攻殻機動隊 -ヘリオスの棺-   作:変わり種

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第1話

現在――

 

漂う雲の合間から顔を見せる三日月が、広大な森林地帯を白く照らしていた。人間が姿を現す遥か以前からの営みが、ここでは今も残っている。だが、そんな森の一角に突如として広がっていたのは、煌々と光を放つ作業員宿舎と、夜の中に沈む無数の土木用重機だった。

 

ここは兵庫県西播磨の山奥。リニア新幹線の新ルート建設に伴い、山岳トンネル工事の施工ヤードと作業員宿舎を兼ねた中核拠点が設けられていた。敷地内には、近隣工区で使用される重機や資材が集められ、100人を超える作業員が交代で寝泊まりしている。

 

そこへ1機のティルトローター機が全速力で向かっていた。左右の翼端で大型ローターが唸り、機体は夜空を切り裂くように山中へ向かっていた。

 

《通報から10分経ち、警備員室からの応答は依然ない。くれぐれも注意して掛かれ!》

 

電脳通信、通称「電通」を通じて、公安9課の荒巻課長の声が響いた。ブルパップ式のアサルトライフルである、セブロC-30の最終点検を済ませた少佐こと草薙素子は、弾倉を装填するとヘリのドアを開く。途端に猛烈な暴風が機内に吹き付けるが、全身義体である彼女は瞬き一つしない。

 

「各自、着陸地点の安全確保の後、バトーとトグサは管理棟、パズとボーマは私と倉庫の捜索。サイトーは照明塔の上を押さえろ」

 

彼女は部下達に指示を出すと、降下用のワイヤーを地面に投げ下ろした。ヘリはローターを上方に向けてホバリングに移り、高度を下げつつある。準備を整えた少佐は、改めて着陸地点の周囲一帯を見回した。地上には所々に白い屋外照明が灯っているだけで、ほとんどが暗闇に包まれている。しかし、彼女の高性能な瞳はこのような環境下でも十分に機能を発揮することができた。

 

怪しい人影がないことを確認した彼女は、一気に降下を開始する。その後、他の隊員たちも同様に続いた。地上に着地した彼らは、素早く散開して周囲の安全を確保する。その後、高度を落としたヘリの後部ハッチが開かれると、機内から3機の青い多脚戦車が姿を現した。まるで蜘蛛のような外見のそれらは、次々とヘリから飛び降りると搭載された複数のアイボールで周囲を警戒する。

 

間もなくヘリはローター音を轟かせながら飛び去る。その場には彼ら6人と3機の思考戦車が残された。異常がないことを最終確認した彼らはそれぞれ散らばり、施設の捜索に移る。

 

《ねえねぇバトーさん、ここって本当に工事現場なんですか?こんなに広くて建物だらけだったら、どこで工事しているのかも分からないじゃないですか》

 

《ああ。まぁ言いたいことも分からなくもねぇよ。なにせここはリニア新ルート建設の西播磨工区、その中心になる工事基地だからな》

 

戦車とは似ても似つかない無邪気な子供のような声でそう訊いたのは、タチコマと呼ばれる思考戦車の1機だった。その質問に、特殊な義眼レンズを付けた大男、バトーが電脳通信を介して答える。周りにはプレハブ小屋でつくられた簡易作業員宿舎のほかにも、福利厚生施設や受電設備、非常用発電機を備えた設備棟など、たくさんの施設が集まっている。もはや工事現場というより、半ば一つの街と化していた。

 

巨大な轍が残る砂利道を進みながら、タチコマは周囲の景色に興味津々だった。成長型ニューロチップを搭載した彼らは、経験を積むことで学習を重ねていく。大規模な土木工事現場に足を踏み入れるのは今回が初めてであり、目に入るものすべてが、彼らの知的好奇心を刺激していた。

 

一方、バトーはそんな彼のお喋りに付き合いながらも、セブロを構え警戒を怠らない。やがて目の前に見えてきたのが、通報のなされた管理棟だった。当直の警備員の一人から通報が入ったのが、自分たちが現場に到着する10分前のことだった。ゲートを突破し、敷地内に侵入してきた武装勢力の存在を警察に伝えた後、彼らとは一切の連絡が途絶えていた。

 

バトーとツーマンセルを組むもう一人の隊員、トグサがライフルを構えつつ管理棟内の様子を窺う。室内は真っ暗で、正面玄関のドアは軽く開いたままになっていた。金属製の取っ手が変形しているところを見ると、相手はそれなりに義体化率の高いサイボーグらしい。

 

トグサのサインを受けて、バトーとタチコマが玄関前に展開する。タイミングを合わせてドアを蹴破り、一気に室内に突入してライフルを構えた。だが、犯人と思しき人物は確認できない。トグサもすぐに続き、互いにカバーしながら慎重に前進していく。

 

床には犯人のものと思われる泥が付着しており、通路の奥まで続いていた。警戒しつつその後を辿っていくと、やがて奥の広間と2階へ通じる階段との分岐点に行き着く。だが、床に付いた泥は迷うことなく階段へと続いていた。

 

《俺とタチコマは2階を捜索する。お前は1階だ》

 

トグサにそう告げた彼は、ゆっくりと階段を上っていった。普通に考えれば足跡の続く2階に犯人が向かったとみて間違いはない。それでも1階も捜索するのは念を入れてのことだった。

 

2階に着いた彼が最初に見たのは、廊下の壁に飛び散った血痕だった。ライフルを構えながら静かに近づくと、そこには覆面の男が、眉間を撃ち抜かれて倒れていた。その両目は見開かれたままとなっており、体は既に冷たくなっている。その隣には、頭部に銃撃を受けて無残な姿となった警備員の死体も見えた。状況から察するに、この犯人は警備員と刺し違えたらしい。

 

《こりゃ酷い有様だな。警備員と相討ちになってら。トグサ、そっちはどうだ?》

 

《こっちには特に形跡はなさそうだ。もう少し探ってみる》

 

《了解。2階に上がる時は死体を踏まないよう注意して来いよ》

 

バトーは2人の死体を避け、さらに先へと進む。すると、左側に警備員室と思われる固く閉ざされた鉄扉を見つけた。警戒しつつそれを開けようとするバトーだったが、内側から鍵がかけられているようで、びくともしない。ノックしたうえで呼びかけてもみたのだが、まったく反応はなかった。建物自体の電源は落ちており、開閉用の認証端末も使用できない。非常用電源に切り替わった形跡もなく、端末は完全に沈黙していた。

 

《仕方ねえ。タチコマ、こじ開けるぞ!》

 

《待ってました~!》

 

彼の指示に、すぐさま進み出たタチコマは、視覚センサから瞬時にドアの構造を推定した。そして、電子錠のデッドボルトがあると予想される部分に的確に右腕のチェーンガンを向ける。勿論、射線には十分に角度をつけていて、撃ち抜いた銃弾や跳弾が室内に入らないよう考慮している。

 

「今からドアをこじ開ける!離れろ!」

 

バトーがそう叫ぶと、タチコマのチェーンガンが火を噴いた。真っ暗な室内に赤い火花が飛び散る。金属加工機のような精密さで弾痕が一列で穿たれると、タチコマのマニピュレータが扉の取っ手を挟むように掴んだ。数百キロはあろうかという鉄扉だったが、戦車の強力な力にはかなわず、軋むような音を立てながら徐々に開いていく。

 

半分ほどドアを開けたところで、タチコマは真っ暗な室内をライトで照らした。

 

途端に上がった鋭い悲鳴。バトーがその正体を確認する間もなく、錯乱した若い警備員が叫び声を上げながらそこら中に拳銃を乱射する。気づいたタチコマがすぐに身を翻してバトーの盾となり、丸みを帯びたFRP製のボディが火花を散らして銃弾を弾く。間もなく弾を撃ち尽くした警備員はすぐに飛び掛かったバトーによって取り押さえられた。

 

「うわぁ、やめろッ!命だけは助けてくれ!!」

 

大声で喚きながら暴れる警備員に、バトーは何度も自分は警察だと言い聞かせたが、まったくもって聞く耳を持ってくれなかった。確か前にも臓器売買をしていた医学生を捕まえた時、海外マフィアと勘違いされて恐れられたことがあったが、今回もそうなのだろうか。

 

そう思うとやや心外ではあるが、あいにく鎮静剤などを携帯していなかったので、少々手荒だがタチコマのポッドの中に押し込んでおいた。まだ敵が潜んでいる可能性が拭えない以上、貴重な生存者を危険に晒すわけにはいかない。いまはこれが一番安全だった。

 

案の定、ポッドの中からは悲鳴やら扉を叩く音やらが聞こえてくるが、落ち着けば事情も分かるだろう。バトーはそう考えていた。

 

「何だか警備員がパニックになってるけど、大丈夫なのか?」

 

無線ではなく生声で、音を聞きつけてやってきたトグサが心配そうに言った。

 

「問題ないだろ。どうせすぐに落ち着くしな」

 

バトーはそう答えたものの、しばらくの間、本当に叩く音がやまなかったので、後で監禁されたなどと騒がれて面倒なことにならないか、そちらのほうが心配だった。だが、それよりも迷惑しているのはタチコマの方だ。絶えずポッドの中で「助けてくれ!」などという叫びや扉が何度も叩かれ、聴覚センサーの大きな障害になっていたのだ。

 

「バトーさぁん、ポッドの中が五月蠅いよぉ~…」

 

「我慢しろ、タチコマ!」

 

駄々をこねるタチコマに、バトーは頭を掻きながらそう言った。

 

《火薬庫の確認も終了した。含水爆薬が20箱、重さにして500キロほど消えている。しかも、雷管の保管区画まで同時に破られていた。保管場所も警備系統も把握してなきゃ、こうはいかないな》

 

全員に入った電通の声の主はボーマだった。スキンヘッドがトレードマークのボーマは、爆発物広範に非常に深く精通している。そんな彼の言うことなのだから、間違いはないのだろう。

 

バトーは思わず舌打ちをする。やはり、この現場も当たりだったらしい。3か月前から新浜周辺の広域で発生している連続爆薬盗難事件。その犯人の手口と、今回のそれは完全に一致していたのだ。

 

《了解した。所轄の機動隊が間もなく来る。以降の処理は任せて帰還するぞ》

 

少佐の指示を受け、バトーたちはすぐに管理棟を後にして着陸したティルトローターのもとへと向かった。相変わらずタチコマのポッドの中の警備員は騒いでいて、未だに何度もポッドを叩く音が聞こえていた。

 

《少佐、保護した警備員はどうする?あいつ、あの様子だとポッドから出したらまた暴れそうだぞ》

 

《仕方ない。一旦、こっちで身柄を保護してから所轄に引き渡す。そのまま入れておけ》

 

《了解》

 

バトーはそのままヘリの着陸地点まで来ると、トグサやタチコマとともに乗り込んだ。続いて、倉庫の捜索を終えた少佐やボーマたちも戻ってくる。最後に1人、別の地点で警戒を行っていたサイトーが愛用のライフルを持ってヘリに乗り込むのを確認すると、オペレーターはヘリを離陸させた。

 

眼下に見えていた広大な工事現場はあっという間に小さくなっていく。両端に強力なターボプロップエンジンを備えた巨大な主翼は、徐々に角度を水平に戻し、航空機モードへと転換していった。対地速度が上がり、やがて工事現場は果てしなく続く樹海の中へと消える。

 

「悪かったな、いま出してやるぞ」

 

バトーはそう言うと、タチコマにポッドを開けさせ閉じ込めていた警備員を出そうとする。だが、どうも様子がおかしい。先ほどまであれだけ騒いでいたのに、一転して静かになっていたのだ。正気を取り戻したのだろうかと思いつつ扉を開けると、中から警備員の体が力なく倒れてくる。慌てたバトーが警備員の体を揺すって起こそうとするが、微動だにしない。

 

「おい、起きろっ!おい!」

 

「バトーさん、どうやら気絶しているみたいですよ。呼吸と脈拍は正常の範囲内なので、心配はいりません!」

 

振り返ったタチコマがセンシングしたのか、そう伝えてきた。ひとまずバトーは倒れた警備員をそのままヘリのシートに座らせると、不意の揺れで転げ落ちないよう安全ベルトを締める。

 

命に別条がないならひと安心ではあるものの、一般人を気絶させてしまったことは事実なので、後で少佐にこってり油を絞られるのは間違いないだろう。その証拠に、イシカワの隣に立っていた少佐の目線には、どこか冷ややかなものがあった。

 

「そんなに落ち込まないでくださいよ、バトーさん~」

 

「ああ…」

 

タチコマがマニピュレータで肩を叩いて励ましてくれるものの、少佐の視線を感じるたびに、彼は身震いし続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「改めて、事件の概要を説明するわ」

 

壁に埋め込まれた大型モニターには、新浜市周辺の広域地図が映し出されている。ここ、公安9課本部のブリーフィングルームでは、主要なメンバーが揃って本事件の捜査会議が開かれていた。モニターの隣には課長の荒巻大輔が、説明を続ける少佐の隣に立っている。

 

「知っているとは思うけど、事の発端は3か月前、岡山県内の採石場で爆薬500キロが盗まれた事件からよ。その後、鳥取や兵庫などで同じような盗難事件が相次いだんだけど、複数の県を跨いでいるせいでろくな情報共有もなされず、捜査は暗礁に乗り上げていたみたいね」

 

「まったく、これだから縦割り行政ってやつは…」

 

説明を続ける少佐に、バトーが呆れた様子で呟く。

 

「まあ、盗まれたものが盗まれたものであるだけに、現場の刑事からは捜査体制の拡充が要望として上がっていたとデータには残っているわ。あいにく、それは別の形で叶ったわけだけど」

 

そう言いながら少佐はモニターの映像を切り替えた。途端に現れた画像に、思わずトグサが口を押さえる。義体化された部位はほぼ内部構造を晒し、生身の部分には、肉が露出するほどの大穴がいくつも穿たれていた。体の一部は灰色のコンクリートに埋もれており、もはや人間だと識別するのもやっとだった。

 

「これが、先週殺された高速の東播磨トンネル工事現場の警備員よ。体からは4.6ミリ高速徹甲弾12発が見つかったわ。爆薬の窃盗が相次いでいるから、工事会社が警備を独自に強化してたんだけど、それが仇となった形ね。強化義体の武装警備員ですらこの有様よ。犯人グループはかなりの武装だわ」

 

「その時の監視カメラの映像は、結局どうなったんですか?」

 

「記憶装置本体が銃撃を受けて破損し、鑑識に回していたんだけど、事件当日のデータの復旧は無理だったわ」

 

「そうですか…」

 

トグサはそれを聞いて、奥歯を噛み締めた。殺された警備員にも家族はいる。12発もの銃弾を受け、コンクリートミキサーに沈められて惨殺された姿を見たとき、遺族はいったい何を思うだろうか。

 

悲しみ、悔しさ、そして憎しみ。

 

本庁で刑事として働いていた頃から、彼はその感情が招く最悪の結末を何度も見てきた。

 

だからこそ、そんな悲劇が繰り返されないために自分たちがいるのだ。今度の事件も、何としてでも犯人を捕らえ、法の報いを受けさせたい。トグサは、そう心に決めていた。

 

「そして今回、警備員と刺し違えた犯人の身元が、ようやく分かったわ」

 

説明は今回の工事現場襲撃のものへ移っていた。少佐はモニターに骨張った顔の男を表示させ、淡々と説明を続ける。写真の背景には荒廃したどこかの市街地が映し出されていて、その男は迷彩服に身を包んでアサルトライフルを握り、カメラを鋭く睨みつけていた。

 

「被疑者は三浦増尾。数年前まで米帝の民間軍事会社に所属していたが、職務中の命令無視により解雇されている。以後の行動は不明。しかし、日本に入国したのは最初の事件が起こる2週間前であることから、何者かに雇われたと考えるのが妥当だ」

 

「この三浦という男の他に、あの現場にいた犯人については何か掴めたんですか?」

 

手元の資料を見ながら、トグサがそう訊いた。

 

「いや、他は何も。分かっているのは4、5人という少人数で、あれほどの短時間で手際よく爆薬を盗んだということくらいね。おそらく、前もって爆薬の場所を知っていたと思われるわ」

 

「会社内にも内通者がいたってことか。こりゃ、工事を請け負っていた松桂建設を調べるしかないな」

 

そう話したバトーに、イシカワがあることを指摘する。

 

「工事に関わっていたのは松桂だけじゃねえぞ。協力会社や下請け、それに警備会社など、もろもろ合わせると100社は超えるな。そのうち、爆薬の所在を知り得る会社は11社だ」

 

それを聞いた彼はあまりの多さにため息をついた。少佐は、モニターの画面を切り替えると話を続ける。

 

「逃亡に使われた車両だけど、あいにく防犯カメラの映像はすべて削除されていて、復旧は困難だわ。それにあの辺りは山奥で、IRシステムの数も少ないから、見つけるのは至難の業ね。頼りになるのは、あの警備員の証言くらい」

 

そう話す彼女の顔は、どこか厳しい表情だった。

 

「所轄の協力で周辺の主要な道路と県境には検問が引かれたが、未だに逃走車両は見つかっていない。これまでに起こった4件の事件を合わせると、盗まれた爆薬は2トンを超える。首相も今回の事件には憂慮し、一刻も早い解決を望んでいる。これより、盗まれた爆薬の所在と犯人グループの確保に全力を注いでくれ」

 

課長が神妙な面持ちでそう締めくくると、メンバーたちは「了解」という言葉とともに次々に部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえねえ、あの自律式の穿孔ジャンボに有線できた?」

 

「いや~、残念ながら。ポッドに乗せた警備員が五月蠅くてさぁ」

 

「え~、2人ともダメだね。ボクはちゃんと有線できたよ~。後で少佐に怒られちゃったけどね。それにしても、変わったAIだったなぁ」

 

ハンガーに通じる通路の中では、作戦を終えて帰還した3機のタチコマがいつものようにお喋りに明け暮れていた。今日の話題は初めて見た巨大な自律式トンネル掘削ロボットのことで、整備用ポートから稼働ログの一部をコピーし、どんな支援AIが現場管理をしているのかで盛り上がっていた。

 

「え~、ズルいズルい!頼むから並列化させて!」

 

この中で唯一、掘削ロボットと接続できたタチコマに、残りの2機は並列化をしようと寄って集ってQRSプラグをつなごうとする。だが、当の本人はそんな気持ちを弄んでプラグのある左腕を上にあげて届かないようにしていた。それに怒ったタチコマの1機が脚を掛けて転ばせると、もう1機が絶妙なタイミングで気を取られていた隙を突いてプラグを差し込み、並列化を達成する。

 

「酷いよ~、転ばせることもないのに~っ!」

 

起き上がりながら、無理やり並列化させられたタチコマは不服を言うが、他の2機はまったく聞く耳を持たなかった。効率的な学習のため、1機が経験したことは全体の経験として並列化される。だから、タチコマたちの間に秘密というものはほとんど存在しない。

 

例外があるとすれば、並列化されるまでの記憶だけは、その日限りの“自分だけのもの”だということだろう。

 

だが、彼らの好奇心の前にはそんなささやかな秘密さえも通用しない。このタチコマのように、仲間から見て非常に興味深い経験をしたタチコマは、たとえ本人が並列化を拒んでも半ば強引に並列化させられる。

 

しかしその好奇心こそが、単なるAI搭載の思考戦車だったタチコマに、個性をもたらすきっかけになったのだ。

 

「えっへん!正義は勝つのだ~!」

 

とはいえ、傍から見れば1対多数で無理やり並列化するこのやり方は、少々大人気ないことには変わりない。整備を担当している赤服の鑑識たちも、いつもの如く呆れていた。

 

一方、騒がしい通路に仲間の帰還だと思ったのか、スリープモードから覚めた留守番をしていたタチコマたちが一斉に騒ぎ出した。大半は「ボクにも並列化しろよな~」と羨むものだったが、いつも読書ばかりしている変わったタチコマからは、「正義の根本は人間の道徳的観念だから、そんなものは時代や地域、それに立場によって変わるんだよね」といった声も聞こえてくる。

 

「みんなにも、すぐに並列化してあげるよ~」

 

強引に並列化することができたタチコマはそう言うと、集まってきた他のタチコマと接続し合ってすぐに並列化を開始した。一方、もともと掘削ロボットと有線できていたタチコマは、その様子を面白くなさそうにじっと見つめている。並列化が終わると、タチコマたちはみな腹を抱えて笑い出したので、これには鑑識も少しうるさそうにしていた。

 

「ははははっ!それにしても、人間を補助する支援AIには根暗な奴が多いね」

 

「彼らには会話能力もないから、思ったことを伝えることができないしね」

 

「ほんと、根暗なAIばかりで嫌になっちゃうよ!」

 

それからというもの、彼らは夜遅くまで今日の出来事や今回の事件について熱い議論を交わしたのだった。もちろん、メンテナンスもあるし、何よりずっと声に出して話していては鑑識が迷惑するので、仕方なくネット上の電脳空間で『情報の宴』と呼ばれる話し合いに明け暮れたのだった。でも、メンテナンスの順番が来るたびにお喋りを繰り返したばかりに、結局鑑識に怒られてしまったが。

 

ただ、議論を続ける彼ら自身やメンテナンスをした鑑識たちは、誰一人として異常を見抜くことはできなかった。通称バトー専用機と呼ばれる、バトーが使用するタチコマ。そのポッドの中を、黒いセボットがうごめいていることを。




2026/5/12 一部修正
2018/8/31 一部加筆修正
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