攻殻機動隊 -ヘリオスの棺-   作:変わり種

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第32話

長い追想に耽っていた中野は、鳴り響くコンソールの警告音に呼び覚まされた。相変わらずこの部屋からでもスクラム停止の操作は受け付けず、システムからはエラーばかりが返される。そんな中、炉内の情報を見ながら中野は必死に別の方法を考えていた。制御棒なしに炉の反応を停止させる方法である。

 

真っ先に思いついたのが、待機液体制御系(SLCS)を使い、主冷却材へホウ酸水を注入する方法だった。主冷却材中のホウ酸濃度を上昇させれば、中性子が吸収されることにより確実に炉の反応は阻害されることになる。運転マニュアルの手順でも、制御棒の急速全挿入が何らかの原因で不能となったときに、後備停止系として使用が認められている。

 

だが、問題はそれが正しく起動するかどうかだった。スクラム信号を送っても受け付けない今の状況を考えれば、制御室から手動で起動させようとしても動かない可能性がある。それに、システムが乗っ取られている不安定な今の状況を考えると、起動した瞬間に注入弁や給水制御が予期しない動作を起こす危険もあった。

 

「どうなんだ、中野室長?」

 

「ここでもダメだ。一度、総合制御室に戻って対策を考える」

 

岸田の部下の男はその答えを聞き、軽く舌打ちをした。駐車場が爆破されたということは、自衛軍が差し迫っていることを示している。侵入路はこれで完全に塞がったと考えられるが、それでも時間稼ぎに過ぎないのだ。そのためか、先ほどからこの2人の男は気が立っているようだった。

 

中野は荷物をまとめると、制御室のドアロックを解除した。重厚な鉄扉がゆっくりと開き、岸田の仲間がアサルトライフルを構えて外の様子を慎重に確認する。異常がないことを確認したその男が、こちらを振り返って合図を送った時だった。弾かれたように一瞬にして、その男の体が宙を舞ったのだ。

 

吹き飛んだ男は制御室の背後の壁に打ち付けられ、ピクリとも動かない。突然のことに中野は足がすくんで動けなかったが、もう1人の男はすぐに物陰に隠れつつアサルトライフルを連射する。

 

銃声が連続して轟いて、鼓膜が破れそうだった。弾倉に詰まった30発の高速徹甲弾を撃ち尽くした男は、懐から予備弾倉を取り出して装填しつつ、出入り口に向かって手榴弾を投げ込んだ。

 

とっさにコンソール盤の下に飛び込んだ中野。次の瞬間には凄絶な爆音が響いて無数の金属片がまき散らされ、先ほどまで立っていた位置には破片が深々と突き刺さっていた。震える手で中野は腰に差していたベレッタを抜き出し、安全装置を解除する。

 

出入り口は爆発の煙に覆い尽くされ、はっきりと様子を伺うことはできない。しかし、岸田の部下の男は、何かの気配を感じ取っていた。隠れていたコンソール盤から銃身を出して、いつでも撃てるように引き金に指を掛ける。

 

やがて、煙の中から薄っすらと現れる黒い人型のシルエット。男はすぐに引き金を絞って7.62ミリ高速徹甲弾の連射を浴びせるが、放たれた銃弾はその手前の空中で弾け飛び、シルエットには届いていなかった。

 

「何者だッ!?」

 

驚きの声を上げながら、男は二撃目を撃ち込もうと再びコンソールから銃身を伸ばす。しかし、引き金を絞る前にどこからか飛んできた銃弾が肩を撃ち抜き、仰向けにのけぞった男はそのまま倒れた。

 

呻きながらも男は腰からハンドガンを抜き出すが、途端に透明な何かがそれを弾き飛ばした。続いて、男の腹部に痛烈な蹴りが打ち込まれ、伸ばされていた腕は力なくその場に垂れる。

 

気づかれないように慎重にコンソール盤から顔を出した中野は、男の近くから若い女性が姿を現すのを見逃さなかった。見たところ華奢な細身の体だが、全身にアーマーを着用したその姿はどこか異様な雰囲気さえ感じさせる。伸ばした髪は赤み掛かった紫色で、戦闘サイボーグとは思わせない端麗な顔立ちだった。

 

光学迷彩を使うような戦闘員が侵入しているということは、自衛軍の侵攻は食い止めきれなかったのだろうか。多数の疑問が浮かんでくるが、そんなことを考えている余裕はない。見たところ敵は彼女1人だけで、こちらに気づいている様子はなかった。殺すなら、今しかない。

 

ベレッタの銃口を向けた中野は、彼女の頭に照準を合わせる。極度の緊張に脈打つ心臓を落ち着かせ、ゆっくりとその引き金を絞っていく。彼女には悪いが、ここで計画を妨害されるわけにはいかないのだ。

 

だが、ベレッタが火を噴くことはなかった。突然、両腕が人間とは思えない強烈な力で押さえ込まれ、ベレッタのグリップから引き離された。そしてそのまま、力づくで腕が持ち上げられる。あまりのことにパニックになって彼は暴れ出すものの、両足は既に床を離れており、無駄な足掻きだった。

 

痛みをこらえて腕を動かすが、びくともしない。見ると、銀色に輝く三本指のマニピュレータが自分の両腕をがっしりと掴んでいる。首を回して懸命に振り向いたところ、ボウリングのボールのような3つの穴の開いた白いアイボールがこちらを睨みつけていた。胴体は青く、丸みを帯びた胴体からは4本の脚が突き出ている。紛れもなく、これは小型の思考戦車だ。

 

「大人しく抵抗をやめろ。銃刀法並びに原子力保安法違反の容疑で逮捕する~」

 

戦車から聞こえたとは考えにくい、子供のような声が中野に厳しい現実を突きつけていた。自分は逮捕された。これで、自分の計画は夢の彼方に消えてしまったというわけだ。

 

倒れた岸田の部下の近くにいた女性が、静かに近づいてくる。観念した中野は抵抗をやめ、冷めたような眼で女を睨んだ。

 

「お前が制御室長の中野か。私は公安9課の草薙だ。話がある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最悪の気分だった。

 

右腹から流れ出た血が迷彩服を黒く染め、白い廊下には真新しい血痕が残されている。歯を真っ赤に染めた岸田は、口の中の血を吐き捨てた。それでも、食道を通じて血が口の中に溢れてくる。

 

「隊長、止血を」

 

連れてきた中では最も若い兵が、医務室の棚を漁って持ち出した救急箱から応急処置用のガーゼと包帯を出し、岸田に渡した。荒い息を落ち着かせて、岸田は傷口にガーゼを押し当てる。途端に激痛が襲うが、その程度の痛みにはたじろがないだけの精神力は持ち合わせていた。

 

(まさか、あんなものが潜んでいたとは)

 

予想もしなかった出来事に、岸田は悔しさを滲ませるばかりだった。何てザマなのだろうか。制御室を出て早々にして仲間の3人を失い、自分も深手を負ってしまうとは。このままでは、計画通りに本来の目的を達成するのは困難かもしれない。しかし、ここで何も成果を上げないまま殺されるのだとしたら、自分が過ごしてきたあの日々に何の意味があったのだろう。

 

「とりあえず、制御室に戻るぞ」

 

岸田は仲間たちにそう言った。周りを警戒していた2人の兵は、ライフルを構えて通路の先の安全を確認する。若い兵の方は、救急箱の中身を戻して背嚢の中にしまっていた。

 

自分の判断ミスのせいで、3人もの部下を失ったのは手痛いことだった。いずれ死ぬ運命にあることからは逃れられないが、彼らの命を無駄死にさせるわけにはいかないのだ。制御室を出たときには6人の部下を引き連れていたのが、今ではその半分の3人。自分も深手のために積極的な戦闘参加はできそうにない。

 

やはり、早いうちから警戒しておくべきだった。赤蠍が姿を消す前から、殺しておけばよかったのだ。それを態勢を整えるまで先延ばしにしたばかりに、このような結果を招いたのである。

 

おそらく、中野の言っていた制御系の侵入者は赤蠍で間違いないだろう。この原発のシステムに精通していなくても、セキュリティが非常に高いことは分かっていた。それに侵入して易々とコードを書き換え、操作を無効化することなど、ハッキングに長けている者でなければ到底成し得る業ではないのだ。

 

だが、赤蠍ならば可能性はある。問題は、こちらの操作を無効化して何をしようとしているのかだった。スクラムを掛けようとするこちらの手を封じ、炉を運転状態のまま保っているという事は、暴走させようと考えているのかもしれない。

 

それならそれで、勝手にやってしまえばよいと岸田は思っていた。こちらとしては、この原発が恒久的に動くことがなくなるのであれば、手段は何でもよいのだ。ただ、炉の暴走を起こせば放射能汚染を引き起こす。この組織の中にはそれを快いと思わない人間、地球保護派のセクトから入ったメンバーも多少存在するため、岸田は暴走という急激な方法ではなく、停止させた上で破壊するという方法を取ったのだ。

 

そのためには、主制御システムのコントロールの奪取は必要不可欠だった。原発内の設備で修理がほぼ困難であるのは、巨大さのあまり直接搬入することのできない原子炉本体、主タービン、復水器といった大型機器だろう。タービンと復水器を破壊するのは手に入れた大量の爆薬を使えば容易だが、運転中に爆破すれば冷却材が失われ厄介なことになる。停止後に破壊すれば、多少の冷却材が漏れるにしろ影響は限定的で、比較的安全だったのだ。また海水など腐食性の高い液体を注入することで、炉自体も使用不能にできる。

 

一応、警察や軍を近づけないために原子炉自体の運転は止めず、攻撃してきたら暴走させると脅していたが、当初の計画ならば暴走させる気は毛頭なかったのだ。しかし、ここまで完璧に練られていた計画だったが、部下を失い、この区画内に敵が潜んでいる可能性のある今の状況では、もはや実現不可能だろう。となれば、道は一つしかない。

 

岸田は壁に寄り掛かりながらゆっくりと立ち上がり、仲間たちとともに進んでいく。総合制御室に着いたら、ポンプを止めて炉の冷却材の循環を止めてやるのだ。ポンプが止まらなければ最悪、爆破するのも選択肢の一つだった。そうすればここはおろか、新浜を含めたこの地域一帯が誰一人住めない不毛の土地になる。

 

どのみち、政府はこちらの要求に一切耳を傾けることなく攻撃に移ったのだから、当然の報いなのだ。歯を食いしばりながら進む岸田。その眼には、もはや復讐心しか残っていなかった。湧き出るアドレナリンのためか痛みはあまり感じず、頭の中には復讐心だけが燃え盛っていた。

 

その時だった。先頭で警戒を行っていた男の頭が一瞬、まるで風船のように膨らむと、跡形もなく吹き飛んだ。壁に叩きつけられた彼のヘルメットには野球ボールほどの大穴が穿たれ、大きく潰れている。再び襲い掛かる銃撃。もう一人の仲間が廊下の角に隠れつつライフルを発砲するも、間もなく壁ごと薙ぎ倒された。

 

穿たれた穴はコンクリートを突き抜け、折れ曲がった鉄筋が顔を覗かせる。対物用の大口径弾が使われたのだということは、瞬時に分かった。

 

岸田はすぐに反撃しようとライフルを握るが、付き添っていた若い兵に引き止められる。仲間の屍を踏み越えて姿を現したのは、大量の追加装甲をつけた禍々しい姿のアームスーツ。右腕に埋め込まれた12.7ミリ機銃の銃口からは、まだかすかに煙が上っている。

 

アームスーツは壁ごと吹き飛ばされた仲間に再び銃口を向けると、容赦なく止めを刺した。その場には鮮血が飛び散り、白い壁が真っ赤に染まる。通路の陰に隠れていた岸田は、怒りのあまり拳を強く握りしめた。

 

「隊長、あなたはお戻りください。自分たちの分も成果を残し、必ずやこの世に平穏をもたらしてください」

 

押し殺した声で、若い兵が神妙な面持ちで言う。見ると、彼のジャケットの裏には持ち込んでいた含水爆薬が10本ほど巻かれていた。差し込まれた信管から伸びた線は、手元の起爆スイッチに繋がっている。

 

「馬鹿なことはよせ」

 

岸田は必死に説得するが、相手の決意は固かった。アームスーツが少しずつ近づいてくる中、彼は携帯していた予備弾倉を岸田に手渡すと、ライフルに1本だけ残した30発の高速徹甲弾の弾倉を装填する。

 

「達者で・・・。岸田隊長」

 

そう言うと、彼は叫び声を上げながら通路の陰から飛び出した。ライフルの銃声が響き渡る中、岸田は無我夢中で制御室の方に駆け出す。間もなくあのアームスーツの機銃が火を噴いたのか、凄絶な銃撃音が断続的に聞こえた。耳の奥に飛び込んでくる悲鳴。岸田は歯を食いしばりながら、走り続けた。

 

傷口を押さえて息を切らせながら通路の角を曲がった時、振り返った岸田の目に映ったのは真っ赤な爆炎だった。それとともに、爆音と衝撃波がフロア全体を激しく揺さぶる。

 

憎しみで燃える彼の瞳はおぞましいほどに赤く血走っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バトーはタチコマとともに、光学迷彩を起動させて保安区画内を慎重に進んでいた。だが、様子がおかしいということには、進み始めてからすぐに気づいていた。確かに張り詰めた空気を感じ、何かが潜んでいるという気配もある。だが、その場が異様なまでに静かだったのだ。

 

この感じは、本当にテロリストたちのものなのだろうか。バトーにはどうも、テロリストとは別のものの気配を感じてならなかった。もっと冷酷で、草原地帯に潜んで獲物を待ち伏せする肉食動物のような抜け目のなさ。それが、常に自分を狙っているかのような錯覚に、彼は陥りつつあった。

 

廊下の壁に背中をつけると、彼は角から慎重に通路の向こうの様子を窺う。タチコマがバトーより先に通路を進み、バトーはそのバックアップについていた。

 

《バトーさん、これ…》

 

タチコマからの電通に、バトーはすぐさまタチコマのもとへと向かう。そこにあったのは、惨殺された職員たちの死体だった。手足を縛られてはいたが、手榴弾で吹き飛ばされたのかもはや原型を留めてはいない。誰の体の一部なのかも分からないような肉片がその場に散乱し、壁や天井にはべったりと血飛沫がついている。あまりの凄惨な光景に、バトーは思わず目を背けた。

 

このようなことなど、とても人間にできることではない。バトーは湧き上がってくる強い怒りに震えていた。しかし通路の先を見ると、同じように殺された職員たちの死体が奥まで続いている。これはまさに、虐殺以外の何物でもなかった。

 

バトーは遺体を踏まないように注意しながら先に進んでいく。手を上げたまま硬直する職員の死体。土下座して命乞いをしたまま崩れている男。体中に銃弾を受けて全身を真っ赤に染めている女性。どれもこれも、相手は殺人を心から楽しんでいるかのような、惨い殺し方をしている。

 

このような非道な行いを許すわけにはいかない。この虐殺の犯人をすぐにでも捕らえて、裁きを受けさせる。バトーは胸に強く誓いながら、その場を後にして通路の角を曲がる。

 

その先は一転して何もなかった。床には死体はおろか血の跡すら残されず、先ほどのような惨状は到底想像できないような整然さがそこにあった。おそらく、捕らえた職員たちを一か所に集めたのち、まとめて殺戮したのだろう。だが、奇妙なのは血の跡すら残されていないという点だった。

 

職員たちがみな、全くの無傷で連れてこられたのなら分かるが、このような犯行では必ずと言っていいほど犯人たちは殺す前にも被害者たちに暴行を加える。その痕跡がまったくないことは、いったい何を意味しているのか。バトーにはどうしても、テロリストたちが被害者たちを無傷のまま、ここまで連行したとは考えられなかった。

 

《目的の大型搬入口はこの先の突き当たりを右に曲がった奥にあるようです》

 

タチコマの案内に、バトーは頷く。その時だった。叫び声とともに、突如として鋭い銃声が響き渡ったのだ。どうやらこの先の通路から聞こえているらしい。銃を構えて臨戦態勢を取ったバトーは、すぐにタチコマとともに音の聞こえた方へと向かう。

 

通路の突き当りの角から様子を窺おうとした時、目の前に迫っていたのは赤黒い爆炎だった。すぐに飛び退いたバトーの前を、爆風が吹きすさむ。凄まじい爆音と衝撃波が轟いて、バトーは銃を構えたままその場に伏せた。

 

煙が収まるのと同時に、バトーは起き上がるとすぐさま角から様子を窺う。そこにはあろうことか、黒焦げになったテロリストたちの死体があった。無数の弾痕が残された壁の前に倒れた死体には首がなく、また崩れた壁の瓦礫に埋まった男の体にはいくつかの大穴が穿たれている。

 

その先にはもう一人の死体があったが、廊下中に肉片が散乱し、かろうじて下半身だけが残されているという有様だった。倒れている男の死体を見る限り、装備していたアーマーに穿たれた穴は比較的大きいもので、断面の繊維が千切れてむき出になっている。この手のアーマーはマイクロマシンの技術で作られた極小繊維が織り込まれた最新式のもので、並みの小銃弾では貫通できないはずだった。それがこのように見るも無残な姿になっているという事は、使われたのは大口径の対物弾ということになる。おそらく、12.7ミリあたりだろう。

 

(どういうことだ。誰がこいつらを殺った?)

 

壁の弾痕を見る限り、彼らは無抵抗で殺されたというわけではなさそうだ。握っていたライフルを見ても、弾切れを起こしているものもある。だが、この保安区画内でこのようなテロリストを殺せる人間など、自分たち以外には思い浮かばない。彼らとて、訓練なしで襲撃を仕掛けているわけではないのだ。相当の練度を持ったテロリストたちを3人も殺したのは、誰なのだろう。

 

しかし、その疑問はすぐに解決することとなる。

 

耳を澄ますと聞こえてくる微かな動作音。タチコマのものとは違う、特徴的なその音の正体は通路の向こうから姿を現した。

 

「そこに隠れているのは誰だ!両腕を組んで出てこい!」

 

気迫に満ちた男の声が聞こえてきたのは、3メートルほどの大きさの灰色のアームスーツからだった。あれはおそらく、以前陸自の特科隊が特注していた佐川電子製の2033式強化外骨格だろう。よほど改造を施しているのか、肩や太腿にはオリジナルにはないアーマーが追加されている。

 

その後ろには同型のアームスーツがもう1機と、全身を黒いボディアーマーで包んだ兵士10名ほどがライフルを構えていた。数の上でも火力の上でも、圧倒的に不利だった。銃を向けようものなら瞬時に銃撃され、身元確認に一週間はかかるような有様になるだろう。タチコマでも、蜂の巣にされるのは目に見えていた。

 

「分かった、降参だ」

 

逃げ切れないと判断したバトーは、光学迷彩を解いて彼らの前に姿を現した。だが、もしもの時のために、タチコマには光学迷彩を起動させたまま通路の陰に隠れさせている。いざとなればグレネード砲を発射し、応戦しつつ退避しようと考えていたのだ。

 

「お前は軍の者か?」

 

突然のその問いに、バトーは首を傾げた。相手は銃を構えながらも、話を続ける。

 

「我々はここを警備しているセキュリティ・フォースだ。テロリストではない」

 

彼らのうちの一人が身分証を見せる。ズームして確認すると、確かに新大浜原発警備主任の西田とあり、顔と写真は一致していた。どうやら彼らは電力会社がここを警備するために立ち上げた私設警備隊らしく、侵入してきたテロリストに対し応戦していたらしいのだ。

 

「俺は公安の人間だ。自衛軍に先立って、ここに突入した」

 

バトーは自分の身分を正直に伝えた。相手も装備などからテロリストではないと早々に判断したのか、構えていたライフルを下ろして警戒を解く。タチコマにもバトーは出てくるように伝え、光学迷彩を解いて姿を現した。

 

「どーも、タチコマです」

 

戦車が挨拶するとは考えてもいなかったのか、大半の男たちは呆気にとられて何も返せなかった。タチコマはその様子に、若干不満を感じている。そのうち、これは機械に対する差別だ、と彼らの前で言い出さないかバトーは少し心配になった。

 

「仲間の侵入路を確保するのに、この先の搬入路の扉を開けたい。協力してくれないか」

 

「分かった、案内しよう。こっちだ」

 

バトーの要請に、隊員たちは思ったより素直に応じてくれた。合流すれば心強いと考えたのだろう。バトーとタチコマは案内されるがまま、通路の先へと進んでいく。ただ、既にこれだけの人数がいれば、テロリストたちの制圧も不可能ではなかった。特にアームスーツが2機もあるというのは、こちらにとって非常に大きな戦力だった。

 

バトーは進みながら、先ほど身分証を見せた西田という男に声を掛けた。

 

「途中で殺されていた職員たちは、やはりテロリストの連中の仕業か?」

 

「ああ、そうだ…」

 

俯きがちにそう答える西田。彼の手は強く握りしめられていて、それだけでも悔しさが伝わってくる。だがバトーは途中、気掛かりな点をいくつか見つけていた。

 

彼らのアームスーツには、よく見ると下半身を中心に血の跡が何か所かついていたのだ。しかし、あのアームスーツの武装ならもっぱら遠距離からの攻撃を行うはずで、返り血を浴びる程まで肉薄する必要はない。味方の血がついたのかとも考えたが、彼らを見回しても負傷している者は見られなかった。

 

《タチコマ、あのアームスーツの血痕を分析しろ》

 

《らじゃー!》

 

彼らに聞こえることのないよう、電通を使って彼はタチコマに命令する。血痕から血の飛び散り方をシミュレーションすれば、どのような状況下であの血痕が付いたのか推定することができるのだ。

 

タチコマが気づかれないよう、自然な動きでアイボールを動かし、アームスーツを観察する。ニューロチップの中で画像処理が行われ、膨大な演算のもと飛び散った血の動きが精密にシミュレーションされていく。

 

《分析終了しました!そっちに送りますね~》

 

タチコマから送られてきたシミュレーション結果は、目を疑うものだった。分析によると、あの角度であのような血痕が残るには、地面に倒れた相手に止めを刺すような極至近距離からの銃撃でなければ残らないという。たとえ相手がテロリストであろうとも、そのようなことはあってはならないはずだ。

 

しかも、分析結果には存在するはずの血痕の一部が消えていることも示されていた。つまり、彼らは証拠隠滅を図った疑いもあるのだ。視野の右下に表示させたシミュレーションのCGを確認しながら、バトーは目の前を歩いているアームスーツと見比べる。確かに、不自然に半分だけ拭き取られた血痕が右脚の関節部に残されていた。

 

《タチコマ、油断するなよ》

 

《ボクは常に警戒してますケド》

 

バトーはタチコマに警戒を促す。一行は間もなく搬入口に到着し、アームスーツ2機が警戒する中で主任の西田が認証端末に自分のIDをかざして扉を開かせる。搬入口というだけのことはあり、大きさは先ほど自分たちが通ったゲートよりはるかに大きく、高さは5メートルを超えていた。

 

「どうやら、まだ到着していないようですね」

 

外の様子を窺った西田がそう言った。バトーはタチコマを通じて、彼らとの通信を試みたものの応答はなかった。どこかが落盤していて迂回路を回っているのだろうか。とはいえ、通信ができなければそれを確かめる術もない。

 

「ここを外からすぐに開けられるようにはできるか?」

 

「無理です。外から入るには、IDパスと手の静脈認証が必要です」

 

そう答えられたバトーは、少しの間考え込んだのちに、ロックを解除したままにする方法を尋ねた。自分たちもいつまでここに留まっているわけにはいかない。かといって、イシカワたちが到着したときに再びここまで戻り、扉を開けるというのも非効率の上にリスクも伴うものだからだ。

 

「システム上、30秒以上解錠状態が続くと自動で扉が閉鎖するようになってます。開けたままにするには、そうですね…。何か、ものを扉に挟む以外に方法はないでしょう。本来なら警報が鳴りますが、今はシステムがまともに動いていない上に緊急時ですので問題ないと思います」

 

西田の答えに、バトーはおもむろに駐車場の隅に転がっていた鉄パイプを拾うと、扉の隙間に挟み込んだ。この状況下で保安区画外にテロリストが潜んでいるとは考えにくいことからも、扉を開けたままにするのが最善の選択だったのだ。

 

扉が閉じないことを確認したバトーは、渋々その場を後にする。そして、そのあとをタチコマが続いた。ただ、タチコマはどうも違和感を覚えていた。扉の奥から感じていた感知限界ぎりぎりの微弱な電磁ノイズが、先ほどから高まっていたのだ。だが、電磁ノイズ自体はありふれたもので、電気機器があるところには常に発生している。

 

タチコマは少し立ち止まったが、間もなくバトーに促されて仕方なく進み始めた。おそらく、空調関係の機械のモーターが動き出したのだろう。そう結論したタチコマは、バトーとともに通路の先へと進んでいった。

 




2018/9/25 一部加筆修正
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