虫歯治療ってマジ辛い。何も手につかいなーい! つか、何回通院すりゃいいんだ……。
あ、マインクラフトの水を消す情報、助かりました! 感想で教えてくださった皆々様、ありがとうございます!
カルネ村から1番近い都市である城塞都市エ・ランテルへ向うため、カルネ村から出発してから数時間。高い位置にあった太陽も地平線への彼方へと傾きつつあり、周囲は深い闇に包まれようとしていた。
「これ以上進むのは危険か……」
現在歩いている道の周囲は、森林と森林の境目にある草原。このまま完全に日が沈むまで歩き続けて、光が殆ど差し込まない森林でキャンプするより、モンスターの襲撃などが察知しやすく、星や月の光が差し込みやすい草原でキャンプしたほうが安全だろう。
(……まっ、現実世界の自分ならともかく、ディスガイアのカンストステータスとアイテム装備してる『アダム』ならどんな危険地帯だろうと平気だろうがな)
身体能力の高さを地味に感じさせてくれる体に向ってため息を吐く。ここまで数時間、休憩無しで歩き続けていたが全く疲労感はなく、長時間歩いたという感覚すらなかった。さすがはカンストしてるステータス。おそらくモンスターが現れても、変わらずその力を発揮してくれることだろう。
故に、こんな人気の無い、いつモンスターが襲ってくるかもわからない森林や草原に囲まれた場所においても恐怖心は微塵も感じていなかった。
道の両端に広がっている草原でキャンプすることに決めたアダムは、エ・ランテルに続く道から出て、ここまで歩きながら確認した、ディスガイアで所持していたアイテムがそのまま詰まっているアイテムボックスを開いた。
虚空へと突っ込んでいるアダムの手の上に表示されたアイテムボックス。現在所持しているアイテムとして映し出されているものは、その大半が正方形の倉庫のような建物だった。
それらの建物の下、アイテム名が表示されている場所には、『武器(剣)』、『武器(拳)』や、『防具(上)』、『防具(下)』、『アクセサリー(頭)』、『アクセサリー(手袋)』など、ひとつひとつに名前が分けられて表示されていた。
これらのアイテムは、ディスガイアで『倉庫』と呼ばれていたアイテムである。ひとつの倉庫につき、収納できるアイテムは500と多く、アイテムの重量による制限などはない。唯一、『倉庫』に入れているアイテムはショートカットキーに登録できないというデメリットが存在するが、HP・MPと規格外なまでに高く、NPCやプレイヤーが作成できる回復アイテムではスズメの涙ほどの効果しかなく、状態異常も自前の魔法で治せるトッププレイヤーたちにとって、そのデメリットもないに等しい。
一応、その性能ゆえに課金アイテムと呼ばれる代物ではあったが、錬金術師系の最上位称号 + アイテム作成系の錬度 + レアアイテム + ディスガイアの通貨を揃えれば幾らでも作成可能のアイテムであり、キャラの育成が進み、準廃人ラクスと呼ばれるようになってからは、課金せずに何度も『倉庫』を自作し、回復アイテム、各種装備品、貴重品、素材アイテムなどに振り分けてアイテムボックスを埋めていた。
アダムはアイテムボックスに表示されている『倉庫』のなかでも『キャンプ系1』と銘うたれた倉庫を選択する。
どうやらディスガイアと同じく、『倉庫』を具現化せずとも『倉庫』の中身だけを取り出せるらしい。『倉庫』で埋め尽くされていたアイテムボックスから、『キャンプ系1』の中に入れていたアイテムへと表示が切り替わる。
「えーっと、安全地帯を作り出すアイテムで見られても不自然じゃないものは……やっぱりテントか寝袋ぐらいか。他は『小城』、『砦』、『塔』、『ログハウス』なんてのあるが、これは見つかったらマズそうだよなぁ……」
――「いつの間にこんな建造物が建ったんだ!?」と驚かれたり、遠くから見られて「なんだあの建物は!?」……なんて警戒されたり、質問攻めに遭うだろうことは簡単に想像できたため、建造物系は候補から除外した。
そうなると結局、選択肢は2つになった。『テント』か『寝袋』かだ。どちらも1人用のものであり、どちらもディスガイアの初期に使用することの多い、安いもの。
仮想世界はともかく、現実世界においてキャンプ初体験であるアダムは『テント』を選択したい気分だったが、あいにく手持ちの『テント』は消耗品に属するアイテムだった。最大8時間使用し続けることが出来、レベル30までのモンスターを寄せつけないが、1回使用すれば消えてしまう。
一方、『寝袋』はゲームスタート時に支給されるもので使用回数や連続使用時間に限度はない。デメリットは自身のレベル以下のモンスターからの襲撃を受けやすいことと、所詮寝袋なので、寝ているところが丸見えなところだ。
さらに付け加えると、どちらもディスガイアに存在したどの街でもNPCから購入可能のアイテムだった。
アダムはアイテムボックス内の『倉庫』に表示されている『テント』と『寝袋』の間で、しばらく指をさ迷わせ――結局、使用限度のない『寝袋』を選択した。
アイテムボックス――見た目は空間の狭間から『寝袋』を取り出し、「おぉ……」っと声を漏す。仮想世界では感じなかった『寝袋』の手触り。簡単な造りではあるが、その縫い目は細かく、臭いがした。
「まさに現実仕様ってとこか……」
改めてゲーム内のアイテムが現実のものへと変化していることに驚きを感じつつ、比較的綺麗に見えた草原に『寝袋』を敷く。
そして、寝袋に入ろうとして――動きを止めた。
ゲーム内では『寝袋』に入るときも関係なく装備は付けたままでよかったが、現実仕様となっている現在ではどうなのだろう?
背中に背負っている長剣はもちろん。今日は数時間、満足に舗装もされていない道を歩き続けていたため、靴には少なからずドロなどが付着していた。このまま汚れた靴で『寝袋』を使用するのは、生粋の日本人だったアダムには出来なかった。
アダムは靴を脱ぐと、それを長剣と一緒にアイテムボックスへ仕舞い、改めて寝袋に入った。
やっと一息つけると、仰向けで空を見上げ、
「――っ」
――声を失った。
異世界に飛ばされ、青く澄んだ空や青々とした森林、草原や小動物など、ありのままの自然の姿に感動していたが、今、目の前にある光景は――星空は言葉を失うほど美しいものだった。
「うわぁー……」
顎に無精ヒゲを生やした30代前半ぐらいの男の姿に反し、まるで子供のように声を漏らしてしまうアダム。
言葉では表現できない感動が、汚染の進んだ現実世界でも仮想世界でも決して見ることのできない幻想的で美しい光景がそこには広がっていた。
アダムは美しい星空を見つめ、しばらくしたあと、ゆっくりと息を吐く。
「なんだか異世界に転移したこととか、現実世界とかどうでもよくなってきたなぁ……」
とりあえずエ・ランテルという都市で世界の情報を集め、これからどうするかを決めようかと思っていたアダムだったが、この目の前に広がる星空をひとりで見上げていると、その全てがどうでもいいように思えてきた。
現実世界においてアダムこと、竹中 努にはすでに親しい親類はおろか親兄弟も存在しない。親しい友達もそこまでおらず、今までの人生で彼女すら出来たこともない。育ての親で今は亡き祖父からそのまま受け継いだ会社では一応社長という立場にあったが、所詮はお飾り。業務の殆どは祖父の右腕で友人だった副社長が取り仕切り、自分の仕事といえば判子押しや他の会社のお偉いさんなどとの接待、たまに受けるTVや雑誌の取材を前もって渡された台詞に従って受け答えする程度。さらに祖父の力で大学卒業から入社4年で社長まで出世したため、同世代からのやっかみも強く、幹部たちからも年若く、実績もない社長として扱いに困ると疎まれていた。
まぁ、それでも。同世代の社会人とは比べものにならない高い給料を貰えていたことや、一企業の社長という立場にいれたことには感謝し、満足もしていた。
現在おかれているような、異世界転移などというファンタジックな目にでも遭わない限り、一生お飾りの社長として流されるまま、なに不自由なく暮らしていたことだろう。
そんな、流されていた人生だったからか。
竹中 努は、現実世界に対して未練などというものを微塵も感じていなかった。
「ふぅー……」
汚染が進んだ現実社会では見ることが叶わなくなった月を見上げ、「わかりやすい人生の転機が訪れたな」と、小さく息を吐く。
「……どうせならもう一度、この世界で『アダム』として生きなおすのもいいかもな」
人間だった『竹中 努』を捨て、悪魔の『アダム』として。
右も左も分からない、文明や社会についても分からない、全く未知の異世界で生きる。
――おもしろそうだ。
アダムは大きく口の端を吊り上げ、笑みを浮かべた。
明日中には着くだろうエ・ランテルで起きるだろう出来事に少年のように夢を馳せ、寝ようとして、
「そういや、ディスガイアの基になったゲームの原作本がなかったか?」
100年以上前、ある会社が打ち出したRPG、『魔界戦記ディスガイア』。当時では考えられなかった魔王が主役のゲームであり、レベルの限界が9999、最大ダメージ1億ごえなど、従来のゲームに見られないシステムが多数搭載されていたことから人気に火がつき、2、3と数々の続編が生み出された大人気タイトルだった。
DMMORPGディスガイアはそれらのゲームと、同社が打ち出したゲームを基にして作成されたDMMORPGであり、システムについても似通った点が多かった。
そして、DMMORPGディスガイアの有料コンテンツに電子書籍――ゲーム内で読むことの出来る本に『魔界戦記ディスガイア』のストーリーを小説版にしたものが存在していた。
アダムはアイテムボックスに手を突っ込み、『本1』と名前が表示されている『倉庫』から原作本を取り出す。原作本のサイズは文庫本程度の小さいものだ。
「ああ、これだな。『魔界戦記ディスガイア』。とりあえず4まであるが、まずは1作目の主人公が活躍するヤツから読むか」
アダムは寝ることを止め、うつ伏せになって原作本を読み始める。
――もしかしたら、異世界の仕組みや自身の体の仕組みが分かる情報が載ってるかもしれないと考えて。
◆
「ふぁああ……ねむ……」
寝袋から出て靴を履き、昇り始めた朝日に向ってアダムはあくびをかみ殺す。
あれから日が昇るまで仮想世界において購入済みだった小説版『魔界戦記ディスガイア』シリーズだけでなく、同社から発売されていたゲームの小説版まで読み耽り、悪魔の体や特性について色々と考察し続けたため、結局アダムは徹夜するハメとなってしまった。
朝日を浴びて小動物たちが目覚めるなか、寝袋に潜り込みたいという欲求に駆られるアダムだが、実際のところ眠気も疲労もほとんど感じていない。
「やっぱりこの眠気ってのも人間だったころの名残りとかか? それとも悪魔にも睡眠が必要だったりするのか?」
本当の悪魔は睡眠や食欲なんてなかったりするのか?
様々な憶測が脳内で飛び交うなか、痒くもない頭をかいて、いつものようにノビをする。
『アダム』という悪魔になってまだ2日目。違和感なく自分の体として動かせているが、未だにその限界をアダムは知らず、習性や体質なんかも分からないことだらけである。
夜通し『魔界戦記ディスガイア』を読んだが、色々と大雑把だったり、小説とゲームでは設定のかみ合わないところが見受けられたりと、結局悪魔の体についてはよく理解する事が出来なかった。
唯一の収穫といえば、戦闘モードぐらいだろうか? 小説の一文にあった「戦闘モードに入れば自然と傷を負わなくなり、力を発揮できる」というもの。おそらく現在、戦闘モードではないため、カンストしてるステータスでも物を掴めたりと、何不自由なく生活できているのだろうとアダムは考える。
しかし、まあ、あくまで情報源は原作小説のなかの文章である。信憑性はあまりないため信用し過ぎないほうがいいだろう。
それに悪魔の肉体だとすると、その寿命は人間のときとは比較にならないだろうほど長いだろうし、「これからゆっくり知ってゆけばいいか」とアダムは考えるのを止めた。
それはかってのわからない異世界においてあまりにも楽観的な考えのようにも思えたが、それだけの自信や安心感を与えてくれるだけの肉体やアイテムがアダムには存在していた。
今もカルネ村の村長から聞いた、ゴブリンやオークといったモンスターからの襲撃を頭の隅に追いやり、「腹が減ったからとりあえず朝食を食う」という能動的な思考に素直に従い、アイテムボックスを開く。
『食べ物1』と銘うたれた『倉庫』は、DMMORPGディスガイアで手に入れていた様々な食品によって、500ある枠の全てが埋まっていた。
元々アダムは、回復系アイテムは常に最大数のストックを維持、素材アイテムも最大数、キリのいい数量を常にキープ。必要なくても所持するアイテムのストックは最大数所持という、ある種の几帳面さをもってディスガイアをプレイしていたため、『食べ物1』に入っている食品も様々であり、ひとつの枠に入れておけるストック数も最大である30個。しかもキリよくするために同じ食品が5枠――常に150個所持していた。
アダムはそのキリのいい数字を減らし、また、異世界においてその数字を戻せない可能性があることに若干の躊躇いを感じたが――やはり感じた空腹には逆らえない。
腹が減った。だから、食う。食って何が悪い。
相変わらずの思考回路である。
アダムはそんな思考を行なう現在の自分にやれやれだと首を振り――同時に「これこそ悪魔」、「別に食品のひとつぐらいいだろ」などとも思う。
そして、結局のところ――食べ物を見つけられない、見つける方法がわからない現在において、アイテムボックスに存在する食材や食品を食う以外の選択は最初からありえないのである。
(遅かれ早かれ、食うことにはなってるんだ。気にしてもしょうがないだろ)
自分にそう言い聞かせ、アイテムボックスの腕を動かす。
表示されている食品からひとつを選び、取り出す。
「やっぱり。実際に食うとしたらコレだよな」
取り出したものは、大きな骨に付いた巨大な肉の塊。
そう、漫画でお馴染み、『漫画肉』とも呼ばれる『骨付き肉』である。
朝食としては重過ぎるメニューだろうが、やはりアイテムが現実仕様になっているとくれば、食べずにはいられない。
「あぁ……いい匂いだ。滴る肉汁といい、そのまま切り取って焼いたような見た目といい、最高だな」
直径30cm以上はあるだろう肉の塊を前に大量の涎が分泌される。焼き具合は丁度食べごろのミディアムレア。しかも今焼けたばかりのようと――観察もそこそこに喰らいつく。
「お、おおっ……!」
さらに溢れる肉汁。舌から口いっぱいに広がる肉の味。香辛料の匂いが鼻から抜けてゆく。
噛みごたえも十分、「肉を食ってる」という表現がもっともふさわしく、これまで食べてきた肉とは比べものにならないほど美味だった。
すべてのDMMOにおいて再現すら禁止されていた感覚――味覚や嗅覚が正常に機能していることに感謝し、アダムは夢中で骨付き肉に喰らいついた。
骨を含めて3キロはありそうな骨付き肉を5分と掛からず食べ終えたアダムは、残った『骨』というアイテムをアイテムボックスへとしまい、次は飲み物だとアイテムボックスを漁り始める。
『飲み物1』と銘うたれた『倉庫』を開き、ストック数が表示されていない水の入ったピッチャーを取り出した。
――
正確には食品系に分類されるアイテムではない、魔法のアイテム。
ピッチャーから清潔な水が無限に湧き続け、永延に使えることからアダムは飲み物系を仕舞っている『飲み物1』のトップに仕舞っていた。
アダムは直接ピッチャーに口を付け、水を飲んで一息つく。
「あー、食った食った」
森から聞える自然の音楽やのどかな自然の風景を楽しみながら、食後の余韻に酔いしれる。
ディスガイアで存在した食事や喉の乾きというシステム。果てしなく続くダンジョンを潜り続けたり、周回し続けたりといったディスガイアにおいて、それらは多くのプレイヤーに対して足かせとなっていたが、こうして仮想世界が現実となり、味も食感も感じられている今ならば、無駄とも思えた100種類近い食品数や様々な飲み物、食材が存在していたことは幸運なのだろう。
「――さてと、腹ごなしも済んだことだし、歩くか」
『寝袋』をアイテムボックスへ仕舞い、長剣を背負ったアダムは、再びエ・ランテルへ続く道を歩き始めた。
◆
隣国バハルス帝国、スレイン法国との要所となる境界に位置するリ・エスティーゼ王国の都市、エ・ランテルは三重の城壁に囲まれ、見た目通りに城塞都市の名を冠している。
城壁を2つの城壁を越え、最後の壁との間に存在する区画は、市民のために存在するエリアであり、エ・ランテルで街といえば、一般的にこの区画のことを思い浮かべる。
そんな区画に点在する広場の中で最も大きく、中央広場と呼ばれる場所には、幾人もの露天商が店を開き、様々な野菜や調理済みの食料などの多様な商品を店頭に並べていた。
「おおぉ……すごいな」
まるで映画やファンタジー小説に迷い込んだみたいだ――などと、もう何度目になるか分からないのん気な感想を漏らすのは、30代前半ぐらいの男。
茶色くくすんだ金髪は短く自然にカットされており、瞳の色は金色。彫りが深く、整った顔立ちをしているが、顎に生やした無精ヒゲが持ち前の素材の良さを打ち消している。上下同じ生地だと思われる黒いシャツと長ズボンに、豪華な金糸の刺繍が施された純白のコートを羽織り、胸には白銀のような煌きを放つ十字架のネックレス。甲の部分などに魔法金属のプレートが付けられたオープンフィンガーグローブと、スネまで隠す黒のコンバットブーツで身を包んでいる。
――悪魔であり、『魔王神』の称号を持つ、アダムである。
あれから歩くことさらに数時間、太陽が真上からやや下へ下がった頃。ようやくアダムはエ・ランテルへ到着した。
2つの外壁を潜り、街への中央へとやって来たアダムは瞳を輝かせ、物珍しそうに広場を見渡した。
せわしなく行きかう様々な格好、肌色、髪の色をした人々や中央広場に開かれた商店に並べられている、見たこともない野菜や元いた世界で食べていた野菜や果物。
道行く人ごみの中、威勢よく呼び声を投げかける店主に、店主との間で値段交渉をしたり、少しでも新鮮な食材を探す婦人たち。
所々で香ってくる食べ物の匂い。
仮想世界にも同じような光景は存在したが、ここに存在するものはすべて現実のものだとはっきりわかる光景だった。
誰しもが個々としての意思を、魂を持ち、この世界を現実として必死に生きている。
「……やっぱり現実なんだよな、ここは」
中央広場を前に立ち尽くしている新顔のアダムに向って、訝しげな視線を集める人々。
その羽織っている純白のコートを見て、あるものは隣国、スレイン法国に存在する陽光聖典という特殊部隊を連想させたが、陽光聖典に属する者がひとりでエ・ランテルなんかにやってくるわけがないとすぐ首を振る。しかし、警戒だけはしておこうと目だけは外さない。
アダムはそんな誤解を受けていることなど露知らず、フッと小さく鼻を鳴らす。
――未だにどこかゲーム感覚だった自分を嗤うように。
「……とりあえず。こっちの金はねえから、まずは換金からだな」
エ・ランテルの城門を潜る際、貴金属や宝石を換金できる場所はないかと門番の兵士に訊ねて教えてもらった、冒険者組合。
冒険者と呼ばれる、モンスター討伐などの荒事を専門に行なう荒くれ者共が集まって結成されたギルドであり、アダム自身もファンタジー小説やゲームなどで馴染みのあった組織である。
アダムはその冒険者組合の建物が中央広場にあると聞いて、ここまでやって来たのである。
門番の兵士の話によると、冒険者組合ではモンスターから剥ぎ取れる素材や薬草、鉱石にいたるまで基本的に何でも買い取ってもらえ、さらにモンスターを討伐したあと、その体の一部を切り取ってもっていけば褒賞がもらえるそうだ。
エ・ランテルまでの道中、不思議とモンスターと出会うことがなく、草や木々も何が金になったり、なんの効果を発揮してくれるか分からなかったために何一つ採集しなかったため、ディスガイアで元々所持していたアイテムぐらいしか売れるものはなかったが、素材アイテムとして所持している宝石類は高く売れるだろうとふんでいた。
そして買取りと同時に、出来たら冒険者として登録してもらおうともアダムは考えていた。
◆
日もだいぶ傾き、行きかう人々も減り始め、次々に商店が店じまいの準備を始めた頃。ようやく買取りと冒険者登録を終えたアダムは冒険者組合をあとにして、登録の際に受付嬢から教えてもらった宿屋へ向うため、通りを歩き始めた。
宿屋へ向うアダムの足取りは軽い。さほど広くもない通りをひとりで歩きつつ、純白のコートの内側に仕舞った、金貨や銀貨がたんまり詰まった小袋を片手で何度も弄ぶ。
「あんな最低級の素材アイテムひとつでこんなにもらえるなんてなー、くくくくっ……」
ディスガイアでは価値がなく、売るほうが逆に無駄になる素材アイテムだった小さい宝石が、金貨や銀貨に変わったことに笑いが止まらないといった様子だ。
しかし、異世界での宝石の価値がどの程度かわからないため、実際の価値よりもだいぶ安く買い取られた可能性も否定できなかったが――元々アダムには必要ない素材アイテムだったため、それについてはどうでもよかった。ようは宿代や飲食代を払うためのこの世界で使える金があれば良いのである。
石畳の敷かれた道を過ぎ、舗装されていないボコボコの泥道を歩き続けていると、目的の宿屋の目印として教えられた「絵」を発見した。
会話することに問題なくとも、この世界の文字の読み書きが出来ないアダム。宿屋の目印が「絵」であったことに感謝しつつ、2段ほどの階段を上がる。西部劇などで見かけるウエスタンドドアを押し開け、店内に入った。
明り取りの窓がほとんど下ろされているため、店内は日の落ちかけた外とあまり変わらない暗さだ。
ギルドの受付嬢の話では、1階が酒場になっており、2階、3階部分が宿屋という話だった。
広い室内に何卓も置かれた丸テーブルには客の姿がちらほら。酒場らしく、テーブルの上には酒や料理が置かれている。冒険者ご用達の宿屋らしく、テーブルについて食事をしている客のほとんどが男であり、暴力の傍に身を置いている者に相応しい空気に包まれていた。
先ほどまでガヤガヤと騒がしく飲み食いしていた男たちの視線が、新たに入店したアダムへと向けられる。そこには値踏みをするような粘りつくものが多く含まれていた。
そんな宿屋の景色に、アダムは瞳を輝かせる。
(すごく汚ねえところだが、これぞ酒場って感じだよなー。ディスガイアでの酒場を思い出すな、これは)
床にぶちまけられた何かの食べカス、同じく床に溜まった何かの液体、壁に出来た奇妙な染み、隅のほうで溜まっている固まってカビの生えた何か……。
ディスガイアで最も治安の悪いとされた街の酒場兼宿屋では、これらに加えて何かの肉片やゲル状の液体、食材用にゾンビが絞められた状態で吊るされ、目玉や腕といったパーツなどが床に転がっていた。
確かに、異世界の酒場からは仮想世界の際には感じられなかった違う汚さを感じるが、ディスガイアの混沌とした酒場と比べると綺麗な部類に入り、眉を顰めるほどではなかった。
アダムは観察もそこそこに切り上げ、店の奥へ向う。
薄汚れた前掛けをして、露出している肌にいくつもの傷跡が見えるスキンヘッドの男の前で立ち止まる。
店の主人というより、用心棒が似合ってそうな厳つい顔のした筋骨隆々の男が、アダムに向って口を開く。
「宿か?」
割れ鐘を彷彿とさせる濁声にアダムは頷いた。
「何泊だ?」
「とりあえず、1泊で頼む」
厳つい顔の主人はそう答えたアダムの胸――白銀のネックレスではなく、冒険者として登録した際に貰い、首から下げるように言われたプレート――を見て、「……銅のプレートか。相部屋で1日5銅貨だ」とぶっきらぼうに言う。
「出来ればひとり部屋がいいんだが、部屋はないのか?」
微かに鼻で笑った声が聞える。
「……この街に冒険者ご用達の宿屋が3軒ある。その中で1番したが俺の店なんだが……組合の人間にここを紹介されたんだろうが、どうしてだか分かるか?」
「ここを紹介された理由か……」
アダムは少し考え、思いついたことを素直に答える。
「1番宿賃や食事代が安いからか?」
「……あ? ああ……そりゃあ、まぁ、他の宿屋より安いことには違いねえがよ……。他にもあんだろ? 冒険者になったばっかの銅のプレート。ひとり……」
意外と親切だった宿屋の主人からそこまでヒントを貰って、アダムはようやく理解する。
「――仲間……。冒険者としての人脈作りか」
それで正解だと主人がうなずくのを確認し、アダムは相部屋の利点を思い浮かべる。
冒険者としての人脈の構築、最新の情報の交換、冒険者としての知恵を学ぶことできたりと――なるほど、冒険者になったばかりの駆け出しは相部屋のほうがいいだろう。駆け出しなら取られて困る貴重品や金なんかも持ってないだろうし。
――しかしだ。
「それでも、ひとり部屋にしてくれないか?」
「人の親切を無碍にする気かてめぇ……!?」
店の主人の眉が危険な角度で吊りあがり、殺気の籠もった鋭い視線を向けられる。
(……現実世界じゃチビってたんだろうが、今じゃ何も感じないな。恐怖心が麻痺してるっていうか、かなり図太い精神になってるみたいだ)
ドスの聞いた声と殺気の籠もった視線を受けても、余裕な態度を崩さないアダムを見て、ほう、と主人から感嘆の呼吸が微かに漏れ出る。
「親切には感謝してる――が、仲間はもういるからな。ここで見つけようとは思ってないんだ。ま、冒険者同士の情報交換には惹かれるところだが、それは明日組合のほうでするつもりだからな」
アダムの言葉に主人の眉が元の位置まで戻り、目から殺気が消える。その変わりようの早さに「やっぱり試してたのか、食えなさそうなおっさんだ」とアダムは心の中でため息を吐く。
「そりゃあ結構なことだが、お仲間ね……。なんで一緒に行動してないかは聞かねえでおいてやるよ。1日6銅貨。当然、前払いでだ」
アダムはコートの中に仕舞ってる小袋を漁り、金貨と銀貨に埋もれている銅貨を6枚引っ張り出して、差し出された主人の手に乗せた。
「確かに。あと、食事をしたいときはこのカウンターにいるヤツか、俺に頼みな。当然、飯や酒の料金は宿代と別だ」
銅貨を確認した主人はカウンターの上にぱちんと音を立てて小さな鍵を置いた。
「部屋は階段上がって左の一番奥の部屋だ。寝台に備え付けてある宝箱に荷物は入れろ。言わなくてもわかってると思うが、他人の部屋には近づくな。勘違いでもされたら厄介なことになるからな。精々気をつけるこった」
「ああ、ありがとう」
「けっ……」
お礼に対して顔を背けた主人から部屋の鍵を受け取り、アダムはさっそく階段を上がって部屋へ向っていった。
◆
アダムの姿が2階に消えると、いつもより静かだった店内が騒がしさを取り戻す。
「やっぱ貴族か?」
「そうだな。あんな精巧な刺繍……しかも金糸がふんだんに使われた純白のコートなんて着れるのは貴族ぐらいのもんだろ」
「いやいや、貴族じゃねえって。貴族だったらこんな宿に泊まったりするわけねえだろ」
「ああ。もし貴族だったら今頃おやっさんは殺されてるはずさ」
「じゃあ、貴族じゃなかったら何だってんだよ? あのコートはもちろん、銅のプレートと一緒に下げてたネックレス。銀は銀でもありゃ白銀だったんだぜ」
「代々受け継いだり、遺跡で発見したマジックアイテムって可能性もあるだろうが」
「普通、あんなにたくさん受け継いだり、見つけたりするか?」
「そういや背負ってた剣もすごかったなー。あんな綺麗な剣、見たこともねえよ。やっぱり名のある貴族さまだろ」
「分けありの貴族ってか?」
飛び交う会話の話題は、全てアダムについて。
冒険者ご用達の宿屋だけあって、商売敵かパーティの仲間になる可能性のある新参者の冒険者に対する興味は誰よりも強い。
ワイン片手にアダムが消えていった階段のほうに視線を向けながら、冒険者のひとりがふと呟く。
「あいつ、強ぇのかな?」
モンスター退治を主な仕事として請け負っている冒険者だからこそ、誰しもが1番気になるところであり、重要なことである。
「強さね……。そういや、いつもてめえらが新人相手にやってたアレ。今回はやらなかったんだな?」
店の主人から発せられたその言葉に、1番近くの丸テーブルで酒を飲んでた大男が大げさに首を振りながら返す。
「勘弁してくれよ、おやっさん。いくら新参者の冒険者だからって貴族かもしれねえ相手にケンカなんて売れねえよ」
大男の近くのテーブルで酒を飲んでいた男も、大男の言葉に賛同するようにうなずいた。
「ああ、そうだそうだ! ちょっとケンカ売ったぐらいで拷問されたり、殺されんのは勘弁だぜ」
「まったくだ。仕事以外で貴族なんかにゃ関わりたくもねえ」
日ごろモンスターを相手に戦う冒険者にしては情けなく聞える言葉だったが、主人も「そりゃまあ、そうだな」と同意する。
アダムを怒鳴りつけた主人も、宿屋の主人として長年の経験で培われた『人を見る目』がなければ、例え最低ランクの冒険者であってもプライドを棄て、態度を改めて接していただろうと思って。
それほどこの世界において特権階級に属する人間の権力は強く、貴族の横暴さや理不尽がまかり通る世の中だということを、平民たちは嫌というほど理解していた。
まぁ、アダム本人は「異世界の街に馴染めるよう、目立ちすぎないよう服装に着替える」という発想がただ単純に存在しなかっただけで、貴族と勘違いさせて無駄なトラブルを避けるなとという考えは微塵も存在していなかったが。
確認、確認、確認して設定に矛盾が調べながらようやく投稿……。現在は3話の途中まで書いてるけど、4話が仕上がるまでは基本投稿はないかも……。