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『レフリータイム』
落下後、青峰はむくりと起き上がった。
が、英雄はぴくりともしない。会場全体の動きが止まった。
「英雄!!」
リコの声で我に返り、日向達は英雄に駆け寄る。
「大丈夫か!?おい!!」
仰向けになっていた英雄が目を開け、立とうとしたが足に力が入らずに四つん這いに崩れる。
「やっべぇ...意識飛びかけた...。」
「立てるのか?無理しなくていい。」
「あ、日向さん..。ちょっと起こしてもらっていいですか?」
「火神たのむ。」
「うす。おい、持ち上げるぞ。」
火神の手を借り、よろよろと立ち上がる。
「どうだ?やれそうか?」
「...。(くっそ、目がチカチカする。)」
膝に手をつき、肩で息を整える。その肩は小刻みに震えている。
「駄目...か、カントクに交代するよう伝えてくるわ。」
日向が誠凛ベンチへ向く。英雄がとっさに日向のユニフォームを掴む。
「す..すんません。我侭...いいま..す。すぅーはぁーすぅー。」
深呼吸の後に、うな垂れた上体を起こし日向の正面を向く。
「あの人が止めてくれないでいるんです。見ていてくれているんです。あと少し、ここにいさせて下さい。」
「そうは言うが...。」
「先輩、英雄の頼み聞いてやってくれないですか?」
「火神君...。」
「火神まで何いってんだ?」
火神の以外な言葉に日向と黒子は驚く。
「青峰に...桐皇に勝つには、英雄は必要です。」
「...(コク)」
「おいおい、水戸部もか?」
水戸部が英雄の肩に手を置き、日向を目を見て頷く。
「...ったく。俺がキャプテンだったことを感謝しろよ。フツーじゃありえねぇんだから。」
「大丈夫っスかね、補照っち。」
黄瀬もこの様子を見ていた。
「様子を見る限りただごとではないようなのだよ。それも気になるが、今のプレーを見たか?」
黄瀬の隣で見ていた緑間。
「青峰っちのブロックに力ずくのダンクっスよね?さすがに俺も厳しいっスよ。」
「何を見ていた?怪我した状態で青峰のブロックを正面から押し返せる訳ないのだよ。ダンクに行く前なのだよ。」
「前?確か...ステップインからだったような。」
「...まあいい。俺も実際に見るのは初めてなのだよ。あれは『ジノビリステップ』もしくはそれに類似しているのだよ。」
「『ジノビリステップ』?なんなんスかそれ。」
「『マヌ・ジノビリ』を知っているか?」
「あの『アルゼンチンの英雄』の?」
●マヌ・ジノビリ
NBAのサンアントニオ・スパーズ所属。ユーロリーグ優勝、オリンピック金メダル、NBAチャンピオンのすべてを成し遂げたのは、ビル・ブラッドリーとジノビリだけである。更に世界選手権でも銀メダル獲得しており、FIBAアメリカ選手権を加えれば実に4冠に輝いている。
多くの大試合を経験しているため、戦術理解度が高くメンタルも強い。アルゼンチンの英雄でありながらシックスマンの役割もチームの勝利のために引き受けるなどジノビリの能力がスパーズの強さの大きな一因として高く評価されている。(wiki調べ)
「世界的に見て、マヌは身体能力は平均的だった。それでも多くのタイトルを勝ち取ったのは、普通の選手とは違うジグザグした動きは変幻自在で、予測不能なところにあったのだよ。」
「なるほどね。ジノビリステップで青峰っちのブロックを逸らした訳っスね。」
「...本当に見ていて飽きない男なのだよ...。」
緑間はよたよた走る英雄を見て、フッと笑みがこぼれる。
試合再開。残り時間、約40秒。
桐皇は迷うことなく、英雄のところから攻める。
先程は青峰ですら止めて見せた誠凛DFを警戒してのことだ。それに残り時間を考えてもこの1本を取れば有利に立てる。
前回同様にパワードリブルで今吉がDFを崩しに来る。
ヘルプが着たらそこを攻める。次第に英雄が押され始める。
実際のところハンズアップで精一杯というような顔をしている。
「(こいつほんまもう限界どころやない、ちょっと尊敬するわ。けど、それじゃウチらは止められへん。ラスト30秒、ここはやっぱ)青峰やろ!!」
今吉は、最後の攻撃を青峰に託す。
ヘルプに行こうとした英雄が躓き、転びかけるがそれを拒否して足に力を入れる。
青峰はパスを受けたと同時に抜きにかかる。火神も踏ん張る。
そこで青峰はスピードを緩めて1歩足を後ろに下げる。火神は警戒し、距離を詰める。
火神が歩幅を空けたところに、青峰はボールを通しバウンドさせる。そのまま火神を抜き去り、ボールを追って跳ぶ。
『1人アリウープだ!』
目の肥えた観客が青峰の思惑に気付く。
阻止しようと、火神と英雄が遠いところから手を伸ばす。
ドシャ
体勢の悪かった火神、体に力が入らない英雄、2人のブロックは何の脅威にもならなかった。
「しまいだ。」
着地も満足にできない英雄を見下ろしながら言い捨てる。
実のところ、英雄は自分の体の状態を理解しきれていなかった。
青峰の下敷きになり、衝撃で頭が真っ白になっていた。その後、DFに入った時に体の異常に初めて気付いた。
特に右足の踏ん張りがきかない。次第に痛みが増してきて、右腕も満足に動かない。無意識に前かがみになろうとする。
それでも残った力を尽くして、まだマシな左足でブロック跳んだ。結果は見ての通り、へろへろなブロックで止められるほど甘くは無い。
先程の英雄のダンクを見事にやり返された。
「(ホント...強すぎ。)」
英雄は青峰の圧倒的な強さを前に、笑った。
だんだんと英雄の体は鉄の鎖に巻かれていくような、感覚に囚われていた。
酸素供給は間に合っておらず、チアノーゼに陥りかけていた。
それでも、立ち上がり前を見渡す。
「英雄!お前はゴールの近くで待ってろ!水戸部、黒子フォロー頼む!」
「順平さん...。」
「ほとんど走れないんだろ?だったら俺が持ってきてやる!だから、お前はお前のできることをしろ!最後の攻撃だ、力を振り絞れ!!」
体力が限界なのは英雄だけではない。自力が上の相手にここまでやり合ったのだ。気力で保っている。
桐皇はオールコートで止めを刺しにきている。この選択ができたのは、日向がドリブルの向上をしていたからだ。試合の序盤で止められはしたが、日向の努力は確実に現れていた。
日向達がボールを運んでいる間に、歩を進める英雄。
桐皇は英雄を無視し、ボールマンにダブルチームで迫っていた。
日向達は黒子の中継パスと水戸部のスクリーンを使いながらパスアンドランでオーバータイムギリギリでセンターラインを超えた。
火神は青峰のマークに苦しみながらも、チャンスを窺っている。格好なんか気にせず、がむしゃらに。
「黒子!!頼む!!」
日向からのボールをイグナイトパスで英雄に送る。
「15番や!!なんもできやせん!!奪え!!」
水戸部のマークについていた若松が英雄に迫る。
英雄は抜くどころか、走ることもままならない。それでも皆が託してくれている。
「この気持ちのこもったボールを無駄になんかできない...!)」
しかし、コンディションは最悪。気を抜くと意識が飛びそうなほどだった。
リコはベンチで見守っていた。いや、見守ることしかできなかった。
英雄の唇が紫に変色しかけていることも気付いていた。
それでも今ここでメンバーチェンジはできない。
「(私には何もできないの?あいつはこんな状況でも前を見続けているのに...。)」
自分の服を握り締めながら、歯がゆさに耐えかねている。
「(こんなはずじゃなかった...。結局、あいつに頼ってしまった...。カントクは私なのに...。)」
自身の不甲斐なさに腹を立てる。
「(今できること...意味なんかないかもしれない。でも少しでも力になれるかもしれないなら!)...頑張れ...。」
振り絞り叫ぶ。
「頑張れ!!英雄!!!」
聞き覚えのある声が耳に届く。
英雄は軽く微笑みながら、パスを受ける為の腕を下げた。
「(スルーか?それはもうしってんぞ!)」
水戸部の位置を確認して、スティールに備える。
そして、英雄に目線を戻したところに映りこんだ。
ボールが軌道を変えて、ふわっと高く舞い上がったのだ。
若松含め、桐皇は目で追えているものの、魅せられてしまい動けない。
「(どーなってやがる...!)」
パスを受けてどうこうする力は残っていない。だから英雄はリフティングの要領で肩で弾いた。
ボールの勢いは弱まってしまったが、高く上がった。火神に寸分無く合わせるように。
しかし、だからこそ火神は青峰より勝っている武器で勝負できる。
純粋な高さは火神が上。
全力で床を踏み抜かんばかりに飛ぶ。火神の最高到達点でボールがドンピシャのタイミングで渡る。
「うおおおおおお!!」
ボールに込められたものに、自分のものを込めてリングに叩きつける。
アリウープが決まった。
誠凛メンバーが喜ぶ中、英雄は自陣へ歩き出していた。
そこに火神が駆け寄る。
「ナイスパス!!」
英雄にハイタッチを求める。
「...悪い...火神。」
英雄は応じず、火神をトンと押す。
火神はよろけた。
「なっ!?」
何すんだよと言いかけた時、火神の頭にボールが当たった。
桐皇が残り数秒で隙を突いてカウンターを仕掛けようとしていたのだ。
それを英雄は火神を押してボールの軌道に割り込めさせた。
「火神悪い...。もうこれが精一杯...。」
英雄が言い切ると試合終了のブザーが鳴った。
ビーーーーー
94-94
リーグ戦にサドンデスは無い。乱戦となった試合の結果は引き分け。
そして、
フラッ....ドサ
英雄が事切れた。
「おい!!英雄!!」
火神が呼びかけるが、応えない。意識を失っている。
『担架!いそいで!!』
係員が慌しく動き、会場は騒然とする。
1人足りない整列で幕は閉じた。
「すいません!誠凛の者ですが!」
一同は医務室に急いで向かった。
「ああ、今眠っているよ。一応、救急車を呼んでいるからね。待っているといい。それより、彼の怪我はなんだい?あきらかに普通じゃないんだが...。」
「...。」
質問に答えられず、俯くリコ。
「...あまり詮索するつもりはないがね。」
係員は背を向けた。
「...みんなは先に着替えてて。私は付き添うから。」
その後、病院で英雄は意識を取り戻した。
後遺症などの心配も無く、検査入院をすることとなった。
ただ、脇腹の怪我が悪化して完治までの日数が延びた。
この事が学校側に入り、完治するまで試合の出場させることを禁止することになった。
メンバーリストから英雄の名前が消えた。
残る2試合を1名欠きながらも全力で戦った。
しかし、桐皇相手に激戦を繰り広げたことが嘘のように、あっさりと負けた。
DFが機能しなかったのが理由ではない。
火神が膝を痛めて、出場時間が限定されたのが理由ではない。
桐皇と引き分けたことで、気を抜いたことが理由ではない。
インターハイ予選を戦い抜く力が不足していたからだ。
東京都予選はもはや、予選のレベルではない。
予選で勝ち取ることができなければ、全国で勝てるわけが無い。
毎試合死力を尽くして戦い続けることができるわけが無い。
どこかで、疲労が爆発する。プロならともかく、体のできていない高校生なのだ。
現実はそこまで都合良くはならない。
誠凛はそれを噛み締めることしかできなかった。
観客席で観ていた英雄もまた、医師から渡された松葉杖を強く握り締めていた。
誠凛の夏は、暑くなる前に終わった。
東京都のレベル、凄すぎです。全国クラスの高校が5校あるとか...。