そうして、一色いろはは本物を知る   作:達吉

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皆様お久しぶりです。今年もよろしくお願いします。
しばらく時間が空いたのでタッチが変わってるかもしれませんが、そこはご愛嬌ということで。
少なくとも今回の続きだけは、なるべく引っ張らないようにしたいものです。


■11話 つまり可愛いってこと

<<--- Side Hachiman --->>

 

 

「先輩って、真っ二つに切ったら二人に増えたりしませんかね?」

 

 俺の袖をカーディガンからちょこんと出した指でくいくいっとする後輩の物欲しげな目。「再生してみせろよこのウズムシ♪」と勝手にアテレコし、いい感じ…いや駄目な感じにゾクゾクしてみた。

 

 古くは日本で行われていたと言う牛裂き──要するに牛による大岡裁きのことだが、もしやそれを提案されているのではと、俺はこっそりタマヒュンしてしまった。

 

 裂けちゃう八幡。なにそれどこのチーズだよ売れねえよ。

 

 俺の身体はマジックカットじゃないので、どちら側のどこからも切れたりはしない。いや本家のほうもわりとそんな感じだったっけか。弁当に入ってるヤツの切れそうで切れない感ときたら、「マジでカッとなる」の略だとしか思えない。

 どうしてわざわざ揚げ物の傍にそっと添えるの? なりたけのギタギタにでも張り合ってるの? ご飯の横に置いたらいいじゃない、心配しなくてもご飯にソースかける馬鹿は居ねえよと、そう思うのは俺だけではないはずだ。

 

「ホントはもっとお話してたいんですけど、わたしちょっとだけお仕事があるのでー」

 

 飲んだ後に仕事をして帰るとか抜かすブラックOLのようなセリフをのたまった一色は、

 

「じゃ、先輩。あとで顔出しますので。あっ、帰ったりしたら酷いですよ?」

 

 そう言って何度かこちらに振り返りつつ、胸元でこちらにぐっぱーしてから去っていった。

 

 袖から顔を出した細い指がにぎにぎされる様子は、あどけなさと可愛らしさをミリ単位で計ったような仕草だ。でもその「酷いですよ」は「酷い人だと思っちゃいますよ」ではなくて、「酷い目に遭わせますよ」なんだろうな…。

 そう思うとどんな顔をしていいのか分からず、結局口をへの字に結ぶしかなかった。

 

 そう言えば、今日もあいつと一緒に帰るのだったか。ものの弾みで二人きりになるのとは明らかに異なる、明確な予定。若干もにょい気分にもなろうというものだ。

 

 まあ、嬉しくないことがないこともなくない、と思う。

 

 例えばこれがテレビ番組の企画と分かっていても、アイドルとご一緒させて貰えるなら、誰だって首やら鼻の下やらをニョキニョキと伸ばして約束の刻限を待つことだろう。加えてビジネスライクな関係であることがハッキリしているからなのか、俺自身、思っていたほど辛く苦しいということはなかった。

 

 一色は俺に身の安全を保障してもらい、俺は自身の安全のために事態解決のための立場を得る──。あれ、これWIN×WINじゃなくない? いろはすの2WINじゃない? 3本勝負ならもう俺の負けじゃない?

 

 勝ち負けはともかく、一色自身がご当地アイドルくらいなら務まってしまいそうなレベルなのがまた、実に度し難い。CBA48くらいならセンター狙えちゃうかもしれない。でも炎上しやすそうなキャラクターだよなあ、等と益体もない想像に達したあたりで、小さく口元を歪めている俺に気付いた由比ヶ浜が真顔で一言。

 

「キモいよ?」

 

 …あのですね、女子の言うキモイは君たちが思うほど軽い言葉じゃないんですよ。大阪の人にバカっていうよりダメージあるんですよ。承知の上ですかすいませんでした。

 

 そんな話題に事欠かない後輩が居なくなると、いつも通りに部室は三人分の気配で占められた。彼女の残していった空の紙コップに視線を投げる。いつか雪ノ下が不経済という表現をしていたが、ならばもう一つくらい買ってやった方がいいのだろうか。

 

 何となく視線を外せないでいると、不覚にも昨日のマッカンの事を思い出してしまった。

 

 頬に血の集まる感覚。

 すかさずセルフアイアンクロー!

 鎮まれ俺のイデア!

 

 ふと、手の平の隙間からこちらを見ている由比ヶ浜の目線を感じた。すぐに続くであろう罵倒をバッチコイと待機していたが、彼女はすぐにその目線を外してしまったようだった。

 

 顔にあてがった熊手を外してみる。俺の独り相撲に観客など既になく、雪ノ下は何事もなかったかのように…いや最初から俺など存在などしなかったかのように淡々と文庫本のページを捲り、由比ヶ浜は──あれ、どこいった?

 

「ねえ」

 

 細い指が油断していた俺の肩をきゅっと掴み、しかしすんでのところで漏れかけた喘ぎ声をかみ殺すことに成功した。

 

 やめて離して、声近いってうかいい匂いだしほら見ろどんどん寿命縮んでる。そうかそれが狙いか参りました。こやつ、いつから忍びの者に。胸が邪魔だから向いていませんね雪ノ下さんの方が適任です。

 ついつい忍者適正を確認したがる目線と再度紅潮していく顔色を強靭な意志の力でねじ伏せていると

 

「いろはちゃん、可愛いよね」

 

 由比ヶ浜はそんな意図の読めない同意を求めてきた。

 

 

 彼女はどんな答えを期待して、こんな事を言ったのか。

 

 女子の"可愛い"は基本的に男子の考えるソレとは異なる。彼女らは流行に聡いものを「可愛い」と呼び、話が上手いものを「可愛い」と呼び、肌と髪が綺麗なものを「可愛い」と呼ぶ。

 

一方、男連中にとっての「可愛い」はとても単純で、頭に「顔が」をつければ完成だ。流行に聡いものは「センスがいい」、話が上手いものは「おもしろい」と評する。表現が難しい時は、きちんと「雰囲気が」などといった前置きをつける。

 我々が単独で「可愛い」という表現を用いるのは、あくまでもルックスに対してなのである。

 

 ちなみに、女子は肌や髪に命を掛けて手入れをするが、男子はそれについて言及することはなく、そんな男子を女子は気が利かないと(なじ)るわけだが、ならばと褒めたりすれば、今度は間違いなく変態扱いされる。

 これは心底、理不尽極まるアルゴリズムである。

 

 さて、何でもかんでも同じ言葉でまとめてしまう女子の表現は、一見するとあまりに適当に過ぎるようにも思えるものだ。しかし彼女達の言う「可愛い」というワード、これは「チャームポイント」という単語に置換が可能である。日本語に直せば「魅力的なところ」だろうか。そう考えれば何もおかしい事はないだろう。

 ならばむしろ、男の方こそが言葉不足なのかもしれない。可愛い子を紹介して欲しければ、はっきり「顔が可愛い子」と言ってやらないとダメなのだ。まあ言ったら言ったで、返ってくるのは承諾ではなく毛虫を見るような目なのだが。

 

 ともかく、女子が紹介する「可愛い」子が、我々男子にとって必ずしもそうでないという不一致の原因はここにある。偉そうに語るソースは俺。小町が見せてくる「可愛い」子の写真は、いつも首を傾げさせられる。小町より可愛い女子がそうそう居るわけもないので、これは根拠としては弱いかもしれない。おっと、今の八幡的に超ポイント高い。

 

 杭打ちの足りないマンションに走る亀裂よりも根の深い、男女の間に走った認識の差という名の溝。それが邪魔をして、由比ヶ浜の質問に俺の認識を正しく伝えるのはとても難しい──と思ったのだが。

 

 よくよく考えると一色いろはという後輩の女子は、

 

 流行に聡く

 話が上手く

 肌と髪が綺麗で

 そして当然のように、顔も可愛かった。

 

 つまり可愛いってことですね。

 

 認めるのが悔しいので長々と頑張ってみたが、出てきた結論があまりにこっ恥ずかしかったので、

 

「まあ小町には負けるけどな」

 

 と最強のカードである比企谷王国のプリンセスを引き合いに出して誤魔化した。

 

「小町ちゃん妹じゃん」

 

 当たり前すぎる返事が返ってきたので、俺も当たり前のツッコミをする。

 

「バッカ、妹だからいいんだろうが。もしも小町が赤の他人だったら、片思いしているうちに彼氏ができた事を風の噂で聞いて2、3日引きこもったあげく逆恨みして苦手になっちゃうに決まってるだろ。ちょっとまて彼氏とかお兄ちゃん許しませんよ。ほら妹で良かった」

 

 何が良かったのだろう。

 立て板に水の如く流れ出た王国の公式回答を受け取った由比ヶ浜は、そうなんだ…と肩に置いた手を引き、ついでに身体も引いて見せた。

 さっきは触るなっていったけど、そういうリリースの仕方は傷つくから、八幡やめて欲しいな。

 

「家族からのセクハラは性的虐待に分類されるって事、小町さんに教えてあげた方がいいのかしら」

 

「やめてくださいお願いします」

 

 このまま行けば、来年には小町が総武高に入学してくるだろう。雪ノ下の洗脳教育を避けるため、考えよう、いま兄にできる事。今度、夜中に人生相談でも持ちかけてみようか。それこそセクハラで俺が家から追い出されますね。

 

「小町ちゃんはおいておいてさ、いろはちゃんは?」

 

 なおも食い下がる由比ヶ浜。

 これはどうせ否定したところで「そんなことないでしょ」と来るパターンだ。女性との会話は時に予定調和をなぞるだけのこともある。だったら聞くなよと思わないでもないが、それが女という生き物だと妹にきっちり刷り込まれていた俺は、無駄な抵抗を諦めたのだった。

 

「まあ可愛いんじゃねーの? ストーカーが付くくらいには」

 

「やっぱヒッキーもそう思んだ…」

 

 やっぱという単語が出てきた割には、あまり釈然としない様子の由比ヶ浜。ところで、それだと俺も一色の事をストーキングしたいと思っているように聞こえるからやめようね。

 

「でも、一色の本命が葉山だってことは、わりと知ってるやつも多いだろ」

 

 あいつは人目を憚らずに葉山に対してちょくちょくアピールを繰り返していたはずだ。マラソン大会の時には葉山が応えるような素振りを見せていたし、告白の一件を知らない人間からしたら、三浦に次ぐ葉山の第二の彼女候補という認識になってもおかしくない。

 てか、第二の彼女候補って何だよ。H.Hめ爆発しろ。あれ、ここにもひとりH.Hが居ますね。うっわ、イニシャル完全に同じかよ気持ち悪いな。今すぐ婿入りして名字変えないと。

 平塚先生ならこんな俺でも二つ返事で貰ってくれるかもしれない。何よりちゃんと稼いでるところはポイント高い。いや、それでもH.Hのままですね。なにこれ呪われてるの?

 

 そう言えば、目の前の二人もまた、完全にイニシャルが一致して──ああうん、やっぱなんでもねーや。

 全く一致する素振りのない、とある箇所を素早く一瞥し、俺はイニシャル占いが出鱈目である事に強い確信を得たのだった。

 

「それでも男がたかるんだから、あいつホントすげえな…」

 

 傾国の美女、と評するにはやや幼い顔立ちだが、彼女の計算され尽くした言動から放たれる引力は、見切り技など存在しない。もしも小町が居なかったら、確実に俺の黒歴史が一ページ増えていたことだろう。

 きっといろはすの"す"は、サキュバスの"ス"に違いない。いや元々"す"なんてどこにもないだろ誰だよ最初にいろはすとか言ったの。呼びやすくて可愛いから困る。呼ばないけど。

 

「近いうちに変わるかもしんないけどね、それも」

 

 意味ありげに漏らした由比ヶ浜の言葉が気になってそちらに顔を向けたが、彼女は既に背を向け、雪ノ下との会話を始めていた。

 

 確かに、彼女がサッカー部をやめたという噂はすぐに広まるだろう。多少なりとも総武高の事情に通じている人間なら、葉山と何かあったと考えるのが自然だ。一色はフリーになったと思った男子がぼちぼち動き始めると、由比ヶ浜はそう言っているのだろう。

 

 しかし俺の脳裏には、いつかの帰り道に見てしまった涙が鮮明に残っている。

 

『わたしも欲しくなったんです』

 

 彼女はそう言っていた。

 

 …主語を省いたせいでそこはかとなく卑猥な思い出になってしまったが、細かい部分を思い出すと首を絞めかねないので割愛させてもらう。

 彼女が何を欲しがったのかは分からないが、少なくとも自分がかつて血迷って漏らした何かであるだなんて傲慢なことは、微塵も思っていない。

 おかしい…また卑猥になってしまったような気がする。高校生男子の想像力は世界一ィィ!!

 

 どうせ一色の答えを教えてもらったって、答え合わせすら覚束ない。そもそも俺自身の問題がうまく言語化できていないのだから。

 ただ──思うに一色は、まだ葉山を諦めていないのではないだろうか。

 

 彼女がどれ程の真剣さで恋愛に臨んでいるかは俺の知るところではないが、さっきも攻めるベクトルがどうのとか言っていたし、ともすればこれも一色流恋愛術における戦略的行動の一環なのかもしれない。彼女には恋愛に対してクレバーで居て欲しいという、醜い我が侭がまたぞろ顔を出しているという可能性も否定は出来ないのだが…。

 仮に俺の思い違いでないのなら、彼女がここでサッカー部と完全に縁を切ってしまうのは得策ではない気がする。早とちりだったとしても、迷惑の掛からない範囲で──。

 

 

 何とかした方がいいかもしれない、と思考のスイッチを切り替えたところで、すっかり暗くなった廊下に通じる扉を軽くノックする音が響いた。

 

「どうぞ」

 

 何故だか少しばかり重くなっていた部室の空気。それを入れ替えるように、心なしか張りのある雪ノ下の声で、扉が開かれる。

 

 やってきたのは俺と運命が違うことで定評のあるH.Hこと、葉山隼人だった。

 

「う、おわっ、隼人くんじゃん!」

 

 さっきまで話題にしていた相手が現れたことに動揺した由比ヶ浜が、教師が入ってきた事に驚く小学生のようにワタワタと椅子に座る。別に座ってなきゃいけないルールはないのだが、やはり俺も同じように気持ち深めに座り直して葉山を迎えた。

 

「やや、やっはろはろー!」

 

 いろんな意味でアバウトな挨拶をした由比ヶ浜に軽く首を傾げつつ、葉山は部屋の主にご機嫌を伺う。

 

「やあ。お邪魔しても?」

 

「…どうぞ」

 

「おう、探しに行く手間が省けた」

 

 女帝のお許しを得て椅子に座った葉山に、俺は身体を向ける。寒い中グラウンドに行かずに済んでラッキーだった。

 

「比企谷に歓迎されるとは思わなかったよ」

 

「ちょっと聞きたい事があったんで」

 

「何だか君にはいつも質問されてばかりだな」

 

 それは仕方がない。俺ではなく皆がこいつのことを知りたがるのだ。こんな活動をしてさえ居なければ俺と葉山が話をする機会など、シャーロット彗星の到来周期よりもレアリティの高いイベントだったはずである。

 

「一色の事でちょっと」

 

「…なるほど」

 

 お前の剣は見切った、とでも言いたげな顔にぴくりと眉が動いたが、これから頼みごとをしようというのだ、感情を極力殺して言葉を紡いだ。

 

「退部届け、預かったんだろ?」

 

「ああ」

 

「それ、ちょっと顧問に出すの、待ってもらえないか」

 

「…何故?」

 

 葉山だけでなく女子連中からも、もの問いたげな視線が向けられているのを背中で感じる。自分でも身勝手な解釈だと分かっていたので、足りない説得力をどこかの会長よろしく身振り手振りで誤魔化しながら、さも真実のように説いて聞かせた。

 

「アイツはちょっとここんところ色々あって疲れてるんだよ。別にお前のことだけじゃなくて、まあ色々とな。だから少し休んだら、また部活に戻りたくなるかも知れない」

 

 そう一息に言ってから、口数と説得力は反比例するという一般論を思い出した。

 

 じっとこちらを見る葉山、雪ノ下、由比ヶ浜。

 おっと気が付けばアウェイ真っ只中だな。

 大丈夫、問題ない。いつも通りだ。

 

「だから、退部はさせないでおけ、と?」

 

 どこか超然とした葉山の目つきに、まるで最強キャラの強さも知らず突っかかる噛ませ犬のような気分で──

まるででもなんでもないな──まさにその通りの俺は、食って掛かる様にして言った。

 

「別に試合に出るメンバーでもないんだ、問題ないだろ」

 

 部員と言ってもマネージャーだ。そもそもマネージャーという立ち位置がクラブ活動で正式に認可されたものであるのかというのも疑問である。認められているなら俺もマネージャーになりたい。マネージャーになって、気が向いたときだけ参加したい。

 

「ヒッキー、あのね」

 

 うーん、と苦笑いする由比ヶ浜はどこか大人びた表情で、駄々をこねる小さな子でも相手にするような空気を匂わせていた。

 

「いろはちゃん、たぶん──ううん、ぜったい、戻らないと思うよ?」

 

「なんで」

 

 言葉の端にやけに確信めいた何かを含ませる由比ヶ浜に理由を尋ねてみたが

 

「なんででも。だから余計なことはしない方がいいよ」

 

 と返されてしまった。

 全く理由の説明になっていないのに、やけに自信たっぷりの彼女の様子が気になったが、無視して葉山の説得を続ける。

 

「別に無理に続けさせろとは言ってない。戻りたい時に戻れる下地をだな──」

「比企谷」

 

 俺のプレゼンを遮った葉山の顔は、既に交渉の余地がないことを如実に物語っていた。そこから続く理由は至極明白。俺の独りよがりな依頼は出鼻から間違っていたと知らされる。

 

「無理だよ。さっき顧問に渡して受理されたから」

 

「何でそんなに仕事が早いんだよ…」

 

 無駄に仕事速いとかこいつ社畜の才能まであるのかよ。天は何物与えれば気が済むの?

 

「言われたんだ。今すぐ顧問に渡せって。誰かさんが余計な気を回す前にってね」

 

 咄嗟に最も可能性の高そうな容疑者の顔を見たが、その黄金聖衣をも凍らせるような目は「誰に断ってこちらを見ているのかしらこのプラナリアが」と語っているだけだった。ゾクゾク。

 

「口止めされているわけじゃないけど、一応依頼人に気を遣って、イニシャルI・I(アイ・アイ)とだけ言っておこう」

 

 なんだよアイアイって南の島のおさるさんかよ可愛いな。イニシャルまで気を回すとか、どこまであざといんだあいつ。

 

「すっかり行動が読まれているみたいね、誰かさん」

 

「うん、ヒッ(けん)3級くらいはいけるね!」

 

「なにそれお宝でも鑑定しちゃいそうなんだけど」

 

「ガラクタの目利きが出来るという意味では、似たような物かもしれないわね」

 

「どっちも役立たず…って上手い事言ってんじゃねえよ」

 

「そんなこと思ってないわ。ところで古物と愚物って、響きが似ていると思わない?」

 

「めっちゃ思ってんじゃねえか!」

 

 まあ当人がそう言うのだから、少なくともこの案で粘っても無駄だろう。

 先ほどの依頼を撤回しつつ、何か他に策はないかと考えを巡らせていると、少し表情を硬くした葉山が口を開いた。

 

「実は俺の話もそのことなんだけど」

 

 組んだ足を正し、膝にこぶしを握った手を添え居住まいを正した葉山は

 

「いろはのこと、よろしく頼む」

 

丁寧に頭を下げて見せた。

深い一礼は俺達の誰を相手にしたものなのか、いまいち要領を得ない向きだった。そんな葉山の姿に、愛娘を嫁に出すが如き哀愁を見て取ったのはどうやら俺だけではないみたいで

 

「貴方、いつから一色さんの父親になったのかしら」

 

と温度の低いお言葉が突きつけられ、二人の温度差に気流が渦を巻いたような錯覚を覚えた。

俺はといえば、葉山の話など十中八九、戸部関連のツッコミだろうと思っていたので「それはひょっとしてギャグで言っているのか!?」という顔を隠せず、対する葉山は

 

「もちろんこれは、俺が勝手にやっていることだ。いろはにバレたらますます嫌われるだろうな」

 

と聞いてもいない弁解を始めた。

そりゃ、一色が頼むわけもないだろう…ってかイニシャルトークどうした、もうバラしちゃうのかよ。

 

「一色さんの退部の原因であるところの貴方に、気を回されるような事でもないと思うけれど」

 

端から聞いているだけでLPがもりもり削られるような正論に、葉山は軽く苦笑して

 

「言ったろ、ただの自己満足だよ」

 

と寂しげな笑みで答えた。

こいつ俺よりドMなんじゃないだろうか。いやいや俺がそもそもMではない。それが証拠に責められている葉山を見ているだけで心が折れそうになっている。

 

「分かっているなら、そんなものに他人を付き合わせないで欲しいわね」

 

雪ノ下の空中コンボに捕まり帰ってこない葉山。

流石に同情が芽生え、華麗なエリアルを披露し続ける彼女を遮って言った。

 

「そこまで気にかけるなら、付き合ってやることはできないのか。影で頭を下げてやれる程の相手だろ?」

 

「それこそ、君に言われる筋合いはないな」

 

それを言われると反論のしようもない。下手な仏心は自分のためにならないものだと、しょーもない俺が黙っていると

 

「隼人くんさ、どう思った?」

 

相変わらず言葉が色々と足りない由比ヶ浜が質問した。

俺はまた無線通信が始まったのか、やっぱりヒッキーだけフィルタリングされているのでは、と震え、葉山はと言えばきちんと受信に成功したようで、それで充分とばかりに彼女に答えを返す。

 

「いろはは…大人だよ。俺なんかよりずっと」

 

マッ、いやらしい!

こいつがそんな風に言うと、いろはすのお味について言及しているように聞こえるのは気のせいですか気のせいですね(気のせい)

どうやら、いやらしいのは俺だけらしかった。いろはす味はみんなご存知、無味無臭。ちなみに俺はピーチ派である。

 

「そう思うのなら、こんな気を回すのも余計なお世話というものでしょう?どうしてわざわざ…」

 

相変わらず葉山には厳しいのな。

きっと子供の頃から姉がサンドバッグにする様子を間近で見てきたせいだろう。

 

「…こうでもしないと、自分が嫌いになりそうだから、かな」

 

葉山はそう言って、グラウンドの方に目を向ける。

もう練習は終わったのだろうか、絶えず聞こえてきた掛け声は途絶え、校舎は夜の静寂を迎える準備に入っていた。

遠いものを見るように細められたその目には、一体何が映っているのだろうか。

自己満足のために来たという彼の顔には、満足とは程遠い、苦々しい笑みがこびりついていた。

 

相変わらず持って回った言い方に雪ノ下は鼻を鳴らしていたが、頭を下げるのは自分のためだという物言いと、こいつにそうさせた一色への感心もあって、俺は短く

 

「そうか」

 

とだけ言葉を返した。

 

結局、選挙の時とは打って変わって、支離滅裂な応援演説をした葉山隼人は、足早に部屋から立ち去った。

 

 

<<--- Side Iroha --->>

 

 

「ふー、やっぱ調子悪い…」

 

しぱしぱする目頭を押さえて重い息を吐く。

大丈夫?と心配そうに声をかけてくれるであろうひと達は、残念ながらここには居ない。

一人きりの生徒会室は、いくら暖房をつけても拭えない寒さが充満しているようだった。

 

あれから、少し冷めてしまった紅茶を一気飲みしたわたしは、後ろ髪を鷲掴みされる思いでこの部屋へと移動していた。

勝手に帰らないようにと何度も先輩に釘を刺しておいたけれど、へいへいと適当に投げられた流し目は海岸で干からびたヒトデにも勝るやる気の無さで、ものすごい不安を感じる。

 

あまり遅くならないうちに切り上げて、あのヒトデ…じゃなくてあのひとの腕を捕まえてしまいたかった。

いつもなら手伝ってくれるように頼んだかもしれないけど、さすがにさっきの空気の直後でおねだりできるほど

心臓が強くなかったので、わたしはひとり、黙々とやるべきことをやっていた。

 

ほんとうは、この部屋でひとりきりになる予定なんてなかったんだよ…。

ただ、ちょっと最近仲よさげな某役員の男女から「今日は外せない用事が」と揃って連絡されちゃって、

ほっこりニヤニヤしているうちにまんまと逃げられたって、ただそれだけのことで。

 

たまにクラッシャー呼ばわりされたりもするわたしだけど、それはカレシの方がカノジョを放ってわたしに寄ってくるから壊れるのであって、上手く行ってる二人を邪魔なんてしないし、したことだってないんだよね。

 

要するに、最近けっこう気を遣っているんですよー、というハナシ。

 

すっかり真っ暗になった廊下に生徒の足音はない。

型落ちノートPCが立てる無駄に大きなファンの音をBGMにひたすらキーボードを打つ。

なんでも今度、警察が総武高(ウチ)で交通安全教室?だかを開催するそうで、今度はその準備を生徒会に丸投げされていた。

 

「小学生だけでいいよー、そういうのはー…」

 

生徒会というのは華やかで権力の香りがする組織だけれど、実際のところは事務方のアルバイト部隊というのが今のわたしの認識。そんな中で職場恋愛なんてされた日には、これはもう正直、逃げ出したいレベルだ。

 

「まっ、それでもやることやりますけどねー…」

 

推してくれたひとがいるから。

大事なつながりだから。

…バイト代出ないけど…くすん。

 

がたっ!

 

急に部屋の扉が音を立てた。

 

「きゃっ!」

 

慌てて机の角に膝を打ちつけ、鈍い痛みに顔をしかめる。さすりながらそちらを見ると、扉は不規則にがたがたと動き続けていた。

はっとして身構えたけれど、この扉には鍵を掛けてある。さっきも確認したから間違いない。まるで開かない扉を揺すっているよう。緊張に肩をいからせながら観察していると、はたしてそれはこの部屋で良く見かける現象であることに気が付いた。

 

なんだっけ、気圧差とかの関係で、立て付けの悪い扉が空気に揺さぶられているとか。怖がる書記ちゃんに、副会長がドヤ顔で教えてたっけ。

 

「あーもー!だから早く直してって言ってるのに…」

 

わざとらしく声を出して何ということもないと確認してみたけれど、身体に入った力は抜けてくれない。

今のがきっかけで、一人で居ることが恐ろしいと思ってしまった。色々な事が重なって、思い出す余裕も無かったのだけど──

 

(ダメ…こわい……)

 

一度目を覚ました感情は、もう自分では押さえ込む事ができそうもなかった。扉に釘付けになったままの視線が逸らせない。背中を向けている窓には、カーテンをしていただろうか。いまこの瞬間、ベランダから覗かれているのではないか。

 

ふと、トリックアートでも見ているかのように、扉がグルグルと回転しているように感じた。

鼓動にあわせて頭がズキズキと痛む。

 

「あれ、なんか、ヘン…?」

 

一瞬、怖さのあまりおかしくなったのかと思ったけれど、いくらなんでもそれはない。得体の知れない恐怖を一旦おいて、目の前に迫った身体の不調の深刻さになんとか意識を向けてやると、手足が鉛でも詰め込まれたかのように重たくなっている事に気が付いた。

 

「え、うそ…でしょ…」

 

軽いパニックを起こして鼓動が早まり、それに合わせて刺し込むような頭痛のピッチも上がる。

痛みで頭がまともに回らない。

少し、まずいかもしれない。

 

強がらずに助けを呼ぶべきだと思ったわたしは、頼みの綱であるスマホを探してポケットをまさぐったけれど、

腹立たしい事に上着にもスカートにも手応えがなかった。

 

どこいったの?

 

バッグの中?

 

のろのろ視線を巡らせると、目当てのものは机の反対側にコートとまとめて置かれていた。

なんであんなトコに置いてんの、と見当外れの恨み言を並べつつ、近寄ろうとして立ち上がる。

 

次の瞬間、かくんと膝が折れた。

 

遠く、椅子が倒れる音が聞こえた気がして──

 

 

 -  -  -

 

いったぁぁ・・いまのぜったいアタマわるくなったよぉ・・・

 

パソコン、おちなかったかな・・・

 

てか、ゆかがつめたくて、きもちいい・・・

 

ちょっとだけ、このまま・・・

 

 

なんか・・いき・・くるしい・・・し・・・

 

 

 




ゲーガイル(続)、発売時期が遅すぎませんかね?
もう商機を完全に逃してる気がするんですが。

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