「いやはや、もう第4クォーターですよ~。」
英雄は渡されたタオルで顔を拭きながら、得点版を見る。
「だからなんでお前は、余裕ようなんだよ!」
日向含めたレギュラー陣は体を重そうにしている。
「皆には悪いと思うんだけど、楽しくって堪んないんですよ。」
「は?楽しいって?」
「こんなにしんどいのに楽しいって...。」
「Mか?」
メンバーに怪訝な表情をされる。
「大坪さんといい、緑間といい、マジすげーんすよ!」
英雄はベンチから立ち上がり、両手を広げた。
「そんなすげープレーヤーとやり合う内に、俺も上手くなっていくのが分かるんですよ!俺はまだまだ上にいける、それだけでアドレナリンがMAXですよ!!」
「分かったから、つか近ーよ。」
鼻息を荒くして寄ってくる英雄を、日向は手で頭を押さえつける。
「まっ、確かにそうかもな。あの王者と2連戦なんだ、成長しない訳が無い。」
伊月も自身の手を見ながら応える。
「そうね、だからこそここまでこれたんだから。じゃあ、第4クォーターからは黒子君を投入して一気に勝負を懸けるわ。黒子君いける?」
リコが話を変え、指示を出す。
「はい、大丈夫です。」
「高尾君についてはどうするの?具体的には対策あるの?」
「なんとかします。」
「そう...っておい!これさっきもやった!」
「ただ、今までより一段上のパスをします。」
「そ、そんなのいままで見たこと...。」
黒子の言葉に一同が驚く。
「このパスは受け手を選ぶんです。中学でもキセキの世代以外では取れなかった。でも、今の火神君と英雄君なら....。それに、ここで諦めたくありません。」
「分かったわ、その辺りは黒子君に任せるから頼んだわよ。」
「はい。」
「で、問題は火神君。後何回跳べる?」
リコは目線を移す。
「なんだよ?...ですか。何回でも大丈夫です。」
「いいから、意地張らない。ふむ...そこまで深刻じゃなさそうだけど。」
リコは火神の下半身を視る。
「何回って、あのスーパージャンプのことか?」
日向達はリコの方へ向く。
「そうよ。あのジャンプは武器になるんだけど、1試合使うには火神君の体ができてないのよ。現状じゃあ10回使えばいいことね。」
ビーーーー
「とにかく、あまり無理はしないこと!できればDFで重点的に使用して。さあ、最後の大一番よ!」
「おし。いくぞぉー!」
「「「おう!」」」
水戸部 OUT 黒子 IN
第4クォーター開始。
ボールは誠凛が奪取。火神をジャンパーにあえてして、適当に跳んでもらい。大坪の正確なジャンプボールのパスを逆手に取ってパスカットをした。
そして、戻りきれていない秀徳ゴール下から英雄のランニングシュート。景気良く先制を決めた。
誠凛 69 - 67 秀徳
秀徳は速いリスタートで強襲する。木村からのロングパスが緑間に渡る。
ハーフコートライン付近からの3Pは誠凛の勢いをぶった切る。
「くっそ。やっぱ王者相手に油断するもんじゃねーな。」
伊月はユニフォームで汗を拭う。
「まったくな。しんどいぜ...。」
日向も秀徳側を見つめる。この均衡を崩す為にも、黒子の可否はこの試合の結果に大きく関わる。
「えらく期待されてんじゃん。でも、なんもさせねーよ。」
黒子のマークに高尾が付く。前半は連携でマークを外されたが、今はミスディレクションの効果も薄まっている。
「(あれ...近い...。)はっ!」
それなのに高尾は見失ってしまった。原因は分からないがそれならばと、パスコースから逆算する。
伊月がパスを出し、高尾はそれを追う。
「今度は取られません。このパスは加速する。」
黒子がボールを掌打で打ち飛ばす。
ダァン!
今までに無い鋭いパスは火神の手元に収まった。
「(ボールをぶん殴るっ!?取る方も取る方だ!こいつらまじかよ!!!)」
秀徳DFは火神を緑間に任し、それよりも何をするか分からない英雄に直ぐヘルプにいけるように集中していた。
黒子のイブナイトパスにより緑間の裏を抜けていく。緑間も追いすがる。
火神は超ジャンプでダンクを狙う。
「させん!!」
緑間もブロックに跳ぶ。
火神はその上から叩き込む。
『スゲー!上から叩き込んだぜ!!!』
『相手はキセキの世代だろ!?ぱねぇ!』
火神のスーパープレイに会場は沸きあがる。
「うっほ~!で~は~!」
英雄も火神のプレイを見て触発されていた。
「テツ君テツ君、俺にもパスちょーらい。」
「別にいいですけど、なんですかそのテンション。」
「なんかさ、火神ばっかり目立ってるじゃない?やっぱ俺もかましとかないと!あ、このテンションは振り切った状態だから改善できないよ。」
テンション上げすぎて壊れ気味の英雄のマシンガントーク。
「リコ姉らも見とけ!すげぇの一発かましたるわ!」
英雄は誠凛ベンチを指差しながら大声をあげる。
「....あの....カントク....。」
「ゴメン....なにも言わないで...。」
メンバーは対応に困り、リコは頭を抱えた。
攻守交替し、ボールを運ぶ秀徳。なんとか上手く緑間に繋ごうとパスを続ける。
そこに突然現れた黒子のスティール。英雄は既に走り出している。
試合も終盤になったというのに、序盤と変わらないスピード。あわせるような黒子のパス。
ボールを持った英雄はノーマーク。ワンドリブルをして跳ぶ。
ギュン!
ガッシャン!
英雄のダンク。
会場は火神と同等、それ以上に沸いた。両チームの選手も呆気に取られている。
今英雄がしたプレーは、跳んだ後に体を1回転ひねりダンクするという『360』の発展版『720』である。
この緊張感漂う終盤の確実性を求められる場面で考えるとできない。いや、できたとしてもやろうと思わない。
会場の歓声は全てを包み込むほどにあがっていた。試合を観ていた者全ての視線を英雄が奪っていた。
「どよ、どよ、ど~よ!」
「また馬鹿晒して、負けたら承知しないから。」
誠凛ベンチによってきた英雄に、笑いながら手を差し出すリコ。
英雄も楽しそうに笑い、リコの手に合わせる。
パァン!
「順平さん達もどうでした今の?」
「いや、すげーけどよ。今の意味あんの?」
「確かに720って、ダンクコンテストじゃないし。」
「あっれ~!?味方の反応が薄い!」
「ップ。くっくくく。」
「火神は同類だよ!?何笑ってんの?」
「んだと!」
「だぁほ!もうちっと緊張感をな....。」
火神・英雄の2連発は誠凛に流れを引き寄せた。
「なんなんだ....。」
「火神ほど高く跳んでいる訳じゃないのに。あの浮遊感。」
「つーかあの場面で720って馬鹿じゃねーの!?」
秀徳側のダメージはとてつもなかった。連続で失点したこともあるが、英雄の理解し難いプレーが頭にチラつき離れない。
どこかで英雄の影を追っていた。それにより、黒子のミスディレクションの効果も高まっていた。高尾は混乱状態、緑間は火神のマークにより余裕などない。
インサイドは英雄1人に振り回され続けていた。カバーに行けども、パスを捌かれ日向の3Pを決められる。
英雄の運動量は誠凛の他メンバーをカバーし、パスコースをディナイし、秀徳OFを制限していった。
『またターンオーバーだ!』
「早く戻れ!急げ!」
もはやお家芸とも言える誠凛のランアンドガン。伊月がハーフコートまでボールを運び、日向にパス。ブロックしようと宮地が跳ぶ。日向はノーフェイクでボールを放つ。
「(おっし!そのコースは入らねぇ...。)」
宮地は放たれたボールを目で追う。
「違う!シュートじゃない!」
後方より1人走ってきた。
「ヒーロー見参!ってね♪」
「「アリウープ!?」」
日向のシュートに見せかけたパスは英雄の手に収まり、リングに叩きつけられた。
ガッシャン
こうなってしまうと手が付けられない。
秀徳はタイムアウトを使い。修正を図るが、消耗した緑間にこれ以上の負担は危険である為、緑間1本というのも厳しい。
かといって、緑間に英雄のマークをさせると火神を放置してしまうことになる。普段ならともかく、消耗した大坪に火神を封じられるか。
なにより、高尾の修正が追いつかずDFが機能していない。この場面でメンバーチェンジという選択肢は選べない。
そんな秀徳を他所に、英雄のプレーはキレていた。皆が消耗し、精度も低下している中である。
黒子のミスディレクション、英雄のスピンボールから織り成すパスーワークのパターンは多彩でOFを加速させ続けた。
それでもと、緑間中心に得点を狙う。
「緑間ぁ!」
高尾からのパスを受けて、緑間は3Pのモーションに入るがいかんせん体勢が悪く火神に詰め寄られる。
このままではブロックを食らうとボールを下げる。
パァン。
火神の背後から伸びてきた手にボールを弾かれた。
「な...!」
緑間の目線の先に英雄が微笑んでいた。それを確認できたのは一瞬で、英雄はルーズボールを奪取していた。
「速攻!」
英雄のワンマン速攻。高尾は止めにかかる。なんとか数秒の時間を稼ぐことができた。
しかし、英雄は後ろから走ってくる日向にノールックでパスをした。日向はそれをダイレクトで空いたスペースに返し、受け取った英雄のワンステップロールターンで高尾を抜き去る。
高尾を抜いた英雄の前に緑間が立ちふさがった。高尾の稼いだ数秒で追いついたのだ。
ここで英雄は、1度黒子に向かってパスのフェイクを入れた。最も警戒している高尾は反応せざるを得ない。パスコースを塞ぎに行く。この間2秒。
フェイク後、ダックインで突っ込む。
下半身に大分負担を抱えた緑間だが、この試合で何度も使われた手に嵌るわけが無い。
「馬鹿の一つ覚えなのだよ!」
腰を落とし、英雄の進行方向を塞ぐ。
英雄が急停止後、背面からボールが浮き上がった。ボールの出所が見えず反応できない。ボールを目線で追うと空中で火神がボールを掴んでいた。
ガシャン
火神のアリウープが決まった。
緑間はやられて理解した。今の一連のプレーの意味を。
速攻を止めた高尾をパスの連携で抜いたのは、連携を印象づけておく為。その後の黒子へのパスフェイクで高尾は黒子から離れられない。
英雄のダックインは目線を下げさせる為。この試合で止められようと仕掛け続けたのはこのときの為。下がった目線では、あの背面越しから浮き上がるパスは捉えられない。
背面から飛び出るパスは、英雄がサッカーのヒールキッキングを再現したものだった。英雄の柔軟な鞭のような手首で弾けば通常より高く跳ね上げることができる。正邦の津川にも使ったテクだったが、秀徳は見ていない。
そして、高尾は黒子を警戒しすぎて火神の対応に間に合わなかった。仮にヘルプに間に合ったとしてもミスマッチで止められない。
セットプレーやナンバープレーの類ではない。今のプレーには違った感覚があった。それは緑間だけではなく、誠凛メンバーも感じていた。
「(今のは...?)」
「(パスを出さされた?)」
「(これがイメージの共有...。)」
「(気づいた時には走り出してた。)」
コートの伊月・日向・黒子・火神は英雄の描いたイメージを見た。
今までの練習で、パスに意味をこめるということを続けてきた。上達する中で、動きの一つ一つの意味について納得するまで話し合ってきた。
当然戦術理解度も向上したのだが、それ以上に互いの信頼関係も向上していた。
伊月ならこう防ぐ・日向ならこっちに流す・黒子ならそこに居る・火神ならそこで跳ぶなどと、彼ならばこうする『だろう』ではない。
『必ずそうする』『そこまでなら完遂する』という信頼を得た。
これで誠凛はOFレベルが確実に1段上がった。フォーメーションプレーではない、強豪や古豪が求めるが習得し難い『アイコンタクト』。
英雄が求めたバスケの一旦である。
今までにない感覚に興奮し、誠凛は完全にノッた。限界寸前だった身体も気力が溢れだす。
秀徳には流れを奪い返す力は残っておらず点差が広がっていたが、それでも上級生が諦めずくらい付いていた。
最後に緑間がブザービーターで3Pを決めるも、この試合の終了のブザーが鳴り響いた。
誠凛 97-78 秀徳
「勝った....勝ったー!」
「よっしゃぁー!!」
「やった~!」
激戦を制した誠凛ベンチは歓喜する。正邦を下した以上に。
コートに立つメンバーも勝利を分かち合っていて、とてもいい笑顔だった。
それを遠くで見ていたリコが涙ぐんでいたのは彼女の秘密だ。
この試合を観ていた観客は、口を揃えて同様な感想を述べていた。
『とても良い試合で、楽しかった』と。
ヒールキッキング・・・サッカーの技術で、両足でボールを挟み踵で頭上まで跳ね上げるプレー。肩越しから飛び上がるボールは出所が見えない為、反応が遅れる。
ちなみに、火神の膝は痛めていません