攻殻機動隊 -ヘリオスの棺-   作:変わり種

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第35話

バトーはセキュリティ・フォースの隊員十数名とともに、総合制御室へと向かっていた。だが、彼らに対する疑いは進めば進むほど、深まるばかりだった。搬入口の扉を開けたバトーは、少佐との通信を試みたものの、電通はつながらない。タチコマにも試させたが、結果は変わらなかった。どうやら、通信が妨害されているらしい。

 

テロリストの妨害なら最初から仕掛けているはずだった。今このタイミングで切れたなら、疑うべき相手は一つしかない。もしかすると、この件にもセキュリティ・フォースの連中が絡んでいるのではないか。バトーはそう考えていた。

 

何せ、この連中は無抵抗のテロリストを殺戮している可能性が高かったのだ。血痕の飛び散り方や証拠の隠滅などから考えても、それは十分にありうる話だった。もっとも、現状ではあくまで状況証拠からの推測に過ぎないが。

 

問題は、この連中がそのようなことをして何をしようとしているのかということだった。テロリストを虐殺するのは、職員たちが皆殺しにされていることを考えれば、違法性はともかく理解できないこともない。だが、妨害電波を出しているのが彼らだとしたら、何の目的があるのか。それだけが気掛かりだった。

 

バトーはタチコマと離れず、警戒しながらセキュリティ・フォースの後を追うように進んでいる。そんな中、制御室へと向かう通路を曲がったとき、彼の目にある光景が映った。

 

微かに開いた部屋の扉。中には明かりは灯っておらず、暗闇に包まれている。普通なら素通りしてもおかしくなかったが、バトーは直感的に何かを感じていた。電通が使えないために、タチコマに合図でそれを伝えた彼は、先を進んでいるセキュリティ・フォースに声を掛けずに部屋の中へと入る。

 

真っ暗な部屋の中には、機械音が響いていた。ラック状に積み重なったサーバー群と、その天井を走る配管類を見る限り、ここは所内監視システムのサーバー室を兼ねた設備管理室らしい。部屋を見回した彼は、明かりをつけようとスイッチを探し始める。そんな中、後ろに何者かの気配を感じた。

 

振り返った彼の前に迫っていたのは、振り下ろされた鉄パイプだった。しかし、彼は瞬時に反応してそれを両手で掴むと、力づくでそれを奪い取り、後ろへ投げ捨てる。暗闇の中でもバトーの眼は相手の姿を的確にとらえていたが、驚いたことに相手はテロリストではなかった。

 

「やめてくれッ!頼む、命だけは!」

 

気づいたタチコマがライトで照らした時、すっかり恐れおののいた相手は命乞いをするようにその場に伏せた。服装を見る限り、この男はここで働いている職員の一人のようだ。どうやら、襲撃を受けたときにこの部屋に逃げ込んできたらしい。ずっとこのような場所で恐怖に怯えながら隠れ続けていたのだろうと思うと、バトーは手を伸ばさずにはいられなかった。

 

「俺は警察だ。安心しろ、助けに来た。頼むから顔を上げてくれ」

 

そう言ったものの、相手は震えたまま動こうとはしない。タチコマに出入り口を見張らせたバトーは、驚かせないようにゆっくりと彼のそばに近づくと、震えるその背中に手を乗せる。

 

「うわあッ!」

 

その手を振り払って飛び退いた男は、部屋の隅まで後ずさる。よほどの恐怖に襲われていたのだろうか。バトーは怖がらせないように慎重に近づこうとするが、彼は全身を震わせ、壁際まで後ずさった。

 

「俺は警察だ。お前を助けに来たんだ。ほら」

 

バトーは肩から下げていたセブロC-30を床に置いて、両手を差し伸べる。少し警戒を解いたのか、男は震えながらも後ずさりをやめ、注意深く様子を窺っている。

 

「お、お前は、あの連中の仲間では、ないんだな…?本当、だよな?」

 

彼はそういうと、ゆっくりとバトーの手を掴んだ。酷く怯えて緊張状態にあったためか、全身を冷汗が伝い、衰弱しきっていた。バトーは安心させようと背中を押さえつつ、携行していた救急用オートインジェクターを取り出し、低用量の鎮静剤を腕に打ち込んだ。一瞬だけビクッと体が硬直したが、間もなく緊張がほぐれてきたのか、ずっと続いていた小刻みな震えが止まる。

 

「あの連中とは、テロリストたちのことか?」

 

落ち着いてきたのを見計らったバトーが、彼にそう聞いた。バトーにとっては、彼が保安区画の職員の中で初めての生存者だった。あのセキュリティ・フォースたちの行動が怪しい以上、彼からの証言が唯一、何が起こっているのか正確なことを知るための手掛かりとなるかもしれない。バトーはそう考えていた。

 

「違う…。違う。あれは、テロリストでない」

 

まだ顔を引き攣らせながら、彼はそう言った。テロリストではないのならば、いったい誰なのか。バトーがもう一度、問いただそうとしたとき、通路から足音が聞こえた。

 

「こんな所にいましたか。突然いなくなるものだから、慌ててしまいましたよ」

 

照明がつき、同時に入ってきたのはセキュリティ・フォースの警備主任、西田だった。そのほかに、一緒に行動していた連中も戻ってきたらしく、部屋の外には十数名あまりの隊員とともにアームスーツの姿が見える。しかし、それを見た職員の様子が一変した。

 

「助けてくれ!死にたくない!」

 

先ほどまでの落ち着きがまるでなかったかのように、叫び始める彼。バトーはその様子に彼を落ち着かせようと努めるものの、まったく聞く耳を持たない。暴れ出した彼はバトーから離れると、再び部屋の隅まで逃げ出して壁に背中を付ける。

 

「生存者ですか、本当によかった。すぐに保護しましょう!」

 

そう言いながら駆け寄ろうとする西田を、バトーが遮った。顔を綻ばせていた西田は、戸惑ったように立ち止まる。

 

「待て。こいつ、お前らに怯えているらしいぜ」

 

「確かにそのようですね。ずっとここに一人で隠れていたからでしょう。我々のような大人数がいきなり現れたら、驚くのは仕方ないことですよ」

 

バトーの言葉に、西田はそう返す。その場の空気は徐々に張り詰めていった。相変わらず、隅に隠れている職員は震えたまま動こうとはせず、バトーと西田は無言で睨み合っている。しかし、突然後ろから聞こえてきた音に、バトーは振り返った。

 

サーバーの合間に置かれたモニターに映し出される映像。それは監視カメラの映像らしく、天井から各通路の様子を捉えている。4分割されて表示されている映像のうち右下のものを見ると、通路の中央で一人の男が両手を上げていた。グレーのジャンパーを着ているところを見ると、あれはここの職員だろう。

 

銃声とともに、職員の体がなぎ倒された。間もなく、倒れた職員にゆっくりと近づいていくのは、黒いアーマーに身を包んだ男。その男は倒れている職員の頭部に拳銃を向けると、素早く2発撃ち込んで止めを差した。

 

それを見ていたバトーは戦慄する。彼の腕に付けられていた腕章は、あろうことかここにいる連中がつけているものと同じだった。職員を撃ち殺した男は、セキュリティ・フォースの人間だったのだ。

 

瞬時に振り向いた彼に突きつけられていたのは、SMGの銃口だった。

 

「動くな。両腕を組んでひざまずけ」

 

西田の表情は先ほどまでとは一転し、冷徹なものになっていた。鋭い眼光がバトーを睨みつけている。部屋の出入り口にいたタチコマも、アームスーツに取り囲まれて身動きが取れなくなっている。

 

「てめえら…。テロリストだけでなく、職員たちまで殺していたのか!」

 

凄まじい剣幕でバトーはそう怒鳴るが、西田は一切怯む様子を見せない。

 

「黙れ。お前、バトーと言ったな。残念だが、お前は元々この場にいてはいけない人間だったのだ。来るのなら、すべてが済んでから来るべきだった。そうすれば、死ぬことはなかったはずだ」

 

そう言いながら、彼はSMGの銃口を彼の顔に向ける。構えていたのはH&K UMP。近距離で顔面に撃ち込まれれば、全身義体のバトーでも無事では済まない。

 

後ろではあの職員がすすり泣くような声を上げ、かがみ込んでいる。バトーは懸命に、視界の中からこの絶体絶命の状況を打破するための方法を探していた。タチコマはアームスーツに押さえ込まれ、身動きできない。それにこの西田という男も、素人ではないはずだ。油断のない眼が常に自分を睨みつけ、眉間に的確に狙いを付けている。

 

「なぜ、お前らは殺した?テロリストはともかく、職員たちはここで働いている仲間だろ!」

 

「詳しい理由は知らん。だが、これも上からの命令なものでね。高いカネは入るし、逮捕もされないというし、これほどいい話はないだろう」

 

不敵な笑みを浮かべる西田。バトーはこれほどまでに怒りを感じたことはなかった。自分の欲望を果たすためなら、罪のない人間を殺害することをいとわない。あまりに身勝手で傲慢な考えに、バトーは反吐が出そうな思いだった。

 

「お喋りも終わりだ。一瞬のことだ、苦しまずに死ねるよ」

 

西田はUMPの引き金を絞り始める。バトーは両手を上げたまま動かなかったが、まだ諦めてはいなかった。目に入ったのは、天井を通る無数の配管。この部屋は天井板はなく、配管や配線などの類がむき出しになっているようだった。その中で彼は、黄色い警告帯が巻かれた可燃性ガス配管を見逃さなかった。

 

瞬時に身を翻し、ホルスターから愛用のFNハイパワーを抜き出す。同時に西田の放った.45ACP弾の雨がすぐ頭上を切り裂き、サーバーに当たって火花を散らせる。自分の周りのすべてがスローに見える中、バトーは迷うことなくハイパワーの銃口を、西田の真上を走るガス管に合わせると、引き金を引いた。

 

放たれた銃弾はガス管の安全弁に命中し、瞬く間に高圧のガスが噴出する。そこに撃ち込まれた2発目の銃弾が配管に突っ込むと、火花を散らせて跳弾した。同時に引火したガスが一気に烈火の炎に変じると、真下に立っている西田の体を飲み込む。

 

灼熱の業火にバトーまでもが熱気を感じる中、火達磨になった西田は悲鳴を上げてのたうち回っている。それを見たほかの隊員が一瞬だけ怯むも、すぐにUMPの銃口をバトーに向けた。

 

「この野郎ッ!撃ち殺せ!」

 

しかし、それらが火を噴くことはなかった。混乱に乗じてワイヤーを撃ち込んだタチコマが、急速にそれを巻き取ってアームスーツを蹴散らすと、銃を構える隊員たちの背後から痛烈な体当たりを食らわせたのだ。

 

タチコマとはいえ、1トンを超える思考戦車に衝突された隊員たちはボウリングのピンのように弾き飛ばされ、宙を舞う。そこへ態勢を立て直したアームスーツが右腕の12.7ミリ機銃を掃射するが、タチコマは素早く横っ飛びしてそれを避ける。間もなくバトーとともに部屋の奥へ逃げ込んだタチコマだったが、振り返りざまに追いかけてきたアームスーツに50ミリグレネード砲を撃ち込んだ。

 

躱す暇もなく、グレネードはアームスーツに命中すると炸裂し、それを吹き飛ばした。強化改造が施されたさすがの2033式強化外骨格も、至近距離での爆発には耐えきれるはずもなく、壁に打ち付けられたアームスーツは装甲が完全に潰れて炎に包まれる。

 

残るアームスーツは1機だ。バトーは物陰に隠れつつ、UMPを乱射する隊員たちにセブロC-30の掃射をお見舞いする。だが、装備も練度も高い相手は数発被弾した程度では倒れることはなく、バトーの潜むサーバーの陰に向かって容赦なく手榴弾を投げ込んだ。

 

バトーがすぐに飛び退き、タチコマが覆い被さる。間もなく吹き飛んだ手榴弾はサーバーラックを薙ぎ倒し、大量の破片をまき散らしたものの、タチコマが防いでくれたおかげでバトーは無傷だった。

 

「食らいやがれ!」

 

お返しとばかりにバトーはタチコマとともにサーバーの陰から相手の目の前に躍り出ると、セブロから火を噴かせて相手を次々と薙ぎ払う。しかし、そこへ駆け付けたアームスーツはあろうことかグレネード砲を至近距離で撃ち込み、仲間ごとバトーたちを吹き飛ばしたのだ。

 

瞬時にタチコマが盾になったおかげで、バトーはすり傷程度で済んだ。グレネード自体もタチコマに直撃しなかったので、大した損傷はない。それでも、体勢を崩されたバトーたちはその場を覆い尽くす灰色の煙に、一瞬だけ前後不覚に陥ってしまう。

 

(まずい!)

 

そう感じたときには、アームスーツの12.7ミリ機銃が火を噴いていた。盾になったタチコマが火花を散らし、青い装甲に次々と穴が穿たれる。相手のマズルフラッシュを頼りにタチコマが応射をするものの、相手は既に懐まで迫っていた。

 

「ぎゃッ!」

 

強烈な回し蹴りがタチコマに叩き込まれ、派手に吹き飛ばされた彼はサーバーラックを押し倒しながら壁に激突した。バトーがすぐにアームスーツにセブロを撃つも、頑丈な装甲にまるで歯が立たない。すぐに放たれる12.7ミリ弾の雨に、バトーは必死に避けるので精いっぱいだった。

 

壁際まで追い詰められた彼は、全弾を撃ち尽くしたセブロを投げ捨てると再びFNハイパワーを抜き出すが、アームスーツの装甲を前にしては無力だった。相手はそんな彼の様子に少しずつ距離を詰めると、右腕の機銃を向ける。

 

「バトーさん!伏せて!」

 

迫りくるアームスーツを前に、立ちすくんでいたバトーの耳に飛び込むタチコマの声。瞬時に伏せたバトーの頭上を、無数の風切り音が響く。7.62ミリチェーンガンから放たれた無数の銃弾がアームスーツに撃ち込まれ、もろに受けたアームスーツが後ろにのけぞって後ろのサーバーラックごと転倒した。

 

そこを見逃さず、間髪入れずにタチコマが飛び掛かる。関節を押さえつけて体の動きを封じるとともに、右腕の機銃を脚で踏み潰して完全に破壊した。そこへ駆けつけたバトーが暴れるアームスーツの隙をつき、後ろのジャックに電脳錠を差し込むと、ようやく相手の動きが止まる。

 

「はあ…。何とか制圧しましたね」

 

タチコマが疲れ果てたような声でそう言った。整然とサーバーが設置されていた室内はもはや混沌としており、薙ぎ倒されたサーバーラックからは白煙が上がっている。特にグレネードの直撃を受けたアームスーツはいまだに炎上していて、周りの壁に燃え広がっていた。

 

煙が室内に立ち込める中、すぐにバトーはあの職員のもとへ向かう。しかし、そこにあったのは変わり果てた姿だった。胸に銃弾を受けた彼は、眼を見開いたまま既に息を引き取っていて、壁に寄りかかるようにして倒れていたのだった。

 

「畜生ッ…!」

 

それを見たバトーは歯を食いしばり、こみ上げる悔しさを押さえ込む。取り出した応急処置用の白い布を彼の顔に被せたバトーは、数秒ほど黙祷を捧げると部屋の出口へ向かった。その途中で倒れていた西田に、まだ息があるのを確認したバトーは、襟元を掴んで彼を強引に部屋の外に引きずり出した。

 

「殺せ…。はやく」

 

上半身は巻き込まれた炎に焼かれて大やけどを負い、出血も酷かった。バトーはそんな彼を壁を背にして座らせると、落ち着いた口調で問い始める。

 

「お前らの目的は何だ。誰の命令だ?」

 

「…目的は、教えられていない。末端には知る必要がないってヤツだ。だが、薄々わかる。口封じだ。この襲撃に乗じて、秘密を知っている職員たちを消す計画だったんだろう」

 

そう答えると、西田は激しく咳込んだ。押さえた手は血で真っ赤に染まり、徐々に彼の体からは血の気が引いている。残された時間は少ない。バトーはそう感じていた。

 

「秘密とは何だ、何の秘密だ?」

 

「ここで、何年か前に起こった事故。それと、炉自体の欠陥だな…」

 

そう答えると、西田は目を閉じようとする。バトーは懸命に彼を眠らせまいと体を揺すり続け、目を開けさせると、最後まで問い続けた。

 

「上は誰だ、誰の命令だ!」

 

「うちの社長からだよ。それより上は、何も知らない。所詮、俺たちは都合のいい捨て駒さ…」

 

西田は徐々に意識が朦朧としてきたのか目の焦点が定まっていなかった。呼吸も浅く、もはや虫の息だ。

 

「それより、油断しないことだな。動いているのは自分たちだけではない。もう一部隊が、制御室の奪取に動いている」

 

「なに?ここにいるのは、お前らだけではないのか」

 

その言葉に、バトーは驚きを隠せなかった。これほどの重武装の部隊がもう一ついるとなれば、自分たちだけではこれ以上相手はできない。

 

「連中は、雇った傭兵の始末も請け負っている。名は、たしか…」

 

そう言うと、西田は顔を歪めて赤黒い血を吐き出し、激しく咳込む。そのまま床に倒れ込んだ彼に、バトーは懸命に呼び掛けた。

 

「おい!その傭兵の名は!?」

 

「…あかさそり、だ…」

 

気づくと、西田は息を引き取っていた。その目はどこか遠くを見つめ、見開かれている。バトーはしばらく動かない彼を見つめていたが、やがて立ち上がると急いで少佐に電通を入れようとする。しかし、無情にも未だに繋がらなかった。

 

「畜生!なんで繋がらねえんだ!」

 

思わずそう怒鳴るバトー。彼がなぜそこまで慌てているのか。それは、彼の電脳に送られていたメッセージのためだった。

 

『逮捕した職員を保護し、タチコマとともに総合制御室にいる』

 

それは、少佐からのものだった。繋がらない電通に、痺れを切らしたバトーはタチコマを連れ、総合制御室へ駆けていった。彼女の身に危険が迫っているかもしれないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《照会完了しました。思った通りです、課長》

 

首都福岡の都心を走らせながら、課長は電通を通じてアズマからの報告を受けていた。助手席には剣菱重工裏金事件にかかわる大量の捜査資料が積まれている。新浜地検特捜部に連絡を取り、検察庁経由で至急取り寄せてもらったものだ。大半はMMDに保存されたものだったが、紙媒体の資料だけでも大東商事が剣菱の配下のペーパーカンパニーであることは十分に裏付けられた。

 

《事務所に配達された荷物を調べたところ、重さはどれもバラバラでしたが、全ての合計はほぼ100キロちょうどです。紙幣に換算すると、10億円分ですね》

 

予想通りだった。10億円というのは、この裏金事件で完全に行方不明になっている金額と一致する。大東商事から政務官宛てにそのような荷物が送られているということは、消えた金は彼の手に渡っていたと考えて間違いはないだろう。問題はそれの使い道だ。剣菱重工から金が送られた以上、政務官は剣菱の利益になるような何らかの工作を依頼された可能性が高い。

 

《ご苦労。交友関係については洗えたか?》

 

《篠原政務官と、今回の裏金作りで主導的な役割を果たした日下総務部長とは、しばしばゴルフコンペをする仲だったそうです。その線で調べると、他のゴルフ仲間は剣菱の原子力事業部部長の剣崎、新日本電力営業部長の新垣、それに警視庁の吉崎警視正です》

 

そうそうたる面子だった。剣菱のほか、電力会社や現役の警察幹部など、まさに利権と権力に絡む連中ばかりである。それを集めて篠原政務官は何をしようと企んでいるのか。

 

《県警より連絡です。中野室長のアパートを押さえたということですが、部屋には多数の電子機械や銃器、爆薬などが発見されたそうです。脅迫状の送信に使われたパソコンも確認されました》

 

オペレーターからの報告に、荒巻は考え込む。順当に考えれば、中野室長は過激な思想に傾倒したテロリストとなるだろう。しかし、どうも以前受けたトグサからの報告が気になっていた。中野室長というのは消された加賀室長の後に制御室長に就任した人間だが、トグサの取り調べによると明らかに何かを隠している様子があったという。

 

少佐から聞いた話であるため、詳しいことは分からない。しかし、彼のアパートの様子はあまりに典型的で、少し都合が良すぎる点がある。もしかすると、これも何らかの工作ではないか。そんな予感が、荒巻の中で芽生え始めていた。

 

また、政務官の話では現在の職員のうちの数名が県警公安部の観察対象だったそうだ。これも普通に考えれば彼らは皆テロリストと見なされておかしくはない。特に今回のようなテロ事件が起こったら、犯人として真っ先に捜査線上に挙がることになる。

 

荒巻課長の頭の中で、ふと恐ろしい推理が浮かんだ。あまりに現実離れしているが、確かにこの方法ならば、自分たちに都合よく情報を操ることができる。そして、消えた10億円の使い道も説明することができた。

 

深刻な面持ちで考えていると、再び電通が入った。新人のヤノからだ。

 

《ゴルフ仲間の線で通信記録を調べていたところ、新日本電力の新垣部長のログからこんなものが出てきました》

 

間もなく添付されてきたテキストメッセージ。それを見た課長は、思わず固まった。

 

通信の相手は原発の警備を担当しているグループ企業の社長で、内容はこうだった。

 

『箱の中はシュレッダーにかけろ。一枚も残すな』

 

何気なく読んだだけでは、重要書類を処理するように命じているだけの文面だが、ここまで情報が揃ってくると話は違ってくる。シュレッダーとは、つまりは殺せという隠語ではないか。そして箱の中とは、原発の所内を指す。

 

そう考えたのは、先ほどの推理が大きかった。

 

もしかすると、篠原政務官はテロリストたちの襲撃を利用して、何らかの秘密を知る職員たち全員を消そうとしているのかもしれない。それは加賀室長が消された原因とおそらくは同じものであろう。剣菱から裏金を送られたという事は、可能性としては原子炉に関する不正というのが最も高かった。あの原発の原子炉の設計を行っていたのは、ほかでもない剣菱重工なのだ。

 

しかし、関係者ばかりが不慮の死を遂げていたら、さすがに怪しまれることになる。それを避けるためにこのような機会を作り出したのではないか。

 

そう考えると、確かに今までの出来事は辻褄が合う。しかし、それにはいくつか問題があった。中でも決定的なのは、そう考えた場合に亡国の使者は、完全にこの篠原政務官の策略の中で行動し、このためだけに利用されていたことになることだ。このような作戦を立てるためには、少なくとも前もって襲撃を知っている必要がある。だが、果たしてそのようなことがあり得るのか。

 

ふと、赤蠍の存在が浮かんだ。

 

赤蠍は何者かによって雇われ、亡国の使者を支援しているという。これまでの捜査から、連続爆薬盗難事件、亡国の使者側に渡った大量の銃火器や特殊弾薬およびタチコマに仕組まれたセボットなども、赤蠍の仕業だろうと考えられていた。でなければ、一介のテロリストたちがここまでの勢力を持つとは考えられないのだ。

 

これはあくまでも予想だが、赤蠍を雇ったのも篠原政務官ではないか。そして、赤蠍を通じて亡国の使者側を密かに自分の思惑に沿った行動を取るように仕向けていたのではないか。そんな考えが浮かんだ。そうすれば、亡国の使者があれほどの装備を整えている理由は説明できる。消えた剣菱の裏金。それがあれば、もはや資金源に困窮することはないのだ。

 

もう一つの問題は、職員たちだ。トグサからの報告によれば、事件当時そこで勤務していた職員は、翌年には全国各地に転勤していたとあった。だとすると、今回の行為にあまり意味があるとは思えない。

 

課長は改めて、トグサから送られた資料に目を通した。翌年にあたる2年前の人事記録を見る限り、確かに制御室の人員を中心に数十名が異動している。1年前の記録を見てもそれには変わりはない。しかし、今年の記録を見たとき、課長は思わず目を疑った。

 

全国各地に異動していた職員たちが、一斉に新大浜原発に戻されていたのだ。これまでは加賀室長の事件の捜査にだけ集中し、古い記録を中心に当たってきたため、最新のデータは見落としていたらしい。しかしこれで、全ての条件は揃う。この策略を仕組んだ連中は、彼らの存在を消し去るつもりなのだ。

 

しかし、政務官を押さえるためにはいまだに決定的な証拠が見つからない。裏金が宅配便で輸送されたということも、現段階ではそれを裏付ける明らかな証拠はないのだ。隠語が多用された殺害命令を思わせる通信も、単独では証拠能力はないだろう。それにあれは新日本電力の新垣部長が送ったもので、政務官と新垣部長との間で共犯関係が成立していた証拠は何一つない。

 

このままでは、間違いなく中野室長および数名の職員はテロリストと見なされ、事件解決時には逮捕されることとなる。そうして、真相は永遠に闇に葬られてしまうかもしれない。そう考えていたとき、不意に少佐からの通信を思い出した彼は、嫌な胸騒ぎを覚えた。

 

彼女の情報では、テロリストたちは侵入路を爆破し、保安区画内を孤立させようとしていたそうだ。それが実行されたとき、何が起こるか。保安区画内は自衛軍が突入するまでのあいだ完全密室となり、何が起こっても事実を捻じ曲げられてしまう可能性がある。あらかじめ襲撃を知っていれば、保安区画の中に重武装の特殊部隊を潜ませ、テロリストたちの制圧にかこつけて不都合な真実を知る職員たちを消し去ることができるのだ。

 

そうすれば、事後に職員が大量に殺されているという事が分かっても、テロリストたちの仕業にすれば何一つ追求されることはない。監視カメラにしろ、映像を記録しているサーバーを破壊すれば虐殺の証拠は残らないのだ。

 

加えて、中野室長を始めとする数名の職員はテロリストの容疑がかけられている。つまり、殺されてもどのみち正当化されてしまう可能性が高いのである。さらに、政務官は彼らが紛れ込んだ罪を今の大臣や副大臣に擦り付けて辞任に追い込み、自分の出世にも結び付けようとしているのかもしれない。もしくは、彼は現首相と距離を置く一派に属しているので、現体制の崩壊も狙っている可能性がある。

 

仮にそれがすべて為されればどうなるか。加賀室長が明らかにしようとした何らかの事実は、当時の職員の殺害によって完全に闇に葬られ、篠原政務官の政治的掛け引きの道具となる。そうして、悪人だけが甘い蜜を吸うという、最悪な結果となってしまうだろう。そうなれば、この国に正義などもはや存在しない。

 

何としても、それだけは避けなければならない。そんな中、考え続けていた課長に突然メールが届いた。

 

差出人の欄には、ヘリオスと書かれていた。

 




2018/9/28 一部加筆修正
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