そうして、一色いろはは本物を知る   作:達吉

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八幡続きでゴメンなさい。事件パートは断然こっちが書きやすいので。
やっぱいろはすは恋愛パートですよね。


■15話 ただの女子と不審な男子の日常

 

「いやぁ~乱世乱世!この剣豪将軍の助太刀が入り用と聞いたぞ、比企谷八幡ッ!」

 

メール送信から5分と経たず現れた人物。

呼び出した俺の最終兵器は儚げな彼女──であれば話が盛り上がったかもしれない。

室温が数度上昇するような錯覚と共にのっしのっしと部室へ入ってきたのはお察しの通り材木座だ。呼ばれたという大義名分があるためか、心なしドヤ顔なのが腹立たしい。

ちなみに平塚先生ですが、放送で呼び出されて先ほど入れ違いにご退場されました。一応あの人にも後で話通しておかないとだなー。

 

「えっと…こちらは?」

 

初見の相手にはとりあえず媚びていく一色のことだから、二人の絡みがどんなもんなのかちょっと期待していたんだが…。

さしもの愛され系も、この相手では一銭の得にもならないと判断したのだろうか。彼女の示したリアクションは「どもです」と軽く会釈するだけの淡泊なものだった。本日の営業は終了ですか?

 

「ぬぅふっ!何故このような場所に、せっ、生徒会長がおるのだッ!さては貴様、とうとう権威に下ったか!見損なったぞ八幡ッ!」

 

「お前メールちゃんと読んだわけ?」

 

逆にこちらは予想に違わず、暑苦しいことこの上ない。

反体制カコイイ!は中二戦士の基本だけど、お前の大好きな足利さんちは権威も権威、武家の棟梁だぞ。キャラ付けくらいブレないようにしとけ。

あと俺は最初から権力構造には従順である。一色にいまいち逆らえない理由の一つでもあるな。断じて十八番の上目遣いに下っている訳ではない。つか上目遣いに下るってどういうことなの物理的に無理でしょ。

 

「そうか、そういうことか…。かの娘を胸がキュンキュンするようなメインヒロインにして欲しいと、そういう事なのだな?この神なる…もとい(かみ)鳴る物書き、雷神脚本家(ライジング・プロデューサー)の手で!」

 

両手を広げてグリコの様なポージングを決める材木座。おそらくバックに雷光のようなエフェクトを背負っているつもりなのだろうが、俺の角度からは吊された七面鳥にしか見えなかった。

わざわさ言い直すもんだから、こいつが脳内で使っている当て字が大体分かってしまう。どうせまた語感優先なのだろうが、ライジングは雷ではないし脚本家はライターだ。材木座Pくんはどこへ上っていくつもりなのだろう。

 

「先輩、一体どんな説明したんですか…?」

 

「一色のコアなファンに逆恨みされてるから、一芝居打つのに協力して欲しい──みたいな?」

 

状況を的確かつ過不足なく伝えたつもりだったのだが、ヤツはアイドルの魅力を強化してファンを洗脳する方向に解釈したのだろうか。

とりあえず一色の顔色が怪訝から嫌悪に変わり始めてるからそのくらいにしとけ。

 

「…で、中二に何させるの?」

 

由比ヶ浜の声には、街中で騒ぐ余所の国の団体さんでも見かけた時のような精神的距離感を感じる。

こいつの冷たい態度というのは希少価値があるよな。ギャップ萌えとも言うべき…いや待て、それは寒から暖の差分のはずだ。ならこの場合はギャップ冷えとでも言うべきだろうか。冷えってよりかは、むしろこえーけども。女子こえー。

 

「勘所は決めてある。ただ、具体的な部分がまだ煮詰まってないんだよな…」

 

オチは決めてあるが、ネタが思いつかない。その辺も含め、この変人を弄っていたら良い案が浮かぶのではという期待も少しだけあった。

 

「あいや待たれよ、その前に詳しく話を聞かせて貰いたいのだが」

 

それもそうだ、と例のビラを一枚渡すと、材木座は食い入るように紙面を睨みつけた。

 

「ほむんほむん、何とも芸の無い文言だな…しかし写真は悪くない。素人にしてはなかなかどうして、見事なコラージュではないか」

 

「いやそれコラじゃねーから」

 

「なん…だと……?!」

 

さらに写真へと目を近づけ、鼻息を荒くする。

俺の分身にあまり接近しないでほしい。何だか俺まで息苦しくなってくる。

 

「こらー…って何?」

 

由比ヶ浜は知らないだろうな。ユキペ "コラージュ" で検索しようか。ぽちっとな。

 

「コラージュというのは、絵画における切り貼り画法の事よ。この場合、彼は写真が何らかの加工を施された可能性を疑っているということかしら。比企谷くんが誰かと一緒に写っているだなんて、誰が見てもおかしいものね」

 

ほーん。エロボディにアイドルの頭をパイルダーオン!することだとばかり。一つ賢くなったわ。

ところで人のこと写ってちゃいけないモノ扱いするのは、誰が見てもおかしくないのだろうか。ユキペディア運営は一度コンテンツの監査を受けるべきだと思います。

 

「ハン、何だこれは。これで罵倒のつもりとは片腹痛い。犯人は実は女子とかではないのか?」

 

「え?お、女の子?」

 

「あら、何を根拠にそう思ったのか聞かせて欲しいわね」

 

唐突な新展開を示唆され、女子達は目を白黒させた。

女子というのは冗談だとしても、こいつも平塚先生同様に中傷文の問題点に気がついたようだ。本気で男子高校生を貶すつもりなら、これは適当な文句とは言えないのだから。

 

「ならば問おう、比企谷八幡ッ!」

 

ガバッと長いコートをはためかせ、材木座は声高らかに問い掛ける。

いや俺は何も言ってないから。女子とのコミュニケーションで俺を串代わりにすんのやめてもらえない?

 

「童貞と淫行学生、どちらの称号を欲する?」

 

………。

 

………。

 

広がって空気を孕んだコートがゆっくりとしぼんでいく。

材木座のシルエットと相まって、まるで小汚いクラゲのようだ。

痛々しい静寂の中、俺はそんな逃避に思考を浸していた。

 

さて、ぼちぼち回答が出揃ったかな。では見てみよう。

 

どん引きのお手本みたいな顔をしている、由比ヶ浜くんのこたえー。

 

「さいってー…」

 

ゴ○ブリの死骸でも見ているような目つきの、雪ノ下くんのこたえー。

 

「下品ね」

 

この状況でも愛らしい笑顔が微動だにしない、一色くんのこたえー。

 

「死んでください♪」

 

女子からの厳しい批判の中、材木座はまさに山の如く動かず、俺を指さしたまま佇んでいる。

いや違った、よく見たら涙目でプルってるだけだった。

 

「どちらも中傷には違いないと思うけれど。でもそういう聞き方をするのだから、違いがあるということなのかしら」

 

「や…やぁれやれ、これだから女子(おなご)は。男子(おのこ)にとって、刀抜かず果つるはこれ生き恥なりッ!まして歴戦の猛者となど、比ぶるもおこがましいというものよ…」

 

中には抜きたくとも抜けない呪われし刀なんかもあると聞く。装備変更できないユニーク武器が開始早々呪われてるとか、変わらず人生さんのクソゲーぶりは他の追随を許さないな。そんなん難易度DMDじゃねえか。Danshi Must Die...

 

「え、えぇ…?そういうもんなの?あんま人数多すぎるのも微妙かなー、とか…」

 

「うーん、確かにけっこう難しいですねー、上手なのに越したことはないですけど…でもその為には経験が…」

 

コメンテーターは多少意見が割れているようだが、一色の意見を真実と見ておくべきだろう。より自身に都合の悪い方へ解釈しておくことがリスクマネジメントの基本だからな。

身体の相性が悪いせいで、というのはアダルトな人間関係における常識と聞く。苦労してこぎ着けたゴールの先でそんなこと言われたら…。俺なら総武線を一、二時間止めてしまうくらいしかねないわよ?

 

「ふ…少なくとも男子にはそれが世の理なのだよ。さて八幡、世間は貴様のことをこれまでどちらだと思っていたのだろうな」

 

おいてめえ何て事聞いてくれちゃってんの殺す気か。

材木座の言葉を皮切りに、感情の読めない視線が一斉にこちらへ向かい、俺は目のやり場を失った。

 

「えと、それは、その…ねえ?」

 

「ま、まあ遊んでそうには見えないですかね」

 

「確かに。そういった経験は無いものだと思っていたわね」

 

分かってる。

分かってるけどね。

材木座、ユルサナイ。

 

それにしても雪ノ下、そっち方面には全然照れないんだよな。恥ずかしい事じゃないと本気で思っているのだろうか。どうせ時機が来れば自然と、なんて考えているのか。これだからルックスに恵まれてるメンヘラは…。

 

「然り、これが答えだ。つまり、この文書は貴様にとってむしろ吉報とすら言える」

 

「いや流石にそこまでおめでたくはねーよ。どんだけコンプレックスこじらせてんだよ」

 

痛む頭を耐えるような顔で雪ノ下がまとめに入る。

 

「つまり…一部の男子にとって、この種のバッシングは痛くも痒くも無い。むしろ誇らしい、と?」

 

「ちょっと語弊がありそうだけど、間違ってはいないと言えてしまうこともあながち否定は出来ない」

 

簡単に言うとそういうことなんですよ…。

最低野郎とかいうのについては自他共に認める俺のプロフィールだから、ことさら言及する必要もないし。

あともう一つ…こっちはマジで絶対言えないし自己満足でしかないのだが…噂のお相手にされてるのがこの二人というのも無関係ではない。ネタとは言え、女子のレベルだって高い方がいいじゃない?

 

「んなことはどうでもいい。それより対策だろ」

 

「…いいけどさ。…なんだかなぁ」

 

「肩の力抜けちゃいましたね~」

 

おうおう何か聞こえるぞ、何の音かなー。

さっき微妙に上がった感のある俺の株が下がる音ですねコンチクショウ。

個人的に複雑な事情をこうやって一言にまとめられると、俺って人間の奥行きもせいぜい一言程度なのかなーと思ってしまう。材木座に看破されるのは非常に嘆かわしいことだが、実を言えばほんのちょっぴりありがたかったりもする。だってこんな話、自分で説明するわけにもいかんでしょ?

 

このまま放っておくと俺の損害が増えるばかりだ。

まとわりつく生ぬるい視線を強引に断ち切るべく、本作戦の草案を発表した。

 

「具体的には、材木座に死んでもらおうと思ってる」

 

 

* * *

 

 

「ハァーーーン?!」

 

今回も勿体ぶるほどの事はない。材木座の奇声がやかましいのでとっとと進めよう。

昼の一件に類する悪戯を材木座にやってもらい、人前で俺を妬んでの行動であるとぶちあげる。

そうすることで犯人をその犯行ごとすり替えようという魂胆である。

 

極論すれば単なる悪口でしかなく、やや地味でインパクトに欠けるこの一件。いくら矛先が俺に向いているとは言え、見る人が見れば一色の家であることに気づくことは可能だろう。少なくとも犯人を見つけるよりは容易な検証だ。

犯人がはっきりしない以上、好奇心と言う名の悪意が被害者側に向きやすい。つまりこれは当初危惧していた状況に該当していると言える。ストーカー問題を根こそぎやっつけるにはどうにも都合がよろしくないのだ。

だから今回も、受け流しスタイルで対処する。

 

俺の語る計画を聞いた材木座はというと、当然のようにはぽーんあらぽーんと荒ぶっていた。

 

「八幡ッ!貴様、よもや友である我に泥を被るような真似をさせるつもりではあるまいな!」

 

「お前以上に適任は居ないと確信してる。大体、他に出来るやつが居ると思うか?この役処は男にしか頼めない」

 

「ぬっ、ぬぬぅ…漢、か。し、しかし…」

 

俺には他に頼めるような男の知り合いが居ない。仮に性別に目をつぶったとしても、自称男子の戸塚にこの汚れ仕事を頼めるはずもない。消去法でこいつしか居ないのだ。

 

「流石に部外者にやらせるには気が引ける役目じゃないかしら…」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

「なぜ貴様が答えるの?我やりたくなーい!」

 

ったく脊髄反射で返事しやがって。仕方ないから説明してやるか。情けは人の為ならず、これはお前のためだと言うことを。

 

「いいか、考えてもみろ。俺が女子を侍らして日々淫行に耽っている、なんてリア充キャラ認定されちまったら、ピラミッドの最底辺住民はお前ひとりになるんだぞ?」

 

「ぐるぷはぁっ!た、確かにッ!」

 

「今は二人なんだ…」

 

奴隷カーストの醜い争いを目の当たりにして、女子は憐憫の眼差しを隠せないようだ。そういやこいつら揃っててっぺんの住民だったな。更にその頂点が一色ってところに今更ながらとてつもない違和感を感じる。全く、こんな小悪魔を会長の席に推したのはどこのどいつだ。Yes, I am!

 

「くふぅ…致し方なし、か。よかろう、その役引き受けよう…貴様一人だけ逝かせるワケにはいかんからな」

 

うんうん唸っていた材木座だったが、やはり俺だけが上位に昇格するのが許せないらしく、ひとつ景気よく膝を叩いて顔を上げた。セリフだけは一丁前だが、つまり抜け駆けは許さないってだけのことだよな。まぁ男の友情なんてこんなものだ。

 

「先輩ちょっとちょっと」

 

くいくいとシャツを引かれる感触に振り返ると、一色が小首を傾げて一言。

 

「けっきょく、先輩はDTなんですか?」 

>> いろはすのバックアタック!

 

「…材木座はそうなんじゃないか」

>> はちまんはこうげきをうけながした!

 

「ディッ…DTちゃうわぁっ?!」

>> よしてるはしんでしまった!

 

「だっ、だだダメだよ、そゆこと聞いたら!」

>> ゆいははずかしがっている!

 

「だから、他人と比べるなんてナンセンスだと…」

>> ゆきのにはこうかがないようだ!

 

一応補足しておくと、DTとは男子の嗜みのことである。…みんな嗜んでるよな?

 

「以上だ質問はないなよしじゃあネタ出しに協力してくれ」

 

「ふんぬふんぬ、孫子曰く、兵は拙速を尊ぶとな。ならば風の如く素早く行動すべきだろう」

 

事は一刻を争うのだ。俺の個人情報なんぞに気を向けている暇があったらアイディアを出せアイディアを。

満面の笑顔で張り付いてくる一色を巧みに視界から外しつつ、材木座と阿吽の呼吸で話題転換に勤しむ。

 

「ところで材木座、それ後世の誤用だぞ。孫子はそんなこと言ってねーから」 

 

「ねぇ、ヒッキー…」

「え…マジで?おい八幡よ、もそっと詳しく…」

 

「そんくらいヤフーでググれ」

 

「ヒッキーってば!…あの、ち、違うの…?」

 

「え?あ、ああ…さっきのは違うな」

 

なんだ、まさか由比ヶ浜が食いつくとは。こいつ実は隠れ歴女ちゃんだったのか。

彼女らは桃園の誓いで桃源郷に行けちゃう人種と聞く。海老名さんの影響かしらん。

そんな…そんなはず…と悲嘆に暮れている彼女をおいて、会議はなお踊り続ける。

 

「でもどんなイタズラがいいですかね…先輩そーゆーの得意ですよね?」

 

「俺のことどう思ってんのか詳しく問いつめたいけど、基本的にお勧めできない方法しか出てこないぞ?」

 

「比企谷くんはまず自分が犠牲になる前提の思考をなんとかなさい」

 

んなこと言ったってなー。

金もコネもないんだから、自分の身をBETするしかないだろ?

 

「しかし貴様の評判など既に底のズンドコ。何をしたところでこれ以上下がることもあるまい」

 

不思議だな、いつも雪ノ下に言われているようなことだが、材木座に言われるとやけにイラっとする。

当の彼女はと言うと、細い指を顎に添えてほうと息をついた。

 

「これ以上、悪くはならない──なるほど…」

 

「何か思いついたのか?」

 

「木を隠すには森という言葉があるでしょう?」

 

「ふぇ…?」

 

日本語に不自由なわんわんがしょぼーんと髪房を垂らして首を捻る。仕方ないから今度はヒキペディアが力を貸してやるとするか。

 

「鬱蒼とした森の中では人の気配なんて分からないってことだよ」

 

「し、知ってるし!気を隠すには森でしょ?超知ってるし!」

 

「先輩、ウソ教えないで下さい」

 

「ウソなのーー!?」

 

検索結果を何でもかんでも鵜呑みにするのはやめましょう。情報リテラシ不足の若者は特にご注意を。

裏口入学の疑惑が一層深まった由比ヶ浜はぷんすか☆おこ!していたが、やがてはっと顔を上げると嬉しそうに手を叩いた。

 

「わかった!ヒッキーのキモさをアピって、あの写真を目立たなくしちゃえってことだ!」

 

由比ヶ浜!配慮!配慮!

 

「とても惜しい…いえ、これはもうほぼ正解ね」

 

配r…(諦)

 

「さっきそこの彼が合成写真を疑ったこと、覚えているわよね。もともと信憑性の乏しい素材を印象操作で補正しているだけなのよ、これは」

 

「すみません、どういうことですか?」

 

ええと、と雪ノ下は例のビラを手にとって由比ヶ浜の目の前に突きつけた。

 

「この写真には何が映っているかしら」

 

「え?…あたしと、ゆきのんと、ヒッキー。それといろはちゃん」

 

「一色さん?どこに?」

 

わざとらしく不思議そうな声を出す雪ノ下。なるほど、言いたいことは大体分かった。

 

「ドアに隠れてるけど、ヒッキーが抱えてたじゃん」

 

「少なくとも写真では分からないわね。なら次の質問。この人達は何をしているのかしら」

 

今度は一色に写真を見せて問う。

 

「わたしを家に運んでくれてるところですよね…?」

 

「うん、ぜんぜん変なことじゃないのに…」

 

「それが分かるのは私達だけでしょう」

 

出来の悪い生徒を優しく教え諭すように雪ノ下は続ける。

 

「これらは、男女がとある家を出入りしている、ただそれだけの写真よ。家に出入りすることと淫行に耽ることに因果関係なんてない。私達の関係性を考慮したら、部活動の延長という解釈こそが最も自然だわ」

 

「あ…そっか…」

 

「犯人は、この証拠とも言えないありふれた写真が爛れた関係に見えるよう、集団心理を利用したのよ。ゴシップに飢えている高校生の前にこんな文句をつけてばら撒けば、この程度の写真でも想像をかき立てられる。一度その空気を作ってしまえば、あとは勝手に伝染していき、結果はご覧の有り様というわけね」

 

「ならさ、ひとりひとり落ち着いて説明してあげればよくない?」

 

「それは…やめておいた方が賢明かと…」

 

「そうね。この状況での弁解はするだけ火に油よ。むしろ悪化するでしょうね」

 

ムキになって否定するほど、のパターンか。一度思い込んだ人間は、自分の聞きたいことしか耳に入らなくなる。そして思い込んでいる側の人数が多いほど、自分の考えは正しいのだという自信が強固になっていく。

「はいはい、わかったわかった」とニヤけられる煩わしさというのは、人が他者への殺意に目覚める最初の体験ではないだろうか。

 

「それについては全面的に同意だな。つまり打開策は──」

 

「空気によってなし崩しに作られた認識なら、逆にその空気を変えてしまえばいい。このタイミングであからさまにウソだと分かるような写真が出回ったなら、昼間のビラに対するみんなの印象も、ただの女子と不審な男子の日常風景に変えられるんじゃないかしら」

 

「…もう少しだけゴールの設定上げてくんない?俺、取りこぼされてる感があるんだけど…」

 

「あら、この状況で身の丈以上を望むのは贅沢と言うものでしょう?」

 

俺の初期値って不審な男子なのか。それならヤリチンのほうがマシな気もするが…。

しかし無実の人間をスケープゴートにするだの、真実をウソだと思い込まるだの──これってある意味じゃ犯人よりタチの悪い計画ではないだろうか。俺一人に任せるよりも性格悪い作戦になってる気がする。

 

「じゃあ、同じように写真を用意すればいいですかね?わたしたちに都合がいい印象のモノを」

 

「そうね。印象がより過激でインパクトのあるもの…いっそやり過ぎなくらいでちょうど良いでしょう」

 

「そんならマジに合成写真でも使った方が手っ取り早いんじゃないの?材木座、お前フォトショとか使えない?」

 

「我はライターであるからして。イラスト関連のスキルはちょっと…」

 

ライターも自称だけどな。

 

「過激かぁ。エッチなのって事だよね?」

 

「ち、ちがっ!?そうとは限らないでしょう!」

 

ユイペディアには"過激"から"エッチ"にリンクが貼られているらしい。なにそれちょっと見てみたい。一般ページからピンクいページにジャンプさせられちゃうとか、まるでフィッシング詐欺サイトみたいだな。

 

「毒を以て毒を制す、か。一理あるのではないか、なあ八幡?」

 

「あーじゃあじゃあ、アレどうですか?バスタブにお金一杯詰め込んでー、ハダカの女の子とハーレム最高!みたいなの。怪しい広告とかであるじゃないですか。キャストなら揃ってますし」

 

「ふむん、あれか。確かに胡散臭さ抜群。良いチョイスだと思うが」

 

確かに男子にはピンと来て当然のネタなんだが…いろはすはそれどこで見たの?

隣のページの解呪専門クリニックの広告まで見てたりしないよな?同年代の女子にも見られてると思ったらすげーもにょいっす。

 

「…待ちなさい。色々と言いたいことはあるのだけれど…キャストって誰のこと?まさか──」

 

「やだなぁ、わたしたちに決まってるじゃないですかぁ」

 

いやでもほらキャストが居ても難しいんじゃないの?札束とか子供銀行券でもあの量揃えるにはそこそこするし俺チェーンのネックレスも持ってないし違う違うそこじゃなくて。

 

…はだかのおんなのこ?

 

…だれが?

 

「総武高のキレイどころですね!」と自信ありげな一色を尻目に、俺たちは顔を見合わせて固まるしかなかった。

 

 

* * *

 

 

「八幡よ、これは夢か?」

 

重量級の材木座がそわそわ貧乏揺すりをするものの、ビクともしない堅実な造りが頼もしい洋室。

家具の少ない広々としたその部屋に、居心地の悪そうな男子が二人、肩を並べていた。

 

「どうなんだろうな。超展開すぎるし、そうかもな」

 

今ちょっと落ち着くのに必死だから話しかけないでくれる?素数を数えるなんて定番では足りないな。ここは一句詠んで心を鎮めよう。

うわ()手汗()マジすごい()拭くものどこだ()?このシャツ(11)裾にしよ…

 

「ぬなっ?!我のシャツで拭いちゃらめえぇ!!」

 

あれから一時間。俺達は雪ノ下の自宅にお邪魔していた。ホテルかと思った?残念!女子の部屋でした!いや残念じゃねーし全然緊張するわ。

 

こうも緊張しているのは、久しぶりにこの部屋に来たからと言うわけではない。

確かに少し前だったら、女子の部屋なんて異世界に繋がるGATEの向こう側の存在だと思っていた。しかし気がつけば、ここだけでなく一色の部屋にまで上がり込んでいたりする。毎度成り行きだったとはいえ自分でも信じられない。

ともかく、今の俺は女子部屋程度で取り乱したりはしない程度には大人になったはずなのだ。

 

でもね。

 

扉を一枚隔てた向こう側では、女子が生着替えの真っ最中。

こちら側では俺が生着替えの真っ最中。

取り乱さない方がおかしいでしょ。

 

今一度、手にした企画書に目を落とす。

一色が可愛い文字でチラ裏ならぬビラ裏に書きつけたそれは、手作り感に溢れている。

 

────────────────────────────────────

・コンセプト→この水晶を買ってから毎日笑いが止まりません!

 

・カントク →わたし

・主演   →先パイ、わたし、結衣先パイ、雪ノ下先パイ

・ロケ地  →広くて高級感のあるところ(⇒雪ノ下先パイのおうち)

・衣装   →各自持参

・機材、撮影、照明、配布、雑用、その他→コートの先パイ

────────────────────────────────────

 

このコンセプトの意味が分からない坊やはそろそろネンネした方がいい。

「カントク→わたし」とか、はじめしゃちょーみたいだな。これがリア充の実力というものか。

コートの先輩の扱いが涙を誘うが、そこだけは俺でも迷わず同じ事をしたと思う。

 

あの後、カントクの指示によって瞬く間に企画は進められた。

本気を出した一色が優秀だと言うのは雪ノ下の弁だが、今回ばかりは俺もその行動力を認めざるを得ない。まさか同日の内に撮影に漕ぎ着けるとは。

 

詳細を聞いた二人のYさんはそれはもう激しく嫌がったのだが、一色にどこかへ連れ出され、帰ってきたときには何故か抵抗しなくなっていた。何があったのか猛烈に気になるけど、怖くてとても聞けない。ただ、妙にやる気を見せる由比ヶ浜の様子を察するに、モノで釣ったのではないかと推測している。馬を射られた雪ノ下将軍もそんな感じで討ち取られたのだろう。

 

影の説得工作もあるだろうが、普通ならこんな馬鹿げた工作にあの雪ノ下が付き合う事なんてあり得ない。文句を言いつつも逃げ出さずにいるのは言わずもがな一色の為だ。

俺達の手前、明るく振舞ってはいるが…何しろ自宅を盗撮されたのだ。ショックでない筈がない。そんな彼女の提案に強く反対できないでいるうち、気が付けばこんな展開になってしまっていた。

さっき聞いた話だが、今日の一色家は例によって娘さんが一人で留守番の予定なのだとか。親に心配を掛けたくないというその気持ちは尊重したいが、昨日の今日では流石に可哀想だというのが2年生組の共通認識である。

雪ノ下はこのまま一色を泊めるつもりなのだろう。そう考えると、撮影場所に自宅を提供した事にも納得がいく。

 

『ね、ねえ…ホントにやるの…?』

 

こちら側は二人揃って固まっているのでほぼ無音状態だ。

いくら高級マンションといえど、隣の部屋の姦しい会話が僅かに聞こえていた。

 

 

『やりますよー。その為にわざわざ家に帰って水着まで持ってきたんですから。ほらこれ、すっごく可愛いくないですか?』

 

『あ…ホントだー!超かわいい!』

 

『結衣先輩のもいいですねー。可愛くて色気もあるとか反則ですよ』

 

『これね、サイズ探すの苦労したんだー』

 

『由比ヶ浜さん…貴女どうしてそんなに乗り気なの…?』

 

『え?乗り気ってゆーか…実際何とかしないとなのは確かでしょ?それに作戦自体はゆきのんのお墨付きなワケじゃん。あとはもう、女は度胸だよ!』

 

『私の意図からはかなり離れてしまったと思うけれど…』

 

『いいじゃないですかー。どうせ合成写真って事にしてバラ撒くんですから』

 

『バラ撒かれるからイヤなんじゃない』

 

『でもさー、いい記念…ってか、楽しい思い出にはなると思う。少なくともあたし達にとっては。いろはちゃんも一緒の写真、欲しいし』

 

『うわーん結衣先輩ステキすぎです!結婚してくださーい!』

 

『ひゃあ!どこ触って…やだ、こらあっ!』

 

 

「──八幡」

 

気が付けば俺達は正座で待機していた。

材木座なんてメガネが曇ってしまって表情が見えない。どんだけ興奮してんだよ。

 

「これから我が何を言っても怒らないでくれ。所詮は負け犬の遠吠えに過ぎん」

 

「お、おう…」

 

「バーカバーカ!童貞!リア充!メントスとコーラ一緒に飲んで悶死してしまえーーっ!!

 羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましーーーい!!

 我もはだかんぼの女子とキャッキャウフフしたーいペロペロされたーーい!!」

 

「材木座…」

 

ラノベ作家を目指しているとはとても思えない貧相な語彙だが、その気持ちは痛いほどよく分かる。

なにせ本撮影における主演の役目は、はだけた彼女らとくんずほぐれつすることなのだ。女子が監修なのではだかんぼもペロペロもないと思うが、それでも役得という期待が頭から離れない。

今この瞬間、確実に勝者であるところの俺は、ガチの男泣きに震える肩に手を添えて優しく声をかけてやった。

 

「通報していいか」

 

「はぎゅんっ?!」

 




次話はサービス回の予定。
15禁タグの面目躍如なるか?(違

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