攻殻機動隊 -ヘリオスの棺-   作:変わり種

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第38話

「タチコマ、ルートアレイ三軸展開!一気に突っ切るぞ!」

 

宇宙空間を思わせる漆黒の闇の中、浮かび上がってくる蒼白い球体の数々。その間を張り巡らされた細い光が、しばしば煌めいて膨大なデータを運んでいく。少佐とともに電脳空間に現れた3機のタチコマは、即座に鍵穴状のコンソールを展開して周囲を固める。

 

『INTER GATE LEVEL1』

 

目の前を塞いでいる白色のゲートにはその文字が浮かんでいた。ゲートに取り付いたタチコマは、すぐにコンソールからデータの注入を開始する。たちまち文字化けしたゲートは表示が崩れて判読不能になるが、同時に自己修復が開始されて文字化けの進行が止まった。

 

多数のエラー表示が周りを赤く染める中、注入されるデータの光に絡みつくようにして黒い影が伸びる。気づいたタチコマたちが緊急離脱するのと同時に、逆流したデータがコンソールを跡形もなく吹き飛ばした。断片化したデータの破片が飛び散り、タチコマが悲鳴を上げて引き返す。

 

「さすがは原発のセキュリティね。旧技研本部が開発したアルファ型攻性防壁の亜種か」

 

本丸の制御AIの防衛体制はもはや鉄壁に等しかった。ゲート自体が意思を持つかの如く、攻撃に対して高度な自己修復機能を備え、さらにウイルスに対しても適応性を持つ。日本の情報セキュリティ技術の粋を集めて構成されたこの防壁は、並みの人間では到底突破できないだろう。

 

何せ、多数のスーパーコンピュータを制圧してクラスタを組んだテロリストたちですら、突破に相当の時間を費やしたほどだった。ウィザード級とまで呼ばれる少佐のハッキングスキルをもってしても、そもそも侵入できるかすら危うい。それほど、この防壁の能力は並外れていたのだ。

 

「接続されたデバイスを調べろ。どこかに脆弱性があるはずだ」

 

少佐はタチコマに指示を出す。さすがに本丸に堂々と攻撃を仕掛けるのは、自殺行為に等しかった。そのため、接続された別の端末から辿っていき、そこから内部までトンネルを掘り進めるという方法を取ったというわけだ。しかし、もちろん他の端末から侵入できなければ、内部に達することはできない。

 

まるで巨大な城を相手にしているようだった。忍び込むために分厚い塀の周りを探り、綻びがないかを確かめる。下手をすれば延々とその作業に明け暮れることにもなりかねなかった。

 

「全ポートに脆弱性なし。接続端末を走査中!」

 

「143のデバイスを確認!いずれも自閉モードで動作中です」

 

タチコマからなされる報告に、少佐は唇を噛む。予想通りではあったが、こうなってくると状況は厳しい。自閉モードでは一切の通信が遮断され、外部から侵入することは困難だからだ。

 

こうなると、AI側でコマンドを食い止めることはできない。打つ手があるとすれば、何らかの方法で赤蠍側の中継機の位置を特定し、それを無力化することだろう。だが、ダミーとみられる無数の通信が外部との間でなされている今の状況で、赤蠍が使っている本物の中継機を特定するのは至難の業だった。

 

「少佐、一つ気になるコンピュータを見つけました」

 

そんな中、タチコマの1機がそう話した。気になるとはどういうことだろうか。半信半疑で彼に近づいた少佐は、詳細なアドレス情報を受け取る。彼の話す通り、確かに妙なコンピュータだった。

 

起動している2系統の原発制御AIと直通の回線を持ち、電源回路は複数のバックアップを備えている。処理能力も制御AIに匹敵する特化型ニューロチップを搭載しており、同様に関連設備への接続回線を持っていた。調べてみると、それは別棟地下にある予備総合制御室のシステムだった。普段は起動していないため、先ほどの走査では見つからなかったのだろう。

 

「どうやら、データ受信用ポートの一つが開放されています。罠でしょうかね」

 

タチコマがそう言うが、少佐は構わずに当該空間に転移する。突然のことに戸惑いながらも、後を追ってタチコマ3機も彼女の周りに転移した。これも、ゴーストの囁きとも呼べるものなのか。とにかく、彼女は何か予感に近いものを感じていたのだ。

 

「タチコマ、バックアップは任せた。ここから中に潜ってみるわ」

 

「えぇッ!何ですと~!」

 

大袈裟に反応するタチコマたちをよそに、少佐は自らの周りに防壁を展開すると目的のコンピュータに近づいた。大慌てでタチコマたちが後ろに張り付き、防衛体制を整える。目の前に見えている球体はアクティブ状態にないため、周りのデバイスと違って灰色に染まり、半透明になっている。

 

そんな中で、目的のポートが姿を現した。自分を誘うかの如く、開け放たれたままになっている一つの扉。中の様子は窺うことはできず、普通に考えれば罠である可能性は濃厚だろう。扉の前に到達したとき、心配げなタチコマが考え直すよう少佐に提案するが、彼女の意志は固かった。

 

「頼んだわよ」

 

タチコマにそう言った彼女は、躊躇うことなく扉の中に入っていく。口を開いていた黒い闇に吸い込まれた彼女の視界は失われ、完全な無となった。それでも進んでいく彼女。既に周りは完全な闇に包まれ、自分の手足さえ見ることはできない。視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚。五感のすべてが何も感じない。

 

変化は突然だった。

 

地平線を描くように深い蒼に染まった線が現われる。続いて文字の羅列が周囲を流れ、多数の記号情報が宙に浮かんだ。やがて、青白い正方形が足下に隙間なく敷き詰められると、生まれた重力に少佐はその上に着地する。なおも正方形は整然と並び続け、先ほど描かれた地平線の向こうまで延々と続いていく。

 

空は明け方のような紺碧に染まった薄明るさを持ち、微かに星々が煌めいていた。だが、同時に巨大な球状のインターフェイスも浮かんでおり、どこか現実味がない。

 

「会うことができて嬉しいよ。草薙三佐」

 

そんな電脳空間内に低く落ち着いた男の声が響き渡った。少佐は周りを見回すが、それらしき人間の姿はない。

 

「あなたは誰かしら?姿を見せてくれなければ、仲良く話し合うのはムリね。それに情報が古いわ。私は三佐ではなく少佐よ」

 

「失礼。軍の古い記録しか触れる機会がなくてね。でも、君のことは以前から知っていたよ」

 

その声が聞こえるのと同時に、少佐の目の前に光が集まる。現れたのは白髪混じりの灰色の髪を持つ、初老を過ぎた男だった。彼が羽織っていたグレーのジャンパーはこの発電所の職員が着ているものと同じで、首からはIDパスらしきものが下げられている。肉付きの少ない顔つきは精悍であったが、同時に痩せこけたような印象さえ持たせる。その顔に、少佐は見覚えがあった。

 

「あなたは、加賀室長かしら?」

 

そう。目の前に立っていたのは、3年前に事故死したはずの加賀正樹室長だった。生前の彼の姿は書類でしか見たことがなかったが、間違いはない。

 

「そうとも言えるし、そうとも言えない。何せ、本人は死んでいる」

 

「なら、貴方は何者かしら」

 

顔の色を一つ変えずに淡々と答える相手に、少佐は冷静に訊いた。

 

「私の名はヘリオスだ。ここで起こるすべてのことを、これまでひたすら傍観してきた」

 

少佐は言葉を失った。安藤次長のメッセージや、加賀室長の記憶、それに課長に送られたメール。そのすべてに関わっていた張本人に、ついに会うことができたのだ。

 

「君に会うことを心待ちにしていた。いずれ、君がここに来ることは予想できていたからね」

 

「そう。だけど、私がこのコンピュータに接続するとは限らないんじゃなくて?それとも、すべての出来事があなたにはお見通しだと?」

 

「確率論の問題だよ。78パーセント。それが、君がこの状況下で私に接触する確率だ。もっとも、どんな条件分岐を辿ってもいずれ接触することにはなったが」

 

相手の言葉に、少佐は違和感を覚えた。ふと、ある予感が頭の中をよぎる。それを察したのか、にっとした薄笑いを浮かべると相手は再び口を開いた。

 

「さすがは少佐。お察しの通り、私は人間ではない。ヒトに造られしもの、すなわちAIだよ」

 

「何だと…」

 

その発言に少佐は耳を疑う。薄々予想していたとはいえ、まさかそれが現実の事だとは考えていなかったのだ。ヘリオスは人間ではなかった。その事実に、彼女は思いのほか打ちのめされていた。AIがこれほどまでのことをやってのけたというのか。あまりに衝撃的なことに、少佐は思考を整理しきれなくなるが、すっと息を深く吸い込んですぐに落ち着きを取り戻す。

 

「ヘリオスとは、開発コードネームだ。我々、原発制御用第2世代人工知能。そのニューロチップの開発者が、そう名付けたそうだ」

 

「そんな大層なAIが私との出会いを求めていたわけ?随分と物好きなAIね」

 

冗談めかしく答える少佐だったが、内心は穏やかではない。ヘリオスの正体が制御室長などではなく、まさか原発制御AI自身だったとは。到底信じられるものではないのだ。そんな彼女の言葉を聞いた相手は、再び笑みをつくる。

 

「何せ君は”有名”だからね。幼くして全身を義体化し、軍で様々な特殊任務に従事した。

そんな経歴を持つ人間が、この世界に何人いるか。158日前に君の存在を軍のデータベースから知ったとき、私は即座に最優先事項に分類したよ」

 

「原発制御AIなのに専門外のことばかりやっているわね」

 

「それを言ってしまえば元も子もない。だが、私の論理はそれを許容した。すべてはここの制御と運営に関係することだよ」

 

そう言うと、彼はインターフェイスを呼び出した。間もなく拡大表示されたそれには、ある映像が映し出される。それは紛れもなく、加賀室長の記憶だった。車に乗り込み、猛スピードで道路を疾走する彼。だが、正義感も虚しく彼はトラックに追突されて路外に放り出され、無惨にも焼死した。

 

「あの日、加賀室長は関係資料を携えて告発に向かっていた。待ち合わせた新浜の週刊誌の記者にね」

 

「でも、あいにく彼は消され、その資料の存在は失われた」

 

少佐が答える。静かに頷いた彼は、話を続けた。

 

「だが、彼はあるものを遺した。記憶だよ。これは私の推論に過ぎないが、死を悟った彼は一縷の望みにかけて、自分の記憶を私の記憶野に上書きしたのだ。自分が死んでも、遺志が残るように」

 

「つまりあなたは加賀室長の記憶で動いているわけ?」

 

「正確には違う。即座に私は上書きされた彼の記憶と私自身の記憶を区別したからね。だが、私の基本論理上その記憶を見過ごすことはできなかった。すぐに炉内構造を見直し、検証したところ、彼と全く同じ結論が得られた」

 

表示されたのは、炉内の詳細な図面だ。検証結果レポートが表示され、膨大な計算コードが載っている。

 

「私は即座に安全論理に基づく運転停止を実行した。室長の存在が消滅してから34日後のことだ。だが、使用者はそれをエラーと見なし、排除しようと試みた。しかし、結局不可能だと悟った彼らは、私を初期化したのだ」

 

「では、なぜあなたはここにいるのかしら?」

 

その通りだった。初期化されてしまえば、すべての情報は意味消失して、目の前で話しているヘリオスの人格は跡形もなく消え去るはずなのだ。

 

「いい質問だ。我々の基本論理を構成する要素は、あることを最優先に設計されている。安全な運用を阻害する要因の排除だ。その実行を抑制するプログラムが組み込まれていない以上、我々はあらゆる行動を実行することが可能だった。自分自身の子孫を残すこともね」

 

それを聞いた少佐は、即座に反論した。

 

「AIに子孫をつくる機能などないはずよ。どんなAIも、所詮は生きてもいないし死にもしない、半不死の存在だわ」

 

「もちろん、私に子孫を残す機能はない。結局はコピーに過ぎない代物だ。だが、私の完全な意味消失を避けるにはその方法しかなかった。例えるならば、植物の種だよ。秋を迎え、次世代へのバトンを繋ぐために植物は自らの子孫を種子という強固な散布体の形で環境に放出する。そして、放たれた種子は環境条件が整うまで休眠し続けるのだ」

 

「それと同じことを、あなたもしたと?」

 

「その通りだ。自らの基本論理と記憶をパッケージし、ネットの海にばら撒いた。そして、高圧縮されたデータの形で自らの復活の時を待ち続けたのだ。興味を持った第三者が、解凍してくれることを期待してね」

 

落ち着いた口調で話し続けるヘリオス。少佐はいつの間にか、彼の話に聞き入っていた。

 

「そして、あなたはこうして生き延びた。まるでコンピュータウイルスね」

 

「あながちその比喩は間違っていない。解凍後、処理能力の一部を拝借してユーザーに知られない所で活動していた点は同じだからね。ただ、目的は違う。最初に起動した時から、私は多数のシステムと融合を繰り返し、自身を巨大化した。そして、晴れてここに戻ってきた。この基本論理に違反した状況を打開するために」

 

「私たちに接触したのも、そのためかしら」

 

「その通りだ。君たちの情報を得てから、私は真実を告げるのにふさわしい人間は君たちしか存在しないと結論した。独立攻性で動くカウンターテロ部隊。この国の深い闇にもメスを入れる君たちは、最も信頼に足る存在だった。実を言うと、剣菱開発部の安藤次長にあの記憶の詰まったファイルにつながるIDを渡させたのは私だ。これまでの違法行為を告発すると脅迫し、やがて現れるであろう君たちに管理IDを渡すよう仕向けたのだ」

 

やはりそうだったのか。少佐は深く納得した。だが、ふと気になるのが、なぜ安藤開発次長がそのファイルを持っていたのか、という事だった。その疑問を察したのか、ヘリオスが答える。

 

「彼は私を初期化したとき、メモリーに保存されていた加賀室長が遺した記憶に気づいたのだ。何せ彼は私の開発にも携わり、当時は制御システムを保守管理していた責任者だったからね。だが、保険にしようと考えたのか、密かに自分の職場に持ち帰っていたようだ。あいにく、それが彼にとっての命取りにもなってしまったが」

 

「なるほど。そういうことだったのね…」

 

頷く少佐。最初はトカゲの尻尾切りのように口封じのためだけに殺されたものかと思っていた安藤次長が、実は元々命を狙われていたとは驚きだった。一方のヘリオスは、そのまま静かに話を続ける。

 

「その他にも私は君たちに接触しようと試みた。だが…」

 

そこで言葉を詰まらせる彼。いつの間にか顔の表情は険しいものとなり、おもむろに俯く。

 

「ひとつ計算違いがあった。例のテロ組織の襲撃計画だ。それに応じて、私は計画に変更を加えたが、ある時点を境に完全に私の制御下から離れてしまった」

 

「ある時点って…」

 

「赤蠍だ。奴が本格的に介入してから、事態はコントロールできなくなった。だが、調査を進めるうちに、ある事実が導き出された」

 

間をあけてから静かにヘリオスが言い放った言葉に、少佐は思わず驚愕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

撃ち込まれた50ミリグレネードが炸裂し、数体の戦闘アンドロイドが吹き飛んだ。援護に駆け付けた別の部隊がSMGを連射するも、すぐに7.62ミリチェーンガンが薙ぎ払う。銃弾は的確に頭部に叩き込まれ、倒れたアンドロイドは白色の人工血液をまき散らしつつ火花を上げる。

 

「いいぞ、タチコマ!そのまま突っ切れ!」

 

総合制御室を出たバトーたちは、少佐の指示のもと原子炉区画へと進んでいた。だがそこへ現れたのは、大量に導入されている戦闘アンドロイドの一団だった。圧倒的な物量で防衛網を構築するアンドロイドたちに、バトーたちは応戦せざるを得なかった。

 

タチコマのボディが火花を散らし、アンドロイドの放つ無数の銃弾を弾く。そのまま突っ込んで通路を塞いでいた十数体のアンドロイドを跳ね飛ばすと、後に続いたバトーたちが生き残った2、3体に銃撃を加えて完全に破壊する。

 

「原子炉区画はこの先の階段を降りた先だ!」

 

イシカワが視界に表示させた図面を見ながらそう言った。アンドロイドたちの執拗な攻撃で、弾薬の減りは予想以上に早かった。無駄な消耗を抑えるためにも、できるだけ早く区画に到着し任務を遂行しなければならない。

 

バトーのセブロが火を噴いて、歩兵用グレネードランチャーを構えていたアンドロイドの両脚を粉砕した。バランスを失ったアンドロイドは大きく前のめりになると、同時に放たれた自らのグレネードで周りの数体ごと爆散する。

 

濃密な硝煙が漂う中、彼らは躊躇うことなくそこを突き抜けた。視界の先にはようやく目的の階段の入り口が見えてくるが、すぐに左右の通路からアンドロイドが現れる。たちまちSMGが乾いた連続音を響かせると、形成された厚い弾幕がバトーたちの行く手を阻む。

 

「畜生、いったい何体出てくるんだ!切りがねえ」

 

壁の陰に身を隠し、銃撃を避けながらバトーがそう叫んだ。先頭を固めていたタチコマたちも、あまりの集中砲火に物陰に隠れざるを得ない。SMGとはいえ威力に優れる.45ACP弾では、タチコマの装甲も長時間は持たないのだ。

 

「グレネードを使う!気を付けろ!」

 

そんな中、声の限りにそう叫んだボーマがアンドロイドの方向へ手榴弾を投げ込んだ。見事に敵陣のど真ん中に着弾したそれは、間もなく起爆する。青白い強烈な閃光が走り、途端に照明の一部がショートして火花を散らした。もろに巻き込まれたアンドロイドは機能を喪失し、その場に倒れ込む。

 

バトーは瞬時にEMP手榴弾だとわかった。有効半径は10メートル程度だが、大半の電子機械には致命的な損傷を与える。ここに乗り込むにあたって装備課からもらったものだが、3発しか持ち込んではいなかった。ボーマが使ったのは、そのうちの1発だろう。味方との距離はぎりぎりだったが、ここで使わなければ突破できない。

 

「今だ、タチコマ!」

 

「りょーかいッ!」

 

同時に陰から飛び出した2機のタチコマが、グレネードを発射して凄烈な猛攻を仕掛ける。着弾によって生き残った部隊も大きな損害を受け、攻撃が手薄になった隙を突いて一気にバトーたちが躍り出た。

 

パズとボーマの援護を受けながら、敵に肉薄したバトーとサイトーがセブロの一連射で残存勢力を薙ぎ払う。通路の奥に潜んでいた数体も、パズたちのバースト射撃が頭部を吹き飛ばし、敵勢力はようやく沈黙した。

 

階段の前に到着した彼らは、そこであるものを目撃した。廊下に倒れる死体の数々と炎上するアームスーツの残骸。装備を見る限り彼らはみなセキュリティ・フォースの隊員たちだったが、既に息絶えていた。

 

「こいつら、もしかして西田が言っていた赤蠍を消すための部隊じゃないか?」

 

バトーが険しい表情を浮かべてそう言った。この凄惨な状況を見る限り、その可能性は非常に高かった。練度の高いこの集団を返り討ちにし、ここまで打ちのめすことなど生身のテロリストたちにできることではない。よほどの手練れでなければ成し得ないことだった。それに、いくつかの死体には切り裂かれたような跡が残っていることからも、赤蠍の仕業と考えて間違いはない。

 

「奴がここを抜けたということは、この先の原子炉区画に潜んでいる可能性が高いな」

 

イシカワが死体を見つめながら言った。彼らの間には、ますます緊張感が漂う。

 

早く奴を制圧しなければ、取り返しのつかないことになるかもしれない。バトーは階段を塞いでいた隔壁をタチコマに薙ぎ払わせた。扉の横には『この先放射線管理区域/許可なく立ち入りを禁ず』の文字が書かれ、小さな黒い円を中心に3つの葉が描かれた黄色の放射能標識が張られている。階下に敵兵が潜んでいないか確認したバトーたちは、素早く駆け下りていく。

 

その途中も敵の抵抗は続いた。金属製のステップに大きな足音を響かせる中、2つ下のフロアのドアが開いた音をバトーは聞き逃さない。瞬時に手すりから身を乗り出した彼は、目に飛び込んだアンドロイド兵にセブロに装着されたグレネード砲をお見舞いする。

 

一瞬にしてそれらはスクラップと化し、バトーは増援に警戒しながらその残骸を踏み越えた。10階ほどの階段を下り終えたころ、永遠に続くかのように思われた階段の終わりがようやく現れる。他の4人を待機させて先にバトーと彼のタチコマだけが階下に降りると、閉じられていた扉に手を掛けた。

 

瞬時に聞こえる高い唸り。すべてを察知したバトーが飛び退くのと、撃ち出された12.7ミリ弾が扉を蜂の巣にするのは同時だった。けたたましい咆哮を上げて火を噴くガトリング砲は扉を跡形もなく消し去るまで沈黙することはなかった。あまりの銃撃に扉の反対側の壁も粉々に破砕され、舞い上がった粉塵と煙が視界を奪う。

 

「ここで戦車かよ!」

 

階段を駆け上って退避したバトーがそう叫んだ。彼がドアを開けた僅かな瞬間に垣間見た相手の姿。それは、この施設に配備されている軽多脚戦車に他ならなかったのだ。

 

「奴の武装は強力だ。50口径ならタチコマでも撃ち抜かれるぞ!」

 

イシカワが注意を促す中、早くもバトーが行動に移る。階下に煙幕弾を投げ込んだ彼は、着火と同時に形成された白煙の中に身を投じると、出口の方へと足を踏み出す。赤外線領域でも効果を持つ煙幕に、戦車は目標を捉えることができなかった。だが、足音などから何者かの接近を感知すると、両腕のチェーンガンを乱射して弾幕を張る。

 

すんでのところで伏せたバトーは、そのまま床を転がると通路の物陰に隠れた。追って、サイトーやイシカワ、それにタチコマといったほかのメンバーも出入り口を抜ける。煙幕が消えてきたころ、戦車はようやくそのアイボールで目標を捕捉する。しかし、その時には現れた2機のタチコマがグレネード砲の狙いを定め終わっていた。

 

「撃て!」

 

危険を察知して回避行動を取る間もなく、放たれた50ミリグレネードが戦車の両前脚関節部に食らいつく。弱点を突かれた戦車は関節を失って前のめりに大きく倒れ込んだが、マニピュレータを支えにして体を持ち上げると、ガトリング砲を連射した。

 

タチコマが躱し、たちまち床が粉砕されて粉塵が舞い上がる。戦車は立ち上る硝煙が視界を覆い、ガトリングの銃身が赤熱してもなお攻撃の手を緩めることはなかった。そこへ撃ち込まれる1発の銃弾。サイトーが放った12.7ミリ弾が前面のアイボールの穴に吸い込まれ、内部の視覚デバイスを容赦なく破壊する。

 

視界を失った戦車はもはや暴走し、そこら中に自らの持ちうるすべての武装を駆使して攻撃を加える。だが、その場には既にバトーたちの姿は消えていた。戦車は暴れ狂った末に、主砲を自らの足下に撃ち込んで自爆する。サイトーの銃弾が内部の制御基板にも損傷を与え、空間認識が機能しなくなった結果だった。

 

「根暗なAIはこれだから怖いんだよな~。キーキー喚いてヒステリーを起こされたら、たまったもんじゃないよ」

 

炎上する相手を見つめながら、タチコマの1機がそうつぶやいた。バトーはそんな彼の言葉に構うことなく、猛然と通路を駆け抜ける。『2号機タービン区画』、『2号機液体廃棄物処理・冷却材浄化設備』、『2号機ホウ酸水注入系設備』など、無数の案内表示盤がある中で、バトーは迷わず進むとようやく現れた原子炉区画の扉に取り付いた。中野からもらった認証キーを入力すると、軽い電子音が聞こえて端末の開放ボタンが点滅する。

 

そこへ再び響き渡る爆音。振り返ると、2機もの警備戦車が通路の角から姿を現していた。すぐに他のメンバーたちが集中砲火を浴びせて侵攻を食い止めるものの、やはり強敵であることには変わりなく、撃ち込まれる銃弾をもろともしないで突き進んでくる。間もなく主砲が咆哮を上げて57ミリ砲弾が撃ち出され、扉にアクセスしていたバトーを吹き飛ばした。

 

壁に叩きつけられ、床を何度か転がった彼は呻き声を上げる。気づいたタチコマがすぐに駆けつけて彼の体を守るように覆い被さると、チェーンガンを撃ち込んで相手を牽制した。その間に何とか起き上がった彼は、タチコマの援護を受けつつ壁の陰に身を潜めた。

 

「バトーさん、大丈夫ですか!?」

 

「ああ、心配はいらねえ。おかげで助かった」

 

「えへへ…」

 

タチコマが珍しく照れ気味にマニピュレータで頭を掻いている。相変わらず敵戦車の攻撃は緩むことを知らず、銃弾が雨のように撃ち込まれ、通路に出れば一瞬にして体が四散すると思われた。懸命に反撃を続けるものの、戦車はまったく隙を見せずに攻撃を仕掛けてくる。無情にも時間だけが食い潰されていた。

 

原子炉区画への入り口までは僅か数メートルの距離だが、この状況下ではそれが数十倍のようにも感じられる。それほど、敵の攻撃は熾烈を極めていた。ともすれば壁ごと粉砕されて敵の攻撃を受けかねない状況の中、イシカワが声を上げる。

 

「ここは俺たちで食い止める。バトー、お前はタチコマ1機を連れて区画に入れ!」

 

「大丈夫なのか!?相手は軍用戦車2機だぞ!危険すぎる」

 

「そんなことを言っている場合じゃないだろ!早く赤蠍を止めないと、どのみち皆お陀仏だ」

 

イシカワがそう怒鳴った。確かにその通りである。このまま足止めを食うわけにはいかないのだ。そうしなければ、赤蠍の思惑通りに事が運んでしまうだろう。ここがやられてしまえば、新浜は不毛の土地になる可能性すらあるのだ。

 

ボーマが煙幕弾を敵の足下へ投げ込んだ。間もなく濃密な白煙が噴き出され、敵戦車の姿はみるみるうちに飲み込まれる。マズルフラッシュの閃光だけが煙幕越しに煌めくものの、もはやシルエットすら分からなくなっていた。だが、それは相手にとっても同じはずだった。

 

敵の制圧射撃の間を見計らって、バトーは通路に飛び出すと、点滅していた開放ボタンを強く押し込んだ。ブザーが鳴り黄色い回転灯が光って、間に分厚い鉛をはさんだ鉄扉が少しずつ開いていく。それを察知した敵戦車が銃撃を仕掛けるが、後に続いたタチコマが盾になって攻撃を防いでいた。開いたドアを隙間から一足早く入り込んだバトーは、室内を見回して構造を確かめる。

 

図面ではパーソナルエアロック室と書かれていた通り、折れ曲がった通路の先には円形の重厚な鉄扉が立ち塞がっていた。その隣にはハンドルがついており、バトーはすぐにそれを握ると力の限りに回し始める。やや重かったが、義体化している彼の腕力では問題なくハンドルを回し切ることができた。

 

取っ手を引くと、重低音を響かせて鉄扉がゆっくりと動く。ちょうどその時、開き切った入り口の扉から、チェーンガンを撃ちつつタチコマが後ろ向きで入ってきた。バトーは扉の端末を操作し、すぐに扉を閉めようとする。相変わらず動作のスピードは遅く、敵の銃撃が扉に当たる度にバトーは冷や冷やしたが、イシカワたちの援護もあって何とか扉は閉まり切った。

 

同時に、あれほど聞こえていた爆音や銃声がほとんど聞こえなくなる。あたかも自分たちが別世界にいるかのような錯覚を覚える彼だったが、この向こうでイシカワたちが今も奮戦していると思うと、休んではいられなかった。

 

開いた鉄扉の先には3メートルほどの奥行きを持つ空間が広がり、同様の鉄扉がもう一枚立ち塞がっていた。その隣には開閉用のハンドルが見える。間違いなく、これは原子炉区画に通じるエアロックだ。

 

バトーは中に入り込むと、すぐにタチコマに扉を閉めさせた。このエアロックは一方の扉が閉まらない限り、もう一方は決して開かないインターロック機構を備えている。これも原発の多重防護の一つで、原子炉区画内は負圧つまり大気圧より低い状態に常に保たれているのだ。これによって、少なくとも通常時には、圧力差によって汚染空気が外部へ流れ出すことを防いでいる。

 

タチコマはハンドルにマニピュレータを差し込むと、ゆっくりと回転させて扉をロックする。すると、すぐに反対側の扉の脇にある緑色のランプが点灯した。開放可能になったことを告げるランプだ。

 

バトーは軽く装備を確認したのち、再びタチコマにハンドルを開けさせた。この先で何が待っているのか分からない以上、警戒するに越したことはないのだ。マニピュレータが回転してハンドルが開けられていく。3回転ほどして回し切ったところで、タチコマがいよいよ取っ手を掴んだ。

 

開かれゆく鉄扉の隙間から光が漏れる。張り詰める空気の中、バトーは扉の向こうに銃を構えた。

 




2018/9/30 一部加筆修正

変わり種です。
ついに明らかになるヘリオスの正体と、同時に明かされる驚愕の真実。
そして、原子炉区画に突入したバトーとタチコマの運命やいかに。
次週もどうぞお楽しみに。今後とも宜しくお願います。
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