少佐が意識を取り戻したとき、眼下の光景は先ほどまでのそれとはまったく異なっていた。倉庫前に展開していたはずの部隊は跡形もなく消え去り、爆炎を上げながら倉庫は崩れ落ちていく。駆け付けた後方支援部隊がすぐさま銃撃を加えると、弾は倉庫前の空中で何かに弾き飛ばされ火花が散った。敵は熱光学迷彩で姿を隠していたのだ。
《敵は熱光学迷彩を使用している模様!小火器では歯が立たない、援護をっ!》
無線から響く怒声。だが、それも一瞬で悲鳴に変わった。何かが弾けるような炸裂音が響き渡るのと同時に、無数の曳光弾が夜の闇を切り裂いた。ライフルの弾にも耐えられる防弾盾が粉々に弾き飛ばされ、重武装の機動隊員の列はほんの一秒もしないうちに粉砕された。
《少佐、どうしましょう!?》
タチコマから興奮した声で電通が入る。一方の突入部隊の無線は怒号と叫び声が入り乱れ、パンク寸前の有様だった。
《お前はすぐに課長に連絡しろ!あれはおそらく陸自の18式戦車だ。盗難の可能性がないかすぐに調べろ》
《了解!でも、少佐は?》
《あのまま放置するわけにもいかないわ。やれるだけのことはやってみるつもりよ》
《えっ、あれと戦うんですかぁ!えーと、ボクらにとっては年上の先輩とやり合うっていうか、その、相手があまりに大き過ぎる気が…》
戸惑うタチコマの素っ頓狂な声が電通から聞こえる中、少佐は手元の武器を確かめると無理やりタチコマたちを呼び寄せる。クレーンの上からは炎上する倉庫の煙に巻かれて、うっすらとではあるが戦車のシルエットを確認できていた。1課の思考戦車が反撃を始め、隣の倉庫の屋根から熾烈な銃撃が加えられる。しかし、相手は一世代前とはいえ陸自の現役主力戦車の一つである。強力な装甲を前に撃ち込まれた銃弾はことごとく跳ね返され、もはや無意味だった。
「お待たせしました、少佐!」
ワイヤーを使って飛んできたタチコマが、勢いよくクレーンの足場に着地する。これで役者はそろった。少佐はタチコマにあることを告げると、携帯していた手榴弾を2個とも抜き出す。あの戦車には赤蠍が乗っている可能性が高い。だとすれば、何としてでも生け捕りにして、情報を抜き出さなければ。心にそう決めた少佐は、自分の光学迷彩を起動させるとクレーンから飛び降りた。
多数のオペレーターアンドロイドが並ぶ9課の司令室では、壁面のモニターを睨みながら荒巻課長が関係省庁の役人に怒鳴り声を上げている最中だった。映し出されているのは現場上空に配備されていた警察のヘリからの映像で、炎上する倉庫群を蹂躙する巨大な思考戦車のシルエットが、時折煙の中から浮かび上がる。
地上では生き残った部隊が1課の思考戦車の援護を受けつつ撤退を始めていたが、敵の戦車は執拗に追撃を続けていた。放たれた曳光弾が空中に赤い軌跡を描き、1課の思考戦車に命中する。タチコマより強力な装甲を持つはずのその戦車ですら、直撃を受けて倉庫の屋根から吹き飛ばされた。
「なに? 基地にあるすべての戦車に異常はない!?なら、あれはどこの戦車だ!」
タチコマから報告を受けた課長は、陸上自衛軍基地に配備されている同型の18式戦車が盗難されていないか即座に問い合わせたものの、返ってきた答えはどの基地も同じ。配備されているすべての戦車に異常はないというものだった。熱光学迷彩を使用して完全に姿を隠しているということは、相手は軍の戦車以外には考えられない。にもかかわらず、軍の登録上、異常はない。ならば、あの戦車はどこから現れたのか。
《荒巻課長、草薙少佐が18式戦車の詳細なスペック情報を要求しています》
「少し時間がかかると伝えろ。旧友と連絡を取ってからだ」
少佐からの電通を受けたオペレーターアンドロイドにそう答えた課長は、おもむろに席を立つ。モニターに映る多脚戦車のシルエットは、上空のヘリからのサーチライトの光を受け、輪郭がより鮮明になっていた。クローラー駆動の4本の脚と、突き出た長い砲身が特徴的な胴体。特徴はまさに陸自の18式戦車そのものだった。
「バトーとサイトーをヘリで現場に向かわせろ。何としても目標を破壊し、搭乗員を押さえるんだ」
《了解しました》
課長はオペレーターにそう告げると、足早に司令室を出ていった。
《タチコマ、注意を引くだけでいい!撃て!》
少佐の号令で、光学迷彩で姿を隠しつつクレーンにぶら下がっていたタチコマが、チェーンガンを使って追撃を続ける18式戦車の背後から銃撃を加えた。当然7.62ミリ程度の小銃弾では歯が立たず、攻撃に気付いた戦車の輪郭は大きくうごめく。もうもうと立ち上る黒煙がわずかに乱れるのが見え、恐らくは砲塔を旋回させたのだろうと思われた。
次の瞬間には爆音が轟き、クレーンが砲撃を受けて爆発する。たちまちバランスが崩れて傾き始めたクレーンは、土煙を上げながら漆黒に染まった海に吸い込まれていった。同時に少佐は、その隙を突いて岸壁のすぐ脇、戦車の足元近くの海面へ手榴弾を投げ込む。クレーンの崩壊と相まって手榴弾の存在は敵には全く気付かれず、3秒ほどして大きな炸裂音が響き渡ると、立ち上った2本の水柱と共に大量の水飛沫が舞い上がった。
光の物理現象を応用した光学迷彩にとって、水の存在は致命的な弱点だった。水飛沫をもろに受けた多脚戦車の光学迷彩は、水滴による乱反射を受けて十分な機能を発揮できなくなり、ようやく敵は本来の姿を晒した。
オリーブドラブを基調とした濃い森林迷彩を纏う、4本脚の巨大なボディ。脚にはクローラーが装備され、両腕のマニピュレータの先には単砲身の20ミリ機関砲が装備されている。何よりその存在感を際立たせているのは、本体後部の砲塔から伸びる105ミリ滑腔砲だった。ボディには複数のアイボールが埋め込まれ、周囲に隙のない警戒を続けている。従来の戦闘車両の特徴も併せ持つ、多脚戦車黎明期の無骨な設計だが、侮れない相手であることは確かだ。
戦車は手榴弾を投げ込んだ主を探して巨大な体を旋回させ、前進し始めた。クローラーが甲高い音を響かせながら、炎上していた救急車を容赦なく踏み潰す。やがて、正面のアイボールが前方の倉庫の陰に人型の熱源らしき反応を感知すると、即座にマニピュレータを向けて20ミリ弾を撃ち出した。
コンクリート造りの壁に次々と大穴が穿たれ、鉄筋がむき出しになる。間髪を入れずに105ミリ砲が火を噴き、撃ち込まれた多目的対戦車榴弾が炸裂して赤黒い爆炎が倉庫を包んだ。燃え盛る炎を確認した戦車は、ゆっくりとそこへ近づいていく。しかし、瓦礫の中から掴み出されたのは、少佐ではなく黒焦げになった汎用女性型アンドロイドの残骸だった。倉庫に大量に保管されていたもののひとつを、少佐が囮として利用していたのだ。
気付いた戦車がそれを投げ捨てた時には、すでに彼女は至近距離にまで肉薄していた。熱光学迷彩を起動させた少佐の姿は、もはや戦車のアイボールでも捉え切ることはできなかったのだ。少佐が抱えていたのは、2本の金属製タンク。彼女はそれを戦車の側面に叩き付けると、一気に飛び上がる。
タンクは途端に破裂し、周囲に白い液体をまき散らした。酸素に触れたそれらは瞬時に硬化すると、多脚戦車の生命線である脚の関節を固め、身動きを取れなくする。彼女が使ったのは、突入部隊が使用していた液体ワイヤー発射装置のタンクだった。タチコマのワイヤーと同種のそれは、酸素に触れると瞬時に硬化して同質量の鋼鉄以上の強度を発揮する。その特性は、多脚戦車の動きを止めるのにまさに適していた。
本体上部のハッチに飛びついた少佐は、すぐに肩から提げたセブロC-30を構えると、引き金を絞る。連射された5.45ミリ高速徹甲弾がハッチに命中して激しく火花を散らすが、塗装こそ剥がれるもののやはり貫通することはできない。その時、周りの3つのアイボールが一斉に少佐の方を睨みつけた。同時に砲塔が勢いよく旋回し、ハッチをこじ開けようとしていた少佐を薙ぎ払うように迫る。
辛うじて身を翻し、戦車から飛び降りた少佐だったが、敵はなおも彼女を狙い続けた。固められた右側の関節を無視して強引に体勢を変えようとし、エンジンが唸りを上げてマフラーから黒煙が噴き出す。左右のクローラーが逆回転して超信地旋回をこなすと、着地した彼女目掛けて20ミリ機関砲の砲身が向けられた。
とっさに横っ飛びして最初の一撃を躱したが、掃射は終わらない。絶え間なく火を噴く機関砲からは曳光弾が撃ち出され、マニピュレータの真下では排莢口からは白煙とともに空薬莢が吐き出され、地面を激しく転がっていた。岸壁のコンクリートに命中した弾が跳弾し、破片をまき散らしながらあらぬ方向へ弾き飛ぶ。
義体のポテンシャルを最大限に引き出し、全力で駆け抜けた少佐は何とか弾幕に捕まる前に倉庫の陰へ飛び込んだ。しかし、間もなく激しい爆音と同時に主砲が発射され、少佐は爆発に巻き込まれて隣の倉庫の壁に叩き付けられた。粉塵が舞い上がり、崩れた瓦礫からは炎が燻っている。そこに姿を現した戦車は、狭い路地を強引に押し進み、辛うじて残っていた倉庫の壁を崩落させながら彼女に迫ってきた。
装備していたボディアーマーのおかげで衝撃は吸収され、義体に目立った損傷はない。だが、瓦礫を押し退けて起き上がろうとしたときには、既に戦車は目前に迫っていた。いくら少佐のチタン製の脳殻といえども、向けられた20ミリ機関砲の攻撃には到底耐えられない。敵はそんな少佐を弄ぶように、じりじりと距離を詰めて壁に追いつめる。
一思いに機関砲で仕留めないのは、ある意味赤蠍らしいやり方だった。絶望の果てまで追い詰めて戦意を喪失させ、最後には自分の手で息の根を止める。異常なまでの執着に少佐は圧倒されかけるが、どんな苦境にも耐えられる屈強な精神を持ち合わせていた彼女は、最後まで望みを捨てなかった。
背中が壁にぶつかる。自分の頭に向けられた機関砲の砲身は火を噴かないままだが、マニピュレータが大きく開かれて掴みかかってきた。相手は自分の脳殻を直接握り潰すつもりらしい。相手をギリギリまで引きつけた少佐は、躱すタイミングを見計らっていた。躱して反撃に移るか、頭を握り潰されるか。次の瞬間で、すべてが決まる。
「少佐ぁっ!」
だが、不意に姿を現した2機のタチコマが、相手の戦車の懐に飛び込んだ。虚を突かれた戦車の照準が一瞬だけ少佐からずれる。そこで生まれたわずかな隙を見逃さなかった彼女は、すぐに飛び上がって倉庫の上へと逃れた。たちまち乱射された20ミリ砲弾が周囲の倉庫の壁を粉砕し、窓ガラスも粉々にはじけ飛ぶ。
真下では戦車の胴体に取り付いたタチコマたちが、アイボールの上に覆いかぶさって相手の視界を塞いでいた。エンジンが雄叫びを上げて機体が左右に大きく揺れ、クローラーが全速で駆動して近くの倉庫の壁に突っ込む。
「ひゃあ~!」
投げ出されたタチコマたちはすぐにワイヤーを倉庫の屋根に撃ち込んで跳躍するが、身を隠す間際に1機が20ミリ弾の砲撃をポッドに受けて弾き飛ばされた。それでも何とか体勢を立て直すと、そのまま屋根に着地を決める。態勢を整えるため一旦退却することを決めた少佐は屋根伝いに倉庫群を移動して、敵の戦車と距離を取った。タチコマもそれに続き、どうにか離れた倉庫の扉をこじ開けて中に隠れることに成功した。
「大丈夫か、タチコマ!」
倉庫の中に入った少佐は、すぐに攻撃を受けたタチコマを見やった。ポッドの後部は大きく変形し、20ミリ弾によるものと思われる大穴が何カ所も穿たれていた。12.7ミリ弾ですら耐えきれないのに、20ミリ機関砲と105ミリ滑腔砲を持つ戦車相手に捨て身の攻撃をするとは、タチコマもなかなか無謀なことをする。少佐はそう思ったが、同時にそれで命を救われたのも事実だった。
「大丈夫です!まだ戦えますよ」
健気にそう答えたタチコマは、両腕を振ってアピールする。幸い、駆動系まではやられていないらしい。少佐はそんなタチコマに軽く感謝を告げると、体についていた土埃を払って、抜き出していたハンドガンをホルスターにしまった。
ちょうどその時、電通を通じてようやく要求していた18式戦車のスペック情報が9課から届いた。さっそく少佐は索敵を続ける敵戦車の様子に注意を払いつつ、ファイルを閲覧して弱点を探す。そのうちに、以前閲覧した大戦時の戦闘評価レポートを思い出した彼女は、足回りやエンジン関連の情報を集中的に調べ上げた。
確か後部ラジエーター上側の装甲厚が最も薄かったはず。設計図面でそれを確認した少佐は、敵戦車を止め、かつ搭乗しているかもしれない赤蠍を生け捕りにする作戦を頭の中で一気に組み上げ始めていた。遠くから聞こえていたはずの爆音が徐々に近づいて来る。時間はあまり残されていないようだ。
少佐はインターフェイスを閉じると、残っている武装を確認した。セブロ用の5.45ミリHV弾が弾倉2つ分と、ハンドガン1丁にその予備弾倉が3つ。タチコマには50ミリグレネード弾が何発かあるが、成形炸薬弾でもない限り、戦車の装甲を抜くのは不可能に近い。
(総力戦で行くしか、勝ち目はないわね)
そうつぶやいた少佐は、ある人物に電通を入れた。
2026/5/24 一部修正
2018/9/17 一部加筆修正
※ 18式戦車:SAC第2話やゲーム版(PS2)などに登場する陸自の旧式多脚戦車。剣菱重工製で、長砲身105ミリ砲、左右20ミリ機銃、クローラー付き四脚を備える。第2話ではHAW-206の対抗部隊車両として登場するが、暴走したHAW-206に起動前から撃破されるという、やや不憫な役回りを与えられていた。ゲーム版では光学迷彩装備型がラスボスとして登場。本作登場機体もその系譜を踏まえた機体として扱っている。