首都福岡にある首相官邸では、関係省庁の官僚たちが慌ただしく出入りしていた。時折みられるのが、制服姿の自衛軍関係者である。階級章を見るとどれも将官などの幹部自衛官ばかりで、重要資料を運んでいるのか銀色のアタッシュケースを持つものもいた。
そんな光景を眺めながら、荒巻課長はエントランスホールの椅子に腰を掛けていた。首相は自衛軍の出動など対応策の会議に掛かり切りで、面会する時間は全くと言っていいほどなかった。幸いにして、原発が乗っ取られたということは外部には漏れておらず、報道管制も今のところは十分に機能していた。
「よお、荒巻。連日の事件の割には元気そうだな」
現れたのは黒縁の眼鏡を掛けた初老を過ぎた男だった。
「お前のところも戦車の件以来忙しいんじゃないか?」
静かに立ち上がった荒巻は、こう返した。彼は陸上自衛軍情報部長の久保田だった。荒巻とは古くからの友人で、辻崎とともに殿田三羽烏と呼ばれていた男である。
「さっそくだが、この件やたらと横槍を入れてくる連中が多い」
「エネルギー省か」
「ふ、さすがだな。エネルギー省の原子力保安委員会というところだ。あと、経産省の原子力利用推進室からも、早期の解決が要望されている。周りが煩いとこっちとしてもやりづらいよ」
「それだけ利権に群がる連中が多いということだ」
荒巻と久保田はそのまま正面階段を上ると、廊下を進んで休憩スペースの壁に寄りかかる。官邸の中でも隅の方に位置しているため、比較的に人通りは少なかった。テレビでは新浜湾岸のコンビナート火災の様子を上空から撮影した映像が流れ、アナウンサーが専門家とともに今の状況について語り合っている。久保田は自販機に硬貨を入れながら、話を続けた。
「先ほど、テロリスト側から政府に要求があった」
「収監されている人類解放戦線系のテロリスト57名の釈放、および国内の主要な電脳・義体工場の破壊、さらに1000億円を指定された口座に振り込むこと。義体工場の破壊については、その模様をテレビ中継せよ。というものだろう?」
「お見通しのようだな」
ため息をつくかのように、久保田が言った。それに対して荒巻がさらに言葉をつづけようとしたところで、彼は訊こうとしていることを察したのか、先に口を開く。
「自衛軍の派遣は決定事項だ。もっとも、秘密裏に行われるがな。現段階では少人数の特殊部隊による制圧を考えている」
「なるほど。あくまでも、テロには屈しないというわけだな。そして、制圧完了の暁には何事もなかったかのように今回の事件は闇に葬られると」
荒巻が淡々と話した言葉に、久保田は苦笑いする。彼は自分とは違い、出世願望をまだ持っているらしい。そのため、こうして自分と会っていることもなるべく隠しておきたいようだ。
「まあ、テロリストの連中もこんな要求が通るとは考えておらんだろう。最初から原発を破壊する気で来ているからこそ、非現実的な要求を突きつけたんだ。政府ももはや交渉する余地はない、と考えている」
「だからこそ、事が公になる前にスピード解決を図るのか」
「そんなところだ。原発が襲撃され、ましてや乗っ取られたなんて広まったら、それこそパニックで大勢の犠牲が出るだろうし、何より政府の危機管理態勢を追及されかねない」
荒巻は彼の言葉に頷いた。自販機の受け取り口からコーヒーの入った紙コップを受け取った久保田は、静かに口をつける。
「何はともあれ、戦車は見つかった。派手に街中で暴れられでもしたらどうしようかとも考えていたものだ」
「まあ、原発襲撃も抜き差しならぬ事態だと思うがね」
「そうだな…」
久保田はそう答えながら、荒巻の分のコーヒーを買い、遠慮されながらもコップを静かに手渡した。
「で、何が知りたい。お前が来たということは、何か気になる情報を掴んだのだろう?」
その問いに、荒巻は俯きがちに「ああ」とだけ答える。
「小耳に挟んだことだが、この件でテロリストからの要求以外に、別口の脅迫があったと聞いたが」
「やはりそのことか。確かに本当のことだ」
久保田がそう答えたとき、部屋の明かりが一瞬だけ暗くなった。間もなく明かりは回復するも、すぐに何が起こったのかを察した彼らは、テレビの画面を食い入るように見つめる。コンビナート火災を映していたヘリのカメラはズームアウトし、新浜全体の様子を映していたが、あろうことかその街にもはや光はなかった。全体が闇に飲まれ、沈黙していたのだ。
「くそ、ついに電源が落ちたか」
そんな中でも、闇の中に、いくつかの明かりだけが残っていた。病院や、自家発電を持つ大型施設だろう。あと、データセンターなどの通信インフラも無停電電源装置と自家発電によってしばらくは持つだろうが、停電の期間が分からない以上は安心できない。官邸のある福岡は瞬停こそ起きたものの電力供給は続いており、電脳通信も生きていた。久保田は早くも部下と連絡を取り合っているようだ。そのとき、荒巻にも少佐から電脳通信が入った。
《課長、状況はどう?》
《新浜が停電した。重要施設は自家発電でまだ持っているがな。それより、官邸は自衛軍を派遣し、秘密裏に片づけるつもりだぞ》
荒巻がそう言ってから、少し間を開けて少佐が答えた。
《そう、でも警告しておいて。奴ら、通用口を爆破して侵入路を塞ぐつもりよ》
《なぜそれを?》
《トグサから連絡があったからよ。その後、通信が途絶えたわ》
それを聞いて、荒巻はやや俯くと厳しい表情を浮かべる。課員に犠牲が出ることは避けなければならないのだ。
《これから施設内に侵入するわ。少人数で光学迷彩を使えば、敵に気づかれる心配は少ないはずよ。施設に入ったら、侵入路を確保しておく。自衛軍にも伝えておいて》
《分かった。ただ無理はするな。いいな》
《了解》
そう念を押すと、荒巻は電通を切った。ちょうど久保田も電通が終わったらしく、カップのコーヒーを一気に飲むと軽く礼をして足早にその場を去ろうとする。それを荒巻が引き留めて、少佐からの報告を伝えた。
「なに?侵入路に爆弾か。分かった、実行部隊に伝達しておく」
思いがけない情報を得た久保田は、そのまま戻ろうと背を向けたところで、思い出したように振り返ると話し始める。
「先ほどの会話の件だが、実はテロリストの予告と同じ頃に剣菱とエネルギー省にも脅迫があった。詳しい内容は知らんが、相手はヘリオスと名乗っていて、どうも今回のテロリストたちとは違う一派のようだ」
「…ヘリオスか。ほかに情報は?」
「それだけだ。ただ気になるのは、剣菱もエネルギー省も脅迫について隠そうとしていることだな。内容にしろ、我々にも公表しようとしない」
やや早口で情報を告げた久保田は、軽く会釈すると足早にその場を去っていった。
ヘリオス、どこかで聞いたことのある言葉だと考えながら、課長は久保田からもらったコーヒーに初めて口をつけた。ブラックコーヒーのほろ苦さが、頭を冴えさせたような気がした。
光学迷彩を起動させたタチコマに乗ったバトーは、少佐たちとともに原発敷地内へと侵入しようとしていた。目の前に立ち塞がっているのは上部に有刺鉄線が張り巡らされた高さ3メートルほどの金属製フェンスだったが、その周りには監視カメラと赤外線センサーが設置され、迂闊に近づくことはできない。飛び越えようにも、上部にも数メートルほどセンサー感知領域が設定されていて、タチコマでも気づかれる恐れがあった。
そんな中、少佐の乗ったタチコマが頭上の木の太い枝にワイヤーを撃ち込む。そのままそれを巻き上げて、一気に数十メートルほどの高さまで飛び上がると、フェンスの向こう側の木の枝にも撃ち込んでそれを巻き取り、空中ブランコの要領でフェンスを乗り越えた。高さも十分で、様子を見る限りではセンサーにも感知されてはいないようだ。
《時間がない、急げ》
それに続いて、課員の乗るほかのタチコマも次々と同じようにしてフェンスを乗り越えていく。バトーの乗るタチコマも派手に飛び上がると、難なく向こう側の枝にワイヤーを撃ち込み、軽々とフェンスを越える。
着地と同時にタイヤを高速回転させ、タチコマは瞬時に加速した。整備されていない林の中をタイヤで突き進むだけあって、揺れは尋常ではない。タチコマの4本の脚が衝撃をできる限り吸収するものの、木の根や石を踏み越える度に機体が大きく揺れるのだ。
「バトーさん、酔わないでくださいね」
「余計なお世話だ。それより、センサーには注意しろよ」
タチコマが面白半分でバトーを心配するが、彼はそう返すとコックピット内のスコープを覗き込む。搭乗中はタチコマと電脳を直結しているので、タチコマの感覚情報は自分のものとして感じることができる。いま、タチコマの正面のアイボールが捉えているのは凄まじい速さで移り変わる森の中の景色だったが、その左端のほうには確かに監視カメラと思しき設備を確認できていた。
タチコマのAIが瞬時に情報を処理し、監視カメラの探知範囲を視覚情報に反映する。それと同時にカメラの視界を避けて、進路を右寄りに変えた。木々の間を猛スピードで駆け抜けながらそのようなことを成し遂げるのは、普通の人間にはもはや神業に等しいことだが、タチコマたちにとっては手慣れた動作だった。
そのまま、タチコマは全く減速せずにカメラの側方を通過する。そんな中、バトーは頭の隅であることを考えていた。それは他でもなく、彼が乗っているタチコマ、通称バトー専用機の存在だった。
以前の作戦中に潜り込まれたセボットの影響で問題行動を起こしてからしばらくの間、一線から遠ざけられていたが、少佐の考えで作戦に復帰することになったのは、ちょうど数日前だった。それからというもの、バトーはしばしば考え込むことがあった。少佐からは完全復帰ではなく、観察付きでの復帰だということを告げられていたのだ。そして、万が一作戦行動中に不穏な兆候が現れたら、破壊もやむを得ないとも伝えられていた。
正直、どう接してよいか分からない面もあった。このようなことを考えるタチではないのだが、機械だと割り切るにはあまりに彼らと接した時間が長すぎた。彼とは、単なる機械ではなく、もはやパートナーとして互いに信頼し合っている仲なのだ。
そんな彼を、もしものときには破壊するという命令を受けたまま作戦を共にするというのは、あまり気乗りするものではなかった。現場では仲間への信頼こそが重要な役割を占める。仲間に背中を預けなければならない中で、その仲間に疑いを抱いていたらそれこそ命取りになってしまうのだ。それは思考戦車であるタチコマにも言えることだった。
それでも本部で再会したとき、彼は今まで通りに接してくれた。イシカワから聞いた話では、あの事件で負傷した少年のもとに聴取に行き、図らずも再会を果たしたということだが、そのときも特に異常はなかったそうだ。本部で装備を整える時も、いつもと変わらない調子で準備していて、自分が心配そうに様子を見に行ったときにはからかってきたほどだった。
もうタチコマは大丈夫ではないか。そこまで深刻に考える必要はないのではないか。と、楽観的な考えが浮かんでくる一方で、油断してはいけないとこれまでの経験が告げていた。戦場では常に用心するに越したことはない。もちろん、ここは戦場ではないが、今回の任務は特殊なのだ。
(何も起こらないことを祈るか…)
バトーは一人、小声でそうつぶやいた。ちょうどそのとき、目の前の景色が開けてくる。
「これは派手にやってますね~…」
そう言ったタチコマのアイボールが捉えた映像には、炎上する原発の第2ゲートが映し出されていた。警備員の詰所だったであろう建物は焼けて落ちて骨組みだけが残され、周囲にはアンドロイドの残骸が炎を燻らせていた。その先の道路には無惨にもバラバラに破壊された警備用多脚戦車の残骸が散らばっている。
《ここからでは侵入できない。海側に回り込むぞ》
電通を通じて少佐の声が響いた。第2ゲートから続いている2つ目のフェンスの周りは完全な更地で、先ほどのように木々を使って飛び越える方法は使えないのだ。加えてフェンス自体も1、2メートルほど高くなり、周囲の地面には感圧式センサーも設置されている。そこを気づかれずに突破するのは不可能と判断したのだった。海側からであれば、切り立った崖のためにフェンスは縁までしか設置されておらず、望みはまだある。
監視カメラに気づかれないよう森の中を迂回して海側へと向かう途中で、バトーは敷地内に配備された防空システムの一つを見つけた。旋回式の台座の上に乗せられた四角い箱形のミサイルランチャーと、その上に載せられた灰色のドーム。おそらくあれは、海自の護衛艦用のSeaRAMを流用したものだろう。
昔とスペックが変わっていなければ、対空ミサイルの一種であるRAMを11発搭載し、内蔵レーダーによって半径数キロ圏内に侵入した目標を自律的に迎撃できる。自分たちがティルト機で侵入しようとした際に、先に現場に入っていた機動隊のヘリを撃墜したのはこのシステムの仕業だった。
できることなら無力化しておきたかったが、フェンスからは距離があり、タチコマのグレネード砲では到底届きそうもなかった。それに、施設侵入前に気づかれることは避けなければならない。バトーは苦渋の決断を下さざるを得なかった。彼は険しい顔付きで防空システムを睨みつつ、林の陰を縫うようにしてその射界を避けた。
再び視界が開けると、眼下に広がるのは広大な太平洋の大海原だった。だが、そこから一歩でも進めば文字通りの断崖絶壁に荒波が押し寄せ、白いしぶきを上げて砕け散っていた。彼らはその手前で立ち止まると、周囲の監視システムを改めて確認する。
フェンスはあらかじめ掴んだ情報の通り、崖の上までしか設置されてはおらず、センサーの類も崖の岩肌には装備されていないようだった。それでも、切り立った崖の先端までびっちりとフェンスが敷設されているため、突破するには崖側に大きく回り込んでいかなくてはならない。一歩間違えれば、崖を真っ逆さまに転がり落ちて太平洋の藻屑と化す可能性さえあった。
《行くぞ。各自、十分に注意してかかれ》
そう言うと、真っ先に少佐のタチコマが素早く加速し、一気に跳躍してその身を空中に投げ出した。間もなく機体は重力に従って放物線を描くように落下し始め、荒れ狂う波が躍る海面へと吸い込まれそうになる。その直前で、放たれたワイヤーがフェンスの向こう側の崖の岩肌へ撃ち込まれた。急速にそれを巻き取ったタチコマはワイヤーの張力によって見事な弧を描いて宙を舞うと、そのまま崖に張りつく。まるでサーカスのような光景だった。
しかし、他の課員たちもただその光景を指をくわえて眺めているわけにはいかない。次々と同様に崖下に向かって跳躍すると、ワイヤーを撃って器用に機体を操り、崖に張り付く。最後に全員が到着したのを確認したバトーが、自分のタチコマに指示を出すと崖から勢いよく飛び降りた。
脚を広げて空中姿勢を安定させ、機体の向きを調整したタチコマは迷いもなく絶妙なタイミングでワイヤーを岩肌に撃ち込んだ。瞬時にワイヤーがピンと張り、その張力が機体を引き留め、弧を描いて向こう側の崖に向かっていく。
その時だった。あろうことか、ワイヤーを撃ち込んでいた岩が崩れてしまったのだ。無情にもワイヤーは2本とも外れ、彼のタチコマは強力な遠心力によってそのまま投げ出される。その先には、不気味なほどに黒い海面がすぐそばまで迫っていた。
「チッ!」
舌打ちをするバトーだったが、ここで諦める彼ではない。ポッド下部の固定式の射出口からワイヤーを発射させると、有無を言わさずに最大出力で巻き取らせたのだ。海面すれすれまで迫っていた機体は弾かれたように空中に引き戻されるが、機体はその勢いのまま、崖の岩肌に突っ込もうとしていた。
「タチコマ!」
「りょーかいッ!」
掛け声のもと、タチコマは旋回式の射出口を使って崖の頂上付近にもワイヤーを撃ち込むと、それを巻き取って崖に対する垂直速度を和らげた。同時に体勢を整えると、間もなく岩肌に着地する。突き上げられるような強烈な衝撃がバトーの体に襲い掛かり、コックピットの天井に頭を打ち付けた。それでも、タチコマは4本の脚でしっかりと岩肌を掴んでいて、宙釣りになるという事態は避けられたようだ。
「大丈夫ですか?バトーさん!」
「ああ、何とかな…」
心配そうに尋ねるタチコマにそう答えたバトーは、すぐに少佐たちのもとに復帰するべく上を目指してワイヤーを撃ち込み、崖を登らせていく。少佐からは無事を尋ねる電通があったものの、「問題ない」とだけ答えると通信を切った。
急がなければならなかった。原子炉が破壊されるようなことになってしまえば、この地域は人ひとり立ち入れない不毛の土地になってしまう。その上、それによって引き起こされる長期停電も経済活動に打撃を与え、医療に頼るものにとっては命に関わるのだ。
彼にとっては、もう一つ心配の種があった。トグサの安否である。別件で動いていたトグサは、襲撃を受けるまで所内で聞き取り捜査を行っていたのだ。武装も携行しているのは彼が愛用するマテバのみであろうし、その上こういった施設では所内の武器持ち込みは禁止されているので、携帯しているかどうかも怪しい。
先ほどまでは少佐と連絡を取り、所内の状況を報告してきていたが、10分前を最後に、通信は途絶えていた。少佐の話では途絶える寸前に聴覚情報が送られてきていたらしいが、地下からのために通信状態が悪く、ほとんど意味を捉えることはできなかったそうだ。しかしそれだけでも、彼の身に何かあったのだろうということは、9課の誰もが薄々感づいていた。だからこそ、バトーは気が気でなかったのだ。
ワイヤーを使って崖をよじ登ったタチコマたちは、ようやく敷地内に足を踏み入れる。目の前に聳え立つ建屋と排気塔はその一つ一つが思わず息を呑むような巨大さで、航空障害灯がその縁に赤く煌めいていた。月明かりに照らされて黒いシルエットとして映る光景はどこか幻想的な雰囲気さえ感じさせるが、それに感じ入っている余裕は、誰一人として持ち合わせていなかった。
すぐにでも突入して、テロリストどもを制圧してやる。そして、トグサを無事に助け出さなければならない。同じ9課で働く先輩として、バトーは責任を感じていた。以前の麻取の襲撃事件の時のように、何もできないまま仲間が傷つくのを見過ごすわけにはいかないのだ。
そうして、建屋へと進み始める一行。しかし、光学迷彩とはいえ輪郭の微妙な歪みから気づかれる可能性は否定できないため、機体を不必要に晒すことは避けなければならなかった。幸い、海側は海水冷却系の太い配管と支持架台が並んでいるので、その陰に隠れながら移動することで建屋のすぐそばまで近づくことができた。しかし、ここまでくるとさすがにカメラの数は多く、その死角はかなり少なくなっている。少佐は陰から様子を窺うが、建屋の出入り口は固く閉ざされていて、入るためにはその脇に備え付けられている端末にアクセスする必要があった。
一方、背後に目をやると巨大な水路が掘り込まれ、海に向かって勢いよく水が流れ出ていた。タービン建屋の復水器から出た温排水の排出口らしく、その隣には作業用通路の扉がある。侵入には適していると考えられたが、激しく水飛沫が上がっているために光学迷彩が無力化される可能性が高かった。どちらにしろ、リスクを冒す必要に迫られるというわけだ。
少佐に迷いはなかった。
他の課員たちにバックアップを指示すると、すぐさま配管の陰から身を乗り出し、建屋の扉の端末に取り付いた。バトーは少し慌てながらも後に続き、アクセス中の無防備な状態の彼女の周りを固める。今後も隠密行動が不可欠である以上、いま光学迷彩を無効化されることは避けなければならなかったのだ。そのため、彼女は排出口の作業用通路ではなく、カメラに見つかるリスクを冒して建屋の出入り口に取り付いたのだった。
所内システムが混乱しているせいか、認証防壁は本来よりも薄くなっていた。接続されたQRSプラグから、タチコマのAIを経由して少佐が認証システムをこじ開けると、比較的簡単に出入り口の扉は開いた。時間にして、わずか5秒ほど。トップレベルのハッカーである少佐でなければ、到底成し得ない技だった。
《よし。以降は作戦通りツーマンセルだ。総合制御室の確保を最優先で…》
少佐がそう言いかけた時、突如として爆音が轟いた。
2018/9/24 一部加筆修正