夏本番。日差しは激しく、気温は上昇。
「あー着いた。」
「磯の香りが...イソがねば。」
「伊月だまれ。」
合宿の為、海に来た誠凛。
「あれ?カントクと英雄は?」
「先行って準備してるんだと。英雄も手伝ってんじゃねーのか?」
「あ、こっちこっち。うん、ちょうどいいタイミングね。」
「英雄は?」
「何言ってるの?そこにいるじゃない」
リコの指差したところに、英雄が日陰でぐったりしていた。
「おい!どーーした!」
日向が駆け寄る。
「休憩地点で置き去りにされて、ポケットにこれが...。」
英雄の差し出した紙には、『みんなより遅かったら...ヤバイわよ』と書かれていた。
「ちなみにどのくらい走ったんだ?」
「やーねー、精々20kmくらいよ♪」
「20km!?英雄は大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。もう5分もすれば回復するでしょうし。今更、見間違えたりしないわよ。」
ブロロロロロロ キッ
「お前ら、娘に手を出したら...殺すぞ。」
リコの父・景虎が車で寄せてきた。
「「「「はい!!」」」」
「あとクソガキ、ざまあみろ。」
「絶対...マフラーに犬の糞詰め込んでやる...。」
リコの連れられて、体育館ではなく浜辺へやって来た。そこには、バスケットゴールが2つ設置されてあった。
「カントク...まさか?」
「そっ、ここでバスケすんの。」
戸惑うメンバーを他所に浜辺にできたコートへ進むリコ。
「この合宿の目的は、まず個人の能力の向上よ。」
「...!!」
「けど勘違いしないで、あくまで束ねる1つ1つの力を大きくするのよ。チーム一丸で勝つためにね。基本動作の質を向上させるためにはまず、足腰の強化よ。その為の砂浜練習。まずは、いつものメニュー...の3倍よ。」
そう言いながらリコは制服を脱ぎ、涼しげな格好になる。
「さぁ始めるわよ。地獄の合宿!」
この環境下では、砂に足をとられて思うように動けない。気を抜くと転びそうになる。
ボールを使ったミニゲームとなると更に難度が上がる。
「(思うように全然動けねぇ...。めちゃめちゃきちーぞこれ。)」
強靭な脚力を誇る火神ですら、翻弄されている。
「こっちだ黒子!」
声の方へ黒子が中継パスをする。が、
バスン
意識が甘くバウンドパスをしてしまい、砂に埋まる。
「バウンドパスしてどーすんだ。」
「ドリブルできないから、パスで組み立てるしかないんだが...。」
伊月はなんとかゲームを組み立てようとするが、動き辛さにより考えが纏まらない。
火神がダンクに行くが、高さが足りずそのまま落下した。
そんな中、
「水戸部さん!」
英雄の動きが光る。
ボールを高く上げ、DF側が見上げるが日差しが強く目を背ける。その隙に水戸部に渡り、ゴール。
「んなぁ...ずりぃ!!」
小金井が非難する。
「全体の声だしが無いからっすよ。みんな同じ条件なんですから、上手くやらないとね~。足がしんどいなら、しっかりハンズアップしないと..重要なのは腕(かいな)かいな...腕だけに。」
「っち。全員声出せ!ドリブルできないだ。もっと自分の位置を確認し合え!!DFも!声出して連携を取れ!!あと、英雄は後でシバく!!」
日向がキツそうな顔をしながら、声を張る。
英雄のステップイン。火神がブロックを狙う。
スカッ
「なにっ!」
火神のブロックは空を切り、ボールはそのままリングへ。
「へへぇ~。いいでしょ?桐皇の桜井のクイックリリースを俺なりに応用してみたんだけど。」
英雄が行ったのは通常のシュートのリリースポイントより低く、早いタイミングで放ったシュート。ブロックのタイミングをずらした。
NBAなどで身長の低い選手が使っている技術。桐皇戦の間を利用して、シュートのイメージを作っていた。
照りつける日差し、冷めることのない気温で足がガクガクになりながらもメンバーは、走り続けた。
「お疲れ!夕方からは体育館に移動よ。」
午後からは、体育館でのメニュー。
「(あれ?いつもよりいい感じで指が掛かる...。)」
「(僅かだが、動きがよくなっている。重心が足の親指の付け根に集約されるようになったからか...。砂浜練習の本当の目的はこれか...。)」
一同は自身の向上を実感していた。ただ、英雄の場合は、幼少からの柔術などの経験により、昔から出来ていた。
「だから、お前はさっきの砂浜練習であんなに動けたのか...。」
伊月が英雄に素朴な疑問をぶつける。
「じゃーん。実は俺、タコ足なのです。リモコンとか余裕で掴める。」
英雄は素足を出して、指をくにゃりと曲げる。
「足の指、長!!キモ!!」
「ひど!?」
「すげぇけど、バスケじゃ意味無くね?」
「まあ...そうなんですけどね。」
疲れていれど、モチベーションを落とさず練習を行った。
練習を終えて、民宿にチェックインした。
直ぐに入浴し、折角なのでそのまま柔軟体操を行った。その後は自由時間。
自主練を行うものや、直ぐに寝てしまうもの色々だった。
英雄はというと、民宿のお爺さんと仲良くなり、その話の中で教えてもらった釣りスポットで釣りを楽しんでいた。釣竿は借り物である。
「海もいいねぇ。この爽快感が堪らない。」
「どう、釣れてんの?」
「いや、全く。こっちの才能は無いのみたい。つーか釣りの天才ってどんなの?ルアーでレンガでも砕けるのかね。」
「馬鹿言ってんじゃないわよ。」
「こんな夜更けにお嬢さんが1人じゃ危ないよ~。襲われても知らないよ~。もうボコられるのは勘弁~。...むしろ相手側がやばいか。...痛い。」
リコの手が頭をはたく。
「やかましい。」
「なんか機嫌悪い?俺なんかしたっけ?それとも何かあった~?」
「別に。鉄平と話してただけ。てゆーか、あんだけ走らせてもまだ余裕そうね?ホントどんだけよ。」
「そんなんリコ姉も知ってんでしょ?つーか、こうなった一因はリコ姉じゃん。」
「やっぱ、あんたのメニューは変更するわ。みんなに合わせてる様じゃ駄目ね。砂浜練習もあんまり意味なさそうだし。長袖切るくらいじゃ、足りないわね。」
「本当の地獄はここからだった...。」
「ああして...いやこうかな...いっそこれくらいは...ふふっ。」
「何か入ってるし!?」
「という訳で、はい。パワーリスト4個。1個1kgよ♪」
「ははは...。準備がいいね...。」
「元々、想定内よ。とりあえず明日はそれ使って。」
「そかそか。そんじゃま、ご期待に沿いますかね。じゃあ、帰りますか?」
「あれ?もういいの?全く釣れてないじゃない。」
「爺ちゃん曰く、夜明け頃がいいらしいのよ。だから、さっさと寝る。合宿中に1匹くらいいけんでしょ。」
「そ。」
「ん~で、夜道のお供をさせていただきますよ?お嬢様?」
「ばーか♪」
合宿1日目がこうして終わった。
「なんでここにいるのだよ!?」
「そりゃこっちの台詞だ!」
早朝から緑間と火神が言い争いをしている。
秀徳高校も合宿で同じ民宿に宿泊するのだという。
「バカンスとはお前らはいい身分なのだよ。なんだその日焼けは!」
「バカンスじゃねーよ!」
「ちょっと...もうみんな食堂で待ってるんですけど...。」
エプロンが赤く染まった、リコが包丁をもって立っていた。
「お、お前の高校は何なのだよ!?」
「誠凛高校です。」
「そう言うことじゃないのだよ!」
「あれ?秀徳さん?」
「ただいまー!」
釣りから英雄が戻ってきた。
「遅い!!どこまで行ってたの!」
「うははは。ごめんごめん。それが、めちゃ釣れてさぁ。気付いたらこの時間。とりあえず、食費の足しにしてくんさい。...って秀徳?」
「おっす、補照。」
「...。」
「へぇ、なかなかじゃない。まあ、不問にするわ。さっさと食堂に来なさい。」
「あいよ。んじゃまた。」
軽くの挨拶をして、食堂へ向かった。
「(なーんか、面白くなりそうだなぁ。...つか、なんでリコ姉ぇ血まみれ?)」
英雄の口角がつり上がる。
「それはそうと、飯が上手い!いやぁ、マジ腹へってたんだよね~。味噌汁が五臓六腑に染み渡るぅ。」
「朝からテンションたけーな...。何時から釣ってたんだ?」
日向が呆れた顔で聞いている。
朝食では、量にノルマを付けて食べさせている。半端な量ではないので、ほとんどなんとか食べ進めている状況だ。...火神は余裕で食べるが。
英雄は、大食いというわけではないが、遅れてきた割にもうおかわり3杯目。
「4時半っす。」
「早過ぎだろ...。」
「...今思ったんですけど、魚って誰が捌くんすかね?」
「.........やばいか?」
「生物はマズイっす。ここのおばちゃんに頼んでみます。」
午前の砂浜練習。英雄は開始までに相当量のランニングを済ませてある。錘が4つ付きで。
「こう暑いと海で泳ぎたくなるねぇ。」
「ホント、元気だな...お前。」
「えーまたまた~。」
午前の練習が終わった直後、英雄は防波堤から海へダイブした。
「っぷはー!きんもちーい!!」
他のメンバーに置いていかれたが。
「って誰もおらんし...着替えに行くかね...。」
「という訳で、午後は秀徳との合同練習よ。」
誠凛は課題である、各選手のスタイルの確立の切欠として秀徳に申し込んだ。
それぞれが、実践で自分を量りどうするかを決めることができれば、チームとして1段上にいける。
英雄を通して、掴みかけているのではあるが、より明確にする為に。
こちらの情報が漏れるというデメリットもあるが、承知の上でのことだった。
「火神君はちょいまち。」
「ん?」
「みんなの分の飲み物買ってきて。」
「は?」
「500m先のコンビニまでゴー♪重いだろうから、1本ずつでいいわよ。」
「1本ずつ...。」
火神は試合に出れないことに納得しきっていないようだが、とりあえず指示に従った。
そして、秀徳相手に火神抜きで闘うことになった。
「改めて見るとやっぱひとりひとりの動きの質が違うな...。」
「だったら、いいとこだけ盗んじゃいましょ?こんな機会滅多にないんすから。とにかくチャレンジっすよ。テツ君はもうそのつもりみたいですし。」
「英雄...そうだな。」
黒子が緑間に対して1on1を仕掛ける。
しかし、あっさりとボールを奪われてそのまま超高弾道3Pを決められる。
「ふざけてるのか?」
「ただ、僕自身がもっと強くなりたいんです。」
「...笑わせるな!1人で戦えない男が1人で強くなれるものか。」
緑間が黒子にきつく言い捨てる。
「”まだ”できないだけじゃん。」
英雄が話を割る。
「分かった風な口を利くな。実際、帝光ではできてなどいなかった。」
「”帝光では”ね。大体どうするかはテツ君が決める。外野が何言っても野暮なだけ...。犬にでも食われれば~。」
「「....。」」
2人が睨みあう。英雄らしからぬ表情で。
「いいだろう...お前には1度分からせてやる。」
「おっけーおっけー。いいよ、火神には悪いけどなんかカチンときた。」
「「すいません!マーク変わってもらってもいいですか?」」
当事者の黒子をそっちのけで激突する。
・タコ足
講道館柔道の創設者・西郷三四郎が有名。足の指が以上に長く、地面をレース用タイヤのように地面を掴むことができる。ただ裸足ではないので、バスケにはあまり意味をなさない。