攻殻機動隊 -ヘリオスの棺-   作:変わり種

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第16話

音楽が聞こえてくる。

 

このメロディーは間違いない。先ほどプレーヤーに入れた『ロンドン・コーリング』のものだ。

 

呻き声を上げながらイシカワが目を開けると、目の前に広がっていたのは流れるように移り変わる景色だった。状況を理解するのに数秒を要したものの、彼はすぐに自分が車の運転席に座っていることに気づく。しかも、その車は100キロを超える猛スピードで道路を疾走していた。慌ててハンドルを握り直そうとするものの、自分の意思とは無関係に体が動く。感覚は確かにあるのだ。しかし、これは自分の体ではない。他人のものだ。

 

状況から察すると、どうやら誰かの記憶を見せられているようだった。ひとまずイシカワは視界に映る限りの風景から、いまの状況を特定しようとする。特徴的な緑の看板や道路の両側を覆う防音壁から、この車が高速道路を走っていることは、すぐに分かった。それも、看板を見る限りでは新浜に向かう首都高速だ。

 

走っている車はどれも大型トラックばかりで、一般車は少ない。かなり深夜の時間帯なのだろう。そんな中、記憶の主はアクセルを踏み込んで猛スピードで車を走らせていた。スピードメーターは140キロあたりを指し、エンジンが悲鳴に近い唸りを上げている。

 

緊張しているのか、口の中が妙に乾いていた。そして、何かに怯えているような恐怖感。まるで自分がこの状況に置かれているかのように、他人の感情が自分の中に流れ込んでくる。そのことにイシカワは警戒を強めつつ、この記憶の主についても情報を集めようとした。

 

記憶の中の“彼”がバックミラーを見た時、後部座席の上に乱雑に一冊のバインダーファイルが置かれているのが目に留まった。中身を調べたいという思いに駆られたが、あいにくこれは他人の記憶であり、既に起こった過去の出来事である。それを改変することなどできるはずもなく、視界はすぐに運転席に戻された。

 

次に見つかったのが、ダッシュボードに突っ込まれていた1枚の書類だった。クシャクシャになっているそれには何が書かれているか全く分からなかったものの、それに挟まれていたIDカードのようなものには、おそらく記憶の主のものと思われる名前が書かれていた。

 

『加賀』

 

残念ながら下の名前は書類に隠れていて、読むことはできなかった。それでもイシカワはその名前を記憶すると、他の手掛かりを探し始める。といっても、全てはこの記憶の主である“彼”の行動に依存していて、“彼”が何らかの行動を起こさない限り、得られる情報は少ない。そのため、イシカワは歯がゆさを覚えていた。

 

そんな中、先ほどから腰のあたりに妙な違和感を覚えていたので、“彼”も気になったのかハンドルから片手を離すと、腰に手を回してそれを抜き出した。手触りは冷たい金属そのもので、重量感がある。“彼”はそれをダッシュボードに入れようとしたため、イシカワは視界の隅にようやくその物体の正体を捉えることができた。予想通り、それは回転式の拳銃で、しっかり実弾が入っている。

 

こんなものまで持ち出すということは、やはり何者かに狙われていると考えるのが妥当だろう。この尋常でない緊張や精神状態から考えても、十分にありうる結論だった。ただ1つ問題なのは、この人間が一体誰に狙われているのかということだ。

 

考えをめぐらす中、イシカワはふと、流れていた曲が終わりに近づいていることに気付いた。前を走る1台のトラックを“彼”は追い越そうとウインカーを出し、アクセルを踏み込みつつ追い越し車線に移る。エンジンの回転数が一段と跳ね上がり、流れるようにしてトラックの隣を通り過ぎようとする。

 

だがその時、トラックがよろめくように突然追い越し車線にはみ出してきた。異変に気付いた彼は即座にブレーキを踏んで辛うじて衝突を免れるが、あまりの出来事に“彼”の緊張が直に伝わるイシカワの身には応えた。

 

「畜生、危ねえじゃねえかッ!」

 

怒鳴り声を上げ、クラクションを鳴らす“彼”。トラックはそれに気づいたのか、やや減速し、路肩に寄せて追い越し車線を開けた。そこを通り過ぎようと、再びアクセルを踏み込む。

 

先ほどのこともあり、“彼”はやや警戒していた。トラックの脇まで来たときも、何度かトラックの方を見て様子を窺う。そうして、何もないままほぼ通り過ぎたところで“彼”も安心したのか、少し気が緩んだのをイシカワは感じていた。

 

だが、事が起こったのは一瞬だった。

 

斜め後方からトラックが急接近し、気づいた彼が躱そうとアクセルを踏み込んだものの、もはや手遅れだった。側面に体当たりを受けた“彼”の車は150キロ近い猛スピードで走行していたことも重なり、完全にコントロールを失ってはじけ飛んだのだ。

 

“彼”の絶叫がイシカワの耳に突き刺さるように聞こえる。中央分離帯に激突した瞬間、凄まじい衝撃とともにシートベルトが体に食い込み、引き裂かれそうなほどの激痛が走る。エアバッグが開くものの、車は衝突した反動で反対側に吹き飛ばされ、スピンしながら防音壁に突っ込んだ。

 

車内がぐちゃぐちゃに潰れ、頭を強く打ち付ける。頭蓋骨が粉々に砕ける生々しい感覚とともに、体中を襲う強烈な痛み。防音壁ごとガードフェンスを突き破った車は高架橋から落下し、地面に激突すると間もなく炎を上げた。

 

イシカワは声にならない悲鳴を上げるも、もはやどうすることもできなかった。

 

砕けた頭、潰された脚、折れた腕、焼き尽くされる体。“彼”が感じたであろうすべての痛みが、この記憶からイシカワに容赦なく流れ込む。それは生きた人間が決して感じ得ない感覚だった。

 

あまりにも生々しい、死の感覚。

 

イシカワはその強烈な力に捻じ伏せられ、そのまま気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい。イシカワ、大丈夫か」

 

気がついたイシカワは目をしばたたかせ、ぼんやりする意識をはっきりさせようとした。頭がガンガンと痛み、未だにめまいを感じていた。あの記憶に相当あてられてしまったようだ。

 

辺りを見回すと、ここが9課の医務室だということに気付いた。いつの間にかベッドに寝かされていたようである。すぐそばには少佐が立っていて、その後ろでは赤服の鑑識たちがモニターを見ながら何かを話し合っていた。

 

「ああ、大丈夫だ」

 

少佐にそう答えた彼は起き上がろうとしたものの、体がふらついて思うように起き上がれない。無理やり起き上がろうともしたが、少佐に止められてしぶしぶ体を戻した。昔だったらすぐにでも起き上がれただろうと思うと、改めて自分の衰えを実感させられた。

 

「イシカワ、何があった?」

 

単刀直入に訊かれた少佐の問いに、彼は少し間を開けてから答えた。

 

「例のファイルだ。何とか防壁を抜けて真のファイルに辿り着いたが、強制再生された記憶にやられた。あれは、感覚入力の緩和処理をするまでは再生禁止にした方が良いだろうな」

 

「で、その内容はどうだったの?」

 

はっきりしない頭をフルに使い、彼はあの場で起こったことを懸命に思い出そうと努める。高速道路、車、事故。徐々に、見たことが鮮明に思い出されてきた。そうだ。あれは事故ではない。あの記憶を見る限りでは、間違いなく他殺だったのだ。

 

「交通事故、というよりは、それに見せかけて殺された人間の記憶だ。場所は、首都高の上り線だったはずだ。名前は確か、加賀とあった」

 

「分かったわ、すぐに県警の記録を洗わせましょう。記憶の内容はその後でじっくり調べることにするわ。あと、一応言っておくけど、間違っても、すぐに作業を再開しようとは思わないことね。今のあなたに必要なのは、休息よ」

 

少佐はそう言うと赤服たちに一言告げ、出口へと向かう。その時、思い出したように彼女は振り返った。

 

「そういえば、あなたが倒れたのを知らせてくれたのはタチコマよ。おかげで、迅速な処置をすることができたわ。後で礼を言っておくのね」

 

それだけを言うと扉が閉まり、部屋の中にはイシカワと2人の鑑識だけが残された。

 

しばらくの間、彼は何もないのっぺりとした白い天井を見上げながら、あの記憶について考え続けていた。未明の首都高で起こった、事故に見せかけた殺人事件。怯えた記憶の主と、後部座席にあった大量のファイル。気掛かりなことは無数にある。

 

けれども、さすがのイシカワでもここで寝ているだけではできることが限られていた。何より、ダイブ装置が使えないのは大きい。これでは、あの記憶を分析するにしても自分の記憶を頼りに思い出すしか、方法はほとんどなかった。それに、いくら少佐に言われたとはいえ、仲間たちが働いている中、自分だけがこうして寝ているわけにもいかなかった。彼は老骨に鞭を打って起き上がると、少佐の後を追うように部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、ファイルの中に隠されていたのは、死んだ人間の記憶だったわけだな。それも、事故死する直前の」

 

9課のブリーフィングルームでは、課長を前にして少佐が解析したデータの説明をしているところだった。他のメンバーは全員、メガテクボディ社の警備に当たっているため、この場には来ていない。イシカワは音を立てないよう静かにドアを開けると、部屋の中へと入る。

 

「そうよ。調べたところ、新大浜原発の中央制御室長だった加賀正樹という人物のもので間違いないわ。彼は3年前に首都高での交通事故で亡くなっているけど、当時の警察は遺体からアルコールが検出された点や猛スピードで運転していた点などから、飲酒運転が原因だと結論付けている」

 

「でも、今回見た記憶ではそんな事実はなかったわけだな…」

 

そう言ったところで、課長と少佐がイシカワの存在に気づいた。

 

「イシカワ、休んでいろといったはずよ」

 

「デスクワークくらいならできる。それに、皆が出払っているときに一人だけ休んでいるわけにはいかねえ」

 

少佐にそう返した彼は、課長の前に数枚の写真を置いた。いずれも、あの記憶の中で映された光景の一部で、手掛かりになりそうな書類などがズームアップされている。

 

「記憶を見る限り、彼は後部座席に大量の紙媒体の書類を積んでいたため、それが狙われた可能性が高いでしょう。あいにく、それが何についての書類なのかは分かりませんでしたが」

 

その報告に、課長は写真を見つめながら軽く腕を組んで考え込む。

 

「問題なのは、彼が公表しようとしていた情報が何なのかということだ。もし記憶が本当のものであれば、制御室長という彼の立場上重大インシデントの隠蔽などのスキャンダルだと推測される。だが、武器の横流しに関わっていた開発次長が、なぜこれを伝えてきたのかの説明がつかん」

 

「もしかすると、今回の一件すべてが、そのスキャンダル隠しの延長線上にある可能性はないかしら」

 

突拍子もないその意見に、イシカワも驚いた。あり得ない話でもないが、赤蠍と亡国の使者によるテロ行為がそのスキャンダル隠しにどう役に立つのだろう。しかも、まだそのスキャンダル自体が特定できていない以上、そのような推論は無謀ともいえた。

 

だが、殺された開発次長が他の情報ではなく、わざわざこのファイルの存在を教えてくれたからには、何か意図があったに違いない。もしかすると、開発次長の上に立っていたのは、先ほどの記憶の持ち主であった制御室長を消したのと同じ人間なのかもしれなかった。そしてその人間は、制御室長が知り得た何らかのスキャンダルが公表されることを恐れていた。

 

だとすると、考えられる相手は自然と絞られてくる。原子力に関連するスキャンダルで不利益を被るのは、エネルギー省や電力会社、それにそれらから発注を受ける多数の下請け企業だ。その線で捜査を続ければ、犯人を特定するのは難しくないはずである。

 

しかしそれは、あくまでもその推理が正しければの話で、まったくの見当違いだったときはかなりの時間と人手を浪費することとなるのだ。ましてや今は亡国の使者や赤蠍への対応で精一杯なのだから、並行して捜査を行うのはかなり厳しかった。

 

「課長」

 

少佐は課長に判断を仰いだ。これは一か八かの賭けにも等しいのだ。彼は眉間にしわを寄せつつ深く考え込むと、冷静に決断を下す。

 

「分かった、捜査を認めよう。ただし、我々の目的が亡国の使者によるテロの阻止であることは忘れるな」

 

「了解。3年前の制御室長の事故についてはトグサに洗わせましょう。イシカワもここで可能な限り調べて、何か分かったら報告するように」

 

少佐の指示を受け、イシカワは立ち上がると足早にダイブルームへと向かった。単純なテロ事件だと思われていた一件が、エネルギー省まで巻き込む大スキャンダルへ化けるかもしれない。そう思うと、イシカワも久々にゾクゾクするような緊張感を覚えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日もまた、同じ日常が繰り返されていた。汗を拭いながら歩道を歩くサラリーマンと、相変わらずの混み合った道路。照りつける日差しが雲に遮られて幾分和らいだのが昨日と違う点だが、それ以外はまったく変わらない。バスも地下鉄も遅れなく運行され、それらに乗り降りする人間もいつもと同じ顔ぶれだ。

 

メガテクボディ社前では、昨日に引き続いてバトーたちが警戒に当たっていた。昨日のバトーのように人の目に付くところに紛れて警戒をするのは、同じ人間が続けると相手に勘付かれる可能性もあるので、今日はパズが担当している。スーツを着こなし、ビルのロビー内で腰を掛けていた彼は、不審に思われない程度に、時折外へ注意を払っていた。

 

一方のバトーは車でビルの周囲を回ったり、歩道をサラリーマンに混じって歩いたりしていた。だが、さすがに彼の特徴的な義眼には街の人々の中にもぎょっとする人間もいるようで、目立つのを嫌った彼は向かいのビルの喫茶店に入り、2階席から警戒を続ける。注文したコーヒーはすぐになくなってしまったので、新聞を読んで暇を潰す営業マンを装っていた。

 

誌面には近頃、混迷を深めている難民問題ばかりが取り上げられている。税金泥棒と揶揄される難民を露骨に批判するコラムの他、最近起こった区庁舎爆破テロの背景、および招慰難民居住区内での暴動など、難民に関する内容が時事面の大半を占めていた。バトーはそれらの問題に正直うんざりしていたところだったので、別の記事を探して読み始める。

 

『剣菱重工裏金問題 いまだ10億円使途不明』

 

黒地に白抜きの大見出しが目立つその記事には、段ボールを抱えて家宅捜索に入る新浜地検特捜部の職員たちの写真が載せられている。記事によれば、自衛軍の次期偵察ヘリ開発計画における官製談合事件で、賄賂として幹部自衛官に手渡された金の出所が、剣菱重工内で組織的に捻出された裏金だったということから捜査が始まったらしい。

 

特捜部は帳簿の改ざんなどの不適切な会計処理について調べを進めていて、近く脱税などの容疑で関係者を書類送検するようだ。しかし、総額20億円に上るとされる裏金のうち、使い道が明らかになっているのは10億円にとどまり、残りの金の行方がいまだに掴めていないとのことだった。

 

バトーは眺める程度に軽く読み進め、次のページをめくる。そんな中、タチコマからの電通が届いた。

 

《こちらタチコマ、定時連絡を行います。今のところ、周辺に怪しい車は認められません。また、通行人の中にも明らかに挙動不審な人物は確認されていません》

 

タチコマは相変わらず立体歩道の裏に張り付き、周囲をアイボールで隈なく監視し続けている。当然、光学迷彩を使って姿を隠しているので、車のドライバーや通行人からはその姿を確認することはできなかった。

 

《そうか、引き続き警戒を怠るな》

 

バトーは電脳通信でタチコマにそう言うと、新聞を鞄にしまって椅子から立ち上がった。そろそろこの店を出なければならない頃だ。飲み終えたコーヒーカップを下膳口に戻し、バトーは出入り口へと向かった。

 

次は車に戻ってビル周辺を回ろうかと考えていたとき、ふと彼の目にあるものが映った。大手宅配業者のロゴが入ったどこにでもある1台の大型トラック。だが、昨日の記憶と照らし合わせたところ、この時間帯にそのような配送はなかった。普通、こういった大口の利用者には決まった時間にまとめて配送に来るはずなのだが、このトラックは昨日より3時間ほど遅れていた。何より、今日のトラックは既に定時通り来ていたのだ。

 

もしかすると、急を要する重要書類などが送られてきただけなのかもしれない。だが、用心するに越したことはない。バトーはタチコマに指示を出した。

 

《タチコマ、あのトラックのナンバープレートを照合しろ》

 

《らじゃー!》

 

そうしている間にも、トラックは混雑している車道を少しずつ進み、本社ビルに近づいてくる。フロントガラスから中の人物を確認しようとしたものの、周りの車が邪魔で人の姿はあまりよく見えなかった。彼は小走りで中の人間が見える位置まで向かおうとしたが、出勤中の人混みの流れとは逆行していてなかなか進めない。

 

《照合完了しました!このトラックはここからやや離れた新浜西流通センター所属のトラックです。配達区域からは5キロほど外れていますね。どうします、職質しますか?》

 

《いや、お前は指示があるまで待機していろ。俺が近づく》

 

タチコマにそう指示したバトーは、立体歩道を通ってメガテクボディ社側の歩道に渡った。その間に彼は不審車両の存在を昨日と同じ場所で警戒中のサイトーとボーマ、それにビル内のパズに伝え、注意を促す。万が一に備えて、彼はホルスターに手を伸ばしてFNハイパワーを確かめた。

 

彼がトラックの前に来たとき、ちょうど助手席のドアが開いて男が降りてきた。一応運送会社の制服を着てはいるが、まだ疑いが晴れたわけではない。通行人に紛れて引き続きその男の行動を注視していた彼の緊張は、徐々に高まっていった。

 

荷台を開けて中から取り出したのは、台車に乗せられた大きな荷物が1つ。コピー機の割には少々大き過ぎる上、その段ボール箱には、伝票の類が何一つ貼り付けられていなかった。男は台車をゆっくりと押して、本社の玄関へそれを運んでいこうとする。バトーは何となく嫌な予感を覚え、やや急ぎ足で男に近づくと、肩を押さえて声を掛けた。

 

「やあ、ちょっといいか」

 

一瞬だが、男の体がビクッと硬直した。そして、妙に緊張した面持ちで振り返る。顔には脂汗が伝っていて、いくら暑いといえどもこの量は異常だと思われるほどだった。唇も微かに震えており、緊張の度合いから考えると、間違いなくこの男は普通の宅配便業者ではない。

 

「その荷物はどちらへ?メガテクボディ社宛ての荷物か?」

 

「あ、ええ、そうですが…」

 

しどろもどろに受け答えをするその男は、ますます動揺していた。玄関からは静かにパズが近づき、取り押さえる機会を伺っている。トラックの運転席にいると思われるもう1名についても、おそらく今頃はサイトーがライフルのレティクルの中心に捉えているだろう。

 

「警備の者だが、ちょっと見せてもらっても構わないか?」

 

バトーがそう言った瞬間、男は突然奇声を上げると台車から手を放してバトーに殴り掛かってきた。しかし、その手は素手で受け止められ、逆に男の拳が握り潰されてしまう。激痛のあまり叫び声を上げそうになったところで、バトーは拳を掴んだまま相手の腹部に痛烈な膝蹴りを食らわせ、意識を飛ばした。

 

通行人たちは最初の奇声にこそ反応したものの、その後は皆それとなく視線を向けながらも、歩みを止めることなく素通りしていく。腹を蹴られた男は全身から力が抜けてバトーの方に倒れ掛かってきたが、彼はそのまま体を地面に押さえ付けると両腕を後ろに回して手錠を掛けた。普段なら電脳錠を首元に差すだけに、手錠を使って物理的に身体を拘束するのは、今となってはかえって珍しい。

 

トラックの方に目をやると、太腿を撃たれたのか運転席にいた男は助手席側に倒れかかって呻き声を上げていた。間もなくパズがその男を確保しに向かったが、それと同時に突如として荷台のドアが開く。出てきたのは、こちらが把握していなかった3人目の男だった。

 

驚くのも束の間、男は上半身にボディアーマーを着込んでいる上、SMGで武装していた。パズが咄嗟に抜き出したセブロM5から火を噴かせ、男に数発の銃弾を浴びせるが、アーマーで防がれて致命傷を与えられない。すぐに応射があり、彼が身を隠したトラックの側面は銃弾を受けて火花を散らせた。

 

甲高い悲鳴を上げて、通行人たちがその場にかがんだり逃げ出したりする中、バトーは狙いを付けてFNハイパワーの引き金を絞った。銃弾は男の肩のアーマーの隙間に的確に叩き込まれ、後ろへのけ反らせる。続いて2発目が男の右足に撃ち込まれたが、左足を支えにして体勢を保ったその男はSMGの銃口をバトーに向けた。

 

しかし、彼が身を翻そうとした時、銃声とともに男の側頭部から血飛沫が噴いた。

 

パズではなかった。見ると、逃げ惑う通行人の中で、1人の男が拳銃を構えていた。いまの銃弾は、この男が撃ったものらしい。バトーはFNハイパワーの銃口を向けて、銃を捨てるように叫ぶ。

 

しかし、男は拳銃こそしまったものの、警告を無視して倒れたテロリストに近づいていった。だがバトーも、その男が何者なのかようやく気づく。公安1課である。政府関係機関でしか採用されていないセブロM5を使っている点から、間違いはないだろう。

 

「縄張り争いをしていても仕方がないが、この2人は我々が身柄を拘束する。供述内容は後でそちらに送るから安心しろ」

 

そう言ったときには、どこからともなく現れた1課の捜査員が現場を取り囲んでいた。どうやら、彼らもこの周辺を張っていたらしい。バトーは仕方なく拘束したテロリストを捜査員たちに引き渡し、バンに乗せられて連行される様子を最後まで見つめていた。一方、台車で運ばれていた荷物の中身はやはり爆弾だったらしく、ボーマが間もなく始まるであろう爆弾の移送作業に立ち会っている。

 

「また横取りかよ、今回そればっかりだぜ」

 

「仕方ねえさ、元々亡国の使者をマークしていたのは1課なんだから」

 

苛つくバトーに、パズが肩を叩いて言った。だが、バトーの苛立ちは収まらない。

 

「ならますます問題だろ。みすみすテロリストの国内潜入を許し、テロまで起こされたんだからな。1課も情けないもんだ」

 

彼はそう吐き捨てると、車に戻った。パズはジッポーで煙草の先に火をつけ、口にくわえる。周囲はたちまち集まってきた所轄のパトカーによって完全封鎖されたが、爆弾処理のために多くの警官は距離を取って退避していた。その様子を遠巻きに眺めていたパズも、煙草をふかしながら車に乗り込み、静かに現場を後にした。

 

残されたボーマは、対爆スーツ着用の上で機動隊の爆弾処理班とともにいよいよ作業に取り掛かる。テロリストがこれを台車で運んでいた点から考えると、振動センサーはついていないか、ついていたとしてもまだ起動していないと考えられる。まずは内部構造を把握し、安全に移送できる状態か確認する必要があった。ボーマは携帯型X線検査装置のプローブを爆弾に向ける。

 

真っ先にのモニターに映り込んだのは、束ねられた円筒形の物体が数十本。おそらく、これまでに盗まれた含水爆薬の一部だろうが、この量はトクラエレクトロニクス本社ビル前の爆破事件で使われた推定薬量よりも多い。

 

ボーマは爆弾処理班の隊員と合わせて4人がかりで、用意された円筒形の移送容器へそれを移す。配送された荷物を装うために段ボール箱に入れられていたことが、作業をより難しくしていた。爆弾の自重で箱の底が抜けそうになっていたのだ。そのため、1人の隊員が常に箱の底を押さえることで、何とか容器に移し終えられた。

 

巧妙なトラップが仕掛けられていないのは良かったが、やはり緊張はしない訳ではない。移送車両に移された爆弾入りの容器が運ばれていくのを見届けたボーマは、対爆スーツのヘルメットを脱ぐと安堵の表情を浮かべた。この後、人気のない場所で安全に爆破処理されるだろう。

 

しかし、いまだにテロリストの手には大量の爆薬があるのは事実だった。同時多発的にテロ行為を起こされれば、到底自分たちはおろか日本の警察力では対処できないのは明らかである。できるだけ早く、テロリストの潜伏先を洗い出し、全員を捕らえなければならない。焦りは募る一方だった。

 




2018/9/15 一部加筆修正
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