火神 IN 黒子 OUT
「おっつ~。お加減はいかが~?」
無駄に気さくな英雄が火神に問いかける。
「つかお前の方が大丈夫か?」
試合に出て2分程度の汗のかき方ではない。
「ああ、気にしなさんな。そっちも膝とかどーよ?」
「問題ねぇ。」
「そんじゃ青峰よろしく~。」
「...ああ。」
火神の表情が曇る。
「火神の思ったようにすればいいさ。考えすぎだ、長所がつぶれるよ?後ろは俺らに任せろ。お前が思う最高の場所に走りこめ。」
英雄は諭し走り去っていく。
もはや青峰の興味は火神から英雄に移っていた。
「やっぱあいつはおもしれぇ!」
1ON1では負けはない。それは確信に近いもの。
しかし実際はチームとしてどうかと問われれば、点差は縮まっている。
初っ端の連続3P、ダブルチーム、ルールを背に隙をついてくるなど、自由な発想でペースを乱してくる。チームの総合力では桐皇が上という事実を無視して。
プレースタイルや考え方は違えど、間違いなく自分と同じタイプの人間だと思う。
だからこそ、嬉しさ半面不快に思う。
なぜ、火神がマークについているのかと。この試合での番付はすんでいるのにだ。
先程完全フリーにされたときといい、感情が揺さぶられる。
でも、それでもいいと思っていた。
こんな感じは本当に久しぶりだったから。高校に進学してから、毎日が退屈だった。練習だろうが試合だろうが関係なく瞬殺してしまう。
この上なくストレスだった。緑間を倒した奴がいると聞いて少しは期待したが、やっぱり駄目だった。
そんなときに、傷だらけになった天パを見つけた。恐らく、満身創痍なんだろうが憤りをぶつけるにはちょうどいい。こいつが折れないのは知っていたからだ。
そこにきての奇襲に奇策、本気で勝ちにきている。そんな顔を見たら、とことんボコボコにしてやろうと思った。
マークにつかないなら、引き釣り出してやればいい。
桐皇のスローインで開始。
未だ英雄を図りかねているので青峰に集めた。
青峰の独創的なドライブに火神はまだ対応できない。左右に振り、敏捷性をもって抜き去る。
「ちょっと待った~!」
そこに割ってはいる英雄。待ってたと言わんばかりににやりと笑う青峰。既にスピードに乗っている。このままチェンジオブペースで抜こうとする。
英雄は青峰が動くと同時にバックステップで少し距離を開ける。キレで見失わないように。
「甘ぇよ。」
ドライブを止め、放りなげるようなシュート。
「美味しいとこは任せるよ。...エース。」
「だぁああああ!!」
追いついた火神が手を伸ばしボールに少し触れる。
ガン ガン パサッ
シュートの軌道を少し変える事ができたが、失点は防げなかった。
「あぁ~おしい!」
誠凛ベンチから声が上がる。
せっかく盛り上がりかけた士気を失う訳にいかず
「大丈夫よ!DFが形になってきてる!」
ポーカーフェイスで阻止する。
「っくそ!読めねぇ。」
火神が悔しそうに顔を顰めるが
「まあ、即席だからあんなもんじゃない?」
「次は止める!」
「その意気その意気!」
伊月から火神に渡る。マークは青峰。英雄にはSFの諏佐がマーク。青峰としては英雄のマークがしたかったが、今吉がなんとか諌め従った。
英雄はこの試合でゴール下を避けていた。その為、英雄よりも火神の高さが脅威と判断した。これならば、リバウンドで勝り有利に試合を運ぶことができる。
火神は45度の位置から左にドライブ。青峰は難なく着いてくる。そこに水戸部がスクリーンに入る。
「よっし!」
火神はフリーになったことを確認し、ゴール下まで走る。若松がスイッチし、マークにつく。火神は構わず超ジャンプでダンクを狙う。
それでも青峰は逃がさない。若松の頭上にあるボールを叩き落とす。ブロックの勢いでボールが遠く飛ぶ。
コートにいる者はボールの行方を追った。
ボールを奪取したのは英雄。諏佐がリバウンドの為、英雄から目を離した隙に移動していた。
諏佐が直ぐにつめるが英雄のジャンプシュートに間に合わず得点を決めた。
58-65
『ダブルチームだ!!』
青峰に対して、火神・英雄のダブルチームを仕掛ける。
「やはり、そうきましたか...。」
監督・原澤は予想していたが、余裕の顔ではない。
「良!」
「は、はい!すいません!」
青峰はボールを要求する。周りの不安をよそに。
「そこが狙い目~。」
英雄が数秒だけ青峰を足止めする。その隙に火神がスティール。
「しまった。戻れ!!」
桐皇は誠凛の速攻を阻止する為、急いで戻る。最前線には火神・英雄、そして青峰が走っている。
火神は逆サイドに走る英雄にパス。受けた英雄のステップインからのクロスオーバーシュート。
これもまた青峰がしっかり反応している。英雄はボールを下げて背中越しに隠す。
それを受け取った火神のワンハンドダンク。
待ちに待ったエースの得点はチームを盛り上げる。
2人がかりでも青峰から得点した事実は大きなものになる。
攻守交替で再び青峰にダブルチーム。
ここで今吉はOFから青峰を外すことにした。シューターの桜井に回し、外に引き付けインサイドで得点する。
この目論見は当たり、難なく成功した。現状、誠凛のインサイドは水戸部1人。ヘルプを考えても桐皇が有利。
桜井のマークが甘ければ、そのまま3Pで得点を重ねた。
対して誠凛は英雄を中心に得点を量産した。アイソレーションはせず、火神をフォローしながらガンガン突っ込ませる。それによりDFを崩れさせて隙を突きつづけた。
桐皇側も直ぐに対応してくる為、得点するのは容易くなかった。
それでもアーリーOFでDFが機能する前に得点し、これ以上離されないように食らいついていた。
途中、黒子を投入しようとしたリコを英雄がアイコンタクトで止め、我慢に我慢を重ねていた。
「日向!」
伊月からのパス。受けた日向は近くまで走っていた英雄にパスする。英雄は背中越しにボールを隠しながらダイレクトで弾く。
ボールはコーナーに流れ走りこんでいた日向が受け、3P。
『誠凛、しぶとい!!』
『がんばれ!!』
観客も終わりかけたゲームをここまで立て直した誠凛の応援をするようになっていた。
ビーーーー
そこで第3クォーターが終わる。
71-79
「ほんまやりにくいわ...。」
いつのまにかアウェー状態になったことに愚痴る今吉。
「ほとんどの観客が誠凛側になっちゃいましたからね...。」
桜井も状況により発揮される実力が変わってしまう為、この状況は好ましくない。
「んなことよりパスもってこいよ。」
「あわわわ...すいません!」
「そやかて、ダブルチームが続くようならこっちの方が確立高いやん。」
「んなこと聞いてねーんだよ...。持って来いつったらもってこいよ。」
青峰はかなりイライラしていた。第3クォーター終盤で決めたシュートの本数は1桁。ほとんどパスすらもらえていなかった。
「おい青峰ぇ!いいかげんにしろよ!!」
「青峰君!!」
若松も桃井も黙っていない。実際、得点は問題なくできている。点差は離せていないが今吉の判断は間違いではない。
「うるせぇよ。だいたい、俺が負けるとでも思ってんのか?2人だろうが5人だろうが俺が決めてやんよ!」
しかし、青峰の不遜は止まらない。
「分かったわ。アイソレーションはできんが、ボール集めるようにしといたる。監督、それでええですか?」
「まあしょうがないでしょう。」
「はっ、わかりゃあいんだよ。」
結局、原澤・今吉が折れ青峰の我侭を通すことに。
「何考えてるの!?ちゃんとして!!そんなことしてる場合じゃないのわかってる!?」
満足気な青峰を問い詰める桃井。
「うっせーよ、さつき。今、楽しんでるんだ。邪魔すんじゃねー。」
桐皇ベンチはこれ以上ないほど、ピリピリしたムードになっていた。
「マジしんでー。」
日向が天井を見上げながら愚痴る。
「見てるこっちもしんどいわ。」
リコも溜息をつく。
「さすがにこの体で消耗戦はキッツイっす。」
英雄はユニフォームの中につけているコルセットを緩める。
「汗が染込んで気持ち悪いんすよ~。」
「我慢しなさい。さすがにそれないと許可できないわ。」
「ですよね。」
「で、黒子君を投入するから。変わりに水戸部君下がって。」
「カントク、インサイドはどうするんだよ?正直、今の英雄じゃ厳しいぜ?」
「でも、今までの疲労で水戸部君は無理よ。どっちにしろ1度休ませなきゃ。」
「じゃあ...?」
「高さである程度負けるのはしょうがない。だから、平面での走り合いよ!」
「失点度外視のランアンドガン...か。」
「博打も大概にしろっとはいいたいが...。」
「ああ、実際それしかねぇ...!」
火神・伊月・日向はその作戦に乗った。
「ぶっちゃけ、やってることはいつもと変わらねぇんだけどね。」
「英雄君、余計なことはあまり言わない方が...。」
「英雄、うるさい。」
「いいと思うんですけど。」
「いや!もう怒られたし!!」
ビーーーー
「まだまだピンチは変わらないけど...。」
「ああ、もうひとふんばりしますか!」
日向と伊月が意気込む。
第4クォーター開始、いきなり青峰の単独突破。
誠凛は水戸部が抜け、負傷した英雄がインサイドを守っている為、青峰には火神のみ。
青峰は火神を抜き去り、英雄のブロックをフェイダウェイでかわしながらシュートを決める。
「取られたら取り返せばいい!!行くぞ!!」
日向の鼓舞で気を取り直し、速攻を出す。
「黒子!」
黒子の中継パスでOFに変化をつける。火神と英雄選択しが2つになった為、通用しなかったイグナイトパスも冴え渡る。
いくら青峰といえども、この2人を抑えきれない。火神に青峰、英雄に若松・諏佐で完封する作戦だった。
得点力の無い黒子をあえて放置し、ポストアップした英雄に集中した。
英雄の体が軋む。コルセットとテーピングで固めている為、いつものようなしなやかな動きはできない。体の競り合いなら尚更だ。
歯を食いしばりながら、ポストを諦めパスをもらいに行く。マークの2人も追いかける。
わずかにできたマークの隙間に向けて膝を落とす。上半身は固められているが、下半身は生きている。足首・膝・股関節を使い重心操作することでできる急転換。
油断を見事に突いた。黒子も英雄に合わせてバウンドパス。
なんとかパスを受けたものの笠松と諏佐が迫りつつある。英雄はステップでゴールから横に流れシュートモーションに入る。
2人のブロックが阻む。が、英雄のモーションは通常のジャンプシュートではない。
「フック...!?」
「マジであといくつ引き出しがあんだコラー!」
水戸部が得意としたフック。違うとすれば、英雄の独特なスナップにより高い放物線を描きながらブロックを優雅に超えていた。
「水戸部さん!見ました今の!結構イケてんでしょ!」
決めた英雄が水戸部の下へ駆け寄っていた。
「...。(コク)」
水戸部は言葉にしないが笑いながら頷いていた。
勢いを加速させるかのような黒子のスティール。
しかし、桐皇の戻りも速い。直ぐにマークにつく。またしても黒子にノーマーク。
日向から英雄のパスは若松に弾かれ、ラインを割りかける。
それに対して、1番に飛び込んだ英雄。ダイビングキャッチで黒子にパスを出した。たったひとつの意思を込めて。
黒子は中継パスをせずに受けた。黒子が感じた英雄の意思、言葉にするならば『挑戦しろ』。
そして構える。
「え?」
桐皇ベンチで見ていた桃井は困惑する。
観客席で見ていた緑間・黄瀬も同様に目を見開く。
ショ
火神や青峰と比べて弱弱しいジャンプシュートはリングを通過した。
「よっしゃあ~!テツ君、ナイッシュ!」
英雄はいの一番で黒子のゴールを喜ぶ。
それ以外は唖然としていた。誠凛側ですら開いた口が塞がらない。
嘗てのチームメイトの桃井が情報から排除した可能性。
黒子のシュート。
桐皇DFを混乱に陥れた。英雄のマークは実質1人になり、行動範囲を広げる。
青峰で得点を量産するものの、DFが機能しきらない。点差は離せずにいた。
80-86
ここで誠凛はタイムアウトを取った。
最後の大勝負に出る為に...。
・クロスオーバーシュート
リングの中心を、一方のサイドから逆サイド方向に通りこして、バックボードを使ってリリースするレイアップシュートのこと
黒子のシュートの解説は次回にやります。