「全損1機、半損4機。それに、一部損傷が4機か」
マホガニーの机の上で腕を組みながら、眉間にしわを寄せていた荒巻課長は、目の前に立っている少佐を見つめていた。彼女らしからぬ大失態だった。保有するタチコマすべてが損傷を受け、うち1機は損傷が激しくラボでなければ修理ができなかった。すぐに前線復帰できるのはせいぜい3、4機で、課長の表情が険しくなるのも当然だった。
それに、今回の爆発では民間人にも負傷者が出てしまった。犠牲者が出なかったのは不幸中の幸いだったが、首都高速が寸断されたため、未だに流通には大きな影響が出続けていた。一部の報道によると、完全復旧には少なくとも3か月はかかるそうである。首相からも直々に呼び出しを受け、叱責されたばかりだった。
「タチコマの件については、致し方あるまい。現場に仕掛けられていたC4だが、あれについては何か分かったのか」
「ええ。ボーマの報告では、C4に取り付けられていたのは、軍用の起爆装置だったらしいわ。それも、陸上自衛軍が制式採用している起爆装置と同系列のもの。あと、タチコマの狙撃に使われたHEIAP弾も、軍のものである可能性が高いそうよ」
少佐の報告に、課長は表情を曇らせた。自衛軍が入ってくるとなると、これはかなり荒れるヤマになるだろう。仮に自衛官がテログループに武器を横流ししていたとするならば、自衛軍の警務隊が捜査に介入してくることも予想される。
「あと、気になるのがあのC4、テロリストたちが仕掛けたわけではないという点ね。逮捕したテロリストの1人に訊いてみたけれど、そんなものは仕掛けた覚えはないと言ってるわ。相変わらず、どこに向かおうとしていたのかには黙秘を続けているけど」
「わざわざテロに使われた含水爆薬とは入手経路の全く異なるC4が使われている点から言って、単純な仲間割れという可能性は少ないだろう。まあ、まずは入手経路を洗うことが先決だ」
「そうね。だけど、課長も薄々勘付いているとは思うけど、この手の作戦って
「確かにな。だが、その場合犯罪を未然に防ぐどころか、首都高を破壊し、完全にテロと変わらない有様になっている。あえてそれを狙った何らかの作戦であることも否定はできんが、他の公安機関が絡んでいると考えるのは時期尚早だろう」
そう答えた課長は軽く咳払いをしたのち、いよいよ懸案事項に話を移した。
「一番の問題は、なぜこちらの情報が外部に漏れたかだ」
強い口調で話す課長に、少佐は冷静に答えた。
「それは現在調査中としか答えられないわ。今のところ、9課のネットに侵入された痕跡はなし。少なくとも、通常のウイルスチェックで検出できる範囲ではね。一介のテロリストがCIAでも手こずるような暗号化された電脳通信を解読できるとも考えられないし」
「他に考えられる可能性としては、何がある?」
そう訊かれた少佐は、答える前に少しだけ間を開けた。念のため、課長室のドアが完全に閉じられていることを確認する。扉さえ閉まれば、ここは完全な防音処理が施されているため、盗聴される心配はないはずだった。そして、少佐は険しい表情を浮かべながら、感情を押し殺したような声で静かに言った。
「関係者の中に、スパイがいるかもしれないってことかしら」
課長室から出てきた少佐は、険しい表情を崩せずにいた。仲間を疑わなければならない。その事実は、彼女にとっても決して軽いものではなかった。
笑い男事件で9課は一度、壊滅の危機を迎えた。それでも彼らは生き残り、乗り越えてきた。そんな仲間を疑わなければならない今の状況を、彼女は苦々しく思った。
だが、犯罪捜査は常に疑うところから始まる。彼女もそれは十分に熟知していた。それに、彼女は安易な感情に流されて、行動できなくなるような人間ではない。今までも必要とあらば、老若男女を問わずこの手にかけてきた。戦場において、最も信用できるのは自分だけなのだ。
そんな少佐が最初に向かったのは、タチコマのハンガーだった。そこに行けば、バトーがいると考えたからだ。だが、彼がいつも使っている専用機は先の戦闘で全損し、ラボに送られて修理中だった。彼が他のタチコマたちと話さないわけでもないのだが、専用機以外のタチコマと仲良くしている姿はあまり想像できなかった。
「よお、少佐」
ハンガーに入ると、案の定その場にいたバトーに声をかけられた。彼が寄りかかっている壁のすぐそばには、外装を交換中のタチコマが恥ずかしそうな仕草をしている。整備係も兼ねている赤服の鑑識たちは、タチコマの交換部品を運んできていた。
「見ないでくださいよ少佐ぁ、恥ずかしいじゃないですか~!」
いつどこで、裸の姿が見られるのが恥ずかしいことなのだと学習したのだろう。少佐にはまったく分からなかった。まあ、どっちにしてもタチコマの内部を見て喜ぶ者なんて、そうそういないと思うのだが。
「課長との会議はどうだった?」
「残念だけど、特に進展はなかったわ」
バトーは少佐のその答えに「そうか」とだけ答えると、軽く俯いてため息をついた。何かあったのだろうかと疑問に思ったが、すぐにその答えは本人の口から語られた。
「タチコマが守ろうとしていた男の子、まだ意識不明だとさ」
それを聞いた彼女も、思わず心が痛む。病院からの連絡によると、あの後すぐに彼は義体化されたそうだが、出血が酷くかなり衰弱しており、助かる見込みは半分ほどだと言われていた。バトーは握っていた赤いパイプレンチを見つめながら、話を続けた。
「あいつが、あそこまで怒りを抑えきれなくなるなんて、今までになかったのにな」
いま彼が言ったことも、懸案事項の1つだった。報告では、あの男の子を目の前で狙撃されたタチコマは、怒りに身を任せて自分を攻撃してきた銃座に向けてグレネードを数発も発射したとあった。AI搭載の自律型の兵器として、自らをコントロールできないというのは致命的な欠陥に他ならない。今まではそんな兆候はなかったが、今後の状況次第では再び彼らをラボに送るということも、選択肢の1つだった。
「“怒り”ですか?変ですね…。確かにボクたちの感情表現は強いこともありますが、理論上作戦行動に現れるほど大きな影響は与えられないと思うのですが…」
そんな中、修理中のタチコマの1機がそう言った。それに続いて、周りのタチコマたちも一斉に話し始める。
「確かにそうだよね。ボクたちだって、伊達に思考戦車やってるわけじゃないですから、その辺も十分考えた上で行動はしていますよ!」
「そうだそうだ!高度な知性を獲得したボクたちが、そんな非理性的な怒りを爆発させて、暴走するなんてことは断じてありません!」
「少佐も心配し過ぎじゃないですか?少しはボクたちのことを信用してくださいよ~!」
「少し黙ってなさい。別にあなたたちのことを信用していないわけじゃないけど、同じタチコマから意見を聞いたところで、受け入れるわけにはいかないのよ。分かるわね」
口々に自分たちの身の潔白を主張するタチコマたちを、少佐は冷静に制した。タチコマたちも、少佐の言い分には一理あると思っていたので、不服を唱えずにしぶしぶ「は~い…」と了解する。
「それにしても、『亡国の使者』の野郎どもはいったい何を企んでやがるんだ。まだ、奴らの手にはビル数棟を軽く薙ぎ倒せるだけの爆薬が残ってるんだぜ」
「さあ。それを確かめるのが、私たちの仕事じゃない?」
「確かにな」
バトーはふんと笑うと、壁に寄りかかっていた体を起こし、電通で1つのファイルを転送してくる。復号化とウイルスチェックを済ませた彼女は、すぐにそのファイルを開いた。中身は十数枚程度の報告書で、文字や写真が所狭しと並んでいる。
「県警からだ。あの冷蔵倉庫内の鑑識の結果も出ている。まったく、これだけ大量の武器を、よくもまあ集められたもんだよな。税関も何をやっているんだか」
すでに何枚かページを進めて中身に目を通していた少佐は、そんなバトーの声を聞き流しつつ、さらに報告書を読み進めていった。報告書の半分まで目を通し終えた頃、気になる記述を見つけた少佐は、思わずバトーに訊き返した。
「これは、もしかして誰かが包囲網から抜け出していたということかしら」
彼女の指していたのは、冷蔵倉庫内にて発見された地下通路に関する記述だった。
「ああ、そうだ。あの倉庫から、包囲網の外にある別の倉庫へ通じる古い地下搬送路が見つかったんだと。だが、途中で爆破されてたんで、確認に時間がかかったって話だ。まあ、幹部の1人や2人が逃げていてもおかしくはないな」
少佐は唇を噛んだ。あの場で全員仕留めたとばかり思っていたが、肝心の幹部には逃亡を許してしまったのだ。あのような市街地で逃げ場などないはずだと見誤ったのが原因だろうが、事前に予想できたであろうことを見落としたのは、大きな失態だった。
「そういや、そろそろボーマたちが戻ってくる頃じゃねえか?」
「そうね。私ももう行くわ」
バトーのその言葉に、彼女は報告書を閉じると出口へと向かう。今回の事件については、彼女にも思うところが多々あった。タチコマの件もそうであるし、情報漏れの問題も解決できたわけではない。だが、彼女の頭の中では、個人的な推論のパズルが組み上がりつつあった。空いたピースがいつはまるのかは、誰にも分からない。だが、はまらないピースなどないのだ。
ボーマとトグサとは、廊下の途中で会った。2人ともあまり休めていない様子で、疲れが溜まっているのは一目瞭然だった。それでも、得られた成果もそれなりに大きかったようで、ボーマが抱えていた段ボール箱の中には多数の資料や記録メディアが入っていた。少佐は一旦、段ボールごと記録メディア類をダイブルームまで運ばせることにし、2人とともに歩き始める。
「C4とHEIAP弾の出所を洗ったんですが、それがどうも妙な所なんですよね」
最初に口を開いたのはトグサだった。ほとんど生身であるが故に、彼の目の下には深い隈ができている。それでも疲れている素振りを一切見せずに、彼はバインダーファイルに留めてあった資料を読みながら、報告を続ける。
「場所は播磨研究学園都市内の剣菱重工の演習施設です。新型兵器の射撃試験に使われる都合上、施設内の弾薬庫には一定量の弾薬が保管されているらしいのですが、最近、その弾薬庫の帳簿が改ざんされたらしく、使用履歴のない弾薬がなくなっていたそうです。こちらで調べられるだけ調べたんですが、どうもその弾薬庫の管理責任者の工藤という男が何らかの事情を知っている可能性があります」
「分かったわ。あとでバトーとサイトーを向かわせましょう。ボーマの方は何か掴めた?」
「ええ。関係機関から情報を集めたのですが、『亡国の使者』については公安1課がマークしていたようで、課長の根回しのおかげでかなり詳しい情報が集められました。リーダーは岸田シゲルという男で、年齢は30代後半。構成員の大半は興国の旅団から離脱した者たちで、岸田自身もかつて旅団に在籍していた経歴があります」
「なるほど。私たちが以前旅団に大きな損害を与えてから規模が縮小していたとは聞いていたけど、まさか離脱したメンバーたちで別の一派をつくっていたとはね」
ようやくダイブルームへと到着した彼らは、ボーマの段ボール箱から記録メディアを取り出し、ダイブ装置に挿入しようとした。そこへ、奥の方から現れたイシカワが、ふかせていた煙草を携帯灰皿に押し当てると、深刻な面持ちのまま話し始める。
「ついさっきラボから連絡があったんだが、送られてきたタチコマにこんなものが取りついていたらしい」
そう言ってイシカワがモニターに表示させたのは、6本の細い脚を持つ昆虫のようなセボットだった。体長10ミリほどのそれは、頭・胸・腹に分かれ、それぞれの間がくびれて大きく動かせるようになっている。頭に生えた一対の触覚はアリを思わせたが、全体的に体型はアリよりも太く大きかった。
「こいつが見つかったのは、タチコマの通信用基板の中だ。ラボでの構造解析によると、剣菱が開発中だった特殊任務用セボットらしい。通信回路を流れる電気信号を基板上で直接拾い、それを外部へ送信する代物だ。こいつを使えば、データリンクからタチコマ全機の位置情報が漏れていても不思議ではない」
イシカワのその報告に、ようやく少佐の頭の中では、今まで埋まらなかったパズルの一片がぴたりとはまった。C4と特殊弾薬の流出と、タチコマに仕掛けられたセボット。どちらも、剣菱重工が何かしら関わっている。これを単なる偶然とみるべきか、それとも背後に何らかのつながりがあると見るべきか。それはまだ分からないが、とにかく捜査の焦点を剣菱に合わせるべきだということは分かった。
あともう一つ、分からない点があった。いつからタチコマのポッドの中に、そのセボットが紛れ込んでいたかということだ。任務中のタチコマにそのようなものを仕掛けることは不可能に近いし、任務後も9課のハンガー内で駐機されているため、部外者はタチコマどころか、この本部内にすら入れないはずなのだ。
「セボットの侵入経路は掴めたか?」
「ラボの調査結果では、確定ではないがポッド内部からの侵入が最も可能性が高い。通信基板のある胴体に向けて、ポッド側から腐食性物質で穿たれたとみられる3ミリほどの穴があった。一方のポッドには外部から侵入された形跡はなし。何者かがポッドに忍ばせたと考えるのが自然だろう」
だとすれば、疑いがあるのは最近ポッドに搭乗した民間人に絞られる。まず1人目は、今も意識不明の重体となっているあの男の子。2人目は爆薬強奪事件があったリニア工事現場で救出された若い男性警備員だ。少なくとも、少年がポッドに乗る以前からこちらの配置が漏れていたのは確実なので、彼はシロだろう。ならば、残るは工事現場の男性警備員に絞られる。
「トグサと私は例の爆薬強盗事件の現場に向かう。その間にイシカワはセボットの出所を洗え。ボーマはイシカワのバックアップ。バトーとサイトーはツーマンセルで剣菱の演習施設へ。課長には後で連絡するわ」
「何か掴めたんですか?」
「タチコマにセボットを仕掛けることのできるのは、現状では9課内部の人間もしくは、西播磨のリニア工事現場で救出した男性警備員だけだ。一番可能性の高い線から潰していくわ。
トグサの問いに淡々と答えた少佐は、足早にダイブルームを後にした。ダイブ装置に入れようと思っていた記録メディアを掴んだままだったトグサは、大慌てでそれをボーマへ投げ渡すと、彼女の後に続く。部屋に残された2人は、少しの間、気が抜けたように座り続けていたが、すぐにダイブ装置に向かうと仕事に取り掛かった。
2026/5/15 一部修正
2018/9/3 一部加筆修正