攻殻機動隊 -ヘリオスの棺-   作:変わり種

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第20話

「対戦車ミサイルはまだか!陸自のジガバチはどうした!」

 

上部に有刺鉄線が張られた鋼鉄製のフェンスと、道を塞ぐ2本の鋼管からなる大型ゲート。それらで囲まれた港湾区域の入り口を、さらに機動隊車両数台が固めていたが、バリケードに張り付いていた機動隊員たちはみな浮足立っていた。先に見える倉庫群からは至る所で黒煙が上がり、戦場さながらの様相を呈している。爆音が響く度に、隊員たちは身をかがめ、恐怖にうろたえていた。

 

そんなバリケードから少し離れた路上に駐められていた1課の偽装バンの中では、1課長が懸命に作戦指揮に当たっていた。完全なバックアップ体制のもとで行われた突入は、一時は成功したかに見えたが、突如として現れた多脚戦車の攻撃で突入部隊は壊滅し、綿密に立てられたはずの作戦は見るも無残な失敗に終わったのだ。

 

さらに悪いことに、現れた相手は軍用戦車だった。赤蠍が潜んでいることを考慮して、念を入れてアームスーツ程度の敵戦力を想定して作戦を立てていたが、それでも見通しが甘かったと言わざるを得ない。機動隊の武装はおろか、配備した思考戦車の攻撃ですらまるで歯が立たない状況に、1課長ははらわたが煮えくり返るような思いだった。

 

「県警機動隊の一部が勝手に撤退を始めてます!」

 

部下からの報告に、モニターを見た課長の頭にますます血が上る。現場に展開していた部隊の撤退を支援するために送り込んだはずの応援部隊は、敵戦車の姿を見ただけで逃亡を始めてしまったのだ。相手が戦車では無理もないことではあるが、これでは現場の部隊は取り残されてしまう。

 

「こっちの戦車2機でバックアップを掛けろ。士気のある奴だけでいい。突入部隊を見殺しにするわけにはいかん!」

 

しかし、彼が無線に声を張り上げた直後、事態はさらに悪化の一途を辿った。上空から戦車を照らしていた3機のヘリに向けて、突如として機銃掃射を始めたのだ。2門の20ミリ砲から放たれる曳光弾は素早く弾幕を形成し、不運にも逃げ遅れたヘリの1機が捉えられた。胴体からテイルローターにかけて砲弾が命中し、たちまち煙を噴き出したヘリはバランスを崩した。

 

無線からは救援要請を告げるパイロットの悲痛な叫び声が聞こえた。被弾箇所からは赤い炎が見え、テイルローターを失ったヘリは回転しながら失速し、海面に叩き付けられる。激しい水飛沫が上がってメインローターがバラバラに砕け、周囲に飛散した。あまりの光景に言葉を失った課長は、少しの間呆然としていたが、すぐに我を取り戻して指揮を継続する。

 

「海保に救助を要請だ!ヘリは敵の攻撃に注意し、高度を高く保て。これ以上、被害を出すな!」

 

そんな中、ある電通が割りこんでくる。こんな時に1課の通信に割りこんでくるとは、なかなかの度胸ではないか。彼は募る苛立ちを抑えきれずに、やや声を荒らげて電通に答えた。

 

《なんだ!?》

 

《あなたが公安1課長ね。私は9課の草薙。こちらの作戦に協力してもらいたいのだけど、そちらの思考戦車を借りてもいいかしら》

 

勝手に無線に割り込んできたことですら気に障るのに、何を言い出すのかと思えば。と、彼の堪忍袋の緒は切れる寸前だった。だいたい、1課だけで作戦を進めていたはずなのに、なぜ9課がこの場にいるのだろうか。疑問が浮かんでくるものの、怒りにまかせて答えるのも恥晒しなので、感情を押し殺した声で静かに言い放った。

 

《こちらの作戦に協力?違う。そっちがこちらに協力したまえ》

 

だが返ってきた答えは、さらに彼を刺激する。

 

《あら、気に障ったのなら謝罪するわ。ただ、このまま戦車を野放しにするとあなたの部下はもちろん、大勢の機動隊の若者が犬死することになるわよ》

 

相手がその場にいたら殴り掛かっていたかもしれないほど、課長は怒りに震えていた。これが終わったら9課に申し入れをして、厳罰に処してやる。しかし同時に、それに返す言葉が何もなかったのもまた事実だった。陸自の到着は当てにできない上、対戦車ミサイルの輸送にはまだ20分は掛かる。あの戦車の火力をそれまでに防ぎ切ることは、現状では不可能だった。しばしの沈黙の後、軽くため息をついた彼はようやく口を開いた。

 

《どうするつもりかね》

 

解決策がない以上、彼女に協力するのも悪くないかもしれない。話には聞いている実力主義の攻性部隊の底力とやらを、見せてもらおうではないか。課長は渋々、彼女の作戦に耳を貸すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少佐はセブロC-30に弾倉を装填すると、安全装置を解除する。目の前に見える多脚戦車は、港湾区域を封鎖している機動隊車両へ近づいてきていた。だが、反撃を警戒して一気に突撃するようなことはせず、周囲の状況を慎重に窺いながら徐々に距離を詰めている。限りなく厄介な状況ではあるが、相手を倒す以外にはこれを打破する方法はなかった。

 

しかし、主砲の攻撃に巻き込まれて光学迷彩を失った少佐にとって、あの戦車に接近するのは至難の業である。が、必ずしも自分が姿を晒す必要などないのだ。ポッドに損傷を受けたタチコマに代わり、もう1機のタチコマに乗り込んだ彼女は光学迷彩を起動させると、出力全開で一気に岸壁を走らせた。

 

敵戦車の姿が視界いっぱいに捉えられるようになったところで、タチコマは大きく左に曲がって細い路地に入る。その寸前で飛び降りた少佐は、大胆不敵にも戦車の真後ろからセブロを連射した。撃ち込まれた銃弾が火花を散らして弾き飛び、振り向いた戦車のアイボールが少佐を睨みつける。長大な主砲が旋回して後ろに向けられると、全弾を撃ち尽くして立ちすくむ彼女に容赦なく照準を合わせた。

 

しかし、アイボールに捉えられた少佐が、にやりと笑った。その砲身が火を噴く前に、四方八方から次々と撃ち込まれた液体ワイヤーが砲身を固定し、動きを完全に封じ込めたのだ。凄絶な爆炎を轟かせて主砲が発射されるも、狙いは完全に逸れた上、発射炎程度の炎では張り巡らされたワイヤーを焼き切ることはできない。

 

その間に少佐は大きく跳躍すると後部のラジエーターに張り付き、引き剥がした格子状の装甲の隙間にタチコマの50ミリ榴弾2発を投げ込んだ。間もなく少佐が飛び降りたのを確認したタチコマは、光学迷彩で姿を隠しつつ肉薄し、至近距離からラジエーターに向けてグレネードを撃ち込む。

 

激烈な衝撃波とともに投げ込まれた榴弾も誘爆して、戦車の心臓ともいえるエンジンブロックに致命的な打撃が加えられた。ラジエーターは真っ赤な炎を噴き出して燃え上がり、エンジンが止まったのかワイヤーを引き千切ろうと抵抗していた動きも鈍くなる。しかし、まだ油断はできない。補助動力装置から供給される電力で、戦車はマニピュレータを動かすとワイヤーを撃ち込んでいた1課の思考戦車に照準を合わせた。

 

機銃掃射が直撃して1課の戦車が弾き飛ばされる。そんな中、少佐は再びハッチに取り付くと、力づくでこじ開けに掛かる。少佐の義体の至る所が悲鳴を上げ、軋む音が聞こえてきた。だが同時にハッチも少しずつ変形し、持ち上がりつつあった。

 

周りのアイボールが彼女を睨みつける。最後の力を振り絞るかのように体を左右に振った戦車は、再びマニピュレータを動かしてワイヤーを固定するもう1機の1課の戦車に照準を合わせようとする。そこへ2機のタチコマがそれぞれのマニピュレータにワイヤーを撃ち込んで、動きを封じ込めた。これ以上、好き勝手にさせるわけにはいかないのだ。

 

ところが、踏ん張り続ける少佐の義体もそろそろ限界が近づいていた。熱ダレ寸前まで出力を上げているのだから、当然のことではある。ようやくハッチに指を入れる程の隙間が開き始め、少佐はそこに先ほどもぎ取ったラジエーターの格子の一部を捻じ込んだ。

 

少しずつではあるが、確実にハッチの隙間は開いていた。その時、不意に戦車の体が右に傾く。片側の脚が折れ曲がり、もう一方の脚は限界まで伸ばされていた。瓦礫の山という不安定な足場の上にいた戦車は、たちまちバランスを崩して倒れ始める。その先には深い闇に染まった夜の海が口を開けていた。

 

《少佐、降りてくださいっ!》

 

タチコマの声が聞こえた。少佐は叫び声を上げて一気にハッチをこじ開けると、中にいた男の首筋を掴んで引きずり出す。彼女は瞬時にそれが赤蠍でないことに気付いた。着ている服装からおそらくは軍人だろうが、異臭がするあたり、前頭葉を焼かれたリモート死体だ。

 

即座に少佐は首筋のプラグに自分の電脳から伸ばした接続コードを繋いだ。逆探をかけて通信を遡り、操っていた人物を見つけ出す。

 

(赤蠍っ!)

 

少佐が気付いたときには、敵の攻性防壁が目前に迫っていた。だが同時に少佐の攻撃も相手の電脳に叩き込まれる。コンマ1秒以下の差だった。すんでのところで少佐はプラグを引き抜き、操り人形の電脳からは火花が散った。僅かに遅れようものなら、今頃少佐の電脳は熱変性したタンパク質の塊になっていただろう。

 

だがこれで、ようやく片付いた。赤蠍は死んだのである。

 

しかし、時はすでに遅かった。横転した戦車は海に飛び込む寸前だったのだ。全身義体のサイボーグはまさに金属の塊。水に落ちたら最後、フローターを付けていない限り自分の力で浮き上がることは決してできない。少佐は覚悟を決めて目を閉じた。電脳が海水にやられるまでに救助されれば、助かる可能性もゼロではない。だが、それはあくまでも救助が間に合えばの話だった。

 

間もなく巨大な水音を立てて、18式戦車は海面に突っ込んだ。大小様々の泡を吹き出しながら、獰猛な鉄の怪物は静かに暗い海の底に吸い込まれていった。しかし、そこに少佐の姿はない。

 

目を開けた彼女は、タチコマの放ったワイヤーに足を捉えられて宙釣りになっていることに気付いた。逆さまなのは少し気分が悪いが、右手にはとっさに掴んだ操り人形の男がぶら下がっている。

 

「少佐ぁ、海水が掛かっちゃいました…。す、すぐメンテしてください!錆びるぅ~!」

 

「それより、早く私を下ろしてくれないかしら」

 

「あ、わかりました!」

 

水飛沫を浴びてびしょ濡れになっているタチコマにそう言った彼女は、右手にぶら下がった男に注意しつつ慎重に地面に降りる。そこへすぐに現れたもう一機のタチコマが、その男をマニピュレータで掴んで身柄を確保した。だが、もう意識を取り戻すことはなく、死を待つだけの存在に成り果てるだろう。

 

そんな彼を見ながら、何かがおかしいと少佐は感じていた。戦車は海の底に沈み、操っていた赤蠍も確かに焼き殺したはずだった。何も問題はないはずなのに、この違和感は何なのだろうか。

 

現場には1課の部隊と機動隊員が到着し、上空では到着した9課のティルトローター機が旋回していた。倉庫の火災はなおも燃え続け、遠方から消防車両のサイレンが聞こえてくる。あまりに大きな犠牲だ。少佐は地面に残された大量の瓦礫と機動隊員たちの遺体を見ながら、表情を固く引き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9課のブリーフィングルームでは、既に到着していたメンバー全員が押し黙り、この上なく重い空気が流れていた。そこへドアが開き、荒巻課長と少佐が入ってきた。それを見たバトーが真っ先に口を開いた。

 

「どうだ、赤蠍の身柄は押さえたのか?少佐」

 

しかし、彼女はそれに答えないまま俯きがちに彼の前を通り過ぎ、ソファの一つに腰を掛けた。焦れったく感じたバトーは再び声をかけようとするが、神妙な面持ちのまま黙っている彼女の様子を見て、思わずためらった。

 

「全員いるな。まず、あの18式戦車の出所だが」

 

マホガニーのデスクに捜査資料を置くと、課長は彼女の様子に構わずに説明を始める。

 

「あれは元々陸自の教導団に配備されていた戦車だそうだ。だが、新型のHAW-206の導入に伴い廃棄処分が決定し、数日前に登録を抹消されたうえで、駐屯地内の倉庫に一時保管されていたらしい。最初の照会で引っ掛からなかったのは、そのせいだ」

 

「でも、そうそう容易く軍の戦車を奪えるのか?認識コードがなければ戦車は操縦できねえし、ハックしようにも軍の防壁だろ」

 

疑問に思ったバトーがそう言った。保管されていたものとはいえ、厳重に管理された陸自の戦車を奪うことなど、普通のテロリストはおろか赤蠍にもできるはずない。ましてハッキングで奪おうものなら、軍用の強力な攻性防壁の餌食になるのは必至だった。

 

「乗っていた男は陸自の整備兵で、彼の認識コードで戦車が起動し、犯行に使われたようだ。当直の警備兵2名は倉庫のトイレで刺殺体となって発見され、体内から致死性のマイクロマシンが検出された。まず、赤蠍の犯行とみて間違いないだろう」

 

バトーが舌打ちをする。課長は一旦咳払いをすると、表情を固くして話を続けた。

 

「ここからが問題だが、現場で戦車を押さえた少佐が逆探をかけた上、赤蠍の電脳に致命的な攻撃を加えたのは間違いない。だが、特定したその地点を急襲したものの赤蠍の姿はなかったそうだ」

 

「つまり、赤蠍はいまも生きていると?」

 

「その可能性は否定できない」

 

トグサの問いに答えた課長は、俯いたまま無言を貫いている少佐を一瞥する。

 

「そして、もう一つ悪いのが、戦車がもう1両盗難されているということだ。弾薬も実弾演習用のものがごっそりと盗まれ、陸自の警務隊が後を追っている」

 

話している課長の後ろのモニターには、駐屯地を出ていく戦車運搬用の超大型トレーラーの姿を捉えた監視カメラの画像が表示されている。コマ送りで見ていくと、先に出たトレーラーの後に確かにもう1台のトレーラーの姿が映っていた。

 

「この件については箝口令が敷かれ、官邸と公安1課、それに陸自のごく少数の幹部にしか知らされてはいない。だが、戦車盗難という異常事態になった以上、制圧には軍も参加することになる。当該車両については軍と1課が追跡するため、我々がやるべきことは何としてでも赤蠍と亡国の使者を押さえ、テロ計画を未然に食い止めることだ」

 

厳しい口調でそう言った課長は、少佐を促した。何かを思い詰めたような表情の彼女はゆっくりと立ち上がると、立ち並ぶ課員たちに指示を出す。だが、明らかにいつもとは異なる様子の彼女を、課員たちはやや気掛かりに感じていた。

 

「バトーとサイトー、それにパズとボーマは逆探した地点から赤蠍がどこへ逃げたか追跡しろ。イシカワは情報収集。トグサは引き続き黒幕の捜査にあたれ」

 

指示を受け「了解」とだけ答えた彼らは、少佐の様子を気にしつつもそれぞれ部屋を出て自分の仕事へと向かう。しかしバトーだけは、そんな彼女を気に掛けて部屋の出口で立ち止まると、振り返りざまに訊いた。

 

「少佐、何かあったのか?何だかノってないぜ」

 

心配を寄せるバトー。見ると彼の眼は真剣そのもので、さすがの少佐も少し驚く。だが、すぐに軽く鼻笑をすると、彼女は答えた。

 

「あら、そんなことはないわよ。ただ少し疲れただけ。心配は無用よ」

 

だが、バトーは安心できない。確かに陸自の主力戦車とやりあったばかりとはいえ、いつもの少佐が自分たちにこんな様子を見せることなどまずないのだ。彼は歯がゆさを覚えながら、もう一度問いただす。

 

「本当か少佐。赤蠍の脳を焼いたとき、お前も相手の攻性防壁に焼かれそうになったんだろ。念のため、電脳活性を調べた方がいいんじゃねえか?」

 

「大丈夫よ、バトー。それより、自分の任務に集中しなさい」

 

やや強い口調でそう言われたバトーは言い返そうと口を開きかけるが、少佐の鋭い視線に諦め、そのまま唇を噛んだ。そうして、ため息をつくと部屋を出ていく。やがて少佐も課長から一部の資料を受け取ると、足早に部屋を後にした。課長はそんな彼女の背中を扉が閉まるまで見届けると、背もたれに体を預けて天井を見上げ、深く息を吐く。彼にとっても、少佐の様子は気掛かりだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえねえ、少佐の様子どう思う?」

 

9課のハンガーの中では、タチコマたちが集まりいつものようにお喋りを始めていた。ただ、先の戦闘で20ミリ弾を被弾したタチコマだけは赤服に囲まれて修理中で、直接議論に参加できないことを若干不満に感じていたが。

 

「何だかいつもと様子が違うよね。バトーさんも心配そうにしていたし…」

 

両方のマニピュレータをもじもじとさせて話すタチコマ。周りのタチコマたちは一斉に「うーん」と声を上げると、腕を組んで考え込む。その様子はまるで人間のそれそのものだ。

 

「もしかして、少佐も敵の防壁に少しやられちゃったとか…?」

 

「なに言ってるのさ、あの少佐が電脳戦で負けるわけないよ!それに、キミだって少佐が戦車の男に有線してるとこ見ただろ。電脳を焼かれた様子なんてあった?」

 

「そうだそうだ~!」

 

いつも弱気なタチコマがふと口にした言葉は、すぐに他のタチコマたちの厳しい反論に晒された。あまりに集中砲火を受けたそのタチコマは、言葉を詰まらせて「確かに…」とだけ答えると、しゅんとした様子でアイボールを下に向けて俯く。

 

「でもさ、あの少佐があんな様子なのは事実なわけでしょ。だったら、何かしらの原因があると思うんだけど」

 

「うーん、もしかして赤蠍を仕留め切れなかったのがショックだったのかな。倒したと思ったら、実は取り逃がしていたわけだから、さすがの少佐もプライドが傷ついたのかも」

 

いつも冷静なタチコマが話したその意見には、多くのタチコマが賛同を寄せる。だが、読書好きのタチコマが首を傾げながら言った。もちろん、正確には彼には首などないため、体を傾けたといった方が正しいだろう。

 

「けれども、いくら少佐のプライドが高くてもそんなことで傷つくのかな。だいたい、多かれ少なかれ敵に欺かれることは、こういう任務に携わっている以上よくあると思うし、少佐だってこんな経験は初めてじゃないはずだよ。だったら、いちいちあんな様子になるとは考えにくいとボクは思うんだけど」

 

「そしたら、キミは何が原因だと思うのさ~!」

 

やや不機嫌そうにしていたせっかちのタチコマにそう問われ、少し戸惑う読書タチコマ。反論をするなら、それに見合った説得力のある考えを出せというのが、せっかちなタチコマの言いたいことだった。周りのタチコマたちの視線を受けてやや困惑した様子の彼だったが、少し間を開けるとゆっくりと話し始める。

 

「実は、あとでボクがこっそり調べてみて分かったんだけど、相手は確かに直接少佐の攻撃を受けていたんだ。身代わり防壁を使っていたら、必ず断片化した防壁の破片が検出されるはずなんだけど、それもまったく出てこなかった。つまり、相手は脳を焼かれたままアクセス元の地点から逃げたとしか考えられないんだ」

 

「え~っ!それってゾンビじゃん!!」

 

口々に驚きの声を上げるタチコマ。さすがにゾンビという意見には読書くんも唖然とし、小声で(ゾンビなんて空想の産物に過ぎないんだけどな…)とつぶやく。そのまま他のタチコマたちが騒ぎ続ける中で、修理を受けていたタチコマが申し訳なさそうに質問した。

 

「盛り上がってるとこ悪いんだけどさ、そもそも相手は本当に赤蠍だったのかな。もしかして、少佐が脳を焼いた相手は影武者だったのかも。あの時の少佐の様子、何だかすっきりしていないような様子だったからさ」

 

「でも、それだったら少佐も気付くんじゃない?赤蠍本人でない電脳を焼いたらさ」

 

「ただゴーストダビングとかしていたら、少佐でも分からないかもね。まして、相手にアクセスしたのは一瞬だから、ダビングで生じる疑似ゴースト障壁に気付くのはいくら少佐でも至難の業だよ」

 

冷静なタチコマが軽く反論する中、意外にも読書タチコマの方は彼の意見に同調してこう言った。確かに、電脳を焼かれたままの状態で移動したと考えるよりは、赤蠍のゴーストがコピーされた偽物の脳を焼いたと考えた方が自然ではある。ただ一つだけ、その考えには大きな問題点があったが。

 

「ゴーストダビングって、動物実験で『情報劣化した大量複写』はできるけど、オリジナルが死ぬから禁止されたってヤツでしょ」

 

「そうそう。ゴーストダビングなんかしたら、普通の人間なら死んじゃうよね。以前の事件でも、南米の麻薬王マルセロですらゴーストダビング3回で耐え切れなかったくらいだもの」

 

結局、タチコマたちですら今回の件は解き明かせないままだった。赤蠍が寿命を削ってゴーストダビングに耐えてまで身代わりをつくったとは考えにくい上、急襲されたアクセス元の現場に死体が残されていないのも謎を深めさせていたのだ。そんな中、1機のタチコマが不意に思い出したように話し始める。

 

「『死』といえば、この間イシカワさんと体験した記憶が思い出されるな~…」

 

「え、でもボクたちの経験可能領域に『死』なんてないわけだよね」

 

不思議に思った別のタチコマが彼に訊き返した。AIは半不死であり、一般的に死を体験することなどあり得ないといわれているからだ。

 

「それはそうだけど、あの感覚は何というか…。ボクのセンサーにはない感覚情報まで流れ込んできた上、他の感覚値もオーバーフローして、正確に認識できた情報はわずかだったけど、あれを人間が体験するというのに少し驚いたというか…。死に方によってはあれほどの目を受けるなんて、ちょっとバトーさんやみんなが心配になってきて…」

 

俯きがちに、彼はそう話した。偶然にも、その出来事を経験したのはまさにこのタチコマだった。イシカワと一緒に偽装されたファイル内を探索した際、強制再生された凄惨な交通事故の記憶を体験していたのである。しかし、今となっては既に他のタチコマたちにも情報が並列化されているため、誰がその記憶を体験したのかは分からなくなってしまっていたが。

 

「うーん、確かに。あの情報は何だかボクも再生する気はしないな…」

 

「そうだね。疑似的にとはいえ、人間の死の瞬間の感覚を体験できたのは貴重な経験だったけど、それが良かったかと言われると少しね…」

 

口々に他のタチコマたちも同様のことを話し始める。個性の分化により、それぞれのタチコマで捉え方は若干異なってはいたが、今後あまり経験したくないような体験であることには賛成だった。まして、あの経験を9課の皆にさせたくはないということでは、強く一致していたのである。

 

「9課の戦車であるボクたちができるのは、やっぱり少佐たちのサポートだね!」

 

「そうだね。赤蠍が生きている以上、これからも激しい攻撃があるかもしれない。その時にボクらが何とか食い止めて、皆を守りつつ制圧しないと」

 

「しょく~ん!タチコマとして、今回の事件でも大活躍するぞ!」

 

1機のタチコマの掛け声のもと、他のタチコマたちが一斉に声をそろえて「おーッ!」と叫び声を上げた。その様子を遠くから眺めていた少佐は、課長室からずっと続けていた固く厳しい表情をややほころばせて、静かにハンガーを出ていった。

 

 




2018/9/17 一部加筆修正
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