そうして、一色いろはは本物を知る   作:達吉

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■30話 選択肢なんてない

 

《--- Side Hachiman ---》

 

 

 

 *いしのなかにいる*

 

 

 

 某有名RPGにあやかって今の状況を表現してみたんだが、どうだろう。

 

 何も見えず、何も聞こえない。

 寝呆けているだけなのだと思いたいが、明晰夢だとしても、意識がハッキリし過ぎている。と言うか、より厳密に言うと、意識()()しか感じられない。

 

 そう、困ったことにさっきから身体の感覚が全く無いのだ。身体を無くした経験のある人間はそうそう居ないだろうから、これも分かりやすく例えると──そうだな、「畜生…持って行かれた……!」という感じだろうか。

 

 意識が途絶える前の記憶がハッキリしないのだが、断片的に覚えている事から逆算するに、一番有力な説は物理属性からゴースト属性にシフトしてしまった可能性だろうか。しかしそう判断するのは些か早計に過ぎるというものだろう。

 とかくこの世には、怪しげなエピソードがごまんと転がっている。例えばそうだな、幽体離脱とか臨死体験とか神様転生とか。おっと最後のはきっちり死んでますね。

 

 日頃から世間相手にクレームを垂れ流している俺ではあるが、別に本気で死にたいとまでは思っていない。

 昨日録ったプリキュアだって観なくちゃいけないし、平塚先生の花嫁姿も見てあげたい。後者の可能性については議論の余地があるとしても、まだまだ俺なりにやりたい事があるのである。

 …あとほら、男としては外せない経験とかもさ、あるじゃない?

 

 もしもここで力尽きてしまったら、全てを見通すと名高い閻魔帳の職業欄に"魔法使い(見習い)"と書かれてしまうのだろうか。そう考えると、見当たらないはずの身体がぶるりと震える思いがした。

 あの世でまで肩身の狭い思いはしたくないんだが…。こうなると、いっそ淫行野郎の方が箔が付いたんじゃなかろうか。

 

 とにかく状況を知りたいのだが、外界の情報が無いというのが致命的だった。この無明の闇の中で意識だけが延々と存在するのなら、死後の世界だろうと夢の世界だろうと、それはただ苦痛でしかない。

 何一つ思い通りに出来ない状況の中、俺はいつか見聞いた言葉を実感として思い出していた。

 

『人生の主人公は自分自身』

 

 確かにその通りなのかも知れない。例えそれが、どれだけ出来の悪いルールに縛られたクソゲーであろうとも、だ。操作不能なこの状況よりはマシなのだと、今なら思える。このまま、俺という存在は霞のように消えてなくなるのだろうか。

 

 少しずつぼやけていく意識の中で、気になることを思い出した。

 

 

 

 そういや、一色はどうなったんだろうか。

 

 

 

 俺がこんなんになってしまったって事は、彼女を守りきれなかったという事ではないのか。まさか学校の中で18歳未満お断りな展開になったりはしていないだろうな。そんなのあの中じゃ大っぴらに見れるの平塚先生くらいしかいないだろうが誰得だよ。

 

 あまり考えたくないが、ヤツの壊れっぷりからしたら、何が起きてもおかしくないと思えた。エロ展開どころかすっ飛ばしてグロ展開もかくやという勢いだったしな…。むしろ俺自身がグロ加工されているワケであるからして、笑い事ではないのかも知れない。

 

 おっ?おおっ?

 

 なんとか彼女の安否だけでも確認したいと思っていると、不意に強い力で引っ張られるような感覚があった。さっぱり状況が分からず、反射的に抵抗を試みる。とは言え身体もないのだから、あくまで気持ちの上での話だ。

 もちろんそんな形にもならない抵抗に意味はなく、ただ一つの変わらない吸引力的なものによって、俺の意識は凄いスピードでどこかへ流れていく。

 

 次第に、細い光が流れる様に横へと滑っていくのが見え始めた。

 

 ふーん、バンブーファイトよりずっと面白いじゃないの。

 雪ノ下に見せたら何て言うだろうな。

 

 虚無感に辟易していた俺は、食い入るようにそれを見つめ続けた。

 

 長いのか短いのかすらも分からない牽引タイムの後、これまた突然、俺を引っ張る力が消え失せた。視界のスライドがピタリと停止したが、急ブレーキのような慣性もなく、相変わらず現実味が薄い。そんな視界の中で、一人の女子が泣いていた。

 

 

 それは、カーディガンを赤く染めあげた、一色いろはだった。

 

 

 っておいおい一色さん!赤い、赤いよ?!

 嘘だろ、結局やられちまったのか…。いろはすが斬る!を見たいとは思ったけど、女子が刃物で斬られるとこなんて見たくなかったなぁ。罪悪感がハンパないわ。俺ってばカンペキ刺され損じゃないのよ。

 

 やっぱ八幡一枚じゃ厚みが足りなかったのかな。せめてあの場に材木座が居れば(肉盾的な意味で)何とかなったかも知れないのに…。つか平塚先生、電話に気付いてくれなかったのかしら?

 

「ひっく…ひっぐ…せんぱい…っく…」

 

 ドラマのヒロインもかくやという位に綺麗な顔からぼろぼろと涙を零す一色は、両手で何かを一心に掴み、祈るような姿勢で俯いている。覗き込んでみれば、驚いた事に、彼女が掴んでいるのは血で汚れた人間の手であった。

 一向に動く気配のないそれに、時折自らの手を擦りつけるようにしている。必然、彼女の手にもそこから滴る液体が伝う。

 

 ちょっといろはす!ばっちいからそんなの触らないの!

 つか相変わらずエロい指使いだな、うらやまけしからん。どこのどいつだコンチクショウ。

 

 俺は一色が握っている手の持ち主を検めた。

 

 そこに横たわっていたのは、死んだような目を閉じて死んだように動かない、あーこれ絶対死んでるなーと思えるほど土気色の不健康そうな男子高校生──

 

 おう、どっかで見た事あると思ったら、これ八幡だわ。

 

 自分の顔なのに何故こうも反応が遅れるのかと思ったが、考えたら理由は簡単だった。

 人間は普段、自分の顔を客観的に見る事が出来ない。一番目にする機会が多いのが鏡や水面に反射した姿だが、これは他人から見たものと同じではないのである。

 鏡に映った顔において、自分から見た左側の目というのは俺の左目なわけだが、正面から俺の顔を見た相手にとって、左側にある目は俺の右目にあたる。要するに、普段見慣れた顔の鏡写しなわけだ。大した違いはないだろうと思うかもしれないが、人間の顔というのは全くもって左右対称にはなっていない。これを反転すると、かなり違う印象になるのである。

 写真に撮ったものならば他人との認識のズレは埋められるが、その絶対数が足りない俺には微妙に不細工だと感じられた。しかしよく考えてみると、これこそが世間一般の認識する比企谷八幡の顔なのであった。

 

 要するに、一色は俺の手をやたらイヤらしい手つきで愛撫──もとい取り縋って泣いていたわけである。

 

 ドラマなんかでは既に手垢に塗れているであろうこの構図。しかし演出の加減がなされていない為か、下手な映画よりずっと衝撃的だった。

 率直に言って、美より醜の方が遥かに勝っている。これで主演女優がルックスに秀でた彼女でなかったら、マジにただのグロ画像だな、とすら思った。

 

 改めて辺りを見回すと、狭い空間に低い天井、ゴチャゴチャした機械や道具が目に入った。どうやらここは救急車の中らしい。通り過ぎるサイレンは聞き慣れているが、その音源と共に移動するというのは新鮮な経験だ。

 つまるところ、俺はブッスリやられて見事に病院送りの真っ最中と、そういう事らしい。横にある心電図みたいな機械も断続的に音を立てているし、一応はまだ生きてると思って良さそうだ。

 

 しかし、人の意識ってのは脳味噌が生み出しているものだと思っていたが…。ならばこの状態をどう説明したらいいのだろうか。こうして思考している俺は、そこで寝ている俺と別人なのか。

 でもそんな考察、今は意味がない。偉い人が生涯掛けて考えたって、簡単な結論しか出てこないのだから。真実は目の前にあるものが全て、それで良いじゃないか。

 

 我思う、無駄にエロ在り──いや待てなんか違う。

 

 …だってさー、いろはすの手つきがさー。

 これ見てると、こないだ手を繋いだ時の感触を思い出しちゃうんだよなー。

 

 意識だけで悶えるという奇っ怪な芸当を披露していると、奥でゴソゴソしていた救急隊員らしき人物がやってきて、一色に声を掛けた。

 

「すみません、人工呼吸つけますので…」

 

 えーと。

 今、なんて仰いましたかね。

 人工呼吸?

 このオッサンにされちゃうのん!?

 やめて下さい初めてなんです!

 

 声が出せないことがこれ程のピンチに派生するとは。何とか阻止できないものかとひとり慌てていると、隊員の声に顔を上げた一色が、握り込んだその手を離さずに言った。

 

「あの、わたし、出来ます…」

 

 おおジーザス、あなたが神か!

 

 つか何でそんな事出来るんだよ。ゆるふわ系最上位ともなればそんな事まで出来ちゃうの?流石はクラスURだな。

 いや、この期に及んで俺に選択肢なんてないですよ?一色にしてもらえるんだったら、土下座でも靴舐めでも便器舐めでもしちゃいますよ?ごめんやっぱ最後のは勘弁な。

 でもほら、そこの土色ゾンビ、リアル過ぎる死に化粧(エンバーミング)でちょっとキモさに拍車が掛かってるっていうかさ。

 

「一色、マウストゥマウスじゃない。そこの機械を使うんだろう」

 

 ポンと彼女の肩を叩いたのは平塚先生。なんだあなたも居たんですか。

何のことはない。さっきのは呼吸()って言ってたんだな。ここ、サイレンの音がデカ過ぎてよく聞こえないんだよ。脅かしやがって…き、期待なんかしてないんだからね!

 

 平塚先生は一色をゾンビから引き剥がし、彼女の手を消毒布…ではなくて、綺麗なハンカチで包む。せっかくいろはすまで聞き間違えていたっぽいのに、これまた余計なお節介をしてくれたものだ。これで俺が死んじゃったりしたら、最後のワンチャンを阻止してくれた恨みで枕元に立ってしまうかもしれませんよ?

 そんな馬鹿げた愚痴を垂らしつつ、平塚先生の顔を覗き込んだ俺は、そこに見たことのない表情を見つけてぎょっとした。しゃくりあげる一色を胸に抱く彼女の目が、赤くなっていたのだ。

 

 ここへきて初めて、俺は自らの行動が招いた結果を正しく認識した。

 

 もちろん、一色が2年ほどすっ飛ばしてアダルティな目に遭わずに済んだ事に関しては、胸を張っていいと思う。とは言え、「計画通り…」とほくそ笑むにはあまりにお粗末な展開である。例によって、俺はまたもや間違えてしまったのだろうか。

 

 でもさー、俺自身もよく忘れるけど、ここってばまがりなりにも進学校なわけでしょ?ナイフが出てくるとか思わないだろ。

 おまけに徹夜明けの体調であんな急展開、そんな上手くあしらえるかよ。身体を張る覚悟はあったって言ったって、精々がグーパンくらいの想定だっての。

 

 もっと色々と言い訳をさせて欲しいところではあるが、そもそも釈明の機会が俺に与えられるのかすら、現状かなり怪しい有り様なのであった。

 

「…ごめん、ごめんなさい…せんぱい…ひっく…」

 

 結果的に一色の身体は無傷だったのかもしれないが、今の彼女は無事と表現するのが憚られる程度には精神を磨耗させているように見えた。

 一色だけではない。平塚先生の様子を見たときに何となく察しは付いたが、彼女らの他にも責任を感じるであろう人物は、少なくともあと二人は存在する訳で──

 

「せんぱい、頑張って…。もう少しだけ…すぐ病院に着きますから…」

 

 待てよ。ちょっと思い出してきたぞ。

 

 えーと…葉山が雪ノ下の罵倒(ごほうび)を頂いて、一色の顔のは俺の返り血で、由比ヶ浜が救急車をダブルブッキングして──そんで、こんな風に俺を呼び続ける声が、ずっと聞こえていたんだっけか。

 

 時系列がゴチャゴチャだけど…畜生、世話になっちまったって事だけは、きっちり分かってしまう。

 

 色んな意味で、死んでる場合じゃないな。

 

 しっかりしろよ、比企谷八幡。

 

 

* * *

 

 

 やがて、朝っぱらからご近所に騒音をバラまいていたサイレンが静かになった。どこぞの病院に着いたのだろうか。

 外の様子を確認したいと思っていたら、視界がすっと静かに横方向へ移動した。何だこいつ、すげーぬるぬる動くじゃないか。FPSが高すぎて逆に酔いそうである。

 

 救急車は裏口のような所にお尻をつける形で止まっている。

 そこからストレッチャーに乗った俺の身体が引っ張り出され、あれよあれよと言う間に建物の中へと運び込まれていく。必死に追い縋ろうとしていた一色は、待ち構えていた病院のスタッフに捕まっていた。

 

「せんぱい、せんぱい!」

 

「大丈夫ですか? 貴女は怪我をしていませんか?」

 

 一色の服には結構な量の血が付いていて、俺の血だと知らなければ、彼女の方が重傷に見える程だった。これではドクターストップも掛かろうというものである。

 

「あのひと、助けてあげてください! お願いします! お願いします!」

 

「大丈夫ですよ、すぐ対応しますから。まずは落ち着いて下さい」

 

「失礼、この子は私の方で…。お騒がせして申し訳ない」

 

 平塚先生が、男性職員に掴み掛かるようにして懇願する一色をやんわりと引き剥がす。

 

「保護者の方ですね。そちらもお怪我はありませんか?」

 

「ええ、大丈夫です」

 

 少なくない血の痕跡を残す女性達に気を遣ってか、彼は清潔そうなタオルを何枚か渡しながら、奥を指して告げた。

 

「お使い下さい。そちらのトイレが使えますので。落ち着かれましたらそちらの窓口に声をお掛け下さい。いくつか手続きをして頂く必要があります」

 

「使わせて頂きます。…ほら、一色。行こう」

 

「あの! わたしの血とか、使えませんか? 輸血、必要ですよね?」

 

 平塚先生に肩を押されながら、一色はなおも職員に迫った。しかしそんな反応さえ慣れているといった風に、彼は穏やかな笑みで返す。

 

「ありがとうございます。ですがお気持ちだけ。最近ではそういうやり方はしないんですよ。大丈夫、患者さんはA型です。ストックは沢山ありますよ」

 

「で、でも…こっちの方が新鮮じゃないですか?生き血って言うくらいだし、その方が治りが早くなったりとか──」

 

 生き血ってお前…もう少し言い方あるだろ。スッポンみたいじゃねえか。それともいろはスッポンってことなの? やまと豚みたいなブランドだったりするのかしら。

 この子の血とか輸血されたらリア充に突然変異しちゃいそうな気もするし、ちょっとばかし興味が無いわけでもない。

 

 だってほら、血液って要するに体液の一種でしょ。いろはすみたいな美形女子のが自分の中に混入するかと思うと、何かこう、字面だけでもゾクゾクっと来るものがあるよな。

 

「待ちなさい。そもそもA型に輸血できるのは同じA型かO型だけだぞ。君はどうなんだ?」

 

 へー先生、やけに詳しいっすね。あなた国語の教師じゃなかったんですか? 子供の認知を求める時に必要になる系の知識だからかなー、エグいなー。

 

「あ……B…です…わたし…」

 

危なっ! ゾクゾクしていたのはHENTAI的な愉悦じゃなくて、HONNOU的な危機感だったらしい。やはりリア充の血はぼっちには受け入れられないのだろうか。ちなみに型違いを輸血すると、血液が凝固してショック死するそうですよ。エグいなー。

 

 しょんぼりと肩を落とす一色。もしも頭にネコの耳が付いていれば、ぺったりと伏せられているに違いなかった。その姿は大変いじらしく、お兄ちゃん本能に対して強烈に訴えかけるものがある。

 

「大丈夫だ。その献身は彼が病室に戻ってきたらきっと必要になるよ。なに、すぐに出番は来るとも。だから今はプロに任せたまえ。いいね?」

 

「………はい」

 

 ストレッチャーが運ばれていった廊下の先を、一色はじっと見つめていた。

 

 不謹慎かも知れないが、俺はこのやりとりを感激をもって見守っていた。彼女がこれほどまでに他人を思える人間だった事にも驚いたし、自分の為にここまでしようとしてくれる姿を見て、何とも思わない訳がない。

心臓の無いブリキの木こりにだって、人の心は確かにあったのだから。

 

 

 トイレへと消えた二人を追跡するわけにもいかず、わりと手持ち無沙汰になった俺は、かつぎ込まれた自分の身体を見張ってやろうと処置室へ潜入した。

 しかしいざ腹を開かれている所を目の当たりにすると、直視するのは予想以上にキツい光景だった。いくら自分の内臓(モツ)って言ってもなー。

 しかも執刀医のヤツ、ひとの内臓弄りながら「最近パーが取れない」とか言い出して、何のことかと思ったら昨日のゴルフの話でやんの。パーが取れないのはお前の頭だこのクルクル野郎!と全力で突っ込んでしまったじゃないか。

 

 色んな意味で気分を害した俺はそそくさとその場を退出した。

 まあ仕方のない事だと思おう。俺にとっては人生の一大事でも、ここの医者にとっては月曜の朝っぱらから担ぎ込まれてきた、はた迷惑な急患でしかないのである。

 

 ぬるりと壁を抜けて廊下に出ると、備え付けのソファの前には見慣れた連中が勢揃いしていた。平塚先生は少し離れたところで、電話を相手に小声で怒鳴るという器用なことをしている。

 おーいそこの人、病院内では携帯NGっすよー?

 

 燃え尽きたジョーのようにソファへと沈んでいる一色の側には、奉仕部の二人が佇んでいた。あまり時間が経っていないはずだが、二人はタクシーでも使って来たのだろうか。その手の経費は西山さんちにツケといてもらいたいものだ。

 雪ノ下と由比ヶ浜は未だに髪が解れ、制服のあちこちを血で汚していた。ともすれば派手にバトってきた後にも見える。由比ヶ浜はレディースの鉄砲玉、雪ノ下は極道の娘といった趣だな。

 

 感謝と申し訳なさからそんな照れ隠しをしつつ、俺は彼女達の様子をつぶさに観察していた。

 

 

 

《---Side Yukino---》

 

 

 処置室の前の廊下はどこか暗く、暖房が掛かっていないのではと疑いたくなるような薄ら寒さが蔓延(はびこ)っていた。

 据え付けられた無駄に柔らかなソファは、只でさえ沈んだ気分をより深い場所へと引きずり込む。そんな些細な事にさえ苛立ちを感じながら、私は観音開きの搬入口を正面に見据え、眉間に寄った皺を揉み解していた。

 

 集まった人達は皆、口を開かない。廊下の向こう側で電話をしているらしい平塚先生の、時折荒くなる語気だけが散発的に伝わってくる。

 歓迎し難い類いの沈黙に辟易していると、背後からパタパタと廊下を駆ける音が近づいてきた。

 

「皆さん、来てくれたんですね!」

 

 やってきたのは中学の制服に身を包んだ小町さんだった。こちらの面々を見つけて嬉しそうに駆け寄って来る。

 連絡を受けたであろう時の状況を想像すれば、無理もないと思えた。きっと彼女は何の前触れもなく、家族の危機だと言って送り出されてきた筈なのだから。道すがら、さぞや心細かった事だろう。

 

 しかし彼女はこちらにあと数歩というところで立ち止まった。その視線を追いかけて、今更ながらはっとなる。固まってしまうのも無理はない。私達の衣服は今もなお、そこかしこが彼の血に染まっていたのである。

 

「小町さん、これは、その…」

 

「あ、兄がご迷惑をお掛けしましたっ!」

 

 彼女は勢いよく頭を下げ、私達は予想外の第一声に戸惑う羽目になった。

 この場の誰もが赤い(まだら)を纏っている。それを見た彼女の脳裏にまず過ったのは、間違いなくお兄さんの安否に関する不安だった筈だ。にも関わらず、こんな自罰的な態度になってしまうあたり、やはり彼の妹なのだと思う。

 

「頭を上げて頂戴。謝るのはこちらの方なのだから。彼がこんな目に遭ったのは、私達のせいなのよ」

 

「そうだよ。ヒッキー、超頑張ったんだから!」

 

「そう、ですか…。良かった──とは言えないし、なんて言ったらいいんでしょうね…」

 

 作りかけた愛想笑いも場の空気にそぐわないと思ったのか、小町さんはもやもやとした表情でこちらに歩み寄ってきた。

 

「誰かから事情は聞かされた?」

 

「はい、平塚先生から…。もともと兄から大体の事情は聞いてましたけど、ここまで危ない話だったとは思ってなくて。とにかくビックリしちゃって、正直、感情がまだ追い付いてきませんね」

 

「こまちゃん……」

 

 両手をきつく握り締めた一色さんが、彼女の名を呼んだ。そう言えばこの二人、写真も会話も交わしているとの事だったが、顔を会わせるのはこれが初めてなのではないだろうか。だとしたら不憫にも程がある。

 小町さんも、呼び掛けられるのを待っていたかの様に、ゆっくりとそちらを向いた。

 

「初めての顔合わせがこんな事になっちゃって残念ですけど…。改めまして、いろはさん。比企谷小町です。いつも兄がお世話になってます」

 

 折り目正しいその挨拶におかしな所は無い。ただ笑顔が足りないだけだった。

 小町さんから笑顔を奪っているのはこの状況であって、特別含む所がある訳では無いのだろう。けれども一色さんの立場からすれば、型通りの言い回しも皮肉にしか聞こえなかったのかも知れない。

 

「ごめんなさい、こまちゃ──小町さん!」

 

 顔を強ばらせたまま、一色さんは彼女の挨拶に謝罪で応えた。

 

「わたしのせいなの。せんぱい、わたしのせいで、こんな…ほんとにごめんなさい! 謝ってもぜんぜん足りないの、分かってるけど…!」

 

「いろはちゃん、そんなことないから!」

 

「止しなさい。貴女が悪い訳ではないでしょう」

 

「わたしが悪いんです!」

 

 当たり障りの無い慰めでは逆効果なのだろうか。一色さんは吐き捨てるようにして擁護の言葉をはね除けた。

 

「…あなたはわたしの顔なんて、見たくもないと思う。けど、それでも、ここに居るのだけは許してほしいの…。せめて手術が終わるまで…お願い…!」

 

 最後は消え入る様に懇願した彼女に対して、小町さんは先程から表情を変えず、逆に質問を返した。

 

「いろはさんは、ケガ、してないんですか?」

 

「ほんと、おかしいよね。全部わたしのせいなのに、自分だけ無傷なんて…。わたしがあっちに居るべきだったんだよ…」

 

その問いに頷いて、一色さんは処置室を見つめた。その瞳の奥には昏い色がこびりついている。幾分持ち直したかと思っていたが、その心はまだ安定には程遠い様だ。

 

「いろはちゃん…」

 

 二人の様子を見守っていた由比ヶ浜さんがいよいよ腰を上げる。しかし彼女のフォローよりも、小町さんの方が少しだけ早かった。

 

「何を言っているやら、ですよ。そんな見当違いをするアホの子の"小町さん"なんて、ここには来てません。いろはさんとお友達になった"こまちゃん"は、心からこう思ってます」

 

 小町さんは、その小さな身体で一色さんを静かに抱き締め、噛みしめる様にして言葉を紡いだ。

 

「あなたにケガが無くてほんとに良かった…。お兄ちゃんが頑張った甲斐、あったんですね…」

 

 

 一色さんは、声を上げて泣いていた。

 

 

 彼の守ったものと、守れなかったもの。

 どうするのが正しかったのかだなんて、不毛な議論でしかない。ただただ苦いものが胸に去来して、喜ぶべきか悲しむべきか、私には分からなかった。

 

「…うん。泣きたい時は、泣いていいと思う」

 

 目元をすっかり腫らした由比ヶ浜さんの、泣き笑いのような表情。肯定を意味するその言葉の意味を反芻し、私はやっと、自分の頬を伝う涙の感触に気が付いた。

 

「……年長者が揃って不甲斐ないわね。小町さんを見習わないと」

 

 お通夜の様な空気を吹き飛ばしたくて少しおどけてみせると、顔を上げた小町さんはニカッと笑って言った。

 

「小町は泣きませんよ。後でバラされたら恥ずかしいですから。そんなん絶対いびられますし。調子に乗られてもウザいですし?」

 

「あはは…ヒッキーは喜びそうだけどなぁ…」

 

「そうね。私達もあまり恥ずかしいところは見せられないわ」

 

 あからさまな空元気でも、彼女がそう望むなら付き合おう。

 小町さんの胸で泣き続ける一色さんの背中を撫でながら、私は再び処置室のランプに目をやったのだった。

 

 

***

 

 

「…皆さん、お腹空きませんか?」

 

 小町さんの言葉を受けて時計を確認すると、既に十三時をとうに過ぎていた。かれこれ四時間近く、処置室の前で待ちぼうけていた事になる。

 

「もうこんな時間なのね…」

 

 色々な感覚がすっかり麻痺している。言われてみれば空腹感のような胃腸の蠕動は感じるけれど、だからと言って食欲を満たしたいと思える状態ではなかった。

 思い出した様にスマートフォンを取り出して弄っていた由比ヶ浜さんが、遠慮がちに口を開く。

 

「あ…優美子から──学校、臨時休校になったって」

 

「そう…。明日以降はどうなるのかしらね」

 

 個人的な意見としては、ほとぼりが冷めるまで無期休校にしてくれても、正直構わないと思っている。しかし少なくとも建前上は進学校なのだし、受験もここから正に本番という時分である事を考えると、そういう訳にも行かないだろう。先輩方にはとんだ迷惑をかけてしまった。

 

「平塚先生、電話いっぱい来てたみたいですけど…。向こう戻んなくていいんですか?」

 

「ああ、気にしなくていい。あの腐れハ…教頭め、緊急会議をやるから戻れとそればかりだ。壊れたテープレコーダーってやつだな。君達を放って戻る位ならこの先教壇に立てなくなる方がマシだと言ってやったら(ようや)く静かになったよ」

 

「えぇー…。そんなこと言っちゃって平気なんですか?」

 

「どうせ戻ったらつるし上げは確実だろうし、前々から気に入らなかったからな。結構スッキリしたぞ?」

 

 ふん、と鼻息も荒く言い放ったその内容は、口調の軽さとは裏腹に到底笑えるものではなく、由比ヶ浜さんが顔色を変える。

 

「そんなの…別に先生のせいじゃないじゃん!」

 

「こういう時の為の責任者だからな。体裁上という理由が全く無いとは言わないが、それくらいはしないと、何より私自身が収まらないよ」

 

「待ってください。わたしが先生方に直接説明すれば──」

 

 恩師の危機を感じとったのか、暫くぶりに一色さんが顔を上げたその時、処置室の上に点っていた明かりが消えた。

 

 皆が固唾を飲んで見守る中、ややあって扉が左右に開き、中からストレッチャーが静かに運び出されてくる。

 

「先輩!」

 

 一色さんは慌てて立ち上がり、しかしそのままぐらりと身体を傾がせる。いつの間にか彼女のすぐ隣に移動していた平塚先生が、そんな彼女を待ち構えていたかの様に抱き留めた。

 

「す、すみません…」

 

「立ち眩みだ。急に動くんじゃない…と言っても、どうせ聞かないだろうがな」

 

 横たえられた比企谷君くんの口元には呼吸用の器具が取り付けられている。彼の顔からはさっきまでの苦悶が消えている様だが、素直に喜んでいい結果なのだろうか。

 

「あの! 大丈夫でしたか? 大丈夫なんですよね!?」

 

 ぞろぞろと出てくる青い術衣の集団に向かって、一色さんは半ば食って掛かる様にして問い掛ける。そんな彼女を私達は止めなかった。誰もがその答えを求めているからだ。

 しかし先頭を闊歩する恰幅の良い医師は「担当の者から説明します」とだけ口にして、がに股で立ち去っていく。そんな事を言われても、誰もが似たような格好で、担当医など分からないではないか。

 

 やきもきしていると、最後に退出してきた幾分若い医師が、こちらに向かって言った。

 

「患者さんの処置が完了しました。詳細についてご家族に説明させて頂きたいのですが、いらっしゃいますか?」

 

 その言葉を聞いて、周囲にほっと暖かい吐息が満ちる。

 

「私、妹です」

 

 手を挙げて名乗り出た小町さんを見た医師は眉をぴくりと動かし、一度ぐるりと視線を巡らせた。

 

「…失礼ですが、ご両親は?」

 

「そろって遠くで働いてるので、ちょっとすぐには来られないと思います。あの、私じゃダメですか?」

 

「いえ、お伝えする分には問題ないのですが…。そうですか、困ったな…。早めにしたいお話なので、あまり時間を置くわけにも…」

 

「どういうことですか? 先輩、助かったんですよね!?」

 

 再び色めき立つ一色さんを抑え、平塚先生が医師に歩み寄った。

 

「失礼。私は彼の学校の教員を務めている者です。私が保護者代わりとしてお話に同席するわけには行きませんか?」

 

「これはどうも。しかし難しいですね。そういう現場判断を下した後で、御両親に後から色々と言われるケースもありますので…」

 

「そう、ですか。そちらも大変そうですね」

 

 提案が通らなかった彼女はそれ以上食い下がりもせず、素直に引き下がった。流石に冷静なものだと感心していると、その口元から僅かに舌打ちらしき音が聞こえてきた。

 

「未成年の方だけというのが申し訳ないのですが、この際やむを得ないでしょう。妹さんだけ来て頂けますか?」

 

「わかりました」

 

 医師と共に歩き出した小町さんは、さも大した事のない話だと言わんばかりに、明るい声を出した。

 

「あっ、遅くなっちゃいましたけど、皆さんはご飯でも食べてて下さい。向こうに食堂があるみたいですので」

 

「…ええ、待っているわ」

 

 ごねたところで話を聞かせて貰えるとも思えない。

 年若い彼女のか細い肩に全てを預けなければならないという歯痒さを飲み込んで、私達はのろのろとその場を後にしたのだった。

 

 

* * *

 

 

「話ってなんだろね。もったいぶっちゃってさー」

 

「さあ…。この場合、措置についての事後承諾だと思うけれど。何処其処(どこそこ)を切りましたとか、何針縫いました、とか」

 

「うわぁ、縫っちゃったかぁ…。いろはちゃん、手術って経験ある?」

 

「……いえ」

 

 病院に併設された食堂は、昼時を過ぎたせいか他に客入りもなく、今の私達には都合が良い場所だった。テーブルを囲んで中身の無い会話をしながら、小町さんの帰りを待つ。すっかり憔悴してしまった様子の一色さんが心配で何度も話を振ってみたけれど、生返事以上の反応は得られなかった。

 

 そんな彼女が漸く顔を上げたのは、小町さんが戻ってきた時だった。

 

「あ、小町ちゃん、こっちだよ、こっちー」

 

「お疲れ様。任せっきりにしてしまって御免なさいね」

 

「お待たせですー。いやあ、肩凝っちゃいました。…あれっ、平塚先生は?」

 

「ずっと電話してるよ。また学校からじゃない?」

 

 平塚先生は暫く前に廊下の向こうに消えたまま、中々帰ってこない。

 あちらに関しても早晩、何か手を打たないと…。このままでは最悪、彼女の言葉通りになってしまうかもしれない。しかし、ここまで肥大化してしまった厄介事を、一介の高校生の力でどうにか出来るものだろうか。

 

「それで、その…。先輩の容態は? 何か良くないことでもあったの?」

 

「えっと、まず、手術は上手くいったと聞きました。ただその…お腹の中が傷ついているらしくて、感染症ってのになる可能性があるんだとか。今日明日あたりは特に警戒が必要だって言われました」

 

「カンセンショウ…って?」

 

「傷口から雑菌が入ると、膿んだり腫れたりする事があるでしょう?比較的丈夫な皮膚でもそうなる位だから、それが体内で起こってしまうと面倒なのよ」

 

「はい、そういうことらしいです。兄はいま体力が落ちていて、キズも、ただ縫い合わせただけみたいなものなので…。もしもそれが起きちゃうと、わりとその、良くないって…」

 

「良くないって? もしその、感染症になったらどうなるの?」

 

 徐々に身を乗り出し、いつの間にかすっかり前のめりになった一色さんを、落ち着くようにと視線で再度促してやる。そろそろと椅子へ腰を下ろした彼女の顔には、納得出来ないという不満…いや、不安が浮かんでいた。

 

「ごめんなさい…わたし、今アタマぜんぜん働かなくって…。たった一言が聞きたいだけなんです。『もう大丈夫』って…」

 

「──あのさ」

 

 それまで黙って聞いていた由比ヶ浜さんが、テーブルに視線を落としたまま、独り言の様に呟いた。

 

「あたしバカだから、たぶん勘違いだと思うんだけど、いちおう聞くね。似たようなシチュ、見たことあるんだけど…。これって、その、『今夜が峠』ってヤツじゃあない…よね?」

 

 彼女の口にしたその言い回しはとても馴染み深く、誰もが一度は耳にした事のあるものだった。今時ドラマでももう少し表現を工夫するだろう。 安直過ぎると笑い飛ばしてやりたいのに、沈黙を守っている小町さんの硬い表情が、それを許さない。

 

 

「ねえ…違うよね? あたし、間違ってるよね?」

 

 

「…………」

 

 

「………そう、なの…?」

 

 

 ゆっくりと(こうべ)を垂れた小町さんの反応は、彼女の理解を肯定するものだった。

 

 

「ど、どうして…! だって…手術、うまくいったって…!」

 

「そんなの、ぜんぜん大丈夫じゃないじゃん…! ここ、ヤブなんじゃん!」

 

 感染症に関する予備知識のあった私でさえ、あまりの理不尽さに喉が震えているのだ。その方面に疎い人間にしてみれば、手術に失敗したと言われた様な気分だったのかも知れない。

 

「矛先を間違えないで。小町さんだってそう言いたいに決まっているじゃない。それと由比ヶ浜さん、気持ちは分かるけれど、そんな事を大声で連呼してたら営業妨害でつまみ出されるわよ?」

 

 激昂して小町さんに詰め寄る感情派の二人。冷静ぶって諌めてはみたものの、私自身、握った手のひらに爪が食い込むのを感じていた。

 

「でも、だってさ! こんなのおかしいよ! 絶対おかしいもん!」

 

「きっと病院側の保身の為に、最大限脅かしてきているだけよ。この事件は注目を浴びるでしょうし」

 

「お医者さんもそんな感じのこと言ってました。最悪のリスクとして伝えてるだけだって。ただ、手術がうまく行ったって言うのはキズの処置の方の話で、感染とかはまた別なんだそうです。こういうケースでは避けられないって」

 

 由比ヶ浜さん達の抗議に対して、小町さんはまるで用意していたかの様な模範的な回答をした。きっと彼女も同じ様に不服を申し立て、そして打ち(ひし)がれてきたのだろう。医師がこうだと言うのなら、それがどの様な結果であっても、私達はそっくりそのまま受け入れるしかないのだから。

 

 しかし、由比ヶ浜さんはそうは思えなかったらしい。何とか状況を変えようと、必死になって抗い続ける。

 

「べ、別ってゆったって分かんないよ…! もっといいお医者さんに連れてった方がよくない? あっ、ほら、ゆきのんの知り合いのひととかさ! スゴい名医さんぽかったじゃん。お願い出来ないかな?」

 

 一色さんが倒れた時にもお世話になった、雪ノ下(うち)の掛かり付け。その人の事を言っているのだろう。けれど──

 

「残念だけど、誰に見せても同じ回答が来ると思うわ…。もう傷は塞いだのなら、腕前云々(うんぬん)のステージは終わっているもの。そもそも感染のリスク自体、異物が体内に侵入した時点で確定してしまっているのよ」

 

「わたしがキズの上から制服を押しつけたりしたからですか? それでばい菌が入ったとか…」

 

「確かに、私達の措置がそういう副作用をもたらした可能性はあるでしょうね。だとしても、失血を抑えるメリットの方が大きいからこそ、あの方法が応急手当てとして規定されているんじゃない?」

 

「それは、そうかも知れませんけど…」

 

「あ、そう言えば。皆さん、兄の手当をして下さったんですよね。救急の人が褒めてたそうですよ。キズのわりに出血が少なかったって。お礼が遅れましたけど、本当にありがとうございました」

 

「ほんとに? それなら──」

 

 

 

「そのお話、もっと詳しく聞かせて欲しいなー!」

 

 

 

 唐突に割り込んできた、野太い声。

 

 闖入者の登場によって、紛糾していたその場は水を打った様に静まり返った。一瞬で固まった空気を押し割って、見知らぬ男性がこちらのテーブルに向かって歩いてくる。

 ワイシャツの上に派手なピンク色のセーターを来たその人物。病院の関係者は元より、普通のサラリーマンにすら見えない。無精髭に混じる白髪の具合から、年の頃は40後半といったところだろうか。

 

「どうもどうもー。みんな、総武高の生徒さんだよね?可愛い子ばっかりだから、オジサンてっきり地下アイドルかと思っちゃった。ほら、最近流行りの」

 

「…どちら様ですか?」

 

「おっと失礼。自分、こういった者です。良かったら少しお話聞かせてもらえませんか?ってね」

 

 年齢の割にはやけに軽い印象の男性は、胸元からむき出しの名刺を取り出した。代表して受け取り、その色気の無い紙面を読み上げる。

 

「"ちばスポーツ新聞社、第二記者部、日野(ひの)俊行(としゆき)──"」

 

「はいはい、どうもどうも」

 

 新聞記者を名乗るその男性は、白髪の混じった頭をもさもさと掻きながら、下手くそな愛想笑いを浮かべていた。

 




演出、何とかならないかと悩みましたが、八幡抜きではどうにも立ち行かず、結局こうなりました。

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