攻殻機動隊 -ヘリオスの棺-   作:変わり種

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第18話

イシカワはダイブルームにこもり、情報収集に当たっていた。あの記憶を引き当ててからというもの、報告やブリーフィング以外はずっとこもりっぱなしで、まともに睡眠を取っていない。その甲斐あって、興味深い情報も得られつつあった。

 

詳細な記憶の解析結果によると、やはり制御室長の加賀が酒に酔っていたという証拠は見られなかった。脳の活動状態は至って正常で、興奮はしていたものの酒気帯び状態からは程遠い。また、当時の捜査では事故現場周辺に監視カメラはないと結論付けられていたが、1キロ近く離れた地点に設置された道路公団のカメラ映像には、画面の隅ではあるものの事故の一部始終がしっかりと映っていた。そこには、加賀の車がトラックに幅寄せされ、後部側面に衝突されて中央分離帯に激突する様子が記録されていたのだ。

 

ここまで来ると、捜査の怠慢というより、意図的な隠蔽と見たほうが正しい。それも、かなり悪質なものだ。とすると、バックにあるのは警察にも力が及ぶ相当巨大な組織であることに間違いない。少佐の読み通り、やはりエネルギー省や電力会社あたりの仕業と考えるのが妥当だろう。

 

もう一つ見えてきたのが、事件後に進んだ原発所内での粛清人事だ。トグサからの情報によれば、翌年度に10人近い職員がまとめて左遷に近い扱いを受けて、別の部署に転属されている。だが、その一方で当時の副制御室長の中野をはじめ、一部の職員の中には逆に昇任している者もおり、明らかに何らかの意図が感じられた。

 

ただ、いまだにテロリストグループとの接点は何も見出せてはいない。黒幕として考えられるエネルギー省や電力会社幹部の口座残高を詳しく洗ってみたものの、それらに不自然な点は何もなかった。

 

「イシカワさん!きょうの成果はどうですか?」

 

疲労がたまりぼんやりしていた時、タチコマの声が聞こえた。モニターを見ると、いつの間にか現れたエージェント・タチコマが、インターフェイスを片手に訊いてきていた。

 

「ああ。まあ、それなりだな。事件の詳細や電力会社内の不自然な動きもだいたい調べはついたし、あとは事故前の加賀の通話履歴を調べるだけだ。それより、この間は助かった。お前のおかげで、大事にはならなかった」

 

イシカワは改めて、この間の件について礼を言った。あの時、イシカワはダイブ装置上で気を失い、同じく記憶を見ていたタチコマですら想定外の負荷がかかってフリーズしかけていたのだ。そんな中で、タチコマは自分を顧みずに少佐に異常を伝えたが、無理をした影響で丸一日機能停止していたのだった。

 

「礼には及びませんよ!皆さんのサポートは、ボクらの仕事ですからね!」

 

元気よくそう答えたタチコマは、手元のインターフェイスを拡大して彼に見せた。

 

「事故前までの彼の通話記録ですが、会社関係者に混じってある女性との通話記録がありました。しかも、亡くなる数日前まで頻繁に連絡を取っていたみたいですよ」

 

タチコマが示した通話記録の一覧には、確かにその女性の番号が複数回載っていた。独身だった加賀室長の愛人という線も否定できないが、一度調べてみる価値はありそうだ。それに、興味深いことに彼女との通話記録は事故が起こる3日前にばったりと途絶えていた。

 

すぐにイシカワは電話番号から端末の契約者を割り出し、画面に表示させる。名前は木下美和子、職業はフリーのジャーナリストらしい。表示された写真には、黒いスーツ姿で茶髪のロングヘアをもつ細身の女性の顔が映っていた。記録によると事件当時の年は35歳と書かれているが、写真の彼女はそれよりも若く見える。何年か前に撮ったものだろう。

 

「そのジャーナリストの女性ですが、県警のデータベースに該当する事件がありました。ちょうど加賀室長が事故死する3日前に、勤務先からの帰宅途中に男に襲われ、刃物で胸を数回刺されて死亡したようです。死因は失血死でした。その翌日には犯人の男が逮捕されていますが、3日後に留置場内でシーツを首に巻き付け、自殺しています」

 

少し線が繋がってきた。偶然という可能性もないわけではない。だが、関係のあった人間同士が、ここまで短期間に相次いで死亡するなど、通常では考えにくい。2人とも故意に消されたと考えるのが妥当だろう。

 

「そうか。となると、彼女と関わりのあった人物を洗いざらい調べて、彼女がなぜ加賀室長と接触していたのか調べる必要があるな」

 

イシカワは住民基本台帳ネットワークや警察のデータベースなどにアクセスし、関係者の割り出しに取り掛かった。家族構成を割り出し、勤務先の記録を調べて担当者を探す。しかし、フリージャーナリストとだけあって複数の新聞社や出版社の仕事を掛け持ちしており、作業は思ったよりも長丁場となった。

 

昼から作業していたものの、気づけばもう日が暮れている。その間にメガテクボディ社の爆破テロを阻止したバトーたちが帰還し、仮眠を取りつつ報告書の作成を始めていた。とはいえ、肝心の容疑者は公安1課に身柄を押さえられてしまったため、直接取り調べを行うことはできず、そのことで相変わらずバトーは機嫌が悪いままだった。

 

何はともあれ、その間に関係者の絞り込み作業は完了した。問題は、聞き込みをどう進めるかだった。調査の結果、仕事・プライベートを含め、彼女と何らかの関わりを持つ人間は100人をゆうに超えていた。勤務先関係は彼女が請け負っていた案件に関する聞き取りが中心になるので、あまり時間は掛からないと思われる。しかし、プライベートで関わりのある人物を調べるのは、地道に一人ひとり回るしかないため、多大な時間と労力がかかるのは明らかだった。

 

これは新人のアズマとヤノに手を貸してもらうしかないが、それでも人手は足りないので、最悪の場合は自分も聞き込みに回るしかないだろう。イシカワは電通で2人に関係者リストを送り、聞き込みをしてくるように伝える。さすがの2人もあまりの人数にやや不満そうだったが、これも9課の人員の宿命なのだと割り切ってもらった。

 

「さて、俺は何を調べるかだが…」

 

そう言いつつイシカワが表示させたのは、例のジャーナリストの戸籍情報だった。夫とは離婚し、子どもは2人。典型的なシングルマザーで、新浜の狭いアパートの一室で暮らしていたようだ。となると、証言を得られそうなのはその2人に限られるが、事件当時の年齢はそれぞれ15歳と6歳。まともな記憶があるのは、兄の方だろう。

 

イシカワは兄についてさらに詳しく検索をかけた。驚くことに、事件から数日後に被害者の住んでいたアパートが放火され焼失していたのだった。しかも犯人は不明で、現在に至るまで逮捕されていなかった。それにより兄弟は住居を失い、しばらく親戚の家を転々としていたらしい。だが、親と親戚の関係があまり良くなかったうえ、親戚側も厄介事を恐れたのか、結局兄弟は新浜のスラム街でストリートチルドレンとして暮らすことになったらしい。

 

兄は事件前は有名な進学校に通う学生だったらしいが、母の死後、アパートから焼き出されると学費を払えなくなり退学。以降はアルバイトや非正規雇用で何とか生計を立て、幼い弟を支えていたようだ。だが、記録は1年前を最後に途絶えている。それ以降は、バイトや非正規雇用の仕事には一切就いていないのだ。

 

「まるで蒸発したような有様だな。ここまで現在に至るまでの情報がないとは」

 

仕方なくイシカワは弟の方に焦点を移そうとした。しかし、その前にダメ元で警察の前科者リストで検索をかけてみた。もし、貧しさのあまり窃盗や強盗などの犯罪に手を染めていれば、雇用記録がないのも納得できるからだ。だが、ヒットした結果は予想だにしないものだった。

 

「こいつ、今回のテロ事件の犯人じゃねえか」

 

最初は同姓同名の別人かとも思ったが、顔写真を比較しても同一人物である可能性は極めて高かった。なんと彼はあのスラム街での戦闘で、テロリストとして自分たちと戦っていたのだ。一体、何の因果があってこうなったのだろう。生まれも育ちもスラム街ならまだしも、元は一般家庭に生まれた普通の子どもだったはずだ。それが、このような過激な思想を掲げるテロリスト集団の一員になった理由には、いったい何があったというのか。

 

イシカワは供述調書を調べようとしたが、案の定、彼はすでに死亡していた。スラム街での戦闘で自分たちの後で現場に突入した機動隊が、冷蔵倉庫の焼け跡から額を銃で撃ち抜かれた焼死体を発見し、DNA鑑定の結果、本人であることが確認されたらしい。これで彼女を辿る有力な線の一つが消えてしまったのだ。

 

仕方なく、次にイシカワは弟について調べ始めた。事件当時の年齢が6歳前後ということを考えると、得られる証言の信憑性は兄に比べると低いと言わざるを得ない。しかし、だからといって調べないわけにはいかなかった。一縷の望みにかけてでも、この事件の真相を明らかにしなければならないのだ。

 

「え、この子って、まさか?あの子どもですよね…?」

 

珍しく気弱なタチコマの声に、イシカワは作業の手を止めた。

 

「あの子どもって何だ?何の話だ?」

 

タチコマは戸惑った様子でモニター上を行き来し、戸籍のデータを確認していた。そうして、ようやく答える。

 

「以前の冷蔵倉庫での戦闘で保護された少年です。右胸を撃たれて重傷で、現在新浜中央病院に入院していますけど…」

 

あろうことか、その弟というのはあの戦闘でバトーのタチコマが守ろうとしていたあの少年に他ならなかったのだ。これはいったい何の偶然なのだろう。いや、もしかすると必然なのかとも思えてくる。

 

どの道、この子には聞き込みを行う必要がありそうだった。まだ小学生とはいえ、自分の家族のことは話せるはずだ。それに、母親の当時の様子や、何か聞かされていなかったかを確かめれば、一気に事件の真相に近づけるかもしれない。一番有効なのは兄の方に聞き込みを行うことだが、それは今や永遠にかなわないこととなってしまったのだ。

 

だが、問題なのは肝心の弟自身もあの戦闘でタチコマの援護も届かず、何者かに狙撃され、瀕死の重傷を負ったということ。そして、彼はいまも入院しているのだ。さっそく病院に連絡を取り、健康状態を確かめる必要がある。

 

しかし、あれほどの恐ろしい経験をした子どもが、正直に質問に答えてくれるかは怪しいところだった。仮にもまだ彼は小学生。目の前で人が撃ち殺され、自分も殺されかけるような状況を経験すれば、大人でも心に深い傷を負い、しばらくはまともな生活を送ることはできない。

 

だが同時に、自分たちにはそんなことを考慮する余裕は残っていないのも確かだった。心苦しいことではあるが、健康状態に特に問題がなければ、様子を見た上で聞き込みを行うことになるだろう。それによって辛い記憶を思い出させることになるかもしれないが、事件の解決のためにはやむを得ないのだ。

 

《少佐、少しいいか?例のスラム街の戦闘で死んだテロリストの1人が、室長と接触していた女性ジャーナリストの息子だということが分かった。しかも、そいつの弟はタチコマと一緒にいたあの少年で間違いない。場合によっては事情聴取ということも考えられるが、どうする?》

 

電通で少佐にそう伝えたイシカワだが、返ってきた答えは意外なものだった。

 

《そう、なるほどね。でも、行くのは明日にしなさい。もう夜遅くよ》

 

《なに、もうそんな時間か?》

 

驚いたイシカワが時計を確認すると、確かに時計の針は午後10時を回っていた。作業に集中するうちに、すっかり時間感覚を失っていたらしい。気づけば疲労がどっと押し寄せ、急速に空腹感が襲ってくる。仕方なく聴取は明日にすることを決めたイシカワは、ダイブルームを後にすると仮眠を取りに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

赤みがかった街の光が夜空を薄明るく染め、棚引く灰色の雲を際立たせている。甲高い鳴き声を上げたカモメの群れが、弱々しい光を放つ満月を背に飛び立っていった。ここは兵庫県姫路港の外れにある倉庫群。普段は閑散として人通りの少ない区域内に、重厚な機動隊車両が姿を現したのはほんの数分前のことだった。

 

「注意しろ!敵の武装は強力だ」

 

車両から降りてきたのは、防弾盾とSMGで完全武装した覆面の隊員たち。彼らが展開し終わると、車両は静かに移動して港湾区画の出入り口を塞ぐように駐められた。

 

彼らの目的は、テロ組織『亡国の使者』のアジトへの急襲。日中、メガテクボディ社前で押さえたテロリストのうちの1人が、1課による取り調べの結果、協力者がいる場所としてこのアジトを挙げたのである。協力者というのは名こそ知らないものの、武器の提供や公安当局の動きを教えてくれる人物だと供述しており、そのような人物とはまさに赤蠍に他ならない。ここまでの態勢が取られたのは、それが理由だった。

 

部隊は瞬く間に倉庫の一つを取り囲むと、2カ所の出入り口をそれぞれ固めるとともに、分かれた数名の隊員たちが背中に装備した液化ワイヤー発射装置を使って倉庫の屋根へと上った。彼らは固く閉ざされた鉄扉にトラップがないか慎重に確認すると、突入用の爆薬を仕掛ける。屋上の隊も同様に、屋根に爆薬を仕掛けラぺリング降下の準備をする。

 

「突入準備完了」

 

そうして、早くも部隊の初期配置が完了した。これほどまでの素早い態勢構築は並みの部隊では成し得ない業だが、彼ら、新浜県警特殊急襲部隊(SAT)には、さほど難しいことではなかった。県外での活動ではあるが、公安1課の命令で練度の高いこの部隊に応援として出動命令が出され、県警機動隊は後方支援に回っていたのだ。

 

突入には1課の人員も参加し、周辺には光学迷彩で姿を隠した多脚戦車も待機している。また、突入と同時に離れた場所に待機している3機のヘリコプターも一気に現場に乗り込み、万が一逃走者が出た際には追跡を行うことになっている。もちろん、狙撃手も配置され、複数の地点から一切の死角なく倉庫周囲を監視下に置いていた。

 

「突入!」

 

号令と同時に鉄扉が爆破され、フラッシュバンが投げ込まれる。爆音と同時に鋭い閃光が走ると、3方向から部隊が同時に倉庫内になだれ込み、激しい銃声が連続して聞こえる。

 

「万全の突入態勢ね。一般的な立て籠もり犯が相手ならだけど」

 

そんな様子を、少佐は同じ港湾区画にあるガントリークレーンの上から冷ややかに眺めていた。少佐がこの倉庫に赤蠍が潜んでいる可能性が高いという情報を得たのは、今から1時間ほど前だった。それとほぼ同時に、課長からも1課が秘密裏に新浜県警SATに出動命令を出したという連絡も入っていた。

 

今に至るまで1課からは正式な連絡は来ていない。表向きは合同捜査ということになっているが、どうも1課は単独で事件を片付けたいらしい。みすみすテロ組織の国内潜入を許した挙句、まだ面子にこだわるのかと思うと、怒りを通り越してもはや呆れるしかなかった。

 

別の場所でも2機のタチコマが光学迷彩で姿を隠し、同じく監視を続けているだろう。少佐としても、たとえ1課が元々亡国の使者をマークしていたとはいえど、捜査上でここまで障害になる現状にはさすがに嫌気がさしていた。

 

《A班クリア!》

 

《B班クリア!》

 

傍受している突入部隊の通信からは銃声が止み、制圧を告げる報告が次々と上がっている。しかし、どうも様子がおかしい。本当に赤蠍がいるとすれば、ここまで素早く制圧できるはずなどないのだ。となると、赤蠍は既にどこかに逃亡していると考えるのが自然だろう。だが、そうすると非常に厄介なことになる。

 

これまでの情報から、テロが一両日中に起こされるのは間違いなかった。にもかかわらず、得られた最後の手掛かりがみすみす外れに終わってしまえば、テロ実行までに赤蠍を発見するのは困難に近いからだ。

 

《赤蠍はいたか!?どうなんだ!》

 

突入を指揮する1課課長の怒声が響く。彼も事態の重要性を理解している一人だった。だが、現場からは肯定的な応答はなく、どの報告も射殺したのは義体化もしていない生身のテロリストだという報告ばかり。無線から聞こえる1課長の声は、徐々に焦燥に駆られた感情的なものへと変わっていった。

 

《しらみつぶしに捜せっ!まだ近くに潜んでいる可能性も十分にある。何としても見つけ出すんだ!》

 

課長の怒声が虚しく響く。そんな中、周囲の安全確保の報告に混じってある情報が聞こえてきたのを、少佐は聞き逃さなかった。

 

《課長、テロの目標について有力な手がかりが。奴ら、相当複雑な爆破シミュレーションを行った形跡があります。データは破壊されていますが、残されたコンピュータに断片的なログが残っていました。押収して解析する必要があります》

 

突入に参加した1課の課員からの報告だった。テロ目標についての情報は、こちらではまったく押さえられておらず、極めて重要度の高い情報といえる。それに、これも少佐が手に入れた情報ではあるが、メガテクボディ社爆破未遂事件の実行犯2人は次のテロ目標について一切供述していなかったのだ。

 

すなわち、恐らく彼らには何も知らされていない可能性が高かった。そんな中で、次のテロ計画に繋がる有力な手掛かりが得られるということは、テロを未然に防ぐうえで、非常に有利になる。

 

《タチコマ、お前は監視を続けろ。私は少し現場を確認するわ》

 

《確認するって、どうやってですか?》

 

《ちょっと目を借りるのよ》

 

戸惑うタチコマを尻目に、少佐は、現場を警戒しているSAT隊員の電脳に侵入し始めた。彼女にとって、視覚に侵入する程度のハッキングは容易なことで、瞬く間に視界を乗っ取った彼女は、SAT隊員を使って倉庫内の状況を確認する。

 

内部では未だに突入時の爆発の煙が立ち込め、無数の薬莢が床に散乱していた。事前の情報通り、入り口付近には銃を握ったテロリストと思しき一人の男がいたものの、頭から血を流している様子を見る限り、既に息絶えているようだった。

 

奥に目を向けると、積み上げられた木箱の陰に簡易的な作戦指揮所の痕跡が残っていた。テーブルや椅子などはそのままだったが、端末や資料の類は一切見られない。どうやら撤退作業の途中だったようで、その近くには証拠隠滅を図ろうとして銃撃されたと思しき、テロリストの亡骸が転がっていた。

 

「生存者はすぐに搬送しろ。現場の安全確保が済み次第、鑑識を入れて検証を行う」

 

1課員と思われる短髪の男が現場の隊員にそう言った。間もなく、集まっていた隊員の中から手足を拘束されつつ担架に乗せられたテロリストが出てくる。太腿と肩を撃ち抜かれて出血しているが、意識はあるのか野獣のような唸り声を上げて暴れていた。

 

他の隊員たちの注意がその男に向けられている間に、少佐は乗っ取ったSAT隊員の運動機能を掌握すると、作戦指揮所の方へと歩く。幸運にも隊員は全身をアーマーで固め、顔も覆面で隠されているため、表情のこわばりから他の隊員に侵入を気づかれることはなかった。

 

指揮所では先ほど無線で報告したと思われる別の1課員が、証拠隠滅のため銃撃された小型コンピュータに、首筋の端子から身代わり防壁を介してQRSプラグを繋いでいた。突然の襲撃に慌てたテロリストがパニック状態で銃を乱射したおかげで、外装こそ壊れているものの中身は無事だったらしい。

 

周囲に目をやると、積み重なった木箱の隅には生活ごみが無造作に積み重なり、悪臭を放っていた。ほとんどがカップ麺やインスタント食品の類で、量から考えるとこのアジトには最大で10人前後の人員が潜んでいたようだ。また、その中には黒焦げになった記録メディアや灰が混じっていて、どうやら重要書類はすべて焼却された後だった。

 

(ここまで黒焦げになっていたらデータの回収は無理ね。課長から根回しして、早いところ1課から端末のデータを回してもらったほうが早いわ)

 

あらかたの状況を確認し終えた少佐は、SAT隊員の電脳から落ちようとした。さすがの少佐でも、無用に長居すればそれだけ気づかれる危険性が高くなるからだ。だが、直前に不穏な気配を感じ取った少佐は、それを思いとどまる。

 

この気配は前にどこかで感じたものに近かった。獲物を見つけた獣のような、抜け目のない鋭い視線。すぐにでも喉元が切り裂かれても不思議でないこの敵意は、恐らく赤蠍のものだ。

 

少佐がそれに気づいたとき、恐れていたことが起こった。

 

突然、倉庫の外から爆音と凄絶な断末魔が響いた。振り向いたときには、担架から救急車へ移されようとしていたテロリストと、その周りを囲んでいた数名の隊員が一瞬にして肉塊と化していた。救急車の白いボディには巨大な弾痕が残り、間もなく火の手が上がる。

 

「何事だ!どこからの銃撃だ!?」

 

1課員が絶叫に近い叫びを上げた。即座に倉庫内の隊員たちは物陰に身を潜めると、SMGを構えつつ外の様子を窺う。今のところ、敵の姿は捉えられなかった。極度の緊張が張りつめる中、その場は奇妙な静けさに満ちていく。頭上を越えるヘリのローター音だけが、異様に大きく響いていた。

 

やがて、流れゆく雲間から姿を見せた満月の光が、開かれた扉から差し込む。出入り口の前に広がった血の海を越えて、着実に何かが近づいてきているのを少佐は感じていた。炎上する救急車の煙が、一瞬だけ何かに妨げられて形を変える。そのシルエットを見た時、彼女は戦慄した。

 

(陸自の多脚戦車っ!)

 

同時に爆音が轟き、侵入していたSAT隊員との接続が途切れた。

 




2026/5/24 一部修正
2018/9/16 一部加筆修正

※ SATとSWAT:攻殻世界ではSWATも登場するが、本家アメリカのSWATは、市警・郡保安官事務所などの自治体警察にも置かれる高リスク事案対応の警察戦術部隊であり、立てこもりや銃器犯など凶悪犯罪一般にも対処する。一方、国家的・連邦的なテロ事案ではFBIが関与し、必要に応じてFBI SWATやFBI HRTが投入される。本小説ではこれに倣い、警察SWATとは別に、重大テロ事案対応の上位部隊としてSATも併存している設定とした。SATは日本にも実在する警察の対テロ特殊部隊である。
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