オーバーロード もうひとつの世界からの来訪者   作:上平 英

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 意外と早かったあの子の登場。明日にはタグを消しておきます。


第3話 眷属であり、下僕であり、仲間。

木の扉を閉め、ふぅっと息を吐く。

 

「やっと屋根があるところで寝れるのか……」

 

 異世界転移から2日。ようやく雨風を凌げる部屋で寝れるようになったことに感謝し、長剣を仕舞ったアダムはベッドに座る。

 

 部屋には小さな机がひとつ、そして宝箱が備え付けられた粗末な木製寝台ぐらいしか調度品のない部屋だったが、ここはエ・ランテルでも最低に属する宿屋の部屋。あまりにも不潔だったり、致命的な欠陥がない限り、文句を言うつもりはない。

 

 小さな机に置かれた蝋燭台に、アイテムボックスから取り出した『減らない蝋燭』と呼ばれる下級光源アイテムをセットし、最低威力に調整したファイアで火をつけ、暗い室内に灯りを灯す。

 

「ふぅ……」

 

 一息吐いて、羽織っていたコートをアイテムボックスに仕舞うと、アダムはベッドに仰向けになった。 

 

 いくつものシミが見える汚い天井を見上げて、呟く。

 

「――仲間、か……」

 

 仲間と聞いてアダムが最初に連想するものは、ディスガイアで交流のあったプレイヤーたちではなく、NPCたちである。

 

 プレイヤー1人に対して9体。課金によって最大15体まで保持が可能だったNPC。

 

 どこまでも上がるステータスや9999まで上がるレベルから同じ強さのプレイヤーを発見することが難しく、また、ステータスが高ければボス相手でもパーティプレイを必要としないために実装されていたディスガイアの仕様だ。

 

 それらのNPCは『眷属』と呼ばれ、レベル50で解放されるイベントクエストをクリアすれば、街中にホームを建てる権利と共に、最大3体まで作成する権利を得られた。

 

 全てのイベントクエストをクリアし、砦クラス以上のホームを保持するという条件を満たしているアダムが保持するNPCは、課金で追加したNPCも含めて最大数の15体。

 

 アダムはおもむろにアイテムボックスを開くと、一番下に仕舞ってあるアイテムを見つめた。

 

 ほとんどが『倉庫』のアイコンで埋まっているアイテムボックスのなかで異彩を放つアイテムたち。

 

 城のようなアイコンが浮んだ、ディスガイアにおいてアダムのホームだった――『魔王城』のあとに続いて表示されている、様々な色のクリスタル。

 

 そのクリスタルこそが、アダムが仲間だと聞いて思い浮かべたNPCたちである。

 

 普段は自身がディスガイアのフィールド内、もしくは課金によって作成できる惑星――惑星といってもあくまで設定上であり、実際は平面のフィールド――で街に配置されてるNPC同様、適当に配置して待機させていたが、『――崩壊する世界から脱出し、新天地を見つけるため、新たなる世界を求めて魔王神は深淵へと飛び降りる』という、『アダム』としての最期を飾るための設定に殉じるため、わざわざホームである魔王城と一緒にアイテム化して、アイテムボックスに仕舞っていた。

 

「――こいつら、この世界じゃどうなるんだ?」

 

 クリスタルを観察しながら呟く。

 

 仮想世界のアイテムが現実のものと変化したこの異世界。NPCたちがどう変化しているのかは不明だった

 

「やっぱり現実仕様になるのか? ……いやいや、現実仕様ってんだよ」

 

 自分自身にツッコミ、アダムはクリスタルのひとつに手をかける。実際にNPCとして実体化させるか、させまいかを悩み、手の中でクリスタルを弄んでいると、

 

「――っ」

 

 虚空の中、手にしたクリスタルから何か(・・)が伝わってきた。

 

「これは……何だ?」

 

 ――感情? 想い? 言葉?

 

 本来心も魂も存在しないはずの、プログラムの固まりであるはずのNPCが封じ込められたクリスタルから何か(・・)が伝わってきたことに、アダムは驚愕した。

 

 ――そして、それと同時にある仮説が思い浮ぶ。

 

「まさか心……魂でも宿ったとでもいうのか!?」

 

 異世界転移によるアイテムの現実化。

 

 NPCの現実仕様とはつまり――人形の人間化だと、アダムは考えた。

 

「あいつらに魂が……」

 

 ディスガイアではパーティメンバーとして、育成の対象として、ずっと大切にしてきた15体のNPC。

 

 にわかには信じられなかったが、そのNPCたちに個々としての魂や心が宿っているかもしれないことに、アダムは言い表すことの出来ない喜びを感じた。

 

 そして、親友や恋人、子供に向けるように、愛おしそうにクリスタルを見つめ、「クリスタルのままじゃ窮屈だろう」とアイテムボックスから取り出し、実体化させようとして――、

 

『オイコラ! 早くここから出せー!』

 

 手に持ったクリスタルから怒りの感情と共に、そんな言葉が脳内で響いた。

 

 声の主は女性で、10代後半ぐらいのもの。持ち前の負けん気の強さや傍若無人な性格が声質から窺え、荒っぽい言葉遣いも声質とマッチしていた。

 

 アダムは無言でクリスタルから手を離し、クリスタルの下に描かれた銘を確認すると、「やっぱりか……」と息を吐いた。

 

 ――超・魔王アイドル、ラハールちゃん。

 

 NPCが取得できる悪魔系の最上位称号だった『魔王』を冠する、悪魔と人間のハーフであり、アダムが最初のイベントクエストクリアで得た3体のNPC作成権により、最初に作成したNPC。

 

 そのレベルは9999でカンストしており、総転生回数250回。素体ボーナスによってレベル1の装備なしでも平均300のステータスを誇り、素質は天才。装備を含めた最終ステータスは平均9桁の前半。NPC作成時に素体として使用できるキャラクターとして有料で配信されていた、『魔界戦記ディスガイア』の主人公ラハールの女体化バージョンを基に作成されている。

 

 これら有料で配信されているキャラクターは、他種族に転生することが出来ない代わりに、転生時に必要なマナがある一定で固定され、装備適正や基礎ステータス、武器の適正値が始めから高めに設定されていた。

 

 アダムは『ラハールちゃん』と表示されてるクリスタルを前に、昨夜夜通し徹夜で読んだ『魔界戦記ディスガイア』の主人公だった『ラハール』の性格や思考回路を思い浮べ――「こっちのラハールちゃんは最初から女だし、少しはお淑やかな性格のはず」――と考え、「でも、ラハールちゃんの設定ってラハールを基にして、アイドル設定追加しただけだったよな?」――と顎に手をやった。

 

 ラハールの……ラハールちゃんの設定を基に魂や性格が形成されたとすれば――、

 

「クリスタルから出すのは少し……いや、かなりマズいな」

 

 ただでさえクリスタルに閉じ込められて怒ってるらしいラハールちゃん。クリスタルから出せば何をするか検討も付かない。ただ、ラハールが登場の際にいつもやる高笑いをすることだけは予想ができた。

 

「って、高笑いでも十分ヤバいだろ。ひとりで宿屋に入ってんだし、いつの間にか人数が増えてたら不信がられるに決まってる」

 

 そういう意味では他の、戦闘や争いごとが苦手な優しい性格をした、という設定を持つNPCを出すことも無理だった。

 

「どっちにしろここじゃ無理だな。明日……一度街の外に出て、人気のないところで出したほうがいいか。――とりあえず今日のところは飯食って寝よ」

 

 予定を決めたアダムは、ひとつひとつのクリスタルを手で掴み、「出してやるからそれまで我慢してくれよ」と思いを込めて呟き、『食べ物1』と銘うたれたアイテムボックスを開いた。

 

「今日の夕飯は骨付き肉~♪」

 

 ご機嫌な歌声と共に取り出したのは、今朝、昼食としても食べた『骨付き肉』だった。

 

 肉のみ、野菜なし、3食同じメニューと不健康すぎるが、漫画肉にかぶりつける欲求には勝てなかった。

 

「あー、うめぇ……」

 

 きっと、明日から野菜も食べると思う。

 

 

 

 

 

 

 翌朝、ようやく日が昇り始めた頃。アダムはエ・ランテル近くの森林にいた。

 

 アダムの周りは360度、深い森林で囲まれていた。薄暗く、いかにもモンスターの襲撃に遭いそうな場所だが、その代わり人の気配もない。

 

 アイテムボックスからアイテムを取り出したり、クリスタルからNPCを実体化させたりと、人に見られたら色々とマズい行動をしようとするアダムにとって、モンスターが出現する森林はうってつけの場所だった。

 

 改めて人気のないことを確認したアダムは、虚空へと手を伸ばしてアイテムボックスを開く。

 

 アイテムボックスの下に並べられているクリスタル。魔王城のすぐ隣に表示されている、ラハールちゃんが封じられているクリスタルを掴み、取り出した。

 

「さあ、いよいよだな」

 

 緊張からゴクリと生唾を飲む。

 

 プログラミング通りに動く人形から本物の生物となったNPCがどんな人格を得たのか、どんな行動を取るのか。

 

「いきなり攻撃してきたりとかはないよな?」などと不安を抱きつつ、それでもアダムはクリスタルを実体化させる。

 

 ディスガイアでの使用法と同じく、クリスタルを目の前の地面に放ると、ボンッという小さな爆発音が鳴り、あらかじめ設定しているエフェクト――紫色の煙が立ち昇った。

 

 その紫色の煙が消えると、NPCの全体像が――、

 

「――っ!?」

 

 突然、紫色の煙を裂くように両腕が伸ばされた。腕は的確にアダムが羽織っているコートの襟を的確に捉え、ぐいっと煙の内側へと引き寄せる。

 

 そこでアダムの視界に映ったものは、赤い瞳――。

 

 地獄の底を流れるマグマのような、暗さを持ち合わせた真っ直ぐな瞳だった。

 

「ら、ラハールちゃん……?」

 

 お互いの呼吸だけでなく、体温さえも感じられる超至近距離。そんな超至近距離まで引き寄せられたアダムは息を飲む。

 

 怖ろしく整った顔立ち。

 

 吊りあがった眉毛に、ギラギラとした赤い瞳、小さい鼻に、不機嫌を隠そうともしない口元。

 

 ディスガイアという仮想世界内では見慣れているラハールちゃんの顔だが、現実のものとしてそこから表情や意思が感じられると、また変わってくる。

 

 どうしてもNPCではなく、ひとりの人間――この場合、悪魔と人間のハーフ――はもとより、女として意識してしまう。

 

 その現実を前にアダムは戸惑い、口を閉ざして固まってしまう。

 

 一方のラハールちゃんはそんなアダムを無視して口を開く。

 

「遅いっ!」

 

「……へ?」

 

「新天地とやらにはもうとっくに着いたのであろうっ! なぜすぐに出さなかったのだ!?」

 

「すぐって……まだ異世界に来て3日だぞ?」

 

 むしろ早く出してやったほうじゃないか、とアダムは思ったが、ラハールちゃんからすれば遅すぎたらしい。

 

「来た時点で解放しろー! 全く、オレのマスターのクセして……」

 

 怒鳴り声をあげ、ぶつぶつ呟くラハールちゃんは呆れるように大きく息を吐いた。無雑作に腰まで伸ばした、青みがかった紫色の髪と、頭の上で揺れる2本の触覚のような、長いアホ毛を揺らし、ゆっくりとアダムの胸ぐらから手を離す。

 

 離れたことで見えたラハールちゃんの全体像は、黒地に赤い炎がプリントされた革のビキニに、赤いジーンズという、露出がやや高めの格好だった。

 

 アダムに背中を向けたラハールちゃんは面白くなさそうに地面を蹴った。拗ねているようだ。

 

(……これは慰めたほうがいいのか?)

 

 まだラハールちゃんがどんな性格だったり、人格をしてるのか把握できていないアダムには、どうすればいいか分からない。

 

 とりあえず、DMMORPGディスガイアのラハールちゃんもとい、原作小説で読んだラハールの性格や思考回路を思い出し、それを基にアイテムボックスを開く。

 

 刺激しないよう、恐る恐るラハールちゃんに近寄り、アイテムボックスから取り出したものを差し出した。

 

「ラハールちゃん、これで機嫌直してくれないか?」

 

「なっ……こ、これは!?」

 

「竜王の肉を調理した骨付き肉――『G級骨付き肉』。ラハールちゃんの好物だろ?」

 

 アダムが昨日食べた骨付き肉よりもランクが高いの食品アイテムであり、そのサイズも大きく重量は10キロもあった。

 

「おおおぉおおおっ!」

 

 だらだらと涎を垂らしながら、アダムの手から骨付き肉を奪い取る。こんがり焼き目の付いた骨付き肉に豪快に食らいつき、ガツガツと食べ始めた。

 

「美味い! 美味いぞぉおおおー!」

 

「それは良かった。じゃあ、あともう1個やるから機嫌直してくれよ?」

 

 ラハールちゃんは夢中で食べながら頷く。もうひとつの肉を早く寄越せとアダムの手から奪い取った。

 

 両手それぞれ持った大きな骨付き肉にご機嫌でかぶりつくラハールちゃん。口いっぱいに肉を頬張るその姿にアダムは頬を緩めてほっこり和み、同時に高級の食品アイテムを貰ったからといってすぐに機嫌を直したラハールちゃんがちょっとだけ心配になった。

 

(ま、機嫌を直してもらったんだからいいか)

 

 ラハールちゃんから視線を外し、アダムは再びアイテムボックスに手を突っ込む。

 

 ラハールちゃんのクリスタルがあった場所の隣――2つ目のクリスタルを取り出して、地面に放った。

 

 ラハールちゃんの時同様に小さな爆発音が鳴り、今度は白い煙が立ち昇った。

 

 すぅーっと消えた煙が晴れると、そこには金髪の女性が立っていた。

 

 腰下まで伸ばした煌く金色の髪を赤いリボンで縛った、顔立ちの整った美女だ。

 

 黒を基調とした豪華なドレスに身を包んでいて、大きく開いた胸元からは透き通るような白い肌が豊かな胸と一緒に覗けていた。

 

 三角に尖った耳に、その美しい顔立ちと肢体が相まってエルフのようにも見えるが、彼女の背中からはコウモリのような翼が生えている。

 

 ――魔王の娘、ロザリー。

 

『魔界戦記ディスガイア2』のヒロインである『ロザリンド』を基にラハールちゃんと同じく作成された、最初の3体のひとり。

 

 種族は悪魔で、称号は『魔王』。レベルは9999で総転生回数255回。素体ボーナスによってレベル1の装備なしでも平均300のステータスを誇り、素質は天才。最終ステータスは平均9桁、アダムが所有するNPCでも最強の命中力を有するNPCであり、得意武器は命中力と俊敏が攻撃力となる『銃』。ラハールちゃん同様、NPC作成時に素体として使用できるキャラクターとして有料配信されていた。

 

 ロザリーは周りをキョロキョロと見ながら呟く。

 

「ここが新天地か。元いた世界と何もかわらぬようじゃのう」

 

(……ロザリーには現実化した異世界も仮想世界と変ってないように感じるのか? まぁ、仮想世界でも元NPCのロザリーにとっては現実と変わらない場所なんだし、当然と言えば当然なのか?)

 

 そんな思考を巡らせるアダムにロザリーは声をかける。

 

「のう、アダムよ」

 

「……なんだ、ロザリー」

 

「妾たちの城はどこじゃ?」

 

「……城? 魔王城のことか?」

 

「いや、新天地(ここ)での妾たちの居城じゃ」

 

「……は?」

 

 ロザリーの言葉にアダムの目が点になる。

 

 ――城。

 

 新天地、異世界での居城。つまり、家はどこかと聞いている。しかも冗談ではなく、本気で。

 

「む? もしやないのか?」

 

 きょとんとしながら聞いてくるロザリー。「んなもんねーよ! まだ転移して3日目だし、昨日やっと宿屋借りて野宿から解放されたとこなんだよっ」と、アダムは反論しそうになるが、それではあまりにも格好が悪い。

 

 アダムはアイテムボックスを弄るフリをしながら弁解する。

 

「まだ転移から3日経ったばかりだからな。この世界の情報が全くない今は、どこかに居を構えたりしたくないんだ」

 

「ふむ……確かにそうじゃな」

 

「……納得してくれたか?」

 

「うむ」

 

 ロザリーが頷いたところで、アダムはアイテムボックスから新たなクリスタルを取り出した。見ようによってはロザリーとの会話を強制終了させたようにも見えたが、実際その通りである。

 

 アイテムボックスから取り出したピンク色のクリスタルを、地面へと放つ。

 

 ボンッという小さな爆発音と同時に紫色の煙が立ち昇る。

 

 煙が晴れるのと同時に現れたのは、煌びやかな輝きを放つ金髪を後ろでまとめてアップさせた、翡翠色の瞳をした20代前半ぐらいの貴婦人。

 

 ロザリンドとはまた違ったデザインの赤を基調とした豪華なドレスで身を包み、手には扇を持っている。大きな胸とくびれた細い腰、丸い尻にと、非常にスタイルがよく、顔立ちもハッキリと整っていて、絶世の美女という言葉が相応しい女性だった。

 

 宝石のような翡翠色の瞳がゆっくりとアダムに向けられる。

 

 女性の視線がアダムの視線と合わさった瞬間、女性がニッコリと微笑んだ。

 

 男性ならその微笑みを目にしただけで虜になってしまうだろう。そんな微笑みを向けられたアダムは思わず顔を赤らめてしまう。

 

 仮想世界はともかく、現実世界ではまずお目にかかれないだろう絶世の美女にどう声をかけたものかと悩んでいると、

 

「ん~……やっぱりこの格好って肩が凝っちゃうのよね~」

 

 大胆にも女性は身に纏っていたドレスを脱ぎ捨てた。

 

「ん~……」

 

 全裸のまま、何も隠そうとせずに気持ち良さそうに伸びをする女性。その豊満な肉体と完成された美を前に、驚くことも忘れてアダムはだらしなく表情を緩め、見惚れてしまう。

 

 そんな、創造主であり自身を育て上げたアダムの姿を見て、女性は呆れるでもなく、失望するでもなく、嬉しそうにニッコリと微笑む。ゆっくりと近づき、その豊満な肉体をアダムに押し当てる。

 

 それは明らかなハラスメント行為だったが、やはりGMからの警告はなかった。そもそもディスガイアでは装備の下にNPCが着ている服は着脱不可能のはずである。

 

「お、おい……」

 

「あら、どうしたのダーリン」

 

「……ダーリン?」

 

 押し当てられている女性の豊満な肉体にどぎまぎしつつ、アダムはダーリンという呼び方に首を傾げ――そういえばそう呼ぶように設定してたな、と思い出す。

 

 アダムは顔を赤らめたまま女性――メルチェリーダの体から視線をどこかへ逸らして呟く。

 

「メルチェリーダ。とりあえず何か服を着てくれるか?」

 

 現実世界においてごく普通の26歳の男だったアダムが、メルチェリーダのような絶世の美女の裸――しかも押し当てられている状態では落ち着いて話をする自信がなかったから出た言葉だったが、メルチェリーダはピンク色の唇を不満げに突き出した。

 

「えー……せっかく脱いだのにぃ」

 

「頼むよ。ドレスじゃなくてもいいからさ」

 

「む~、わかったわ」

 

 メルチェリーダはしぶしぶとうなずき、アイテムボックスを開いた。

 

 NPCにも存在するアイテムボックス。プレイヤーとは違い、所持できるアイテムは30種類と少なく、拡張アイテムである『倉庫』も最大3つまでしか入れられないという制限が存在した。

 

 メルチェリーダは脱ぎ捨てたドレスをアイテムボックスに仕舞い、続いて装備品・防具に分類されているアイテムを取り出した。

 

 取り出したのは、何かの革で作られた紫色のレオタード。ところどころに露出が目立ち、女性の体の魅力を最大限に引き立たせるような大胆な衣装だった。

 

 防御力なんてとても期待できそうにない衣装だったが、それは見た目だけ。性能はメルチェリーダが保有し、装備する防具のなかでもダントツの性能を誇る装備アイテムだ。

 

 メルチェリーダをレオタードに着替え、改めて周囲を見回した。もちろん、アダムの腕に自身の腕を絡めて胸を押し付けるのを忘れない。

 

「へー、ここが新天地なのね」

 

「……ああ。俺もまだ着て3日目だからまだ未知の部分だらけだが、近くにエ・ランテルという街があるんだ」

 

「街! へえ、そうなの。かわいい女の子はいるのかしら?」

 

「……さあな」

 

 まだ見ぬ異世界の女に向って艶っぽく唇を舐める姿は、もはや貴婦人からはかけ離れている。服装からして痴女、行動や言動も淫乱女のよう。

 

 しかし、彼女の種族をかんがみれば当然の振る舞いだろう。

 

 ――夢魔族。

 

 男を誑かす悪魔であり、サキュバスという呼び名が有名な種族。その種族の外見的特徴は、男を虜にするような美しい顔立ちと女性らしい体つき。それらに加えて、頭のこめかみ付近から生える山羊のような角に、お尻から生えた、先端がハートのようになっている黒い悪魔の尻尾と、腰の辺りから生えたコウモリのような翼である。

 

 ちなみに夢魔族は『魔界戦記ディスガイア』シリーズにおいて最初から最新作にいたるまで長期にわたって登場し、下僕・眷属として作成・使用することのできる種族であり、特殊技や魔法、魔ビリティ、外見においてもお色気を重視した魔物系に属するキャラクターである。

 

 そしてNPCメルチェリーダは、『魔界戦記ディスガイア』シリーズの4作目、オメガクールのエフェクトとしてコラボした『ロッテのおもちゃ』――サキュバスのお姫様、アスタロッテ――ラハールちゃんやロザリンドと同じく有料配信された『アスタロッテ』というキャラクターをベースに外装や設定を原型がほとんどなくなってしまうほど弄りまくり、アスタロッテの母親で女王の『メルチェリーダ』を再現したNPCだった。そのため普通の夢魔族にあるはずの角がない。

 

 ちなみにレベルは9999。総転生回数は270回。素体ボーナスによってレベル1の装備なしでも平均300のステータスを誇り、素質は天才。最終ステータスは平均9桁、アダムが所有するNPCでも最強の魔法防御を有するNPCであり、魔法や回復などの後方支援が得意。ベースとなる拠点においても『院長』という役職に就いていた。

 

「相変わらずじゃな、メルチェリーダよ」

 

 大きな胸の谷間にアダムの腕を挟みこむようにしてしがみついているメルチェリーダに向って、ため息を吐きながらロザリーが声をかける。

 

 メルチェリーダはピコピコと頭の上で揺れる金色のアホ毛を揺らし、声のほうへ顔を向けた。

 

「あらロザリーじゃないの。あなたも出してもらったの?」

 

「まあの。ラハールちゃんもおるぞ。ほれ、あそこじゃ」

 

 言いながらロザリーは指をさす。

 

 夢中で骨付き肉に喰らいついていたラハールちゃんはロザリーの言葉に顔を上げ――メルチェリーダと視線が合った瞬間――表情を引きつらせた。

 

「げぇっ! むちプリ!」

 

 骨付き肉を抱え、急いで距離を取ったラハールちゃん。そんなラハールちゃんの反応にメルチェリーダは頬を膨らませる。

 

「もぅ失礼な反応ね」

 

「うるさい! オレさまに絶対そのムチムチした体を近づけるなよ! オレさまはお前みたいなムチムチしてるヤツを見ると拒絶反応が出るんだ!」

 

 そう怒鳴るように叫ぶと、ハールちゃんはわなわなと体を震わせた。その過剰反応を前にメルチェリーダは呆れてしまい、怒る気もなくして息を吐く。

 

「はぁ、ラハールちゃんのむちプリ嫌いも相変わらずなのね」

 

「うむ、自分の体にさえ拒絶反応が出てしまうほどじゃからな」

 

 メルチェリーダに同意するようにロザリーが頷く。そんな2人に向って文句のひとつでもぶつけたくなるが、事実だけにラハールちゃんは唸ることしか出来ない。

 

 自身を創造し、鍛え上げたアダムに助けを求めて視線を向ける――睨み付けるようにしか見えない――が、アダムはメルチェリーダの体を押し付けられ、若干前かがみになってるため頼りにならない。むしろその情けない態度に怒りに合わせて殺気が湧いた。

 

 真っ直ぐ向けられる怒りの感情や殺気から、業火でも背負っているようなラハールちゃんを幻視したアダムは、ようやく顔を引き締める。

 

 背筋を伸ばして、コホンとワザとらしく咳払いする。

 

「あー、そのなんだ。俺も男だからな」

 

「その言い訳は見苦しいぞ、マスター」

 

「…………」

 

 もはや「ぐう」の字も出ない。顔を引きつらせないようにするのが精一杯だった。

 

 そんななかで助け舟を出したのは、メルチェリーダ。

 

 小さな赤いハートを幻視――いや、実際にエフェクトとして出現させながら呟く。

 

「あら別にいいじゃないの、ラハールちゃん。男なんだから仕方のないことよ。むしろ正常に反応してくれてることに喜ぶべきなんじゃないかしら」

 

「まぁそうじゃな。女に反応せぬようになったら男として危ないしの」

 

 メルチェリーダに同意するようにロザリーが頷く。

 

「そ、それは……」

 

 同じ眷属である2人に言われ、ラハールちゃんはまたもや言葉を詰まらせる。

 

 ラハールちゃんとしても、アダムが男として反応を見せないとなると困るのだ。

 

 キャラの設定にはないものの、アダムはディスガイアにおいてNPCたちを『自分の嫁』と称して可愛がっていた。その『自分の嫁』と称されて可愛がられた記憶を、おぼろげながら残しているNPCたちにとって、実際に女として意識されるのは至高の喜び。嫁としての役割を果たし、アダムとの間に子を宿すことは当然の義務であり、自らも心の底から望んでいることだった。

 

「妾はいつでも準備できておるぞ」

 

 だから、同じく嫁であるロザリーがアダムの空いていたほうの腕を取り、そんな言葉を呟くのは自然なことだった。

 

 ――だが、しかしながら、言われた本人はあくまでゲーム内の嫁――オタクが気に入ったアニメや漫画などのキャラクターを『自分の嫁』と言うのと同じように使っていたため、実際に自分の嫁だという自覚はなかった。

 

 ロザリーの準備の意味が分からず、アダムは首を傾げる。

 

「……なんの準備だ?」

 

「妾の口からそれを言わせよというのか、お主は」

 

「へえ、ダーリンったらそういうプレイが好みなの?」

 

 恥ずかしそうに頬を染めるロザリーに、妖艶な微笑みを浮べて指で胸板を突いてくるメルチェリーダ。少し離れた位置からラハールちゃんが悔しそうに睨んでくる。

 

(なんだこの状況……意味わかんねぇ)

 

 早々に状況把握する事を諦めたアダムは、大きくため息を吐く。

 

 残りのNPCをクリスタルから解放しようと思うが、腕は両方とも埋まっていて動かせない。腕に絡みついてるメルチェリーダとロザリーを振りほどこうにも、2人の幸せそうな顔を見てしまうと、振りほどくに解けなくなってしまった。

 

「さてと……どうしたものかな」

 

 フンッと吐き捨てるように顔を背け、自身のアイテムボックスに仕舞われている食品系アイテムを取り出し、やけ食いを始めたラハールちゃんを視界の端に置きつつ、アダムは空を見上げた。

 

(こりゃあ、15体全員をここで出したら収拾つかなくなるな……)

 

 アイテムボックスのなかにはNPCがまだ12体もいた。




 11月10日に設定変更。

 変更点:

  変更前:総勢NPC9体 変更後:総勢NPC15体。

 ステータスをカンストさせてランキングにも載る廃神プレイヤーが、最大数NPCを作らないのは意外とのいうことで、自分でもそう思ったので変更しました。

 ……なれない三人称でキャラを動かせるが不安ですが、まぁ、オリ主の設定を守らないとですからね、15体に増員です。

 変更前と同じくNPCの内、6体分は全員の設定は組んでます。

 鉄道×不死者 ×2 運命外伝ロリ ×2 精神汚染本 ×1 ゲーム兎 ×1

 以上6名。

 レベルは9999で固定。ステもほぼ同じ。

 残る6体に関しては、そうですね……。

 レベル自体に関してはディスガイアの性質上、9999にする事は高ステータスのキャラに寄生、またはEXP増加屋+最強武器を持たせて高レベルキャラを一掃などで、比較的簡単にレベルをカンストさせることが可能なので、一律9999で固定。でも、基礎ステータス値に関わる転生回数が少なく、特技・魔法レベル、ウエポンマスタリーの数値、魔ビリティも必要数など、最初の9体よりも自力でだいぶ劣るようにしておきます。

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