攻殻機動隊 -ヘリオスの棺-   作:変わり種

37 / 47
第36話

少佐は心から安堵していた。トグサと思われた死体は同じく拘束されていた発電所長のもので、トグサは机や棚に囲まれた僅かなスペースに身を潜めて無事だったのだ。どうやらテロリストたちは数着の光学迷彩スーツも携行していたらしく、それを見つけたトグサが銃撃戦の中で咄嗟にそれを被り、姿を隠していたという。

 

「少佐、申し訳ありません」

 

見つけた彼は真っ先に彼女に頭を下げた。テロリストに捕らえられ、監禁されていたため、少佐たちに心配を掛けたと感じていたのだろう。責任感の強い彼なら謝らずにはいられないのだろうが、少佐はすぐに頭を上げさせた。

 

「謝ることはない。この状況下で、よく生き残った」

 

そう言うと、彼女は彼の体を支えて立ち上がるのを助けた。捕らえられた際に暴行を受けたのか、体は傷だらけで頬には黒いあざができている。スーツは見るも無残に乱れ、所々が破れていた。

 

室長室から彼を連れ出した少佐は、ひとまず近くにあった椅子に彼を座らせた。そこに中野が近づくと、部屋のどこかから取り出した救急キットを開け、ガーゼや包帯などを取り出す。彼の顔に見覚えがあったのか、トグサは応急処置を始める彼をじっと見つめていた。

 

「結論から言って、お前の睨んだ通りだったわ。知っているとは思うけど、彼は制御室長の中野よ。消された加賀室長が隠そうとしていたのは、やはり原発に絡んだスキャンダル。だけど、室長が消された上に告発しようとした他の職員も殺され、隠蔽されてしまったの。彼はその真実を知る数少ない人間だ」

 

「お前、テロリストに協力していたはずでは?」

 

トグサは怪訝な顔で中野を睨んでいた。中野の声は、制御室に連れ込まれたときに自分の耳ではっきりと捉えていた。そこで、彼はテロリストの協力者だったということを察したのだ。そんなトグサに、少佐は冷静に事情を説明する。肘の傷に包帯を巻きながら、中野は申し訳なさそうにトグサに頭を下げていた。

 

「そう。確かに彼は今回の襲撃で亡国の使者に協力し、制御室を制圧したわ。だけど、それは告発を諦めた彼が最後にとった手段だったというわけ。炉を破壊して、起動不能にする。彼はその目的を果たすためだけに、連中と手を結んだのよ」

 

「なぜ、起動不能にするのが目的なんだ?」

 

「説明すれば長くなるけど、スキャンダルというのはこの原発に潜んでいた根本的な問題よ。つまり、原子炉自体に欠陥があったということ。彼はその危険性を理解していたからこそ、テロリストと手を結んでまで原子炉を止めたかったのよ。永遠に」

 

そこまで説明すると、ようやくトグサも事情を理解したのか、中野に向けていた疑いの目を晴らした。

 

「あなたには嘘をつき、本当に申し訳ないことをした。謝って済むとは思っていないが、この通りだ」

 

中野は処置の手を止めて、床に頭をつけてトグサに土下座をする。戸惑いながらもトグサは何度も頭を上げるように諭すが、彼はしばらく頭を上げることはなかった。

 

「トグサ、この制御室を襲撃した犯人は見たかしら?手掛かりでもいいわ」

 

治療を終え、再び立ち上がったトグサに少佐はおもむろに尋ねた。

 

「すみません。目隠しをされていたので、相手を直接には。無我夢中でしたから…」

 

トグサはそう言うと、頭を下げる。しかし、すぐに何かを思い出したのか、トグサの表情が急に変わった。

 

「そういえば銃撃の時、音が聞こえました」

 

「どんな音だ?」

 

「低い唸りのような音です。それと、機械か何かの空気音だったような…」

 

その言葉に、少佐の目の色が変わった。低い唸りというのは、ガトリング砲を起動させる際のモーター音で間違いない。だが、空気音というのにはどうも引っ掛かっていた。

 

「空気音とは何だ」

 

「確か、シューというような、エアーが抜ける音でした。おそらく、関節の稼働音だと思います」

 

懸命に思い出しながら答えてくれたトグサに、少佐は礼を言った。少なくとも、これでここを襲撃した相手は生身の人間やサイボーグではなく、アームスーツなどの機械化された部隊だったということになる。そうなると、タチコマを連れている自分たちでも警戒が必要なのは言うまでもなかった。

 

少佐は出入り口の方を見やる。あの扉を破らずに敵がこの部屋に入ってきたということは、必然的に犯人は電紋認証を突破しているはずだった。しかし、自分ですら突破が困難な高度な認証をその場で通り抜けることなど、人間にできることではない。そんな中、トグサが再び口を開いた。

 

「少佐。一つ伝えたいことが」

 

「何だ、トグサ」

 

深刻な面持ちで相談してきたトグサ。その様子は、報告すべきかすべきでないか、迷っているようだった。だが、彼女が促すとようやく決心がついたのか、話し始める。

 

「ここには、赤蠍が潜んでいるかもしれないです。自分が捕まったとき、相手は気配を消して自分に近づき、喉元にナイフを突きつけてきました。そして、こう言ったんです。『このナイフには猛毒が塗られている』と。」

 

「それで、赤蠍だと?」

 

「はい、確証はありませんが」

 

トグサは不安げにそう言った。無理もない。赤蠍は自分が殺したはずなのだ。だが、途中で見つけたテロリストたちの死体を見ても、赤蠍が潜んでいるのはもはや間違いのないことだろう。なぜ、電脳死したはずの人間が生きているのか。それは謎だったが、赤蠍がまだ潜んでいるとなると、相当厄介であることに変わりはない。

 

一刻も早く、バトーや他の課員たちと合流しなければならない。少佐はそう考えていた。この保安区画の中にはここにいる連中を皆殺しにした機械化部隊のほかに、赤蠍まで紛れ込んでいる可能性があるからだ。ここで、貴重な証人を危険に晒すわけにはいかない。

 

そのとき課長から電通が入った。どうやら、通信が復旧したらしい。

 

《少佐、保安区画の中には入れたか?》

 

真っ先にそう尋ねてきた課長の声は、珍しく上ずっていた。よほど、緊迫したことなのだろうか。

 

《無事に侵入できたわ。トグサの無事も確認し、今は制御室にいる》

 

《そうか。そこで何か起こっていなかったか?何かに出会ったり》

 

《出会ったと言えば、途中で制御室長の中野の身柄を押さえたわ。あと、職員たちの多くが何者かに殺され、廊下に大量の死体が転がっていた。状況から察すると、テロリストたちの仕業だと思うけれど…》

 

そう答えると、課長は思わず悔しげな声を漏らす。

 

《少佐、どうやらこの襲撃、仕組まれたものかもしれん。剣菱側はこの機会を利用して、秘密を知るものを一掃しようとしているようだ》

 

《どういうこと?》

 

《捜査線上に浮上したエネルギー省の篠原政務官が、裏工作を行っていた情報が出てきたのだ。剣菱の裏金事件は知っているな。どうやら、あの金が彼に流れ込んだらしい。それを使って、剣菱に不正を揉み消すよう工作を依頼されていた可能性が高い》

 

少佐はそれを聞き、中野を見つめる。考えてみれば、保安区画に侵入してからというもの、彼以外に生存者は見つかっていなかった。どれもこれも死体ばかりで、生きている人間はいなかったのだ。

 

《こちらで情報を掴んだ限りでは、連中は侵入路爆破後の密室を利用して、職員たちを始末するようにグループの原発警備会社社長に指示を出していたようだ。だから、何としてでも証人たちを消させるな》

 

《了解したわ。中野については現在も身柄を拘束し保護している。他の人間の捜索は彼を安全な所へ移送し次第、始めるわ》

 

そう答えた少佐。課長は彼女にすべてを託すしかなかった。そんな中、彼女の心強い返事に頷いた彼は、おもむろにあることを尋ねる。

 

《少佐、中野室長だが、拘束といったな》

 

《ええ。彼、どうも今回の件でテロリストたちと協力していたようだわ。まあ、やむを得ない事情もあったようだけど》

 

《…そうか。いささか複雑な事態になりつつあるな》

 

ため息をついた後、課長の言った言葉に、少佐は思わず訊き返す。若干の沈黙ののち、思い悩んだ様子で課長は答え始めた。

 

《連中は彼と他の数名の職員をテロリストとして仕立て上げるつもりのようだ。実際、エネルギー省や剣菱には脅迫状が送られ、彼の自宅にはそれを裏付ける証拠が多数発見されている。ほとんどは捏造だろうがな。しかし、実際に協力していたとなると、話は違う。場合によっては、連中がますます有利になってしまうだろう》

 

それを聞き、少佐もようやく状況を理解した。これを仕組んだ連中は中野室長をはじめとする数名の職員をテロリストとして仕立て上げることで、殺害を正当化しようとしていたのだ。また、室長がテロリストと共犯だったことが分かれば、大スキャンダルと成り得る。その追及により利益を得る人間も、仕組んだ連中の中にはいるのだろう。

 

だが、彼らの予想は皮肉な形で外れた。わざわざ仕立て上げる工作をせずとも、彼はテロリストと共犯して今回の襲撃に加担してしまったのだ。そうなってしまうと、もはや事実は変えようがない。連中の口実に完全な説得力を持たせる結果となってしまうのは明らかだった。

 

《だが、そうであれば、賭けもできるな》

 

課長の言葉に、少佐は思考を戻す。

 

《どういうことかしら?》

 

《逆にこの状況を利用するのだ。実際に共犯したとなれば、その証拠ももちろん発見されるはずだ。それが連中の仕立て上げた証拠と食い違っていれば、一気に捏造を追及できるかもしれん》

 

少佐は強く納得した。確かにそうすれば、この状況を逆手にとれるかもしれない。追い詰められた末に現れた千載一遇のチャンスだった。だが、これに失敗すれば、すべてが無駄になってしまうのは事実だろう。下手をすれば、自分たちの身にも関わる問題になりかねない。

 

《こちらで捜査は可能な限り続けよう。少佐は中野を守り抜き、また他の生存者も可能な限り救出してくれ》

 

《分かったわ》

 

そう答えた少佐。しかし、そのまま電通を切ろうとしたとき、課長から中野にあることを尋ねるよう言われた。戸惑いながらも、少佐はそれを了解すると、電通を切って会話を終了する。

 

彼女は中野に向き直ると、やや思い悩んだ末に静かに口を開こうとした。

 

「おかしい…」

 

ちょうどそのとき、中野が先に声を上げた。彼は生き残ったコンソールを操作しつつ、困惑した様子で話す。

 

「味方が掌握しようとしていたAIのフルコントロールが奪われた。パスワードは解除できたはずなのに、なぜだ…」

 

「AIだと?それはお前たちがヘプトンケイルを使って乗っ取ろうとしていた制御用AIのことか?」

 

「ああ。それを乗っ取れば、本来不可能な操作も実行可能だ。緊急管理鍵が必要だがな。だが、解読できたはずの鍵ともどもコントロールが何者かに奪われている」

 

少佐は嫌な予感を覚えた。制御AIのフルコントロールを手に入れることは、この原発の原子炉を掌握することと同義だからだ。それを奪えば、原子炉を暴走させてこの地域を不毛の土地にすることも不可能ではない。

 

そう考えた矢先、少佐の予感は的中することとなった。

 

突如として鳴り響く鋭い警報音。彼は突き動かされるような勢いで、猛然と警報を発するコンソールに取り付くと、すぐにキーボードを叩いて状況を確認する。

 

「どういうことだ!?ポンプが…」

 

動揺しながらそう叫んだ彼。かろうじて損傷を免れた壁面のモニターの一つが、警告表示で赤く染まっていた。ポップアップ表示されたウィンドウの中には、回転数を表示するポンプのプロパティ画面が開かれる。警報音とともにその値が徐々に減少しつつあった。

 

「A、B系統タービン動主給水ポンプ回転数低下」

 

「警告、“炉心冷却材流量低”信号発信を確認。原子炉保護系作動、原子炉スクラムを実行します」

 

「エラー、当該操作の実行に失敗」

 

AIによる抑揚のない自動音声が聞こえる中、次々と警告音が鳴り響く。手元の液晶モニター内には瞬く間に多数の警告表示が現れ、点滅を繰り返している。中野はそんな中でも、懸命にモニター内から必要な情報を取捨選択して対応を取ろうとする。

 

「畜生!手動でスクラムだ。予備機の電動給水ポンプは自動起動したか?」

 

「エラー、当該操作の実行に失敗。エラー。C系統主給水ポンプ自動起動に失敗」

 

コンソールを操作するも、人工音声がそう返した。主給水ポンプが止まっても、少しの間は内蔵のフライホイールによって急激な流量低下は抑えられる。しかし、それまでに対策を打たなければ、流量低下によって取り返しのつかない結果を招く恐れもあった。事実、モニターに表示されている炉内温度と圧力を示す値は徐々に上昇しつつある。

 

「警告、“原子炉圧力高”信号発信を確認。原子炉スクラムを実行します」

 

「エラー、当該操作の実行に失敗」

 

逃し安全(SR)弁作動。サプレッションチェンバー(S/C)内圧力上昇」

 

焦りのあまり操作盤の隅を叩いた中野。逃し安全弁とは、過大になった主冷却材系の圧力を圧力抑制室へ逃がすためのものだ。これでひとまずは、炉内圧力は危険なレベルに達しない程度に抑制されるだろう。しかし、SR弁が開けば高温高圧の冷却材が圧力抑制室へ逃がされる。炉心を通過する冷却材流量がさらに低下するのは避けられなかった。

 

発令された警報の数は先ほどよりかなり増え、短い警報音が断続的に室内に響き渡る。あまりのやかましさにスピーカーを叩き壊したい衝動すら覚えるほどだった。そんな中、彼は冷静さを取り戻そうと大きく息を吸い込むと、モニターを見ながら数秒ほど考え込む。

 

「遮断器で制御棒駆動装置(CRD)の電源を強制開放だ!そのまま、中性子束変化率をモニターしろ」

 

「エラー、当該デバイスのアクセス権限がありません」

 

「出力領域中性子束変化なし」

 

懸命な対応も虚しく、これまでの操作はことごとく意味を為さない。心臓が激しく脈打ち、冷汗が顔をぐっしょりと濡らしていた。原子炉が過熱し、このままでは大惨事になってしまう。中野は必死の思いで別のコンソールに取り付くと、新たな操作を行おうとする。

 

「タービンはトリップしているな?待機液体制御系(SLCS)からホウ酸水を緊急注入。非常用炉心冷却装置(ECCS)を起動させて高圧補助給水系(HPAFS)から順に…」

 

そう言い掛けた時だった。出入り口の扉が爆音とともに吹き飛んだ。

 

途端に鳴り響く耳をつんざかんばかりの非常ベル。気づいた中野は、すぐさまその場から逃げようと無我夢中で走り出す。しかし、同時に煙の中から黒い影が姿を現した。

 

「伏せろッ!」

 

少佐がそう叫ぶが、間に合わなかった。煙から放たれた銃弾の雨は、壁面に線状の弾痕を描きながら容赦なく逃げ惑う中野を捉えた。コンソールの陰に飛び込む間際に銃撃を受けた彼は、吹き飛ばされて反対側の操作盤に打ち付けられる。懸命に手を伸ばしてコンソールに取り付こうとする彼だったが、口から血を吐き出して力なくその場に倒れた。

 

一方、煙の中からは禍々しい思考戦車が現れる。血を浴びて所々が赤く染まった灰色のボディ。両腕に鈍く輝く銃身からは白煙を上らせ、口吻に当たる部分には6砲身のガトリング砲が据えられている。極めつけの背中の榴弾砲は戦車たる威厳を強く見せつけるかのごとく、その長大な砲身を旋回させて少佐に狙いを付けていた。

 

「警備戦車ッ!」

 

彼女がそう叫ぶのと同時に、主砲の57ミリ砲が火を噴く。とっさに伏せた少佐の頭上を切り裂いた砲弾は、背後の室長室に飛び込むと炸裂し、跡形もなく吹き飛ばした。少佐はすぐに体を起こすと、セブロを連射し始める。

 

あの動作音と武装。間違いない。あれこそがこの制御室を襲撃し、テロリストと職員を皆殺しにした犯人だろう。少佐はそう確信した。ボディを染める大量の血痕は、彼らを殺戮した時に浴びた返り血だ。

 

放たれた銃弾は正確に相手に叩き込まれるが、火花とともに跳弾して効果はない。相手は軽多脚戦車とはいえ元は軍用で、12.7ミリ弾にも耐えられる装甲を前には無意味だったのだ。

 

「タチコマ!」

 

こちらに体を向けた戦車がガトリング砲の砲身を向けたとき、物陰に隠れていたタチコマが相手の戦車に飛び掛かる。頭上に飛びついたタチコマは振り落とされそうになりながらも、懸命に正面のアイボールにチェーンガンを向ける。至近距離からの銃撃に、眩いばかりの火花が飛び散るものの、弱点とはいえ7.62ミリではアイボールの装甲すら撃ち抜くには至らない。

 

なおもタチコマと戦車が格闘する中、トグサは隙を見て中野のもとへ駆け寄ると、両脇から手を回して物陰に引き摺りこんだ。幸いにもまだ息はある。しかし急所は外れてはいたものの、背中から肩にかけて3発の命中弾を受け、既にワイシャツが赤黒く染まっていた。顔は蒼白し、呼吸は浅く荒い。

 

「おい、しっかりしろ!おいッ!」

 

トグサは朦朧とする彼にそう呼び掛け、自分のワイシャツの袖を強引に破ると彼の傷口に巻き付ける。そして、最後にネクタイをきつく結んだところ、彼は激痛のあまり顔をしかめて呻き声を上げた。それでも構わずにトグサは応急処置を済ますと、応戦する少佐の後ろまで彼の体を引きずっていく。

 

ちょうどその時、格闘していたタチコマが大きく体を揺さぶった戦車に振り落とされた。勢い余ったタチコマは床を横転して壁に叩きつけられたが、そこに戦車は間髪入れずに両腕のチェーンガンを向けると、起き上がろうとする彼に次々と銃弾を撃ち込んだ。

 

「ひえええッ!」

 

タチコマの丸みを帯びたボディが弾幕に飲まれる。しかし、相手の使用弾薬も7.62ミリだったのが幸いし、かろうじてタチコマの装甲でも持ちこたえることができた。それを見た戦車はすぐに口吻の12.7ミリガトリング砲の照準を合わせると、猛烈な勢いで砲身を回転させる。

 

間もなく放たれた銃弾の嵐に、タチコマはたまらずにコンソールの陰に逃げ込んだ。圧倒的な破壊力で鉄板が砕け散り、内部の電子部品が晒されていく。一瞬にしてスクラップと化したコンソールを前に、戦車は少しずつ近づくと再びガトリング砲の砲口を向ける。

 

しかしその時、背後から肉薄した何かが戦車の上部のハッチに取り付いた。少佐である。

 

振り落とそうと機体を激しく揺らす戦車に懸命に掴まり、少佐はハッチの取っ手を力強く引く。金属が軋んで取っ手が歪むが、同時にハッチも徐々に持ち上がりつつあった。それを見た少佐は、渾身の力を込めて一気にハッチをこじ開けにかかる。

 

鋭い破断音が轟いて、ヒンジごと引き千切れたハッチは宙を舞った。だが、同時に戦車はあろうことか自ら壁に突っ込むと、強引に少佐を空中に投げ出す。そして、床を転げた彼女に起き上がる隙も与えず、戦車はその頭をマニュピレーターで掴むと、凄まじい勢いで壁に叩きつけた。

 

さすがの少佐も意識が飛びかける。壁が衝撃で大きくへこみ、砕けた破片が床に散らばる。なおも頭を掴む戦車に、少佐は両手でマニュピレーターを掴んで引き離そうとするが、圧倒的な力に手も足もでない。そんな中、戦車はそのまま彼女の頭を握り潰そうと考えたのか、一気に力を強めて圧し潰しに掛かった。

 

チタンの脳殻が甲高い悲鳴を上げ、軋んでいく音が直接聞こえる。必死に少佐は引き離そうともがき続けるが、徐々に強まる力に少佐の脳殻にも限界が近づいていた。

 

「少佐ぁッ!」

 

そこに飛び込んだタチコマが戦車に痛烈なタックルと食らわせると、すんでの所で戦車を彼女から引き離した。頭を叩きつけられた影響ですぐには少佐は動くことができず、その場に倒れる。あと少しのところで獲物を逃した戦車は、その怒りをタチコマにぶつけるかの如くモーターを唸らせると、凄烈な勢いで彼に突っ込んだ。

 

とっさに両腕のマニュピレーターで相手を押さえ付けるが、一回りも違う相手に馬力では敵うはずもなく、すぐに押し戻されて壁まで追い詰められる。チェーンガンで抵抗するも、何発か撃ったところで逆に相手に右腕を掴まれ、捻じ伏せられた。そのまま押されてポッドが壁に衝突するが、相手は力を緩めずにそのまま圧し潰そうとしてくる。

 

「この~ッ!」

 

絶体絶命の状況の中で、タチコマのアイボールがあるものを捉えた。少佐がこじ開けた上部ハッチである。その中には、保守用の有線通信ジャックが確認できていた。それを見たタチコマはある突破口を思いつく。

 

しかし、この状況では手の出しようがなかった。相手の懐まで肉薄できなければ意味はないのだ。そうしている間にも、タチコマは徐々に壁と戦車の隙間で圧し潰されていく。まるで万力のような状況だった。ボディが軋んで悲鳴を上げ、歪んでいく。抜け出そうにも、両腕を押さえ込まれて身動きが取れない。

 

「うぅ~ッ!こいつッ!」

 

早くもポッドが潰れ、大きな破壊音が響いた。大きく変形したポッドからは火花が散り、白い液体ワイヤーが漏れ出す。射出口は完全に破壊され、ワイヤーを使うことはできなくなった。

 

全力で抵抗するものの、このままでは持ちそうもない。そんな中、タチコマの思考に最後の選択肢が思い浮かんだ。グレネード砲を使うのである。しかし同時に、この状況下でそれはタチコマの死を意味していた。この至近距離でグレネードを撃ち込めば、確かに相手を破壊できる可能性は高い。しかし、自分も爆発に巻き込まれて破壊されるのは必至だった。

 

自己犠牲になることには、それほどまでの抵抗はない。だが、それはあくまでも最終手段だった。今ここで自分がいなくなれば、少佐の服としての役割を果たすものは存在しなくなってしまう。そうなったとき、誰が少佐を守るのか。

 

ポッドが潰れる中、強力な圧力を前に胴体も歪んでいく。もう限界かもしれない。そう感じたとき、戦車の体が大きく揺れた。

 

最初、タチコマには何が起こったのか分からなかった。だが、再び戦車が大きく揺れたとき、タチコマはようやくそれを理解する。

 

トグサである。テロリストが持ち込んでいた対物ライフルを、コンソール盤に据え付けて怯むことなく戦車に撃ち込んでいたのだ。装甲を撃ち抜けはしなかったが、戦車の注意は完全にトグサに向けられた。

 

そこにできた一瞬の隙を見落とさず、タチコマは最後の力で一気に跳躍すると、掴まれたマニュピレーターを振りほどいて戦車の真上に着地した。すぐに機体を前後に揺らして振り落とそうとする中で、タチコマは迷うことなく戦車のハッチに備えられたQRSジャックに自分の左腕から伸ばしたプラグを差し込んだ。

 

その瞬間、戦車の動きが止まった。AIが火花を散らし、頭脳を破壊された戦車は力なくその場に崩れ、動かなくなる。焦げ臭いにおいが漂う中、煙を上げる戦車からはニューロチップ用のオイルが漏れ出ていた。

 

「トグサ君、ありがとう!」

 

静止した戦車から飛び降りると、真っ先にタチコマが感謝を告げる。しかし、緊張しきっていたトグサは溜め息で返した。よろめきながらも立ち上がった少佐が、すぐに駆け寄ってくる。

 

「タチコマ、よくやった。トグサもだ」

 

「えっへん」

 

トグサが照れながら頷くのに対し、タチコマはすっかり得意げになっている。少佐はそのあと、すぐに中野のもとに向かった。

 

迅速な処置のおかげで出血は最小限に抑えられ、容体も少し落ち着いてきたようだ。浅い息を喘ぐようにしていた先ほどまでと比べると、呼吸も安定してきている。だが、予断は許さない状況だった。できる限り早く、彼を高度な医療処置が受けられる病院に搬送しなければならないだろう。しかし、周りの状況からとてもそれがかなうとは思えなかった。

 

とりあえず、できる限りの処置は済んでいる。少佐は彼の体を床に寝せ、頭の所に毛布を丸めたものを敷いた。そして、静かに尋ねる。

 

「ヘリオスとは、貴方のことではないのね?」

 

中野は虚ろな瞳を少佐に向けると答え始める。やはり彼も、ヘリオスの存在は知っていたのだ。

 

「…違う。俺ではない」

 

「じゃあ、何者かしら?加賀室長の記憶を剣菱のサーバーに保存し、テロリストとは別の犯行予告を行ったのは」

 

「詳しくは知らない。自分をヘリオスと名乗るほどだ。神の考えることなんて、俺たちの理解の範囲を超える…。ただ、ひとついえるのが、奴と初めて会ったとき、前にも会ったことがあるような、そんな感じがした」

 

それを聞いた少佐は、すぐに訊き返した。

 

「どういうことかしら。会ったことがある言ったけど、それなら相手の正体も分かるんじゃなくて?」

 

「会ったといっても、電脳空間上で繋がっただけだ。ある日、突然向こうから接触してきたんだ。顔も声もわからんよ」

 

そう答えた中野。こう尋ねたのは、先ほどの電通で課長から尋ねるように言われたからだ。現状での証拠が、彼がヘリオスであると示しているという。だが、課長はそうは思っていないことを口にしていた。

 

そして、彼の予想通り中野はヘリオスではなかった。ただ、彼ですらヘリオスの正体が何なのか分かっていないということは、こちらにすると痛手であった。これで、謎は再び振り出しに戻ってしまったのだ。

 

「…それより、止めてくれ」

 

中野の声に、少佐は思考から引き戻される。そう言った彼の目線の先には、炉内の情報を表示しているモニターがあった。無数の警告表示がしきりに点滅し、素人が見て何か深刻な事態が起こっていることは容易に分かる。

 

「原子炉が止まらない。コマンドが別の場所から出ているらしい。おそらく、岸田の連れの仕業だ」

 

「岸田の連れ…。それって、赤蠍のことかしら?」

 

少佐の問いに、中野は静かに頷く。そして、ゆっくりと息を吸い込んでから話を続ける。

 

「奴は、炉を暴走させるつもりだろう。そうなったら、もうこの土地はおしまいだ」

 

「それを避けるにはどうすればいい?」

 

「ここからでは、何をやっても無駄だ。止めるには、原子炉区画にある制御棒駆動装置の電源盤を壊すしかない」

 

それを聞き、少佐はすぐに発電所内のマップを呼び出した。案の定、その区画は発電所内でも最下層に存在しており、この総合制御室からはさらに50メートルほど地下にある。区画は周囲を厚さ2メートルの生体遮蔽用鉄筋コンクリートで完全に覆われ、他の区画とは完全に隔離されていた。

 

「電源盤を壊したら、確実に炉は止まるのかしら?」

 

「もちろんだ。電力の供給がとまれば全ての制御棒は自重で落下し、炉に挿入される」

 

中野は自信をもってそう答えた。この原発に最も精通している彼の言葉なら、信じるほかないだろう。少佐はここから原子炉区画への道順を検索する。エレベーターを2本乗り継ぎ、長い通路を進んだ奥にようやく出入り口があった。しかし、構造は複雑で目的の配電盤までは急いでも10分は掛かる。

 

「少佐!無事か?」

 

そこへ突然、バトーの声が響いた。出入り口を見ると、バトーが猛然と室内に駆け込んできた。倒れていた多脚戦車の残骸にぎょっとした彼は、すぐにセブロを構えて警戒する。そのあと少し遅れて、タチコマのほかイシカワやサイトー達が出入り口から姿を現した。そんな彼らの姿を見て、少佐は無事に合流できたことに安堵しつつも、すぐに呼び寄せる。

 

「原子炉が暴走を始めた。おそらく、赤蠍が関わっているわ」

 

「何だと、奴はやはり生きていたのか」

 

「そうね。トグサを捕らえたのも赤蠍の仕業よ。何とか彼は無事に救出できたけど」

 

少佐がそう話すのと同時に、コンソール盤の陰から姿を現したトグサに、バトーは思わず表情を綻ばせた。彼が無事であることに、心から安心したようだ。少佐はなおも話を続ける。

 

「止めるためには原子炉区画にある制御棒の電源盤を破壊するしか方法はない。場所は今から送る通りだ。各自、タチコマとともに区画に突入、直ちに目標を破壊しろ」

 

「少佐は?」

 

「ここで奴のコマンドをカットする。少しでも時間を稼ぐわ」

 

バトーはやや不安げだった。彼女一人をここに残すとなると、万が一の時に守れる人間は存在しない。敵がまだ潜んでいるかもしれない今の状況で、それはあまりに危険だった。

 

「俺が残る。少佐は直接指揮を取れ」

 

「バトー、相手は電脳戦の手練れだ。それに、おそらく奴は原子炉区画に潜んでいる。突入の指揮はお前が適任だ」

 

「しかし…」

 

少佐の言葉は確かに的を射ていた。相手は赤蠍となると、生半可なスキルでは通用しないことは目に見えている。反論できないままバトーは言葉を詰まらせると、しぶしぶ命令を了解した。間もなく装備を整えると、バトーは他のメンバーたちとともに部屋を後にする。

 

「頼んだわよ…、バトー」

 

それを見送った少佐は、すぐにコンソールに取り付くと、自分の電脳から引き伸ばしたQRSプラグを迷うことなく差し込んだ。

 




2018/9/29 一部加筆修正
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。