攻殻機動隊 -ヘリオスの棺-   作:変わり種

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第4話

張り込みは翌日も続いていた。夜を徹して周囲の警戒に当たっていたパズとボーマ、それに別のタチコマ3機と交代する形で、バトーと昨日のタチコマたちが現場へと到着する。

 

昨日の帰還時、バトー専用機は案の定、なぜタイヤ跡がボディについているか赤服たちに問いただされた。それに対して、彼は駐めてあった自転車にぶつかったと答えて誤魔化したのだった。

 

当然、最初はまったく信じようとはしてくれなかったものの、巧みな話術と情報量でどうにか納得させた。その後すぐに洗車されて綺麗になったバトー専用機は少し上機嫌になり、整備を終えハンガーに戻ってくるや否や『戦車が洗車された!』と駄洒落を披露する。

 

けれども、今回ばかりは他のタチコマたちからも「面白くない!」と言われる始末で、出発する頃には気分はすっかり落ち込んでしまっていた。

 

《朝に話した通り、荷物が搬入されたと思われるだいたいの場所はつかめた。今日はそこを重点的に張り込むぞ。分かったか?》

 

《は~い!》

 

バトーからの電通に、3機のタチコマが答えた。昨日の張り込みと聞き取り捜査の結果、テロリストが潜伏していると思われるエリアを4ブロック程度にまで絞り込むことができていた。今日はそのエリアを重点的に監視し、テロリストらしき人物を発見した場合は遠方から気づかれないよう追跡し、行動確認することになっている。

 

今日はあいにくの曇天だった。予報では雨は降らないが、雨粒は熱光学迷彩の視認値を押し上げる。全天候型熱光学迷彩とはいえ、雨粒や湿気によって光の屈折率が多少変化することは避けられない。潜伏中のテロリストに姿を見られることだけは避けなければならなかった。

 

《そういえばさ、最近、ボクの電通がちょっとだけ変なんだよね》

 

張り込みが始まってから1時間。電柱の上から見張っていたバトー専用機が、おもむろに口を開いた。正確には彼らには口などという器官は存在しないので、通信を始めたといったほうが正しいのかもしれない。

 

《ああ、確かに。何か、微妙なノイズが混じっているよね~》

 

それを聞いた別のタチコマが答える。

 

《こっちはちょっとだけ無線通信の出力上げているんだけどさぁ、どうしても直らないんだよね…》

 

《アンテナ交換でもしてもらえば。直らなかったら、構造解析されちゃうかもよ!》

 

《え~っ!》

 

もう1機のタチコマが冗談交じりにそう言ったのを、彼は真に受ける。なぜなら自己診断プログラムを走らせても、アンテナ系にも無線モジュールにも異常は検出されなかったのだ。にもかかわらず、電通にはごく微かなノイズが混じり続けていた。

 

このまま故障が特定できなかったら、冗談ではなく本当に分解されて構造解析されるかもしれない。そうなったらそうなったで、皆が経験していないことを経験できるという意味ではとても嬉しかったが、同時に少し心配でもあった。

 

《構造解析ってどんななんだろう?》

 

《うーん、やっぱり未知なことを経験するというのは、ちょっと心配だよね~》

 

《だから人間も『死』を恐れるのかな。『死』は人間がその人生の最後に必ず経験する避けては通れないものだからね。ってことは、死がどんなものか知っていたら、死ぬのが怖くなくなったりするのかな》

 

《なるほど~》

 

張り込み中にも関わらず、思わず議論が白熱してきた。だが、そこにバトーからため息混じりの電通が入る。

 

《お前ら、張り込み中だということを忘れてねえか?》

 

《あ…。バトーさん、ごめんなさい~》

 

やや厳しめのバトーの口調に、3機ともすぐにそう謝ると一斉に電通を切った。実のところ、張り込みをしながら議論をすることはタチコマの性能をもってすれば容易なことだった。だが、傍から見るとやはりサボっているようにしか見えない。以前にも9課のハンガー内でこのことが話題の1つに上ったこともあったが、バトーたちの集中力を切らせないためにも、任務中はあまりお喋りし過ぎないようにという結論が出ていた。

 

(うーん、電通の調子がちょっと気になるけど、まあいっか…)

 

そうして、一抹の不安を覚えつつも彼はそのまま張り込みを続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何としても、仇は討たなければならない。

 

そのためならば、手段は選ばない。

 

死んでいった兄貴や同胞たちの無念を、この俺が晴らすのだ。

 

ここは露店街の一角にある食糧冷蔵倉庫。といっても、とうの昔に廃業し、今では完全なる廃墟と化していた。冷蔵設備もとうに停止していたが、分厚い断熱壁と大型搬入口だけは残っている。大量の荷物を隠すには都合がよかった。

 

積まれている木箱の中に入っているのは、野菜や果物などではなく、人間が長い年月をかけて発達させてきた飛び道具の末裔たちだった。イタチごっこのように続く、防弾素材とそれを撃ち抜く銃器の開発競争。その挙句、今やサイボーグの狙撃に使われるのは前世紀には対戦車ライフルと呼ばれたような、大口径ライフルとなってしまった。銃弾も大幅に強化され、今や生身の人間が戦場で活躍できる機会はなくなった。

 

バレットM82の入った木箱に腰をおろし、強装徹甲弾を扱えるよう機関部と銃身を強化したAK-47を、1人の男が丁寧に磨いていた。彼の名は岸田シゲルといった。顔には頬から首筋にかけて生々しい縫い傷が残されているほか、左手の小指と薬指がともに失われていた。以前の戦いで受けた傷である。

 

人類解放戦線という組織には、物心がついたときから入っていた。厳しい訓練を重ね、肉体を鍛え上げてきた彼らに教え込まれたのは、徹底した肉体至上主義だった。義体化も電脳化も、神から与えられた肉体への冒涜でしかない。そういったことをただひたすらと叩き込まれた。

 

そんな中、突如として訪れた転機が数年前の沖縄ベース襲撃事件だった。アジア各地で一斉にテロを起こすため、準備を続けていた最中で起こった襲撃。リーダーだった戸久良エカの娘は、エカ本人とともに捕らえられ、組織自体も壊滅的な被害を受けた。厳しい訓練を共にしてきた兄のユウイチも犠牲になり、所属していた人類解放戦線の亜流セクト、『興国の旅団』は急速に弱体化していった。

 

そんな組織を見限った彼は仲間たちと共に旅団から抜け出し、新たな組織を立ち上げた。それがこの『亡国の使者』である。彼はこれまでの経験から、より装備を充実させることを第一目標とした。今回購入した大量の武器もその一環である。

 

「今のところ計画に遅れはありません。しかし、例の男から公安が近くを嗅ぎ回っているので注意するようにと警告がありました」

 

AK-47をケースに戻そうとした彼に、頭を刈り上げた大柄の男が近づいてそう報告する。組織の幹部であり、彼の副官を務めている三木という男であった。

 

「予想通りだな」

 

歪んだ非対称の笑みを浮かべながら、岸田はAK-47のケースを閉じた。そして、座っていた木箱の上から飛び降りると、三木の持っていた数枚の印刷物を受け取る。電子化が進んだ今、こういった重要な情報はあえて原始的な手段でやり取りする方が、もっとも確実に流出を防げるのだ。

 

「例のものも数が揃いつつあります。第2ベースには既に十分な数があり、いつでも計画を始められます」

 

「分かった。情報部の準備はどうだ?」

 

「身代わり防壁も届き、防壁破りもほぼ完成しています。極めて順調でしょう」

 

三木の報告に、岸田は満足そうに頷いた。

 

情報部というのも、彼が組織に追加した部署のひとつだった。電脳化が進み、あらゆる情報が電子化されたいま、逆にそれを利用しない方がおかしかったのだ。だが、人類解放戦線は義体化はもちろん、電脳化にも反対しなければならない。

 

そこで彼らは、電脳不適応症や宗教、経済的事情などを理由に電脳化していない若者を探し出した。その中から有能な人材を選別し、亡国の使者へ取り込んでいく。思想に共鳴して入団する者はわずかだった。多くは自己啓発セミナーを入口に引きずり込まれ、時には誘拐や監禁、洗脳まで用いられた。

 

日本だけに限らず、東南アジアや中国などから集まった少人数のハッカーたち。電脳化こそしていなかったが、ハッカーたちは旧式端末や外部補助電脳、使い捨ての攻性プログラムを扱う技術には長けていた。ネットに直接身を晒さない分、逆に足跡を残しにくいという利点もあった。

 

周到に練られた計画は、既に第一段階が終わり次のステップへと入ろうとしている。岸田は倉庫内にいる全員に招集をかけた。いよいよ、兄や同胞たちの死が報われる時が来たのだ。

 

倉庫内の思い思いの場所で過ごしていたメンバーたちが集まってくる。中には眼帯を付けていたり、腕などに大きな古傷のある者もいた。だが、怪我の影響を全く感じさせない、屈強な歩き方で、彼らは一歩ずつ地面を踏みしめる。待ち侘びた瞬間が訪れたことを、心から歓喜していたのだ。

 

そしてその中には、ショートヘアの金髪を持つ1人の青年も混じっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやく訪れた交代時間。今夜の張り込みを担当するのは、新人のアズマとヤノだった。もちろん、彼らだけではなくバックアップにタチコマを何機かつけているので、万が一のことがあっても対応できるようになっている。現場の状況には特に大きな進展はなく、心配されていた雨も降ることはなかった。その他の連絡事項をアズマたちに連絡したバトーは、タチコマたちに9課に帰還するよう伝える。

 

《今日も何もなしか~。いつになったら、このグレネードをぶっ放せるのかな~》

 

《ほんと、早く撃ちたいよね》

 

《お前ら、こんな街中でそんな派手なドンパチなんてできるわけないだろ。さっさと9課に戻るぞ》

 

これから起こるかもしれない戦闘に期待を膨らませていたタチコマたちだったが、バトーにそんな電通を聞かれて怒られてしまう。まあ、どちらにしろ今の状態では自慢のグレネード砲にも砲身カバーが付けられているため、たとえ撃ちたくても撃つことはできないのだが。

 

光学迷彩のまま静かに現場を後にしようとしたバトー専用機のアイボールに、昨日の子どもが路地を歩いているのが映った。ヒトシ君だ。やはり、自転車が壊れてしまったためか、1人で歩いている姿が少しだけ可哀想だった。AIが人間を可哀想だと思うのは、おかしなことかもしれないが、彼らタチコマにとっては個性の宿った証しともいえた。

 

もともと、可哀想という感情は数年前に出会ったミキちゃんという女の子から教わったものだった。彼女の飼い犬、ロッキーを一緒に捜していたときに、関係のない犬を掴んで投げ捨てたタチコマを、彼女は犬が可哀想だと言って叱りつけたのだ。

 

今となっては、彼女に会ったタチコマは瀕死のバトーを守るためにアームスーツと刺し違え、破壊されてしまった。そのため、たとえ復元されたとはいえ、あの時抱いた思いを正確に記録しているタチコマはいないのかもしれない。

 

それでも、あのミキちゃんに会ったのは自分、すなわちバトー専用機なのだということは、なぜか本人だけが薄々感じていた。本来並列化された時点で消滅するはずの経験(メモリー)の差。生じるはずのない個性まで獲得したことを考えると、もしかするとゴーストが宿った証では、と考えることもできるかもしれない。ただし、タチコマ同士の議論では時期尚早という結論だったが。

 

ただ、タチコマにとっては、ミキちゃんに会いたいと願う気持ちだけは本物だった。記憶の中に残されている彼女の横顔。情報劣化でおぼろげにはなっていたが、それでもタチコマはもう一度会いたいと、心から願い続けていた。

 

そして、目の前にいるヒトシ君。彼と会った時も、自分の思考の中で何かが弾けたのをタチコマは感じていた。もしかすると、子どもだけが持っている純粋な感性に、自分の思考、いやゴーストとでもいうべきものが惹かれているのかもしれない。単にミキちゃんと同じような子どもだからという理由で、有益な情報が得られるかもしれないという推論による結果ではないと、彼は思っていた。

 

「こんなこともあろうかと、ちゃんと用意してきたんだもんね」

 

タチコマがそう言って近くの路地裏から引っ張り出してきたのは、新しい自転車だった。もちろん、盗んできたものではない。潜入捜査のために使われる子ども型義体が乗れるように、備品として9課に置かれていた代物だった。正直、こんなものが9課の倉庫に眠っていたこと自体タチコマにとっては驚きであったが、少佐も子ども型義体を密かに所有していることを考えると不思議ではないのかもしれない。当然プロトからもこっそり許可を取っていて、備品整理により廃棄が決まっていたことから、タダで手に入れたものだった。

 

「よいしょ!これをあの子に渡したら、喜んでもらえるかな~」

 

そう言いながら自転車を持ち上げたタチコマは、一直線にヒトシ君のもとへと進んでいく。しかも、またもや光学迷彩を起動したままだった。おかげで無人の自転車が宙に浮きながら自分のところに飛んでくるという目を疑うような光景に、彼は驚いて逃げ始めてしまう。

 

「待ってよ!ボクだよ、タチコマだよ!」

 

懸命のタチコマの呼びかけに、彼はようやく足を止めてくれた。恐る恐る近づく彼の前で、タチコマは光学迷彩を解くと持ち上げていた自転車をおろした。

 

「はい、これ!昨日はごめんね。また新しいのを持ってきたから、明日から遊べるよ」

 

「う、うん…」

 

タチコマは、あまり嬉しそうにしていないヒトシ君の様子を不思議に思った。なぜ、せっかく新しい自転車を持ってきたのに、喜ばないのだろうか。生き物は死んでしまったら元通りにはならないから悲しくなる。だけど、物は修理したり新しくしたりすれば、また使えるのだ。

 

「あれ、何であんまり喜んでくれないの?もしかして、気に入らなかった?」

 

「ううん、別にそういうわけじゃ…」

 

「じゃあ、なんで喜ばないの?」

 

タチコマのストレートな問いに、彼は突然涙目になってしまった。思わずギョッとして、大慌てで宥めようとするタチコマ。子どもを泣かせたなんていうことが他のタチコマにバレでもしたら、しばらくの間あいつは人でなしのひどいAIだというレッテルを張られてしまう。

 

「ご、ご、ごめんっ!言いたくなかったら、言わなくていいんだよ!」

 

「ううん、いいよ…。僕もいつまでもあの自転車に乗ってちゃいけないって、兄ちゃんにも言われてたんだ」

 

俯きがちに話し始めるヒトシ君。タチコマは、何か悲しい事情があることを察した。そうして、近くの建物の入り口の階段に腰を掛けさせて、優しく声をかける。ようやく彼の涙が収まり、鼻を軽くすすった後、静かに思い出を語り始めた。

 

「あの自転車ね、ママが買ってくれたものだったんだ」

 

「ママ?キミのお母さんのこと?」

 

「うん。夜遅くまでお仕事して、お金を貯めて誕生日にプレゼントしてくれたの」

 

「へぇ、そうなんだ~。優しいお母さんだね」

 

タチコマは彼の背中をマニピュレータで静かに撫でながら、そう言った。ヒトシ君は「うん」と頷くと、微笑む。だが、その笑顔にすら、どこか寂しさが漂っていた。彼は、再び俯いて自分の靴を見つめながら、話を続ける。

 

「でも、その次の日に、ママは帰ってこなかったんだ」

 

「えっ、どうして?」

 

「その後で、兄ちゃんが、かかってきた電話に出たんだけど、泣いちゃった。母さんはもう戻って来ないんだ、って泣きながら言ってたんだ」

 

話しているヒトシ君の声が震えていた。せっかく引いていた涙も、今や瞳に溢れんばかりで、こぼれ落ちてしまいそうだった。タチコマは何も言わずに、ただただ彼の話に耳を傾けている。それでも、そのマニピュレータはしっかりと、彼の背中を撫で続けていた。

 

「次の日になっても、その次の日になっても、ママは帰ってこなかった。代わりにきたのは、髭の生えたおじさんたち。“ケーサツ”とか言っていたかな。兄ちゃんにいろいろ話してたみたいだけど、よく覚えてない。僕は兄ちゃんにママに電話しようよ、っていったんだけど、怒られちゃった。ママは二度と帰ってこないんだって、ママは死んだんだって、その時やっと分かったんだ…」

 

タチコマは何とも言えない複雑な気持ちになってしまった。住基ネットで調べてみると、確かに彼の母親は3年前に死亡していた。しかも、警察のデータベースにアクセスしてみたところ、彼女は殺されたことがわかった。強盗殺人で、帰宅中のところを刃物で一突きされ、鞄を奪われたそうだ。

 

そう、自分の壊してしまった自転車は、死んだ母親からの最後のプレゼントだったのだ。だから、ヒトシ君は新しい自転車を受け取ってもあまり喜ばなかった。彼にとっては大事な形見の自転車だからこそ価値がある。つまり、命などと同じように、かけがえのないものだったのだ。そんな自転車を壊してしまった自分は、一体どうすればよいのだろう。タチコマの思考は、そこでしばらく止まってしまった。

 

「ママ…」

 

ヒトシ君は、母親のことを思い出して辛くなってしまったようだ。声を上げてこそ泣かなかったものの、頬を伝った一筋の涙は、アスファルトに黒いシミをつくっている。

 

「ごめんね、ヒトシ君…」

 

泣いている彼の肩にマニピュレータをのせて、静かに謝るタチコマのアイボールにも、オイルの涙が浮かんでいた。

 

近くの電線からカラスが1羽、鳴き声を上げて飛び立った。夕日に染まった西の雲はその輝きを失い、徐々に暗いネイビーブルーへと移り変わっていく。暗闇に包まれつつあった露店街に、街灯がともった。




2026/5/14 一部修正
2018/9/1 一部加筆修正
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