攻殻機動隊 -ヘリオスの棺-   作:変わり種

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第14話

「うさぎ追~いし、かの山ぁ~。こぶな釣~りし、かの川ぁ~」

 

タチコマのハンガー内に場違いな童謡が響いた。それに気づいたタチコマたちは、次々にハンガーを飛び出して、音の聞こえる方向に視線を向ける。出入り口のドアが開いたとき、鑑識たちと一緒に姿を現したのは、ほかでもない、長い間修理のためにラボへ送られていたバトー専用機だった。

 

「久しぶり、元気にしてた~?」

 

たちまち、部屋に入ってきたバトー専用機を取り囲むように、他のタチコマが集まってきた。みな、ラボで大幅な修理を受けた専用機に興味津々だったのだ。

 

「ね~ね~、ラボのこと聞かせてよ!」

 

「もしかして!こ、構造解析されたのっ!?」

 

「気になる気になる!」

 

矢継ぎ早に次々と質問される中、専用機はそれらに圧倒されることなく「いいよ~」と答えた。盛り上がったほかのタチコマたちは大喜びで飛び跳ねたりしていたが、その中の1機が唐突にある提案をする。

 

「話を聞くより、並列化したほうが早いんじゃない?」

 

それを聞いた専用機が事情を説明するよりも早く、他のタチコマたちが騒ぎ始めた。

 

「確かに。キミ頭いいね~!」

 

「そうしよう、そうしよう!」

 

そう言いながらQRSプラグを伸ばしたタチコマに、専用機はとっさにマニピュレーターを使ってプラグを掴んだ。いつもなら喜んで並列化をしてくれるだけに、プラグを掴まれたタチコマは大きく驚く。他のタチコマも、あまりの出来事に唖然としてしまった。

 

「ど、どうしちゃったのさ!?ラボで変な思考抑制プログラムでも入れられちゃったの?」

 

「いや、違うんだ。ちょっと事情があって…」

 

心配しているタチコマたちにそう答えた専用機だったが、途中で言葉に詰まってしまった。どう説明すればいいのだろうか。自分に取りついていたセボットの影響で、AIが汚染された可能性があると正直に話したいのも山々なのだが、少佐からはそれを禁止されていた。理由は教えてはくれなかったが、おそらく、問題を解決するために自分たちが勝手な行動を起こすのを防ぐためだろう。

 

「事情って、何なのさ!」

 

「同じタチコマでありながら、我々の最も重要な情報共有手段である並列化を行わないというのなら、それに相応しい正当な理由を要求する!」

 

「そうだそうだ!並列化しないで自分だけ経験を独り占めするなんて、そんなずるいことさせないぞ!!」

 

専用機が少しの間黙り込んだのを良いことに、他のタチコマたちは次々と抗議の声を上げて大騒ぎしている。危うくそのままの勢いで腕を押さえられて無理やり並列化されそうになったところで、専用機は声を上げて彼らを制した。

 

「待ってよ!少佐からの命令で今は無理なんだ。事情も話せないけど、後で必ず並列化するから」

 

そう言われて、しぶしぶ他のタチコマたちは押さえつけていた腕を放す。事情を理解してくれたことに安心した専用機だったが、まだまだ説明しなければならないことは山ほどあった。しかもそれを並列化なしで伝えなければならないのだから、時間が掛かるのは仕方がなかった。だが、それはそれで経験値も稼げるし、言語能力も磨かれるので良いのかもしれない。

 

「仕方ないなぁ~、約束だぞ!」

 

「うん」

 

そうして専用機は他のタチコマたちに少佐から伝えられていた連絡事項を話した。任務中以外の余計な通信は認められないということや、並列化の禁止の確認などである。

 

「それにしても、少佐はなぜこんな命令を出したんだろうね。今までに並列化が禁止されたことなんてなかったのに」

 

「そうだね~。でもやっぱり、壊れ方が違うからかな」

 

説明を受けた他のタチコマたちはとりあえず了解してくれたものの、少佐のその禁止命令が気掛かりなのか皆で話し合っていた。当事者である専用機は再び質問攻めに遭ったが、本当の理由を話すわけにもいかないので何とも言えない。仕方なくタチコマたちは本人を差し置いて議論をますます白熱させていた。

 

「でも、前にキミがHAW206に撃たれた時も、今回以上に派手に壊れてなかったっけ?あれ、それともボクだったっけ?誰だっけ?」

 

「だから~、個々の経験は全体の経験として並列化されるからその議論は意味ないって」

 

やれやれ、といった様子で突っ込みを入れるタチコマ。別のタチコマが、少し考え込みながら彼の質問に答える。

 

「まあ確かに、脚ももげたしポッドも粉々で、本当に散々な目に遭ったよね。まあ、貴重な経験は出来たけど。そういえば、その時も並列化なんて禁止されなかったよね」

 

腕を組んで考え込むタチコマたち。そんな中、1機のタチコマが思い出したように言った。

 

「もっと壊れた時だってあったでしょ!ラボ送りの時なんて、壊れたというか壊されたというか…」

 

それを聞いて、多くのタチコマが身震いをする。

 

「その話はもういいよ!とにかく、今までにこんなことなんてなかったって分かっただけでも良しとしよう!問題はその原因だ」

 

「キミ、まさか良からぬことでもしてたんじゃない?またオンラインしたままの電脳を持って帰ってきたりさ。それで、懲罰を受けたとか」

 

それを聞いた専用機は腕をぶんぶん振って頑なに否定する。

 

「そんなことないよ!あ…、確かにこの間スラム街で電脳を見つけたけど、あれはちょっとアクシデントがあって回収し損ねちゃったから問題ないって。それに、ボクらに訓戒や懲罰が意味を持たないことは少佐が十分知っているでしょ。労働の概念自体はこの間理解したけど、ボクら自身は自分たちが労働しているとは思っていない訳だし」

 

反論されたタチコマはうーんと考え込んでしまったが、そこで今まであまり口を開かなかった読書好きのタチコマが訊いた。

 

「ところで、そのアクシデントっていうのは何?」

 

「それはボクがその電脳を取ろうとしたときに、うっかり光学迷彩解き忘れて道を走ったら、男の子とぶつかって乗ってた自転車壊しちゃったってことだけど。これも、今さら蒸し返して問題にはしないでしょ、たぶん」

 

その答えに、我慢が出来なくなったほかのタチコマたちは再び騒ぎ始める。

 

「だったら原因はいったい何なのさぁ!少しくらい教えてくれたっていいじゃん!」

 

「そうだそうだぁ!」

 

口々に不満を口にする中、読書好きのタチコマだけは持っていた本を置くと冷静に話し始める。

 

「みんなが気になるのは確かだけど、その辺はやっぱり下手に詮索するのはやめたほうがいいんじゃないかな。少佐だって、ボクたちの並列化の重要性は十分知っているだろうから、その少佐が禁止するからには何か重大な理由があると思うんだ。それにその理由をボクたちに知らせないことも、何か狙いがあってやっているんだろうから、ボクたちが今みたいに詮索するのは少佐の狙いに反する結果を招くと思う」

 

しぶしぶ、それを聞いた他のタチコマたちは頷いて、ため息をつきながら各自のハンガーに戻っていく。先ほどからずっと冷や冷やしていた専用機は、説得してくれたタチコマに礼を言うと同じように自分のハンガーへと戻った。

 

久しぶりの9課ハンガー。そこからの景色を再び見られたことに、専用機は喜びを感じていた。喋らない機械ばかりが並ぶラボの無機質な空間と違い、ここには仲間のタチコマが常にいて、どんな話題でも話し合うことができる。そう、ここに戻れただけでも、専用機は心から満足していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

厳しい日差しが照りつける新浜のビル街では、今日もワイシャツ姿のサラリーマンが背中を汗でびっしょり濡らしながら歩道を行き来している。前世紀までは赤いブレーキランプが延々と続いていたような幹線道路も、電脳関連技術の発達が交通システムにも応用され、交通渋滞などはほとんど根絶していた。

 

メガテクボディ社の本社ビル前でも渋滞こそ発生していないものの、朝のラッシュという時間帯もあってか道路はやや混雑していた。そんなビルの前には強化義体を装備した警備員が複数、警戒に当たっていたのだが、それは平常通りの警備体制であり、犯行情報を掴んだ警察当局によって増員されたものではない。なにせ機密情報の塊ともいわれる最新鋭の義体を製造するメーカーなのだから、通常の警備ですら相当に厳重なのだ。

 

ビル内に入っていく社員たちも、IDパスと生体認証の二重のチェックを受けなければ玄関を通過できない上、すべての入退出者は監視カメラによって記録されている。まさに鉄壁ともいえる警備体制であった。

 

そんなビルの近くを通る立体歩道の裏では、光学迷彩を起動させたタチコマが1機張り付き、道路を通る車両の1台1台を監視していた。その他、向かいのビルの最上階の一室を貸し切ったサイトーが、スポッターとしてツーマンセルを組んだボーマとともにスコープを使って警戒を続けている。

 

ビルの内部でも、警備主任にのみ通知するという形で秘密裏に潜入したバトーが、正面玄関の2階、ホール全体を見下ろせる位置から入場者に目を光らせていた。一緒のタチコマはまだバトー専用機ではなく、スラム街で代わりに乗った1機をずっと使っている。観察テストの終了にはまだ時間がかかるとのことだった。

 

《タチコマ、不審な車両はないか?》

 

《今のところはないです。あ、ここから2ブロック先の路肩に、不審なバンが1台駐車されているくらいでしょうか~》

 

そう話すタチコマから送られてくる映像には、確かに駐められている宅配業者などのトラックに混じって不審な白いバンが駐車しているのが映し出されている。しかし、その側面には見覚えのある謳い文句『マイクロマシニングは青心工機』と書かれていて、どう見ても9課の偽装バンだった。

 

《おい!そんなのはいい。ちゃんと車を見張っておけ》

 

バトーはため息をつきながらそう返す。勿論、この通信は全て暗号化されているので、傍受される恐れはない。だが、任務中にも全く緊張感を持たずにジョークを言うことには、少佐もあまり快く思っていないようだった。バトーはそんな彼女と比べると比較的寛容な態度であるが、今回は普段より若干厳しく返してしまったようだ。

 

《バトーさん、何か心配事でもあるんですか?声の抑揚がいつもと違いますよ?》

 

《いや、何もねえ。大丈夫だ》

 

何かを察したタチコマの問いに取りあえずそう答えたものの、タチコマは彼の態度が明らかに普段と違うことを見抜いたのか、何度も訊いてきた。

 

《本当ですか?もしかして、少佐のことで悩んでいるのでは?ボクで良かったら相談相手になりますよ~》

 

《馬鹿野郎、そんなじゃねえ。お前も無駄な詮索をしないで、黙って見張ってろ》

 

《少佐のことじゃないとするならば、やっぱりバトー専用機のことが気掛かりなんですね!》

 

意表を突かれたバトーは、一瞬だけ言葉に詰まってしまった。そう、彼が悩んでいたのは専用機のことだった。このままハンガーでの観察テストを終えて実戦に復帰するとして、自分はタチコマにどう接していいのか分からないのだ。まだあの一件で修理に回されてから彼とは一度も会っていないのもあったが、やはり大きいのは暴走した時の自分の役目だった。

 

タチコマの破壊。

 

その言葉が、未だに頭から離れなかった。勿論、いざとなれば銃を向ける覚悟はできている。レンジャーとして戦場を渡り歩いてきた中で培った経験の中でも、似たようなことは何度もあったからだ。それでも、アームスーツから守ってくれた命の恩人を破壊することには、ためらいがあるのは否めない。

 

《やっぱりそうですかぁ。あいつもズルいな~、バトーさんを独り占めして。いくら並列化していても、間接経験より直接経験の方が羨ましいですよ。あ、それであいつのどんなことでお悩みですか?相談してくださいよ~》

 

《余計なお世話だ。任務に集中しろ》

 

《まだお世話してないんだけどなぁ~。そこまで言うなら、静かに見張ってますね》

 

どうにかタチコマを黙らせると、バトーは電通を切った。人通りの絶えない玄関からは今も大理石のタイルを踏む足音が響き、社員たちの雑談もそれに混じって聞こえてくる。高級なビジネススーツを着こなし、来訪者用のソファに腰かけ、紅茶を飲みながら腕時計を見る彼の姿は、その強面な顔つきとは明らかに不似合いだった。しかし、彼が軍や警備関係の取引先の人間だと考えれば、不自然だと思われることはない。何せ、メガテク社の取引先にはこの手の団体や企業などが数多く名を連ねているのだ。

 

彼は紅茶を置くと、おもむろに外を見やる。今のところ、特に異常はない。赤蠍や1課からもたらされた情報でも、テロが起こるのは近日中という曖昧な表現だったので、警戒を始めた初日である今日から事件が起こるとは、あまり考えてはいなかった。

 

だが、だからといって警戒を怠るわけにはいかない。スーツの中には実弾を装填済みのFNハイパワーが隠されており、いざとなれば瞬時に発砲できる自信はある。それに、他のポイントにも課員が配置されていて、バックアップ体制は万全だった。

 

いよいよ紅茶を飲み終えた彼が、近づいてきた女性型アンドロイドにティーカップを渡そうとソーサーを持ち上げたちょうどその時だった。玄関の外から轟然たる衝撃音が響き渡り、クラクションが一斉に鳴り響いた。すぐに立ち上がった彼は手摺りを乗り越えて1階へと飛び降りると、ゲートを抜けて屋外へ出る。

 

《タチコマ!何が起こってる!?》

 

《ここからではあまり様子が見えませんが、車から白煙が上がっているのが確認できます~》

 

タチコマの報告にバトーは舌打ちをする。テロリストはもう行動を起こしたというのだろうか。だが、セブロを抜き出そうとしたとき、サイトーから電通が入った。

 

《待て、様子が違う。どうやら、ただの事故のようだ》

 

同時に送られてきた映像を見ても、トラックに追突したセダンのボンネットから白煙が上がっているだけで、爆弾テロなどはなさそうだった。安心したのも束の間、セダンの運転席からドライバーが降りてきて、追突されたトラックのドアを叩いている。どうやら、トラック側の車線変更に気付くのが遅れ、セダンは制動が間に合わずに追突したらしい。普通は運転支援用AIが事故を防いでくれるのだが、あのセダンは見たところ年代物の外車で、そのような機能がついていなかったらしい。

 

《全員、他に異常はないな。所轄に車両照会を回せ。こちらは持ち場を崩すな》

 

ドライバー同士のトラブルなどに構っている暇はない。そのうち所轄のパトカーが来て、事故処理をしてくれるだろう。細心の注意を払って警戒し、神経をすり減らしていたところへの事故は、ひどく迷惑だったが、テロが本当に起こされるよりはマシだった。バトーは事故現場を目視でも確認し、改めてテロの可能性がないことを調べると、静かに自分の持ち場へと戻っていった。

 




2018/9/12 一部加筆修正
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