「敵の潜伏している建物が判明したわ。例の冷蔵倉庫だ」
課員たちを集めたブリーフィングルームの中では、少佐が壁面の大型モニターにさびれた中規模冷蔵倉庫を映していた。外壁の塗装は剥げ落ちて錆が全体を赤茶色に染め、屋外の足場も所々が崩れている。辛うじて残っていた看板には、『新浜冷蔵』の白い文字がうっすらと残っていた。
夜間の張り込みの結果、その倉庫に怪しげな2人の人物の出入りが確認されたのだった。1人がサングラスを掛けたいかにもヤクザ風の男で、もう1人が右目に眼帯を付けた厳つい風貌の中年男だ。
県警のデータベースに照会したところ、中年男の身元は分からなかったが、ヤクザの男の方はこの辺りを拠点とし、実質的にこの露店街を支配している指定暴力団の構成員の1人だった。おそらく、ここを潜伏拠点にするために協定を結んだ暴力団との協議か何かだろう。万が一、彼らとの間で抗争が起こってしまえば、テロ計画そのものが元も子もなくなるからだ。
「敵の人数は15名前後。武装の詳細は不明。だけど、アサルトライフルやショットガンなど、それなりの武装はしていると想定すべきね。工事現場から盗まれた含水爆薬もおそらくそこにあるわ」
少佐は、昨夜のうちに換気ダクトから侵入させたマイクロドローンが撮影した、倉庫内の赤外線画像をモニターに表示させ、淡々と説明を続けていた。そこには、確かに熱源として表示された白い塊がくっきりと映し出され、人間だと容易に識別できる。
「武装が不明ってのも困るぜ。相手はテロリストだ。市街地だろうと対戦車ロケットを撃つような連中なんだぜ?もう少し、張り込みを続ける訳にもいかねえのか?」
バトーがソファから立ち上がると、真剣な面持ちで少佐に訊いた。確かに9課はあらゆる犯罪に対して攻性の組織であるべきだが、今回は潜伏先の発見から突入を仕掛けるまでの時間が、過去にないほど短かった。
「それは分かっているわ。でも、こちらにも一刻の猶予は残っていない。次にいつテロを起こすかも分からない以上、突入するしかないのよ」
厳しい表情を浮かべてそう答えた少佐は、作戦の詳細に移った。作戦自体は極めて単純だった。まず所轄と協力し、周囲9ブロックを段階的に封鎖する。その後、倉庫にある3か所の入り口から一斉に突入する。上方からは、タチコマがグレネードで屋根材を撃ち抜き、奇襲をかける。9課にとっては久々の大規模作戦で、保有するタチコマ9機がフルで出撃するのも珍しいことだった。
だが、それとともに行わなければならないのは、テロ計画に関する資料や記録媒体の押収だ。突入と同時にテロリストたちは応戦しつつ、保管されていた作戦資料や記録媒体を隠滅すると思われる。その前に何としてでも資料だけは手に入れなければならない。つまり、今回の作戦はスピード勝負なのだ。
「困難だと思うけど、それは今に始まったことではないわ。各自、敵の反撃に十分注意しつつ、目標の遂行を優先すること。分かったわね」
「ああ」
バトーは自信たっぷりにそう答えると、他の課員たちとともにブリーフィングルームを後にする。しかし、荒巻課長と残された部屋の中、少佐は、言葉にできない嫌な予感を覚えていた。根拠はない。それでも、胸の奥に引っかかるものがあった。ゴーストの囁きと呼ぶには曖昧すぎる、だが無視するには不快な感覚だった。
「…何もないことを祈るしかないわね」
少佐はそう呟くと、同じようにブリーフィングルームを後にした。以前も心配が杞憂に終わったことはあるので、今回もそうだと信じるしかない。だが、気が抜けないことは確かだった。ここは、自分がしっかりしなければ。少佐は自分にそう言い聞かせた。
普段とは違う彼女の様子に、課長も一抹の不安を覚えるが、かといって他に打つ手があるわけではない。机の上で腕を組んだ彼は、深いため息をつくとゆっくりと席を立った。
これから、彼も司令室で作戦指揮に当たらなければならない。連続爆薬盗難事件とその犯人たちの不可解な死。隠されたその真相を、何としてでも明らかにしなければならないのだ。
「いよいよドンパチだね。楽しみだな~」
「そうだね、グレネードもぶっ放せるし、戦車の本領発揮だ!」
一方、タチコマのハンガーの中でも、作戦情報を受け取ったタチコマたちが、いつにも増してお喋りを繰り広げていた。鑑識たちはそれをうるさく感じつつも、最後のメンテナンスを行い、右腕の7.62ミリチェーンガンに弾薬を装填していた。また、天井から突入する3機のタチコマのうちの2機には、グレネード砲ではなく12.7ミリガトリング砲が換装される予定で、鑑識たちも大忙しだった。
「露店街のこんな近くでドンパチをやって、ヒトシ君は大丈夫かな…」
心配そうにしているバトー専用機の発言に、次々と他のタチコマたちが答える。
「周りの9ブロックが封鎖されるっていうし、大丈夫だと思うよ」
「それより、またその話かい。キミはほんとにズルいよ~。いくら並列化しているとはいえ、ヒトシ君と直接会って話しているのはキミなんだからさ~」
「そうだそうだ~」
専用機はそれを聞いて少し安心したものの、それでも不安は残っていた。何しろ、テロリストと市街戦を繰り広げるのは初めてのことで、参考になるデータがあまり存在しないのだ。確かに経験値はいつも以上に得られるだろう。ただその代わりに、何が起こり得るのかを経験から導き出すことは不可能だった。
そんな時、タチコマたちに一斉にデータが送信された。届いたのは、倉庫内に潜伏しているテロリストの顔を映した画像だ。多くは監視カメラ等に偶然映り込んだだけの不鮮明な画像だったが、それでも現在の高度な顔認識技術をもってすれば問題なく識別できる。
彼らは次々とそれらを分類し、リストに登録する。たとえこの中の1人が一般人に紛れて逃亡を図ろうとしても、これで的確に見つけることができる。同時にネット上で顔を検索してみたのだが、案の定、
「あれ…、この顔って…」
分類を続ける最中、タチコマが写真に写っていたある男に引っ掛かっていた。短い金髪を生やした、1人の青年。まさかと思いつつも、彼は瞬時に写真の青年を自分のメモリ領域内に保存されたこれまでの画像データと照合をかける。
その結果は、タチコマとはいえ信じられないものであった。驚くことに、その男はこの前会ったばかりのヒトシ君の兄の顔とほぼ合致するのだ。同一人物である確率は98.8パーセントで、ほとんど確実といってもよい。
「そんな…。じゃあボクたちはヒトシ君のお兄さんと戦わなくてはならないということ?」
「残念だけど、そうなるなぁ…」
他のタチコマからの答えに、彼は思い悩んだ。戸籍情報を見る限りでは彼の父親は数年前に離婚し、行方をくらませていた。つまり、今まで彼の保護者を務めてきたのはあの兄だったのだ。しかし、今回の作戦で唯一の肉親を殺してしまえば、ヒトシ君は本当に一人になる。
これも運命というものなのだろうか。だとしたら、なんて残酷なものなのだろう。
とはいえ、あくまでも自分は9課の思考戦車であり、兵器なのだ。本来の目的のために何としても職務は遂行しなければならない。そうしなければ、バトーさんやトグサくん、それに少佐の身に危険が及んでしまうのだ。それだけは避けなければならなかった。
(仕方がないのかな…)
タチコマは初めて、胸の奥を、何かが締めつけるような感覚を覚えた。相反する2つの条件を満たすことは、不可能に近い。そうなったら自分は、9課の戦車である以上、9課のために職務を遂行しなければならないのだ。
「行くぞ、タチコマ!」
重装備に身を固めたバトーが目の前を通り過ぎていった。2902式熱光学迷彩付きのボディアーマーに身を包み、腰には多数の予備弾倉と45口径仕様に改造されたFNハイパワーが2丁。肩から提げているのはグレネードランチャーを装着したセブロC-30だった。
いずれも、普段なら敵の義体を貫通するための
「…おい、タチコマ?」
答えないタチコマたちを不審に思ったのか、バトーが戻ってきた。はっとした彼は、大慌てで返事をする。
「あ!バトーさん、はやく行きましょう~」
「大丈夫か?ぼんやりしているなんて、お前らしくないぞ?」
「いいえ、大丈夫ですよ!」
何とか平静を装ったタチコマは、最終チェックを終えた他のタチコマたちと共にハンガーから出ようとする。バトーは少し訝しく感じたが、ハンガーの出口でタチコマがいつも通り「早く来てくださいよ!」と腕を振る姿に、ひとまず気にしないことした。
最初、何かに悩んでいるような気がしたが、きっと自分の気のせいだろう。そう考えたバトーは、すぐにその後を追ってハンガーを後にしたのだった。
ひんやりとした空気が包む倉庫内に、携帯端末の軽い電子音が響いた。といっても、それはただの端末ではない。極限まで小型化された衛星通信端末で、短時間の低出力バースト通信しか行わない。内容は軍用の高度な暗号で保護され、解読にはあのデカトンケイルをもってしても半日はかかる代物だった。
岸田はポケットからそれを取り出すと、通話ボタンを押して話し始める。だが、その電話の相手は仲間のテロリストたちはもちろん、幹部である三木にすら詳しくは知らされていない。
それでも、そんな彼を訝しむ者は誰一人いなかった。皆があらかじめ定められた計画通りに動き、次のステップの準備に取り掛かっている。積み上げられていた木箱が、駐められていたトラックへと次々に積み込まれ、運転席には運送会社の作業服を着た2人の男が乗り込んだ。もちろん、彼らは実弾が装填された自動拳銃を隠し持っている。
電話を終えた岸田は、携帯端末をポケットに突っ込むと、準備作業中の男たちに声を張り上げた。
「いよいよだ、諸君。公安の連中があと10分もすればここに突入してくるだろう。だが、我々は崇高な目的を果たさなければならない。自らの肉体を捨て去り、義体化する愚民どもに死を与えなければならないのだ!各自、どんなことがあってもこのことだけは忘れるな。健闘を祈る。以上だ」
岸田の演説が終わると、その場に響いたのは熱狂的な拍手だった。だが、肝心の聴衆は10人足らずで、1人ひとりの拍手は熱烈だが、やはりどこか物足りない。岸田もそれを知ってはいたが、やめさせようとはしなかった。なぜなら、既に作戦は始まっており、メンバーのほとんどは分散して任務に就いていたのだ。
倉庫内に轟くエンジンの低い唸り。開かれたシャッターから1台の大型トラックと2台の黒いバンが力強く発進していく。その後ろ姿を、倉庫内に残された10人は静かに見送った。トラックが見えなくなると、彼らは周りに積まれた木箱を開けて武器を手に取る。アサルトライフルやSMGなど、軍並みの火器類がそこには揃っていた。
「ここで、諸君たちに伝えなければならないことがある」
武器を手に取り、弾薬を装填する男たちに口を開いたのは岸田だった。準備を続けていたメンバーたちは、一斉に彼の方を振り返る。
「残念だが、この中に裏切り者がいるらしい」
淡々とした口調で放った彼の思わぬ言葉に、ざわめきが広がった。まさか、信じられないような面持ちで、メンバーたちはお互いに顔を見合わせる。
「そうだろ、木下」
そう言って岸田が指を差したのは、短い金髪の男だった。木下マサシ。3年前に加入した、メンバーの中では比較的新顔だった。まさか自分の名前が呼ばれるとは予想だにしていなかったのか、彼は激しく動揺しながら岸田に叫ぶ。
「な、何を言ってるんですか。俺は、殺された母の仇を討つために、ここに入ったんですよ。そんな裏切りなんて…!」
「見苦しいぞ。お前が公安と接触していることなんて、知らないとでも思ったか」
そう言って岸田が取り出したのは、数枚の写真だった。その中には青色の小型多脚戦車と、それと向かい合う木下とその弟の姿があった。その他にも、彼の弟が1人だけで多脚戦車と会っている姿も収められている。
木下は写真を食い入るようにじっと見つめた。だが、そこに写っているのは、紛れもなく自分の弟だった。そして、彼自身も見覚えのある戦車の姿に、喉が干上がり指先から力が抜けていく。
「な、何なんだよ、この写真は!?」
「親切な協力者がいてなぁ、そいつからこれをもらったんだ。この青いのは間違いなく、公安の戦車だとさ。戦車と仲良くするガキも珍しいと思ったが、まさかお前が噛んでいたとはな」
それを聞いた彼の顔から、血の気が引いていった。そして、今にも泣きそうな表情を浮かべながら、彼は懸命に弁解し始める。最初は半信半疑だった他のメンバーたちも、今ではただただ冷たい眼差しを彼に向けるだけだった。
「知らないっ!あれが公安の戦車だったなんて知らなかったんだ。ただ、変な義体の趣味を持つ野郎だと思っただけなんだ。信じてくれっ!」
「聞く耳は持てないな、そんな嘘。兄弟ぐるみで敵に情報を売るとは、随分なことをしてくれるじゃないか。弟を使って、あの戦車に情報を売ってたんだな」
「ち、違う!ほんとに、なにも知らないんだ。頼む、信じてくれ!」
必死にそう叫ぶ木下に、岸田は写真を持ったまま詰め寄った。周りのメンバーたちは退路を断ち、怯える彼を取り囲んでいる。
「1回だけならただの偶然とも考えられた。だがな、お前の弟はもう何回も会っちまってるんだよ。もはや、言い逃れはできないな」
恐怖のあまり、彼は尻餅をつく。岸田は冷酷な笑みを浮かべながら、腰のホルスターからグロックを取り出した。後ずさりを始めた彼だったが、すぐに壁まで追い詰められてしまう。そんな様子を尻目にゆっくりと遊底を引いた岸田は、9ミリ弾が装填された銃口を向けた。
「や、やめて…!」
命乞いをする彼の額に、グロックの冷たい銃口を押し当てる。岸田の顔は、邪悪な笑みを浮かべたままだった。
「怖いだろ、当然だろうな。でも、もうすぐ終わりだ。死を味わうといい。まあ、その前に脳味噌はぐちゃぐちゃだけどな」
もはや、恐怖で、木下はまともな声も上げられなくなっていた。銃口を当てられた額から、冷や汗が頬を伝って顎へと滴る。岸田は震え上がる彼の様子を、心から楽しんでいるようだった。その光景を見ていたメンバーたちは、思わず息を呑む。
「じゃあな」
その直後、倉庫内に1発の銃声が響き渡った。その薬莢が床を転がったころには、眉間に大穴を穿たれた木下が、目を見開いたままその場に倒れていた。後頭部からは真っ赤な血が広がり、コンクリートが剥き出しになった無機質な床を染めていく。もはや人ではなく、モノと成り果てた木下の体を、他のメンバーたちがどこかへ運んでいった。
歪んだ表情を浮かべた岸田は、頬についた返り血を拭いつつ、メンバーたちに次の指示を出す。裏切った人間には誰であろうと容赦はしない。その家族も含め、考え得る限り最も残虐な仕打ちで罰を与えるのが、この世界の礼儀というものだった。
たとえ、それが幼い子どもであろうとも。
2026/5/14 一部修正
2018/9/2 一部加筆修正