自らの手で布を掴み擦り込み始める。
恍惚とした表情。息は荒く、まるで最愛の相手へ奉仕する乙女のようだ。
――いや、その表現は正しくない。
間違いなく、その姿は最愛の相手へ奉仕する乙女である。ただその相手が、賽銭箱であるというだけのことだ。
「ん……っはぁ」
油を擦りこみ終わると、霊夢は符を取り出した。二言三言呟けば、それはわっと燃え上がり火の玉と化す。
小さなささくれや吸い込みきれない油を、僅かに火を近づけることで焼くのだ。霊夢はこのためだけに、烏枢沙摩明王の火の扱いを覚えていた。
炙り、もう一度擦り、更に炙って、もう一度塗り込んで、霊夢はようやっと納得した。
*
気づけば夜であった。
霊夢は酒を持ち出すと、賽銭箱へ寄りかかるように座した。地べたに座ることなど、気にもならなかった。
「……あーあ、一緒に呑めないことだけは残念ね」
恍惚とした表情で、霊夢は笑う。
「乾杯」
徳利は一つ。猪口は二つ。
零れないように注ぐと、月を見上げて呑み干した。