実はこのエピソード、最初期からプロットに組み込まれていました。
ちゃんとたどり着けてよかったー。
「ではではー。ご開帳ぉ~!」
わめき散らす材木座の相手を適当にしていると、廊下から一色の声がした。
大きな磨りガラスの嵌められた扉がゆっくりと開く。
「やだ、ちょっと一色さん、押さないで…」
背を押されるようにして入ってきた雪ノ下に由比ヶ浜と一色が続く。
視界に入った素足の白さに早くも心臓がどきりと音を立て、俺は焦りを感じた。女子のうち二人の水着については、何の因果か真夏の千葉村で既に拝見済みだ。同じシーズンでわざわざ買い換えるとも思えず、それならば見た目の衝撃には耐えられるはずだと正直油断していたのだ。
「な、なんか見られたら急に恥ずかしくなってきたんだけど!」
「今更過ぎるでしょう。だからさっきから言っているのに」
かつて健全な日光の元においては感じることのなかった、湿度を帯びたような艶っぽさ。夜の屋内というシチュエーションが彼女達の姿を全く別次元の物へと昇華させていた。
有り体に言っちゃうと、とってもエロチック。
視覚から飛び込んできた刺激が自律神経を刺激し、唾液が過剰分泌される。口腔内から溢れる前に慌てて食道へ廃棄した。
つまるところ、俺はゴクリと音を立てて生唾を飲んだわけだ。マンガか!
「あっ!ヒッキーいまゴクッってした!やらしーやらしー!キモい!どこ見てんの!まじキモイ!」
「比企谷くん、告訴されたくなかったら今すぐに目を潰しなさい」
それ
両手を巻きつけ身体をよじり、全力で視線から逃れようとする二人。それとは対照的に、最も年若いはずの一色は二人の陰からゆっくり歩み出ると、くすりと笑って肩に掛かった髪を柔らかに払った。
「まあまあお二人とも。ヘタに隠すとかえってやらしくなりますよ?」
(は、八幡っ、誰
こそこそっと材木座が口を寄せてくる。汗をかいているため比喩抜きで湿度を帯びていて実に気色悪い。
お前のは単なるロリコンだろうと突っ込むため、曰くイチオシであるところの一色に視線を合わせた俺は、再度固まった。
「せーんぱいっ♪どうですか、これ?似合ってますか?」
きゃるんっ☆とチェキをキメてみせる一色。
ギャルっぽくて腹立つ上に、マジで可愛いので5倍プッシュ。略してMK5である。
ところでリバースピースって欧米じゃファッキュメーンって感じの意味になっちゃうらしいんだけど、こいつは分かっててやってるんだろうか。聞いてみたらYESって言われるのが怖くて結局聞いちゃわないレベル。聞かないのかよ。
「ま、わたしの水着姿ともなれば、先輩なんて5秒で骨抜きですけどね」
ほう、5秒とはまた大きく出たもんだ。いろはすが如何に洗練された可愛いの申し子と言えど、所詮は養殖。可愛いの
一色セレクトの水着はパールホワイトをベースとして、差し色にブラックを取り込んだセパレートタイプのビキニだ。所々にあしらわれたフリルによってキュートな印象を与えつつも、モノトーンの配色が適度に子供っぽさを殺している。アピールすべき自分の長所を知り尽くしているだけあって、控えめに言っても超絶似合っていると言えるだろう。
自慢げに張る胸は確かに魅力的な曲線を描いているものの、由比ヶ浜と比べると女性としての要所要所は控え目と言わざるを得ない。制服で補填されていた女子高生らしさが薄れているため、余計に幼く見えるフシはある。
にも関わらず、子供にはない女性特有の柔らかさを備えつつある身体と露出の高いビキニとのギャップ、細めの太股とそこから続く健康的な脚線美、そして業界トップクラスの「魅せる技術」が加味された彼女は、やはり直視に耐えがたい危険物だった(ここまで3秒)
「…ヒッキー、いろはちゃんのことガン見しすぎ」
「あっれぇー、先輩、興味津々ですかぁ?」
ふふーん、と小憎たらしいドヤ顔で、彼女はクルリとターンしてみせた。亜麻色の髪がふわりと後を追い、俺の視線も追従する。くそ、目が言う事を聞かない。ブレインジャックされたかのようだ。
違うんですよ。まだ本気出してないだけなんです。つうか俺の利き目って左目だしね?俺に本気出させたら大したもんですよ。
止まったら死んでしまうマグロの様にひたすら泳ぎ続ける俺の目を、一色は笑顔で正面から覗き込んでくる。いや、止まったら止まったで今度は死んだマグロになるんだよな?なら泳いでも泳がなくても俺の目は不審度MAXってことですね。
多少照れた様子ではあるものの、腰と太ももに手を当てた一色の姿はどこぞのモデルと言われても疑いを持てない程で、悔しいくらい様になっていた。見られ慣れているのか、はたまた自信の現れか。
撮影のプロであれば平常心が維持できるのかもしれないが、そこは慣れとは無縁のぼっちと中二。堂々としていようが恥じらっていようが、許容量を超えた肌色を前に落ち着ける道理などどこにもなかった。
そんな一色に触発されたのか、由比ヶ浜は身体を正面に向け、胸元を隠していた腕を取り払うと気持ち背筋を伸ばす。
「うぅ……恥ずかしくない恥ずかしくない、一度見られてるから恥ずかしくない…っ!…肉を切って骨を断つ…」
ブツブツと自己暗示に忙しい由比ヶ浜。ちなみにそれだとただの解体になっちゃうからね?どんだけ相手のこと憎んでんだよ怖ええよ。
てか、まかり間違って違うとこがタってしまったら、本当に解体されかねないな。
胸部拘束具を解除した由比ヶ浜は見た者の正気度を下げる危険があるため、俺は素早く目を反らした。視界へ入ってきたのはテンションを上げすぎて息も絶え絶えの材木座。よしよし、集まりつつあった血の気が一瞬で散った。凄い即効性です…。
彼女についての感想は──まあ不要だろう。顔の作りが整っているのは今更だし、結構お菓子をパクついているわりには肉が余っている様子もない。つか一瞬しか見てないはずなのに、目を逸らした後も鮮明に思い出せるな。記憶メモリーを何MB消費しているのだろう。もしもこの技術を学習に生かせたなら、日本人の学力は世界を席巻できるだろうに。
「ヒッキー。いま、目、逸らさなかった?」
見るなとか逸らすなとか、いちいち注文の多いことだ。そのうちクリームを塗れとか言い出さないだろうな。食べるならそちらの太ったお客の方からお願いします。
「さっきから断つだの抜くだの…君ら、俺の骨に何か格別の恨みでもあるわけ?」
「逆恨みなら。有り余るほどにね…」
二人の影に肩を落して立った雪ノ下が、怨嗟を含んだ声で答えた。
ワンピースのような外装を纏ったスタイル。前に一度見てから調べたのだが、パレオってのは腰に巻くだけじゃないらしい。つまりあの胸に巻いているのもパレオというわけだ。身体のラインが若干曖昧になっているが、太いものを隠すための策でないことは良く知っている。あれが水で濡れた時、浮き上がったその腰の細さには驚いたものだ。
そして何より、直視することが叶わなかった胸周り。古典的に詠いあげるならば──
我、物の哀れを知る。小さきものはみなうつくし。
「どうしてこうなったのかしら…死ねばいいのに」
現代的に解釈しても哀れとしか言いようのない様子の雪ノ下は、最後のマッチが消えた少女のように、身体を抱いて顔を伏せた。それにしても口の悪いマッチ売りである。
* * *
初期コンセプトでは俺も水着一枚となっていたのだが、流石に肌が直に触れるのは勘弁して欲しいという雪ノ下の懇願もあって、最終的にはバスローブの装着が命じられた。
白くフワフワしたタオル地のお高いローブ。高校生の一人暮らしで常備するものじゃないだろ。待てよ、確かバスローブって裸に直接着るんだよな。ここんちのローブって事は、つまりなんだ、そういう事ですか。
「父が泊まった時の為に置いてあった物よ。もちろん、一度だってそんな機会、ありはしないけれど」
そういう事でしたか…。よく見たら確かに男物ですね。
"ゆきののローブ" 改め "ちちのローブ" を装備した俺は、とうとうカンスト寸前の高レベル不審者となった。警官もこんなのに出くわしたら職質すっ飛ばして「逮捕しちゃうぞ」と駆け寄ってくるに違いない。
「…それで、ここからどうすればいいのかしら、監督さん?」
チラチラとこちらを盗み見しながら、雪ノ下が指示を請う。イヤなら撮影側に回ればいいのに律儀なことだ。何だかんだで身内には弱いところがあるし、最近足繁く通っていた一色も、いつの間にかその枠に入ってしまったんだろうな。
つか川遊びの時は何とも思わなかったのに、この恥ずかしさは鳥肌モノだな。雪ノ下だけでなく由比ヶ浜も顔を逸らしつつチラ見してくるから余計に。もう見るならフツーに見てくれませんかね。
って、一色の姿がないんだけど、監督どこいったのよ。
「どれどれ…」
「っひ!?」
ひたり、と柔っこいものが首筋に触れ、俺は反射的に声を上げた。いつの間にか背後に回り込んだ一色が、ローブの隙間から手を潜り込ませ、ぺたぺたと身体をまさぐっているのだ。
「おい、やめろって…」
頸動脈付近を押さえられ、反射的に体が固まる。つかマジやめてかなりくすぐったいくすぐったいきもちい…いや超くすぐってぇ!?くすぐり有段者の小町よりずっとくすぐったい!どういうことなの?!ギブギブ!
「…ふぅ、けっこう…ガッシリしてますね……ふぅ」
二人の先輩とは対照的に、一色は興味を隠す気はないようだ。なんか若干息が荒い気がするんだけど大丈夫か?ちなみに俺は大丈夫じゃない。異性の手というだけでも耐えがたいのに、直に肌を触られているのだ。
一色の細い指が這った跡を追いかけるように身体が熱を帯びていく。この子、指先からバンテリンでも染み出してるの?流石は運動部マネージャー、芸達者でいらっしゃる!
食材の肉感を確かめる料理人のようなその手つきが鎖骨あたりを這って下りかけたところで、彼女のパワー&セクシャルなハラスメント行為にようやく待ったが掛かった。
「い、いろはちゃん!やりすぎやりすぎ!」
由比ヶ浜の声にハッと目の色が戻った一色は「あ、あはは~」と笑顔を取り繕って手を引っこ抜く。
「いえいえ、単なる慣らし運転です」
誰に向かっての言い訳なのか、手をうちわ代わりにパタパタさせる一色。むっちゃドキドキしたけど、ほんのちょっとだけ怖かったぞ…。秘められし淫魔の血が先祖返りしたのかと思った。
「あっ、そそっそれなら、わわ我を使ってくれても、いっいいいんですよ?」
「じゃ、さっそく始めましょ~」
ヒト属性を取り戻した一色の指示に従って、俺達はえっちらおっちら家具を配置転換していった。部屋の真ん中にスペースを作り、そこにデデンとソファを置けとのお達しなのだ。どうやらそこがハーレムキングの玉座らしい。
「おーんおんおん…」
一色流ハンドエステの恩恵に預かれず、スルーされて泣きっぱなしの材木座も当然こき使っていく。一般的な統計に漏れず、このデブも無駄に力があるからな。遊ばせとく手はない。
それにしても、力仕事があるなら着替える前に言って欲しかった。屈んだり背伸びしたりと動き回る女子たちの姿は目に毒すぎる。たまらずに俯くと、さっきまで家具を運んでいたはずの材木座が、カメラを構えてニンジャのように地を這っていた。這った跡が汗で湿ってるのでナメクジに訂正しようか。
「仕事しろこの軽犯罪者」
「この瞬間の激写こそ我が
こいつガチで通報してやろうか。
つか水着相手にローアングルとかって意味あんの?
「バスタブとか札束とかは準備が大変なんで、これ使って悪の親玉風アレンジにしましょう」
余計なものを取り払われた部屋の中央に高級そうなソファだけがたたずむ。…なんか無駄に雰囲気あるな。その中央を指さし、三分間クッキングのような口調で一色は言った。
「先輩はそこで」
「…あいよ」
ボスなのでど真ん中。ふふん、当然だな。
ソファにどっかり腰を落とすと、実にいい感じの堅さだった。柔らかすぎると腰が支えられなくて逆に疲れるものだが、流石は雪ノ下チョイスと言ったところか。あとは毛のやたら長い猫と葉巻とワインがあったらバッチリだ。いや肝心の役者が小悪党過ぎるか。
プランによるとここに俺+三人の美少女を詰め込むらしいんだけど…スペース足りなくね?
俺は次の指示を仰ごうと顔を上げ、しかし視界に映ったモノに慌てて顔を伏せた。
「…先輩、すんごい猫背ですね…もっと背筋伸ばして!こう、背もたれにふんぞり返るカンジでよろしくです」
「いや、まあ…」
分かってる、ラスボス風だろ?分かってるけど。
目線の高さが立ってる君達の下半身直撃なんですよ言わせんな。
「あ~…せんぱぁい、も・し・か・し・て?」
おっと、再び妖しさを帯びた一色の視線が俺の股間周りを旋回してますね。そこに管制塔はありませんのことよ?異議あり!弁護側は無罪を主張します!
慌てて体を反らし、背もたれに悠々と腕を広げた。これぞ正にボスのポーズである。
首まで反っちゃって天井しか見えない。しかし今、俺の身体の一点に視線が集中している気がする。それも一人分ではない。貴様等、見ているな…ッ!?
おっかしいなー、始まる前は期待でどうにかなりそうだったのに。今は恥辱のあまりどうにかなりそうだ。もうこれ単に男子苛めて楽しむイベントに成り下がっていませんかね?
「…ふーん…まあいいです。じゃ次は…結衣先輩でいきましょうか」
「えっ?!あたし?!」
由比ヶ浜か…。
まあ誰から来ても心臓に負担が大きいのは変わらない。日頃からやけに距離感の近いこいつなら、少しは耐性が出来てるかもしれないな。
「じゃ、じゃあ、いくよ?」
祈るように手を組んだ由比ヶ浜が、素足をひたひたと鳴らして近づいてくる。
ボスチェアは十分な大きさがあるが、それはあくまで一人で座る場合だ。俺が真ん中に座っているせいでどちらのサイドを選んでも接触は避けられない。
困り果てた由比ヶ浜は必死に俺の両サイドを睨みつけた。ミスドでドーナツを前に仁王立ちしている時の小町にソックリだな。どちらがより自分に益があるか
俺はこっそり身体を動かし、左側の空間をいくらか広げてやった。角度的に一色にはバレなかったようだが、由比ヶ浜は目ざとく俺の動きに気づいたらしく、ハッとした表情でこちらを見つめる。
「結衣先輩、度胸ですよ!」
「お、おうよー!」
考えてもみろ。
奇跡的に逃げ出しこそしていないが、あの雪ノ下が、しかも男子と密着必至な空間に、その身を置く事をよしとするだろうか。写真に参加するだけでも充分驚きだ。一色だって無理強いできるとは思えないし、傍に立って貰えるだけでも御の字だろう。
この手の計算高さにおいて他を圧倒している一色は、ノリノリに見せて先輩相手に主導権を掌握してしまっている。これは自らの被害を最小限に抑える上で理に適った方法だ。自身は床に寝そべって牝豹のポーズだとか、いくらでも抜け道はあるのだから。
つまり、一番手でスペースに余裕のあると思わせてからの「そこしか駄目とは言っていない」というお決まりのトラップだ。由比ヶ浜のやつ、
まあ彼女が舐められるのはキャラ的にも仕方ない。こんくらい空けてやれば俺に触れずに座れるだろ。つか広げてやったとは言っても十分狭いんだけどな。ディスティニーのアトラクションだってここまで近くはなかったし、それ以前にあの時はお互いきっちりコートを着込んでいたんだった。
「…っ!」
意を決した表情で、由比ヶ浜は俺の
スプリングがゆっくりと沈み、生きた人間の重さを傍らに感じてぎょっとする。彼女と会話する度に薄っすら感じていた香りがぐっと強さを増し、嫌が応にもその存在を意識させられる。
「おい…何してんの…」
「中途半端なのはやだし」
ちょっと言ってる意味がわからない。狭い方が好きとかハムスターかこいつ。確かにお菓子詰め込んだりちょこちょこしてる印象はあるけど…。
由比ヶ浜は握った手を膝の上に載せ、なるべく体積を減らそうと身体を丸めている。けれどどうしたって肩やら腰やらは触れちゃうわけで。ボスのポーズも相まって、その肩を抱いているような構図になった。
いやマジでバスローブ様々だわ。直接だったら10秒保たなかったな。
うん…?触れている箇所がほんわか温かくなってきたぞ。大丈夫、由比ヶ浜の体温だよ!
ってふざけんなファ○通は大丈夫じゃない方のフラグだろ!恥ずかしいもうダメ死ぬ死んぢゃう!
「ぬぐぐ、今こそ日頃の妄想力を発揮するとき…あれは我の身体、八幡は我、我は八幡…」
ギリギリと歯軋りしながらこちらを睨む材木座。なんか気持ち悪いこと口走ってるな。おかげで少しだけ冷静になった。さっきから材木座にイヤな形で助けられてばかりで不本意この上ない。
しかし残念なことに、この程度では監督にはご満足頂けなかった。清水の舞台から決死のジャンプを敢行した由比ヶ浜に、そこから三回転半を要求する。
「結衣先輩、それじゃボスの女じゃなくて新人ホステスですよー。もっと寄って寄って!ちゃんとしなだれかかって下さい。こう、腕を首に回して、うっふ~ん♪です!」
ねえしってる?あの舞台って意外と低くて、死に損なう確率が割とあるんだって。「決死」って意味にはあんまり向かないんだよ。豆しばせんせいが言ってた。
「ええぇぇっ?!ムリムリムリムリぜーったいムリ!」
由比ヶ浜の必死の抵抗に、俺の心もメリメリメリメリ!
「あは、さては結衣先輩~、自信ないとか?ちなみにわたし大きさでは負けてますけど、形とかハリは断然自信ありますよ♪」
「うっ……むむ…」
何について張り合っているのか言及するほど俺は愚かではない。だから射殺すような目で睨んでくる雪ノ下と目が合ってしまったのも不幸な偶然であることをここで主張しておきたい。
「うううぅ……てりゃっ!」
掛け声と共に、腕に何かがまとわりつく感触が走る。びっくりして反射的にそちらを見るが
「ダメ、こっち見ない!」
と頬を押し返された。
流石に首は躊躇したらしく、由比ヶ浜は俺の腕をとって自分の胸元に抱き込んだ。いやこれは抱き込んだとは言わないか。まるで腕と一緒に間に荷物でも抱えているかのような抱え方…ああ、そういや荷物はいつも持ち歩いているな。確かにそれは接触禁止に違いない。
それでも姿勢の関係もあって、接触面積が飛躍的に増加してしまった。
「由比ヶ浜さん、これ、写真に撮るのだけど…貴女それで大丈夫なの?」
「ぜんぜん大丈夫じゃないよ!…けど、大丈夫じゃない写真が必要なんでしょ?」
それはそうなんだが、このままいくと違う意味で新たな話題が生まれかねないような…。
俯いた由比ヶ浜の表情は見えなかったが、髪の隙間からちらりと覗く耳は真っ赤になっている。
「いいですよー!やりますねー、結衣先輩」
由比ヶ浜が見せた謎のプロ根性に感激したらしい一色。流石にこれなら満足するかと思ったが、そうは問屋が卸さなかった。曰く、現場は生きているのである。
「よーし、じゃあおっぱい!おっぱい寄せていきましょうか!」
…いよいよ遠慮がなくなってきたな、こいつ。
どこからか深夜番組の神が降りてきたらしい一色は、丸めた雑誌をメガホン代わりに指示を飛ばし続ける。
「ちょ、いろはちゃん?!キャラ変わってない…?」
「ほら、ぱい先ぱ──結衣先輩、もっと寄って寄って!」
「ねえいま何と間違えたの?!」
業界じゃ先輩の事をパイセンなんて呼ぶ事もあるらしいが、今のはそういう意味じゃないんだろうなぁ。
その名に恥じる事無く、
俺の灰色シナプスもいい感じに機能しなくなってきてます。メーデー。
「うぅ…ヘンなこと考えないでよ…?」
こいつはほんとさっきから何を言っているんだろう。変な事なんて何も考えてやしない。食物を放り込まれた胃袋が消化活動を開始するのは単なる生理的機構である。だから今エロい事を考えるのも自然の摂理だ。このタイミングで明日の天気について考える男が居たら、それは脳の病気だろう。つか、ホントにやるんですか?
「…っ……っく」
プルプルと震えながら、由比ヶ浜は腕で抱えた輪の半径をすぼめていく。それに伴い、彼女の身体もより近くへと。正面を向いたままの俺の視界に髪しっぽがチラついている時点で、どれだけ距離が近いかがお分かり頂けると思う。
「ふぉーっ!すんごい、すんごいです!それ、わたしがしてほしいくらいです!」
一色の鼻息の荒さを見るに、押しつけられた由比ヶ浜のが相当すんごいことになっているらしい。けどそれを直視する勇気があるなら長年ぼっちなんてやってない。
こうなると触覚だけが頼みの綱だが――腹立たしいことにこの腕が感じ取っている感覚の根底にあるものが、いまいちよく分からないのだ。くそ、無駄に長い袖しやがって…。
この天使のヒップの如き柔らかさ(キ○ーピーマヨネーズ的なものを想像して欲しい)は高級バスローブのものか、はたまた由比ヶ浜のシロモノか。
結局、神の差配によって創造されたガハマ連峰の威容を、俺は最後まで拝むことが出来なかった。
いやこのひと一応クラスメイトだからね。こんなんまでしておいて、明日からどんな顔して顔合わせりゃいいんだよ。一色、お前ちゃんと責任取ってくれるん?
しかし、目を反らしているというのに間近に感じるこの存在感は何なのだ。近隣にこの双子星に匹敵する質量がない以上、そちらに興味や目線が引きつけられたとしても神はお許しになるに違いない。宇宙を支配する
「どこを見ているのかしら、
アーメン。質素を尊ぶ氷の女神様は、俺の行いをお許しにならなかった。
その字面、波羅蜜多心経みたいで意外とかっこいいじゃないの。略してチキがやくんなら猛レースまで始まっちゃいそうである。
「じゃあ次に雪ノ下先輩ですけどー」
「なぜ急に素に戻るのかしら。言いたい事があるなら言って御覧なさい」
「そこ張り合うとこじゃねえだろ…」
まかり間違ってお前も寄せていけとか言われたら、こいつは一体どうするつもりだったのだろうか。魔女の怒りを恐れた一色の判断は正解だろう。
「はぁ…。何でもいいから早く済ませて」
正面に立った雪ノ下。逆光でそのかんばせに落ちた影が俺の不安を煽る。
「え、マジでお前もやる気?」
「当たり前でしょう。いくら明後日の方向に広がった話とはいえ、元はと言えば私が『過激な写真を』なんて言ったのがきっかけでもあるのだし。自分の言葉には責任を持ちたいのよ。例え地獄の責め苦より辛い仕打ちが待っていると分かっていても」
その辛さは俺に水着姿を見られることなのか、単に胸に自信がないからなのか。多分両方なんだろう。
しかし一番過激なのは、脅威的な飛躍でエロはすを召喚してしまった由比ヶ浜の発想力じゃないかと思う。確かに雪ノ下の提案がそもそもの下地になっていることは否めないけども…。
「ここに座ればいいのかしら?」
気配りも虚しく、雪ノ下は俺の左側に
なに…?すとん?
やけにスムーズに座ったもんで、いちいち照れる暇もなかったな。
広げておいたとは言えその差はほんの数センチ。由比ヶ浜から受けている圧力を基準で考えると、掠るくらいしないとおかしいのだが…。
「ゆきのん、ずるい…」
「えっ?ずるいって、何が?」
「知れた事、先に座った赤毛の方が尻がでか──」
ゴツッと堅いものの当たる音。
床を見れば材木座に似た男の死骸と転がったTVのリモコン。ただの粛正現場だな。
「あたしがおっきいんじゃないよ!ゆきのんがちっちゃいんだよ」
「なっ?!私はバランスを重視してるだけで、決して不自然なほど小さくは…!貴女のそれが大きくないと言うのなら、私は無いも同然ということ?」
謙遜してるんだか貶してるんだか分からないすれ違いが、至近距離からステレオ入力されてくる。そういや俺らの立ち位置は基本、由比ヶ浜が間に入ってるんだよな。これはちょっと不思議な感覚だ。
「結衣先輩の胸はご立派ですし、雪ノ下先輩のお尻は引き締まってて素敵ですよ。先輩はどっちが気になりますか?やっぱり年下ですか?」
「…」
何を言っても不利になる時は、黙秘権を使うべし。覚えておくといい。
あとその年下って選択肢はどっから沸いて出てきたの?
パンかご飯か靴下か、みたいな感じになってるんだけど。
「あのー、雪ノ下先輩もなにかポーズお願いします。姿勢良すぎですよー」
「なにか…と言われても…」
身じろぎした拍子に腰が触れ、彼女は身を固くした。いくら細身といっても、動き回るほどの余地があるわけじゃないからな。どうあれ接触面積が増えないポーズが望ましいが…。
数瞬悩んだ雪ノ下は、すっとその白い脚を組み、長い黒髪を払うような仕草をして見せた。
「このくらいが譲歩の限度ね」
「うーん、ちょっともの足りないですけど…でも無理強いも出来ませんね!」
「えっ!それでオッケーなの?おかしくない!?」
俺の腕にだっこちゃんよろしくへばりついている由比ヶ浜がクレームをつける。
でも考えてみりゃ、由比ヶ浜の場合は挑発に乗っただけで、確かに一色は無理強いしていない…。やっぱこいつ策士だわ。
ぐぬぬ、と悶えつつもポーズを崩さない由比ヶ浜と雪ノ下を交互に見て、一色は満足げに頷いた。
「オッケーでーす。ではでは…お待たせしました!真打ち、まいりまーす♪」
満を持しての監督登場。
とは言え雪ノ下を僅かなスペースに詰め込んだ事で、ソファに座ることの出来る、座らなければならない可能性は既に枯渇した。一色の見事な作戦勝ちである。
しかし何を思ったのか、彼女は真っ直ぐ俺の方へと向ってきた。
「えっ?もう無理くない?」
「いえいえ。ここ、座れますよね?」
不意にすっと背を向られ、反射的に白い肌に視線が走った。あ、腰んとこにホクロ発見。
「えいっ♪」
むにっ、と形容の難しい感触が俺の太股に走る。
一色は確かに座ってみせた。
ただし、俺の膝の上にだ。
「なぁっ?!」
驚愕におののいた由比ヶ浜が強く腕を抱き込んだのが分かったが、そちらから伝わってくる感触を解析している余裕は全くなかった。目の前には由比ヶ浜よりも一回り明るい髪色。ふんわりと広がる毛先が鼻をくすぐる。甘いアナスイの香りが嗅覚を犯し、俺のCPUが演算の限界を越えて悲鳴を上げた。
「ちょと先輩、鼻息くすぐったいですよぉ?」
クスクスと笑うその表情は見えないが、明らかに普段と様子が違う。
「お、おっ、おまっ…何かキメてるんじゃないだろうな…?」
「覚悟はキメてますよ?それにこういうのはマジメになったら負けなんです。テンション吹っ飛ばさなきゃ、わたしだって恥ずかしくて死んじゃいます」
「その男の命を吹っ飛ばす方が手っ取り早い気がしてきたわ…」
真面目っ子代表が何やら不穏当な発言をしていますね。
こっちはテンションどころか理性も命も全部まとめて吹っ飛ばされそうです。
あ…、これヤバい。血が集まる感じがしてきた…。今すぐセンサーを遮断しなければ。
俺は息を止め、固く目を閉じた。
「んっ…けっこう、固いですね…っ」
──視覚および嗅覚をカット。だが足りない。触覚および聴覚からのダメージが深刻だ。
落ち着け、思い出すんだ、小町を抱っこした時の感触を。年下女子なんて全部似たようなもんだろう?
ちなみにこの方法で余計に状況が悪化するとか思ったヤツ。そいつにはラノベ作家でも目指す事をオススメする。千葉の兄妹が如何に仲良しとはいえ、兄妹は兄妹なのだ。属性としては母親のそれに類する。流石に比企谷家のご母堂を想像するのは効果より後遺症のリスクが上回りそうだし…。
むにむにっ。
腰の上で一色が身じろぎする度、見た目通りの軽い体重と小ぶりな臀部が弾む感触が薄布とタオル地を突き抜けて伝わってくる。
つか全然違うじゃん。最後に小町抱っこしたのなんて小学生のどこかだろうに。第二次性徴を完全に侮っていた。
…まずいな。このままでは連鎖的に御神体まで被害が及びそうだ。愛妹をそんな目で見ちまった日には、俺の身柄は比企谷父によってオホーツク海に浮かぶ蟹工船にでも渡されかねない。
もう禁じ手だろうと何だろうと、躊躇っている余裕はないか…。
許せ戸塚。そして俺を守ってくれ!
A(ngel).T(otsuka).フィールド全開っ!!
「せ、せんぱ…っ、あ、あんま、動かないで…バランスとれな…」
───フィールド反転!脳が侵されていきます!
対処を間違えた…女性的刺激に中性的刺激を足してもダメだった…。
素直に材木座に…しておけば…よかったのに…。
手を尽くしたエンジニアが疲れた顔で電源を引っこ抜くように、天使達の笑顔をそっと脳裏にしまいこむ。
残ったのは周囲を包む甘やかな香りと、密着する後輩の熱い体温。
負け惜しみであろうとも言わせてほしい。
戸塚は置いておいて、俺はホモではないのだ。戸塚は置いておいて。
「うわっ!ヒッキー鼻血出てる!」
顔面からの出血によって、俺はTKO負けを余儀なくされた。
* * *
負傷者の発生に伴い、撮影は一時中断となった。
女子の肌を血塗れにしないよう廊下に退散した俺は、鼻にティッシュを当てたまま、雪ノ下さんちの天井を相手に日本の将来について討論している。
「鼻血出すほど興奮しちゃいました?」
楽しげな声に振り返ると、肩からバスタオルを掛けた一色が廊下に出てきていた。
これはこれで逆にエロ…いかんいかん、折角収まってきたのに。
「人間なんだから鼻血くらい出るわ。一色だって出してただろ」
「それは今すぐ忘れてくださいね」
ちょっと引きつった声色。隙だらけの俺の鳩尾に一色のエルボーが迫る。
刀の間合いに潜り込まれた剣士のように瞳孔がキュッとなったが、次いで腹部に感じたのはぷにっとした感触としっとりした肌の温度だけ。どうやら高速で繰り出されたはずの肘鉄は俺に突き刺さる直前に減速し、牙突からお触りにまでその勢いを殺したようだった。
ここからかの有名な零式に派生するのか、はたまた既に肉体を破壊され奇声を上げて破裂する運命なのかとビクビクしていたが、一色は「もー…」と可愛く頬を膨らませて肘をぐりぐりしてくるだけだった。
そのくすぐったい感触をなんとか振りほどこうとして開いた俺の口から出たのは──
「ひゃめろ…!」
…くそう、やっぱり奇声を上げさせられてしまった…。YouはShock!!
それにしても最近、こいつのスキンシップは少々過剰ではないだろうか。いくら事情が事情とは言え、さすがに今日のはやりすぎだ。黒歴史編纂の第一人者としても看過しかねる。これは確実に後で死にたくなるぞ。
「一色…その、なんだ。…程々にしとけよ?」
「え?」
「悪ノリでもしないとやってられないってのはまぁ、察してるつもりだ。けどこんなんは、葉山だっていい気しないだろ」
「へ?葉山先輩…?」
「…?」
こいつに限って、自分のしている事が想い人にバレた時の事を考えていないとは思わないが…。
この前から色々あったし、やはり少し混乱しているのだろうか。
「あっ!葉山先輩!そうですね、すっかり忘れてました、その設定!」
「おい待ていま設定って言ったよな」
「それ、ちょーっとだけ情報が古いですね。今すぐ更新しますか?それとも…こ・ん・や?」
「いや俺は
一色は「えへへ、ちゃんと通じました」と小さくピースサイン。
旬の強制アプデネタとは、地味に俺のツボをついてくるな。ヒッ検取得に成功したという噂がいよいよ真実味を帯びてきた。
「なに、いつの間にか状況変わってたりするの?」
「ふふっ、興味ありますか?」
「ん…多少な」
「えっ?ほんとに?」
確かに普段であれば、他人の恋愛事情に興味はない。ましてや一色みたいに息を吸うかの如く男女交際をこなす輩であれば、尚更だ。ただ──
「涙ボロボロ流して、もっと頑張る宣言してたし」
「わーもうこのひとサイアクだー!」
頭を抱える一色を見てようやく溜飲が下った。なにせ今日は終始やられっぱなしだったからな。
「葉山にヤキモチでもやかせるつもりか?」
「はい?」
「いや、路線変更するみたいなこと言ってたし」
押して駄目なら引いてみろ、みたいな切り替えの最中なのだろうか。しかしそれには少し手段が間違っているような気もする。もし俺が葉山の立場だったらどう思うだろう。比企谷ブッコロ!って思うんじゃないだろうか。…葉山が性格も含めた真性イケメンである事を祈るしかないな。
「はぁ……。まあその解釈でもいいですよ、今は」
うわ、すげぇ小馬鹿にされた感。
まだお前には理解できないからっていう時の常套句じゃねえか。
けど確かに、経験的にも性別的にもこいつの考えを理解するのは困難だろうな。
そんなことより、と一色がこちらに向き直って言った。
「何だかんだで言うチャンスがなかったので」
「ん?」
「ありがとう、ございます。その、色々…」
さっきまでの異様な明るさはなりを潜め、一色は神妙な顔でこちらを見上げてきた。
「いや…別に礼とか…。今回はむしろ、お前等を俺に付き合わせてるみたいな話だろ。だから礼を言われるのは違うっつーか…」
「違わないですよ」
一色の目は優しく、それでいてどこか一本芯が通っているようにも感じられた。
こいつこんな目してたっけ…。もっとこう、クリオネ的な、可愛い顔した肉食獣の印象だったんだけど…。
「こんなに人に感謝したのって、きっと生まれて初めてです」
それを言うなら、そんなに感謝されたのも、俺の人生で初めての事ではないだろうか。
少なくとも、面と向かってこんな風に言われた事はなかったと思う。
「わたしの初めての相手ですね、先輩」
「…………………………………………」
「い、いや~、ウケるかと思ったけどダメですねこのセリフ!考えた人、絶対アタマ沸いてますよ!」
俺を捕らえて離さなかった視線は急に落ち着きを失い、彼女は何かを誤魔化すように早口でまくし立てた。
その顔はほんのり赤くなっているが、俺はもっと酷い事になっているだろう。折角止まったのに、また鼻血が出そうだわ。言った側が恥ずかしがると、言われた側はもっと恥ずいんだよ…このエロリストめ。
ところで今のを盗聴とかされてたらヤバくない?
俺ってばマジで誤解から殺されてしまうよ…。
* * *
「…よし、と。これでオッケーです。じゃ、撮りますねー!」
タイマーをかけたカメラの正面ライトが点滅する。
その感覚が短くなっていき、「カシャ」とシャッターの音が響いた。
カメラマンであるはずの材木座が犯人不明の投擲攻撃によりダウンしたままだったので、結局セルフタイマーと三脚を駆使して撮影は続行された。ほんとこの男は何しに来たんだろう。ずっと女子の水着を撮影していただけのような…。まあ明日頑張ってもらう必要があるし、今日のところは大目に見よう。
「はーい、みなさんお疲れ様でしたー!」
息苦しい沈黙の中、ひょいひょいと足取りも軽くカメラの元へ向う一色。
彼女が膝から降りた途端に抱えていた熱がごっそりと抜け落ちて、俺は軽い虚脱感に見舞われた。人恋しさ故に異性に依存する連中の気持ちが少しだけ分かった気がする。
由比ヶ浜と雪ノ下、そして俺も、一色以外はカメラの方を向いたまま動けずにいた。
あまりに衝撃的な時間だったため、急に終わった事がまだ信じられないのかもしれない。
「ふぅ…」
しばらくして、由比ヶ浜は熱い吐息を残して身体を離し、その胸に抱かれていた俺の腕も開放された。
重いんだか軽いんだか分からない謎の圧迫感が無くなって、腕が細くなったような錯覚すらある。
由比ヶ浜は無言のまま、俺に触れていた箇所をしきりに撫でていた。
すりすり、すりすり、すりすりすりすりすりすり──ってちょっと擦り過ぎじゃないですかね。
垢すりみたく角質ごと削ぎ落としたいんですよね。ちょっと号泣してもいいですか。
雪ノ下は何故か、未だに立ち上がろうとしなかった。怒りに痙攣するわけでも、羞恥に顔を赤らめるでもない。ピクリとも動かない彼女に、俺はじりっと恐怖のようなものを感じた。比企谷菌に侵されてゾンビになってしまったわけでもあるまいに。
やがて立ち上がった彼女は、サイドテーブルに歩み寄ると、置きっぱなしの携帯電話を手に取った。
「…何してんの?」
「…ちょっとカウンセリングの予約をと思って」
「俺の分も頼みたくなるからやめてね」
ばら撒かれたビラなんかよりもずっと心が痛いです…。
「あのー、みなさん。お疲れのところ申し訳ないんですがー」
カメラを回収し、ちょいちょいっと画面を操作していた一色。
ちょっと困ったようなはにかみ顔でこちらに向き直り、彼女はてへぺろっ☆と舌を出した。
「メモリ不足で撮れなかったみたいでー。もう一回、お願いしまーす」
──数分後、脱衣所の前には必死の説得を行う二人の女性交渉人の姿があった。
立て篭ってしまったとある少女を再びカメラの前に立たせるべく掛けられた言葉。
その内容は当人の尊厳に関わるため、「発言の責任」なる単語が登場したとだけ記しておこうと思う。
写真一枚撮るのに大騒ぎですね。