※Pixivより転載
石棺から伸びる幾多の閃光がヨルダへと向かう。
動かなくなった体を光と耳障りな高周波音が覆い、ヨルダの体は床へと崩れた。
光が去った後、彼女の意識がゆっくりと戻ってきた。
横座りの体勢で左腕で体重を支えていた体をゆっくりと起こす。
その時、ヨルダは視界に飛び込んできた己が腕の色を見た。
―――――それは、母親と同じ黒。
―――――それは、影達と同じ色。
持ち上げた左手の手の甲を見て、ゆっくり手を裏返して掌を見る。
もう一度、手の甲を見てみた。
何度確かめても色は変わらない。闇の色はヨルダの色となってしまった。
ヨルダは立ち上がり、ある存在を探した。
いまやこの城の主となったヨルダにとってそれは造作もない事だ。
立ち上がり視線を定めた先に、まだ闇に染まっていない自分の手を離さずにいてくれた男の子の気配があった。
城の主である女王は、古くなった器(=体)から己の魂を新たな器に移す事によって長い時を紡いでいる。
女王の娘でもある器候補は鳥籠の中に閉じ込められ、誰の手も届かない場所に吊るされ大切に大切に保護されていた。
城の大広間で数多の光る石の棺、それは角の生えた生贄が収まる場所であり生贄が城を守る影と変化する矮小な空間。
一つ、また一人と石棺に魂が光り、全ての石棺に光が灯り光に満たされた時、器を替える
条件も満たされる。
幾度とな繰り返されたそれは、今回も満たされた条件の下で行われる筈であった。
しかし、最後の生贄だったイコは石棺から逃れ落ちてしまい、影に成り得なかった。
偶然そうなったのか、或いは石棺から拒否されてしまったのか、それはヨルダの母ある女王でも答える事が出来ない謎。
結果、生贄が一人欠けた不完全な状態で、新たな器に魂を移動させた。
他者による強制的な魂の移動であったからこそ、ごくごくわずかな歪みが生じた。
不完全な状態であったからこそ、ヨルダの意志は母親の魂に飲み込まれなかった。
崩れ始めた城の中で、ヨルダはイコのいる場所へやって来た。
両方の角が折れ血を流し、俯せて倒れているイコの隣に佇む。
息をしている事を確認してヨルダは血を流している角へと手を伸ばして、そっと触れた。
角が無いイコは最早「生贄」ではない―――――
ヨルダは動かないイコの右腕を取ると自分の肩にかけそのまま左手をイコの背中へと滑らせる。
右手で両方の膝裏を持ちイコを抱きかかえながら立ち上がった。
イコの右手がヨルダの背中を撫でると、放れてしまった時の様に力なく垂れ下がる。角の無い頭はヨルダを見上げる格好で肩口へと凭れかけていた。
もう影に成ってしまったヨルダの体は、それでもイコの体温を感じながら女王の間を離れた。
一度だけ、足を止めてヨルダは女王が母が座っていた玉座を振り返る。
そして再び歩き始めた。
崩落の衝撃と轟音の中で静寂だけがヨルダとイコに寄り添うた。
船着き場まで来ると水の上に浮かぶ一艘の舟が二人を待っていた。
ヨルダはイコの体を舟の中に横たえる。
イコの右手は彼の意志の現れなのか、最後までヨルダの傍を離れなかった。
その右手もゆっくり舟の中へと消えていった。
城は破滅へと速さを増している。
新たなる女王が不完全だったから、破滅するのか。
城の破滅を担うのが、新たなる女王の運命だったのか。
答えは誰も知らず、滅びの時は待ってはくれない。
瞼を閉じたイコの顔を見ながら舟の縁を両手で持ち、海水の中を数歩進んで勢いをつける。
角の血はもう止まっている。角の無いイコは生贄ではない。
だからここに留まる理由はないのだ。
何より大切な存在を滅びゆく小さな世界から逃がすために、ヨルダは迷わすに舟を押した。
外の世界へと―――――
イコを助ける為には一刻も早く城から離れさせなければならなかった。
でも自分から離れて外へと進む舟を見送る時間は沢山ある。
「さよなら。」
ヨルダの言葉を置き去りにして舟は前へ前へと進んで行った。
轟音と共に海に沈み始めた城で、ヨルダはその場で立ったままいつまでもいつまでも去った舟を見つめていた。