攻殻機動隊 -ヘリオスの棺-   作:変わり種

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第33話

「つまり、職員の中にも内通者がいたということですかな?」

 

「ああ、そういうことになるな」

 

首都福岡の中心部、エネルギー省本庁舎23階の一室では、荒巻課長と篠原政務官がソファに腰を下ろしつつ、真剣な顔でテーブルに置かれた一枚のファックスを睨んでいた。ヘリオスという名で送られたそのファックスには、新大浜原発を破壊するという脅迫が書かれている。

 

呼び出された荒巻課長にまずこのファックスを見せた篠原政務官は、その後独自の調査結果を説明し始めた。驚いたことに、ファックスの送信元はこの原発の制御室長を務めている中野という男のアパートからで、コンピュータからあらかじめセットした時刻に自動送信されるようになっていたという。つまり、彼は今回襲撃を仕掛けたテロ組織、亡国の使者と密接に通じていた可能性が高い。そしてヘリオスの正体とは、この中野という男である線が濃厚だったのだ。

 

また、文面の中で犯人の一人称が複数形となっていることから、犯人には共犯者がいると考えられていた。事実、県警公安部の調査によると何人かの職員が複数の理由でマークされており、近々任意同行される予定もあったという。

 

原発の職員というのは、厳しい身元調査の上で採用されているということは誰もが知る事実だった。特に制御室に自由に出入りできる職員は、本人だけでなく家族の犯罪歴や政治活動歴まで調べられる。電脳犯罪やテロの脅威が高まる近頃の情勢の中では、当然の対策だった。

 

しかし、それをかいくぐってこのようなテロを起こされたということになれば、公安機関の信頼に大きくかかわるのは目に見えていた。この規定を作成し、企業を監督する立場であるエネルギー省も追及を受けることは確実だろう。

 

「大臣や副大臣は、ことを秘密裏に済ませたいようだ。首が飛びかねんからな」

 

「そうでしょうな。テロリストが国の最重要施設に紛れ込んでいたなんて、大スキャンダルですからな。それも、制御室長が」

 

荒巻は彼の口調に合わせてそう答える。荒巻には、篠原がこの機会を自分の出世に利用しようとしていることが透けて見えた。

 

しかし、彼の口車に乗せられるほど荒巻は単純ではない。むしろ、彼の言葉の裏にあるものを探ろうとしていた。これほどまでの短時間で、ファックスの送信元の特定から犯人の絞り込みまでできるというのは、やや不自然だった。それに、あらかじめ公安がマークしていたというのも少し都合が良すぎるのだ。

 

確かに、エネルギー省内の原発関連のセクションの中には、表向きには存在しないがそうした内偵を公安とは別に独自に行う部署も存在していると聞いている。しかし、それでもなお、これらの情報を鵜呑みにするにはまだ裏付けが足りなかった。

 

「そこで、少し協力を願いたい。大臣の目論見を証明できる、証拠を集めてもらいたいのだ。君たちは正義を成せ、私も良心の呵責に囚われずに済む。悪い話ではないはずだ」

 

「それは捜査の結果次第ですな。その目論見が存在しなければ、篠原政務官、貴方の立場も危うくなるということをお忘れなく」

 

荒巻の鋭い答えに、先ほどまで勢いづいていた篠原は言葉を詰まらせた。やや口元を歪ませ、鼻で笑った彼はお茶をすする。

 

「そうしたら、こちらとしても捜査の進展を見守るよ。荒巻君」

 

やや機嫌を損ねたのか、皮肉の混じった笑みを浮かべて彼は荒巻を見送った。部屋を出た彼は、ひとまず車のもとへ戻ろうとエレベーターに乗り込む。退勤時間は過ぎているためか残っている人間は少なく、エレベーターにも彼以外には誰も乗ってはこなかった。

 

《課長、篠原政務官の口座情報の照会が終わりました。直近の半年間に、特に不自然な動きはありません》

 

《そうか》

 

電脳通信を通じて、9課の新人のアズマの声が脳内に直接響いた。アズマにはここに向かう途中の車の中で、篠原政務官の口座の動きを洗っておくようあらかじめ指示を出していたのだ。

 

《ただ一つ気になる点が。どうも、篠原政務官の事務所宛てに過去半年の間に頻繁に荷物が届いていたそうです。業者はいずれも違いますが、中身はどれも書類となっています》

 

それを聞いた荒巻は深く考え込む。ポスターの発注やそのほかの事務処理などを考えれば、政務官の事務所にそういった荷物が届くこと自体は不思議ではない。しかし、頻繁に届いていたという点に彼は引っ掛かっていた。次の衆議院選まではあと3年はあり、まだ選挙準備に入る時期ではないのだ。にもかかわらず、荷物が頻繁に来ていたということは、何を示しているのか。

 

《個数と差出人は掴めたか?》

 

《えー、個数は今日までの半年間に112個。差出人は、大東商事ほか17社です》

 

アズマは手元の資料を読みながら答えていたのか、途中途中で詰まりながらそう言う。しかし、荒巻にはその会社名に聞き覚えがあった。懸命に記憶を手繰り寄せようとする彼が、眉間に皺を寄せて考えていると、ふと警備員の詰所で流れていたテレビが目に入った。

 

『次のニュースです。剣菱重工裏金問題で、新浜地検特捜部はきょう、組織的な裏金作りに関与していた可能性が高まったとして、剣菱重工総務部長をはじめとする4人を法人税法違反などの容疑で逮捕しました。4人はおおむね容疑を認めており、特捜部はいまだ不明となっている10億円の行方についても追及していく方針です』

 

画面の中では眩いばかりのフラッシュが焚かれる中、捜査車両の白いワゴン車の後部座席に乗った男が映し出されている。黒いジャケットを被っていて顔を見ることはできなかったが、字幕では総務部長の日下 忠と表示されていた。場所は剣菱重工本社の正門前で、多くの報道陣が詰めかける中、警官が道を開けようとしてまさに混沌としている。

 

それを見た荒巻の頭の中で、急速に線がつながった。剣菱重工と大東商事。数日前に読んだニュースによれば、大東商事は剣菱重工が裏金を捻出するために用意した実態のない企業、いわゆるペーパーカンパニーのひとつで、裏金づくりにおいて他の複数の企業とともに重要な役割を占めていたのだ。

 

そんな企業から政務官に荷物が届いていたということが、何を示しているのかは明らかだった。戦慄した彼は、すぐにアズマに指示を出す。

 

《至急、業者に問い合わせて半年分の荷物の重さとサイズを照会しろ。いますぐにだ》

 

《半年分すべてですか?112個もあるんですよ…?》

 

《当たり前だろう。泣き言は聞かん》

 

戸惑うアズマに構わず、電通を切った彼は開かれたドアからエレベーターを下りると、脇目も振らず玄関を抜けて車に乗り込んだ。シートベルトを締めると、すぐにエンジンをかけて車を発進させる。

 

そんな中で、今度は本部に連絡を入れた。

 

《新大浜原発制御室長の中野のアパートの通信記録を、プロバイダから集めろ。あと、大至急所轄の捜査官を向かわせて現場保全だ》

 

《承知しました》

 

女性オペレーターの返答を聞いた荒巻は、エネルギー省前のゲートを抜けるとさらに車を加速させる。もしかすると、自分たちは何かとんでもない思惑の中に足を踏み入れているのかもしれない。知らない間に、巨大な犯罪の根が張っていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭上に張り巡らされた配管の一部が脱落して、コンクリートの床の上に落下していた。漏れ出ている液体は徐々に広がり、大きな水溜まりをつくっている。そこへ、音を立てないよう注意を払いながら4機のタチコマが通り過ぎた。

 

「全く、テロリストの野郎どもは加減ってものを知らねえのか」

 

イシカワがそうぼやきながら、タチコマを操ってコンクリートの柱の陰から身を乗り出し、通路の向こう側の様子を窺っていた。自衛軍の攻撃を察知して施設内に突入したまでは良かったが、途中で駐車場が爆破されたことにより少佐たちとはぐれ、さらに現在地も見失った彼らはしばらく施設内を彷徨う羽目になったのだ。

 

「使われた爆薬量はTNT換算で1トンですね~。普通の施設なら、駐車場だけでは済みませんでしたよ」

 

タチコマが冷静に分析してそう言った。確かに商業施設などであれば、この規模の爆発なら施設全体が崩落してもおかしくない。しかし、一、二層の崩壊で済んだということは、この施設がいかに頑丈に造られているのかということを示していた。

 

安全を確かめたイシカワが、搭乗するタチコマの腕を振ってサインを送り、他のメンバーたちを誘導する。先ほどから続いているこの地下空間はコンクリート打ちっぱなしで、天井には配管がむき出しになっているために地下駐車場のような印象を受けたが、まだ一度も駐車スペースらしきものを見ていなかった。おそらく、この先の搬入口まで大型車両が通行するために造られた専用通路なのだろう。

 

爆発の衝撃で所々、配管が外れたり吊り下げ式の蛍光灯が落ちたりしていたが、通行には差し支えなかった。道も駐車場とは違って全く入り組むことはなく、ひたすら地の底へ向かうような一本道が続いている。

 

「聞くところによると、もしこのまま延々と降りて行くことができたら地獄というものがあるんですよね?」

 

「はあ?んなもんどこで聞いた?」

 

唐突に縁起でもない話をするタチコマに、イシカワは呆気にとられる。

 

「前に読んだ本ですよ。と言っても、ボクでなくあいつが読んだんですけどね」

 

タチコマはサイトーが乗ったタチコマを指しながら答えた。それを聞いたイシカワはすぐに納得する。あのタチコマはタチコマの中でも特に変わっていて、読書をするのが大好きな本の虫ともいえるタチコマだった。9課のハンガーの中でも、彼のスペースにだけ紙媒体の本が大量に積み重なっているのを見たことがある。

 

「ちょっと。それはあくまでも空想上の世界で、本当に地底に存在するわけではないよ」

 

勝手に自分の知識を語られたタチコマは黙っておらず、すぐにそう指摘した。

 

「もちろん、そんなことはわかっているって。ブ~」

 

タチコマは当たり前のことを指摘されて少し気に障ったのか、ブーイングで返す。そのやり取りに、イシカワの口からは大きなため息が漏れた。

 

「いや、あながち間違いではないかもしれんな。この先には確かに沸き立った地獄の釜が待っているんだ」

 

だが、サイトーの突然の発言に、イシカワはおろか思わずタチコマたちも沈黙した。そう、この先には地獄の釜とも呼べる、人類の生み出した究極の発明品が眠っている。しかも、沸き立つ水の温度は600℃近い高温に達する。地獄の釜と呼ぶには、まさにふさわしかった。

 

「お喋りは終わりだタチコマ。行くぞ」

 

イシカワは厳しい口調でタチコマたちに言うと、再び通路の先へ進み始める。にじみ出る緊張感を感じ取ったのか、そのあとはタチコマたちも口を慎んだ。ゆるやかなスロープを進むこと5分。ようやくスロープが終わり、平坦な道が続く。

 

周りに目をやると、左右に車線が1つずつ増えていた。荷物の積み下ろし用の駐車帯であろう。そこには職員移動用の白いマイクロバスが何台か駐車されており、白線が引かれた地面には順路を示す白い矢印が描かれている。イシカワはそれに従うようにして、通路を進んでいった。

 

「あれが搬入口のようです」

 

タチコマが指す先には、5メートルほどの高さの巨大な鉄扉があった。右側からスライドして閉まるような仕組みらしいが、微かに隙間が空いていて開きっぱなしになっている。黄色い回転灯が回ったままになっていることを考えると、閉まり切らずに何らかの原因で自動停止しているようだった。ズームアップしてみると、その隙間には鉄パイプが挟まっている。原因はこれらしい。

 

「バトーの奴が開けといたんだな。やるじゃねえか」

 

イシカワは珍しくバトーを褒めると、扉のもとへと向かう。当然そこでも警戒は怠らず、他のタチコマ3機は柱の陰に隠れ、すぐにバックアップできるようにチェーンガンを構えている。イシカワも待ち伏せやトラップがないことを、周囲を見回して入念に調べていた。

 

やがて、扉のもとに着いた彼は隣に埋め込まれた端末を確認する。小さな主モニターは異物検知の警告で赤く染まり、開放ボタンが点滅している。これを押せば扉が開き、保安区画内に入ることができる。イシカワは周りを警戒しながら素早くタチコマを降りると、端末の前まで歩き、ボタンに指を掛けた。

 

その時だった。

 

「イシカワさん、危ないッ!」

 

今まで聞いたこともないような、タチコマの緊迫した叫び。瞬時に押し倒されたイシカワの頭上を、風切り音が響く。その先の壁には次々と拳ほどの大穴が穿たれ、分厚いコンクリートがいともたやすく砕け散った。

 

振り向いたその先には敵の姿はなかったが、低いエンジンの唸りがその場に響き続ける。すぐさま起き上がったイシカワは、警戒しつつタチコマに守られながら柱の陰に駆け込もうとした。しかし、そこへ甲高いモーターの動作音が響き渡る。

 

空中で連続して2つの炎が噴き出し、放たれる砲弾が執拗にイシカワを狙った。すんでのところで柱の陰にはたどり着いたが、盾になったタチコマに2、3発が命中して激しく火花が散り、右脚の装甲が吹き飛んだ。その間にほかのタチコマたちがマズルフラッシュの輝いた方向に向かって弾幕を張ったものの、案の定弾は空中で弾き飛んでしまう。

 

「チッ!光学迷彩だ!」

 

イシカワがそう叫んだ。間髪入れずに攻撃が始まり、撃ち出される砲弾がイシカワの隠れる柱に向かって容赦なく食らいついていく。柱が撃ち抜かれそうになった瞬間、たまらずイシカワはタチコマに乗って柱から飛び出し、全速力で後退した。

 

うごめく透明の物体も彼を追って移動し始める。そこへサイトーとボーマのタチコマの機銃から7.62ミリ弾が放たれるが、その照準は相手ではなくその頭上のスプリンクラーのノズルに合わされていた。

 

見事に口金が消し飛んで、凄まじい勢いで霧状の水が噴き出した。それをもろに受けた相手は光学迷彩が一瞬で解け、その姿を彼らの前に現す。

 

深緑を基調とする森林迷彩に染まる巨大な鉄の塊。いくつもの白いアイボールが埋め込まれた胴体からは、無限軌道付きの4本の脚が伸びていて、背中に当たる部分には特徴的な長い砲身が鈍い輝きを放っている。そこには、彼らが最も出会いたくないものの存在があったのだ。

 

「くそ、やはり18式戦車だ」

 

先ほどの2機のタチコマたちが右腕のチェーンガンを発砲するも、主力戦車の装甲には牽制程度にしかならない。火花を散らせて、撃ち込まれた銃弾が次々と弾き飛び、攻撃に気づいた18式戦車は20ミリ砲を彼らに向ける。

 

間もなく凄まじい連続音を轟かせて20ミリ弾が容赦なく撃ち込まれる。狙われたのはサイトーの乗るタチコマだった。とっさに柱の陰に身を隠すが、砲弾の嵐を受けた柱はすぐにコンクリートが砕け散り、鉄筋が剥き出しになっていく。それでもなおも18式戦車は砲撃をやめず、内部の鉄筋が折り砕かれて柱の半分以上が粉砕された。

 

「サイトー!逃げろ!」

 

イシカワが声を上げる。戦車は一度砲撃をやめたかと思うと、背中の105ミリ滑腔砲の砲身を旋回させてその柱に狙いを定めた。気づいたタチコマが柱の陰から飛び出すが、すぐに発射された砲弾が柱を粉々に粉砕する。至近距離から爆風を受けたタチコマは吹き飛ばされて通路を2、3回ほど横転し、駐めてあったマイクロバスの車体にぶつかった。

 

「クソ!やはり戦車が相手じゃ分が悪いな」

 

パズがそう言いながら、搭乗するタチコマのグレネード砲から火を噴かせて多脚戦車の右前脚に50ミリグレネードを撃ち込むが、効いている様子はない。ボーマとイシカワもグレネードを発射し、横転したサイトーのタチコマから注意を自分たちに向けることで精いっぱいだった。

 

たちまち返される戦車からの応射に、通路を滑るように軽快に動き回って弾を躱すものの、一定の距離以上に近づくことはできない。それでも、その間にサイトーのタチコマが何とか体勢を戻して立ち上がり、戦闘に復帰する。

 

「俺がポッドから対物ライフルでアイボールを狙う。3人で奴を引き付けてくれないか」

 

「分かった」

 

サイトーの提案をその場で受け入れた3人は、それぞれ間合いを取りながらすぐに18式戦車に攻撃を始めた。多脚戦車の弱点は、その柔軟な動きを支える関節部のほか、視界を司るアイボールである。アイボールは視覚デバイスを搭載している都合上、装甲厚が通常の部位より薄いため、最も攻撃するのに適していた。

 

しかし、兵器たるもの弱点を無視したまま実用化されているわけではない。アイボールはできうる限り小型化されているうえ、この18式戦車の場合はアイボールを複数搭載することで幅広い視野を確保するとともに、アイボールを狙った攻撃に対する対抗性も兼ね備えているのだ。

 

散開したタチコマは、戦車の左右に回り込むと一気にチェーンガンを撃ち込む。両側から攻撃を受けた戦車はやや反応が遅れて挟み撃ちをもろに受けるが、器用に両腕のマニピュレータをそれぞれの方向に向けると、再び砲撃を始めた。

 

轟轟と吐き出される薬莢が戦車の足下を転がり落ち、撃ち出される20ミリ弾がコンクリートを粉砕する。そんな中、移動するタチコマのポッドの上部から身を乗り出したサイトーが、戦車に備えて持ち込んだ20ミリ対物ライフルを構えていた。スコープの中心には、戦車の上部中央のアイボールが捉えられている。

 

狙いをつけたサイトーは引き金を絞り、その巨大な銃身が吠えた。強烈な反動でポッドごと後ろへ圧される中、アイボールのど真ん中に命中した弾が白い装甲を貫通して搭載された視覚デバイスを見事破壊する。白煙が立ち上る中、戦車は一瞬だけ前後不覚に陥ったが、すぐに体勢を立て直すとサイトーに向けて105ミリ砲を放った。

 

「ひゃあ!」

 

すぐに後ろに飛びのいて躱すタチコマ。爆炎で前が見えなくなるが、サイトーはライフルを手放さない。気を引くように他のタチコマがチェーンガンの掃射を始めるが、今度は惑わされることのないまま戦車はサイトーのタチコマに一直線に向かっていく。

 

「ワイヤーを使え!あいつの動きを封じ込めろ!」

 

機転を利かせたイシカワにより、3機のタチコマの射出口から次々とワイヤーが撃ち込まれ、戦車の後ろ脚を捉える。しかし力の差は歴然としており、一度は止まった戦車だったが、エンジンが唸りを上げるとタチコマが引き摺られ始める。そんな中で、柱に目を付けたイシカワがワイヤーを伸ばしつつ柱の周りを回ってワイヤーを絡みつかせた。

 

それを見ていたパズとボーマも、同じようにして柱にワイヤーを巻き付ける。たちまち戦車は後ろ脚を引っ掛けられ、一気にバランスを崩して尻餅をついた。そこを見逃さなかったサイトーが再びアイボールを狙撃して、左右のそれを破壊する。残るアイボールは下部と砲塔上部の2つだけだ。

 

サイトーは位置を変えて、まずは砲塔のアイボールを狙った。しかしキョロキョロと動き回るアイボールは狙いを付けるのが困難で、引き金に指を掛けたままサイトーは舌打ちをする。そんな中、戦車は勢いよく砲塔を旋回させるとワイヤーの一つが引っ掛けられていた柱に至近距離から105ミリ砲弾を撃ち込んで粉砕した。

 

左後脚のワイヤーが千切れた戦車はその体を起き上がらせると、周りのタチコマの抵抗に動じずにもう一方の柱も撃ち抜いて破壊する。

 

「まずい、退避だ!」

 

イシカワがそう叫ぶが、戦車は既に猛スピードでサイトーのタチコマのもとへ突っ込んでいた。横っ跳びして何とか直撃を避けるものの、続いて放たれる20ミリ砲の掃射に、かわし切れなかったタチコマに数発が直撃する。

 

「あわわわッ!」

 

たちまち吹き飛ばされるタチコマ。20ミリもの大口径弾ともなると破壊力は抜群で、タチコマの装甲はもはや紙切れ同然だった。ポッドこそ無事だが、胴体に受けた砲撃で右のアイボールが消し飛び、右前脚が千切れてその場に倒れる。

 

「イシカワさん、逃げて!」

 

ポッドの扉が開かれ、サイトーがすぐに飛び出した。しかしその時には既に戦車は目前まで迫っており、間に合いそうにない。無限軌道から甲高い音を響かせて突っ込んでくる戦車は、どうやら彼をタチコマごと踏み潰すつもりらしく、スピードを緩めずに突進してくる。

 

サイトーは覚悟を決め、目を閉じた。しかしそのとき、戦車の爆音に混じって微かに地響きに近い低い音が聞こえてくる。はっとした彼は瞬時に目を開けて頭上を見上げ、あることに気づく。

 

「タチコマ、右の柱だ!撃て!」

 

突然の命令にも、タチコマは躊躇わずに残された3本の脚とマニピュレータを使って狙いを付けると、すぐ右側に立っていた柱にグレネードを放った。着弾とともに柱が砕け、地響きが急激に大きくなる。天井から土煙が上がったかと思った瞬間、目の前に迫っていた戦車の姿が灰色の塊に押し潰された。弱っていた天井が崩落し、数十トンはあろうかというコンクリートの塊が18式戦車を直撃したのだ。

 

「やりましたね、サイトーさん!」

 

タチコマが喜びの声を上げる中、力の抜けたサイトーはその場に座り込んだ。目の前には瓦礫の山が積み重なり、巨大なコンクリートの塊が横たわっている。あの戦車はワイヤーを撃ち抜くときや、タチコマを攻撃するときに、必要以上に柱を壊していた。いくら頑丈にできた原発とはいえ、柱を何本も壊せば強度は落ちる。あの時、天井に入った深い亀裂と割れたコンクリート柱を見ていたサイトーは、躊躇わずに柱をタチコマに破壊させ、天井を崩して18式戦車を破壊したのである。

 

「ああ、危ないところだった」

 

イシカワは大きく息を吐いた。そして静かに立ち上がると、壊れたタチコマを労わるように胴体に手を触れる。丸みを帯びた青いボディは20ミリ砲によって大きく潰れ、アイボールが吹き飛んだところからは内部が見える。HEIAP弾のためかポッドの被弾した箇所は熱で溶け、黒ずんでいた。

 

「はあ~、今回もまた貴重な経験ができたな~」

 

タチコマは満足そうにそうつぶやいた。彼らにとっては、壊れることも経験の一つらしい。サイトーにはさっぱり理解できなかったが、軽く笑って答えると、タチコマが立ち上がるのを助けてやる。駆動系も問題ないらしく、脚の一つを失ってもまだ動けるようだ。

 

「おい、大丈夫か!」

 

崩落した箇所を回り込んで駆け付けたイシカワたちが、後ろから声を掛ける。サイトーはタチコマとともに、彼らのもとへと向かった。休んでいる暇はない。すぐにでも、保安区画内にいる少佐やバトーと合流して、テロリストたちの目的を阻止しなければならないのだ。

サイトーは煙を立ち上らせる18式戦車の瓦礫の山を見つめながら、開かれた扉から保安区画内にゆっくりと足を踏み入れていった。

 




2018/9/26 一部加筆修正
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